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第二百八十三話 苛烈を極める肉体鍛錬

お疲れ様です。


本日の投稿になります。少々長めの文章となっておりますので予めご了承下さい。




 だだっ広い空間に横一列に並んでいると上空に浮かぶ雲達が何事かと思い一時停止して俺達を見下ろす。


 あ、お気になさらずそのまま通過して下さい。


 彼、若しくは彼女?? に対して下らない言葉を投げかけジリジリとこちらを照らし付ける元気一杯な太陽を見上げた。



 しかし、暑いな……。


 只立っているだけでも汗が噴き出して来る暑さに若干の苛立ちを募らせていると。



「あっつい!! イスハ達はまだ来ないの!?」


 俺と同じ思いを抱いたのか、それとも只単に己の鬱憤を晴らしたいのか。静かに横隊に並ぶ中からマイの声が上がった。


「そう言うなって。まだ並んでから五分も経っていないだろ??」



 それを宥めるユウの言葉に一つ頷き、真一文字に口を閉ざした。



 自分の許容量を超えるまでの栄養を摂取したが海までの散歩が功を奏したのか腹の調子も随分と良い。


 これなら腹に打撃を受けて吐瀉物を撒き散らす恐れは無さそうだ。たっぷりと食事を摂ったお陰で体力も全快に近い。


 午前中の訓練での筋力の摩耗は否めないが、ほぼ万全に近い状態。


 この状態なら午後からの訓練にも耐えられそうだ。しかし、それはあくまでも通常の訓練を想定しての話ですけどね。



 今から始まる熾烈な訓練を想像したのか、全身の筋肉が逸り早く始まってくれと疼く。


 そんな高揚感にも似た感情を胸に抱き、軽く足首を解していると漸く指導者達の足音が聞こえて来た。



「待たせたのぉ!! ちょいと話し合いが長引いた!!」


「ごめんなさいね。待たせちゃって」



 南の森の方角からやって来た御二人が金と赤の髪を揺らしつつ軽快な声を上げて俺達の前に立つ。



「師匠。エルザードとフォレインさんは御一緒じゃないのですか??」



 桜色と白色が見当たらないので周囲を窺うが……。その気配すら感知出来ずにいた。



「あの二人明日の精神に重きを置く訓練に備えて休憩じゃよ」


 そういう事ですか。


「全員揃っておるな。では、午後からの訓練を開始する!!」



 師匠の御言葉を受け、天まで届けと言わんばかりに背筋を伸ばして静聴する姿勢を取った。


 さぁ、始まるぞ!!


 ここからが本日の正念場だ……。気を抜けば命を落とす恐れもあるので最大限にまで集中力を高めて行きましょう!!



「訓練の内容は至極簡単じゃ。今この時から日が暮れるまで、お主らは儂らと組手を続ける。一人ずつ相手をしてやるから名を呼ばれたら前に出て来い。一巡目は儂、そして二巡目は……」



「私が相手を務めるわ。実力不足かも知れないけど、宜しくねっ」



 フィロさんがニコリと笑みを浮かべて話す。


 実力不足なのはこちらで御座います。



「つまり、私達は一対一でイスハと母さんを相手に。交互に戦えばいいのね??」


 腕を組んだままマイが話す。


「その通りじゃ。取り決めはいつも通り、相手に有効打を与えた方が勝ちじゃ」


「質問を宜しいでしょうか」



 カエデがすっと右手を上げる。



「何じゃ??」


「付与魔法は禁止ですか」


「魔法の類は一切禁止じゃ。己の筋力のみで向かって来い」


「分かりました」



 カエデがコクリと頷き、静かに右手を下ろした。


 筋力のみか。


 それなら俺にもほんの僅かながら勝ちの芽が出るかもしれない。付与魔法に関して師匠達には一日の長があるからな。



「組手を行っている者以外は木陰で休んでいろ。では!! 早速開始じゃあ!! レイド!! 前に出ろ!!」


「はいっ!!」



 師匠の御言葉を受け、気持ちの良い声で返事を返した。



「一番手はお主じゃ。お手並み拝見といこう」


「お手並みを披露する前にやられんじゃないの??」



 こらこら。本当にその通りになったらどうするんだい??


 マイの不穏な声が前向きになっていた気持ちを僅かに反対方向へと引っ張ってしまった。



「ほ――。気負ってはおらぬようじゃな??」


「一番手を務めさせて頂いますので、それなりに気合は入っていますよ」



 師匠の前に立ち。



「そうかそうか。良い心掛けじゃて」

「ありがとうございます」



 互いに礼を送り、そして。



「「…………」」



 同じ構えを取った。


 右足を下げて体を斜に構え、肩幅に足を開き重心を取る。


 左手は相手の行動に対処出来る様に肩口まで上げ、右手は一撃必殺をいつでも放てる様に強く深く握る。


 師匠は俺と同じ構えだが、そこから放たれる圧は桁違いだ。


 対峙しているだけでも体が危険だと察知しているのか自然と後ろ足加重になり、そこから直ぐに離れろと俺に警告を放つ。


 警告に従い逃亡出来たらどれだけ楽か。


 俺は……。俺達は強くなる為にここに来たのだ。


 逃げるのはお門違いってもんさ。



「へぇ……。アイツ、やる気じゃん」



 矮小ながらマイの声が聞こえる。



「構えを見ただけで分かるのですか??」


「そりゃそうよ。足を見て見なさい」


「足ですか?? ん――……。同じ構えですけど……」


「相手の行動を見切ろうとするのであれば自然と後ろ足加重になる。だが、主は今左右均等に力を置いている。相手に物怖じしていない証拠だ」


「成程ぉ!!」



 こちらから攻めるべきか。将又、出方を窺うのか。


 実に悩ましい。


 師匠の御姿はいつもの三本の尻尾をフサフサと揺らす美少女では無く、九本の尻尾を携えた妖艶な大人の女性だし。


 確実に本気だもんねぇ……。定石通りに見に徹するべきだろうか。



「どうした?? 来ぬのか??」


 一分の隙も見当たらぬ構えを解かぬままこちらへ誘いを放つ。


「行きたいのは山々ですが。もう既に二回程張り倒されていますので……」



 馬鹿正直に真正面から向かえば烈脚がこの胴体を捉え、ろっ骨を二本破壊される。


 馬鹿丁寧に左の拳を愚直に放つと、生温い攻撃は通用せんぞと言わんばかりに右の返しが返って来た。


 頭の中で思い描いた初手を既に二回も封殺されてしまいましたよ。



「そこまで理解しているのは成長している証拠じゃよ」


「成長の実感は無いですけどね」



 成長しているのなら、例え掠る程度でも師匠の体に触れられる筈なんですけど。今まで真面に当てた事すら無いからね……。



「こうして対峙しているだけでも良い訓練になるのじゃが……」



 師匠がにぃっと意地の悪い笑みを浮かべると注意していても分からない程度に静かに腰を下げた。


 やっべぇ!! 来る!!!!



「お主には実戦が一番の成長の糧になる。覚悟せい!!」



 左足で大地を蹴ると同時に師匠が俺の間合いへと瞬時に到達した。



 速いってもんじゃない!!


 瞬間移動と言われても疑いようの無い移動速度だよ!!



「はぁっ!!」



 目に見えぬ空気、確実に存在する空間、そして流れ行く時間。


 俺達の間に存在する全てを切り裂く鋭い左の拳が美しい軌道を描いて向って来た。



「行きますっ!!」


 咄嗟に出した左の拳で迎え撃つが。


「「っ!?」」



 互いの拳と拳が衝突すると鈍い破裂音が発生して俺の体が後方へと押し出されてしまった。


 同じ速度と威力で打ったつもりなのに相殺処か押し負けてしまうとは……。我ながら情けない拳だ。



「隙だらけじゃぞ!!」



 衝撃により体の芯がずれて出来たこの隙を見逃す御方では無い。


 勝機到来と確信したのか、見惚れてしまう速度で襲い掛かって来た。



 師匠!! 未だ勝機到来には至りませんよ!!!!



「こ、この!!」



 猛烈な力で奥歯をぎゅっと噛み締め、丹田に力を籠めて瞬時に迎撃態勢を整えると。目と鼻の先に居る師匠の端整な御顔へ向かい魂を籠めた右の正拳を放った。



「だぁぁああっ!!!!」



 軌道、速度、力。


 三者が見事に揃った完璧な攻撃だ。


 師匠の御顔に直撃して心地良い肉の感触がこの拳に訪れるであろう。俺は一切の疑問を抱かなかった。



「むっ!!」



 一寸先に突如として出現した俺の拳に師匠の瞳がきゅっと見開かれた。



 貰いましたよ!! 師匠!!


 腰を捻り、更に深く!! 勢いそのままぁぁああ!!!!


 師匠の体の向こう側へ打つ様に全身全霊の力を籠めて拳を更に加速。そして師匠の御顔に直撃したと確信した刹那。



「ふんっ!!」



 師匠の端整な御顔が拳の脇を抜けて行った。


 正確に言えば、俺の拳が外れたと言えばいいのか……。


 空を切ったこちらの右腕に己の左の頬肉を当てつつ距離を潰し、そして。



「せぇあああああ!!!!」



 師匠の声が爆ぜると腹部に強烈な力の波動が突き抜けて行った。



「うがぁっ!?!?」



 腹の奥に灼熱の炎が迸り、俺の体は地面と平行になって背後で観戦していた森の木々さん達の群れへと飛翔。


 彼等の一人、二人を押し倒してやっと馬鹿げた勢いが止まってくれた。



「げほっ!! げほっ!! う、あぁぁぁ……」



 口から粘度の高い液体を零し、腹を抑えて地面の上を悶え打つ。



 な、何て一撃だ……。


 たった一発で気力が全て吹き飛んでしまったぞ……。



「ぅぐぅぅ!! あぁ……。畜生!!!!」



 腹の奥で燃え盛る敗北という名の痛みが負の感情を生み出してしまう。


 激しい痛さを誤魔化す為に地面の砂を握り締め、自分の弱さに苛つきを隠せず握り込んだ砂を地面へと叩きつけてやった。



 完璧に捉えたと思ったのに……。


 折角!! 師匠が認めてくれると思ったのに!!



「ちょっと。本気で打つなんて聞いていないわよ??」


「奴は儂の弟子じゃ、この程度では倒れやせぬ。ほれ、見てみろ」



 訓練場の中央で待つ師匠達の下へ重い体を引きずりながら進み。



「師匠。参りました……」



 このたった一言を伝える為、意識を失わぬ様に全神経を集中させて舞い戻った。



「なはは!! まだまだ修行が足りぬぞ!!」



 腰に手を添え、満足気にボロボロになった俺を見て笑みを浮かべる。


 全く……。勝ち誇った御顔が本当に良く似合うよ……。



「これからも精進して参ります……。げふっ……」


 打撃の熱が冷めぬ腹を庇いつつ、木陰で休む彼女達の下へと頼りない足取りで向かって行った。


「次ぃ!! マイ!! 来い!!」


「おっしゃあああ!! 今日こそ、その横っ面ぁ!! ぶちのめしてやんよぉ!!」



 俺の姿を見た後で良くもまぁそんな大それた事が言えますね??


 マイが拳と手の平をパチンと軽快に合わせてこちらへと向かって来る。



「気を付けろよ、マイ。今日の師匠はどうやら本気らしい」


 意気揚々と向かい来る彼女へと注意を促す。


「あんたの姿を見れば分かるわ。後ろで休んでいなさい。そしてぇ、私の雄姿を刮目せよ!!」


「期待せずに見ているよ」


「うっせえ!!」



 彼女が上げた右手に己の手を合わせ心地良い音を響かせてやった。


 何んと言うか……。アイツならなんとかしてくれそうな気がするんだよね。


 期待感という奴かな。


 どんな無理難題でも臆せずに立ち向かって行く姿に憧れてしまう。


 馬鹿みたいに騒ぎ、馬鹿みたいに食うのは参考に出来ないけど。あの姿勢は見習うべきだよな。



「はぁ――……」



 弱々しい足取りで木陰に到着すると同時に地面へ倒れ、木々の合間から零れ落ちて来る日差しを見上げてやった。


 俺の暗く沈んだ気持ちとは裏腹に燦々と光り輝く太陽が恨めしい。



「レイド様っ!! 御怪我を見せて下さい!!」


 アオイの慌てふためく声と共に端整な顔が太陽と俺の顔の間にニュッと生えて来た。


「大丈夫だよ。多分、折れていないと思うから」


「いけませんわ!! これが何度も続くのです、例え小さな怪我でも……。まぁっ!!」



 そう言いつつ服を捲ると言葉を止めてしまう。



「何?? そんなに酷い……。うぉっ」



 そりゃ口を閉ざす筈だ。


 師匠に蹴られた部分が青黒く変色し、彼女の足跡が体にクッキリと刻み込まれていたのだから。



「うひゃ――。痛そう――」


 ユウが嬉し気に傷跡を見下ろし。


「だねぇ……。レイドぉ、指でツンツンしていい??」


「駄目に決まってんだろ」



 楽しそうに怪我を見下ろすお惚け狼さんに言ってやった。



「レイド様、動かないで下さい。治療を始めますわ」


「あ、うん。ありがとう」



 アオイの右手に淡い青の光を放つ魔法陣が浮かぶ。


 おぉ……。痛みが和らいでいくぞ……。



「ま、まさかとは思いますけど。イスハさん、あの威力で私の体も蹴るんですかね??」


 アレクシアさんの慄く声が届く。


「どうだろうねぇ。レイドだけじゃない??」


「レイドさんだけ??」


「ほら、レイドはイスハさんの弟子じゃん。だから特に気合が入っちゃったんだよ。マイちゃんと今も組手をしているけど、さっきよりも威力が抑えられているし」


「よ、良かったぁ――……」



 アレクシアさんはルーの言葉を受けてほっと胸を撫で下ろすが、俺は逆に心臓がきゅっと窄んでしまった。


 ルーの仮説によると、俺はこれから日が沈むその時まで常軌を逸した力を受け続けなければならなくなってしまうからだ。


 さ、流石に手加減してくれるよね??


 幾ら体が頑丈でもこの痛みを受け続ける自信はありませんよ??



「貰ったぁぁぁあああ――ッ!!」


「遅いわ!! 戯け!!」


「べぬぐぅっ!!」



 マイが不用意に出した拳をひらりと躱し、お返しだと言わんばかりに美しい回転を描いた右蹴りが彼女の顎を捉えた。


 あ、失神したかな??



「――――。いってぇええええ!!」



 嘘だろ!? もう起きた!?


 師匠の攻撃を真面に受けて体を支える足の力が消失。


 意識を消失した体がグシャリと地面に倒れ込んだその数秒後に元気良く立ち上がり、真っ赤に腫れ上がった顎を抑え。


 あろうことか、ぴょんぴょんと地面を跳ねる始末。


 あの一撃を食らって直ぐに立ち、しかも軽快に跳ねるのですか?? あなたは。



「くっそう。捉えたと思ったのになぁ—―!! ん?? 何よ、二人共。水面に顔を浮かべて窒息寸前になっている魚みたいに変な顔しちゃって」



 マイがきょとんとした顔で俺と同じく驚きを隠せないでいる師匠とフィロさんを見つめる。



「お主。視界が揺らいだりしないのか??」

「ううん??」


「足に力が入らないと感じたりしない??」

「全然??」



 いやいや。流石におかしいでしょう、それは。


 普通は今の一撃を食らった時点で失神、或いは屈強な体を持つ者でも脳震盪が起こり暫くは真面に行動出来ないのに。



「なはは!!!! 見事じゃ!!」


「はぁ??」


「あはは!! ほ、本当。可笑しいわね!!」


「だから、何で笑ってんのよ」



 それはあなたの体が馬鹿みたいに頑丈だからですよっと。



「ふぅん、マイの奴め。あたしばりに頑丈になっちゃってまぁ……」


「ユウ。対抗する所間違えるなよ??」



 見当違いな方向に向かって対抗心を燃やすユウに一応の忠告を放つ。



「わ――ってるよ。でもさぁ、悔しくない?? 同じ舞台に上がって来たら。あたしの独壇場だったのに!!」


「次ぃ!! ユウ!!」


「おっしゃあ!! 派手にぶん殴られてくるぜぇ!!!!」



 ほら、違う方向に向かったじゃん……。



「マイ。顎の調子はどう??」


 木陰の淵に静かに座るカエデが問う。


「痛い!!」


「そう……。治療はする必要ある??」


「無い!!」



 折角友人が怪我の容体を気遣ってくれたのだから、もうちょっと優しい言葉を返しなさいよね。



「お――……。いつつ……」



 彼女の髪と同じ位に真っ赤に腫れて痛む顎を抑え、顔を顰めつつどかっと地面へ座り込んだ。



「やられたな」


 腕を組んだままリューヴがマイに話す。


「しかもド派手にね。いやぁ、びっくりしたわ。突然目の前から消えたかと思うと同時に視界が真っ暗になるんだもん」


「ふむ……。的確に弱点を狙い打った一撃。しかも、マイの速さを以てしても追いつけぬ速撃。幾度と無く拳を交わしてはいるが、底が知れぬ御方だ」



 リューヴの意見には至極同意する。


 俺に放ったあの常軌を逸した一撃だが、師匠は恐らくあれでも手心を加えてくれている筈だ。


 このお腹に穴が空いていないのが良い証拠だよ。



「どっせぇぇえええい!!」



 ユウの覇気のある声が響き視線を訓練場の中央に戻すとそこには、歴戦の戦士でも防御又は避ける事を考えざるを得ない剛力を籠めた右の拳を師匠に向かって放っていた。


 威力は桁違い。だが、速さが少々足りない。


 恐らく相手を怯ませる為に放ったのであろうが、師匠は怯む処か。前進する御方ですので……。


 案の定。



「遅いわぁ!!」


 常軌を逸した攻撃に対して臆することなく、たった一歩でユウとの距離を潰して体を密着させ。


「はぁっ!!」



 器用に体を捻り足元から湧き起こる力の波動を腰から腕へ、更に腕から掌底へと伝え。零距離からの雷撃がユウの腹部へと直撃した。



「うぐがぁああ――――ッ!!!!」



 生鈍い音が響くと同時に俺と同じくユウの体は目を疑う速さと物理の法則を無視した角度で森へと消え去って行った。



 す、凄い……。


 体が密着した零距離であの威力の攻撃を放つのか。


 数日前にトアとの組手で俺が放った物とは似て非なるものだ。会得したと考えていたけど、まだまだ鍛錬不足だな。


 今の光景を反芻し、いつか物にしてみせよう。



「次ぃ!! カエデ!!」



 彼方で揺れ動く木々に見切りを付け、こちらに向かって声を上げた。



「はい」


 お次はカエデか。


 大丈夫かな……。今日の師匠はちょいと乱暴だし。


「カエデ」


「何??」


 普段通りの歩みで木陰からはみ出し、太陽の輝きを受けて光り輝く藍色の髪を揺らして此方へと振り向く。


「無理はするなよ。まだ訓練は続くのだから」



 今回の訓練に対する意気込みは認めますけども、カエデはどちらかと言えば肉弾戦は苦手な部類だ。


 頑張り過ぎは怪我の下になるからね、それに初日に負傷でもしたら後の訓練に響くだろうし。



「うん、ありがとう。行って来るね」


「あ、うん……」



 口角を僅かに上げるいつもの笑みを残し、満足気に腰に手を当てている師匠の下へと静かに歩いて行った。


 あれなら大丈夫そうかな。気負い過ぎという感じじゃなかったし。



「いてててぇ……。いやぁ、飛んだ飛んだ!!」



 カエデと代わりに、いつもと何ら様子が変わっていない姿のユウが腹を抑えて戻って来た。



「あんた、大丈夫なの??」


 呆れ気味の声と顔でマイが話す。


「あ?? 余裕だよ、よゆ――。蚊に……、いんや。棍棒持った餓鬼に頭をぶん殴られた程度だな」



 結構な衝撃じゃないのかな?? それは。


 大人でも当たり所が悪ければ絶命してしまう程度だぞ。



「ちょっと見せてみ」



 物は試し。


 そんな感じでマイがひょいとユウの服を捲り上げた。



「お、おいおい。あんたも青痣出来てんじゃん」


「むっ!? おぉ……。本当だ」



 健康的に小麦色に焼けた肌のお腹。その丁度ド真ん中に師匠の掌底の威力を物語った跡がくっきりと残っていた。


 それを確かめた後、直ぐに視線を切った。



「いたそ――」


「おい、突くなよ?? ってぇ!!!! ちょっと見えてんじゃん!!!!」



 そうなのです。


 捲り上げ過ぎと言うべきか。深緑の下着の下側が御目見えしてしまっていたので顔を背けた訳なのです。



「でも、まぁいっか。よぉ!! レイドぉ。あたしも同じ怪我しちゃった――!!」


 軽快に言う台詞では無いと思いますよ。


 後、早く訓練着を元の位置に戻しなさい。


「ユウちゃんツンツンさせて!!」


 狼の姿に変わったルーが鼻頭をユウのお腹にくっ付けて話す。


「触るな!! 怪我は酷くなったらどうすんだよ!!」



 さて、あちらはあれ以上酷くなりそうにないのでカエデの様子を窺おうかな。


 右から左へ視線を移すと丁度カエデと師匠の組手が始まるところであった。



「宜しくお願いします」


 礼儀正しくちょこんとお辞儀をする。


「軽く揉んでやる。ほれ、掛かってこぬか」



 礼もそこそこに、師匠は体を斜に構えず。堂々と人体の弱点を真正面に晒した。


 それを見たカエデの表情が瞬時に曇る。


 そりゃあそうだろう。


 俺、マイ、そしてユウと対峙した時は体を斜に構えていたのだから。


 きっと嘗められていると考えているのであろうさ。



「行きます!!」


 ぐっと重心を落とし、あの華奢な体躯からは想像出来ない速さで師匠の前へと突撃を開始した。


「わぁっ。カエデさんって体術も得意なんですね!!」



 アレクシアさんの嬉々とした声が背後から上がる。



「彼女は誰よりも勤勉で吸収力も人並外れて高いです。私達と行動を共にしている。それが指し示す事はもうお分かりですよね??」



 アオイの静かな声がお腹の上から響く。



「マイさんや、リューヴさんの体術を学び。ユウさんの力を感じて、アオイさんの技術を盗む。強くなる訳ですよねぇ……」


「俺達と出会った時よりも体力もそして筋力も付いてきたし。自分が考えている以上に成長していると思うんだよね。――――、あ。治療はもういいよ。ありがとうね、アオイ」



 お腹の方へ視線を送り、今も治療を続けてくれている彼女へ礼を述べた。



「無理はいけませんわよ?? アオイがいつでもレイド様の怪我を癒して差し上げますからね」



 剥き出しになっている腹部へやんわりと両手を添えて背筋がぞくりとする笑みを浮かべる。


 色気を剥き出しにしないの。


 颯爽と服を直し、恥ずかしさを誤魔化す様に素早く立ち上がって観戦を続けた。



「はぁっ!!」


 カエデが丁寧な右と左の連打を師匠の正中線へ放つが。


「ふふん。ほぉれ、儂はこっちじゃぞ――」


 相対する師匠は余裕を見せた満面の笑みで全ての攻撃を回避。


「その程度では儂を捉えられぬぞ?? ここに打って来い、ん??」



 更に大振りになった一撃は目を瞑って余裕で躱し、そして目を瞑ったままここを殴れと言わんばかりに無防備な横顔を曝け出した。


 師匠のあからさまな挑発を受けたカエデの表情がガラリと変容。



「くっ……!!」



 右手に熱き魂を籠めた拳を作り、目に見えている罠へと飛び込む準備を整えてしまった。



「「「「あっ……」」」」



 これから始まる惨劇を想像したのか……。この場に居る全員が声を揃えた。


 激情に駆られた攻撃を躱すのは容易い。ましてや、武を極めた師匠ならそれは赤子の手を捻るよりも優しい。


 赤子……、じゃあないな。カエデには大変失礼かもしれないけど蟻の手を捻る程度なのかもしれない。



「やっ!!!!」



 一見隙だらけに見える師匠の綺麗な横顔へ向かい。カエデは渾身の力を籠めた右の拳を放ってしまった。



「――――。容易く誘われおって!! 出直してこぉいっ!!」


 大振りになったカエデの拳の上空へと軽やかに舞い、体の回転を生かした右蹴りを彼女の柔らかそうな頬肉へと叩き込む。



「ぐぅっ!?」



 師匠の一撃を受けた顔が変な角度で曲がり、一切の受け身を取らずに地面へと叩きつけられた。


 い、今のは不味い!! 真面に受けちゃったぞ!!



「カエデ!!」


 思わずその場から声を上げる。


「――――――――。だ、大丈夫です。あ、ありがとうございました……」


「うむっ!! 下がって良し!!」



 土で汚れた顔を抑え、弱々しい足取りで何んとか立つと小さく声を出す。


 本当に大丈夫なのか??


 たった一撃で根こそぎ体力と精神力を奪われ、左肩を抑えながらこちらへと向かい来る。



「カエデさん!! 大丈夫ですか!?」


 俺と同じ思いを抱いたのか。アレクシアさんが堪らず駆け出して彼女を迎えた。


「大丈夫です」


「カエデ、治療は必要ですか??」



 木陰に入った彼女を心配したアオイが声を掛けるが。



「結構です。自分で何んとかしますから」


「そうですか……」



 その脇を通り抜け、太い木の幹に腰かけ己自身で治療を開始した。



「次ぃ!! アオイ!!」


「畏まりました。レイド様、行って参りますわ」


「アオイも気を付けろよ!!」


「うふふ……。レイド様の御言葉が体に染みます」



 静かな笑みを浮かべ、蝶の羽音よりも小さな足音で訓練場の中央へと進んで行った。



「カエデさん、大丈夫ですかね……」


 アレクシアさんは彼女の容体を気に掛けているが、当の本人は。



『近付かないで下さい』



 言葉無くとも接近を許してくれない様子を態度で現わしていた。


 まだ左肩が痛むのか。右手に淡い青の光を放つ魔法陣を浮かべて直接患部に魔力を当てている。


 俺も近付くのは止めておいた方が良いな。怒ったカエデ、おっかないし。



「放っておきなさいよ」


 アレクシアさんの言葉に対し、俺達を代表してマイが答えた。


「で、でも。一言二言労いの言葉を掛けた方がいいですよ」


「大丈夫って言っていただろ?? 本人がそう言ったんだ。あたし達はそれ以上何も聞かなくていいんだって」



 カエデに背を向けたまま、アオイと師匠の組手を観戦しつつユウが話す。



「そう、ですか。でも!! 私は言います!! カエデさん!! ゆっくり休んで下さいね!!」


 カエデから随分と距離を置いた位置からアレクシアさんが声を送ると。


「どうも……」



 表情全ては向こう側を向いてしまっているから窺えぬが、声色からしてどうやら憤りが僅かに溶け落ちた様だ。


 語尾に柔らかさが混じっている、そんな感じだったからね。


 これでまだ一巡目か。


 俺達は日が暮れるまで後どれだけの敗戦を繰り返せばいいのやら……。



「はぁぁああ!!」


「ほぅ!! やるようになったではないか!! 流石フォレインの娘じゃの!!」



 白と金が交互に入れ替わり、ここからでも両者の荒い吐息が聞こえる組手を見つめながらズタボロになった己の姿を想像すると寒気が背中をそっと撫でてくれた。


 体を一つ身震いさせ、恐ろしい寒気を払拭。


 寒気のする姿の代わりに出来るだけ前向きな姿を頭の中に思い描こうとしたが……。次々に浮かんで来るのは酷く膨れ上がった顔やら口から大量の血を垂れ流す惨たらしい姿であった。



 駄目だよなぁ、これじゃあ。


 初めから負けを想定して戦いに臨む者はいない様に、勝利を掴み取る確固たる強い意志で向かおう。


 きっと、師匠達もそれを望んでいるのだから。あくまでも想像ですけどね。



「貰いましたわ!!」


「甘過ぎるわ!! 戯けが!!」


「きゃあっ!?」



 金が白を打倒し、満足気に額の汗を拭う師匠の凛々しい姿を見つめながらそんな事を考えていた。


お疲れ様でした。


私事ですが、先日とあるゲームを大手通販会社から発注させて頂きました。その名も……。


『DEAD SPACE』 です!!


いやぁ!! ついに恋焦がれたソフトが発売されますね!! 街の電気屋さんで購入しようと考えていたのですが。大人の事情で日本国内で販売される事は叶わず、海外発売のソフトを輸入する事にしました。


PCでもプレイ出来るそうですが、私が使用している光る箱は今から遡る事十年も前のオンボロですので快適にプレイする事は生憎出来そうになかったので……。


初代のリメイク版なのでかなり気合が入った感じだそうで今からワクワクが止まりません!!


皆さんも一緒に石村の宇宙船に搭乗して快適で素敵なエンジニア生活を楽しみましょう!!



それでは皆様、お休みなさいませ。

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