第二百九十三話 馬鹿真面目君の場合 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
「亜人だよ」
「――――――――。は??」
俺の耳は腐ったのかな??
右手の小指で取り敢えず耳の穴を掃除するが……。残念な事に耳は正常に機能していた。
「腐っていないよ――。あれが九祖の一人、亜人と呼ばれる神に等しき力を持つ魔物だよ」
「う、う、嘘ですよね!?」
「本物見られて良かったね――」
「いやいやいやいやいや!! あの御方が俺達の祖先を作ったんですよね!? 神様と呼んでも差し支えない御方をそんな軽はずみに紹介しないで下さい!!」
もっと……。こう……。
あの人が最強の一人と呼ばれこの星に君臨した九体の内の一体!! だとか。
生命を生み出し、人に知識を授けた素晴らしき神!! だとか。
もっと捻った紹介方法があるでしょうに。
少なくともたった一言で紹介を済ませるべきでは無いと思うのですよ。
「だって私は何度も見たし、特別珍しい訳でもないもん」
「凶姫さんはそうかも知れませんけど俺にとっては大変貴重な体験なんですよ」
只、一点。あの悲し気な表情を浮かべていた理由が気になる。
こちらの胸にも悲痛な痛みを与える悲しき表情とでも言えばいいのか。
生命を作り出す力を持つ方が悲しむ原因……。それは一体なんだろう??
「あ――、多分悲し気な顔を浮かべていたのはこれから始まる戦いについて考えていたからだと思うよ。あの後に亜人が九祖達に反旗を翻したからね」
「あの後?? つまり、今覗いた凶姫さんの記憶の後日に戦いが始まったのですか??」
「そうだよ――」
こちらに巨大な龍の顔を向けつつ話す。
「亜人単体だけじゃなくて、亜人の考えに賛同する魔物も多かったんだ。亜人とその仲間達と意志を持った人間達、そして相対する八祖。戦いは熾烈を極め、大地が裂け、海が乾き、星そのものの環境が変化してしまう程にまで発展したんだ」
そりゃそうだろう。
あんな馬鹿げた魔力を持つ者同士が衝突すれば環境なんてあっと言う間に変容してしまうさ。
「戦いが始まって数百、数千と数えきれない年月が経過。激闘の末に亜人は敗北した。傷付き倒れた亜人を八祖が神器を使用して封印。人と亜人側について戦った魔物達は八祖に忠誠を誓う事によって生き永らえたとさ。これがこの星に纏わるながぁい歴史の大筋だね!!」
「概ね理解出来ました。――――。所で、幾つか質問をしても宜しいでしょうか??」
「何々!?!?」
いや、距離感間違っていますよ……。
凶姫さんの体温が感知出来てしまう近距離から若干興奮気味な鼻息が顔全体に放射された。
「あぁ、ごめんねぇ」
人、一人分の距離を置いて目を細めてくれる。
それでも十分近いですけども……。
「ありがとうございます。先ず一つ、凶姫さんの記憶を覗いて気になったのが。管理されていた人の姿、形です」
「気になった?? 何で?? 今と何ら変わっていない姿だったでしょ??」
「そこですよ。生物は環境に合わせて進化を遂げると考えられています。ある生物は小型化した獲物を捕らえる為、自らも小さくなり。またある生物は巨大な獰猛な牙を捨て、より正確な一撃を放てる鋭利な牙を得ます。しかし……。俺が見た人間は……。姿、形は殆ど同じでした。凶姫さんが生きた時代は恐らく今から数万、数千万年前の星なのに。これに矛盾を感じたのです」
こちらの考えが伝わる様、出来るだけ考えを纏めて話した。
「あ――。はいはい、その事ね。君達人間は進化の過程を得ないでその形を得たんだ。そして、亜人は進化する必要は無いと考え生命が持つべきである機能を奪った。つまり、それは……」
「進化する機能。ですね??」
「正解っ!!」
右手の人差し指の先に備わる鋭利な爪の切っ先が突如として襲来したので、慌てて体を捩じって躱す。
「あ、危ないじゃないですか!!」
もたれていた木の幹には俺の頭程度の空洞がぽっかりと開き、向こう側に景色が御目見えしていた。
「あはは!! 今風で言うとノリって奴だよ!!」
ノリで腹に胴体を開けられたらたまったもんじゃないですって。
「最初から完成した形で生まれたから進化する必要は無い、か。それはそれで寂しいですよね」
「そうかな?? 不必要な機能は備わっていないんだし、必要な機能もこれ以上付け加える必要も無い。他の生物から見れば羨ましいと思われるんじゃない??」
それもそうか。
だが、人間は環境の変化に弱いという弱点が露呈してしまったな。
この星の環境が激変してしまったら一体どうなる事やら……。
「その為に知恵があるんじゃん」
自分が言いたいのは知恵で対応出来ない程の環境の変化です。
「あ――、はいはい。諦めて絶滅するんだね!!」
軽はずみ恐ろしい事を言わないで下さいよ。
「では、次の質問です。彼女……。亜人さんの事ですけど。あの人はどうしてあんな悲しい顔を浮かべていたんですか?? そして、何故凶姫さんを見付けた刹那に攻撃的な表情へと変容したのか。その理由が知りたいです」
「理由はさっきも言ったけど戦いの事と自分が生み出した人間達の事を考えていたんだと思うよ。そして私に攻撃を加えて来た理由はぁ……」
そう話すと大きな口をニィっと歪に曲げる。
「柵の中、なぁんか空白が目立たなかった??」
空白?? そう言えば……。
巨大な空間に対して蠢く生命体の数は少ない様にも感じ取れたな。
凶姫さんの言う通り妙な空白が目立つって感じであった。
「んふふ――。実はさぁ」
その時の光景を思い出したのか。大きな口から粘度の高い唾液を纏わせた舌が出現して舌なめずりを始める。
「お腹を空かせていた私がね?? バクバクぅって人間達を平らげちゃったの!!」
まぁ……。舌の動きからして凡その内容は窺い知れましたけれども。
「おぉ!! 私達、息ピッタリだね!!」
「違う意味で呼吸を合わせたいのが事実です。こうした意思疎通の合致は求めていませんよ。因みに、何体の生命体を摂取したのですか」
「えぇっとぉ……」
左右の指を順に折っていき、そして。
「数百……、かなぁ?? 適当に捕まえては食べていたから分かないや!!」
「はぁ」
つまり、あのお腹の中には咀嚼されてバラバラにされた人間擬きの頭部や腕や五臓六腑が収まった訳だ。
視線の先にある黒き腹を見つめ、幾重にも重なった頭部と胴体を想像すると胸焼けがしてきたぞ。
「生命体の数が減少した理由。つまり凶姫さんを見付けて激昂したんですね」
「そうそう!! あの記憶は私の体と足元は映ってなかったからね!!」
「――――。と、言いますと??」
まぁ、多分。そういう事だと思うけども……。
「体中返り血で真っ赤に染まってぇ。足元には食べ残しの肉が山盛りだったんだ!! パカっと開いた頭部から覗く脳、引きちぎれた胴体から零れる腸、綺麗にプッツリと両断した背骨から滲み出る髄液。あはっ!! 想像したら涎がぁ……。どしたの?? 口元抑えて??」
お願いします。どうかそこで止めて下さい。
必死に吐き気を堪え、右手で口元を覆ってやった。
「食べ過ぎて怒られちゃったんだ。いやぁ、あの魔法を食らったらね?? 大陸の端まで吹き飛ばされてさぁ。しょっぱい海の中に激突しちゃった!!」
「相当な距離を移動したんですね」
あんな馬鹿げた魔力を食らって生きている方が可笑しいんですけどね。
「私は頑丈なのっ!!」
むんっ!! っと胸を張って言った。
「それは結構な事で」
「どう――も。あ――、話疲れちゃった……」
凶姫さんがそう話すと猫が日の当たる縁側でゴロンっと寝そべり心地良い昼寝を享受する姿へと変化してしまう。
「自分はまだまだ知りたい事があるんですけど……」
「え――。休みたいから嫌」
「折角の機会ですので……」
この星の記憶を覗きたい本能が湧き立つのは致し方ないと思う。
そりゃあそうだろう。
本物の星の歴史に携われる機会なんて早々ないんだし。
「ちょっと休んでから……。おぉ!! そうだ!!」
丸まった姿勢から頭だけを上げて俺を見つめる。
名案でも思い浮かんだのかな??
「そうそう!! レイドの君の体、貸してよ!!」
「はい??」
貸せと言われた物なら貸せます。
しかし、貸せと言われても無理な物は貸せません。これは社会の常識ですよ??
「語弊だよ、ごへ――い。レイド君の体と、私の体を交換するんだって!!」
「そ、そんな事が可能なのですか??」
「ここは精神の世界。常識に囚われている様じゃあいけないよぉ」
人差し指をピンっと立て、横にフリフリと振る。
「私がレイド君の体で昼寝をして、んで!! レイド君は龍の姿になって空を飛ぶ。私が休憩している間、龍の体を知って貰うんだよ!! そうすれば互いの体の相違を知れるし。それにこうして深く繋がる事は滅多に無い機会だもん。人間は飛べないから結構貴重な体験だと思わない!?」
それはそうですけど。
体を交換した後、本物の体にとんでもない後遺症が残る懸念も捨てがたいのです。
「安心しなって。なぁんにも怖い事なんか起こらないからさっ!!」
「――――。分かりました。では、小一時間程で宜しいですか??」
暫く考え抜いた後、重々しく口を開いて話した。
凶姫さんが仰る様に貴重な体験かも知れないし、それに。龍の気持ちは龍の体で無いと理解出来ないかも知れない。
先程自分が述べた様に、掛け離れた価値観を照らし合わす為には凶姫さんが動かぬ以上。俺が歩み寄る必要がある。
それに加え、いつか夢見た空中散歩が体験出来る。
理解云々を置いて、ちょっとだけ興味をそそられたのは内緒です。
「勿論!! はいっ!! じゃあ、手を合わせて??」
人の背丈程の漆黒の手が俺の前に翳され。
「こんな感じで良いですか??」
彼女に促されるままそっと手を合わせた。
おっ、意外と温かいんだな。凶姫さんの手って。
「はぁい、じゃあ……。束の間の龍体験にご案内――!!」
「眩しいっ!!」
網膜がやられてしまうんじゃないかと思われる強烈な発光が迸り思わず瞳を閉じてしまった。
そして、その数秒後に何やら腹の中を掻き回される不快な感覚が体を襲った。
うぇっ。吐きそう……。
「もう目を開けて良いよ――」
凶姫さんの言葉に従い、妙に重たい瞼を開けると……。
「やっほ――!! 私の体、どう!?」
何と!! 眼下に自分自身が俺を見上げてにっこりと満面の笑みを浮かべているではないか!!
「お、俺が居る!! あ、あれ!? 何この手!?」
摩擦が少ない人肌は消失し、代わりに冷えた溶岩みたいにゴツゴツとした黒き甲殻が腕を覆い。
「ヤダッ!! 顔も硬い!!」
頬に手を添えて得た感触は人肌のサラサラとはかけ離れ、硬い岩を触っているみたいであった。
「酷いなぁ、一応女の子の体なんだからもっと丁寧に扱ってよね!!」
「も、申し訳ありません……」
「いいよ!! じゃあ、私は寝るから。おやすみ――」
いやいや、呆気に取られる俺を放置して眠ろうとしないで下さいよ。
「あ、あのぉ――。空を飛ぶには一体どうしたらいいので??」
飛び方を知らない鳥はいないであろうが。
生憎、俺は鳥ではない。つまり飛び方を知らない憐れな鳥なのだ。
「あ、そっか。えへへ、ごめんね?? えっとぉ。人間で言えば……。背中の筋肉に力を入れる要領で筋肉を動かして御覧??」
こんな感じかしらね??
物は試しと考え、背の筋力を動かしてみると。
「お……。おぉぉぉ!! 翼が動きましたよ!!」
一瞬ではあったが、背に生える黒き翼が俺の意思に応え一往復してくれた。
「最初にしては上出来だよ!! コツとしては、飛び立つ時は元気良く翼を動かし。頑張って空に浮かび上がったら風に乗って滑空を始める。高度が落ちて来たら再び翼を動かして上昇。その繰り返しだよ」
「な、成程ぉ」
そうやって龍族の方々は飛んでいたのか。
勉強になるな。
「私は疲れたから昼寝するね。一時間後位に起こしてくれればいいからぁ!!」
鏡の前で何度も見た己自身の笑みを浮かべると右手を上げて楽な姿勢を取り。
「おやすみ――……」
そのまま安らかに寝息を立て始めてしまった。
後はご自由にってか。好きにさせて頂きますけど、放置ってのも酷いんじゃないですか??
しかし、これはこれで……。
「難し、楽しいな!!」
背筋を全力で解放すると翼が呼応して激しく揺れ動き、ふわりと体が浮かぶが。
「あれまぁ……」
少しでも気を抜くと折角浮いた両足が地面に着いてしまう。
上空に昇るまでは気を抜かないで背筋に力を籠め続けるのがコツって仰いましたけど。
慣れていない所為かかなりの疲労感なんですよ。
疲労具合は人の体で例えるのなら、数百メートルを全力疾走した後に感じる嬉しい筋力摩耗って感じかね。
凶姫さんを起こすまで残り一時間。
その全てを飛翔に回すのは不可能であるという考えに至り、先ずは入門編である翼の動かし方を学ぶべき。
「左右同時に動かすのは簡単だけど上空で万が一の事があった時の為に左右どちらか一方を動かす訓練を開始して……。うん!! こういう感じか!!」
何事も基礎を大切にするべきという自分の基本理念に立ち戻り、気持ち良さそうに昼寝を始めた自分の体の前でおっかなびっくり漆黒の翼を動かし続けていた。
お疲れ様でした。
精神面の御話は今回で一旦終了しまして次の御話からは現実世界へと戻ります。
今週は少々飛ばして精神世界を投稿させて頂きました。今週中に片付けようと考えていたのでホッとしている次第であります。
本日帰宅後に嬉しい出来事がありました!!
先日注文した品が遂に届いたのです!! そう……。DEAD SPACEのリメイク版ですよ!!
先程プレイステーションにディスクをぶち込み、現在インストール中で御座います。
今日はもう遅いのでプレイしませんが今週末はたぁぁぷりと恐怖を味わおうと考えております!!
それでは皆様、お休みなさいませ。