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第二百九十七話 土の味がする反省会 その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。


話を区切ると流れが悪くなる恐れがありましたので長文となっております。予めご了承下さいませ。




 土の香りというのはこうも温かく湿った物だと俺は再認識した。


 正確に言えば再認識させられた、か。


 思えばここに来てからというものの普段の生活の倍以上に土の香りを嗅いでいる気がする。


 いや、普段の倍以上では無く。一生分の土の香りを嗅いだのかも知れない。


 何故なら普段生活する中で土下座をする機会は滅多に訪れない。そして例え土下座をしても数分後にはお許しを受けて陳謝の姿勢を解除する。


 だが俺はこの島に来て土下座の姿勢を保持したのは数時間以上に亘るのだ。


 まぁ……。土下座をさせられる程の横着を働いた俺が悪いのは明白なのですけども。



「儂は以前から言うておろうが!! 努々忘れるなと口を酸っぱく……」


「はい。重々承知しております」



 おっと。


 地面に額を擦り付けながら口を開いてしまったので小石を食んでしまったぞ。


 頭上から土砂降りの雨の様に降り注ぐ我が師の辛辣な言葉が胸に突き刺さる。


 俺の体を乗っ取った凶姫さんがこちらの世界でどうやら一悶着を起こしたらしく?? その原因如何について説明を求められた所。



『空を飛んでみないかと問われ。飛翔した事が無い自分にとってそれは大変貴重な経験であると判断して手を合わせた所、体が交換されてしまいました。そして、自分は……』



 そこで言葉を区切った。


 何故なら、師匠の背後に生えるモフモフの美しい尻尾が八本に増え。怒髪天を衝くかの如く天へと伸びてしまったからだ。



 それからというものの……。



 野営地へ戻り次第。膝を折り畳み釈明、謝意、肯定を代わる代わる述べ続けているのだ。


 俺に非があるのは理解出来ますけども。そろそろ解放されても宜しいのではないでしょうか??


 折り曲げた膝が悲鳴を上げ、時折振って来る師匠の足の裏によって後頭部と額が痛むのです。



「ねぇ?? クソ狐に対してシタ行為はどう釈明してくれるのかしら??」



 いつもなら師匠単体での説教なのだが、此度の説教には淫魔の女王様も帯同している。



「だから。それは俺の責任では無くてだな。横着な龍の気紛れだと何度説明したら理解してくれるんだよ」



 これも聞いて大変驚いたのだが。


 師匠の水々しい頬に凶姫さんがその……、あれだ。軽い接吻を放ったそうな。


 俺がそれをやれと言われたら間違いなく拒絶してしまう。


 その後の悲惨な自分の姿を想像すれば拒絶してしまうのも致し方ないと思うのです。


 だが、まぁ…………。


 どんな感触なのかは多大に気になる次第であります。師匠の頬、モチモチスベスベで凄く綺麗だし。



「全然理解出来ない!! ってか、唇腐って無い??」


「は??」



 惚けた質問に頭を上げる。



「ほら、腐った物を口にすると爛れちゃうじゃない?? だからぁ。私が治してあげるぅ……」


 魅惑的に潤んだ唇を徐々にこちらに向けて下降させてきた。


「結構で御座います!!!!」



 堅牢な殻の中に退避する蝸牛の様に再び地面に額を擦り付けて丸まってやった。



「勿体ないと思わない?? 私のぉ世界最美麗な唇を奪えるのよ??」



 エルザードが俺の頭頂部を人差し指でウリウリと突く。



「いいえ。思いません」


「あっそ。じゃあ強制的にしちゃおっ!!」


 両肩をガシッと強く掴まれ、上半身を強制的に上へと持ち上げられてしまう。


「勘弁して下さい!! 後生ですからぁ!!」



 今日一番の力を籠めてその力に対抗する。


 頼む!! これ以上師匠を刺激しないでくれ!!



「先程から黙って聞いていれば……」



 ほ、ほら!! こうなるんだからぁ!!



 憤怒によって発生する力の振動が足元に伝わり、狭い視界がそれを捉えると心がきゅっと窄んでしまった。



「何?? 居たの?? 臭いから御風呂入って来なさいよ。ねぇ――、レイドぉ。私にもちゅぅってしてぇ??」


「ごめんなさい!! 無理ですっ!!」



 盛る雌から逃げる雄もどうかと思いますけど……。俺は刹那の快楽よりも命が大切なのです!!


 背に腹は代えられぬ。


 エルザードとの淫靡な行為よりも後の己の人生を取った。



「いいじゃん、減るもんじゃないし」


 寿命が減るんだよ!!


「まだ話は終わっておらんのじゃ!! 余計な横槍は要らぬと言うたじゃろ!!」


 何かが空気を切り裂く音が響くのでふと面を上げて確認すると。


「おっそ。大体私も被害者なのよ?? ほら、結界が切り裂かれちゃったし」


 いつも通りの戯れが始まっていた。


 エルザードが師匠の一閃を容易く回避。


「負傷しておらんだろう!!」


 それに怒りを覚えた師匠が追撃を試みる。



「あぁ、あんたはなっさけない攻撃を避けられなくて気持ち悪い頬に傷を付けたわね。別に良いんじゃない?? あんたの顔なんてマジマジと見つめる男はいないんだし。そっかぁ!! 見たら呪われちゃう程に気持ち悪いから見られないんだぁ!! プ――!! クスクス!!」



 あぁ、駄目だこりゃ。恐らく俺の体はこれから宙を舞う事になるだろう。


 腹の奥底に全身全霊の力を籠めてその時を待った。



「し、し、し、死ねぇええ――――ッ!! 気持ち悪い脂肪の塊がぁ!!」


「師匠!! 自分が近くに居るのでお止めに……。いやああああ――――ッ!?!?」



 師匠の激昂する声と共に地面が爆ぜて爆風が舞い上がると俺の体は自然の摂理に従い宙へと吹き飛び。



「アグバッ!!」



 後方に並んで観戦していた木々の幹へと叩きつけられてしまった。


 きっと木の幹も顔を顰めている事だろうさ。こんな夜更けに何をやっているんだってね。



「あいたっ」



 重力に引かれて情けない体勢で地面へと落下。


 人から見れば面白い体勢を取っていると考察される姿勢のまま、師匠達の乱痴気騒ぎを観戦していると聞き慣れた声が近付いて来た。



「あれ?? どうしたの、レイド。中途半端に丸まったダンゴ虫みたいな恰好をして」


「色々あったのですよ。えぇ、色々と……」



 風呂上りのお惚け狼さんへ長い溜息と共に言ってやった。



「レイド、大丈夫??」



 反対になった景色の中に藍色の髪の女性が現れる。


 風呂上りの所為かいつもより藍色の髪が輝きを増している気がしますね。



「大丈夫と問われたら否定するよ。体中が痛い」


「そう」



 あっれ?? ここは心配する所じゃなくて??


 こちらに一瞥を送ると、野営地の中央に置かれている長机の下へとスタスタと無感情な足取りで向かって行ってしまった。



「あ――。カエデちゃん怒ってるね」


「何で??」


「主、その発言は正気か??」



 人の姿のリューヴが俺を冷たい目で見下して話す。



「うん。カエデには迷惑掛けていないし」



 龍の力の暴走によって傷を付けたのなら土下座……。だけじゃ足りないな。


 賠償責任を負い彼女の指示に従う義務を負い。それだけでは足らずこれからの長い人生、カエデに対してずっと頭を下げ続けるだろう。


 それ位しないと駄目だろうが、此度の騒動で迷惑を掛けたのは主に師匠だし。



「はぁ――……。もういい」


 リューヴが呆れた溜息を吐くとカエデの後に続き。


「そういう所ですよ。レイドさん」


 一呼吸置いて現れたアレクシアさんが再び呆れた口調で俺を見下す。


「はい??」


「まぁ私もフィロさんに迷惑を掛けた手前。声を大にして言えませんけど」



 師匠に対して頭を下げ続けていた最中。



『も、も、申し訳ありませんでした!! この度は私の粗相が皆様に御迷惑を掛けてしまい!!』



 泣きそうな……。いや、ほぼ泣いていたな。アレクシアさんの悲壮感溢れる謝意も聞こえて来た。


 何でも??


 古代種の力に抗えなくなりあの常軌を逸した力を解放したようで。それを退治……、じゃあないな。


 抑えつける為にフィロさんが一人奮闘したらしいのだ。



 マイ達と四人掛かりで死ぬ思いで何んとか出来たあの馬鹿げた力をたった一人で撃退してしまうのだから本当に驚いた。


 師匠達と肩を並べるに相応しい実力の持ち主だよ。



「もう体は大丈夫なのですか??」


「はいっ!! 御蔭様で!! ――――。いい加減、立ったらどうです?? 首、痛めますよ」



 はいはいっと。


 痛む体に鞭を打ち、よっこいしょと情けない声を漏らしつつ久方ぶりに足の裏を地面へ着けた。



 うん!! これが地面の感触だ。


 己の体重をしっかりと支えてくれる硬い感覚が実に心地良い。



「御飯は召し上がりました??」


「いいえ。ずっと地面に額を擦り付けていたので、御飯処じゃなかったですから」



 アレクシアさんと肩を並べて長机へと向かい。



「じゃから!! 儂は昔から何度も言うておろう!!」


「残念、忘れました――」



 今もワイワイと仲良く喧嘩している御二人をほぼ無視して席に着いた。



「あれ?? そう言えば、マイ達は??」


 リューヴ達が風呂から戻って来たというのに、その姿の欠片さえ見当たらない。


「楽しそうに二人で話していたからね。置いて来た!!」



 そうなのか。


 席の斜向かいに座る狼の姿のルーが元気良く前足を上げた。



「あの二人は仲良しさんですからね。会話が弾むのも分かりますよ」


「長風呂で逆上せなきゃいいけど……」



 左隣に座るアレクシアさんへ何とも無しに話す。



「私もついつい御風呂で長話をした経験があるんですけど」


 誰とだろう?? まぁ、恐らくピナさんだろう。


「ピナと肩を並べて下らない話に熱中して。気付けばグデグデに茹で上がった蛸さんみたいになっちゃいました」


「疲労を拭う為に浸かるのに、逆に疲れては本末転倒です。適度に浸かるのが湯の定義です」



 アレクシアさんの真正面。無表情のままで本に視線を落とすカエデが言う。


 相変わらずお怖い御顔です事。



「楽しければ良いと思うんですけどね。そうだ!! 明日にも楽しい会話をしながら浸かりましょうよ!!」



 えへへと年相応の笑みを浮かべて本に視線を送り続ける彼女を誘うが。



「会話は出てからでも出来ます」


 愉快なお誘いは冷酷な手でぴしゃりと叩き落とされてしまった。


「え――!! 良いじゃないですか!!」


 ご愁傷さまです、アレクシアさん。



 日常会話、下らない会話に鎮火へと向かう喧嘩の声。


 静寂な時は漆黒の闇が恐ろしくも見えるのに。周囲を包む闇がおっかなびっくりしつつ俺達を包んでいる様にも見えてしまった。


 それだけ眩しく見えるのだろう。この雰囲気が。


 訓練が始まる前はどうなる事やらと考えていたが皆の体調を窺えばそれは杞憂に終わった。


 皆さん、優秀な方ですからね。


 俺が心配する必要は無かったか。


 眠りに就く前の会話としてどうかなっと思われる声量にちょいと顔を顰めていると。



「いや――!! いい御湯だった!!」


 これまた喧しい声が風呂場の方角から聞こえて来た。


「お?? 何々?? 楽しそうな会話してるじゃん」


「今ね――。リューの昔の情けない話をしようとしていたんだ!!」



 ほぅ、それは是非とも聞いておきたい。



「止せと言っているだろう」


「え――、いいじゃん。別に。おぉっ!! ユウちゃんこっちこっち!!」



 ルーの声に従い、クルリと振り返ると。



「いちち……。まだちょっと痛むな」


 痛む足に顔を顰めつつユウが戻って来た。


「ほら、こっちこっち!! マイちゃんの隣に座って!!」


「へ――へ――。怪我人をそう急かすなって」



 頑丈さが取り柄のユウが顔を顰める火傷か。


 右足を若干引きずりながら歩く姿が痛々しく映るな。



「お帰り、ユウ。痛むのなら手を貸そうか??」


 机の向こう側へゆるりと向かうユウへ声を掛けた。


「んっ、大丈夫。あんがとねっ」



 あの笑みを浮かべられるのなら大丈夫か。


 いつもの快活な笑みを浮かべつつ、喧しい龍と狼の間に腰を掛けた。



「よし!! 皆の者、揃ったな!!」


 ユウが席に着いたのを確認した師匠が遠い位置から戻って来ると他の者に負けない声量で覇気ある声を出す。



「今日で一通りの訓練の内容は理解出来たと思う。じゃが、辛く苦しいのはこれからじゃ。それを努々忘れぬ様に!! それと儂は不出来な弟子の指導で聞く機会を逃した所為で……」



 こちらに冷酷な視線を送りつつ仰る。


 その冷たさに耐えられなくなり、ふと机の上に視線を落としてしまった。


 まだ許してくれた訳じゃないのですね。



「お主達が御先祖様とどんな風に相対したのか聞いておらぬ。簡単でいいから端的にこの場で述べろ。先ずは、マイ」



 凶姫さんと近い時代に生きたであろう傑物の方々どんな性格をしているのか、姿、形。気にならないと言えば嘘になる。


 それと彼女達が御先祖様に対してした態度も気になるから是非とも聞いておきたい。



「私?? どんな風にって……。ん――。ぜんざいとは」


「こら。ふざけないの」



 机の端の方にフォレインさんと並んで座るフィロさんが手元の匙をマイに向けて放る。



「いてっ!! ふざけていないわ!! 黒と赤の甲殻を身に纏っていて、名前を教えてくれなかったからそう呼んだのよ!!」


 そういう事でしたか。


 彼女の中で眠る龍さんもさぞ迷惑であろう、自分の事を食べ物の名前で呼ばれて。


「何かさ。試練に臨む前に課題ってもんを出されて。んで、その課題は……」


「「「課題は??」」」


 この場に居る数名が口を揃えた。


「ぜんざいが食べたい物を口にしろってさ。難しいと思わない?? この世に食べ物なんてどれだけ存在すると思ってんのよ」


「ふぅむ、そうか。では、ユウ」



「あたしの場合、何処かに存在する御先祖様の存在を探しつつ火山を登っていたんだ。んで、頂上付近であの筋肉達磨は気持ち良さそうに溶岩の中に浸かっていたのさ」


「ちょっと待って?? ユウちゃん。溶岩の中に入ったら体溶けちゃうんだよ??」



 あなたの常識は大丈夫ですか??


 そんな風にルーが前足でユウの肩をタフタフと叩く。



「それが溶けていなかったんだよ。何でも?? 大地の力を宿せば可能だとか言っていたな」


「その方法について問わなかったのです??」



 カエデが静かに話す。


「え?? まぁ……、ね」



 何だろう。


 急に口ごもり出したな。



「興味があるので是非教えて下さい」


「え――……。別にいいじゃん。今じゃ無くても」


「話のついでって奴ですよ」


「俺からも頼むよ、何か気になるし」



 恐らく魔力の宿し方について学んだのだろう。


 未だ魔力を宿す事に不慣れな俺は聞いておいて損なは無いと考えて、カエデの話に乗った。



「わ――ったよ!! 話せばいいんだろ!!!! 筋肉達磨が話すにはね??」



 ふんふんと、ユウの言葉に耳を傾けている者が小さく頷く。



「お、お……」



 お??



「お尻の穴から母なる大地の圧を感じろって言うんだ」



 真っ赤に染まった御顔、そしてその熱が頭頂部から抜け出て蒸気へと変わる。


 ユウが教えたくなかった理由はこれか。



「あはは!! 尻の穴って!! あんたの祖先も大概ね!!」


「うっせぇ!! だから嫌だったんだよ!! んで!! 溶岩の中に足を着けてみろと言われて着けたら大火傷して。腹が立って喧嘩して終了だよ!!」



 捲し立てる様に話し、端的に感想を述べた後に口をぎゅうっと閉ざしてしまった。


 ユウでも恥ずかしいと思う事があるんだな。ユウには悪いけど、新しい一面を見られて僅かばかりに嬉しいぞ。



「私の場合は、物語を持って来いと言われました」



 ユウの言葉を待ち、カエデがいつもの口調で語り出す。



「物語??」



 何だろう。カエデの中に居る人は楽しい話が好きな御方なのかな。



「私の精神の世界はレイモンドの王立図書館でした。そこで目を覚まして彼と会うと。面倒を見て欲しければ物語を持って来いとの事でした。幾つもの本を持って行こうが、どうやら彼がお気に召した物は無く。やれ、それは退屈だ。やれ、それは陳腐だ。温厚な私でも我慢の限界はあります。いい加減腹が立って来た所でこちらの世界へと戻って来ました」



 だ、だから不機嫌なのですね。


 先程の冷たい口調が理解出来た瞬間であった。



「それは中々に難しい課題じゃな。ほれ、次はアオイじゃぞ。――――――。アオイ??」



 師匠の言葉を受けてもぼぅっと机の上を見つめ。



「アオイちゃん。番だよ――!!」



 ルーの陽気な声を受けると、はっとした表情で顔を上げた。



「申し訳ありませんわ。少々疲弊していまして……」



 顔色は少々悪い程度だが、声の端に疲労感を滲ませている。


 アオイの体力はそこまで低くない。この中では並み程度なのだが、半日程度の訓練では今まで根を上げた事は無い。


 その彼女の口から出た疲弊という単語。


 よっぽど酷い仕打ちを受けたのだろうか??



「私の場合は申し訳ありませんが、課題の内容を人に口外するなと念を押されていまして。この場で申す事は出来ませんわ」


「そう、か。ではリューヴとルー」



 師匠も深くまで問わぬという姿勢を取り、二人へと視線を送った。



「私達が目覚めたのは、故郷の森だ」


「丁度冬の季節でね?? 一面真っ白だったんだ!!」



 あそこはかなり冷えるからなぁ。


 冬は相当堪えそうだ。



「森の中を進み、暫くすると。巨大な狼が待ち構えていた。会話を続ける内に私達と同じく二人に分かれ、そこから厳しい稽古が始まった」


「ルーも同じ様に稽古つけて貰ったのか??」



 通常の顔色に戻ったユウが問う。



「う――ん。途中までは稽古していたけどさ。なんかねぇ、向こうの一人が私と妙に似ていてね?? 話が合ったからリューの稽古を見ながらお喋りしてたんだ!!」



「「「…………」」」



 成程ね。


 そんな風に彼女の性格を熟知する者共が何度か頷いた。



「ちょ、ちょっと!? 私だってちゃんとしていたんだよ!?」



 慌てて取り繕う狼の姿にほっこりしていると、隣のアレクシアさんが徐に口を開く。



「私の場合は……。何んと言いますか。沸々と憎しみが湧く感じでした。そして、その気持に抗う事が出来ずに……」



 苦しそうに言葉を絞り出す様がこちらの胸にも痛みを与えた。


 先程までの笑みは消失して今は苦い顔を浮かべている。


 精神的に辛い光景又は身体的苦痛を与えられたのだろう。



「そこから何があったか覚えている??」


 フィロさんが相手を労わる優しい口調で話す。


「えぇ、うろ覚えですが……。この度は重ね重ね申し訳ありませんでした……」


「気にしないの。その為に私達が居るんだから。大船に乗ったつもりで安心しなさい」


「は、はいっ!!」



 フィロさんの柔和な笑みを見て、曇っていたアレクシアさんの顔がぱぁっと晴れ渡った。


 娘さんと違って本当に良く出来た人だよな。



「ね――。モア――。夜食作って――」


「簡単な物で宜しければ召し上がります??」


「ひゃっほぅ!! そうこなくっちゃ!!」



 あなたはもう少し親を見倣うべきです。


 声を大にしてそう説いてやりたいが、お次は俺の番なので言葉はそちらに回す事にした。



「自分の場合は……。そうですね。ユウの森の近くで目を覚ましました」



 どういう訳かいつもあそこなんだよね。


 自分にとって余程強烈に印象に残る場所なのだろう。



「そして、暫く森の中を進んで行くと。凶姫と呼ばれる漆黒の龍と出会い。会話を開始しました」


「会話の内容は??」



 師匠が鋭い視線で問う。


 そんなに睨まないで下さい。尻窄んで舌を噛んでしまいそうになりますから。



「えっと……。互いの価値観の相違。主に人間に対しての価値観について会話をしました。その会話の中で彼女の記憶に触れる機会がありまして……」



 不味い。


 思い出したら胸焼けがしてきたぞ。



「具体的に聞かせて下さい。古の時代の貴重な資料になりますから」


「どうしても話さなきゃ駄目?? 余り思い出したくない話なんだけど」



 興味津々といった感じのカエデに言葉を返す。



「情報の共有は大切です。無理強いはしませんけど、話せる範囲で教えて下さい」



 はぁ……。仕方が無い。


 散歩を強請る子犬みたいな目をされたら誰だって口を開くさ。



「彼女の記憶の中に残る人間は……。現代に例えると、家畜の様に扱われていました。広い平原の中、大きな柵が円を描く様に取り囲み。その中で人間達は『管理』 されていたんだ。目的も無く悪戯に移動する個体、何も無い地面を見下ろす個体。服も着ていない姿から滲みでたその姿は人間の尊厳の欠片さえ見出せなかったよ。それから……」



 己が体験した出来事を端的に纏めて説明するが、思い出すだけでも胸糞が悪くなる光景が頭の中を過って行く。


 俺が一部始終を説明している最中、マイ達も話の内容に顔を顰め。またはうえぇっと舌を出して己の心境を如実に表していた。



「――――。そして、淫魔が男を犯し」

「やんっ!! レイドに犯されちゃうっ!!」



 頬に手を当て、嫌々と首を振る淫魔の女王は無視。



「とある人物が巨大な魔法陣の中から現れ、その人物がこちら。つまり凶姫さんへ攻撃を放った所で記憶は途切れていました。そこから……。まぁ、例のアレの件が始まり。今に至る訳です」


「これ。とある人物と申したが、その人物は一体誰なのじゃ??」



 師匠がお茶をずずっと啜りながら仰る。



「亜人です」


「「「「は????」」」」



 この場に居るほぼ全員が口を揃えた。



「ですから、九祖の一体の亜人ですよ。その人が空間転移なのかな?? 巨大な魔法陣が地上に浮かび、そこから現れたのです」



「そ、そ、その者の様子を詳しく話せ!!!!」

「地上に浮かんだ魔法陣の術式は見ませんでしたか!?」

「ついでに唇奪っちゃおっ!!!!」



 師匠が机からガバっと身を乗り出せば、それに呼応するかのようにカエデが席を立ち。


 これに便乗してとんでもない事を画策して猛る猪の如く向かって来たエルザードの額を抑え、彼女の進行を防ぎつつ会話を継続した。



「様子、ですか。髪は黒で背の中央までの長さ。背丈は比較対象並びに遠近感の所為で正確には計測出来ませんでしたが恐らく俺達とほぼ同じ大きさでしょう。ですが……」



「「「ですが??」」」



 皆さん口を揃えて仲が宜しいですね。



「一番気掛かりだったのが、とても寂しそうな表情を浮かべていた所ですかね。見ているこちらの胸が苦しくなる。そんな表情でした。後、カエデ。申し訳無い。術式までは覚えられなかったよ」



 あんな一瞬で理解しろって方が無理だろう。それに、俺はそこまで術式とやらに詳しくありませんので。



「残念です」


「ごめんね」


 しゅんっと肩を落としたカエデに謝意を述べた。


「悲しそうな顔、か。それってさ、多分人間の事を考えたんじゃないのかな??」


「俺もユウの意見に賛成だよ。淫魔に犯された男は腐って大地に溶け落ち、食われた生物共の……。その……。クチャクチャとした咀嚼音を聞いただろうし」



 あの蛸擬きの中から聞こえて来た生々しい音が胸の中に嫌な感覚を与える。


 うぅ……。


 思い出さなきゃ良かった。



「おら。私は今から夜食を食べるんだぞ?? それなのに気持ち悪い事言うな!!」



 それは知りません。


 本来ならもう寝る時間なのであしからずっと。



「淫魔さんと性交したら男の人は死んじゃうのかぁ。エルザードさんと交わった人も死んじゃった??」



 お惚け狼の金の瞳が俺の右隣りに座る現代の淫魔を捉えて話す。



「シタ事は無いから分かんないわね。でも……。魔力を全開にして交わえば、多分出来るかしらね。人の状態なら何ら問題無くがっつり孕めるわよ。ねぇ――??」


「およしなさい!!!!!」



 太腿に横着な手を乗せて来たので、速攻で元の位置へと戻してやった。



「んもぅ。据え膳なのに……」



「気色悪い声を出すでない。精神の奥深い場所を硬く閉ざしていた蓋が開かれてしまった。つまり、これからお主達は日常生活の中でも時折内に秘める者共の声が聞こえて来るであろう。じゃがな?? 敵と決めつけるのではなく、相互理解に励め。そして各々の与えられた課題並びに訓練に従い一日にでも早くその力を得よ」



 相互理解に励め、か。


 師匠が仰った通り俺達の中にはこの時代には考えられ無い力を持った者達の記憶が宿っている。


 それを生かすも殺すも俺達次第。


 俺の問題は相手が聞く耳を持たない事なんですよねぇ。凶姫さん、結構我儘だし。



「今日は良く休み、明日に備えよ。以上じゃ!!」



 師匠の言葉を合図に、各々が憩いの時間に相応しい姿と態度を取った。



「はぁ――。つっかれたぁ……」


「フゥ!! あんふぁ、足ふぁ??」


「口に物を詰め込みながら話すなって」



 モゴモゴと動くマイの頬を大胆な手の動きで摘まむ。



「んぶっ!?」


「うぉぉおい!! 何か飛び出たぞ!!」


「あんたが掴むからいけないのよ。ほら、魚の焼き身。食べる??」



 箸で器用に切り身を裁断し、ユウへと差し向けるが。



「要らねっ。あたしは早めに就寝するよ。沢山寝ないと怪我が治らないし」


 寝れば治る程度の物なのだろうか?? 溶岩に足を突っ込んだんだぞ??


「私もそれをお薦めします」


「主治医の意見と一致した訳だ。お先に――」


「ユウちゃん!! 私も行くよ!!」



 緑と陽気な灰色が天幕へと進んで行くと不意に静寂が訪れた。


 森の何処かから聞こえて来る鳥の囁き声、微風が奏でる木々の音色。


 そのどれもが心安らぐ音なのだが……。どうも落ち着かない。それは恐らく、本日の体験の所為なのだろう。


 手を組んでは変え、親指を悪戯に動かす。



「どうしたのよ??」


 エルザードが頬杖を付きながらこちらの様子を窺う。


「え?? あぁ、ちょっと落ち着かなくてさ」


「その気持ち分かるわよ。私も最初は色々と迷っちゃったし」



 ほう、そうなのか。



「因みにどんな感じの初対面だったの??」


「聞きたい……??」



 そう話すと長い髪が顔に掛かり、思わず息を飲む気怠さが目立つ表情へと変容した。


 かがり火の橙の色、夜の怪しい雰囲気もあってか正直心臓に宜しく無い表情ですね。



「差支えなければ」


 背後の黒き森へ焦点をずらして話す。


「私の場合はさ。すっごい真面目な淫魔が私の中に居てね?? 生意気な事を言うもんだから平手打ちを放ってやったのよ」


「いやいや。御先祖様に平手って……」


「その後が傑作でさぁ!! 目の端っこに涙浮かべて、ビィビィ泣いちゃってぇ」



 ケラケラと笑っていますけども。


 その御方は恐らく大層なお力をお持ちなので余り揶揄うのは賢明な判断では無いです。



「逆上して私と掴み合いの大喧嘩に発展しちゃってさ。もう滅茶苦茶になったのよ」


「勝ったの??」


「ううん。ボッコボコにされたっ」



 笑顔で敗戦を語るのもどうかと思います。


 そしてその笑みも破壊力抜群なので勘弁して下さい。



「そんなこんなで酷い初対面でさ。ほら、私って自分で言うのもなんだけど。難しい性格じゃない?? だから向こうも、そしてこっちも理解するのが難しくてねぇ……」



 そう言うと俺から視線を外して机の対面で日常会話を興じているマイ達へと視線を送った。



「難しいか?? 俺から言わせてみれば結構取っ付き易い性格で……。好きだけど」



 誰にでも裏表無く話す様は好感を持てるし自分の意見を正しく相手に伝える事も上手だ。


 只、もう少し正常な距離感を保って欲しいのが本音ですかね。



「――――。えっ??」



 俺の言葉を受けると、丸い目が更に丸くなってこちらを見る。


 何?? 俺、変な事言った??


 急に変わった表情について問おうとすると。



「死ねぇええ!!」


 机の端から匙が此方に向かって襲い掛かり。


「あぶねぇ!!」



 それを難なく躱すが。



「そういう所、直した方が良いですよ」



 左隣のアレクシアさんの攻撃は躱せなかった。


 左腕を抓らないで下さい。もう直ぐで爪が皮膚を突き破りますよ??



「いたたたぁっ!! ちょ、ちょっと!! どうしたんですか!?」


「自分の胸に聞いてみて下さいっ」



 怒った時の海竜さん宜しく死んだ目のままで話す。



「んふっ、レイドぉ。私の事、好きなの??」


「は?? 性格はす……」



 ふむっ。合点がいったぞ。


 つまり、俺の発した好意の意味を履き違えているのだな??



「おほんっ!! 裏表のない性格が好感を持てるって意味です!! 男女の仲という意味……」


「もぅ……。喋っちゃ嫌っ」



 体全てを此方に向け、温かい両手を俺の膝の上へと置く。


 温かみを感じる情熱的な吐息、服の合間から覗く女の武器。


 その全てが世の女性全員に溜息を吐かせて代物であるが故、美人耐性の無い男である俺は抗い様がない。


 精々、声を大にして仰け反るのが唯一の対抗手段であろう。



「よ、寄らないの!!」

「イヤ。私の事、嫌い??」



 背筋が泡立つ声色で話さない!!



「さっきも言っただろ!? 裏表の無い性格が好感を持てるって!!」


「コウカン??」



 大好物を無我夢中に食む猛犬も今のエルザードの笑みを見たらきっと口からポロっと好物を落としてしまうであろう。


 色っぽさを通り越して、彼女が放つ見えない糸で体が乗っ取られてしまう錯覚を覚えてしまった。



「ねぇ……。逃げないで……」


「正しい距離を保とうとしているだけです!! で、では!! 明日も早いため失礼致します!!」



 絡みつく糸を断ち切り、景色が目まぐるしく変わる速度で己の天幕へと掛けていく。



「こらぁ!! 据え膳食べていけぇ!!!!」



 背後から追いかけて来る男の後悔を募らせる誘惑の手よりも素早く、そして確固足る強き意志を保ち天幕の中へと滑り込んだ。



 俺だって一人の男だ。


 性欲が湧かないと言えば嘘になる。只、正しい男女間の間柄では無い以上そういった行為は宜しく無いと思われるのです。


 今の御時世だと御堅い考えと捉えられようが、俺は自分の考えを曲げるつもりは無い。



『じゃあ、付き合っちまえよ!! そしてあの美味そうな女肉を食っちまえ!!』



 もう一人の俺が自分にそう語り掛けて来るも完璧な無視を決め、疲れた体を労わる様に薄い毛布を頭から被り安らかな眠りに就いたのだった。



お疲れ様でした。


長文になってしまい申し訳ありませんでした。


そして、何んとか肉体鍛錬及び精神鍛錬の話を書き上げる事が出来ました。次話からは休日の御話が続きます。


本文でも記載した通り、日常生活の中で内に潜む者達の声が徐々に強まって行きます。徐々に変化する彼女達の様子を書くのがこれまた難しくて苦労するのですよね……。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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