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第二百七十二話 卑劣な追跡者

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 地平線の彼方へ赤き日が落ちようとする夕闇の刻。


 肌に感じていたうだるような暑さは幾分か和らぎ、それ代わって闇夜に踏み入る前段階である冷涼な一陣の風が体の中を抜けて行った。



 半袖だとちょっと冷えるな……。訓練着の長袖を持って来れば良かったかも。


 両手で肌を擦る程では無い冷たさなのでここは我慢の一択だな。下手に動くとこちらの動きを察知されちまうし。



「夕方になるとちょっと冷えますね」


 頑丈な木の幹に背を預けるアレクシアさんが風に揺れる髪を抑えて話す。


「上着持って来れば良かったですね」


「でも、耐えられない程じゃないですから助かります」



 彼女の浮かべる笑みに一つ頷き、夕日が差し込む森の中へ視線を送り警戒心を強めた。



 昼食を終えると憤るハーピーの女王様に手を引かれて南の浜へ抜けそのまま東へ。心地良い砂の上、仲良く手を繋いだまま暫く散歩に興じた後に北へと転進した。



 森の中に身を顰めてから早数時間が経過。


 いつまでも出現しないエルザードに気が逸ってしまっていた。


 来るなら早く現れてくれよ。こっちは気持ちを固めて待ち構えているっていうのに。



「レイドさん。見張りの番、代わりましょうか??」


「大丈夫ですよ。そこまで疲れていませんので」



 柔らかい声色で問う彼女に倣い、こちらも温かな感情を籠めて返事を返す。


 疲労は全く感じない。だが強いて言うのであれば、ユウの魔法が直撃した箇所に若干の重みを感じる程度だな。


 重みを感じる程度で済んでいる事に感謝すべきなのか……。それとも直撃を許してしまった事を不運だと嘆くのか。


 いずれにせよ、大事に至らなかったのが不幸中の幸いといった所でしょうね。



「無理しないで下さいね??」


「有難うございます。所で……。先程感知した魔力はカエデ達ですよね??」



 今から三十分程前、西の方角から腹の奥にずんっと響く三つの強力な魔力の波動を感じた。



 相手を確実に倒す。



 カエデ達の決意にも似た力が迸り地面と空気を伝わって来たのだ。その熱い想いが俺の気持ちを逸らせているのかもね。



「間違いなくそうですよ、あの力は間違えようがないです。つまり……。カエデさん達の追跡者、イスハさんと戦いを開始した……」



 そこまで話すと苦い顔を浮かべて言葉を区切る。



 戦闘を開始したのはいいが、その後全く力が伝わって来ないのだ。


 勝利を手にしたのか、敗北を喫したのか……。


 それすらも分からずにいる。



「様子を確かめに行きますか??」


 不変的な森の様子を眺めるのも飽きて来たし。アレクシアさんの提案に賛成するのも一考だが。


「下手に移動すると発見されてしまう恐れがありますからね。ここで待機しましょう」



 俺達を追うのは神出鬼没の淫魔の女王様だ。


 不必要な移動は避けるべき。そう判断して彼女の提案を丁寧に断った。



「分かりました」


「「…………」」



 アレクシアさんが返事を返してくれると再び静寂が周囲を包む。



 深い森のずっと向こうから温かな陽射しを送ってくれる西日、鳥達は澄んだ歌声を奏で本日の寝床へ就こうと空の上を羽ばたいて行く。


 こういう状況下で無ければ、本当に良い環境の中で世間話に華を咲かせるのも悪くないんだけど。状況が状況なだけに沈黙を貫く事についつい専念してしまう。



「そう言えば。食事中は驚いてしまいましたね」



 そんな状況に痺れを切らしたのか。


 アレクシアさんが少々大袈裟な明るい声で会話を切り出した。



「食事中??」


「ほ、ほらっ。ユウさんの件ですよ」


「え、えぇ。突然過ぎて、驚きが後から襲い掛かって来た感じですね」



 ユウの横着な行為に対し、速攻で首を捻ってしまったので首の筋が捻じ切れるかと思ったよ。



「ちょっと伺いたいんですけど。あぁいう事を普段しているんですか??」


「勝手気ままに暴れるのは日常茶飯事ですけど。流石にアレは……」



 彼女達は当たり前だが天幕の中で着替えを済ましているので、男である自分が着替えの場面に出会うのは滅多に無い。


 まぁ、覗こうと画策したら深紅の龍と藍色の海竜から手痛い仕打ちが襲い掛かって来ますのでそれは不可能に近いのです。



「それを聞けて安心しました。男性の前で躊躇なく着替えているのかと考えていましたので」


「それだと俺は人畜無害の男性と捉えられていますね」



 俺も男の端くれ。


 女性の下着姿を見て、欲情が湧かないと言えば嘘になる。


 だが。例えその姿を捉えたとしても、頭と心が美しい姿に反応する前に顔が捩じり飛び。硬い地面と抱擁を交わしてしまうのだ。


 あの狂暴龍は俺の粗相を絶対見逃さないよな。



「真摯的で良いじゃないですか。好感を持っちゃいますよ」



 好感、ねぇ。


 男女の仲としての好感とは別物、つまり友人として抱く感情だろうなぁ。


 ちょいと残念な思いを胸に抱いて随分と暗くなった森の中を見つめていると、視界が捉えられる限度。


 本当に遠い位置の草が微かに揺れた。



 風、か??



「レイドさん。今、聞こえました??」



 草が揺れる音を彼女も捉えたのか。


 すっと立ち上がり、俺と肩を並べて同じ方向を注視した。



「はい。警戒を強めましょう」



 こちらに向かって徐々に接近して来る頼りない足音に対して最大限の警戒を放つ。


 そして足音の正体が目と鼻の先に位置する蔦を揺らして俺達の前にその姿を現した。



「カエデ!?」

「カエデさん!?」



 もう何度見たのか数えるのも億劫になる端整な顔と紺碧の海を彷彿させる藍色の髪は土で汚れ、素晴らしい機能を持つ訓練着も所々破れ、白磁も羨む肌には裂傷が目立つ。



「レイド……。アレクシアさん……。ここに居たんだ」



 か細い声を出すと、緊張の糸が切れたのかその場でペタンと座り込んでしまう。



「どうしたんだ!? 怪我しているじゃないか!!」



 瞬時に警戒を解き、負傷している彼女に寄り添った。



「イスハさんと対峙していまして。懸命に戦闘を継続させましたが……」


「喋らないで下さい!! レイドさん、こちらへ運んで下さい!!」


「分かった!!」



 カエデの細い体を抱え、木の根元へと横たわらせ様子を窺う。



「はぁ……。はぁっ……」



 荒い呼吸、消耗した体力。


 たかが数十分の戦闘程度でカエデをここまでにするなんて……。


 流石師匠と言うべきか、将又やり過ぎだと呆れるべきか。



「カエデさん、怪我は軽傷ですよ!! 落ち着くまでここで休んでいて下さいね!!」


「ありがとう……」



 見た目は酷いが怪我の状態は軽傷だな。


 しかし、訓練着の破れた箇所の柔肌をじっくりと観察していると……。ふと妙な点に気が付く。


 周知の通り師匠は打撃戦を得意とする。



 常軌を逸した苛烈な拳が襲い掛かり、その攻撃を腕で防げば肉が苦い顔を浮かべ、腹筋に受ければ酸っぱい何かが顔を覗かせようとする。


 そして攻撃を受けた跡には必ずと言っていい程酷い痣が残るのだ。


 だが……。


 彼女にはその傷跡が見られない。



『アレクシアさん、ちょっと』


 怪我の容体を心配し続ける彼女に小声で耳打ちをしてカエデから距離を取った。


「何ですか??」


「……」



 静かに。


 そんな意味を籠めて人差し指を口に当て、今よりももっと声を小さくして一つの依頼を願った。



『頼みがあります。カエデの訓練着を捲って、そうですね。腹筋を見てくれませんか??』


『腹筋??』



 どうして??


 そんな感じで首を傾げた。



『エルザードは他人の姿に化ける事も出来ます。怪我の容体を確認する為と言って怪我の跡を見て欲しいのです。師匠の打撃痕が見当たらないのでちょっと不思議だなぁっと考えているのですよ』



 俺がそう話すと。


 あぁ、成程!! そんな感じで大きく頷いてくれた。



「分かりました。――――。カエデさん、怪我の容体を確認しますね」


 木の根元へ戻り彼女の服を優しく捲る。


 そしてその数秒後。



「……っ」



 こちらに対して、首を横に振った。



「レイドさん。痣、ありましたよ」


 小走りで戻って来ると小声で話す。


「大きさは?? それと内出血を伴う程度ですか?? 青黒いのか、赤いのか。どんな感じです??」



 俺達を追跡する淫魔の女王様は卓越した魔法を変幻自在に操る。

 

 誰かの姿に化けるのは朝飯前であり、それを見抜く為には不必要であると思しき量の確認作業が丁度良い位なのです。

 

 矢継ぎ早に質問を続けると。



「イスハさんの攻撃の威力はレイドさんが一番詳しいんですから、御自分で確かめて下さいっ」



 ツンっとそっぽを向いてしまった。



「いや、ですから。女性の……、その……。肌をじっくりと観察するのは良くないと思うんですよ。それにカエデは今負傷していますので。弱みに付け込むというか」


「カエデさんなら許してくれますよ。ほら、パパっと観察して来て下さい!!」



 それなら、まぁ……。仕方が無いか。


 恥ずかしさを誤魔化す為、ガシガシと後頭部を掻きつつ弱い呼吸を続けている彼女の下へと到着した。



「カエデ。怪我の容体を確認するぞ」


「う……ん?? 怪我??」



 重い瞼を上げてこちらを見上げる。


 呼吸するのも辛そうだ。



「あぁ、ちょっと失礼しますね……」



 キチンと膝を折り畳み、服の端を丁寧に摘み、そして恐る恐る腹部を露出させた。


 思わず触れてしまいそうになる透き通った肌には見慣れた形と大きさの拳の跡がくっきりと刻まれ、我が師の拳の威力をまざまざと物語っていた。



 ふぅむ。くっきりと青黒い痣が残っていますなぁ。


 師匠……。いくら訓練だとは言え、手加減無用で打つのはどうかと思います。


 体が頑丈な龍に対しては何の遠慮はいりませんけど、俺達の中で一番装甲が薄い彼女にはもう少し手心を加えるべきかと。



「うんっ!! 寝ていれば治る!!」



 敢えて明るい声を放ち、訓練着を完全に元の位置へと戻してから立ち上がった。



「ふふ。私はマイ達の様に頑丈ではありませんよ??」


「そうだったな」


 お互いに笑みを浮かべて小さく吐息を漏らす。


「ね?? 痛そうですよね??」



 俺の肩を指でツンっと突きながらアレクシアさんが話す。



「あぁ。どうやら、師匠は手加減をしなかったらしいな」


「えぇ……。ルーと共同戦線を張って立ち向かいましたが。見事玉砕してしまいました」


「そうなんですか。所でルーさんは??」


 アレクシアさんがキョロキョロと周囲の様子を窺う。


「怪我が酷かったので現地へ置いて私だけでここへ来ました」


「――――――――。そっか。怪我が良くなるまで休んでいるといいさ」


 微かな笑みを浮かべて地面の上で静かに横たわるカエデから距離を取った。






























 …………。



 不味い不味い不味い!!!!


 アレクシアさん!!!! 緊急事態ですよ!!


 カエデの一言を受け、背中に嫌な汗が一気に噴き出してしまった。



 感情を出来るだけ現わさない様に返事を返したが果たしてうまく隠せただろうか??


 額に浮かぶ冷たい汗を拭い、肩をぐるりと回転。静かに足首、そして手首を入念に解し始めた。



 くそっ!!


 頼むから、間違いであってくれるなよ!?


 深くゆっくりと空気を吸い込み、五月蠅く鳴り続ける心臓を宥めると決意を固め。



 俺と『アレクシアさん』 はほぼ同時にカエデ擬きの鉢巻きに向かって急襲を仕掛けた。



 流石です!! 良くぞ見抜いてくれましたね!!


 後少しで鉢巻きが指に掛かる。そう思った刹那。




「――――。ちっ。勘が良いわね」


「「っ!?」」



 カエデ擬きから強烈な魔力が放出され、俺とアレクシアさんは後方へと吹き飛ばされてしまった。



「いてて……。大丈夫ですか??」


 受け身を取り、速攻で体勢を整えて話す。


「大丈夫です!!」


「話を合わせていないのに、良く気が付きましたね??」


「はいっ!! カエデさんは絶対あんな事言いませんからね!!」



 そう。



『負傷したルーを置いて来た』



 この言葉を聞いて、疑念から確信に至ったのだ。


 何だかんだ文句を言いつつもカエデは負傷したお間抜けさんを置いては行かない。


 必ず怪我を癒し、敵地から仲間を救出する。仲間をそして友人を労わる温かい心の持ち主なのだ。


 これを見抜けないようじゃあ、友人とは呼べませんねぇ。



「どう――?? レイドぉ。良く化けているでしょう??」



 先程までの弱々しさは何処へ。


 軽快に立ち上がるとカエデの顔のままで何やら厭らしい手付きで己の体に手を這わす。



「ほぉぉら、この完璧な再現具合。見事じゃない??」


「声、肉付き、仕草。その全てが本人とほぼ同じだよ」



「「――――。肉付きぃ??」」



 女性二人から辛辣な視線が突き刺さる。



「そういう意味じゃありません!! 筋肉の事ですっ!!」


「あぁ、そういう事。私以外にそんな視線向けたら酷い仕打ちするからね??」


「そうですよ!! カエデさんばかり見たら卑怯です!!」



 アレクシアさん、何が卑怯なのですかね??



「んふふ。さぁって、どっちから食べちゃおうかなぁ――」



 にぃっと淫靡に口角を上げて俺達を交互に品定めする。



「エルザード、頼むからそろそろ元の姿に戻ってくれ」


「え?? どうして?? この姿結構気に入っているんだけど……」



 カエデの声と顔でエルザードの口調が聞こえて来るとどうも気が入らないというか。


 頭が物凄く混乱してしまうのです。



「私もカエデさんの姿のままだと戦い難いです」


「ふぅん、そうなんだ。じゃあ、はいっ。ど――ぞっ」



 偶に見せてくれるカエデの明るい笑みを浮かべると、こ奴は何を考えたのか。


 訓練着を大胆に捲り、藍色の下着を堂々とこちらへ向かって披露するではありませんか!!!!



「ぶふっ!?」



 見てはいけないと体が咄嗟に判断し、地面に転がる何の変哲も無い小石に視線を向けた。



「ば、馬鹿じゃないのか!?」


「あ――!! それ、カエデさんの下着じゃないですか!!」



 何故それを知っているのです??



「そうそう。こっちに来る前に荷物の中から借りて来ちゃったっ。私が使う下着よりも小さいから着替えに戸惑っちゃってさ――」



 畜生!! 相手を見ずに戦えるのだろうか……。


 卑怯な戦法を取りおって!!



「アレクシアさん、お願いがあります。エルザードの服を下ろして下さい」


「あのままじゃ戦えませんからねぇ。おぉっ!! 胸の膨らみ具合も完璧じゃないですか!!」


「あはっ。気が付いた?? ここが一番苦労したのよぉ。私より数段小さいからさぁ、表現の具合が難しくてねぇ……」



 お願いします。


 早く何んとかして下さいよ。



「柔らかさ、張り、艶。カエデさんと全く一緒ですねぇ……」


「身長や筋肉量の構成は直ぐに出来たけど。肌の表現が一番難しかったのよ??」



 徐々に夜の匂いが近付く森の中でやいのやいのと女性談義を交わしていると、空気を震わせる恐ろしき声が鳴り響いた。



「――――。先生……。何をしているのですか??」



 この独特の怒った口調と耳が好んで聞こうとする声色……。


 もしや!?



「カエデ!? 本物のカエデか!?」



 俺達の直ぐ後ろ。


 本家本物の大御所が怒りで細かく肩を震わせながら登場した。



「何やら不穏な空気を察知して。こちらの様子を窺いに来たと思ったら……」


「やっほ――。下着、借りちゃった!!」


「そういう事を聞いているのではないのです!!!! 後、レイド!! 絶対前を向いてはいけませんからね!!」


「は、はい……」



 俯く角度を増して、視線を地面の更にその下。


 モグラさんが気持ち良くうたた寝をしている地中へ向かって下ろし続けた。



「カエデさん!! 無事だったんですね!!」


「えぇ。綺麗に、見事に、ぐうの音も出ない敗北を喫しました」



 偽物のカエデと違い、こちらのカエデには鉢巻が巻かれていない。それが指し示す事実は怒り心頭の彼女が話す通りなのだろう。



「もう負けたのですか!?」


「もう??」


「あ。ご、ごめんなさい……。そ、そのルーさんは何処へ??」


「ルーは喧嘩に負けた犬の様にピスピスと情けない鼻息を垂らして野営地へと戻って行きましたっ」



 大御所の冷たい声に怯んだアレクシアさんが俺の背へと隠れる。


 酷い仕打ちを受けたく無ければ今は怒らせない方が賢明ですよ。



「や――い、クソ狐に負けてやんの――。ぷぷっ。私の生徒失格じゃあないの――??」



 そっちも挑発しない。



「私は負けていません!! ルーがあの時、前に出なければ勝利を掴めたのです!!」


「言い訳ぇ?? ほらぁ、優しい先生が癒してあげるからこっちに来なさいっ」


「下着を外さないで!! お、お、怒りますよ!!」



 今、外しているんだ。


 まぁ、死にたくないので見ませんけども……。



「こっちに来ないとぉ。ぜぇんぶ、出しちゃうゾ」


「本気で怒りますからね!!」


「わぁ……。そこも全く同じですねぇ」


「アレクシアさんも余計な事を言わないで!! レイド!! 振り向いたら絶交しますから!!」



 はい、仰せのままに。


 俺は無言で頷き、乱痴気騒ぎが収まるまで不動の姿勢を貫いた。


 いつかマウルさんが仰っていたエルザードの渾名。『混沌』 今ほどしっくり感じた事なないかな。



「下着!! 返して!!」


「や――よ。ほぉらっ、取って御覧なさい??」


「動かない!!」


「んふっ。隙ありぃ――」


「きゃああ――!?!? せ、先生!! 止めて下さい!!!!」



 おや?? どうされました??


 本物のカエデらしき悲鳴が上がると何やらドタバタと喧噪が鳴り響き。剰え眩い光が背の方向から放たれた。



「え、え――――ッ!?!?」


 そしてその光量が収まると同時にアレクシアさんの驚愕の声が静かな森に響き渡った。


「え、えぇっと……。レイドさん。振り返って良いですよ??」


「本当に大丈夫ですか??」


「はい。大丈夫、です」



 アレクシアさんの言葉を受けて振り返るとそこには……。



「「……」」



 全く見分けが付かない二人のカエデが立っていた。



「先生。冗談はいい加減にして下さい」


「そちらこそ嘘を付かないで下さい」



 いやいやいやいや……。勘弁してよ。


 二人のカエデが同じ表情で怒りを表して同じ口調で己を叱る。



「ど、どうしましょう。カエデさんが二人に増えちゃいました」


「さっきの光は目くらましですか」



 恐らく、アレクシアさんの視界を奪いどちらが本物か見抜かれない様にしたのだろう。


 しかも親切丁寧に両方のカエデの額には白の鉢巻きが括り付けられているし!!!!



「正解です。眩し過ぎて目を瞑っちゃいました」


「さっきの下着で判断すればいいじゃないですか」



 俺がそう話すと。



「「絶対止めて下さい!!」」



 二人のカエデに叱られてしまった。



「何で??」



 エルザードが盗んだ色の下着で判断すれば直ぐに判明するのに。



「「アレクシアさん、ちょっと……」」



 二人のカエデが彼女に手招きをする。



「あ、はい」



 そして何の警戒を抱かずに二人のカエデの下へと歩むハーピーの女王様。


 もう少々警戒心を抱いて欲しいです。片方は敵ですからね??


 二人のカエデが俺に見られない様に服の襟口を大きく開く。


 それを覗き込んだアレクシアさんは。



「あ、あぁ!! はいはい!! 二人共下着を着けていませんね!!」


 空に浮かぶ太陽も嫉妬する程の明るい笑みで残酷な事実を告げてしまった。


 ちくしょう!! エルザードめぇ!!


「アレクシアさん!! そのまま二人の体を見比べて下さい!!」



 俺が出来る事といえば提案くらいであろう。


 うら若き女性の裸体を覗く訳にもいかん。



「了解しましたぁ!! では、右側のカエデさん。ちょいと失礼しますねぇ……」



 嬉しそうな笑みを浮かべて服の中を覗き。



「ふむふむ……。成程ぉ。では、左側のカエデさんも失礼しますねぇ」



 大袈裟に納得した後、もう一人のカエデの体を判定する。


 頼むぞぉ……。上手くいってくれ。



 二人のカエデを見比べ、アレクシアさんがこちらを向く。


 そして。



「駄目で――す!! 二人共、まるっきり同じです――!!」



 両手で大袈裟にバツ印を描き、外見からの判定は困難だと知らせてくれた。



「そ、そんな!! さっきの痣は!?」


「消えています――」


「ほくろ、とか。ほら!! 怪我の跡とかも!!」


「全く同じ傷跡がついています!! ほくろの位置も一緒です!! そして、胸のふくら……。きゃあ!?」



 彼女がそこまで話すと、二人のカエデから同時に右の拳が放たれた。


 良く避けましたね?? 死角からの攻撃でしたよ??



「あ、危ないじゃないですか!!」


「「余計な事を言うからです」」



 外見から看破しようとしても訓練着の破れ具合や髪に付着した土の汚れ等々。外見的特徴に差異は見られず、着用していた下着は外され。果ては口癖に何気ない仕草も全く同じ……。


 参った、降参だ。


 淫魔の女王様の策略にどっぷりと嵌り早くも撤退の二文字を考えてしまう。



 畜生!! 何で素直に戦わせてくれないんだよ!!


 二人のカエデと、アレクシアさんの妙に明るい会話が響く中一人で頭を抱える。


 こうなったら二人の鉢巻きを奪ってやろうか?? だが、間違えた隙にこちらの鉢巻きを奪取されてしまう恐れもあるし。



「う――ん……。お尻の膨らみ加減も一緒ですねぇ」


「「何処を見ているのですか」」


「おぉ!! 谷間の角度も全く……。きゃああ!! ご、ごめんなさい!! 離れますから怒らないで下さい!!」



 キャアキャアと楽しそうに燥ぐ彼女達三名から安全な位置まで距離を取り二人のカエデを見抜く方法を考えるが、幾つもの経験と知識が漂う頭の中の海からはその欠片すらも浮いて来ない。


 己の経験不足と希薄な知識を呪うぞ……。



「本当に瓜二つですよねぇ……。綺麗な藍色の瞳も全く一緒ですもの」


「「有難う御座います」」


「いえいえ。あ!! そうだ!! ついでと言ってはなんですが。もう一度胸を見せて貰えますか?? ほら、先端の微妙な色具合を……」


「「焼け死ぬのと氷柱で体を穿たれる。どちらの方法で死にたいですか??」」


「じょ、冗談です!! 冗談ですから魔法陣を仕舞って下さ――い!!!!」



 騒ぐ三名を他所に一人頭を抱えつつ中々湧いてこない妙案と静かに格闘を続けていた。




お疲れ様でした。


何んとか眠る前までに更新する事が出来ました……。


今日はこのまま大人しく眠ります。



ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


疲れた体に本当に嬉しい励みとなります!!



それでは皆様、お休みなさいませ。

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