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第二百七十七話 疲弊した心と体を癒すのは食事

お疲れ様です。


本日の投稿になります。少々長めの文章となっておりますので予めご了承下さい。




 硬く冷たい大地から漸く解放されると両膝が随分とご満悦な表情を浮かべる。


 そう膝だけは御満悦だが、心と体は長時間に亘る謝意の姿勢によって本当に疲弊しきってしまっていた。


 機嫌の良い両膝とは打って変わり疲れ果てた心はいつ襲来するのか分からぬ冷たい言葉に対し、獰猛な獣に追い詰められた小鹿ちゃんの様に怯え続けている。



「い、いやぁ――。お腹空いたね」



 心の震えが舌に伝わり冒頭からいきなり噛んでしまった。


 誰とも無しに取り繕う言葉を宙に放ち、右隣りで大人しく座る彼女のご機嫌を少しでも取ろうと務めて明るく振る舞う。



「そうですね」



 俺の心と体を脅かす彼女はこちらに視線を送らず、正面奥に薄っすらと見える世話焼き狐さん達の背に視線を送り続けていた。



「モア――。そっちの小皿取って――」


「はぁっ!? それくらい自分で取れよな!!」



 調理台を前にした彼女達が扱う包丁から腹の空く音が奏でられ。鼻腔をそっと刺激する馨しい香りが此方に届くと機嫌の悪い腹を更に怒らせてしまった。



 カエデ、まだちょっと機嫌が悪そうだな……。


 でも返事を貰えるだけでもマシなのかも。本当に怒っていたら返事処か黙って席を移動しそうですもの。



 空腹を誤魔化す為にコップの中のお茶をガブリと飲み込む。


 喉は潤うけど、心はひんやりと乾いたままだ。



 こうなったのも全て己の責任なのが心の冷たさを更に増長させている。


 そりゃそうだろ。友人を見間違えたんだぞ?? 俺がカエデの立場であったのなら憤りを隠し通せる自信は無い。


 寧ろ、一時間程度の慎ましい態度を現すだけで済んで御の字といった所か。


 火の矢で体を穿たれ、青き稲妻で身を焦がされ、冷徹な氷柱が心臓を貫く。


 想像しうる惨たらしい拷問をいとも容易く可能に出来るのですよね、カエデさんは。


 これ以上彼女の感情を刺激せぬ様、飼い主にこっぴどく叱られた犬の様に大人しくしていましょう……。



「おぉ!! 皆の者、揃っておるようじゃのぉ!!」



 恐ろしい処刑方法を頭の中で思い描いていると金色の尻尾が闇を切り裂いて現れ、そして。



「はぁ――、疲れた。何で私が風呂の用意をしなきゃいけないのよ」


「まぁまぁそう言いなさんな。私達が一番風呂に入ればきっと疲れも綺麗さっぱり取れるわよ」


「あなたは水を満たしただけですわ。水を温めたのは私なのですよ??」


「あっそ」



 師匠の背後から軽快な声と共に戦友達が肩を並べてやって来た。



「師匠!! どちらへ向かわれていたのですか??」



 俺達がここへ到着してからというものの。


 エルザードはカエデの空間転移で何処かへと送付され、フォレインさんはたった一言俺達に労いの言葉を放ち闇に紛れて行った。


 そして師匠とフィロさんは待てど暮らせど現れなかったのだ。



 我が師を座ったままで迎えるのは憚れる。


 そう考えると椅子から重い腰を上げて師匠達の到着を出迎えた。



「お主達が予定よりも早く負けたので、儂達が湯の準備をして来たのじゃよ」


 明るい笑みを浮かべて俺の正面の席にぽすんと座る。


「申し訳ありません。態々用意して頂いて……」



 此度の訓練は明日の夕刻までの予定だったろうに。俺達の実力が至らない所為で……。


 沈む気持ちに比例して項垂れるが。



「母さんありがとうね――!!」


「御風呂何処にあるのかな!?」



 陽気な御二方は俺とは正反対の表情で四人を迎えた。



「あのな?? あたし達の為に用意してくれたんだからもうちょっと真面な態度で迎えようか」


 マイの隣に座るユウがぽんっと横着者の頭を叩く。


「いてっ。それはそうと!!!! モア――、メア――!! 御飯まだぁ――!!」



 叩かれたというのに全く動ぜずそれ処か飯の催促まで。


 お願いしますからもうちょっと慎ましい態度を取って下さいよ。



「飯が出来る迄まだ時間は掛る。それまで明日の予定について説明するぞ」


「分かりました」



 師匠の言葉を受け、静かに腰を下ろして静聴の姿勢を取った。



「明朝、日の出と共に南の砂浜に集合じゃ。朝の稽古は砂浜で説明する。それが終了してから朝飯じゃ。朝食後から日が暮れるまで体を鍛える。ここまで何か分からぬ事はあるか??」



 朝の稽古を終え、飯を食ってからはボロボロになるまで体を鍛え抜く。


 これ以上簡単な説明は無いけどな。


 皆も俺と同じ気持ちなのか。各々が無言で肯定を伝えた。



「――――。特に無い様じゃな。今晩は飯を食い、風呂に入り、天幕で寝ろ」


「了承した。ふぅ――……。不甲斐無い結果に終わったが、一日訓練が早まると考えれば良いのか」


 リューヴが腕を組み、大きく頷く。


「リュー、随分前向きな考えだねぇ」



 狼の姿のルーが机の上に顎を乗せ、覇気の無い金色の瞳で彼女を見つめた。



「当然だ。その為にここまで足を運んだのだからな」


「そうは言うけどさぁ。なぁんか嫌な予感しない??」



 嫌な予感ねぇ。


 辛く厳しい訓練を受けに来たのだから億劫になるのはリューヴの考えた通りお門違いだと頷ける。


 でも、普段の訓練とは違い。此度の訓練はフィロさんとフォレインさんもいらっしゃる。それが指し示す事は唯一つ。



 俺達の想像を超える厳しい訓練が待ち構えているのだ。


 ルーの野生的勘がそれを自然と捉えたのだろうさ。



「明日からの訓練、楽しみにしておれっ!! ほれ、湯に向かうぞ」


「汗掻いちゃったし、さっぱりしたいわね」


「相伴致しましょう」



 師匠が真っ先に立ちそれに続く形でフィロさんとフォレインさんが続き、野営地から北東方向へ歩き始めるが……。



「何であんたの後ろに付いて行かなきゃいけないのよ」


 頬杖を付いて決して腰を上げようとしない横着な者も居た。


「まぁまぁ。久しぶりに皆で御風呂に入ろうって言うんだからさ。あなたも付き合いなさいよ」


「はぁ……。仕方が無い。付き合いましょうかね」


「そうこなくっちゃ!!」



 エルザードがフィロさんの誘い手を受け、やっと重い腰を上げて風呂へと続く道へと進んで行った。



「おぉ――……。母さんやるわねぇ」


「あのエルザードを一言二言で立たせるんだ。互いの実力を認めた者同士の会話って奴だよ」



 何気無く交わされた会話だけど、ちょっと憧れてしまったのは内緒です。


 俺の実力じゃあこの喧しい連中を御せる事はまだまだ不可能ですからね。



「お腹空いたぁ!! 早く御飯持って来てよ――!!」


「なぁ、アオイ達はどうやって負けたんだ?? 聞かせてくれよ」


「ユウ、口を閉じなさい。私は負けていませんのよ?? 誰かさんが足を引っ張らなければ上手くいったのですわ」


「はぁ?? よく言うわよ。コソコソ逃げ回っていたくせに」


「あなたこそ餌を求める卑しい豚の如く姿を消したではありませんか」


「誰が腹ペコの可愛い子豚ちゃんだ!!!!」



 おっと、聞き捨てならぬ台詞だぞ。



「マイ。今のアオイの話、本当か??」


 斜向かいに座る彼女へと尋ねた。


「可愛い子豚ちゃんの事??」


 いいえ、違います。


 君の耳は一体どういう作りなのでしょうか?? 時間があれば耳掃除をする際に内部構造を詳しく見てみたいものです。



「姿を消した事についてだよ」


 見当違いな言葉を放つ愚か者へ真なる疑問を問いかけた。


「腹が減っては戦は出来ぬ!! そう考えて御飯を食べようとここへ向かったんだけどね??」



 ふむ、続きをとうぞ。



「実力不足の蜘蛛の事を考えて後ろ髪を引かれる思いで踵を返してやったのよ」


「ほぉ。お前さんにしては上出来じゃないか」



 ユウがよしよしとマイの頭を撫でるが。



「私は子供か!!」


 それを荒々しく手で払った。


「だとしても、仲間とはぐれるのは賢い判断とは思えないな」



 オークの一匹や二匹なら話は別だけど、相手は常軌を逸した傑物なのだ。


 個では叶わぬ。力を合わせ、一つの塊となって向かうべきなのに。



「気の合わない奴と共同戦線張っても真面に機能しないって。それなら個で戦った方が勝率もぐんっと上がる算段って訳。お分かり??」


 いつもの様に片眉をくいっと上げて話す。


「いや、負けてんじゃん」



 足りない頭で考え抜いた作戦に結果が伴っていないのだ。


 ユウが呆れるのも頷けるよ。



「師匠達は今日の訓練を戯れと言っていたけど。多分、連携の訓練も兼ねていたんじゃないのかな?? ほら、普段余り組まない者同士だったし」



 此度の訓練はマイ達が大敗を喫した滅魔に備えたもの。つまり、師匠達は彼女達単騎では奴らに叶わぬと考えているやも知れない。


 それを見越しての序章。


 凡そ考え得るのがこれであろう。



「連携の訓練なら気が合う者同士の方が上達するでしょ。ねぇ?? ユウ」


 マイが彼女の胸をポンっと叩くと。


「へっ?? えっ?? はっ……??」



 毎度の如く叩いた己の手を見つめて驚愕の表情を浮かべた。



「例えば、仲間同士がはぐれた時。若しくは組まざるを得ない状況下に陥った時の為の物と考えればいいんじゃない??」


「流石ですわ。レイド様ぁ……。聡明な考えにアオイは同意致します」


「そりゃどうも。ルー達はどうやって師匠に負けたの??」



 首の肌に矮小な痛みを発生させる蜘蛛のチクチクとした毛を押し退けつつ尋ねた。



「えっとねぇ。私が前に出てカエデちゃんが後方から魔法で援護してくれたんだけど」



 俺がカエデの立場でもそうするかな。


 前衛と後衛、はっきり立場が分かれている者同士だし。



「イスハさんが速過ぎて手に負えなくてさぁ。カエデちゃんのカッコいい魔法で足止めしようとしたんだ」


「カッコいい?? カエデ。どんな魔法を使用したの??」



 隣でクピクピと御上品にお茶を喉に流し込んでいるカエデに聞いてみた。



「連続で火球を放つ魔法です」


「そうそう!! 直撃する角度で進んでいったから私も火球の後に続いて突撃したんだけど……。イスハさんが空中で火球をクルリと躱して、その勢いを生かした攻撃で負けちゃった!!」



 そこの狼さん、嬉しそうに負けを誇らない。



「そしてその後、私に狙いを変えた化け物が向かって来て咄嗟に結界を張ったものの。たった一撃で破壊され、必死の抵抗虚しく鉢巻きを奪取されました」


「化け物って……。カエデさんの結界を一撃で破壊するのは圧巻の一言ですよねぇ」



 アレクシアさんがしみじみと感想を述べる。


 師匠に師事する者としてちょっとだけ誇らしいのは胸に秘めておきましょう。



 己の間合い、つまり超接近戦へと持ち込む為。苦手な遠距離から豪脚を生かして相手との距離を打ち消し、立ち塞がるカエデの防御壁を一撃で砕く。


 刹那に生まれた隙を見逃さずにカエデの鉢巻きを奪取し勝利を手中に収めた。


 ルー達の端的な感想の中にも師匠が燦々と輝く笑みを浮かべて勝利を誇っている姿が目に浮かぶよ。


 あの人程、勝ち誇る笑みが似合う人は居ないだろうし。



「ユウちゃん達はどうやって負けたの??」



 雷狼の金色の瞳がユウを捉える。



「フォレインさんの追走から逃れる為に走り続けていたんだけど、あたしがそれに根負けして一大勝負に打って出たんだ」


「「ふむふむ」」



 ルーとマイがコクコクと頷く。



「リューヴと協力して接近戦に持ち込んだのはいいんだけど。あたし達の攻撃はまるで当たらなくてさ。空気を相手にしているみたいだったよ」


「御母様の実力は常軌を逸していますわ。当てる事さえ至難の技ですので」



 アオイの誇らしい声が右の鼓膜を刺激する。



「あ、でもリューヴが一発当てたよな??」


「あぁ、フォレイン殿の右腕に拳を当てたぞ。ユウの攻撃から生まれた刹那の隙を突いた攻撃であった」



 残念そうに話すけどフォレインさんに防御させた事自体が凄いんじゃないのか??



「リューヴ!! それは嘘ではありませんよね!?」



 アオイの驚嘆の声色がそれを物語っていた。


 俺の右肩に留まったまま漆黒の前足をクワっ!! と仰々しく上げる。



「真実だ。確実に射貫いたと思ったのだがな……」


「ほぉん。ユウ達の負けっぷりは理解出来たけど、あんた達の負けっぷりはどうだったのよ。は、早く御飯出来ねぇかな……」



 えっと。言わなきゃ駄目ですかね??


 調理場の世話焼き狐の二人と長机を囲む友人達。その両方へ向かって忙しなく首を動かしているマイの問いに詰まっていると。



「えっと、ですね。エルザードさんが……」



 俺の代わりにアレクシアさんが答えてくれた。


 代弁して頂いて申し訳ありません。これ以上カエデさんの感情を逆撫でするのは憚れますので。



「うっわ、あんた最低じゃん。だからカエデがむすっとしているのか」



 最低と言われようが、クズと罵られろうが言い訳出来ないのが歯痒い。


 選択を誤った俺が悪いんですけどね。



「もう怒ってはいませんよ。それに、これが私の顔なのです。憤怒を現わしているのではありません」



 それなら声色が怒っているのはどうしてですかね??


 顔色を窺おうにも振り向くには勇気がいります。


 空気に乗って届く静かなる憤怒に再び肩を窄ませていると、軽快な足音と共にお腹が空く嬉しい香りが近付いて来た。



「お待たせしましたぁ――。夕食ですよ――」


「量は少ないけど味は保証するぞ!!」



 モアさんとメアさんが溌剌な声を上げ、俺達が囲む机の上に大きな盆をどんっと置く。



「「「おぉぉぉっ!!!!」」」



 盆の上にはたっぷりの白米が盛られた丼、木の小皿には魚の白身がさいの目切りになりこの素晴らしき食事を更に美しく装飾していた。



 このさいの目切りにされた白身魚……。最高に美味そうだ。


 白身が身に纏う矮小に刻まれた深緑と白の葱が早く食べてくれとこちらの手を誘う。


 それにつられたのか。



「わぁぁぁ……。すごぉい……」


 食いしん坊の龍は彼女達の配膳を待たず、魚の切り身に魅了され木の皿を己の手元へと手繰り寄せた。


「モアさん。これはどうやって食べるのが正解ですかね??」



 配膳を続けている彼女に問うた。



「醤油をたらりと掛けて召し上がるのがお勧めですよ。二杯目は出汁の効いた汁でお茶漬けにするのも最高ですね」



 成程ぉ!! 二杯目はそういう食べ方もあったか!!



「二杯じゃ足りない!! もっと食べたい!!」



 君はもうちょっと慎みを覚えた方が良いと思うよ。


 ここは夜遅くに食事の用意をしてくれた事に対して感謝を籠める場面なのですから。



「悪いね。急に拵えたものだから、丼二杯分しか用意出来なかったんだ」


「そ、っかぁ……。二杯だけ、かぁ……」



 メアさんの発言に分かり易くしゅんっと項垂れてしまった。



「良かったぁ。二杯なら食べられそうです」



 二杯。その言葉を受けてアレクシアさんがホッと胸を撫で下ろすが。



「鳥の女王さんっ?? 安心出来るのは今日までですよ。明日からは阿鼻叫喚の地獄絵図がここで繰り広げられる予定ですから」


「え、えぇ……」



 モアさんが冷たい言葉で温まった肝を速攻で冷却してしまった。



「そうそう!! 胃袋が悲鳴を上げるまで食べさせてやるから安心しな!!」



 メアさん、安心の意味が違います。


 俺達が戦々恐々する中、たった一人の女性は物怖じせず勇猛果敢な声を叫んだ。



「やったぁ!!!! 食べ放題だぁ!!」



 初めてかも知れない。君の胃袋を羨むなんて……。



「よぉし、行き渡ったな?? 明日に備えたぁんと召し上がれ!!」


「「「頂きますっ!!!!」」」



 明日の地獄を想像するより、今は目の前の御馳走で腹を満たしましょう!!


 メアさんの声を皮切りに素晴らしい食事の時間が始まった。



「よし。先ずは醤油を掛けようかな」


 モアさんのお薦めの食事方法に従うべき。そう考えて机の上に置かれている小瓶に手を伸ばす。


「「あっ」」



 お隣の海竜さんも俺と同じ小瓶を取ろうと考えたらしい。


 お互いの手がちょんっと触れ、お互いの手を素早く引っ込めた。



「ごめん。先にどうぞ」


「では、御言葉に甘えて」



 ほっ、良かった。


 怒り心頭状態なら私の手に触れるな!! と。張り手の一発や二発飛んで来てもおかしくないからね。


 彼女の手元に何気なく視線を送る。



 ほぉ……。随分と控え目に醤油を掛けますね。


 木の皿の上に乗っている白身の魚へくるっと円を描きながら醤油を垂らし。そして器用に箸を使って均一になる様に混ぜ合わせる。


 所作もさながら、美しい食事の作法に思わず頷いてしまった。



「何??」


 俺の視線に気付いたのか、箸の動きを止めてこちらを見つめる。


「あ、うん。綺麗に混ぜるなぁって」


「そうかな?? 普通だと思うけど」



 カエデが普通なら向こうは異常かも知れぬ。



「んふふ!! だだっと!! 掛けて――。そして!! グルグルっと混ぜ合わせる!! ほれ、完璧だろ??」


「醤油掛け過ぎじゃね??」


「これ位で良いのよ!! ってか、ユウのは少な過ぎ!! もうちょっと掛けた方が絶対美味いわよ!!」


「だ――!! 止めろ!! あたしはこれ位でいいの!!」



 自分のならまだしも、人様の物にも勝手に自分の配分で醤油をかけるのはどうかと思います。



「はい、どうぞ」


「ありがとう」



 カエデから小瓶を受け取り、早速御楽しみの時間を味わう事にした。


 ふぅむ……。白身魚本来の味を味わうのなら少量。


 塩っ気が欲しいのなら醤油を適量って感じかしらね。二杯目はお茶漬けにする予定だから濃い目にすべきか??



 実に迷う。



「どうしたの??」


 ちっちゃな口に醤油と葱を纏った白身魚を迎えつつカエデが話す。


「醤油の配分を考えているんだ。今日一日しっかり汗を流したから塩分は摂取しておきたい。だけど、魚の味もしっかりと舌で感じたい。この相対的事象に苛まれているんだよ」



 小瓶を机の上に置き腕を組んで唸る。


 傍から見れば大袈裟と言われるかもしれんが、量が少ないから大事にしたいんだよね。



「ふふ。変なの」



 うん!? 笑った!?


 カエデの口から零れた笑みに驚き隣を振り向くと。



「何??」



 口角を僅かばかりに上げ、注意して見ないと分からない笑みを浮かべている彼女が居た。


 良かった、御飯のお陰で機嫌が治ったんだな。


 食事の効果は素晴らしい。人の負の感情を陽性な感情へと変換してしまうのだから。


 これからカエデと喧嘩した時は大好物をさり気無く与えてみよう。



「あ、いや。特に用事はありません」



 ってか、柔らかい笑みを直視していたらこっちが恥ずかしくなってきたよ。


 御上品に咀嚼を続ける彼女から視線を外し、再び醤油の小瓶へと視線を置いた。



「良かったら私が掛けようか?? それじゃいつまで経っても食べられないだろうし」


「お願いします!!」



 俺の声を受け、カエデが小瓶を手に取って美しい白身へと黒き液体を垂らして行く。


 円を一回、二回ささっと描き小瓶の口を平行に戻す。



「これ位かな??」


「結構な御手前で……」



 仰々しく頭を下げ、礼を述べた。


 今の作法、実に見事であった。一切の無駄の無い円を描き白色を損なわない黒の配分。


 もしや、カエデは食の道を究めているやも知れぬ。それ程に完成された垂らし方であった。



「大袈裟だよ」


「かもね。では、頂きます」



 今度は魚の白身と御米さん達に頭を下げ、大きく息を吸い込んで期待を籠めた手で木の皿を持つ。


 ゆっくりと白身と葱そして醤油を味が均一になる様に混ぜ合わせて、白が纏う黒が均一に変化すると口へと運んだ。



「――――。うっま!!」



 舌に先ず感じたのは醤油の塩気。いつまでもこの塩気が舌の上に残るかなぁっと思われたがその後。


 魚本来の味がふわぁっと口の中に優しく広がった。


 さいの目状に細かく切られているが、身本来の感触は損なわずプリっとした弾力のある白身が咀嚼を促して葱の香りがそれに拍車を掛ける。


 塩気の醤油、弾力のある白身、そして葱の風味。


 三位一体となったこれは正に芸術の域に達したと言っても過言ではないだろう。



「美味しいですよね。魚は久々ですからついつい箸が進んでしまいます」



 白身と御米を交互に運びつつカエデが話す。



「魚はカエデの好物の一つだからね。でもこの魚は何だろう??」



 白身である事以外は分かっていない。


 風味から察するに……。



「これは鯵でしょう」


 やっぱりそうか。


「普遍的な魚なのに調理一つでこうも美味しくなる。不思議な物です」


「先人の知恵って奴さ。昔と今じゃ料理もがらっと様変わりしているからね」



 生物は進化すると考えられている様に料理も進化する。


 生物は環境に適合する様に体を変化させるのが定説だ。


 体を大きくしたり、小さくしたり。獲物を捕らえる為に攻撃性を強めるのか、敢えて待ちの戦法を取って攻撃性を隠すのか等々。進化の先は多岐に渡る。


 生き物達が多種多様に進化するのなら料理もそうだ。



 この魚を例にすると……。



 一昔前は只単に焼いて食す。どこかの料理人さんが焼きは飽きたので刺身にして食す。


 そして、それを見た違う料理人さんが葱を加えて食す。それを見た……。


 数珠繋がりじゃないけど。一つの発見と工夫が連鎖して料理は進化していくのだと俺は考えているんだよね。



「様変わりですか」


 急に声が小さくなったね??


「どうしたの??」


 聞き取り易い様に耳を傾けてやる。


「あ、いえ。ほら、例のアレ……。アレは様変わりしているのでしょうかね??」



 アレ、かぁ。


 モアさんが丹精込めて製造?? 制作?? している摩訶不思議な食べ物の事を指していると思うんだけど。


 アレは様変わりと言うか、突然変異じゃないのかな。


 突然変異した物同士を組み合わせ、更なる悪魔を生み出す。その過程でどんな効用が得られるのか。


 俺とカエデの口、若しくは体はその実験台にして利用されているのだろう。


 まぁ……。どういう訳かほぼ俺がその実験台なんですけど……。


 何度かあの劇物を摂取してしまったが今の所何らの異常も見当たらない。つまり!! モアさんはまだまだ改良の余地があるとして、皆の知らぬ所で日々研究に没頭しているのだろう。



「何から様変わりしているのか、気にならない??」



 アレの元は何から生み出されているのか。


 謎は深まるばかりであるのでこっそりとその全容をこの目で確かめたいのは事実だ。



「気にはなりますけど。見たら見たらで、見なきゃ良かったと後悔しそうです」


「だろうねぇ。でもさ、怖い物見たさで見学……。ひぃっ!?」



 カエデと楽しい食事の団欒を続けていたら、俺と彼女の間に例の顔を浮かべたモアさんの顔が音も無くにゅうっと生えて来た。


 突然の出来事に思わず丼を落としてしまいそうだった。


 急には勘弁して下さい、心臓が止まっちまうよ。



「どうぞぉ。お茶漬け用の出汁ですぅ、ここに置いて置きますねぇ……。後、お代わりは如何ですかぁ??」



 器用に手元で包丁をクルクルと回しつつ俺とカエデ。両者の顔を勘ぐりながら交互に見つめる。



「お、お願いします」


 丁度空になった丼を彼女へ渡す。


「カエデさんはどうですかぁ??」


「ま、まだ食べているので」


「ふぅぅん」



 伏目がちのカエデの顔をじぃっと見つめ。



「では、頃合いを見計らって戻って来ますねぇ……」

『何だ。あの話じゃないのか』



 その考えに至った表情を浮かべて去って行ってくれた。



「はぁ、びっくりした。この手の会話は止めようか」


「そうですね。訓練以外で辟易したく無いのが本音ですから……」



 アレを口に出すのは御法度なのだ。


 例え小言でも発しようものなら音を立てずに死神が巨大な鎌を肩に乗せて馳せ参じる。


 そして、問答無用で命乞いをする愚者の命を鎌で刈り取るのさ。


 この手の会話は彼女から数キロ離れた先で交わすべきだな。


 それでも聞き取って颯爽と現れそうですけどね。



「うっまぁぁぁい!! このお茶漬けやっば!!」


「んまっ!! マイ、これ大当たりだぞ!!」



 マイとユウが満面の笑みを浮かべて腹ペコの犬の様な仰々しい所作で丼へとがっついている。


 腹ペコ龍ならその所作は頷けるけど、ユウまでもがあそこまで噛り付く何て。


 こ奴め。


 相当な実力を備えておるようじゃの??



「やばいわねぇ……。これなら百キロは余裕で食べられそうだわ」


「あのなぁ。そこはせめて十キロだろ」


「あはは!! そうだったわね!!!!」



『いや、十キロでもおかしいだろ……』



 龍とミノタウロスの会話に一同総勢で突っ込みの視線を送るが。彼女達はどこ吹く風といった感じで素晴らしい食事に箸を動かし続けていた。



お疲れ様でした。


本日も寒かったですよね……。今週は最強寒波が押し寄せるみたいなので私の霜焼けも更に酷い状況になる事は目に見えていますので少々億劫になってしまいます。


ですが!! 寒さに負けない様に湯船にしっかりと浸かって血行を良くします!!


読者様達もしっかりと体を温めて風邪を引かない様に気を付けて下さいね。



そして、ブックマークをして頂き有難う御座います!!


皆様の温かな応援が本当に身に染みて嬉しいです……。今週も頑張って更新させて頂きますね!!



それでは皆様、お休みなさいませ。


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