第三百四話 続 報告会 その二
お待たせしました。
後半部分の投稿になります。それでは御覧下さい。
机の上では明るい会話が飛び交うが、俺の心は酷く沈む。この明るい雰囲気にちょっと気まずさを覚え、気分転換として少し夜道を歩いて来ようかと考えていると。
「はぁ、良いお湯だったぁ」
男の性を擽る甘い声が背後から届いた。
「エルザード!!!! こ、この野郎!! 早く拘束を解けぇ!!」
ユウの咆哮に思わず体がビクリと反応してその反動を生かして振り返った。
「あらあら。まだ食事中……。じゃあ、ないか。後一口でお終いね」
「その数口が無理なんだよ!!」
「はぁい、マイさんは食べ終えたから次はユウさんですねぇ。これで最後ですよぉ」
モアさんが有り得ない量のお米さんを箸で摘みユウの口へと運ぶ。
「そ、そんな!! それは一口の大きさじゃないって!!」
でしょうね。あれだけで御茶碗二杯分位ありそうだもん。
「あら、そうなので?? マイさんは召し上がりましたよ。ねぇ――??」
「ふぉうね。もっふぁ……」
目下ね。
「そふぁくちゅう、ふぉ」
「こいつは馬鹿みたいに食うからだよ!! あたしと一緒にするな!!」
「それが遺言ですかぁ」
「勝手に殺すな!!」
顔、滅茶苦茶怖いですね。
モアさんの目の輝きが消失して人に怯えを抱かせる無表情のままユウのお口さんへと御米をあてがう。
「ん――!! ん――んっ!!」
「また虚しい抵抗ですか。あなたの弱点を知り尽くした私達にとってそれは薄い紙の壁を突き破る事と同義ですよ」
モアさんが音程を変えない口調で話し。
「あらよ……っとぉ!!」
メアさんが先の要領でユウの体を蹂躙した。
「きゃははは!!!! や、止めろぉ!! 先端を捏ね繰り回すなぁあああ!!」
先端とは一体どの部位を差すのでしょうね。まぁ、凡その意味は理解出来ますけど深くは問いません。
「はいっ。おしまいっ」
「まむぐ!?」
有り得ない量を口の中に放り込まれ。
「口を開けたら……、右の頬から左の頬の中が見えちゃいますからねぇ」
右手に持つ出刃包丁でユウの右頬をペチリと一つ大きく叩いた。
あの死んだ魚の目とギラリと光る出刃包丁……。
どんな拷問よりも恐ろしく映るのは気の所為でしょうか??
自分とユウの状況を挿げ替えた姿を想像すると肝が大いに冷えてしまった。
俺自身が抱える問題は自分自身で解決すべき。
周囲の問題が全て見事に片付いたのなら一度状況を見直すべきだ。制御不能に陥った力がマイ達に及ぶのは絶対に避けなければならない。
それだけは……。絶対に駄目だ。
大切な人達を傷付ける位なら自身を傷付けた方が良い。そうなると……。
「御風呂、お先っ」
自身に与えられた問題に苛まれ、これでもかと眉を顰めているとそれとは真逆の笑みを浮かべたエルザードが左隣りにぽんっと座る。
「ん?? どしたの?? 難しい顔しちゃって」
「え?? あぁ。ちょっと、ね」
皆と袂を分かつべきかどうか。流石にこの場でそれは言えない。
取り敢えずありふれた言葉で眩い笑みに返事を返す。
「暗い顔してるからさ、どうかしたのかなぁ――って」
「そりゃあ、無理難題押し付けられたら誰だって暗い顔するだろ」
これは正真正銘の本音です。
何があっても人肉だけは食べられません!!
「あぁ、そっち。進捗具合は芳しくなさそうね」
「お陰様で暗中模索の日々が続いております」
「大変そうだけど、誰しもが通った道だし。焦る必要は無いわ。お茶貰うね――」
手元に置いてある俺の飲みかけのコップに手を伸ばし、何の遠慮も無しに喉の奥へとお茶を流して行く。
「焦る必要は無いって言うけどさ。ユウやカエデは邂逅を遂げたんだし。焦るなって方が無理だろ」
件の彼女へ視線を送る。
「カエデちゃん!! 他は何か言っていた!?」
「彼女の使い魔を見る事が出来ましたよ。それはもう多種多様な種類の魚群で……」
普段は余り見せない柔らかい笑みを浮かべつつ己が感想を若干得意気に話していた。
余程嬉しかったんだろうなぁ。
全く、羨ましいよ。
「うぇぇええ……。も、もう食べられない……」
もう片方の達成者が俺の右隣りの椅子へと腰かけ、そしてだらしなく机の上に突っ伏し。
「お疲れ。ゆっくり休んでな」
労う意味を籠めて彼女の左肩に手を置いて話してやった。
「あ、ありがとう……。腹八分が大事って言葉。今なら完璧に理解出来るぞ」
己が手を枕にして青ざめた顔を此方に向けて話す。
「でも丁度良いんじゃない?? 明日は馬鹿みたいに体を鍛える訓練だから栄養が必要だし」
「それは今日中に今しがた食った物を消化出来ればの話だろ?? あたしはどこぞの龍と違って、可愛い胃袋なんだよ」
可愛い胃袋の割には、俺と変わらぬ量を召し上がっていますよね??
女性相手に良く食う奴とは言えないので愛想笑いを浮かべ適当に流しておいた。
「さて。皆さん揃った所で詳しい御話しを聞かせて頂けますか??」
柔和な笑みを引っ込め、いつもと変わらぬ冷静な表情でカエデが口を開く。
皆さんと言っても、マイが未だ……。
「ふぅ――!! 食べた食べた!!」
ユウの右隣り。
私は大変幸せですよと他人からでも容易に窺える表情を取りつつマイが着席した。
「周知の通り本日、私とユウは覚醒へと至りました。ですがこれは只の通過点です。滅魔達相手に確実に勝利を収める為には更なる修練が不可欠です。己の実力を過信し、驕る事無く前進を続ける事が大切です」
会話の出だしとしてはほぼ満点の演説で皆が一様に頷く。
「私は己の慢心と奢り。ユウの場合は……」
「ん?? あたし??」
皆の視線が己に集中した事に気付き、項垂れていた体をすっと上げて話す。
「え――っと……。何んと言うべきか。あたしの場合は詳しくは言えないけど優しさを捨てる勇気を持てと言われたのかな」
「あんたは敵にも味方にも優し過ぎるからねぇ」
「御忠告ど――も。ってか、触んな」
巨大で、雄大で、見る人によっては荘厳にも映る双丘をツンツンと突く手を叩き落とす。
「それだけじゃなくてさ、大地の力を宿す指導方法も教わって。本題は難題だったけど、それ以外はまぁそこそこにキツイ程度だったよ」
溶岩に浸かる事がそこそこ、ね。
そこは覆せない種族差があると認めましょうか。
「ふむ……。何者をも破壊し尽くす力を持てという事ですか。参考になりますね、では続いてリューヴの話を聞かせて下さい……」
「あぁ、我々は先日同様森の中の雪原で相対していた」
「も――滅茶苦茶強かったんだからね!!」
リューヴとルーが彼女達の中に潜む神狼との戦いを語り始めたのだが……。真剣なこの場に酷く浮いた存在が机の下から現れた。
「よいしょっと。ヘヘ、コレコレ!!」
マイが机の下から取り出したのは四つの果実だ。
片方はヤシの実の様に堅い甲殻に覆われた物でもう一つは瓢箪型の黄色い果実。
それを机の上に置き満足気に目を細めていた。
えっと……。皆が真面目な話をしているのだから一旦それを仕舞いましょうか。
「彼が私の攻撃を躱しそして反撃を予想して態勢を整えたのだが」
「いひっ。シュッと、切り裂いて――」
人の手の指先に龍の爪を生やし、硬い甲殻を切り裂くとこちらまで甘い香りが届く。
リューヴには悪いけどあの存在は一体何だ?? 夕食前に姿が見えなくなったのは恐らくアレを採取しに行ったのだろう。
「赤き稲妻が大地を駆け抜けて鋭い連撃が我々の体を襲う」
「こっちも準備してっと!!!!」
黄色い果実の皮を剥くと乳白色の果実が現れ、それと同時に何だか鼻腔と眼球の奥がむず痒くなる。
おいおい。此処からでも酸味を感じるぞ。
ユウも俺と同じ想いなのか。
「……」
右隣りのお馬鹿龍の所作を懐疑的な目でじぃ――っと注目していた。
「もう片方、つまりルーが宿す大魔との連携攻撃に手も足も出なかった。我ながら情けないと思うがな」
「うっし!! 先ずは、白から!!」
大人の手の平大の白き果実に齧り付き。
「アオイは未だ話せませんか??」
「えぇ……。申し訳ありませんわ……」
「アミャミャミャ!!!!」
今日も沈んでいるアオイの様子もそこそこに確認し、甘さで顔を顰めるマイへと視線を戻す。
甘さに堪えたのか。左手に持つ黄色の果実を急いで口へ運んだ。
「そう、ですか。助力を尽くしたいと本心で想っています。アオイ、あなたが辛く苦しいのはこの場に居る皆が理解していますよ。邂逅が不可能だと理解しましたのなら、いつでも引き返しても構いませんから。その点に付いて、誰も咎めはしません」
「ありがとう、カエデ……」
「スペペペペ!!!!」
「「「「五月蠅いっ!!!!!!」」」」
真剣な状況下の中、一人浮いた存在に堪忍袋の緒が切れた方々からお叱りの声が解き放たれた。
「な、何よ!! 食後の楽しみを邪魔する気!?」
「そうじゃないって。場所を弁えろって言いたいんだよ」
ユウが皆の思いを代表して答えてくれる。
「いや、これはこうして食べるのが正解なのよ。こっちは抜群に甘過ぎて……」
再び白き果実へ齧り付き。
「んにゃあらあ!!!! はむぅっ!!」
そして、急いで黄色の果実を口に含む。
「ハペペ!!!! ふぅ……」
そして、これが正しい食べ方だぞと満足気に片眉をくいっと上げてユウを見上げた。
「な?? じゃあない。皆真剣な話をしてるんだから、それは後にしな」
「嫌よ!!!!」
はぁ……。これじゃあ話が進まないな。
要はあれだ。静かにアイツへあの物体を食べさせればいいんだろ??
「マイ。ちょっとその果実を見せてくれ」
重い腰を上げて横着者が座る隣へと移動を開始した。
「お?? 食べる??」
右手に持つ白き果実を此方へと差し出す。
物は試し。
そう考え指先で果実から滴る液体を掬って口に運んだ。
「あっっっま!!!! 何だこりゃ!?」
たった一滴の量の液体で舌が驚いてしまった。
膨大な量の砂糖を溶かした水みたいな甘さだな……。
「ほら、次はこっち!!」
乳白色の果肉を差し出すが、これは口に含んでも良い物であろうか??
指先で触れるとほろりと崩れる程度の柔らかさに若干の怯えを覚えてしまう。
小さく指で千切り、恐る恐る舌の上に乗せた。
「すっぺぇえ!!」
物凄く古い梅干しを食った時に溢れ出る唾液の数倍の量が口内に溢れ、俺の体はこれを劇物だと捉えてしまった。
コイツ。こんなもの良く平気で口の中に入れられるな。
「情けないわねぇ。そんなんじゃあこれを完食出来ないわよ??」
「あはは。それ、昔フィロも食べようとして四苦八苦していたわよ――」
「うっそ。母さんも食べようとしていたんだ」
流石は血の繋がった家族だ。
同じ過ち……。基。好奇心溢れる行動は母よりの血筋なのだろう。
良し、何となく味は掴めた。後はどうやってこれを食べられるまでに昇華させるかだ。
強烈過ぎる酸味と甘み。例えば苦過ぎる物は薄めて頂くよな?? その要領で紐解いていくか。
水で味を薄めれば問題は簡単に解決する。
しかし、それだけじゃあ味気無い。
あの訳の分からん物体を水に突っ込めば問題が解決する訳でも無い。それ処か、より一層食欲を湧かせない食べ物へと変容してしまうだろう。
相対する味、薄める為の水……。後一つ何かがあれば食べられる物に変わりそうなんだけど。
「あっつ――。しかし、今日のお湯はちょっと熱すぎたわ。フォレインの奴。自分が憤っているからって水に八つ当たりしなくてもいいじゃん」
「熱過ぎるのなら氷を入れて冷ませばいいじゃん」
「あのねぇ。あれだけの水量を冷ます為にはどれだけの量の氷が必要だと思うのよ。私、疲れるの嫌だし」
マイとエルザードとの会話が頭の中に素晴らしい光を与えてくれた。
そうか……。水じゃなくて氷だ!!!!
「エルザード!! ちょっと……。いいか!?」
「あ、こら!! 返せ!!」
狂暴な龍から二つの果実を奪い、調理場から大きな受け皿数枚と包丁。そして使い古されたまな板を手に持ち颯爽と元居た席へと舞い戻った。
「何?? 性交するの??」
「氷を出してくれるか!? 直方体で、大きさは……。これ位の大きさで!!」
訳の分からん戯言を完全に無視して受け皿の幅を大きく超える氷の大きさを手で表す。
「氷?? いいわよ」
俺の要望に見事に応えてくれた大きさの氷が青の魔法陣の中から現れ、受け皿の上に上手く乗る。
「お次はこの氷を……。そうだな。粉雪よりも大きく、ザラザラした雪よりも小さい結晶体に粉砕出来るか!?」
「え――。面倒」
ちぃっ!! 後少しだというのに!!
「頼む!! 良案が浮かんでいるんだ!!」
「はいはいっと……」
エルザードがやれやれといった感じで小さな溜息を吐き指をパチンっと鳴らすと。
直方体の氷が軽快な音を立てて形状崩壊。そして俺の要望通りの形となって受け皿の上に盛られた。
「わぁ!! 雪みたいだね!!」
「故郷の雪景色が思い浮かぶぞ」
二頭の狼さんのお墨付きもありこの氷の結晶体はどうやら良質な物の様だ。
「よし!! 早速取り掛かりましょうかね!!」
これで下地は整った。後は俺の腕の見せ所だな!!
ヤシの実擬きの甲殻から白き果肉を穿り出して両手で掴み、白い果汁を小さな受け皿へと零す。
そして、ある程度絞り出したらこの果肉をみじん切りにして果汁の中へと浸す。
続きまして。
黄色い瓢箪型の皮を剥き、乳白色の果肉を細かく刻み白の果汁へと落とした。
ここで!! 根気よく混ぜる!!
白き果汁の中で異なる硬度の果肉が混ざり合い徐々に色に変化が現れ始めた。
「ほ――。綺麗な色になってきたな」
「だろ?? 料理は見た目も気にしなきゃいけないんだ」
左からにゅっと生えて来たユウの顔へと返事を返す。
根気よく混ぜ続けていく内に完璧な白が黄味がかった乳白色へと変化。心なしか、鼻腔に感じる香りも芳ばしくなって来た。
「あら、いい匂いじゃない」
「そうですねぇ。甘くて、酸っぱい。良い香りです」
エルザートとアレクシアさんが端整な鼻をスンスンと動かしてこの香りを嗅ぐ。
普通の嗅覚をお持ちの二人が感じる香りは果たしてアイツにはどれだけ強烈に感じる事やら。
「んっひょおおう!! な、何よ、それ!! すっごい美味しそうじゃん!!」
食欲の権化が深紅の龍に変わると俺の左肩に留まり、自称最美麗だと抜かす尻尾をはち切れんばかりに左右に振る。
この振れ幅と速度……。物凄く期待しているようだな。
期待してくれているのは嬉しいんだけど、もう少し振れ幅を抑えてくれないだろうか??
左の首筋に尻尾がペチペチと当たって痛いのですよ。
「頭の中に突如として浮かんだ料理だよ。強烈な甘さと酸味を混ざり合わせ……。そして……」
軟体である水では無く、固体である氷と混ぜ合わせたら果たしてどんな反応を見せてくれるのか。
舌に感じる冷たさと氷の力で薄まった酸味と甘みの協奏曲。
それはきっと夢にまで見た桃源郷へと誘ってくれるに違いないであろう。
仕上げとして白雪の上に粘度の高い乳白色の液体を時計回りで掛け、一周二周……。そして一呼吸置いて皿を机の上に置いた。
「で、出来た……」
雪原に佇む白き女王は美しい化粧と気高い衣装に身を包み、見る者全てを魅了する絶世の美女へと姿を変え俺を満足気に見上げていた。
それはまるで。
『御苦労であった』
物言わぬ固体であるが、俺を褒め称えてくれている様であった。
「で、では試食を……」
皆が見守る中、試食と毒見を兼ねて恐る恐る匙を雪の中へと滑り込ませ優しくお口の中へと迎えてあげた。
「ボケナス!! ど、どう!?」
「さ、最高の出来栄えだ……」
自画自賛も甚だしい自惚れるな、と。数多多く存在する料理人から罵倒されようがこれは正しく最高傑作に相応しい出来栄えであった。
先ず舌に感じたのは雪の冷たさだ。舌の上で優しく溶け落ちるように細かく砕かれたのはエルザードの腕前もあるだろう。
そして、冷たさの中に程よい甘さと独特の酸味が溶け合い。温かな口の中でふわぁっと優しい香りを放ってくれる。
この風味を例えるのなら……。
冷涼な空気に乗って香る優しい花の香り。
鼻腔から抜けていく香りに体のしこりが溶け落ちてしまう錯覚に陥ってしまっていた。
「皆も食べてよ!! すっごい美味いから!!」
自分の料理をこれでもかと薦めるのは人生で初めてかも知れない。でも、この感動を共有して欲しいが為に敢えて大袈裟に声を高らかに上げた。
「も、勿論よ!! 頂きます!!」
「どれどれぇ?? 私の彼が作ってくれた料理はどんな味かしらねぇ」
「折角ですから頂きましょうか」
皆が匙を手に持ち、そして雪の女王様を口の中に運んだ。
「「「「…………」」」」
どう、かな?? 皆の舌に合えばいいんだけど。
匙を咥え又は礼儀良く匙を手元に置いた彼女達の第一声を、固唾を飲んで待った。
「あ、あんた」
はい??
「こ、こっちの方が才能あるわよ。すっっごい美味しいもん!!!!」
「ねぇ!! 冷たくて甘くて美味しい!!」
「主の最高傑作かも知れぬぞ、これは……」
「レイドさん、美味しいですよ!!!!」
ほうほう。それはよう御座いました……。
取り敢えず合格点は頂けた様だ。皆等しく目尻を下げて白き女王を忙しなく口へと運び続けていた。
「んふっ。おいしっ」
「エルザード、有難うね。氷、作ってくれて」
頬に手を当て、美味しさをこれでもかと表現してくれている彼女へと礼を述べる。
この料理の決め手は氷の細粉にある。
俺が為し得たのは行程だけてあり、料理の本筋は彼女が生み出してくれた素材の御蔭なのだ。
「どういたしまして。それより、さ。やっぱ私の下へ来なさいよ。こんなに美味しい料理を作ってくれる旦那さんを放っておくのは勿体ないもん」
「それとこれは別なのであしからず」
「あんっ、もう……。逃げないで」
甘く絡む言葉と視線から逃れ、皿の中に適量に盛った雪の女王を持ち席を立つ。
「うっま――――い!! 食後の甘味にうってつけじゃん!!」
「マイちゃんもうちょっと静かに叫んでよね!! 私のお皿の上に唾が飛んで来たじゃん!!」
「アオイ、良かったらどうぞ」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ中央の喧噪とはかけ離れた静寂が漂う長机の端に座る彼女の前に小皿を置く。
「今日も全然食べていなかったし、少し位食べなきゃ体がもたないぞ」
食欲不振なのはアオイだけじゃないけどその中でもとりわけ彼女の食欲は危険だ。
今日も白米を数口とおかずを少々。
たったそれだけで箸を置き、無言で席を立ったのだ。肉体訓練の時は最低限の量を平らげてはいるものの、栄養を欲している体にはその量では足りない。
現に。
「レイド様……」
目の下には腹を空かせた獰猛な青深いクマが現れ、顔の色はいつもより数段色白。
声の覇気は消失し見る者全てに彼女は病人だと思わせる雰囲気を漂わせていた。
「固形物は食べ難いかも知れないけど。口に入れれば溶けて食べ易いからお薦めだよ」
「では……。頂きますわ」
蟻の鼻息よりも小さな囁きで述べ、頼りない手元で匙を操る。
「――。美味しい」
数度咀嚼した後、先よりも僅かばかりに輝きが戻った声色で答えてくれた。
「良かった。気に入ってくれたのならお代わりは……」
「おらぁ!! 退けや!!」
「マイちゃんこそ退いてよ!!」
「今直ぐにお代わりは無理だな。ごめんね??」
ったく。少しは慎みを覚えなさいよね。
雪の女王の争奪戦からアオイへ視線を戻して話す。
「いえ……。有難う御座います」
う――む……。
これでもあんまり元気が出ないか。消失した体力と精神力は食から補う。それが通用しないとなると俺が出来る事はほぼ皆無だよな。
相談に乗りたいのに課題は教えてくれないと来ているし。どうしたのものか……。
長机の上をぼうっと見つめ続けている彼女に対し、今の自分が出来る事を模索していると背後から陽気な声が近付いて来た。
「お――。何やら騒がしいのぉ」
「あなた達――。そろそろ御風呂入って寝なさいよ――」
「うっさい!! これを食べなきゃ死んでも寝ないわよ!!!!」
知りませんよ?? 覇王の奥様を怒らせても。
「ふぅん。母親に向かってそんな事言っちゃうんだ??」
「ぐぇぇぇええ……」
案の定、瞬き一つの間に小さな龍へ接近。
深紅の龍は母親の右指で喉元を抑えられてしまい苦しそうに舌をべろりと出して早くも降参を宣言した。
「あらっ!? これは!?」
「レイドが作ってくれたのよ。ほら、あんたがむかぁし、食えないって叫んでいたあの果実。それを私の愛と彼の欲情で素晴らしい料理へと昇華したのよ」
欲情とは一体何です??
言葉の選択が大いに間違っていますよっと。
「あれがこんな美味しそうな物に!? どれどれ!! 頂きます!!」
「か、かふぇせ!!」
窒息死してしまいそうにも関わらず右手で懸命に握り締めていたマイの匙をフィロさんが強奪。
「ちょっと五月蠅い。はふっ……。ふんっ……。んぅぅ!! 美味しい!! レイドさん、これ美味しいわよ!!」
「有難う御座います。あの……。そろそろ指を離さないと娘さんが死んでしまいますよ??」
目の色の輝きが徐々に失われてきちゃたし。
そろそろ放免すべきでは??
「もうちょっと強くしても死なないから安心して?? お代わりしよ――っと」
「カ、カヒュッ……。わ、私の分がなふなる!!」
体全体に満足に空気を送る事が出来ず、今にも意識を失ってしまいそうな状態なのに己の飯の心配をするとは……。
実の母親に絞め殺される前に陳謝を述べて許しを請う場面だってのに自分の命よりも食を優先する姿になんだか呆れを通り越して笑えてきてしまったよ。
「あのレイド様……」
「これレイドや!! 儂にも持って来い!!」
「はい只今!! アオイ、ごめん!! 師匠に呼ばれたからまた後でね!!」
風呂上りの蒸気を放ち、ちょいと座り心地の悪い椅子へと女性らしからぬ速さで座った師匠の下へと急いで駆けて行く。
「いえ。お気になさらず……」
「いい加減放せ!! おらぁ!! ボケナス!! 早く持って来い!!」
「レイドさん!! 私にもお代わり下さいっ」
「お代わりを作るからちょっと待って下さいね!! カエデ、さっきの要領で氷を作る事は出来るかな??」
「構いませんよ」
あはは……。こりゃ忙しくなりそうだぞ!!
王都の屋台群の大盛況をも越えた盛況ぶりに心が逸り、自分の手が二つでは足りなくなるぞと嬉しい悲鳴を上げながら忙しなく差し出される皿に雪を盛り。
新たに現れた雪を前にして勇猛果敢に突撃を開始したのだった。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
最近頑張り過ぎた所為か、背中の筋が物凄く痛みます。
このままでは不味いのでこの土日を利用してスーパー銭湯へ赴き、炭酸風呂とマッサージチェアで背中の筋肉の痛みを取り除こうかと考えております。
土日の更新は番外編最終話と、背中の様子次第で本編を更新する予定です。
読者様達も悪い姿勢での作業は体を痛めますので注意して下さいね??
それでは皆様、良い週末をお過ごし下さいませ。