第二百九十六話 最古の悪魔の目覚め その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
分厚い土煙が風によって徐々に霧散していくと窪みの底の様子が遂に露わになった。
窪みの底で心地良い眠りを享受している弟子の姿を想像していたが……。儂の目は想像とは裏腹にひび割れた大地のみをしっかりと捉えてしまった。
「ッ!?」
な、何!? 居ないだと!?
刹那に構え直すと最大級の警戒態勢を取る。
何処に消えた……。
冷たい汗が背に伝わり心臓が再び五月蠅く鳴り始めてしまう。警戒心を保ったまま視線を左右に動かして敵の姿を探しておると。
「ふわぁぁああ……。あ――、びっくりした」
儂の直ぐ後ろからあの忌々しい声が響いた。
「――――。いつの……」
「いつの間に?? って言いたいんでしょう??」
人の神経を逆撫でするのが得意な奴じゃな。
「まだこの体を使い慣れていない所為か、私の考えた通りに動いてくれなくてね?? 漸く……。馴染んできたところなんだぁ」
鉄よりも硬い唾を飲み込み、構えたままゆるりと振り返ると。
「あ――あ、傷付いちゃった。それに出血もしているし……」
そこには体に付着した土埃を邪険に手で払っている弟子の体があった。
儂の一撃を食らっても平然として尚且つ立つというのか。
呆れた耐久力じゃな。
「でも、今の技は凄かったよ!! 攻撃の刹那に内に秘める力を解放。魔力を攻撃力に変換して技に合わせて打つっ!! いやぁ、お見事お見事っ」
相変わらずの鬱陶しい笑みを浮かべて柏手を打つ。
「攻撃を受けて気付いたんだけどさ。狐のお姉さん、魔法使うの苦手でしょ??」
「さぁのぉ」
「んふふ。白を切っても無駄だよ?? レイド君の中から見て来たんだから」
それなら尚更聞く必要はあるまいて。
「放出系の魔法があればもう少し面白い戦いが出来たんだと思うんだけどねぇ。残念だよ」
左腕から流れ出る血を舐めつつ話す。
「んんぅ――。美味しいっ!!」
くぐもった水気のある音が実に不快じゃ。その体は儂の弟子の物じゃぞ……。横着は大概にせいよ??
右の拳に魔力を籠めていつでも動ける体勢を整えた。
これ以上の戦闘は馬鹿弟子の体に負担が掛かり過ぎる。儂の乾坤一擲で黒き悪を打ち払ってみせようぞ!!!!
勇気と熱き想いを乗せた拳を振り締めて前に出ようとしたその時。奴の行動が儂に待ったの声を掛けた。
「血の味を味わったのは何年振りだろうぅ。美味しいぃよぉ……」
うっ!! 何じゃ!?
奴の血に染まった瞳を受けた体が一瞬だけ硬直してしまった。
「そうそう、それが恐れだよ。私に恐れて金縛りにあったんだね」
「ふん。恐れなどとうの昔に捨て去ったわ」
「あっそう。ねぇ……。狐のお姉さん??」
獲物に襲い掛かる獣の如く重心を下げ、低い姿勢へと変わる。
「狐のお姉さんのお肉……。食べさせてぇ??」
「人の肉を食らうと腹を壊すんじゃぞ」
「え、えへへへぇ。美味しいそうだなぁ……」
ちっ、少しは人の話を聞け。
気色悪い笑みの端から厭らしい粘度の高い液体が零れ落ちて美しい大地を穢し、口から零れ出る獣の吐息は濃く白む。
儂ですら刹那に死を予感させる圧を纏い、体から迸る魔力の影響を受けた大気が震える。
己の生命が尽きるその時まで暴虐と殺戮の限りを尽くす最低最悪の獣の誕生じゃ。
ここで誰かが止めぬと島に居る全員が食われてしまうぞ……。
「レイド君は嘆き後悔するだろうなぁ。自分の大切な人のお肉を食べたと知ったら。そして、自分を憎んで……。憎んで、憎しみに満ち溢れたらきっと素敵な事になるよ!!」
「儂を贄にするつもりか??」
黙って食われる程、儂は弱くはない。
それを承知で言っておるのか?? こ奴は。
「贄?? ううん、違うよ。レイド君が求めているんだぁ。狐のお姉さんを食べたくてぇ……」
来るか!?
「食べたくて仕方が無いってねぇぇエエ――ッ!!!!」
低い姿勢のまま両足で大地を蹴り我を忘れた獣の如く襲い掛かって来た!!
技のキレ、間合いの取り方、防御の構え。
そんな物は一切欠如した只々己が欲望に駆られた獣の突撃じゃ。
「素人め!!!!」
「わっ!!」
眼前に襲い来る両手を右足で払い除けて体勢を整えると。
「儂の一撃を受け取れ!!」
体勢を崩した獣に対して勢いそのまま追撃を試みた。
右の拳が無防備な横顔に着弾すると確信した刹那。
「ガァァッ!!!!」
「何じゃと!?」
有り得ない角度で宙へ舞い上がりクルリと一回転して儂の追撃を回避。
「グゥゥッ!!!!」
「ぐあッ!?」
獰猛な両腕で双肩を抑えられ大地に組み伏せられてしまった。
「退けぇええ!!」
魔力を籠めた右の拳で獣の顔面を穿つが、頬に突き刺さった儂の拳を跳ねのける事無くゆるりと口を開いた。
「エヘヘヘェ。捕まえたぁ……」
この体勢は不味い!! 腰の入った攻撃が打てぬ!!
「避けないでねぇ!!」
鋭い右の爪が上空から儂の顔目掛けて振り下ろされるが。
「ふんっ!!」
紙一重の距離で避けた。いや、薄皮一枚掠ったな。
「わぁぁああっ!! 新鮮な血だぁ!!」
黒き爪の先に残った儂の血を満足気に眺め、厭らしい液体を纏わせた舌で舐め取る。
「んっ、んっ。うんっ!! 極上の血だよ!! こんなに美味しい血は初めてかもぉ!!」
「それは褒め言葉か??」
どうする?? このままでは確実に食われてしまうぞ。
何んとか時間を稼いで体勢を整えないと……。
「そうだよぉ。はぁぁ、我慢出来ない。狐のお姉さん??」
「何じゃ??」
体内の魔力を放出させて吹き飛ばすか??
それとも覚醒を遂げて完膚なきまでに捻り潰すか。
「レイド君の体の中においでよ。私とレイド君と狐のお姉さん。きっと楽しいから」
「食われてたまるものか」
「そうやって抗う様が燃え上がるんだ。私の時代に生きていた人間はそんな素振は見せなかったし」
「お主。いつの時代から来たのじゃ」
「秘密っ。私達と一緒になったら……。分かるからね……」
大きく口を開くと己の欲に呼応した粘度の高い唾液が口から溢れて儂の胸元へ零れ落ちる。
そして大好物の味を想像したのか、それとも勝利を確信したのか。
大馬鹿者の眼がきゅうっと狭まり厭らしい唾液を纏わせた牙が近付いて来た。
「いただきまぁぁす……」
このままではなす術も無く食われてしまうな……。仕方があるまい。
少々不安じゃが……。超久々に覚醒してみるとするか!!!!
丹田に力を籠め、体内に燻ぶる熱を一気苛烈に燃え上がらせてやった。
「はぁぁぁぁ。だああああああっ!!!!」
「わあっ!?」
体内から溢れ出る力の塊が迸ると金色の魔力が体を包み、幾つにも増えた至高の尾は白雷を帯びて大気を揺らして焦がす。
燃え盛る力が拳にそして体に宿り目の前の巨悪を討てと叫ぶ。
九祖の力を受け継ぐ者の力、その身で受けてみよ!!
「わぁぁ!! 凄い!! それが狐のお姉さんの本気??」
儂の魔力の圧を受けて吹き飛び、瞬時に体勢を整えた獣が喜々とした声を上げる。
「口を開くな、小童。直ぐに終幕じゃ」
震える大地を両の足で捉え。
「小童?? 少なくともここに居る誰よりも長生きしているよ」
「いくぞ!! でやぁぁああッ!!!!」
漲り抑えようが無い力の波動に身を任せて突撃を開始した。
「嘘!? 消え……。うぐっ!!」
右の剛拳で腹を抉り。
「止めなよ!! この体は……。ぶっ!!」
口煩い口を拳で遮断。
「ぐあぁぁああっ!?」
雷撃を受けて項垂れた頭に向け、勝利の烈脚を打ち下ろす。
これにて……。終いじゃ!!!!
完璧な勝利を確信した刹那。
「――――――。あれ?? どうしたんですか。師匠」
「っ!?!?!?」
いつもの優しい弟子の顔が現れ、攻撃の軌道を咄嗟に変えた。
正気に戻ったのか!?
「んふっ。はい、騙されたっ!!」
「ごはっ!?!?」
刹那に生まれた隙を突かれ、吐き気を催す右腕の攻撃が腹部に突き刺さってしまった。
臓物に受けた衝撃によって酸っぱいモノが口に押し寄せてきよったわ。
「レイド君の声の真似は初めてだから上手く出来るかなぁって思ったけど。大成功でしたっ!!」
戦いの最中に気を抜いた儂が悪いのは理解出来る。じゃが、お主はやってはならぬ事をしてしまったな!!!!
「ぶ、ぶち殺すぞぉおおお!! 戯け者がぁ!!!!」
情けない己を体内から追い払い、非情で無情な自分で満たす。
ここからは単純明快な戦いじゃ。
そう!!!! 拳と拳、暴力と残虐。
原始の戦いへと貴様を誘ってやるわぁ!!
「食らえ!! 大戯け者めぇぇええ――ッ!!!!」
儂の得意の間合いへと一瞬で踏み込み、腰の位置に置いた拳を何の遠慮も無しに放ってやった。
「危ないぃ!! まだ早くなるの!?」
「貴様が遅いのじゃ!! クソ惚け龍が!!」
「口が悪いねぇ。そろそろその馬鹿げた速さも見慣れ……。うぐぅ!?!?」
休む間を与えぬ連続攻撃を続けていると弟子の体内から大きな心臓の音が鳴り響いた。
「あ――あ。今日はここまでかぁ……」
右半身を覆っていた龍の甲殻が徐々に剥がれ落ち、見慣れたいつもの弟子の肌へと変化していく。
「何じゃ?? 帰るのか??」
この変化からして、恐らくそういう事じゃろう。
「そうだよ――。すっごく楽しかった!! これはもう狐のお姉さんのお陰だよ!!」
「そりゃどうもじゃ。ほれ、さっさと去れ」
昂った気持ちを抑えると漲る魔力を霧散させて元の姿に戻って言ってやった。
「何かお礼をしてあげたいけどぉ。もう無理かな?? すっごく眠たいもん」
「そのまま永眠してしまえ」
「あはっ!! 冷たいね!! じゃあ、また遊ぼうね――!! …………」
陽が落ちるまで共に遊び、クタクタに疲れ果てた親友へ送る無邪気な言葉を放つと地面に倒れてしまった。
「ふぅ――……」
最後の最後まで気を抜けぬ相手じゃった。
肝が竦む圧、全身の肌が泡立つ殺意。
お主の中に存在する化け物はこれ程までに厄介な相手じゃったのか……。今はゆるりと休め、愛弟子よ。
静かに横たわる弟子の傍らに両膝を着け、優しく頭を撫でてやった。
「――――――。お礼は、これでいいかなっ??」
「へっ??」
馬鹿弟子が突如として目を覚ますと儂の体へヒシとしがみつく。
そして。
「師匠、自分は誰よりもあなたの事をお慕いしております……」
本来の弟子の声色でそう話すと儂の至高の頬に柔らかい唇をむちゅっと密着させ、そのまま再び深い眠りに就いてしまった。
「はっ?? へぇ?? はぁああああ!?!?」
頬に手を添えると愛弟子の温かさの余韻が今も残り、その温かさが今起きた事が現実であると伝えてくれていた。
か、体中が燃える様に熱い!!
な、な、何をしでかすのじゃ!! この馬鹿者がぁ!!
「は、は、歯を食いしばれ!! 馬鹿者!!」
眠りに就いたと見せかけてまた横着を働こうとしておるのじゃろう!!
馬鹿弟子の胸倉を掴み、今日一番の力で拳を握り。スヤスヤと気持ち良さそうに眠っている愚か者へと打ち下ろす。
「――――。う――ん……。ふあぁぁ。あっ、師匠。おはようございま……」
今度は正真正銘、いつもの優しき瞳を浮かべた愛弟子が目を覚ますが……。一度放たれた拳は早々引き留められぬのじゃよ。
「バブチッ!?」
横っ面へと放たれた拳は儂が思い描いた通りの軌道を描き、美しい角度で顔を捉えてしまった。
捩じれ飛ぶ顔が地面へと密着して愛弟子はそのまま動かなくなってしもうた。
「あ、あはは。まぁ、これにて一件落着じゃ!!」
大体、体を乗っ取られる方が悪いのじゃよ。
間違って殴ってもそれはお主の所為なのじゃ!!!!
満足気に腰に手を当てて失神という名の昼寝を享受しておる弟子を満足気に見下ろし。赤く染まる大空の下で大きく二度、三度頷いてやったのだった。
お疲れ様でした。
さて、これで精神面の訓練初日は終了です。次の御話からは日常の御話が数話続きますので予めご了承下さいませ。
ブックマークをして頂き有難う御座います!!
十中八九チョコレートが貰えない日に本当に嬉しい知らせとなりました!!
それでは皆様、お休みなさいませ。