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第三百一話 海竜さん主催の報告会 その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。少々長めの文となっておりますので予めご了承下さいませ。




「では、次は私ですね」


 カエデがコホンっと小さく咳払いをして姿勢を正す。


「私の場合はとある課題を与えられました」


「物語を持って来いって話だよね――。ユウちゃんみたいにお尻関係じゃなくて良かったじゃん!!」



 もうその話題はお終いにしましょう。


 当事者である彼女に怒られても知らないぞ。



「こ、この……。いい加減あたしの尻から離れろ!!!!」


 ほら、言わんこっちゃない。


 顔を真っ赤に染めたユウの体から深緑の魔力が溢れて右足へと集約。


「ふんがっ!!」



 深緑の色に淡く光る右足を大地に突き刺すと同時にルーの体が勢い良く星達が美しく輝く空へと舞い上がった。



「ひゃぁぁああああ――――……!!」


「おっほ!! 飛んでったなぁ――!!」



 大地から迫り上がった土台、とでも呼べばいいのか。


 台形の形をした岩が椅子ごと彼女を上空へ押し上げ、暗い闇の中に灰色が吸い込まれて行ってしまった。



「あり?? ユウ。力の使い方、上手くなってない??」


「は?? 何で??」



 マイの問いにユウが首を傾げる。



「ほら、いつもはもっと尖っているけど。あのお惚け狼の体を心配したのかどうか知らんけどさ。台形上に綺麗に整った岩になってるじゃん」


「お――!! そう言えばそうだな!!」



 さり気なく放った魔法が成長具合を具現化してくれたのだが……。もう少しやり方ってもんがあるでしょう。


 普通の人間だったら落下の衝撃で絶命してしまいますからね??



「話を戻しても構いませんか??」



 吹き飛ばされていったルーの心配する素振を一切見せずにカエデが口を開いた。


 目が怖いですよ――っと。



「「どうぞどうぞ」」


 マイとユウが同時に仲良く声を合わせ、少々おっかなびっくり報告会の再開を促した。


「私の場合は以前も話した通り図書館内で御先祖様との会話を継続しています。そこで与えられた課題は……」


「――――。たっだいま――!! いやぁ!! 飛んだねぇ!!」



 ここまで何度も話の腰を折られるのも珍しいですよね。


 夜空へ向かって大飛翔を遂げ、この島の何処かへと飛ばされてしまった狼が颯爽と舞い戻り。



「カエデちゃん!! 御話の続きをど――ぞっ」



 怖い海竜さんの背後から彼女の双肩に両前足を乗せ、藍色の髪の天辺に大きな顎を乗せてハァハァと乱れた呼吸を続けた。


 獣臭そうな吐息だな……。きっとカエデも目くじらを立てて彼女に苦言を……。



「――。与えられた課題は」



 無視ですか!?


 もう一々突っ込むのも面倒と考えたんだろうなぁ。お疲れ様です。



「面白い物語を持って来いとの事でした。私は精神の世界に存在する無数の本の中から私自身が気に入っている本を勧めているのですが。そのどれもが気に入らないらしく……。邂逅への道は難航の一途を辿っています」



 ふぅむ。


 カエデの事だから難なく与えられた課題を遂行できるかと思っていたのに。


 内に潜む者はよっぽど屁理屈なのかそれとも全く違う種類の本を探し求めているのか。簡単そうに見えて非常に難題な課題だ。


 でも、あの横着な淫魔の女王様は会話の中で言っていたよな??


『何かきっかけがあれば覚醒に至る』 と。


 そのきっかけはカエデ自身じゃないと分からない。



「ルー、獣臭いからもうちょっと離れて下さい」


「やっ!! カエデちゃんの匂い物凄く良い香りだもん!!」



 きっかけに至る答えに繋がれば良いと考え、不承不承ながら獣臭い狼の吐息と戦う海竜さんへ助言を進言してみた。



「なぁ、カエデ」


「何ですか??」


「わわっ」



 左肩に乗る狼の前足を退けて話す。



「今、本を持って行っているって言ったけどさ」


「えぇ、そうですよ。図書館の中には本という膨大な話が溢れていますので」


「その人は物語って言ったんだろ?? 物語と本。似ている様で似ていないと思わない??」



 パっと思いついたのはそこだな。



「物語は読んで字の如くどこかの誰かさんの話と解釈出来る場合もあるし、空想の主人公の物語でもあると解釈出来る場合もある。本は作者が仰々しく描いた絵空事の場合もあるし、資料とか図鑑もあるだろ?? ひとえに物語、本といってもこれだけの解釈が出来るんだからその人はもっと良く考えろって言っているんじゃないかな」



 頭の中に浮かんだ仮説を一通り話すと。



「…………」


 何かを思いついた表情を浮かべ、頑張って残っている右の前足を邪険に払い除けた。


「わぁっ!! 落ちちゃったじゃんっ!!」


「人の肩に汚れた足を接着させる方がおかしいのです」


「汚れてないもん!!」


「物語、本……。ふぅむ……。レイド、礼を述べます。私は何か酷い勘違いをしていたようです」


「勘違い??」


「全く……。本当に偶にですけど、レイドは素晴らしい助言をしてくれますね」



 いや、何かを理解してくれたのは結構ですけども。その何かを説明して欲しいです。


 だが、巨大な氷の一角が徐々に解けたのか。


 彼女が偶にしか浮かべない柔らかい笑みを受け取るとその事はどうでもよくなってしまった


 うむ……。その御顔、確と記憶に刻み込みましたよっと。



「じゃあ次はアオイちゃんだね!! アオイちゃん…………??」


 今も目をぎゅっと瞑り、己の世界に身を置いて居るアオイの肩をルーがタフタフと叩く。


「え??」



 ルーの前足の感触で我に返ったのか。はっとした表情を浮かべ、足元の狼を見下ろす。



「ほらぁ。皆で報告会しているんだから、アオイちゃんも話さないと!!」


「そ、そうでしたわね。私の場合は先も述べた通り、人に話す訳にはいきません。申し訳ありませんが……」



 悲壮な表情を浮かべて口を閉じ、自信の欠片も見えない目元をふっと机の上に落とす。


 やっぱりアオイだけは他の者と毛色が違うよな。


 何んと言うか……。


 俺達に言わないのでは無く、言えない。そんな風に自らの意思を断絶され、選択肢が一切与えられずに苦しんでいる様子だ。



「アオイ。少しでも良いから話せないか??」



 俺なんかが力になれないと思うけど行動を起こさないよりかはマシだ。


 彼女の力になれれば、そう考えて声を掛けた。



「レイド様……」



 机の上から視線を上げ、何かを訴えかける様に俺の目を奥を見つめる。



「今この時もアオイの中に居る御先祖様はこちらの様子を窺っていると思うけど、間接的と言うのかな。課題を悟られない様に話しても良いんじゃない??」


「も、申し訳ありません。それは出来ませんわ」


「そっか。うん、無理ならいいよ。アオイが苦しんでいるのを看過出来ないからさ。少しでも良いから力になれないかな――って」



 暗い雰囲気にならぬ様、務めて明るく話しているが。果たしてそれが伝わるかどうか。



「……。えぇ、そうですわね」



 駄目だぁ……。暗い表情のままだ。


 俯いたまま精神のまま明日から始まる訓練に臨むのもどうかと思うし。


 何んとかならんのかねぇ。腕を組み、さてどうしたものかと妙案を捻り出していると。



「あんたさぁ。私達がこうして話しているってのに一人だけだんまりを決め込むつもりなの??」



 止せばいいのに、マイが要らぬ口撃をアオイに放ってしまった。



「……」


「あ?? 無視か?? 言えないってのは理解してんのよ。だったら、自分で解決する為に何か行動を起こせ。いつまでもウジウジモジモジ……。私一人だけ苦労しています――って顔。いい加減止めてくれない?? 見ているこっちも嫌気が差すのよ」


「おい。言い過ぎ……」



 俺がマイの口を閉ざそうとすると。



「……」



 ユウが他の者から見えぬ様に俺の腕を握って制す。



『黙って聞いておけ』



 彼女の目はそう語っていた。




「辛い、苦しい、逃げ出したい。誰だってこの苦しい状況から解放されたいってのは分かりきった事なのよ。逃げ出せたのならそりゃあ楽だよなぁ?? でも、私達はこの力を受け継いで生まれた。逃げ切れない運命の中に身を置いて居るの。テメェ自身でも分かってんだろ?? そんな事位」



 マイの言葉はアオイの苦しみの的を射ているのか。


 肯定したくても出来ない、そんな否定的な表情を浮かべたままマイの言葉に耳を傾けている。



「辛い過去があんたの中で黒く染まっているんだろ?? 失敗した?? 大切な人を傷付けた?? はっ!! んなもん、一々気にしていたら強くなんかなれないわ。いい?? 失敗を恐れて前を向けなくなった者から脱落していくのよ。少なくともここに居る者達は全員前を見続けているわ。――――。あんた一人を除いてね」



 次々と出て来る辛辣とも受け取れる言葉だがその実、言葉の端には確かに檄が含まれている。


 これはマイなりの檄、か。


 ユウが俺を制した理由が今理解出来たぞ。その調子でいつもよりも弱気な蜘蛛の御姫様に発破を掛けてやって下さい。


 投げかけられる言葉の数々によって生まれる激情を糧に、いつもの彼女が戻って来るかと思いきや。



「あんたが力に飲まれ、化け物みたいになっても母さん達や私達が全力でブチのめしてやらぁ。ビビっていないで……。あぁっ!? おら!! どこ行くんだごらぁぁああ――!!」



 彼女の言葉の途中で席を立ち、一人静かに奥の天幕へと進んで行ってしまった。



「待てや!! まだ話は終わってねぇぞ!!」


「お、おい!! もういいって!!」


 今にも噛みつきそうな顔でアオイの背を追おうとする狂暴な龍の腕を掴み。


「触んな!! 変態!!」

「ばらぶっ!?」



 想像通りの逆襲を顎に頂いてしまった。


 い、いてぇ……。目ん玉が飛び出たかと思ったぞ。



「アオイはちゃんと聞いていただろ?? お前が話している間、席を立たなかったのが良い証拠だ」


 痛む顎を大切に抑えつつ話す。


「立ったじゃん!!」



 暗闇に紛れ、もう見えなくなってしまたアオイの背を指して叫ぶ。



「話の大筋を理解したから席を立ったんだ。きっとアオイは感謝しているさ」


「か、感謝!? 礼の一つも述べなかったぞ!? あんにゃろう!!」


「マイ。今はアオイの事を信じて待ちましょう。私達に出来る事はそれだけですよ」



 カエデが静かにそう話すと。



「ふ、ふんっ!! 私は認めてないからね!! あんな態度!!」


 狂暴な猛禽類も冷や汗を浮かべる顔となり、仰々しく腕を組んで椅子に座り直した。


「アオイの事は兎も角、皆さんの進捗具合は理解出来ました。明日からは再び身体的にも、精神的にも辛く苦しい訓練が再開されますが。それを血肉に変える努力を怠らぬ様、訓練に望みましょう。以上で報告会を終わります」



 カエデの声を散と捉えた俺達は各々楽な姿勢を取り、肩の力を抜いた。



「了――解。はぁ――。あっと言う間に休日が終わっちまったなぁ……」


 ユウが机の上に頬杖を付き、明後日の方角を見つつ口を開く。


「そう?? 私は充実していたわよ?? なんたって、美味しい烏賊を釣ったし!!」


「お前さんの頭の中は幸せそうで羨ましい限りだよ」


「何だってぇ!?」



 瞬き一つの間に龍の姿に変わり、ユウの頭の上へ到着すると小さなあんよで頭頂部を踏みつける。



「禿げるから止めろ」


「ぬぉ!? 放せ!?」


 それを物ともせずに龍の翼を右手で摘み、プラプラと目の前で揺らす。


「でもさぁ。アオイだけが苦しいってのも……。可哀想だよな」


「あぁ!? きしょい蜘蛛がどうなろうが、私には関係無いわよ!!」


「ハハ。本当にそう思ってんのなら、あんな事言わないって」


「ふ、ふんっ!! そ、それは知らんっ!!!!」



 こいつもこいつで口は悪いけど仲間想いの所があるからな。


 天邪鬼とでも言えばいいのか。嫌いの裏返しみたいなもんでしょう。


 ギャアギャアと騒ぎ小さな口から飛沫を噴出する龍。


 それを優しく受け流すミノタウロスの女性のいつものやり取りを何気なく見つめていると、この日常がどうかいつまでも続きますようにと願っている自分が居る事に気付く。



 何が切っ掛けでこの日常が破壊されるかも知れない。


 彼女達、そして俺の中に存在する異形の力にはそれを可能にする力が眠っているのだ。


 先程マイが放った。



『失敗を恐れて前を向くことを諦めた者から脱落していく』



 この言葉が頭から離れずにいる。


 失敗を成功の糧にしろと言いたかったのだろうが、誰しもが失敗に恐れを抱く。それが人を傷付けてしまう力なら尚更だ。


 俺は、やはり恐れているのだろう。


 凶姫さんの力に。禍々しい力に。


 でも、マイが話した通り失敗を恐れていては何も解決しない。根気よく腹を据えて狂姫さんと対話を続けよう。


 それが最善の答えに続く近道だから。


 明日からの訓練に備えて自分の中で解決策を練っていると。



























「――――。ねぇ、御風呂上りの私。どう??」


 女の香をこれでもかと撒き散らす横着者の細い腕が首に絡みついて来た。


「うぎゃああ!!!! な、何だよ!! エルザード!!」


 気配の気の字も感知させない行動に心臓が悲鳴を上げ、口から勢い良く飛び出す。


「あ、もう――。腕を払っちゃ駄目なんだゾ??」


「知りません!!」



 はぁ……。


 全く、不意打ちは勘弁してくれ。俺の心臓は一個なんだから止まったらどうしてくれるのよ。



「御風呂お先――。あんた達も汗臭いからちゃっちゃっと入って来なさいよ」


「そうですね。早めに入って明日に備えましょう」


 エルザードの声を受け取ると各々が重い腰を上げて続々と風呂へと進む中。


「賛成っ!! あ、アオイちゃんはどうする??」



 ルーが足を止めて天幕へ向かって振り返る。



「放っておきなさいよ。あんな態度取った後だし、どの面下げて私達と会っていいか分かんないだろうからさ」


「あ――そうだねえ。ってか、マイちゃんってほんっっっとうに偶にだけど。すんごく真面な事を言うよね??」


「偶にが余計なんだよぉ!!!!」


「いったぁぁああい!! お尻蹴飛ばしたら駄目なんだよ!?」



 早く行きなさいよね……。喧しくて耳が疲れて来た。


 いつもより大きな疲労の塊を含ませた溜息を吐き、やいのやいのと明るい声を放ちながら風呂場へと消え行く華達を見送った。



「ん?? あんな事?? 何かあったの??」



 エルザードが俺の右隣りに何とも無しに座りつつ問うて来る。


 申し訳ない、隣に座るのは一向に構いませんが。


 イケナイ物が見えてしまいそうだからそのだらしなく開いた胸元をもっと閉じて下さります??



「あぁ、実はね……」


 報告会での各自の進捗具合、そしてマイとアオイとの軋轢をさらっと説明してあげる。勿論、視線は明後日の方向へ向けてですけどね。


「ふぅん。あの二人は相変わらずねぇ」



 あなたと師匠の関係も相変わらずですよね?? もう少し良好な関係を構築してみてはと何度言おうかと思ったやら。


 勿論言いませんよ?? どうせ言っても聞きやしないし。



「皆等しく辛いんだなぁって思った訳さ」


「そうして強くなっていくのよ」



 ん?? 何だ?? 妙に物思いに耽った声色だな。


 視線を明後日の方から、彼女の端整な横顔に向けると。



「……」


 目元を柔和に湾曲させて頬杖を付いているから口元の様子は窺ぬが……。


 顔の形からしてどうやら双方共に柔らかく曲がっている様だ。


「何??」



 俺の視線に気付いたのか。ちょっとだけ目を丸くしてこちらを見る。



「いや、物思いに耽っているなぁって」


「あはは。うん、あの子達の話を聞いて柄にもなく昔の事を思い出していた」


「因みにどんな思い出??」



 師匠の可愛いフワモコの尻尾に火を点けて大喧嘩に発展した。


 フィロさんの食事を台無しにして大地を割った。


 フォレインさんの稽古の邪魔をして森の一部が消失してしまった。


 ミルフレアさんにちょっかいをかけて空に浮かぶ雲が霧散した。


 さてさて、彼女が語ろうとする昔の出来事は一体どの喧嘩に当て嵌まるのでしょうか??



「んっとね。私達もレイド達と同じ様に苦しんでいたなぁってさ」



 意外や意外。俺の想像とは裏腹に超真面目な思い出だった様だ。



「苦労話ってさ。当時はムカつく思い出だけど成長して歳を重ねた時に思い出すとあぁ。そう言えばそういう事もあったなぁって陽性な感情と共に思い出されるのよ」


「そういうものかね」



 エルザードの話で例えるとムカつく状況に己が身を置く訳だ。


 俺はそこまで歳を重ねていない所為か。それとも時間が経っていない所為か。


 その状況に置かれたら必ず負の感情を抱いて陽性な感情は一切芽生えないでしょうね。



「そういうものよ。レイド達もいつかもっと大人になった時にこの思い出話をすると口を開けて大笑いする様になるから」


「そうなる事を願うよ」



 エルザードが例に出した答えによると、時の経過と共に負の思い出は美化する。


 それはあくまでも誰一人欠ける事無く、そして誰にも不幸が訪れない平穏な未来が訪れればの話でしょう。


 その明るい未来の為にキツイ現在を過ごせと言っているのでしょうかね。



「あ、でも。今でもムカつく思い出はあるわね」


「聞かせてくれるか??」


「いいわよ。昔、ここで鍛えていた時なんだけどね?? クソ狐がさぁ、大魔の力を覚醒出来ないで苛々してて。私に八つ当たりしてきたのよ」



 師匠の八つ当たり、か。恐らく馬鹿げた威力であの素晴らしい拳を捻じ込んで来るのだろうが。


 俺がその一撃を食らった場合、四肢は正常にくっついているのだろうか。


 自分の体がバラバラになって弾け飛ぶ恐ろしい姿が頭の中に刹那に浮かんでしまう。



「んで、鬱陶しいから口を閉じてろって伝えたの。そしたらブチっと切れたらしく。大魔の力を解放して向かって来たのよ」


「お、おいおい。師匠の本気だろ?? よく命がもったな」


「よゆ――よ、余裕。私だけじゃ無くてフィロ達もいたし」



 あ、それなら心配要りませんね。


 例え師匠でも四名の傑物に抑え付けられたら勝ち目がありませんので。



「北にある開けた訓練場、実はあそこはさ。クソ狐の一撃で森が吹き飛んだ名残を利用した場所なの」


「い、一撃!?」



 あの広さをあの細い御体で……。しかもたった一撃と申すではありませんか。


 我が師の中には想像以上の傑物が潜んでいる様だな……。体をバラバラにされたくないし、これからも余り怒らせない様に努めよう。



「何とかして抑えつけて、経過観察を続けていたんだけど……。翌日にはケロっとして。『ふぁ?? 何じゃあ、お主達。寝起きの蛙みたいな顔をしおって』 そんな事言うもんだからあったま来て横っ面に張り手をお見舞いしてやったわ」


「は、はは。お疲れ」


「でもね?? それからアイツは力を制御するコツを掴んだのかな。それからは八つ当たりする事無く、制御する力を手に入れたわよ」



 ふぅむ。


 一度は激情に身を置きそこから何かを拾い上げる選択肢もある訳か。


 これは勉強になるな。



「まだ参考になる話があるかも知れないから色々聞かせてよ」


「え――……。何だか話し疲れちゃった。これの所為で肩が凝るからさぁ……」



 服の内側から物凄い自己主張をする双丘を下から持ち上げて話す。


 肩が凝る重さ、か。こっちの勉強は必要ありませんね。



「早く寝て明日に備えなさい。それが翌日に疲れを残さないコツです」



 淫魔の女王様の横着を完璧に無視して手元の茶をずずっと啜る。


 うぅむ……。実に爽快な舌触りだ。



「御茶なんかよりもこっちを……。啜って??」


「は?? はぁっ!?」


 肩の筋力に悲鳴を上げさせる質量を誇る双丘へと俺の手を誘い、ほぼ強制的に手の平に柔らかくて温かい感触を与えて来る。


「勘弁して下さい!!」



 誰も居ないからってそういう事は了承出来ませんっ!!


 速攻で双丘の表面から手を離して声を荒げてやった。



「またそうやって逃げるぅ。今朝の続き、する??」



 正常な距離感は既に消失。


 互いの微かな呼吸音が聞こえる位置に身を寄せて狼狽える俺の両目を淫靡な色を含んだ瞳で捉えた。



「しません。てか、近い!!!!」


「近い?? 私はもっと近くで感じたいの……」



 淫魔の女王様が最終防衛線を易々と突破すると。



『敵襲――――!! 総員配置に就け――――ッ!!!!』



 拠点を守る心の衛兵が素早く立ち上がり、右手に持つ木槌で警鐘を高らかに鳴らして警戒態勢を整えよと咆哮した。


 カンカンカン!! と甲高く鳴り響く鐘の音。


 俺の心臓も警鐘の音と同期して増々動悸が喧しくなってしまう。



「これ、受け取って……」



 彼女が俺の腕を掴んで行動を御し、しっとりと潤んだ唇を静かに近付ける。


「……」


 その魅惑的な肉感溢れる物体に俺と衛兵も心を奪われて只々見惚れてしまい、魅了された体は金縛りにあったかの様に身動き一つ取れなかった。


 居城を守る門がもう間も無く突破されようとした刹那。



「――――。そんな下らない物。速攻で送り返してやるわ」


 救国の英雄が颯爽と登場した。


「ンブっ!?」



 英雄の登場と共にもふっとした毛並が顔全体を覆いそして、怒気に塗れた声が背後から届く。



「さっさと立て。馬鹿弟子が」


「ちっ」


「し、師匠!! お帰りなさいませ!!」



 素早く椅子から立ち上がり、そして風呂上りの爽やか且女の子らしい香りを惜し気もなく放つ師匠の背後へと身を置いた。



「お主も少しは成長せい。あんな気色悪い肉のお化けに惑わされおって」


「あいたっ!!」


 三本の尻尾がピシャリと頭を叩く。


「申し訳ありません。自分が不甲斐無いばかりに……」


「まぁよい。儂が……。そ、そのぉ。いつも守ってやるからなっ!!」


「ありがとうございます!!」



 女性に守られる男もどうかと思うけど……。


 こういう事に関しては男女も関係あるまい。等と自分に都合の良い解釈で問題の解決を図った。



「そういう意味じゃあないのじゃが……」

「何か仰いました??」


「喧しい!!」


「いてぇ!!!!」


 四本は勘弁して下さい!! せめて三本で!!


「あら?? どうしたのよ、仲良く喧嘩して」


 首に手拭いを巻き、これぞ御風呂上りの正しい姿であると老若男女問わず頷く姿のフィロさんと。


「はぁ……。いい湯でしたわぁ」



 世の男共が生唾をゴックンと飲み込み、ついつい見惚れてしまう蒸気した表情のフォレインさんが戻って来た。



 先程は沈んだ花達。今度は水を得て潤った華やかな花達が長机を囲む。



「不甲斐無い弟子に指導してやっているのじゃよ」


「ふぅん、楽しそうに指導するわね……。ねぇ!! エルザード!! お水!!」



 こうやって何の躊躇なく催促するのはマイに似ているな。


 椅子の上に残るコップを手に取るとエルザードに向け、満面の笑みを添えて催促する。



「はいはい……。偶には自分でやりなさいよね」


「私がそっち系の魔法苦手って知っているでしょう??」



 邪険そうに話しつつもしっかりと水を注ぐのは友人としての好意なのであろう。


 細い指先に浮かんだ水色の魔法陣から水が垂れ落ち、コップに新鮮なお水がなみなみと注がれていく。



「ありがとう!! んっ……。ぷはっ!! 美味しいっ」


「しかし……。少々湯を温め過ぎた所為か。まだ体が火照っていますわ」



 薄い水色の着物の胸元をちょこんと摘み、大変ふくよかな双丘の合間に新鮮な空気を送る。


 アオイもそうだけど……。


 フォレインさんも何故そこを開いて着るのであろう?? 肌の露出は体温調整に支障がありますのに。



「お主はもう少し胸元を直せ」


「いつもの着こなし方ですけど??」


「エルザード、お代わりっ!!」


「無い!! ってか、いい加減に自分で詠唱しろ!!」



 右を見ても喧しく左を見ても耳が痛い。


 師匠達は昔からこうして過ごしていたのであろうか。


 それならばマイ達……。いや、俺達も彼女達と同じく歳を重ねてもこうして分け隔てなく騒いでいるのだろうさ。


 美麗な四本の花達の会話に知らず知らずの内に彼女達との姿を重ね合わせ、手元のコップの中にある大分少なくなった残りのお茶を飲み干した。


 ふぅ、御馳走様でした……。



「イスハ!! そこのお茶菓子取ってよ!!」


「自分で取れ、戯け」


「あ――!! そういう事言っちゃうんだ――?? 良いのかなぁ?? レイドさんに恥ずかしい過去をばらしちゃうぞ――」


「喧しいわ!! そういう貴様こそ情けない過去を実の娘に話して……」


「ん?? 続きは何よ」


「あ、いや……。気にするな」


「気になるじゃん!! 全部話すまでこの尻尾をモフモフし続けてやる!!」


「や、止めぬか!! クソ戯けがぁぁああ!!」



 師匠、そしてフィロさん。


 楽しそうに戯れるのは一向に構いませんが、森の生物達が眠れないと顔を顰めておりますのでもう少し声量を落として頂けると幸いです。


 静かな夜に相応しく無い喧しい声量が右往左往激しく飛び交う中、決して叶わぬ願いを一人心の中で唱え続けていた。




お疲れ様でした。


日曜日は深夜の帰宅となった為、続けての投稿になってしまいました。投稿が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。



そして、次話からはいよいよ覚醒に至る者が出てきます。


日常生活を執筆してもいいかなぁっと思いましたが……。それだと何の為に肉体鍛錬と精神鍛錬の日を詳しく書いたのかが意味をなさなくなってしまいますので省略させて頂きました。


誰が最初に覚醒に至るのか、温かい目で見守って頂けると幸いで御座います。



それでは皆様、お休みなさいませ。



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