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第二百九十二話 空の女王の場合

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 いつまで続くのか分からない暗い底へ落下し続ける感覚が突如として止み、何やら柔らかい物に包まれた不思議な感覚を受けて重い瞼を恐る恐る開く。


 真の闇から一転、眩い光が眼前一杯に広がり私は思わず目を細めた。



 ん……。眩しい……。



 徐々に視界が明るさに慣れ、周囲の様子を確知出来る様になり自分が今何処に立っているのか理解出来た。


 ここは……。私の部屋だ。


 慣れ親しんだベッドに、ちょっと乱雑に片づけてある化粧台の上。そして机の上の読みかけの花の図鑑。


 里を発った時と何ら変わり無い自室の壁際に私は立っていた。



 あれ?? 私って確か南の島で特訓を受けていましたよね??


 それなのに、何故ここに立っているのだろう。



 確認の為に足を動かそうとするが私の足はまるで木の床に密着しているかの様に微動だにせず。


 只々部屋の中を観察する事しか出来なかった。


 動けない……。


 足は動かせない、しかし顔だけは動かせる。


 自分でもどうしたらいいのか分からずに混乱を極めていると、二人の男女が明るい会話を続けながら私の部屋に入って来た。



『ふふ、それで聞いて下さいよ』


『聞いていますよ。ピナさんの愚痴ですよね??』


『そうそう!! 私が……』



 私の部屋に入って来たのはレイドさんと……。もう一人の私であった。



 ど、どうして私が二人も居るの!? そ、それに。よりにもよってレイドさんと仲睦まじく過ごしているし!!


 まるで恋人同士の様に仲良く会話を継続させ、もう一人の私はベッドのいつもの定位置にポンっと座り。レイドさんは化粧台の椅子に腰かけた。



 レイドさん!! 私、ここに居ますよ!!


 喉の奥から声を絞り出すも彼に伝わる事は無く。彼はもう一人の私との会話に没頭していた。



『花粉の配合にピナさんの愚痴。それと里の仕事……。良く体がもちますね』


『本当にクタクタなんですよ?? ほら、特に肩が凝っちゃいます』



 そう話すと、もう一人の私は着ていた服の胸元を大きく開き。白く肌理の細かい肌を露わにする。


 本物の私なら絶対しない行動を受けてレイドさんと私は大きく目を見開いた。



 ちょ……!! なんて破廉恥な事をするのですか!!


 早く前を閉じなさい!!



『レイドさん。私から目を反らさないで』


 偽物の私がそっぽを向いていた彼の顎に手を当てて正面に向かせると、互いの視線を甘く絡ませる。


『私は……。あなたの事が好き。誰よりも大好きなの……』


 偽物が甘い言葉を漏らすと同時に……。



「「……」」



 二人の唇がそっと重なり合った。



 は、はぁっ!?


 な、な、何でこんな展開になるんですか!!


 そりゃあ……。別に?? 望んでいない訳では無いんですよ?? 只、順序!! そう!! 順序を守るべきだと思うんです!!


 普遍的な倫理感を二人に説いてやろうとするが私の声は彼等には届かなかった。



 レイドさんが偽物の私と甘く体を重ねつつ立ち上がると二人の愛は燃え上がりより情熱的な接吻を続ける。



「「……っ」」



 くぐもった水気のある淫靡な音と二人の情熱的な吐息の音が部屋の中に乱反射し、私の心の中に潜む厭らしい心に火を灯してしまう。



 どうして……


 どうして、私を見付けてくれないんですか??


 何で、何で偽物の私と愛を育むのですか!!


 嫉妬、憤怒、憤り。

 

 気持ちの悪い感情が心の中を支配してしまう事に恐れ最低最悪な光景から目を背けようとするが……。


 何故か分からないが、視線を反らす事は一切叶わなかった。



『あっ……』



 彼の逞しい腕が偽物の体の腰を手繰り寄せると甘い声が小さく、本当に小さく零れた。


 その声が何んと甘美に聞こえる事か。


 彼も私と同じ思いを抱いたのか。偽物の体を強く抱き締め、男心を擽る魅惑的な唇を貪り始めてしまった。



 序章の愛の歌が終章へ続こうとする頃、偽物の私の瞳が彼の肩越しにこちらを見つめる。


 そして、私と目が合うと。



『……』



 にぃっと目を細め、勝ち誇った厭らしい目付きをこちらに放った。


 そしてその目に捉えられた刹那。私の中で何かが弾け飛んでしまった。



 憎い……。憎いです……。


 何で私を見付けてくれないの??



 胃液を吐き散らかしてしまう気持ち悪さを感じていると偽物の私がカエデさんに姿を変えた。



『ふふっ……』


 偽物のカエデさんも私を見付けると同時に誇らしげに愛を見せつけ。


『んっ……』


 偽物のマイさんも彼と口付けを交わしながら鬱陶しい視線を送り続ける。


『あぁっ……。はぁ……』


 アオイさんの姿に変わると、私のベッドで二人の体が淫らに絡み合い。着衣を脱ぎ捨てた彼女が彼の上に跨る。


『良いよ……。レイド……』


 ユウさんが厭らしい笑みを浮かべて彼の体を貪れば。


『もっと……。もっとぉ……』


 ルーさんの優しく甘い声が彼の激情に火を点ける。


『主……。そのまま……』


 リューヴさんが彼の胸に体を添え、普段の凛々しい姿からは到底想像出来ない女性らしい声で彼を誘った。



 嫌だ……。嫌だ!!!!


 もう見たくない!! 何で、何でこんな光景を見なきゃいけないの!!!!


 苦しいよ……。息が……、出来ない……。



「ぅぇっ!! ぇえ゛ッ!!!!」



 胃袋から立ち昇って来る粘度の高い吐瀉物を吐き散らかして地面へと倒れてしまった。



『あはは。ねぇ、邪魔よね?? あの女共』


 吐瀉物が広がる木の床から視線を上げると、偽物の私が苛つく瞳を浮かべて私を見下ろして甘く囁く。


『あなたは彼といつも一緒に居る訳じゃない。だけど、彼女達は行動を共に続けている。彼の気持ちがどんどん離れて行くのを見るのは辛いわよねぇ??』



 う、五月蠅い。



『ほら、見て御覧なさい?? いつかはあぁやってあの女達と愛を育むのよ』



 偽物の私が私の髪の毛を掴み乱雑に頭を持ち上げ、見たくも無いベッドの現状を見せつけた。



『レイド様ぁ……』


『レイド……』



 アオイさんからカエデさん、そして美しい女性達が代わる代わる彼と淫らにベッドの上で混ざり合い溶け合う。



『ね?? 邪魔でしょう??』


 彼はそんな事を……。しません……。


『いつかはあなたの存在は彼の心の隅へ、そして隅から奈落へ。漆黒の深い闇の中へと消失してしまうのよ』



 嫌だ……。いやだ……。


 彼にだけは忘れられたくない……。



『彼の心の中にいつまでも存在したい時はどうすればいいのかなぁ??』



 皆を……。排除すれば……。


 私だけの物に……。



『良い子ね。さぁ……。古代の力を解放させましょう!!!! あはは!! あなたが力を解放すれば怖いもの無しよ!! 皆殺しにして彼と愛を育みなさい!!』



 仰々しく両手を広げる偽物……。ううん。


 認めたく無いけど。


 醜いもう一人の本当の自分の声に従い、私は硬く閉ざしていた蓋を開けて燃え滾る悪しき心を解放してしまった。



お疲れ様でした。


この後食事を摂ってもう一話更新させて頂くのですが、少々長めの文章となりそうなので分けて投稿させて頂きますね。


編集作業が終わるまでの間、もう暫くお待ち下さいませ。

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