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第二百八十二話 幸せな時間はひょんな事から始まる その一

お待たせしました。


本日の投稿になります。




 痛みを伴う南国特有の強力な陽射しは森の木々の枝と葉によって遮られ心地良い日陰と、さぁっと吹く南からの風が体の中から沸き上がる熱を冷ましてくれる。


 つい先程まで辛い思いをして砂浜の上を駆けていたのに……。阿鼻叫喚の地獄絵図から百八十度好転した景色に荒んだ心と体が癒されていくわね。


 だが、私にとって好環境はあくまでも脇役。


 一番の癒しのお薬は何んと言っても私の背後から届く馨しい香りと小気味良い調理の音なのだろうさ。


 心落ち着く静謐な環境、お腹が空く香りと音がやる気をグングンと漲らせてくれる。


 全く……。私に誂えたような好環境じゃない。これなら幾らでもご飯を食べられそうよ。


 午前中に消耗した体力を回復させなきゃ午後からもたないからね!!


 野営地に置かれた長机に添えられているちょいと座り心地が宜しく無い椅子に一人座り、ジャブジャブと湧き続ける涎を必死に飲み込んでいると。



「はぁ――。お腹空いた――」


「あはは!! ルーさん、お尻にまだ砂が着いていますよ??」


「取り敢えず飯を食って休もう……」


「ユウ、情けないぞ。訓練はまだまだ始まったばかりなのだからな」


「レ――イド様っ。私はレイド様の隣に座りますわね」


「席は自由だからまぁ……。それは良いけど」



 口喧しい連中がゾロゾロと、そしてタラタラと歩いて帰って来た。


 ったく、チンタラ歩いて帰って来ちゃってまぁ。御飯前に見せる姿だとは思えないわよ。もっとシャキっとして歩けや。


 これだからド素人は……。全く以て度し難いわね!! 玄人である私の所作を見習って貰いたいものさ。



「もう席に着いているのかよ」



 私の正面に座った野郎がやれやれといった感じで話す。


 ダサイ訓練着は土と汗で汚れ、若干の傷跡が各所に見受けられる。


 ただ、あれだけ動いたってのにいつも通りの表情を浮かべている事はまだまだ体力が残っている証拠だ。



「当り前じゃない。御飯よ?? 御飯。誰かが食べてなくなったらどうすんのよ」


「なくなる訳ないだろ」



 我が親友が右隣りに座り、私の頭をポンっと叩く。



「杞憂に終わるに越した事はないけどさぁ。それでも無くなっていたら残念でしょ??」


 いつもみたく、眉をクイっと上げて手のお返しをしてあげた。


「飯の事になると誰よりも速く行動するのは構わん。だけど、せめて師匠やフィロさん達に一言二言礼を伝えて行動しろ。それが礼儀ってもんだ」



 こいつは何故いつもこうクソ真面目なのだろう。偶には羽目を外して好きな様に行動すれば良いのに。



「礼儀ねぇ。イスハやエルザード、そして蜘蛛の母ちゃんなら兎も角。ひ弱な娘を喜々とした表情で張り倒す母親にどうして礼を述べなきゃいけないのよ」



「「「ひ弱??」」」



 いつもの面子と鳥姉ちゃんを加えた馬鹿野郎共が口を揃えて人を小馬鹿にした口調でそう話し、剰え首を四十五度傾げやがった。



「おっし。誰から首を折られたい??」



 右拳をぎゅっと握り、左の手の平とパチンっと合わせる。


 おっ、良い音!!



「ユウちゃんからでお願いしま――っす」


「やだ――。あたし、首折られちゃう――」


「あんたは首じゃなくて、ここ!! を捻り潰してやんよ!!」



 有り得ない標高の天辺あたりを右手で叩くと。



「ゥォフッ!?」



 上下左右にたわわぁんと揺れ動きやがった。


 そして、毎度感じるこの手の違和感……。何でゆっくりと触ると柔らかいのに、急に叩くと弾かれるんだろう?? いつまで経っても慣れる気がしない。



「いてぇなぁ。取れたらどうすんだよ」


 両腕で胸を隠す仕草を取るが、いつもみたく隠しきれていない。寧ろ、腕から零れる肉感が淫靡さを増す。


「取れたら私にくっつける!!」



 この姿に変わってからかなりの時間が経つがこれっぽっちも成長する様子が見受けられないのだ。


 大人の私の姿はまぁまぁなお胸だったと思うのだが、この姿の私はその……。まぁ……。人より少々標高が低いので、ユウのアレをちょいと拝借しても罰は当たるまい。



「本当。哀れですわぁ……」



 正面の野郎の左隣。己の右肩を野郎の腕に密着させつつ蜘蛛が鼻に付く言葉を漏らす。


 うぜぇなぁ。お腹が空いている私を怒らせたら洒落にならないわよ??



「あ?? 今、何か言ったか??」


「さぁ。聞き間違いでは御座いませんかぁ」



 どうやらこいつは一発二発、横っ面を叩かないと質問に答えないらしい。


 ちょいと胸倉掴んで張り倒してやろうかしら??


 奥歯をぎゅっと噛み、沸き上がる憤怒によって椅子とお尻ちゃんが離れそうになると同時に母さん達の姿が現れた。


 そして、各々が空いている席に着くとイスハが背後に向かって声を上げる。



「揃っておるな――。モア、メア。食事を頼む」


「は――い!! 分かりましたぁ!!」



 モアの軽快な声が届き、私は憤怒によって轟々と燃える心を瞬時に入れ替えてキチンと座り直した。


 さ、さぁいよいよか。


 恋焦がれ待ち望んだ時が漸く訪れるのだ!!!! 悪鬼羅刹も慄く食欲をお披露目しましょうかね!!



「マイさん、ユウさん。ちょっと退いて下さいね――」



 モアの声が静かに響き、興味本位……。じゃない。ワクワク感を満載した顔で振り返ると。



「す、すごぉい……。聳え立つ山だぁ……」



 巨人が使用するのかと問いたくなる超巨大な御櫃に誂えた様な超絶大盛の白米がどっさりと乗せられていた!!


 わ、わぁぁ!! 素敵ぃ……。これ、全部食べて良いのかしら!?



「おっもい!! モア、もうちょっと持ち上げて!!」


「やっていますよ――。そちらが下がっているのです」



 巨大な御櫃を一人で持つのは既に叶わず、女性二人が脇から支えつつ机の上に置いた。



「「「…………」」」



 ある者はこれを今から食うのかと辟易した瞳へと変貌し。


 ある者はもう既に撤退の二文字を心に決めたのか、白米さんから上半身をググっと遠ざけ。



「あぁ……。何で私は此処に来ちゃったのでしょう……。ピナの言う通り与えられた職務を全うすべきでした……」



 又ある者は見たくも無いのか、きゅっと瞳を閉じて口元でブツクサと何かを唱えていた。


 貧弱な者達が見せる情けない姿勢に反して私は人知れず心の中でぎゅっと拳を握り込む。



 だって、これ全部食べていいのよ!?


 人間一人の体重分の量のお米。これで心が湧き躍らない訳が無いっ!!



「おかずはここに置いておきますね――」


「たっぷりあるからなぁ!!」



 続け様に巨大なお皿の上に乗せられたピチピチで新鮮なお刺身さん達が机の上に置かれ。


 しかもぉ!! 焼いたお魚さんもご一緒じゃあないか!!


 ここが豊かな海に囲まれていて良かった……。海の恵みに対して心の中で感謝を唱えると私の瞳の端っこにちょいと涙が浮かんでしまう。



「おい。どうしたんだよ」


「こ、これを……。全部食べていいかと思うと。う、嬉し過ぎて涙が出ちゃったのよ」



 真正面で微妙な表情を浮かべている野郎にそう言ってやった。



「お主らはそこに置かれた白米並びにおかずを全て平らげろ。全てを食べ終え、その二時間後に午後からの訓練を開始する」


「こ、これを全部食べるんですか……??」



 野郎の隣に座る鳥姉ちゃんが震える声で話す。



「当然じゃ。ここに来たのは体を鍛える為なのじゃよ。午後からの訓練に備え栄養を補給する必要もある。体を強くする為には食わねばならぬのじゃ!!」



 そうよ、良い事言った!!


 イスハの正論に私は大きく頷いてしまった。



「では、箸を持てい!!」



 彼女の声を受け、誰よりも速く御櫃の傍に置いてあるしゃもじを右手に取り己のドンブリを左手に持つ。


 箸を持たないのは一早くあの白く美しい山の欠片をお腹の中に放り込みたいからさっ。


 早く……、早く私に号令を!!



「よし!! 食え!!」


「「「頂きますっ!!!!!!」」」



 号令を受け取ると速攻でドンブリ一杯にお米さんを盛り、取り皿に白身の刺身並びに貝のお刺身と赤みの刺身をどっさりと乗せ。


 ついでにぃ!! 今もホカホカと白い湯気を放つ焼き魚さんを手元に置いた。


 左に馬鹿みたいに米を盛った丼、右に色とりどりの海の幸。


 か、完璧な采配じゃあないか。


 この采配を幾度と無く繰り返せられる事に感謝し、右手に箸を持った。



「い、頂きます……」



 醤油の小瓶を手に取ると刺身の上にちょいと垂らし。


 湧き起こる涎をゴクリと飲み込んだ後、白身の魚を御口さんへ迎えてあげた。



「う、美味過ぎるっ!!!!」



 最初に感じたのは醤油さんの塩気だ。そしてそのすぐ後に白の騎士が黒き森を抜けて私の前に颯爽と登場する。


 奥歯でぎゅっと噛めば弾力のある身が歯を楽しませ、魚の風味が鼻腔へと抜けて海のありがたさを痛感してしまった。


 直ぐ近くにある海にこんな美味しい物が存在するなんて……。父さんが釣りに躍起になるのも頷けるわ。



「うんっ!! この白身の刺身。美味いな!!」



 隣のユウも御満悦な様子で舌鼓を打つ。



「マイも食べたか??」


 モゴモゴと咀嚼をしながらユウがこちらを窺う。


「白の騎士さん?? 食べたわよ!! すっごく美味い!!」


「白の騎士?? あぁ、白身だから白の騎士なのね」


「食べても食べても御飯が減らないなんて、やばいわよねぇ……。この、ふぁむ!! 御米さんがたべふぉうだいなんてぜいふぁくってもんよ」



 刺身と米。


 これはやばい。正しく最強の組み合わせの一つと呼んでも過言では無いだろう。



「だよな。ほれ、見てみろよ」



 見る??


 ユウが顎でくいっと周囲を指すのでそこに視線を送ると。



「確かに美味しい、ですけど……。ちょっと多いですよね」


「えぇ。ですが、完食しない事には解放されませんので頑張って胃に詰め込みましょう!!」



 鳥姉ちゃんとボケナスはまぁまぁの速度で箸を進め。



「アオイちゃん、もっと食べないと怒られちゃうよ??」


「自分なりの速度で食べますのでお気になさらず」



 ルーは御米さんを頬に詰めてモゴモゴと話し。蜘蛛はどうでもいいので無視。



「ほう……。珍しく食が進むな??」


「勿論です。海の幸は好物ですので幾らでも食べられます」



 リューヴとカエデは競う様に箸を進めていた。


 ほうほう!! 良い傾向じゃあないかね!!


 皆一様に箸を進めて体に栄養を送り続けていた。只、もう少し美味そうな表情を浮かべて欲しいのが本音かしらね。


 玄人は作ってくれた人、そして食材になった生物に感謝を述べつつ頂くのだよ。



「美味そうに食べているじゃない」


 温かな食事の景色から小麦色のきゃわいい御顔に視線を戻して話す。


「あたしが言いたいのは、果たしてこの中で何名があの顔を浮かべながら完食出来るかって事さ」



 あぁ、そっち。



「ん――……。私以外にいないんじゃない??」



 雑魚の胃袋をお持ちの貧弱共はいつもひぃひぃと言いながら苦しみ悶えているし。


 私の場合は……。嬉しい苦しさが心と頭に恍惚を与え、大変お美しい花畑の中を夢見心地でお散歩していると言えばいいのか。


 兎に角、沢山食べた後はそれだけの多幸感に包まれているのだ。



「だろうなぁ。だが!! 今日のあたしはいつもと違う気がするんだよね!!」


「ほう。聞きましょう??」


「あれだけ走ったってのに食欲が萎える処か、沸き上がって来るんだよ!!」



 お刺身に醤油をかけて白米の上に乗せ。ががっと!! 男らしくかっこんだ。


 最高にお腹が減る景色を捉えると私の食欲が弾け飛んでしまう。



「負けないわよ!! 量で私に勝とうなんざ、百年早いんだよ!!」



 焼き魚の頭を噛み千切り、しょっぱさと若干の苦さをおかずにして白米を大量に口に含む。


 しょっぱさと御米本来の甘さが口の中で混ざり合うと、食欲様がそれをもっと寄越せと御命令を下す。


 私はそれに疑う余地無く付き従い只管に食に没頭した。



 ま、参ったわね。このままずぅっと食べていられそう。



「皆さぁん、丼でのお代わりは最低でも七杯は召し上がって下さいねぇ――」



 七杯が最低限?? 少な過ぎじゃない??


 私はもう四杯目に突入する所だってのに。


 だが、余裕癪々の私と違い。モアの声が響くと鳥姉ちゃんの端整な顔がくしゃりと歪んだ。



「な、七杯ですか……」


「鳥姉ちゃん、沢山食べるコツを教えてあげるわ」



 米を盛り終え、静かに席に着いて口を開く。



「本当ですか!! 是非教えてください!!」



 うむっ、良い心掛けだ。


 私の声を受け取ると失いかけた光が瞳に戻る。



「いい?? 米はね」


「米は??」



 喜々とした表情で机の上に身を乗り出す。


 だが、乗り出した所為で二つの双丘が強調されるのは許し難い。出来る事ならしまえや。



「噛むのじゃなくて……」


「噛まなくて??」



 ふぅっと息を飲み込み、そして。



「飲むのよ!!」



 右手に持つ箸で米を口の中へかっこみ、たった数度咀嚼した後。ゴクンと飲み込んでやる。


 どうよ?? 完璧な実演だろう??



「参考にしようとした私が馬鹿でした……」



 完璧なお手本を見せたのにも関わらずがっくりと肩を落として席に着きやがった。



「ちょっと!! 実演したってのにその態度は何よ!!」


「だって沢山食べられると思って期待したんですよ!? そ、それなのにぃ!!!!」



「お、落ち着いて下さい、アレクシアさん。アイツの言う事を当てにしてはいけませんよ。御飯は適度に咀嚼、そして味に飽きて来たら違うおかずを口に含んで味を変える。もう限界かと思ったらお茶か水で流し込むのが一番です」



 涙目を浮かべる鳥姉ちゃんに野郎が助言を送る。



 はっ!!


 弱者が女々しい能書きを垂れおって。素人トーシロの意見より、私みたいな玄人の意見を尊重しなさいよね。



「で、ですよね!! やっぱりそっちの方が食べ易いですよ」


 はい?? やっぱりってどういう事??


「よぉ、鳥姉ちゃん。私の意見を捨てるとはどういう了見??」



 箸を止めず、丼越しにギラリと光る目で睨む。



「人には人に合った食べ方があるんですっ!! 私はレイドさんの意見を尊重します!! んっ!! この刺身美味しいですねっ」


「全くです。新鮮な事もあり御飯に良く合いますよ」


「ふふ。御米、お口に付いていますよ??」


「こりゃ失礼」



 ったく。


 和気藹々と食事を進めちゃってまぁ……。そんなんじゃあいつまで経っても胃袋は強くなってくれないわよ。


 弱者は弱者同士戯れていなさい。私は一人高みへと昇り詰めてやるわ。


 ちょっとだけ標高が下がった御櫃の米の山に手を伸ばし、これでもかと盛って席に着く。


 この幸せな繰り返し作業がいつまでも終わりませんようにと天へ願い、そして胃袋がちょっとだけ顔を顰めてきた事に対して喝を入れつつ右手と顎を忙しなく動かし続けた。



お疲れ様でした。


本日は二話の更新となります。現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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