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第三百二話 覚醒に至る者共 その三

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 鼻腔を擽る古紙特有の香りと若干の埃が混じった空気。


 あなたにとって心落ち着く香りは何であると問われたら、その一つとしてこの香りを挙げましょう。


 若干硬めの木材で作られた座り心地の宜しく無い椅子に腰かけ。私は静かに文字の波へと視線を泳がせていた。


 二人だけが存在するこの広い図書館の中で互いの本を捲る音だけが静かに響き続けている。



「今日はやけに静かじゃの」


 此方へと視線を送らず、手元の本へ視線を落としながら彼が消え入りそうな声量で言う。


「えぇ。大好きな本を読んでいますので」



 子供の頃、時間が許す限り読み続けていた沢山の冒険の物語。


 その中で私の一番好きな登場人物が出て来る話です。


 主人公の男性が仲間と共に海沿いを歩いていると一人の女性が海に向かって佇み何やら物悲し気な表情を浮かべている。


 それに気が付いた主人公が。


『どうかしましたか??』


 と、尋ねると。


『海の悲壮な嘆きが聞こえるのです』


 悲し気な表情と同調した台詞が彼女の口から放たれると、彼はその訳を聞き。主人公達は彼女の問題を解決する為に奮闘を開始するのです。


 問題を解決した後、彼女は主人公一行に加わり共に危険と快哉かいさいが混在する摩訶不思議な冒険へと旅立って行くのだ。



 今、思い返して見れば……。


 この状況と、私と彼等が出会った状況は酷似していますよね?? 偶然とは恐ろしいものです。



「確かに、似ておるなぁ」


 私の心の声を読んだのか。


 対面のお爺さんが宙を見つめてポツリと言葉を漏らした。


「偶然の一致。でも、素直に喜びますよ」



 彼等からは何物にも代えがたい冒険という宝石を与えられましたので。


 人生が一変したと言っても過言ではありません。



「あの小僧と出会わなければ今のお前さんは存在していなかった。あの狭い空間で己の欲望を誤魔化しつつ両親の傀儡と成り果てていた訳だ」


 私の心を見透かせる力は強大ですね。的確に痛い所を突いて来ますので。


「それは素直に認めます。私は……。自分の力のみで自身を変える勇気を持ち得ませんので」


「じゃろうなぁ。知識を高める事に関しては得意、じゃが。一歩踏み出す勇気は皆無。情けなくて涙が。ふぁぁ――……」



 それは感情から来る涙では無くて眠たさを誤魔化す為の雫ですよ。


 もじゃもじゃの灰色の髭の中から口が現れ私の大好きな空気をこれでもかと吸引していた。


 顎が外れても知りませんからね。



「儂を軟弱者扱いせんでくれ。退屈で、退屈で欠伸が止まらぬわ」


 私が勧めた本を閉じて窓枠から差す遠い光を見つめる。


「その『本』 は私が好きな本の一つですよ」



 先程の海で出会った女性が敵性対象に捕らわれ窮地に陥り、主人公が全てを捨てて助けに来てくれる話だ。


 彼は傷口から夥しい量の鮮血を止めどなく流し続け、意識が薄れ倒れそうになっても足を止めなかった。


 そして囚われの彼女を救うと傷だらけになった彼に問うのです。



『どうして、私を救い来てくれたの??』


 彼女が涙ながらに問うと彼はいつもの笑みを浮かべてこう言った。


「――――。仲間を助けるのに理由はいるの?? じゃな。ありきたりの台詞。じゃが、この女性はこれで己の恋心に気付いた。女子の心を射貫くのはほんに苦労するのぉ」



 そうでもありませんよ。


 そうした緊急事態で恋心を抱く場合もあれば、何気ない日常の積み重ねで想いを気付く場合もありますので。



「ふぁぁ。次はどんな退屈な本を持って来るのじゃ?? ほれ、早くせい」



 彼の邪険な声を受けて文字の海から正面に視線を向けた。


「分かりました。では、次の『物語り』 をお持ちしますね」


 静かに本を閉じて机の上に置き、私は物音を立てずに椅子から立ち上がった。



「さてさて。退屈凌ぎには持って来いの場所じゃが……。如何せん、置かれている本が。ん?? 何じゃ。そんな所で立ち尽くして」


 私は彼の側に立ち。


「早く行けと言っておるじゃろう」


 飼い主に遊びを強請る子犬を払う手の仕草を見せた彼の所作を受けても、その場を動こうとはしなかった。



「言う事が聞けぬのか?? この愚か者が」


「愚か者……。確かにその通りかもしれません。この状況に気付けなかった私に酷く当て嵌まった言葉ですから」



 長く垂れ下がった眉の中から覗く力強い目を捉えて話す。



「私は酷い勘違いをしていました。あなたが求めた物語。それは数多存在する本であると捉えてしまっていた。しかし、あなたが真に求めていたのはそれではありませんね??」


 そこまで話すと、一度呼吸を整える為に大きく息を吸い込んだ。


「続きを述べろ」



「あなたが求めていた『物語り』。それは……。私自身であると解釈に至りました。自身の選択によって幾多の物語りが生まれては消え、時を越える事が出来ぬ以上。一度選択された物語りは歩みを続けます。私自身が今も紡いでいる物語りは果たして、正しい選択肢を選択しているのかは定かではありません。それは自身では計りかねますので。ですが……。時が立ち、過去を振り返ると正しい選択であったと考える時もあれば。愚行の極みであると酷く後悔する時もあります」



 人は失敗から学び、次に類似した状況が訪れればより正しい選択を決断出来ます。


 人生とはその繰り返しであり、人が語る『物語り』 はそうして紡がれていく。


 呆れる程の量の選択を要求されるのが人生そのものと呼んでも過言ではありませんね。



「決断した選択が成功か失敗か。それは第三者の目、若しくはその時を経過した後の自身で判断が可能になります。人の物語りは選択肢の連続。その中で夜空に浮かぶ数多の星よりも強く輝き、漆黒の闇よりも暗く沈む。他人から見れば他人の人生程面白い物は無い」



 鋭い観察眼を持つ者程、他人の人生は色鮮やかに映るのだ。



「私はあなたではありません。そして、あなたは私の中に存在しますが私ではありません。一つの体の中に、二つの物語りが存在する。一つの物語りから要求された、『物語』。それが指し示す事は……。その様な解釈に至った訳です」



 鋭い観察眼を持たなければ彼が持つ馬鹿げた力の源にも気付けなかった。


 年老いた壮年の男性を演じてはいるがこの小さな体の中には途轍もない力が秘められている。


 彼の奥を覗き込もうとすればする程、その力に圧倒されてしまいそうだ。



「ふ、あはは!! これは面白い答えだ!!」



 馬鹿みたいに口を開け、愉快に笑う彼。


 その笑い声はこの静謐が漂う図書館では酷く浮いた音色に聞こえた。



「絵空事の物語では無くて自身が語る物語り。自分の物語りこそが愉快な物語、か。ふふふ、気に入ったぞ」


「それはあなたが求める答えだと解釈しても宜しいでしょうか??」


「及第点をくれてやろう。それにお前さんはもう気付いておるのだろう」


 灰色の髭で覆われた口元をニヤリと曲げて私の目の奥を見つめる。




「はい。あなたの姿が……。偽りの姿であると」




 自身の経験、或いは体験を語る物語りを求められたのに本を差し出す行為は余りにも陳腐だ。私が彼の立場であったら狼狽するであろう。


 相手の立場になって思考を繰り広げ、同じ目線、同じ想いを抱かなければならない。


 そう。


 私は驕っていたのだ。


 このお爺さんは私の心を悪戯に逆撫でする邪魔な存在であると決めつけていた。その間違いに気付いた今なら彼の奥底に眠る途轍もない力を感じる事が出来ます。


お疲れ様でした。


大変申し訳ありません。前後半の文字を合わせると一万文字を超える為、本日も分けての投稿になります。


後半部分は現在編集中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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