表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
768/1227

第二百九十八話 南の島での初めての休日

お疲れ様です。


本日の投稿なります。少々長めの文章となっておりますので予めご了承下さいませ。




 塩気を含む柔らかい風が鼻腔の中に優しく侵入して疲れ切った心と体に束の間の安寧を与えてくれる。


 足の裏に感じる細かい砂粒、肌を刺す強き光は未だ感じられず前日の熱気の余韻と若干の湿度が含まれた空気が身を包む。


 まだ日も明けぬ暁の空をぼぅっと眺めて体内の疲労を吐き出す様に大きく、そして長く呼吸を続けた。



「ん――っ!! ふぅっ」



 凄く良い天気だな。


 空は爽快に晴れ渡り雲一つ無い晴天。これから昇って来る太陽も汚れ無き空にさぞかしご満悦になられるであろう。


 太陽が昇ってからは喧しい方々が起きて来ますので、俺はその前に静寂を楽しむとしますか!!


 着用していた上の訓練着を男らしく脱ぎ捨て、美しい海の中へと進んで行った。



「おっ。ちょっとひんやりするな」



 だが、今はこの微妙な冷たさが心地良いのです。


 腰の深さまで進むと水面に仰向けになり黒と青が混ざる空を見上げて吐息を漏らした。



 ここ最近は忙しくて静けさを楽しむ余裕も無かったからなぁ……。



『こ、この馬鹿者が!! 何度言ったら分かるのじゃ!!!!』


 師匠達の有難いご指導のお陰で全身余す所なく痛めつけられると筋力が悲鳴を上げ。


『あはは!! 狐の御姉さんって面白い人だよね――!! だからあの人のお肉を食べようよ!!』


 凶姫さんがぎゃあぎゃあと喚くものだから精神も随分と擦り減ってしまった。


 全身の筋肉が張り裂けてしまいそうな肉体鍛錬と心が疲れ切ってしまう精神鍛錬。


 それを交互に行い五日が経過。此処へ来てからの初めての休日、体をしっかりと休めなきゃいけないと思うのですよ。



「はぁ――……。気持ち良い……」



 ほぼ等間隔に沖から押し寄せるさざ波が体を優しく上下に揺らし、偶に横着な波が鼻に海水を送り込むがそれもまた大自然の醍醐味だ。


 一人静かに過ごす事がこうも心地良いとは……。大自然からの贈り物を受け取ると全身が蕩けきってしまっていた。


 皆は初めての休日をどう過ごすのだろう??



 確か、昨晩。



『私は釣りに行くわ!! 新しい食材を求めてね!! あんたらは強制参加だから!!』


『マイちゃん一人で行ってよ。私はゆっくり寝たいもん』


『だなぁ。足の怪我は治ったけど、折角の休みの日にあっちこっちに連れられたら叶わんからな』


『こ、この!! 薄情者っ!! あんたらは隊長である私の命令を聞いていればいいの!!』



 薄情者というより、あなたが横柄なのです。そう言おうと考えたが俺も強制連行されかねないので机の端っこでだんまりを決め込んだ。


 大体、休日は体を休める為に存在しているんだよ。皆が皆、お前さんみたいに頑丈では無いのです。


 皆等しく疲れ切っていると言えば良いのか?? でも、等しくという言葉には少々語弊がある。



 アオイの様子がちょいとおかしい。



 身体的に辛いのは皆平等だが心が疲れ切っている様子とでも言おうか。


 休憩時間になると俺達から静かに距離を取り、木にもたれかけて茫然と宙又は大地を見つめていた。


 大丈夫?? そう聞いても。



『えぇ、少々疲れが溜まっているだけですわ』 と。



 取り繕った笑みを浮かべるだけ。


 彼女の中に存在する御先祖様にどんな課題を吹っ掛けられたのか。その事について一度問うてみよう。


 勿論?? さり気なくそして会話の流れに沿ってだ。


 シオンさんの件もあるし、看過出来ないからね。


 波に揺られたまま頭の中で幾つかの質問、又は会話の流れを考えているとこの場に相応しいと思われる静かな女性の声が波の合間から届いた。



「はよっ、レイド」



 この声は……。



「お――。どうした?? こんな朝も早くか……」


 そこまで話すと言葉を切ってしまった。



 長く美しい桜の髪を適度に纏め、朝と夜の間に相応しい柔らかい笑みを浮かべてゆるりと波の合間を向かい来る。


 その行為自体を見ても言葉を切る事は無い。


 黒を基調とした面積の少ない布地を身に纏い、白く肌理の細かい肌の上の双丘が卑猥な面積の布地を中からグイグイと押し上げて激しい自己主張をしているので言葉を切ってしまったのだ。


 あれは確か、去年の夏に皆と島へ出掛けた時に見た水着って奴だな。


 晩冬の時期に見るとは思っていなかったので正しく青天の霹靂です。



「どう……。かな??」


 エルザードが手の届く距離に到達すると己の髪を指でクルクルといじりながら問う。


「え?? あぁうん、似合って?? いますよ??」



 白い肌に浮かぶ黒。


 黒の布地の淵には赤い線が入っており漆黒を際立たせている。


 これだけ面積が少ないという事はそれ相応の体型をしている人以外は似合わないという事を指す。


 つまり、彼女はあの戦闘服を着るに相応しい資格を持っている訳だ。



「ふふ。何で疑問形なのよ」


「そりゃあ俺の主観とエルザードの主観は違うし。俺の目は似合っていると考えても、エルザードが似合わないって思えばそうなるだろ??」


「まっ、そうね。褒めてくれてありがとっ」



 片目をパチンっと閉じて明るい笑みを浮かべた。



「どういたしまして。その戦闘服はどこで購入したんだ??」


「これ?? レイモンドの街よ。なんかさ――、ここへ来る前に色々と買い揃えていたらね?? 売れ残った水着が大安売りしていたのよ。それなら来夏を見据えて……。と、考えて買ったのよ」



 ふぅん。


 安いのなら買っても構わないか。俺には不必要な物だから良く分からんが。



「因みに、幾ら??」


「一万ゴールドよ」


「高いじゃん!!!!」


 思わず声を荒げ、海の中に沈まない様に上体を起こして叫んでしまった。


「あはは。器用に浮かぶね?? 形と色、それに私の体型に合ったから買っちゃったのよ」



 それだけのお金があったのなら他に有意義な使い方があるだろうに。


 例えば、ちょっとお高い料理器具やら食料やら……。少なくとも趣味の服だけに一万もの金を捻出しようとは思わん。



「女の子は見てもらう為に服を買うのよ」


「そんなもんかね」


「そういうものなの。ってか、こんな朝早くから何しているのよ??」


「あぁ。実はね……」



 疲弊した筋力を癒す為、そして喧しい時間が来る前に静寂を謳歌したい考えを端的に伝えてやった。



「成程。五月蠅い子達が起きて来る前に一人静かに過ごしている訳なんだ」


「正解です。今日は休日だからね、肩の力を抜いて身も心も休ませたいのさ。そっちも随分と早いじゃないか」


 再び水面へと浮かび、ちょっとだけ明るくなった空を見上げた。


「ほら、昨日はずっと寝てたじゃん?? その所為で早く起きちゃったのかな」



 そう言えば昨日は肉体鍛錬の日だったし……。連日の疲れ、そして精神鍛錬で俺達の補助に回り馬鹿げた量の魔力を放出した疲労が蓄積されていたのか。


 昨日は顔を合わせ、言葉を交わしたのも指で数えられる程度だった。


 見た目はいつも通りだが俺達に疲れを悟られない様、気丈に振る舞っているのかも知れない。


 それは当然師匠達にも当て嵌まる。


 この休日は俺達というよりも指導者側に与えられたものなのかもね。



「疲れているの??」


「まぁ、人並に」


「じゃあ……。私が手伝ってあげる……」



 手伝う??


 何をどう手伝うのか問おうとすると、海中から何かが迫り上がり。俺の体をしっかりと乗せて海面の位置で体が固定されてしまった。



「うぉっ!?」


「海底の地面を迫り上げてやったのよ。ほら、その台の上でうつ伏せになって??」


「お、おぉ……」



 言われるがまま、そして為すがままに体を反転させられ腕を枕に俯せの姿勢となった。



「お邪魔しま――っす。んっ、ココ。硬いね??」



 何の遠慮も無しに俺の太腿付近に跨り、疲れ切った下腿三頭筋へと細い指を当て。疲れている箇所を的確に探り当てて疲れを解きほぐしてくれる。



「あぁ……。どうも……」



 心地良い攻撃を与えられたら誰だって吐息にも近い声が漏れてしまうだろうさ。


 お互いの肌を密着させるという緊張せざるを得ない行為がエルザードの手解きによって何処か遠くに飛んで行ってしまった。



「んっしょ……」


 完璧な新円も思わず頷く臀部が俺の太腿から一旦離れ。


「よいしょっ……」


 再び太腿にペタンと密着すると水が厭らしく跳ねる音が風光明媚な景色の中に響く。


 柔らかい肉の感触が男のナニかを刺激してしまい。心地良さを優先させるのか、将又倫理観を優先するのか。その狭間で心が激しく揺れ動く。



 や、や、やわらけぇ……。


 エルザードのその……。あれってこんな柔らかいんだ。


 男のそれとは一線を画す感触に倫理観が撤退。俺の心は一時の心地良さを優先してしまった。



「背中はどう?? 凝ってる??」


「そりゃあ、人並にぃぃ……」



 世界最強の柔らかさと心地良さを提供してくれる桃が腰付近に乗っかると体がふやけてしまう。


 まぁ、整体の上手さの相乗効果もあるだろうけどこの心地良さは正に夢見心地と判断しても構わないだろう。



「あはっ、本当だカッチカッチだね」


「そ、そりゃあ。くっ……。毎日しごかれているから」



 その筋はやばい……。痛みを感じていた筋に的確な攻撃が襲来。


 俺の体はエルザードに体を任せるべきだと判断してしまった。


 と、言いますか。ペタンペタンと上下に厭らしく動く二つの桃が大変横着な性欲を呼び覚ましてしまった。



『お?? ちょっと早いけど出番来ちゃった??』



 お願いします。どうか静かにしていて下さい!! お前さんが動き出すと毎回ろくな事が起きないんだよ!!


 そう俺が懇願するも。



『こちとらいつでも準備万端なんだよ!! 俯せじゃなくて仰向けになりやがれ!!』



 馬鹿野郎は俺の命令を無視し、地面から迫り上がってきた台と体の間の挟まれた空間で人知れず雄叫びを放っていた。



 薄暗い南の島、優しく揺れる海面、互いに体を接着、耳に届く自然豊かな環境音と淫靡な女性の吐息。


 これ以上無い好状況が重なってしまっている為、彼女がもう一人の俺の状態に気が付いてしまったのなら恐らくそういった行為に及ぼうとしてしまうだろう。


 そして俺も男の端くれ、人並みの性欲を持ち合わせている。


 人よりも数倍強い理性を持っているが状況が状況な故、我慢出来る自信は余りないのです。


 頼むぞぉ……。気付いてくれるなよ……。



「大変よねぇ。馬鹿な師を持つと」


「いや、師匠は良く出来た御方だよ。不出来な弟子の面倒をちゃんと見てくれるからね」



 只、問題なのはその指導方法なのです。


 一昨日思いっきり殴られた脇腹がまだ痛むし……。



「可哀想……。どう?? この際、私の下に来る気はない?? カエデ共々面倒みてあげるわよ」


「他流に属する程、器用じゃありませんのであしからず」


「んもう。――――――――。ねぇ??」



 軽快な声から一転。何やら躊躇するしおらしい口調が背から届く。



「どした??」


「あの、さ。古代の記憶を覗いたって聞いたけど」


「それがどうしたの??」



 先日の分でまだ聞き足りない事があるのかしら。



「えっとね。昔の淫魔の姿を見たって言ったじゃん」


「あぁ、見たな」



 淫らな笑みに嗜虐心に満ち溢れた表情。背筋の肌が泡立ったのを今も覚えている。


 魔力を放つだけで人一人が腐り落ちてしまうのだ。


 今の時代に復活したのなら彼女単体が及ぼす被害は如何程であろうか。考えるだけで頭が痛い。



「やっぱり、怖かった??」


「怖いという感覚は無かったかな。昔の記憶を見られる貴重な機会だから、その……。そう言う行為はじっくりとは観察しなかったけども、顔や体型。そして体に浮かぶあの紋様はじっくり観察してさ。珍しい紋様だなぁって考えていたよ」



 恐怖感に興味心が勝ったとでも言うべきか。



「ふぅん。そっか……」


「何?? 聞き足りない事があるのなら話すよ??」


 恐らくそういう事であろう。


「ううん、違うの」



 違う?? 何が??


 俺がそう問おうとすると、背に乗る柔らかい肉体から体の芯が凍えてしまう程の魔力が迸った。



「な、何だよ!! 急に!!」


 何が起こったのか確認する為に振り向こうとするが。


「振り向かないで!!」

「あいだっ!!」



 エルザードの両手で顔をガッチリと固定されてしまった。



「えっと、ね。実は私もレイドが見た淫魔と似た姿なの。いつも見せているのは人の姿なんだ。今、私は……。淫魔本来の姿を浮かべているのよ」



 普段の飄々とした口調は何処へやら、酷く沈んだ口調でそう話す。



「それがどうした??」


「もしも……。私の本当の姿を見ても後悔しないのなら、そのまま振り返って?? いつもの私のままが良いのならそのまま俯いてくれればいいから……」



 そういう事か。


 俺が見て怖がるんじゃ無いかと思っているんだな。よく考えれば……。エルザードの淫魔の姿は見た事が無い。


 どんな姿なのかと興味はあったが態々見せてくれって頼むのもお門違いだし。



「了解。じゃあ、手を放して」


「……」



 俺が小さく言葉を漏らすと、すっと手を放してくれる。


 全く……。何を今更……。


 尻尾が沢山増える狐様に、ずんぐりむっくり太った雀みたいな龍に、二階建ての平屋の高さを誇るミノタウロス。


 大きさをある程度変化させられる黒き甲殻を持つ蜘蛛に大きな蛇みたいな海竜、そして目付きの悪い強面狼と明るいお惚け狼や背中から美しき翼が生えたハーピーの女王様。


 多様多種な魔物さん達に囲まれているのだから早々怖がる事は無い。


 寧ろ。


 嘘偽りの無い自分を見せてくれるのだ。それはこちらを心から信用してくれているという証。


 俺は何の遠慮も無しに振り返り、そして仰向けの状態で彼女の姿を両の目で捉えた。



「…………」



 こちらと目が合うなり視線をすっと反らしてしまう。


 いつもの自信に満ち溢れた表情は消え失せ代わりに、己を肯定できない弱くて脆い女性の表情を浮かべていた。



 柔和な角度を描く山羊?? なのか。それに似た白き角が額から少し上に生え。


 白磁器にも勝る白くて滑らかな肌の表面には記憶の中で見たあの紋様に似た赤き線が複雑な線を描いて四方八方に伸びる。


 腰付近からは蝙蝠の翼に似た漆黒の翼が生え、彼女の感情と同調しているのか。今は元気無く萎れ、翼の先端が海面に浸かってしまっていた。



 これが……。エルザードの本当の姿、か。


 正直もっと怖い姿を想像していたけど……。



「なぁ」


「ん?? 何??」


 こちらに視線を送らず、少し遠くの海面を見つめながら話す。


「腕、触って良い??」



 俺がそう話すと。



「――――」



 注視しないと分からない程度に小さく頭が縦に動く。


 それを合図と受け取り、俺は触れたら傷付けてしまうのでは無いか。それ程に美しい肌へと己の手を添えた。



 温かい。



 当たり前だけど、この温かさは生きている証だ。


 エルザードは狂気の時代を生きた淫魔では無く、文化が栄える今の時代を生きる淫魔。古代の淫魔の様に人間を蔑み、尊厳を傷つけた行為は俺が知る限り彼女は行っていない。寧ろ、人間達を守る側に身を置いている。


 この手から伝わる温かさにはきっとエルザードの温かい想いも籠っているのだろう。



「――。温かいな」


「え??」



 俺が小さくポツリと言葉を漏らすと、遠くに向けていた瞳が此方の顔を捉える。



「見た目がどうとか、恐ろしい姿を浮かべているとか。それはあくまでも自分が相手にそう見えてしまっていると考えているから億劫になっているんだよ。こうして触れて……。体の中から滲み出て来る温かい想いを感じ取れるって事はさ。俺は心の奥底からエルザードの事を信用している事なんだと思う」



 師匠と絶え間なく口喧嘩したり、フィロさんに叱られてもあっけらかんとしたり、カエデにお痛をして説教されるも話半分に聞き流したり。


 そんないつものだらしない表情は何処へやら。


 俺の言葉を受け取るとすぅっと息を吐き、そして。



「あ、うん。ありがとう……、ね」



 安堵にも歓喜にも受け取れる本当に柔らかくて優しい笑みを浮かべた。


 大海原を航海する巨大な船がこの笑みを見付けたのならきっと思わず舵を切って彼女の下へと向かうだろうさ。


 それ程に魅力溢れる明るい笑みであった。



「大体、回りを見てみなって。手乗り大の龍やら、肩に乗る蜘蛛やら、二階建ての家より大きなミノタウロスやら。変わった姿の連中に囲まれているんだぞ?? 今更驚いたりしやしないよ」



 強烈な笑みによって心の中で小恥ずかしさが強制的に生じ。それを悟られまいとお道化気味に言ってやった。


 ごめんなさい。今度はこっちが直視出来ないです……。



「それもそうだけど……。ほら、私も一応女性だし。拒絶されたら辛いのよ」


「おいおい。らしくないじゃないか」


「むうっ。じゃあレイドの中で私はどんな姿なのよ」



 ちょっとだけ頬を膨らませて俺の腹に両手を乗せて話す。



「えっと……。いつも飄々として、いい加減で、言う事を聞かない横着者かな??」


「ひっどい!! 訂正しろ!!」



 海面から海水を掬い上げて大袈裟に掛けて来る。



「あはは!! ごめんな!!」


「もう!! ――――。フフ、可笑しいね??」



 海水でビタビタになった俺の顔を見ていつも笑みを浮かべてくれた。


 どうやら杞憂だと考えてくれたみたいだな。本当、考え過ぎだって。



「ありがとうね。その姿を見せてくれて」


「柄にもなく緊張しちゃったわよ。今度はレイドが私の体を……」



 いつもの姿に戻り、そこまで話すと何かに気付いたのか。


 キョトンとした顔で俺の下腹部へ視線を落とし、そして。



「っ!!」



 子供が新しい玩具を見付けた時に浮かべる瞳を浮かべてしまった。


 それにつられ何気なく彼女の視線を追うが……。やはり、あなたは気付きますよね。


 微妙に揺れ動く海面から一本の木がにゅっと生え、天へと向かって威勢よく伸びているのだから。



『よぉ!! ここだよ、ここ!!』



 自己主張が激しくしかも!!


 どういう訳か朝になるとより一層その自己主張がお強くなるもう一人の自分が元気良く彼女に手を振っていた。



「ち、違います!! 違うんですぅ!!」



 体を捻り俯せの姿勢になると迫り上がった砂地状の台を両手でしっかりと掴み。堅固な姿勢を保ちつつ叫んだ。


 何が違うと言われても、こういう状況では相応しい言葉だと思うのですよ。えぇ。



「んふっ。何が違うのぉ??」



 エルザードが腰付近に跨ると扇情的に腰を振り、間接的にもう一人の自分へと刺激を送りつつ話す。



「あ、朝だから!! ってか、その腰使い止めて!!」


 これ以上刺激すると中々御怒りが鎮まらないのですよ!! この馬鹿野郎は!!


「え――。いいじゃない。ほら、交ざり合うのに良い雰囲気だと思わない?? もう直ぐ夜明けだし」



 あら、もうそんな時間なので??


 エルザードの言葉に倣い、東の空へと顔を向けると。



「おぉ……。日の出だ」



 本日も元気な赤が顔を覗かせ。



『これから嫌って程照らしてやるからな!!』 と、こちらに向かって咆哮していた。



「今日も暑くなりそうねぇ」

「だな」



 等間隔に鳴り響く波の音、空から落ち来る青の光、そして網膜を悪戯に刺激する太陽の力。


 風光明媚な光景に俺と彼女は暫くの間、時間が経つのを忘れて眺めていた。



「向こうの大陸は晩冬なのにこうして温かい島で過ごすとなんだか違和感があるよね」


「それもそうだな」



 こっちに来てから忙し過ぎて季節の概念をすっかり忘れていたぞ。


 島に到着したの三ノ月の初め。つまりまだまだ寒さ残る季節なのだ。そうやって考えると何だか凄い違和感があるな。暖かい晩冬の季節なんて。


 と、言いますか。そろそろ背中から降りてくれると幸いです。未だ柔らかくて横着なお肉が密着していますので気が気じゃないのですよっと。



「お日様も昇った事だし……。しよっか」


「ひぃっ!!」



 首筋に生温かく水気を含んだ唇を当てる。


 寝耳に水と言いますか、突如としてそんな事をされたら変な声の一つや二つ。口から飛び出しても仕方が無いと思うのです。



「御断りさせて頂きます!! 節度を保った挨拶だけで結構ですから!!」


「良いじゃん!! するの!!」



 男の性欲を多大に刺激させる双丘を背に密着。


 そして、横暴な手が下腹部へと迫り来る。



「しません!!!! 手を放せ!!」


「い――や――だ――!!」


『俺はここだぞ――!! 早く探り当ててくれぇぇええ――!!!!』



 こ、この!! 年相応な態度を取りなさいよね!!


 絡み付いて来る体と悪戦苦闘を繰り広げ、もう一人の自分を御しながらの同時進行に目を白黒させていると。


 凍てつく大地も尻尾を巻いて逃げ出す大変冷たい声が頭の中に静かに響いた。





『――――。よぉ』


「!?」



 頭を捩じり、砂浜の方へと視線を向けるとそこには。


 体中から深紅の魔力が溢れ出し、右手に黄金に輝く槍を持つ覇王の娘さんが此方に向かって仁王立ちをしていた。



『お、お、おはようございます。本日も大変良い天気ですね……』


 相手を逆上させては不味い。


 そう考え遜った挨拶を念話で送る。


『あぁ』



 一言で返すあたり。大変ご立腹で御座いますわね……。


 さて、次の手をどうしようか。最良な一手を猛烈な勢いで選択していると、背に乗るお馬鹿さんが要らぬ茶々を入れた。



「おはよ――!! どしたの――?? 一緒に楽しみたいのなら早く来なさいよ――!!」


「あ、阿保かぁ!!」



 逆上させてどうすんの!!!!



「あぁ?? 楽しみたいい――??」



 ほ、ほら!! 怒りが頂点に達しちゃったじゃないか!!


 彼女の憤怒に呼応する様に肩がワナワナと震えると刹那に魔力が弾けて飛んで左手に炎の槍を召喚。



「むぅぅぅんんっ!! だぁぁああっ!!!!」



 黄金と深紅を掛け合わせ、投擲の構えを此方に堂々とそしてまざまざと見せつけた。


 あ、あれって。


 確かマイの技の中でも大変お強い部類に入る技ですよね……??


 リューヴを倒した時に使用した奴だった筈。



「おぉ!! 刹那に大魔の力を解放させ。魔力を高めて詠唱時間を短縮かぁ……。やるわねぇ」


「感心している場合じゃないって!! 早く退かないと俺の命が危いの!!」


 背に跨りしみじみと頷くエルザードへ叫ぶが。


「流石はフィロの娘。天才の血は伊達じゃないわねぇ」



 俺の懇願を全て無視し、冷静にマイの力を観察していた。



「そんなに成長速度が速いの??」



 エルザードが頷く程の才。気にならないと言えば嘘になるので吹き飛ばされる前に聞いておきましょうかね。



「あんた達の中でぶっちぎりの断トツで早いわよ。只、覚醒には至っていないのが勿体ないのかな??」


「ふぅん。覚醒の段階で一番早いのは誰??」


「ん――……。私から見ればドングリの背比べだけど……」



 天才と凡人を比べたら可哀想でしょうに。



「ルーと、ユウ、そして私の生徒かなぁ。この三人はきっかけさえあれば直ぐにでも覚醒するんじゃない??」



 まだ精神の特訓を始めて……。あぁ、二日か。それなのに師匠達と肩を並べようとしているのだ。


 マイだけでは無く他の者も傑物の類って事ね。



「あ、そうだ。覚醒で思い出した。アオイの様子が変なんだけどさ、何か気付いた事ない??」


「確実にぶっ潰す!!!! テメェらのド玉ぶち抜いてやらあ!!!!」



 天へと轟く轟音が響き深紅の魔力が爆ぜると木々がそして大地が恐れをなして震え、その時が刻一刻と迫る中で伺った。



「あれはアレで苦労しているとは思うわ。人に伝えてはいけない取り決めを守らないと最悪、体の自由が奪われちゃうし」


「どうにか出来ないのか?? 俺達で」


「ううん、無理。アオイ自身で解決しないとダメ」



 そっか。


 それなら俺達はアオイに出来るだけの補助をしなきゃなぁ。


 勿論?? 彼女が断らなければの話ですけども……。



「はっはっはっ――!! ここへ来て、一皮二皮剥けた私の力ぁ……。思い知れやぁぁああ!! 糞共がぁあああああ!!」



 灼熱の劫火を帯びた黄金の槍が海面スレスレを飛翔。


 周囲の大気を焦がしつつ迫り来る中でも友人の心配をし続けるのはやはりそれだけ気になっているからであろうさ。


 槍の切っ先が俺の体を支える土台に突き刺さった瞬間。



「い、いやぁぁああああ――――ッ!!!!」



 鼓膜の更に奥を多大に刺激する爆音が轟き俺の体は他人から見たら笑えて来る角度で上空へと向かって行く。


 あぁ……。何て高さだ。


 森の中の野営地を優に見下ろせる高さに到達すると気の所為かそれとも見間違いか知らないけど。森の狭い隙間から見える野営地の中央で何やら灰色の点が駆け回っている姿を捉えた。


 そしてこちらの姿を見付けると。



「ッ!?」



 ギョッと目を見開き。


 その後、物凄い勢いで天幕の中へと入っていった。


 多分俺が落下して行く様を見てカエデを呼びに行ったのでしょう。きっと……。物凄い衝撃がこれから襲い掛かって来ますので……。



『さぁ、こっちに落ちてこ――――いっ!!!!』



 重力に体をグイグイと引かれ、満面の笑みを浮かべて両手を広げている海面へ向かって物理法則を無視した速さで落下して行く。


 先程の肌を焦がす爆炎と衝撃、そして今から俺の身に起こるであろう海面との超衝突によって負う痛々しい打ち身と捻挫を想像すると肝が冷えてしまう。


 この肝の冷え方は落下による加速度と俺の治療を受け持つ主治医の愚痴も含まれているのだろうさ。


 聡明な彼女はきっと顔を顰めてこう叱るのだろう。


『夕方まで遊んでボロボロになって帰って来た子供ですか??』 と。


 海面に到着するまでの間。


 苦い顔を浮かべて治療を施してくれる海竜さんに対して出来るだけ叱られない様に謝罪の言葉を模索していたのだった。



お疲れ様でした。


本日も二月らしい気候で大変寒かったです……。つい先日はちょっと温かったのにこの寒さ。


足元の霜焼けさんも大変ご立腹で御座います。



この御話を読んでいて気が付かれた方もいらっしゃるかと思われます。今回の御話は番外編である淫魔のお散歩編から少し引用しました。


彼に自分の本当の姿を見られたらどうなるか。


番外編で登場した彼女の想いをちょっとだけ晴らす形となりましたね。



さて、今週末の投稿の予定なのですが番外編一本。そして時間があれば本編を一話更新させて頂く予定です。


それでは皆様、お休みなさいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ