第二百八十一話 流れ続ける汗、苦い砂の味
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
体に蓄えておいた大切な水分が肌から染み出してだっせぇ服を悪戯に濡らす。これ以上水分を絞られたらこの柔らかくて心地良い砂浜に己の骨を埋める事になるだろう。
荒い呼吸が口腔をカピカピに乾かせ、スカっと晴れ渡る空から降り注ぐ太陽のジリジリとした陽射しが悪戯に体力を削る。
干からびて死ぬ寸前の状態はさながら……。アジの干物ってところかしら。
アレ、一度だけ食べた事あるけど結構イケたのよねぇ……。丁度良い塩気がギュっと染み込んだ身、それを火で焙って食べれば舌と心が歓喜する。
まぁ今食べたら舌の水分を奪われて余計に疲れちゃいそうだから遠慮するけどさ。
「師匠……。次で、やっと百回目ですよね……」
私同様体中から大量の汗を流し、それを拭こうともしない野郎が息も絶え絶えにイスハに問う。
「そうじゃよ――。アレクシアが外周から帰って来たら始めるぞ」
「了解しました」
走り難い砂の上を全力疾走して、大人数でたった二本の旗を奪い合う。
普段の状態なら余裕綽々で全員をブチ抜いて旗を奪取出来るのだが、ドスケベ姉ちゃんの横着の所為でまぁまぁな頻度で負ける破目になっている。
最後の最後まで奪えなかったのは指で数える程度しか食らっていないが、それでも優に百を超える数を死ぬ思いで走破したのだ。
幾ら頑丈な私でもさ、流石に疲れたわね……。だが、この長く苦しい稽古も次でやっと終わりだ。
そう考えると幾分か気持ちが楽になるわ。
「カ、カエデちゃん。み、水を降らせて下さい……」
砂の上にちょこんと座り只一点をぼぅっと見つめ続けているカエデに向かい、人の姿のルーが四肢に括りつけられた光の輪を引きずりながら四つん這いの姿勢で向かう。
「――――。どうぞ」
カエデが右手に魔力を籠めると直径一メートル程度の青い光を放つ魔法陣が宙に浮かび、そこから恵みの雨が砂浜へと降り注ぐ。
「ありがと――!! ぷはぁ!! 生き返るぅ!!」
ルーがその下に潜り込むと仰向けの姿勢で水の祝福を受け始めた。
わ、私にも水を……。み、み、水を……。
生命の維持には何よりも先ず食料だと考えている私だが、これ以上水分を失ってしまったのならきっと鳶にアジの干物みたいく美味しく頂かれてしまうだろうさ。
「あ――ん……。ングング……。水も新鮮で美味しい!! カエデちゃん特製のお水は良い味ですよ!!」
あぁ、畜生。体が全然言う事を聞いてくれない。
俯せの姿勢のままでお尻ちゃんをきゅっと上げて、そして太腿の筋力で上半身を押し出す。
「ル、ルー……。ちょっとそこ退いて……」
芋虫も思わずほぉ……っと顎に手を当てて唸るであろう気色悪い体の動きで恵みの水が降り注ぐ祝福された場所へと砂を掻き分けて進む。
「嫌っ。順番待ちしてから入って来て」
は?? 順番??
頭のみを砂浜から起こして良い感じに潤ったルーの反対側を覗くと。
「ルー、あたしも水浴びしたいから退けよ」
「貴様。独占は許さんぞ」
「俺は水だけ飲むよ……」
深緑と灰色と黒、そして。
「はぁ……。生き返りますわぁ……」
見たくも無い白が水の周りに集り、私が入り込む場所が無くなってしまった。
「ちょっとぉ!! 皆邪魔!! 私の所に水が降って来ないじゃん!!」
「砂浜の上に横たわる貴様が悪い」
「そ――そ――。はぁ――!! いっきかえるぅ!!」
あ、あの野郎共……。私がヘッコヘッコと腰を動かして進んでいるのに救いの手を差し伸べない処か自分だけが潤ってやがる。
こういう時こそ温かな友情を見せるのじゃあないのかい??
心にポっと湧いた憤怒が枯れた体に力を与え、我が親友の快活な声を頼りに砂の上を這いつくばって進む。
待っていなさいよ?? 私の体ちゃん。今から新鮮でみずみずしいお水をたぁっぷり与えてあげるからね。
「もう!! 立てばいいんでしょ!! ――――。狭いなぁ……」
そりゃそうだろう。
直径たった一メートル足らずの円の中に四名の女が密集しているのだから。
「アオイちゃん、もうちょっと前に出て」
「あなたが下がったらどうです??」
「下がれないの!!」
「ユウ、済まぬがその常軌を逸した物を密着させないでくれるか??」
「おぉ、悪い悪い」
私という至高の存在を無視して、楽しそうな声で燥いじゃってまぁ。
友人が砂の上で死にそうになっているのよ?? 少し位は気に掛けたらどうなの。
「なぁ、レイドもどうだ?? 気持ち良いぞ――」
「狭そうだから遠慮しておくよ」
「レイド様ぁ。私と共に水浴びしませんこと?? そして、水を含んで潤った果実を召し上がって下さいましっ」
「お腹を壊しそうだから遠慮します」
快活な声と淫靡な声をやんわりと断る野郎の声を受けつつ、八本の足の間へと無理矢理体を捻じ込んでやった。
よ、よぉし。いいぞぉ……。
女体の間から降り注ぐ僅かばかりの恵みの雨が失った体力を回復させ、体に篭っていた熱が引き、枯渇していた気力がグングンと漲って来た。
「あはは!! レイドぉ!! 恥ずかしがらずにおいでよっ!! んぅ?? マイちゃん、そんな所で何しているの??」
お惚け狼が私の背の中央を踏み。
「マイ、邪魔だから向こうへ行ってろ」
強面狼が下腿三頭筋を蹴り飛ばし。
「うおっ。いつの間に……」
デカ乳牛太郎が私の可愛いお尻ちゃんを踏んづけ。
「あら。平ぺったい石かと思いましたわ」
そしてあろうことか、気色悪い蜘蛛が踵で私の脇腹を蹴りやがった。
今のぜってぇわざとだろ。
人の体を滅茶苦茶にしやがって……。しかも!! 詫びの言葉も放たないときたものだ!!
私はお人好しの善人でも無ければ、血を流して窮地から大勢の民を救う救国の英雄でも無い。
そう……。極悪非道の限りを尽くす、最強最悪の龍族の問題児なのよ!!!!
「ふんがぁあああ!! 私、ふっかあぁぁああ―――――っつぅ!!」
「「わぁっ!?!?」」
憤怒と激情を糧に起き上がり、漲る魔力と気力で恵みの雨が降り注ぐ魔法陣の中から女共を吹き飛ばしてやった。
「うっひょ――!! さいっっっっこう!!」
口をあ――んと開けて水をガブガブと飲み込み、体に付着した汗と砂を水で洗い流す。
最終決戦に向けてこれ以上ない手向けだわ!!
「カエデ!! ありがとうね!!」
水で濡れた髪をかき上げ、今も一点を見つめている彼女へ喜びの声を出す。
「――――。いえ」
おう?? 随分と元気が無いわね。
茫然というか、無気力というか……。強いてあの状態を言い表すのなら、浴びる様に酒を飲んで吐きまくった後の状態。かしらね。
きっと走り過ぎて疲れた体が頭の命令を受け付けないのでしょう。
「カエデ、大丈夫か??」
彼女の体の心配をしたのか。
ボケナスがカエデの隣にしゃがみ込み、様子を窺う。
「大丈夫です。少々体力が削られてしまいましたが、小休憩のお陰で回復に至りました」
分かり易い嘘ねぇ。
青白い顔、浅く早い呼吸、茫然自失の視線。
誰がどう見ても限界間近の顔じゃん。
そうなるのも無理は無い。
九十九回の戦いの間、理不尽な狐さんが最下位の者へ非常に愉快な特別指導を施していたのだから。
ある者は人一人を背に乗せて腕立て伏せを。ある者は沖に見える岩礁まで泳ぎ続け。
又ある者は今も外周を走らされている。鳥姉ちゃん、死んでいないかな??
指導者側から見れば楽しい指導、受ける側から見れば地獄の特別指導。
カエデは私達の中でもかなりの回数の特別指導を受けていたのだ。
私達の馬鹿みたいに頑丈な体に比べて虚弱な体では到底達成出来ないかと思いきや……。傍から見てもきつそうな指導でも彼女は歯を食いしばり懸命に耐え抜き、そして見事にやり遂げた。
うんうんっ!! と。感心したのと同時に何があそこまで彼女を駆り立てるのかと考えた。
その原因は恐らく……。というか確実にあの敗戦よね。
限界を迎えても尚辛く苦しい訓練に臨むその気概と姿勢は私も見習うべきかしら??
頑張り屋さんの彼女に改めて尊敬の念を送った。
「無理はするなよ?? 倒れたら元も子もないから」
「えぇ、そうですね……」
「い、いや――!! 午前中だってのにまだまだ暑いな――!!」
ボケナスがそう話すと空に浮かぶ太陽を見上げ。自分の体で熱砂の上に影を作り出してその中へカエデを収めた。
「……」
当然、負けず嫌いな彼女は余計なお世話だとしてその影から出ようとするのだが……。
「く、訓練はまだまだ続くし。俺も頑張らなきゃな!!」
ボケナスがさり気なく生み出した影の中に再び収容されてしまうと、仕方が無い。そんな意味を籠めた笑みを浮かべた。
「ふふ、うん。私は大丈夫だからね」
残る体力で本当に極僅かに口角を上げて彼を見つめる。
「――――。そっか」
そしてその笑みを受けとると、アイツもカエデを労わる柔らかい笑みを浮かべた。
二人の何気ないやり取りが心の中にとっても小さな痛みを生じさせてしまう。
この気持ち……。凄く嫌いだ。
体の中に見えない小さな棘が現れて心をチクチクと傷付けて来る。自分でも制御出来ないから大っ嫌いでクソッタレな感情の一つ。
それから逃れる様に彼女達から視線を外すと、弱々しい足取りで鳥姉ちゃんが西の砂浜から大粒の涙を零しながら戻って来た。
「ぜぇっ、ぜぇっ……。た、た、只今戻りましたぁ……」
道端で倒れている酔っ払いよりも小さな声を吐き、私の目の前でヘナヘナと崩れ落ちて水を浴びる。
「よっ。お疲れさんっ」
労いの声を放ち、アレクシアの肩をポンっと叩いてやった。
「も、もう足が動きません!! 大体!! 私達は飛ぶように体が作られているのです!! 走るのはもうこりごりですよ!!」
「それ、私じゃなくてあっちに言いなさいよ」
砂浜の上で疲弊した私達を満面の笑みで見続ける四名へと指を差す。
「無理です!! マイさんが代わりに言ってくださいよぉ!!」
大きなお目目に、これまた大きな涙を浮かべて心の声を咆哮した。
可愛い顔が水と涙で台無しねぇ。
「それが出来たらとっくにやっているわよ」
私が文句を言おうものなら。
『はい、五月蠅い口は閉じていなさい』 と。
私の頬に激烈な張り手が飛んで来るのさっ。
大体!!
理不尽過ぎるとは思わない!? 意見又は要望を唱えただけで張り倒されるのよ??
無茶苦茶過ぎるでしょうが。
「ですよねぇ……。はぁ――。もうクタクタですぅ……」
そう話すとびちゃびちゃになった砂浜の上に倒れ込んでしまった。
「ほれぇ!! 最後の競争を始めるぞ――!!」
アレクシアの到着を見届けると理不尽狐さんから召集命令が下る。
ちぃっ、もうちょっと休憩していたかったのに。
「カエデ、行こうか」
「えぇ、分かりました」
大馬鹿野郎がカエデの手を取り立たせるとその足で狐さんの下へと進む。
私があんな風になよなよと倒れていたら。果たしてあいつは私に対して手を差し伸べるのだろうか??
まぁ……、手を差し伸べるとは思うのだが自分自身が嫋やかに倒れ込む姿が想像出来ん。
その姿を想像出来ない以上、差し伸べられた手をどう手に取って良いか分かんないや。
取り敢えず予行練習として手を差し伸べる側に回ってみよう。
「おら、行くわよ」
私の足元ではぁはぁと息を荒げる彼女に向かって手を差し伸べてみた。
「あ、ありがとうございます」
「どっこいしょぉ!!」
アレクシアの手を手に取り、一気呵成に砂浜から引っこ抜いてやる。
「きゃあ!! も、もうちょっと優しく引き上げて下さいよ!!」
あら、意外と加減が難しいのね。
情けない姿勢からしゅっと立てたものの、想定外の速さ。又は力の波動に目をパチクリさせていた。
「あはは、悪い悪い。遅れたら罰がありそうだし、さっさと行こう」
「ですよねぇ。初日からこれですもの……。私の体はどうなっちゃうのやら。心配になりません??」
「いいや、気にならないね」
人間ならまだしも、私達魔物体はちょっとやそっとじゃ壊れない仕組みなのよ。
しかも私は九祖。鳥姉ちゃんはえっとぉ……。あぁ、そうだ。古代種ってやつだ。
その血を受け継いでいるのだから自分が考えている以上に頑丈なのさ。
「冷たいなぁ」
「安心しなって。ぶっ倒れたら誰かが介抱してくれるだろうしさ」
「倒れるまで走らされる事が問題なのですよ……」
その為にここに来ているんじゃないのか。
体力がすっからかんになるまで走って。体力を回復させる為に大量の御飯をお腹ちゃんに蓄えるのだ!!
ぐふふ……。
今日のお昼ご飯は何かしらねぇ?? お腹がはち切れるまで食べられるのがこの訓練の良い所よ。
いや、もしやそれこそが今回の訓練の真の目的では??
食いに食って体を大きくすれば否が応でも強くなるしっ。
「さて!! 残す所は後一回じゃ。最後の一回は一発勝負にする!!!!」
イスハが腕を組み、薄っぺらい胸をムンっと張って話す。
「旗も一本にするって訳ね??」
向こう側で蜘蛛の母ちゃんが旗を引っこ抜いたし、恐らくそういう事だろう。
「そうじゃ!! 勝ち抜けは一名のみ!! 残りの七名は自動的に敗者となり特別指導を受けてもらう。覚悟しておけ!!」
はいはい。もうこうなれば自棄だ、足が千切れるまで走ってやんよ。
もう少しだけ付き合って頂戴ね?? 私の可愛いあんよちゃん。
光の輪を括りつけられた両の足を見下ろして最終決戦の開始の位置へと着いた。
「「「…………」」」
まぁ当然、こうなるわよね。
綺麗に並んだ八名の丁度ど真ん中の位置にあの白き旗は位置する。つまり、最短距離を突っ切ろうとして皆が中央に寄る訳だ。
旗との距離を少しでも縮めようと画策した全員が団子状態になってしまった。
「おら、もっと向こうに行けや」
私の右隣り。
不退転の姿勢を決め込んだ野郎の足を蹴りながら言ってやる。
「断る。俺は前回端の位置だったんだ。前回と違う位置で開始するという取り決めだっただろ??」
むぅ……。それはそうなのだが……。
研ぎ澄まされたボケナスの呼吸音が耳を刺激し、男らしく角ばった肘が私の腕にちょこんと当たり、そこからこいつの熱がひしひしと伝わって来る所為なのか。
体がぽうっと熱くなるのだよ。
最終決戦に備えて集中したい所にこの距離感はちょいと不味いのさ。
「ちょっと、カエデちゃん。体くっついているよ??」
「そちらが私の陣地を侵食しているのです」
「ユウ!! 近いですわよ!! 腕が当たっています!!」
「はは――。わりぃね。あたしも負けたくないからさっ」
「アレクシア……。貴様、どういう了見だ」
「リュ、リューヴさんこそもっと右に寄るべきです!!!!」
あれまぁ。
皆さん火花散っていますねぇ……。こりゃ激戦になりそうだ。
「なはは!! 殴り合いは禁止じゃぞ!! よし!! 皆の者、最後の勝負を開始するぞ!!」
理不尽狐さんが軽快な声を上げ、柏手を打つ態勢を取った。
おっしゃあ!! 最終決戦の始まりね!!
有終の美を飾るのに相応しいのは、この最強である私だってのをこの馬鹿者達へ見せしめてやらにゃ。
あんたらは主役を飾る脇役なのよ?? 精々、悔しそうに唇の端を食み。きぃきぃと文句を垂れながらくるしぃぃい罰を受けるがいいさ!!
私の下に七名が跪き、頭を垂れている大変素晴らしい情景を思い描いていると。
「始めいっ!!」
突如として乾いた破裂音が鳴り響いた。
「っ!?!?」
し、しまったぁ!! 私とした事が出遅れてしまったじゃないか!!
余裕ぶっこいてカッコイイ想像に耽っている場合じゃなかったわ!!
「はっは――!! マイぃ!! 出遅れたな!!」
右隣りに居た馬鹿野郎があろうことか私の前を全力疾走で駆けて行く。
「ふ、ふざけんなぁ!! これくらいしてあげなきゃ不公平だからわざと遅れてやったのよ!!」
見たくも無いアイツの背に向かって叫ぶ。
不味い不味い!! 全員が私の数歩前を走っている!!
いつもなら余裕で追い抜けるのだが今回ばかりは洒落にならん!!
このクソおめぇ光の輪の所為で負けちゃう!!
「ぬぉぉぉぉぉおおお――――!! 負けらっれかぁ!!」
全身全霊の力を籠めて砂を蹴り。この後どうなっても構わない勢いで腕を振る。
「やるな!! だが、俺の勝ちだな!!」
やっと馬鹿野郎の横に並んだのは良いが……。
『クスッ。口が悪い貴女には微笑んであげませんっ』
どうやら勝利のクソ女神は私以外に微笑んでいるようだ。
どう考えても私が白旗から一番遠い位置にいるし、しかも!! 他の面々は既に白旗目掛け飛び込もうとしていた。
ま、負ける?? この地上最強の私が??
「わ、私はま、負ける訳にはいかないのよぉぉおお――――ッ!! どぉぉぉぉぉぉおおりゃあああ!!」
敗戦で涙を飲むのはあんたらよ!!!!
ここからでは随分と距離があるけど一か八か、伸るか反るか。
足の筋力が弾け飛んでも構わない勢いで白旗目掛け飛び込んでやった。
お願い!! 指先でもいいから届け!!!!
勝利のクソ……。ごめんね?? 訂正するわ。大変美しい勝利の女神様へと御祈りと謝罪を捧げつつ我が勝利を願った。
「「「……」」」
誰かが私の上に覆いかぶさり、訳の分からん肉の塊がギュウギュウと頭を砂の中に埋め込んで呼吸を阻害。
どこからどう見ても敗戦濃厚な姿だが指先には砂の柔らかさでは無く。確かに硬い感触を捉えていた。
この勝負。ど、どうなった??
砂の苦さが混じった大変硬い固唾をゴックンと飲み込み、顔全部が砂浜に埋もれながら勝利の報告を待った。
「この勝負……。引き分けね」
蜘蛛の母ちゃんから意外な言葉が届く。
何がどうなったか知らんが、引き分けなのか??
「そんな!! あたしが一番早く旗の棒を掴んだ筈!!」
ユウの声が頭上から響く。
って事は、頭の上から覆い被さって来るこの理不尽過ぎる重さの肉の塊はユウの呪物か。
「いいや!! 俺が一番だ!! ほら!! 白旗に近い位置を掴んでいるだろ!?」
私の背中からアホの声が届く。
「私も掴んでいます!! ほら、ほらっ!! ちょこんと摘まんでいるでしょう!?」
この右腕のモニモニした感触は鳥姉ちゃんね。
見た目通りで、でけぇな……。
「私の目は正確無比なのです。皆さんが同時に旗を掴んだ事は事実なので、あしからず」
「ふんっ!! ならば午前の訓練はこれにて終了じゃ!!」
「「やった―――!!!!」」
お惚け狼と、超絶破廉恥な胸を持つ親友の嬉々とした声がキツイ訓練の終了を飾った。
やっと終わったか……。腹が減って死にそうよ。
「リュー!! 早く退いてよ!!」
「喧しい!! 貴様こそ尻が邪魔だ!!」
「あんっ!! レイド様っ……。そこはアオイの弱点ですわよ??」
「知らないよ!! この腕は誰のだ!?」
「私のです。どういう訳か動かせません」
あっつい砂に視界を奪われよう分からんが。私の体の上では七つの体が絡みに絡み合い、しっちゃかめっちゃかになっているようね。
私の背中、或いは頭上から鬱陶しい声が鳴り響き悪戯に憤怒を募らせていく。
ってか、あんたら一体全体誰の体の上で燥いでいると思ってんのよ??
こちとら呼吸困難、且クソ暑くて死にそうなんだけど。
「んっ……!! レイドさん、その手は動かしちゃ駄目です……」
「す、す、すいません!! いってぇ!! 誰だ!? 俺の尻を抓ったのは!?」
「あはは!! カエデちゃんだよ――!!」
「それは嘘ですね。ルーが先程私の股の間から手を伸ばしましたから」
はぁい、もう我慢の限界でぇす。
「さっきふぁら……。ぎゃあぎゃあふぉ――……」
「んぅ?? マイちゃんが一番下かぁ!! ほらほら!! どう!?」
「むぎぃ!!」
お惚け狼の声が響くと同時に背中側からずんずんっと圧迫感の塊が降って来た。
恐らく、体を揺らして私を砂の中へと沈めようとしているのであろう。
抗えない上からの圧力、幾つもの体が重なり合って生まれる猛烈な暑さ、そして呪物による呼吸困難。
幾重にも重なった負の状況が私の怒りに火を点けてしまった。
「ずぁぁぁぁああああ!! いい加減、退けごらああああ――――ッ!!!!」
「「きゃあ!?」」
魔力、筋力、気力。
体に残る力の源を全開放して大馬鹿野郎共を吹き飛ばしてやった。
むはぁっ!! 空気が美味い!!!!
新鮮且塩気をたっぷり含んだ空気を肺一杯に閉じ込めて額の汗を拭った。
「なんて馬鹿力だよ。ユウと肩を並べられるんじゃないのか??」
直ぐ後ろ。
砂の上に大袈裟に座り込んだ野郎が私の顔を見上げつつ呆れた言葉を漏らす。
「お生憎様。力持ちの牛ちゃんはとうに超えたのよ。私が目指すのは……。そう!! てっぺんのみ!!」
この中で一番を誇ろうが世の中は大変広い。
私の想像以上の力を有している猛者共がきっとウヨウヨと存在しているのだ。いつか、そう……。いつか。
こっちのいざこざが片付いたらこいつらと一緒に世界を股にかけて旅するのも悪くは無いわね。
未だ見ぬ強き者と会う……、じゃあ無い!! 未だ味わっていない御馳走を求め旅立つのだ!!
気の合う友人達との冒険は本当に楽しいだろう。つまり、蜘蛛は置いて行くべきね。
アイツを見ているだけで飯が不味くなっちゃうもん。
「ほれ、今から食事休憩じゃ。食い終わって二時間後には北の訓練場で午後からの訓練を始めるぞ――」
「ついでに光の拘束も解いてあげるわ」
待っていましたぁあああ!!
「御飯!!!! いただきまぁっす!!!!」
イスハの声を受け取り、クソ重たい光の拘束が解除されると誰よりも先に野営地へと続く森の道へと駆け出す。
私のお腹ちゃんは大変機嫌が悪い。
さっきからずぅぅぅっと御怒りの声が鳴りっぱなしだし。
ごめんね?? お腹ちゃん。今からあなたがもう勘弁して下さいって許しを請う程の量を送ってあげるからねっ??
頭の中に浮かんでは消える昼御飯の献立が逸る気持ちを増幅させてしまう。
「あ、おい!! 師匠達に礼を述べてから行け!!」
「御飯が待っているからその後でね――――ッ!!!!」
ボケナスの忠告を無視すると猪の突撃を彷彿させる勢いで土を蹴り、私の勢いに慌てふためいてびっくりした顔を浮かべる空気の壁を次々と突破。
優しい影がそこかしこに存在して、大変涼しい森の中を全力疾走で駆け抜けて行った。
お疲れ様でした。
今週末ですが体調不良の為、番外編か本編どちらか一話のみの更新となります。自分でもびっくりする程に体調が優れませんので予めご了承下さい。
読者様達も体調管理には気を付けて下さいね。
それでは皆様、良い週末をお過ごし下さいませ。