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第二百九十三話 馬鹿真面目君の場合 その一

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


本文中に少々過激な場面が出てきますので予めご了承下さいませ。




 微睡む頭の中に小鳥の囀りが響くと眠りをより上質な睡眠へと昇華させる。


 柔らかい風が木々の枝を揺らして小気味良い乾いた音を奏で、森の合間から零れ落ちる温かい太陽の陽射しが体をほんのりと温め、背に感じる草がまだまだ眠っていても良いぞと体を甘やかし続けていた。


 随分と気持ちが良いな……。


 いつまでもこうして眠っていたい。しかし、どうにかして起きないといけないという自分も居る。


 我儘な俺と馬鹿真面目な自分がせめぎ合い。そこから発生する葛藤を受けて微睡んでいた頭が徐々に覚醒を始めた。



「――――。んんっ!! はぁっ!!」


 半ば強制的に上半身を起こし。


「うっし!! 行くか!!」



 我儘な自分に決別を果たす為、手の平で両頬をパチン!! と強く叩いてやった。


 澄んだ森の空気を吸い込むと心が安らぎ、心地良い風がちょいと痛む頬を撫でると痛みが和らぐ。


 以前来た時と変わりないな、ここは。


 恐らく、というか十中八九マイと初めて出会った森だ。ここの雰囲気は独特というか、強烈な思い出が残っている所為か。目を閉じていてもここが何処かと問われたら答えられる自信があるぞ。



 完全に覚醒した体を起こして件の場所へと移動を開始した。



 凶姫さんは……。


 あぁ、こっちか。


 相も変わらず馬鹿みたいな力を放ち続けているものだから直ぐに感じ取ることが出来てしまった。


 もうちょっと大人しくするというか。いい大人なのですから慎ましい力でいて欲しいものです。


 木と木の狭い合間を抜け、悪戯に伸びる枝に叱咤激励を受けながら突き進んで行くと。



「やっほ――!! 元気してた――!!」



 マイと初顔合わせを遂げた場所に漆黒の龍が威勢良く巨大な尻尾を振り、背後の太い幹の木をなぎ倒しながら此方を迎えてくれた。



「お久しぶりですね。凶姫さん」



 開けた空間に体を完全に露出するが、凶姫さんの横着に咄嗟に対応出来る距離を保ちながら第一声を放つ。


 丁度良い距離感は……。ここだな。


 何が飛び出して来るか分からないし十二分に気を付けないと。



「今日はどうしたの?? まぁ、凡その内容は理解しているけどさぁ」


 でしょうね。


 俺の中から外の世界を見ている訳ですので。


「私と邂逅を遂げに来たんでしょ??」


「正解です。――――、と言いたいのですが。恐らく凶姫さんにその気は毛頭ありませんよね??」



 時に態度は物言わずとも本心を現わしてくれる。


 凶姫さんは俺の顔を見付けるや否や。だらしなく地面に寝転がり、剰え此方に背を向けてしまったのだから。



「そうだね――。だってさぁ、あの淫魔の気持ち悪い魔力が入って来たんだよ?? もぅ、うぇええ!! って感じだし」


 巨大な腕の先に生える手で黒き甲殻で覆われた体を拭う。


「そうでもしませんと中々凶姫さんには会えませんので。そこは我慢して頂けると……」


「我慢出来ないもんっ!!」


 彼女の我儘な声と共に、一本の尻尾が地面と平行になって此方に襲い掛かって来る。


「どわっ!!!!」



 視線の端に捉えたとほぼ同時に地面へと屈み、巨大な力の塊を華麗に避けてやった。


 あ、あっぶねぇ!! 視線を切っていたら直撃していたぞ……。



「おぉっ。これ位はもう簡単に避ける様になったね!!」


「簡単では無いですけどね」



 少し機嫌が良くなったのか、此方にちょっと怖い横顔を覗かせて話す。



「他の皆は……。おぉ――。頑張って中に居る人と話し合いしているねぇ」



 凶姫さんが目を瞑り、ふむふむと頷き出す。


 外の様子。


 つまり、マイ達の姿が見えているって訳か。



「そうだよ。皆面白い顔浮かべているなぁ」


 面白い、ね。


 きっと苦虫を食い潰したような顔であろうさ。


「それはあの薄っぺらい胸の子だね!!」


「怒られますよ?? 本人に言ったら」



 あいつはどういう訳か胸の大きさの類の話が嫌いだ。


 別に胸の大きさなんて世の男性は気にしない……。訂正しましょう。気にする男性はどちらかと言えば多い方だ。


 俺は別に気にしていないので、気に掛ける男性の気持ちが理解出来ない。


 大体、胸が大きいからって得する事なんかあるのか??


 ユウが言っていた様に服が選べないし、肩も凝るみたいだし。



 まぁ……。


 あの独特の柔らかさは、男は持ち合わせないので妙に心が騒いでしまう事実は認めよう。


 異性に対して性的興奮を促す為に女性が得た強力無比な武器。


 末恐ろしい武器だよ、全く。



「レイド君は胸の大きさに拘りは無いからね――。変だよね!!」


 機嫌が元通りになったのか、完全に此方を向いて大きな口を開く。


「人それぞれですから。それより、今日は少し話をしませんか??」



 邂逅を遂げるのは恐らく叶わないであろう。


 それならいっその事互いの性格、考え、経験等々。


 様々な体験談を交えつつ理解を深めてしまおうという考えに至った訳なのです。


 凶姫さんが先程薙ぎ倒した木の幹が良い感じに地面の上に倒れているので、その前に腰を下ろし。


 硬めの背もたれに早変わりした幹に背を預けて声を上げた。



「話?? 良いよ!! 何を話そうか!?」


「どんな話でも良いですよ。――。後、距離感をもう少々考えて下さい」



 むんずっと近付いた龍の顔へと話す。



「あはは!! ごめんねぇ。こうして顔を合わせて話すのは二回目だから嬉しくてねぇ」


 喜んで頂けて光栄ですよ。


「レイド君は私と分かり合いたいが為にこうして来てくれたんだけどさぁ。やっぱり、私達って価値観が違うから理解し合うのはちょっと難しいと思うんだよ」


「と、言いますと??」


「ほら、前にも言ったけどね。私から見れば人間は餌兼生殖の道具に映るんだ」



 九祖が一人、亜人が生み出した人間は彼等の子孫を残す為に生まれたと聞いた。


 亜人と呼ばれる九祖が俺達人間の先祖に知識を与えた事で、彼等との間に軋轢が生まれ。亜人は彼等に封印された。


 そうですよね??



「そうそう!! 合っているよ!! バクバク食べていた人間とこうして話をしている事自体驚きなんだよ」


「俺達から見れば、豚や鳥と話をしているものですものね」


「人間は豚や鳥と交わえないからちょっと違うけど……。まぁ大筋はそうだね」


「つまり、互いの価値観を変える為にはどちらか一方が歩み寄る必要がある訳です」



 この場合、俺が歩み寄った方が早いかもしれないな。


 凶姫さんは変える様子は無さそうだし。



「無いね!!」


 ほら、思った通りだ。


「価値観を変えるかぁ。ん――。手っ取り早い方法が一つだけあるんだけどなぁ」


「方法??」


「うん。私の記憶の一部を覗いて貰う事が早いと思うよ。私の視点で人間を見ればどんな風に人間を捉えていたか分かり易いと思うし??」



 え――……。


 また、その……。お食事の光景を見せつけられるのですか??


 もう吐きたくないのが本音なんですけど。



「あはは!! あれを見た後、暫くは肉を食べるのに億劫になっていたもんね!!」


 誰だって人肉を食らう光景を見せられたらそうなると思うんですよ。


「そう?? 私はお腹が空くけど……」



 それは凶姫さんの主観です。


 こちらの立場になって考えて下さい。



「相変わらず真面目だねぇ。うん!! 決めたっ!! あの光景を見て貰おう!!」


「わっ!!」


 言うが早いか。


 凶姫さんの漆黒の甲殻から強力な光が溢れ出ると同時に周囲の様子が一変した。



 ここは……。何の変哲もない、とても静かで広い平原だな。



 地面から方々に生えた背の高い雑草、空に浮かぶ千切れ雲がゆっくりと風に流されて進み、風の歌声が頬を優しく撫でて行く。



「ここはね?? 私が過ごした時代の、とある大陸なんだ」


「へぇ。良い所じゃないですか」



 空気は澄んで綺麗だし、風が運ぶ自然豊かな香りがそれを物語っていた。


 ん?? 香り??



「あ――。当時の記憶の五感が反映されちゃっているんだね」



 お願いしますから食事の光景だけは思い出さないで下さいね??



「了解、了解。嗅覚と味覚は遮断しておくよ。じゃあ……。ここからだと、あそこが一番近いかな」



 凶姫さんが空に浮かぶ太陽と大地を見比べて方角を見出すと再び光景が刹那に変わった。



「え……??」



 な、何だ。この場所は……。


 先程と変わらぬ広い平原なのだが、先程と違うのは円を囲む様に高い柵が設けられそれはかなりの広さに渡って続いている。


 自然豊かな場所に建てられた人工物に若干の違和感を覚えるが、そんな事よりも俺が目を奪われたのは柵の中に居る大勢の動物達だ。



「「……」」



 ある個体は二本の足で立ち目的も無く円の中を彷徨い歩き続け、又ある個体は何も無い地面を茫然と見下ろし続けている。


 二本の腕、二本の足、二つの眼。手の先に生える五本の指、体に指令を送る脳を搭載した頭部とそれに続く五臓六腑を積載した胴体。


 誰がどう見ても人間だと断定出来る姿の動物が柵の中に存在していた。



 あ、あの、凶姫さん。


 ここは一体??



「ここは餌場兼生殖場だよ。今からずぅっと昔、人間はこうして柵の中で管理されていたんだ。ほら、あそこの窪み。見える??」



 柵の少し向こう側。


 俺の腰程度の深さに凹んだ大地には茶白濁色の果実らしき物がこれでもかと積み重なっていた。



「「「ジュグ……。グシュ……」」」



 そして、その窪みを囲む様にして明確な意思も無く積まれた果実を只々作業的に口へ運ぶ人間達。


 口からはだらしなく果実の粘度の高い液体が零れ落ちて地肌に付着。人間達はそれを拭おうともせずに次の果実を手に取る。


 服も着ていなければ、感情の欠片も意思も見出せない。あの個体を端的に言い表せば人間擬きだ。


 彼等の事を人間だと捉えられず、動物と捉えたのはそれが欠如していたからだろう。



「あれが人間の餌だよ。あの果実を食べて育ち、適度に運動させ、上質な肉を育むんだ」


「そ、そんな!! あれが人間の姿だって言うのですか!?」



 あれは人間なんかじゃない!! 人間の皮を被った別の生き物だ!!


 に、人間は考える動物だろう!?


 何も目的を持たずに右往左往をしたり、大地に転がる石を只見つめ続けたり……。己の意志を微塵も感じさせない動物なんかじゃない筈だ!!



「あはは。だからぁ――。知識を与えられる前はこうして管理されていたんだって――。おっ、丁度いいや。餌を求めて一匹の魔物が現れたよ」



 俺達より大分向こう側の柵の前に白濁色の大蛸……とも見えるし。巨大な芋虫みたいにも見える軟体動物が現れ。


 口と見受けられる人の体など容易く収まるであろう巨大な口腔から深紅の触手を伸ばし、柵の近くに居る人間を数名を捕らえてそのまま口の中へと迎え入れた。



「グッチュ……。グチュゥ……」



 あのデカイ口の中で人間達の体を咀嚼をしているのか。


 骨を噛み砕く重い音、肉が千切れ飛ぶ生々しい音、そして口腔から零れ落ちた大量の深紅の液体が食事中である事を如実に伝えていた。


「「……」」


 意思のある人間ならあんな化け物が襲ってきたら悲鳴を上げて方々へ逃げる筈なのに。その素振すら見せず、彼等は恐ろしい軟体動物を無表情のまま只々見つめ続けていた。



「あらぁ……。柵、壊れちゃったねぇ!! 後で怒られても知らないよぉ。ん?? おぉ!! 今度は淫魔が飛んで来たよ――」



 上空から一人の女性が大地へ降り立つと人間達の合間を軽く弾む様に歩き出す。


 白い肌に浮かぶ薄く赤い紋章の線、背と臀部の合間から生えた蝙蝠みたいな翼、そして細い体から迸る馬鹿げた魔力。


 あれが……。古代の淫魔の姿か。



 一糸纏わぬ人間と違いあの淫魔はれっきとした服を着用している。


 それが人間と魔物の大きな差であると、まざまざと見せつけられた気がした。



「フフ――フンッ」


 人間達を品定めするかの様に策の中を歩き続けそして一人の男性を見付けると。


「えへへ……」



 淫靡な笑みを浮かべてその男性を地面に押し倒した。



「あはぁっ!! さっすが淫魔。白昼堂々男を犯すなんて、やらしいよねぇ」



 男性の上に跨り己の服を脱ぎ捨て、男に性的興奮を促すと一気呵成に腰を下ろした。


 淫魔は己の内から迸る情熱に従う様に激しく体を上下に動かして男性の体を貪り食う。


 あれは愛を育む性交と呼ばれる物ではない。



『食事』



 そう呼ぶに相応しい光景だ。


「ハァッ……。ハァァッ……!!」


 淫魔の感情が昂るにつれて体から濃い紫の魔力が溢れ出して男性の体を侵食し始める。


 男性の体が痙攣を始めるがそれでも淫魔は腰を動かす事止めずそれ処か。


 白目を向いて口から泡を吐く男性の姿を見て嗜虐心を刺激されたのか、拒絶反応を見せる男性の体を両手で抑え付けて更に腰の動きを加速させた。



 そして、男性が腰を上に深く突き上げると同時にピタリとその震えが止まった。



「……」



 淫魔は己の腹を満足気に撫で背部に備わった蝙蝠の翼を動かして上空へと飛び去って行ったが、大地に横たわる男性の体は腐敗が始まり。


 数十秒後には大地の養分と化した。



「どう?? 人間の本来の姿を見た感想は??」


「正直に話しますと……。吐き気を催しますね」



 人間の血を引く者はこうあるべきじゃないと本能がそう叫んでいる。


 文明を育み、生きた証を後世へと伝えるのが本来の人間の姿だ。


 少なくとも……。好きな様に食われ、犯されるべきではない。



 胃から込み上げて来るクソッタレな液体を必死に抑え付けていると……。突如として大地に眩い閃光を放つ巨大な魔法陣が浮かんだ。


 魔法を得意とするカエデやエルザードとは比べ物にならない程の圧が大気を揺らし、上空に浮かぶ雲を霧散させた。



 な、何だ!? あの馬鹿げた魔力の塊は!?



「あ――。来ちゃったねぇ」



 来た??


 誰が来たのかと問おうとすると一人の女性……。なのか。


 少なくとも後ろ姿からはそう見受けられる姿をした人間が魔法陣の上に出現した。



「……」



 背の中央まで流れる美しき濡れ羽色の髪、黒き服に身を包んだ姿は彼女の正面に蠢く人間擬き達とは一線を画す。


 間違いなく意思を持った人間の本来の姿だ。


 彼女は大地の上を堂々と歩き、人間擬きの合間を縫って歩き続ける。


 その姿がどこか悲し気に映るのは気の所為……か??


 彼女が先程の腐敗した男性の側で足を止めると。



「…………っ」



 物悲し気な表情でじぃっと彼の亡骸の欠片を見下ろした。


 今にも涙が溢れてしまいそうな悲しき黒い瞳、少女と大人の狭間に立つ端整な顔は悲しみで溢れ酷く脆く見えてしまった。



 悲し気な横顔だ……。


 ここが記憶の中でなければ今直ぐにでも駆け寄ってこう話してやりたい。



『人の姿はこうあるべきではないと』



 何かに踏ん切りをつけたのか。


 一つ大きな息を漏らし、骨と腐った臓腑が転がる大地から悲しみに満ちた視線を上げてこちらと目が合ったその刹那。



「ッ!!!!」



 悲壮は恐ろしいまでの憤怒へと瞬時に変容。


 彼女の体から溢れ出た魔力が大地を割り、常軌を逸した魔力を解放して光の刃を此方へと放射した。



 ぶつかる!!!!


 体が両断され、血飛沫を舞い上げながら宙を舞う己の上半身の姿を想像したが……。



「あ、あれ?? 何とも無い……」



 気が付けば忌々しい記憶を覗く前と変わらぬ姿で木の幹にもたれていた。


 記憶を覗く前と唯一違う点と言えば。



「ふ、ふぅ……」



 体中から溢れ出た膨大な量の汗くらいであろう。


 二十三年生きて来た人生の中で最恐最悪の悪夢を見ればこうもなろうさ。


 あの悪夢は過去の出来事であると認識しているが、その余韻を受けて今も額から滝の様に流れ出る冷たい汗を手の甲で拭った。



「いやぁ、最後はびっくりしたでしょ??」


「え、えぇ。あの御方は誰なんですか??」



 立ち向かう気持ちさえ抱かせぬ桁外れの魔力と圧。常人では彼女の前に立つ事さえ叶わないだろうさ。


 恐らく凶姫さんと同じく古の時代を生きた傑物の一体なのでしょう。



お疲れ様でした。


この後直ぐに後半部分を投稿させて頂きますね。

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