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第二百七十六話 反省は目に見える形で

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 体中に残る打撃痕が筋肉の節々を痛め付け熱を帯び、それが歩く度に増して悪戯に体力を削っている。


 口の中に残る砂の味と海の塩気が乾きを増加させ地面の土が残り微かな体力を奪おうとあたしの両足にひしとしがみ付く。


 森の中を只歩く作業がこうも疲労するとは思ってもいなかった。


 これはきっと疲弊感と痛みから生じるものなのだが。その最たる理由はぐうの音も出ない大敗による精神的疲弊であろう。



 リューヴと一緒なら少し位は勝ちの目が出るかなぁ――っと思いきや。全くそれを見出せなかったし。


 酷過ぎる負けっぷりに辟易を通り越して何も考えられず、只々疲労感だけが募っていた。



 勿論?? それを感じるのはあたしだけでは無く。隣で痛みと格闘し続けている強面狼ちゃんも同じ様であった。



「よぉ、リューヴ。体の調子はどう??」


「最悪だ。体の中央、四肢に至るまで体全身が鉛の様に重たい」


「もう少しで野営地だ。そこで休もう」


「あぁ、了承だ」



 互いに労いの声を掛け、今にも倒れてしまいそうな体に発奮を促す。


 そうでもしないと……。今すぐにでも地面に横たわって眠っちまいそうだよ。



「あらあらぁ。大丈夫ですか??」



 あたし達の直ぐ後ろ。


 今も静々と歩いているフォレインさんが声を掛けてくれた。



「えぇ。今の所は足が言う事を聞いてくれますので」



 誰の所為でこうなったと思っているんだ!!!!


 そう言いたいのをぐっと堪え、当たり障りの無い言葉を返す。



 フォレインさんに喧嘩上等と意気込み、意気揚々と向かって行くまでは良かった。


 あたし達の技、力、気合。


 その全てをまるで子供と戯れるが如く容易に抑え付け、跳ね除け、吹き飛ばされた。


 子供のじゃれ合い程度なら怪我を負う事は無いが当然、こっちは大人の体だ。


 そんな風に扱われた日にゃ怪我の一つや二つ負うってもんよ。



 幸か不幸か。



 頑丈があるが故に意識を保ってしまったあたし達はこうして自分の足で寝床へと向かい続けているのだ。


 ボコボコにされるわ。鉢巻きを取られて負けるわ。良い事が一切見当たらない。



 普通さぁ、少し位は加減しない?? ほら、これから本格的な訓練が始まるんだぞ??


 愛しむ心を持ちなさいよとまでは言わないが、せめて慈愛の精神を籠めて優しく叩き潰して欲しかったよ。



「ユウ、見えて来たぞ」


 リューヴの声を受け真っ暗な地面から正面に顔を上げると。



『あはは!! 格好悪いねぇ!!』



 もう一人の狼の陽気な声と柔らかく明るい橙の明かりが見えて来た。



「やっと到着かぁ……。取り敢えず、到着したら何か食べよう。腹ペコで死んじまうよ」


「飯があればの話だがな」



 だろうなぁ。イスハが説明していた夕餉の時間はとうに過ぎているし。


 晩飯は我慢してゆっくり寝て。んで、早起きして馬鹿みたいに飯を食って体を労わってやろう。


 もう少し頑張ってくれよ?? あたしの体ちゃん??


 大変重々しい足取りで野営地の広い空間と森の間にある最後の草の障害物を乗り越え、待ち望んでいた目的地へ遂に生還した。



「ぶっは――!! あ――――!! 疲れたぁ!!!!」



 開口一番で己の想いの丈を叫び、俯いて膝に手を着く。


 普通は半日振りの友人達との再会を祝してただいま!! と、言うべきなのだが今はそんな余裕は無いのさ。



「流石の私も疲れた。兎に角、水を飲もう」


「あぁ、そう……」



 リューヴの声を受けて正面を向くとこの場に相応しくない光景が広がっていた。



 開けた空間の中央にはゴツイ木製の燭台が置かれその上には光の玉が乗っている。


 あれが明かりの正体なのは直ぐに理解出来た。恐らく、エルザードかカエデが灯した物であろう。


 しかし、あたしの言葉を途中で遮った存在はその奥にあった。



「アレクシアちゃん!! どうして背中の訓練着に切り込みを入れたの?? 暑いから??」


「あぁ、これですか?? 我々ハーピー一族の癖、とでも申しましょうか。翼を生やす時に邪魔にならない様にする為ですよ。背中の開いた服があれば良いのですが……」


「へぇ!! そうなんだ!!」


「こらこらぁ。いつまでツンケンしているのよっ」


「先生。私に触れないで下さいっ」



 長い机の周りには既に脱落した者達及び彼女達の追跡者達が談笑を交わしつつ、燭台の光に負けない明るい笑みを放っているのだが……。



「……」



 姿勢正しく椅子に座る藍色の髪の女性の後方には、一人の男性が丁寧に足を折り畳み。まるで雨乞いをする祈祷師の如く茶の地面に額を擦りつけていた。



 は??


 何?? どうしたの??



「お――!! リュー!! ユウちゃん!! お帰り――!!」


 あたし達の姿を見付けた狼の姿のルーがこちらへと元気に駆け寄って来る。


「只今――」


「ははぁん。その姿、フォレインさんに完敗したんだね!!」



 まぁ鉢巻きを巻いていないし?? 海水で服が濡れたままだし?? それは直ぐに察する事が出来ようさ。



「まぁね。所、で。レイドは何でカエデの背中に向かって祈祷しているんだ??」



 長い机に向かいつつ口を開く。



「あ――。アレね。実はさぁ……」



 闇が蔓延る暗き森から机に向かう途中、ルーの口からあぁなった簡単な経緯を聞く。


 ちょいと首を傾げたくなる単語が出て来たが正しい言葉を掻い摘んで理解すると。


 エルザードがカエデに化け。本物のカエデを偽物として看破してしまい、己の決断を戒める為に御祈祷を続けているそうな。



「成程ねぇ。そりゃレイドが悪いわ」


「でしょ!? こっちに到着するなり、ずぅっとあぁやって土下座しているんだっ!!」


「主達がこちらに到着したのはどれ程前だ??」



 ルーと同じく狼の姿になったリューヴが尋ねる。



「えっとぉ。ん――。一時間前位かなぁ??」


「「一時間……」」



 それだけの時間を費やして祈祷しても海竜様の怒りは収まらないのか。一時間も頭を地面に擦り続けているのなら許してあげりゃあいいのに。


 ん――、でも。


 あたしがカエデの立場なら同じ事をするかな??


 だってさ、長い時間共に過ごしている友人を見間違えるんだぞ?? そりゃあ怒り心頭にもなりますわ。


 自分の立場に置き換えた場合。これが建前で、本音は……。


 まぁ、恥ずかしいから己の胸に秘めておこう。



「よう!! レイドぉ!! どうしたんだ!!」


 長机の前に到着すると取り敢えず件の男性へと声を掛けた。


「ユウ、静かにしてくれ。今俺は猛省を目に見える形で表しているんだ」



 地面から普段より数段小さな声量が放たれる。



「ルーから聞いたぞ?? 本物のカエデを偽物だと指摘したんだよな――」



 レイドの頭をポンポンっと叩く。


 おっ、いい音。



「あれは完璧な擬態だった。誰が見たって本物と見間違う筈だ……」


「――――。言い訳ですか??」



 彼のとっても小さな怯える声を見逃さなかった海竜さんの背中からつめたぁい御声が届く。



「い、いいえ!!!! 決してそのような事は!!!!」


「私にはそう聞こえましたよっ」



 声、冷たっ!!!!



 背中越しじゃあどんな顔をしているか分からんし。正面に回ってみるか。


 ちょいと駆け足でカエデの正面に座るアレクシアの隣に腰かけ、カエデの顔を見つめた。



 ――――。


 う、うぉぉ……。見なきゃ良かった。



 いつもの無表情とは打って変わり、その倍の無表情さがカエデの顔に張り付いていた。


 一切の感情は霧散し、目の輝きは消失して只々宙をぼうっと眺めている。


 あたしと目が合うと。



「……」



 正面に置かれているコップのお茶をずずっと仰々しく音を立てて飲む。


 その仕草がまぁより恐ろしく映る事で。



「ユウさん!! お帰りなさい!!」


「おう!! アレクシア達はどうやって負けたんだ??」



 右隣りに可愛らしく座る彼女へ尋ねた。



「えっと……。ん――……。実は、ですね。エルザードさんが」



 そこまで話すと、あたしの正面で机に頬杖を付いているエルザードが口を開いた。



「本物のカエデを選んだら勝たせてあげるって言ったのよ。ね――?? カエデっ」



 此度の事件の張本人が細い指でカエデの横顔を突く。



「……」


 それを邪険に、そして強烈な勢いでカエデの右手が叩き落とした。


「いたっ!! んも――。先生に手を出したら駄目なんだゾ??」


「足なら構いませんか??」



 頓智じゃないんだから……。


 今のカエデなら本当に出しそうだけど。



「それでエルザードを選んで負けたって訳か。そんなにそっくりだったの??」



 レイドはどちらかと言えばあたし達を良く見ている方だ。そんな彼が見間違う程の完成度。


 気にならないと言えば嘘になる。



「もう本当にソックリだったんですよ!! 私でも区別はつきませんでした!! あ、お茶どうぞ」


「そんなに?? おぉ!! 助かるよ!!」



 机の上に置かれている鉄製のやかんを手に持ち、あたしの前に置かれているコップに注いでくれた。



「頂きま――す。んっ……、んっ!! ぷはぁっ!! 生き返った!!」



 並々と注がれたお茶を一気に喉の奥に流し込むと乾いた大地に降り注いだ念願の雨に心と体が一気に潤った。



「もう飲んだのですか??」


「こちとらずぅっと走りっぱなしだったからなぁ。リューヴもお茶飲むか??」



 人の姿へと変わり、あたしの左隣りに座った彼女へと問う。



「頂こうか」


「あいよっ。…………、それで?? カエデの背後で土下座を続けて居る可哀想な男は何で見抜けなかったの??」



 リューヴの前に置かれているコップにお茶を注ぎながらアレクシアに話す。



「見た目は瓜二つ、声も同じ。レイドさん達しか知らない過去を尋ねても、エルザードさんの使い魔の固有能力によってカエデさんの記憶を読み取られてしまい効果はありませんでした」



 お、おいおい。それじゃあどうやって見抜けって言うんだ。



「ユウ、もういいぞ」


「おっとと……」



 危ない。零してしまうところだった。


 溢れ出る一歩手前でやかんの角度を平行に戻して机の上に置いた。



「服装も一緒だったのか??」


 お茶を口に一口含んだリューヴが言う。


「勿論ですよ。あ、そうそう!! 用意周到というか、態々カエデさんの下着を着けて化けていました」


「もう窮屈で苦しかったのよね――。………………、カエデ。危ないから魔法陣しまいなさい」



 エルザードの頭上に浮かんだ深紅の魔法陣へ向けて鬱陶しそうに手を払う。


 きっと窮屈って単語に反応しちゃったんだろうなぁ。



「じゃあさ。遅れて本物のカエデが合流したのなら、お互いの下着を見比べれば速攻で看破出来るだろう??」



 荷物の中の下着と、本日着用している下着。


 これ以上無い証拠だし。



「それが――。エルザードさんがやんちゃをして、カエデさんの下着を全部取っちゃったんです。目が眩む光を放出させて怯んだ隙に、って奴ですね」


「ほぉん。カエデ、今下着付けていないの??」



 二杯目のお茶を注ぎながら今もつめたぁい顔の彼女に聞く。



「着けています」



 そっか。もうそろそろ、その顔やめね??


 すんげぇ怖いんだけど。



「ほくろの位置、そして肉付きの良い胸に白い肌。これで外見から見抜く事は叶わなくなった訳です」


「そりゃ災難だったな」



 カエデ、レイド共にという意味だけどね。


 触り心地で判断する――!! とか言いかねない野郎も居るが。奴さんは妙に真面目だし、紳士的且外見で判断したのならまぁ致し方ないって感じかなぁ??



「どうも」


 アレクシアの肉付きの良い胸という単語によって僅かばかりに目に輝きが戻った顔で答えた。


「ねぇ――。アレクシアちゃん――」



 机の端っこに前足を掛けたお惚け狼の顔がにゅっと出て来る。



「はい?? どうされました??」


「顔とか瓜二つでも、匂いまでは誤魔化せないでしょ?? それは試さなかったの??」


「「「……」」」



 その手があったかぁ!!!!


 机の周りに居る人物全員が、合点が行った顔を浮かべた。



「成程ぉ!! それは試していませんでしたね!!」


「えへへ。賢いでしょ!!」


「レイドさぁん!! 今なら名誉挽回の絶好の機会ですよ!! 目を瞑ったままカエデさんとエルザードさんの匂いを嗅いで判別すればいいんです!!!!」



 何を的外れな事を言っているんだい?? ハーピーの女王さん。


 案の定。



「出来ません!!!!」


 憤りを籠めたレイドの声が見えない場所から飛んで来た。


「私は良いわよ――?? ほら、召し上がれっ」



 あたし達に色っぽい背中を見せ、レイドに対して前屈みになって己が体臭を平らげてみせよという体勢を取るが。



「結構です!!!!」



 速攻で拒絶の声が上がった。


 匂いで判別ねぇ。



「そう言えばさぁ――。酔っ払って帰って来た時、あたし達の匂いを嗅ぎ回っていたけど。レイドって匂いについて何か特別に思う事がある訳――??」



 あたしの胸の合間の匂いを嗅いできたし。


 なんとなぁくそんな気がするんだよね。



「ある訳ないだろ!! 後、ユウ!! 要らぬ事を言うな!!」


「ははっ。悪いね」



 違うんだ。


 匂いが好きって人結構居ると思うんだけど……。あの時、あたしの匂いを優しい匂いと言ってくれた。


 これは誰にも言えないあたしだけの秘密ですけども。酔っ払った状態で言ってくれたとは言え、実は物凄く嬉しかったんだよね……。



 あの時の光景を思い出して僅かに上昇してしまった顔の熱を冷まそうと三杯目のお茶に手を出すと、淫魔の女王様から恐ろしい御声が発せられた。



「レイド、ちょっといい??」


「何??」


「今さぁ――。カエデ達の匂いを嗅いだって聞いたんだけど……。それ本気で言っている??」



 あれ?? 知らなかったんだ。



「酔っ払って意識が無かったから何とも言えないけど。数々の証言から判断すると……。残念ながらそれは事実になるだろうな」


「ず……」



 ず??



「ずるいっ!! 何でそんな美味しい状況を誰も教えてくれなかったのよぉ!!!!」


 あ、そういう事。


 例え知っていたとしても誰もエルザードには教えないだろうさ。


 何でかって?? それは女の子の秘密なのです。


「近いって!! 大体!! 俺は酩酊状態だったから記憶も無いし、自分がどうしてその行動に至ったのかも理解出来ていないの!!」


「――――。また言い訳ですか??」


「ははぁっ…………。申し訳ありませんでした。カエデ様」



 ここからでは見えないけど。


 恐らくカエデの一言によって。ぱっと上げた顔を再び地面に擦り付けたのだろう。



「まっ、ついでだし。私の匂いも嗅いでおく??」


 ニコニコと満面な笑みで寄せた乳を揺らす。


「結構です!!」



 そうそう。男だったらはっきり断るべきだよなぁ。


 そういう所は好感が持てるよ。


 だが、これで止まるのなら狐の女王様とも喧嘩をする必要が無い。



「はぁい。強制的に嗅がせまぁ――すっ」


「お止めな……。ん゛――――ッ!!」



 エルザードが明るい笑みを浮かべたまま机の下へと飛び込んで行ってしまった。


 さてさて、どんな姿になっている事やら。


 冷たい御茶を飲んでちょっとだけ復活した重たい体に鞭を打ち、向こう正面へ向かうと。



「あはっ!! ねぇねぇ!! どぉ?? 私の匂い……」



 たわわに実った果実にレイドの頭を挟み込み、長い足で奴さんの体を固定。


 彼の頭を抱き抱える形で宣言通り己が匂いをこれでもかと嗅がせていた。



「やめふぇ!! はなれふぇ!!」


「やんっ!! もぉ――。先端は弱いのよ……??」


「知らないふぉ!!」



 さぁ……ってと。


 狂暴な龍と最強の狐さんが居ない今、これを止めるのはあたしの役目ってか??



「ほ――。レイド――。何か楽しそうだなぁ??」



 出来るだけ声を低くして話す。


 マイの奴はドスが効いた声だけど、あたしのは上手く出来たかな。



「んぐ!? ユウ!? ちょっとふぁって!! 直ぐ離れるふぁら!!」


 おっ!! 上手く出来た!!


 レイドの慄き具合がその答えだ。


「早くしろよ――。じゃないと、お前さんの体。地面から垂直に伸びて育つ人参みたいになっちまうぞ――」


「地面に突き刺さないでふださい!!!!」



 ふんっ、何だよ。嬉しそうに嫌がって……。


 あたしの時は酒の力に頼らないと潜りたくないのか??


 男勝りの性格だけど、こちとらちゃんと女の子の心を持っているんだ。嫌な光景をいつまでも見ていたく無いっつ――の。



「エルザード!! ふぁなれろ!!」


「じゃあ匂いの感想を聞かせてくれたら離れてあげるっ」


「本当ふぁだ!?」


「女に二言は無いわよ――」



 抵抗する姿勢を諦め、代わりに何かを決意した間が訪れる。



「……」


 そして、何かを肺に閉じ込めた後。肉の谷間から顔を覗かせた。


「ぷはっ」


「ふふ。どうだった?? 私の匂い……」



 厭らしい顔だなぁ……。


 どうやったらあんな風に淫靡な顔を浮かべられるのだろう?? 今まで培った経験なのか、それとも顔そのものが良いからか。


 まぁ恐らく後者だろう。


 レイドの頭を一撫でして温かい眼差しで答えを待つ。



「え、えっと……。若干の汗臭さはありましたけど、甘くて女性らしい香りでした??」


 はい、地面に植え付け決定。


「でしょう?? これが大人の香り……、よ」



 何を考えたのか。


 淫靡な女王様は目をきゅっと瞑り、淫靡に潤った唇を近付けるではありませんか。



「ちょ、ちょっと!? 話が違うぞ!!」


「だ――めっ。ちゅってしてくれたら解放してあげるっ」


「無理です!! 出来ません!!!!」


「んふふっ。いただきま――す」



 もう直ぐ互いの唇が接着する、そう思われた刹那。


 エルザードとレイドが淫らに絡み合う地上に眩い光を放つ魔法陣が浮かび上がり、横着な女王だけが姿を消失した。


 はい?? 何が起こった??



「全く……。どうして全力で抵抗しないのですか??」


 カエデがレイドに背を向けたまま小さく言葉を漏らす。


 あぁ、カエデの空間転移か。それで色ボケ淫魔を遠くへ送った訳ね。


「し、しました!! ですが、何んと言いますか……。力が湧いて来ないというのか。抵抗力を削ぎ落すというべきか」



 だらしない姿から再びキチンと膝を折り曲げ大御所さんへと話す。



「ユウ」



 カエデが冷たい声のままあたしの名を呼んだ。それが指し示す事はたった一つ!!



「おっしゃ。レイド、一丁埋まるかっ」



 肩をグルリと回し、首の関節の音を仰々しく鳴らして今から発生する衝撃を仄めかしてやる。


 大体さぁエルザードばかりずるいんだよ。あたしだってレイドと……。そのぉ、まぁアレだ。


 あそこまでやりたいとは思わんけど、せめて手の一つや二つ繋ぎたいと思う訳。


 こっちの気持ちも知らずイチャイチャキャアキャアと騒ぎやがって!!



「か、勘弁して下さいっ!! 海よりも深く後悔していますからぁ!!」



 あたしとカエデ、二人に向かって頭を地面に擦り付ける。


 おぉっ。これ、結構ワクワクするな!!


 何んと言うか……。そう!! 嗜虐心をそそるって奴!!



「あ――ん?? 聞こえませんよぉ――??」


 レイドの頭の前でちょこんとしゃがみ込み指先でトントンっと頭を突く。


「俺に非がある事は認める!! だから埋めないで下さい!!」


「ふぅむ……。だってさ?? カエデ」


「ふぅ――。明日からの訓練にも影響を及ぼす恐れもありますので、今日はここまでしてあげますよ」



「本当か!?」



 ぱぁっと明るい声を上げるが。



「私は今、今日は。と言ったのです。あなたの罪状は消えた訳ではありません。執行猶予付きの釈放です」


「は、はひ」



 こわぁい裁判長のお許しを頂き、目の端っこに浮かぶ涙を指でそっと拭った。


 何で最後噛んだ??



「大変だったな??」


 共に立ち上がりレイドの肩をぽんっと叩いてやる。


「正直、普通に戦った方がマシだよ。肉体的な痛みより精神的な疲弊がここまで苦しいとは……」


「ははっ。でもまぁ一応許して貰えたんだし?? 前向きに行こうや」


「そ、そうだな。一応、だよね……」



 あたしからカエデの方へ視線を送り。


 今だ冷め止まぬ海竜の逆鱗に固唾を飲み込んだ。



 カエデの背中ばっかり見てんじゃん。


 こっちを見ろって。


 等と、絶対口に出しては言えない言葉を必死に飲み込み続けていると北の方角から足音が聞こえて来た。


 おっ、マイ達かな?? 足音の方角に視線を向けると。



「「……」」



 二名のうら若き女性達が口を真一文字にして閉ざし、二人の間にぽっかりと空いた距離を保ちつつ歩き来る。


 白く美しい髪を携えた女性の訓練着は少々汚れが目立つ程度であったが、もう一名の深紅の髪を携えている女性の訓練着は悲惨なものであった。



 半袖の訓練着の肩口は破れ、上下共に土塗れ。


 可愛い御顔は殴られ続けた所為か。


 若干腫れぼったい感じに膨れ上がり、服の裂け目から覗く肌には擦り傷や痛々しい打撃痕が見受けられた。



「うぅっ……。グスッ……」



 半べそかいて鼻水をグスっと啜り、口を閉ざしてトボトボと歩くマイの情けない様子はあたし達の口から陽性な声を引っ張り出すのにはうってつけの表情であった。



「あはははは!! マイちゃんどうしたの!? おっきな猪に撥ねられたの!?」


「ふっ。猿も木から落ちるという奴か??」


「ぎゃはは!! マイ――!! 泣きたいのなら泣けよ!! ほら、あたしが慰めてやるから!!」



 これだけ煽ったんだ。きっと目くじらを立てて怒りを表す筈。


 しかし、どういう訳か狂暴な龍はあたしが想像した行動とは真逆の行動に至った。



「ユ、ユウ。ユウぅぅぅううう――――!! 会いたかったよぉおおお――!!」

「うぶっ!?」



 ずんぐりむっくり太った雀とほぼ同じ体型の小さな龍の姿に変わり、鼻水と涙を垂れ流しながらあたしの顔へと飛び込んで来やがった。



「もうアイツと一緒に行動するのは御免よ!! それに、それにぃ!!」



 鼻水とこれは涙、なのか??


 兎に角、出何処が分からぬ温かい液体が噴出し。頬擦りしながらあたしの顔に塗りたくってきやがる。



「レイド様ぁぁああああ――!! お会いとう御座いましたぁああ――!!」

「んぐっ!?」



 アオイが黒き甲殻を身に纏った蜘蛛の姿に変わりレイドの顔に八つの足を器用に動かして張り付く。



「折角勝利への糸を手繰り寄せたのに!! あの低能な猿の所為で負けてしまいましたわぁ!! それとレイド様に半日も会えない寂しさが私の心を疲弊させ……」



 うわぁ。こっちはまだマシだな。


 向こうはチクチクする毛を顔中に押し付けられているし。


 正体不明の液体が顔を蹂躙する前に外してやるか。



「マイ。汚ねぇ」

「アオイ。痛い」



 ほぼ二人同時に顔に張り付いている物体を取り除き、新鮮な空気を取り込んで声を上げた。



「汚くないわ!! 崇高な種族から溢れ出る聖水だぞ!!!!」

「まぁ!! 久方ぶりの妻との再開に水を差すというのですか!?」



 この二人。滅茶苦茶仲が悪いけどこういう所は似ているよな。


 え――っと……。なんだっけ?? 似た者同士を嫌う言葉。


 ん――。あ、そうだ。


 同族嫌悪だ。


 龍と蜘蛛は相容れぬ存在であるのはきっとその所為なのだろう。


 あたしはギャアギャアと五月蠅く騒ぐ龍の翼を摘まみ横へプラプラと揺れ動かし、レイドは八つの足をわちゃわちゃと動かす蜘蛛のお腹を摘まんで顔を顰めている。


 似た姿にどことなく陽性な感情が生まれ、そしてレイドと顔が合うと。



『お互い大変だな??』



 そんな意味を含めた視線を交わした。



 あっれ?? 今、ひょっとして視線だけで理解し合っちゃった!?


 へへ、ちょっと元気でたな。



「おらぁ!! 視線で言葉を交わすな!!」

「いてっ」


 龍のちっちゃな御手手があたしの顎を跳ね上げ。


「レイド様!? あんな馬鹿げた胸をぶら下げた卑猥な女性に色目を使ってはいけません!!」

「いでっ」



 蜘蛛の前足がレイドの鼻を突いた。


 そしていつものゴタゴタが始まり五月蠅さに顔を顰めつつも。



『しょうがねぇなぁ』



 そんな感じで目の前の小動物の声に耳を傾け続けていた。


 この姿もレイドと一緒じゃん。


 何だろう……。


 粘度の高い唾を吐き出しながら汚い言葉を放つ親友には悪いけど、彼と同じ立ち位置に居る事が妙に心地良い。


 あたしもレイドも同じ苦労をする。


 意図せず発生した共同作業に心を温め、それを悟られまいとして狂暴龍からきたねぇ唾の攻撃を受け続けていた。



お疲れ様でした。


多忙な一週間が終わり少々ホっとした所為か。ついにあの症状を罹患してしまいました……。


そう……。霜焼けです!!!!


左足の中指の腹側がジリジリとした疼痛を帯びており、歩く度にちょいと痛むのです。


湯船に浸かって丁寧にマッサージをして血行を促進させて治そうと考えている次第であります。今週は物凄く寒くなる予報ですので読者様達も健康管理と霜焼けには気を付けて下さいね??


お前さんに言われなくても十二分に気を付けるわ、と。光る画面越しに辛辣な御言葉を頂きましたのでプロット執筆に戻ります。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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