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第二百七十三話 月白の追跡者

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 真っ赤な太陽が最後の別れを惜しむ様に紺碧の海の彼方へ静かに沈み行く。


 一日の終わりに相応しい光景にほっと胸を撫で下ろして、柔らかな布団の上で何も考えずに眠りに就きたいのだが……。


 あたし達にはまだまだそれは許されないし、追われている状況を考えるとこの凄い綺麗な景色は不釣り合いにも見える。


 枯れた大地に細々と生える枯れた草、どんよりと曇った鉛色の雲からは稲光が放たれ轟音が大地を揺らす。


 化け物に追われる状況はそんな悪天候、若しくは心が沈む光景が良く似合うと思うんだよね。



「な、なぁ。ちょっと休憩しよう」


 前方を軽快に走り続けるリューヴの背に話し掛けた。


「分かった」



 あたしの言葉に賛成してくれたのか。


 元気な狼さんが久方ぶりに足を止めて流れ落ちる汗を手の甲で拭った。


 はぁ――……。やっと休憩かよ。


 綺麗な砂浜の上にずんっと腰を下ろし、荒い呼吸のまま空を仰ぎ見る。



 おぉ、もう星があんなに輝いているよ。


 黒と青がせめぎ合っている空には目立ちたがりの無数の星達が私に向かって手を振っていた。


 それはまるで。



『よぉ!! お疲れさん!!』



 っと労ってくれている様にも見えた。


 ありがとさんよ。


 出来れば労いの言葉より少々の水を頂けたら嬉しいんだけどね。まっ、無い物強請りはしないさ。


 星達のはにかんだ笑みに見下ろされながら疲労を籠めた本当に重たい吐息を黄昏の空へ送り届けてやった。



 ったく……。リューヴは元気過ぎるって。


 昼飯を頂いた後、強面狼は何を思ったのか。



『ユウ、走るぞ』



 大変短く分かり易い言葉を述べた後、お前さんは待ちに待った散歩に出掛けたばかりの犬かよと突っ込みたく速度で砂浜を駆け始めた。


 背後から迫り来る殺気から逃れる為だとその時は考え、一つ返事で了承を伝えたのだが……。


 今思い返せばあの時の己の判断を憎んでしまう。


 元気な太陽さんが真上に居る頃から大欠伸を放つ今に至るまで、強面狼さんは足を止める事無く駆け続けたのだから。



 当然!! 同じ組であるあたしにもそれを遂行する使命が課せられる訳であって?? ひぃこらひぃこら苦しい息を漏らしながら付き合っていたのだ。



 それももう限界だよ。



 砂に足を取られ続けて足の筋力は痛々しい悲鳴を上げ、照り付ける太陽が体内の水分を奪い尽くし口の中はカラカラ。


 胃袋の中もすっからかんなので体力の回復は望めない。疲労困憊を通り越してもう煮るなり焼くなりどうぞお好きにしてって感じだ。



「ふっ……。ふっ……」



 あたしはこんな状態だって言うのに。


 リューヴは軽快に伸脚を始め、ついでにと言わんばかりに屈伸を続けていた。


 元気過ぎるのも大概にしろって。



 白い砂浜の上にばったりと大の字で倒れ新鮮な空気を食事代わりに大きく吸い込んでやった。



「はぁ――!! つっかれた!!」



 泣き言の一つや二つでも言わなきゃやってられん。



「そうか」



 仰々しく叫ぶ私に対し、リューヴはたった一言ポツリと漏らすだけ。


 もうちょっと労えって。



「なぁ――。リューヴは疲れていないの――??」



 コロンっと寝返りを打ち、夕日を真面に受ける彼女を視界に捉えて話す。



「当然疲弊しているぞ?? だが、強くなる為の鍛錬だと思えば自然と力が湧いて来るのだ」


 左様でございますか。どこぞの馬鹿真面目な男と似た考えで結構ですね――っと。


「ふぅ……。美しい夕日だな」



 柔軟運動を終えると何やら嬉しそうに目を細めて沈み行く太陽を見つめていた。



 灰色の髪に朱の光が反射して煌びやかに輝き、汗で輝く白い肌が更にそれを美しく装飾する。


 いいよなぁ、リューヴは。綺麗な肌色で。それに対してあたしときたら……。


 ふと己の体に視線を送る。



 父親譲りのちょいと焼けた地肌、リューヴ程四肢が長い訳でも無くどちからかと言えば標準以下かも知れない。


 おまけに腕も太けりゃ胸もデカイ。


 太っている訳じゃないけど全体的にがっしりとそしてムチムチした体型なんだよねぇ。


 あたしもリューヴみたいに整った体付きに生まれたかったよ。



「ん?? どうした??」


 こちらの視線に気が付いたのか。


 ゆるりとした歩調で歩み寄り声を掛けてくれる。


「良い体してんなぁ――って思って眺めてた」



 心に想うそのままの言葉を掛けてやる、すると。



「ば、馬鹿な事を言うな!!」



 あっちの太陽より真っ赤な顔で恥ずかしがっちゃった。


 うっひょ、照れた顔可愛いねぇ。



「そ、それを言うのなら。ユウの体こそ素晴らしい肉体ではないか」


「ほう。聞きましょう??」



 恥ずかしがり屋の狼さんに言えるかな――??



「常軌を逸した力は私の一つの目標だ。それに、背も高くて……。そして、その……。た、端整な顔立ちで羨ましいと思う、ぞ」



 あれま、振り返っちゃった。


 そんなに恥ずかしいのなら無理して言わなくてもいいのに。


 でも。



「ありがとね。元気出たぞ!!」



 こうして友人から褒められるのは良い気分だ。


 例えお世辞だとしても素直に心地良いね。



「ふんっ!! 休憩はお終いか??」


「あぁ、そろそろ暗くなるし。寝床を……」



 あたしのお尻にしがみ付いた砂を払いつつ立ち上がると。



「「ッ!?!?」」



 ひんやりと冷たい死神の鉄の鎌があたし達の首根っこに掛けられてしまった。



「ま、またかよ!!」


 もう勘弁してくれ!! 小休憩したらすぅぐこれだもん!!


「くそう!! 追いつかれてしまう!! ユウ!! 走るぞ!!」



 リューヴが駆け出そうとするが、あたしはその場から動こうとしなかった。


 もう……、もう走るのは御免だ!!


 何より逃げっぱなしってのがあたしの性分に合わん!!



「リューヴ!! あたしに付き合え!!」



 こうなりゃ自棄だ!! 潔く花と散ってやる!!


 あたし一人なら勝率は限り無く零に近いが、リューヴとの共同戦線なら零を十に出来るかもしれない。


 あたしはそこに賭けるぞ!!



「付き合う??」


 リューヴが足を止めて此方に振り返る。


「おうよ!! もう逃げるのは止めだ!! 一発派手にぶちかまそう!!」



 右手で熱き拳を作り彼女へと向けると。



「ふっ、そうだな。逃げるばかりでは飽きてしまうからな」



 リューヴがあたしの心意気に応え、右の拳をトンっと合わせてくれた。


 いいねぇ。そう来なくっちゃ!!!!



 首を左右に傾け、肩をグルリと回しその時に備えた運動を続けていると。正面の暗い森の中から一人の美しい女性が現れた。



「……」



 背に流れる白妙の髪を揺らし物静かに歩く様はまるで地上に降り立った白き妖精。


 嫋やかに着こなす薄手の着物に誂えた様な女性らしい体付きに背筋がゾクっとする艶のある瞳。


 アオイの体も色っぽいけど、フォレインさんはその一枚上手だな。


 女のあたしでもすんげぇ色っぽいって思っちゃうもん。



「おやおや。もう鬼ごっこは止めですか??」



 透き通る声を放ちつつ一切の足音を立てずに向かって来た。


 あたし達の世界の理から外れた存在とこれから対峙するんだ。そこに居る筈なのに居ない様に見える彼女の視線に捉われると心に臆病風がふっと駆け抜けて行く。


 ほ、本当に死神に見えて来たぞ……。おっかねぇ足捌きだ。



「そうですよ!! ここで決着を付けます!! そうだよな!? リューヴ!!」


「あぁ!! その鉢巻き、奪ってみせる!!」


「まぁまぁ……。それはそれは……。簡単そうに仰っていますけど、見た目以上に難しいですわよ?? 私から物を奪うのは」



 彼女が話終えると同時。



「「っ!?」」



 フォレインさんの後方の木々で羽を休めていた鳥達が一斉に飛び発った。



「いぃっ!?」



 そりゃそうだろう。今日一番の殺気が放たれたのだから。


 目の前に突如として巨大な蜘蛛が出現し、肉食である事を理解させる獰猛な二本の牙があたし達を捕食しようと蠢き。


 漆黒の複眼は決して獲物を見逃すまいとしてこちらを捉え続けていた。



「リューヴ。誘っといてなんだけど……。やっぱおっかねぇや」



 あんなの無理……。絶対無理っ!!


 真正面から向かって行ったら食われちまうって!!



「ふっ。物怖じか??」


「あんな化け物あてがわられたら誰だって物怖じするだろ」


「化け物……。くすんっ。私、傷つき易いのですよ?? もう少し丸く仰って頂きたいですわ……」



 着物の袖で口元を覆う仕草がまぁわざとらしい事で。


 あぁいう所はアオイに似ているな。



「えぇい!! 女は当たって砕けろだ!! リューヴ!!!! 力を解放しろっ!!」



 体の奥に残る最後の力を振り絞って魔力を最大解放。空気をそして大地を震動させてやった。


 こけおどしでも何でもいい!! ありったけの力を見せつけ、少しでも怯んでくれたら儲けものだろ!!



「了承した!! はぁぁああっ!!」



 彼女の体から黒き稲妻が迸り、肩口から雷鳴が轟き周囲へと拡散。当然近くに居るあたしにもそれがちょいと届く訳だ。



「いててっ。ちょっと、近い」


「あぁ、済まぬ」



 ピリピリするねぇ、その稲妻。


 あたしが文句を言うと一歩距離を置いてくれた。


 悪いねっ。



「素晴らしい力ですわ。私達があなた達の年頃の頃にはそこまでの力を発現していませんでしたわよ??」


「褒めてくれているんですか??」


「まぁ、でも。数年でその倍の高みへと昇りましたけど」



 褒めてくれたんじゃないんだ。


 でも悪い気はしないね。



「さぁ……。行くぞ!! ユウ!! 先手は貰う!!」


「あっ!! おい!!」



 リューヴが滾る力に身を任せて愚直な突進を開始した。


 少しは協調性をみせろい!! 化け物相手に単独行動は御法度だって!!



「あらあらぁ。私は狐さんと違って徒手格闘は苦手ですのよ」



 大地の砂を蹴り飛ばして急加速。


 地を這う鼠の姿勢と見紛う低い姿勢の突進にフォレインさんが目をきゅっと見開く。



「はぁぁぁ!! ずぁっ!!」



 瞬き一つの間に彼女の懐に侵入し、左足を軸にした右上段蹴りを放つ。


 速さ、角度、そして力。


 三者全てあたしの中では文句なしの合格点を叩き出す攻撃だった。



「はいっ。及第点の攻撃ですわね」



 思わず唸ってしまう攻撃だが。


 空気を切り裂き襲い来るリューヴの裂脚を彼女はまるで赤子の手を捻る様に見切り、上体を逸らして容易く回避してしまう。


 あれは……。


 目を見張る素早さで回避したのじゃなくてリューヴの攻撃の流れ。そして筋肉の動きを全て見切って行動しているな。


 流石母娘というべきか、アオイと似たような戦闘技術だ。



「まだだ!!!!」



 フォレインさんの体の前を虚しく通過した右足を地面に着けると軸足に転化。


 大空を舞う鷹の飛翔速度を優に超え、繋ぎ目の見えない連続の上段蹴りがフォレインさんの端整な顔を捉えた。



 おぉ!! 当たるぞ!!


 フォレインさんの顔に直撃する!! そう考えた刹那。



「クスッ。良い攻撃ですね」

「ぐぅっ!!」



 腹の奥に響く力の波動が突如として発生するとリューヴの丸っこい尻がこちらに向かって飛んで来た。



 は?? 何?? 今の力は……。



「ぐぉぉおお――ッ!!!!」

「どぶぐっ!?」



 尻の直撃を受けたあたしの体は面白い跳ね方で後方へ吹き飛び、海面の上を一度だけポ――ンっと跳ねて停止した。



「――――。ぶはっ!! しょっぱぁぁああああ!!」



 口一杯に広がる塩気の強い液体を吐き出して海面へと浮上する。


 一体、何がどうなったんだ??


 周囲の様子を窺うと。



「大丈夫ですか――??」



 柔らかい笑みを浮かべているフォレインさんが正面奥の砂浜に立っていた。


 あれまっ、こんな所まで吹き飛んだのか。


 腰まで浸かった海面を見下ろし、正面の砂浜と見比べると……。


 大体十メートルってとこかな。



「――――。ふぅ……」



 何やらブクブクと気泡が浮かんているなと思っていたら。綺麗な灰色の髪が海水でびちゃびちゃになってしまったリューヴが浮かんで来た。



「よぉ。怪我は??」


「ばい……」



 口元まで海に浸かって居るので多少聞き取り辛かったが……。


 その様子なら大丈夫でしょう。


 ってか、意気揚々と向かって行ったものの。ド派手にやられ過ぎて恥ずかしいの??



「多分、だけどさ。胴体に掌底を当てられたろ??」



 リューヴの体と重なって見えなかったけど、体の体勢と腕の角度から想定出来るのはその攻撃だと思うんだよね。


 そして、常軌を逸した力の鼓動は恐らく付与魔法の類だ。


 あんな一瞬で馬鹿げた力を解放して、更にそれを寸分違わずリューヴの土手腹に命中させる。


 たった数秒間の間に力の差をまざまざと見せつけられた気分さ。



「ぞうだ」


「ふぅん。なぁ??」


「だんだ??」



 翡翠の瞳が恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見る。



「真っ向から向かって行ったものの。派手に吹き飛ばされて恥ずかしいのは分かるんだけどさ……。やられっぱなしは良くないよな??」



 にっと口角を上げ、おずおずとこちらを見上げる翡翠に問う。



「――。勿論だ!! 今度は二人で掛かるぞ!!」



 立ち直り早っ!!


 拳をぎゅっと握り、まるで先程の失態は無かったかの如く立ち上がった。



「お、おう。今度はあたしが前に出ようか??」


「頼む!! 後方から襲い掛かるから注意を引き付けろ!!」


「了――解。日が沈むまでにケリを付けようや」



 後方で最後の別れを告げている太陽を指して話す。



「早く海から出ないと風邪を引きますよ――」


「大丈夫で――す!! 二人共馬鹿だから風邪は引きませんので――!!」



 ニッコリ笑みを浮かべあたし達に向かってひらひらと手を振るフォレインさんに答えてやった。



「誰が馬鹿だ!! 私とルーを一緒にするな!!」


「違うって。馬鹿みたいに頑丈って意味だよ」



 まぁ、本当は本当の馬鹿って意味だけどさ。



「それなら……。まぁ……」



 ははっ、ルーと一緒でリューヴも結構ちょろいな。


 水の抵抗を受けて動き難い体を引っ提げ、雷狼と共に化け物が待つ砂浜へと進む。



 よっしゃあ!! 一発ぶちかまそう!!


 あの余裕綽々の顔をギャフンと歪めさせてやるんだ!! ずぶ濡れ同士の二人の力を合わせれば何んとなかる!!



「さぁ、仕切り直しと行きましょうか??」


「勿論です!! リューヴ!! あたしに合わせろ!!」


「了承した!!!!」


「「はぁぁああああ――――ッ!!!!」」



 後方から太陽の力強い声援を受けつつ、あたし達は今持てる力を最大解放して見上げるのも億劫になる程の恐ろしく巨大な絶壁へと勇猛果敢に向かって行った。




お疲れ様でした。


現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで暫くお待ち下さいませ。

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