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第二百七十一話 金色の追跡者

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 心休まる小鳥の囀りと遠い場所から仄かに漂って来る潮風の香り。そして木々の合間から落ちて来る赤く染まりつつある木漏れ日。


 今が訓練中である事を思わず忘れてしまいそうになる程の心地良い光景が私の周りを包み込んでいる。



 久し振りかも知れませんね。これだけ静かなのは。


 いつもはやいのやいのと口喧しい御方達の中で過ごしていますのでこうした束の間の静寂が大変心地良いです。


 太い木の幹から横に伸びる逞しい枝の上。


 私はそこで静かに腰を下ろし過ぎ行く時間に身を委ね、体を弛緩させながらも警戒を怠らず周囲に鋭い視線を向けていた。



「カエデちゃん!! イスハさん来るかな!?」



 灰色の長い髪を楽し気に揺れ動かしつつ、四つん這いの姿勢でルーがこちらへ小声で問うてくる。



「来ると予想しているのでこうして罠を張って待ち伏せているのですよ」



 私達を中心として半径五十メートルの円の中に様々な種類の設置型魔法を仕掛けて置いた。


 踏めば体が雷の力によって痺れ、不用意に近付けば氷で穿たれ、避けて通れば炎で焼かれ、或いは光の輪で拘束される。


 効果が異なる罠の威力は一発食らえば暫く行動不能に至る代物。


 九祖の力を受け継ぐ傑物相手に何の遠慮も要りません。



「だったらさぁ。ここから逃げた方が良くない??」


「イスハさんの身体能力を知らない訳では無いですよね?? 私との差を考慮して最善を尽くした結果がこれなのです」



 砂浜に駆け出して逃亡を図る。又は森の中を縦横無尽に駆け回って逃走劇を演じる。


 どちらも行き着く先は目に見えていますよ。



「あはは!! カエデちゃんは走るの遅いから仕方が無いよねぇ!!」



 軽快な笑みを浮かべると方向転換。


 枝の先の方へ丸みを帯びたお尻を揺らしつつ移動を始めた。


 全く。


 この状況下でなければあの臀部に火を点けていた所ですよ。種族差を鑑みた結果と言ってくれれば私も納得しましたのに……。


陽気な彼女が元の位置に戻るのを見届けると疲労を含めた重たい吐息を吐き尽くした。



 ふぅ……。それにしてもお腹、空いたな。



 マイ程の食い気はありませんが、私もこの世に生を受けている者。


 生きていく上で栄養の補給は必要不可欠なのですが。どこに彼女が潜んでいるのか分からない状況、そして向こうに地の利がある以上不必要な移動は避けねばなりません。


 食事を摂りに向かって捕まるなんて、愚の骨頂ですよ。



 情けない負け方だけはしたくない。


 これが本音です。



「んふふ――。ふふ――んっ」



 ルーは能天気だな。


 いつ襲撃が来るのか分からないのに呑気に鼻歌を口ずさみ、枝の外に両足を投げ出してプラプラと揺れ動かしている。


 もうちょっと緊張感を持って訓練に臨んで欲しいのですよ。態度というか……。えぇ、そういう事です。



 ルーへ注意を促そうかどうか迷っていると警戒範囲の円の内側の一つの罠が発動した。



「うんっ!? カエデちゃん!! 誰かが引っ掛かったよ!!」



 罠が放った魔力の波動がここまで届くとルーが驚いた様子で南側へ視線を送った。



「その様ですね」



 単純に罠に掛かったのか、それとも私達にその存在を知らしめる為に敢えて踏んだのか。


 様子を見ないと分かりませんね。


 蟻も思わず耳を傾けてしまう程の小さな呼吸音を放ち、五月蠅く鳴る心臓を宥めて様子を窺っていると再び罠が発動した。



「あははっ!! また引っ掛かったね!! イスハさんって意外とドジなんだなぁ」


「――――。えぇ、そうですね」



 不味いですね……。


 どうやら罠を敢えて発動させ、向こうの存在を此方に知らしめている様です。


 先程発動した罠は光の輪で体を拘束させる魔法で、今しがた発動した魔法は炎で全身をこんがりと焼く魔法。


 つまり、光の拘束から抜け出し。続いて炎の魔法の罠に掛かり。



「わっ。まただ……」



 そして雷の罠に掛かる。


 加減してあるとは言え、私の魔法を三度も浴びて平然と進む頑丈な体は早々ありません。


 いや、あるのにはあるのですが。彼はここには居ませんし……。



「カエデちゃん。変だよ?? 何か自分から罠に引っ掛かっているみたい」


「その通りです。敢えて罠を発動させ私達に対してこんな魔法では私を倒せないぞと宣言しているのです」


「げぇっ。じゃあ出て来いって言っているの??」


「そう捉えた方が賢明ですね」



 まぁ、挑発に乗る事はありませんけどね。


 私は冷静沈着に相手の出方を窺うのが好きなんですよ。


 息を殺し、気配を消失させ、景色と同化しつつ様子を窺っていると草々を踏む足音が聞こえて来た。



「ふぅむ……。この辺りの筈じゃがなぁ……」



 幼さが残る普段の美少女の姿とは打って変わり、八つの尻尾に増えた妖艶な大人の姿のイスハさんが現れ腕を組みつつ何やら呟いていた。


 私とルーは目を合わせ。



『静かに見守ろう』



 声を出さずに互いの意思を汲み取った。


 設置型の魔法陣に引っ掛かった筈なのに傷処か埃一つさえ付着していない。


 華麗に躱したのか将又私以上の魔力で相殺したのか……。己の実力不足が否めないですね。



「むぅ……。もう少し向こうじゃろうか??」



 二度三度振り返り周囲の様子を窺うと、木々の合間を縫って移動を開始してくれた。



 はぁ……。良かった。


 こちらの存在に気付かずに行ってくれましたね。ルーと共に大きな溜息を吐き、肩の力を抜こうとした刹那。



「――――。何て、言うと思うたか??」

「「ッ!?!?」」



 気を抜いたと同時にイスハさんの低い声が間近で響き。



「少々……。荒くするぞ!!」



 魔力が爆ぜたかと思うと太い幹から私達が座る枝が切り離されてしまった。


 当然、私達の体は重力に引かれて落下します。



「いぃっ!?」



 驚愕するルーの声と共に私の体も自然の摂理に従い地面へ向かって落ちて行った。



「あいたっ!!」


「ふぅむ。私達が気を抜く刹那を誘い、敢えて一度姿を消失させてからの強襲ですか。陽動と強襲。よく考えていますね」



 お尻から着地したルー。


 それに対して見事に受け身を取って着地を決めた私。


 ちょっとだけ優越感に浸ったのは内緒です。



「当然じゃて。賢しいお主には策を講じねばならぬからのぉ」


「お褒め頂き有難う御座います」



 さて、参りましたね。


 魔力を抑えた状態でイスハさんと対峙する事は自殺行為に等しいです。


 恐らくあの姿からして彼女はもう決着を付けようとしてここに来たと考えられます。つまり、全力を出して向かって来いと言っているのでしょう。



「ルー」


「なぁに?? いたた……。お尻に痣が出来ちゃったかも」


「そんな事はどうでもいいです。魔力を開放してイスハさんと対決しますよ」


「んふふ――!! 何となぁくそんな気がしていたんだよね!! イスハさん怖い顔しているもん」



 いつもは朗らかな笑みを浮かべているイスハさんですが。


 正面に立つ彼女の目付きは鋭く一分の隙も発見できない構えを取っていた。



 彼と同じ構え。



 彼との組手で何度も見た構えなだけに臆する事は無いが、彼女が放つ圧は五臓六腑を圧迫して体中から嫌な汗を促す。



 ふぅ……。集中していきましょう。


 ここから先は一瞬の油断が敗北に直結しますからね。



「ルー!! 解除しますよ!!!!」


「うんっ!!」


「「はぁぁぁっ!!!!」」



 魔力を抑え付けていた重く太い鎖を解き放ち、ありったけの魔力を放出。


 これが今現在の私達の力であると言葉に代わって証明してあげた。



「ほぉ……。力を解放しただけで空気を震わせる様になったか。見事な物じゃ」


「えへへ!! 凄いでしょ!? でもね?? 負けるのは嫌だからもっと力を解放しちゃいます!!」



 ルーが拳に力を籠め、体内に眠る力を覚醒させた。



「ふぅ……。雷鳴空を穿ち。疾風の如く大地を駆け抜けろ!! その力、我が身に宿れ!! ヴァイスラーゼン!!!!」



 左手の甲に白き稲光が宿り、そして眩い光の中から鋭い鉤爪が出現。


 雷の力が全身を巡り大地を震わす。


 素晴らしい力の鼓動に思わず私は頷いてしまった。



「ルー。お主の継承召喚も中々の物じゃ」


「有難うございま――すっ!!」



 嘘偽りないイスハさんの賛辞にニコリと陽性な笑みを浮かべる。


 私も最初から飛ばしていきましょうか。出し惜しみはしませんっ!!



「大海を統べし大いなる魔力。今、ここに。行きますよ!! アトランティス!!」



 魔法陣の中から出現した樫の杖を手に取り天へ掲げると魔力の鼓動が全身を駆け巡り血が沸き立つ。



 スゥゥ……。フゥゥゥ……。



 大きく呼吸を整え、迸る魔力を制御。逸る気を抑え……。只々正面に聳え立つ壁を越える為に集中しましょう。



「継承召喚を解き放った相手が二人か。困ったのぉ」


「困っている割には随分と嬉しそうに口角を上げますね??」



 前へと突出しようとしている脚を必死に制御し、突撃に備え力を蓄えている。


 そんな様子だ。



「本気で力を出しても構わぬ相手じゃからなぁ。困って、困って……」


『ルー!! 来ますよ!!』



 私の前に出た彼女に対して念話で警戒する様に伝える。



『分かっているよ!!』


「笑みが零れてしまうわぁあああ!!」



 来ました!!


 全身の筋力を解き放ち、最短距離を突き進みルーとの距離を一瞬で潰す。



「いぃっ!?」



 速さに定評のある彼女もこの常軌を逸した突撃は想定していなかったようだ。


 立ち上がりを抑えられ後手へと回ってしまった。



「先ず、一つ!!」


 イスハさんがルーの鉢巻きに手を伸ばすが。


「それは了承出来ませんね」



 ルーの体の前に結界を張り、彼女の手を跳ね除けてやった。



「ふんっ。小賢しい真似を……」



 後方へ向かって宙を美しく舞い、地面に着地すると再び私達と対峙する。



「あ、ありがとう!! カエデちゃん!!」


「どうも。後手に回るのは良くありませんね。先手、先手ですよ」


「うんっ!! じゃあ……。行くよ!!!!」



 獲物へ向かって食らいつこうとする獰猛な野獣の如く。


 大変低い姿勢で疾走してイスハさんの間合いへと躊躇なく踏み込む。


 その勇気は認めますけども、少々不用心ですね。



「なはは!! 意気込みは良し!! じゃが、隙だらけじゃあ!!」



 白き雷を身に纏い疾走するルーを狙ったイスハさんの豪拳が天から地上へと降り注ぐ。


 そうはさせません!!!!



「カエデちゃん!!」


「分かっています!!」



 無詠唱は見た目以上に難しいのですよ!?



「立ち塞がる敵を切り裂け!! 無数の刃よ!! 風刃烈風ウィンドウスラッシュ封殺シージ!!!!」



 イスハさんの周囲を囲む様に無数の風の刃を召喚。


 四方八方からの刃の襲撃そして真正面からは雷狼の強襲の二段構え。


 さぁ、どうします?? 退路は既に塞ぎましたよ!!



「ぬるいわぁ!! 戯けがっ!!」



 左足を軸に、長い右足を利用した回転蹴りが襲い掛かる風の刃を一掃し。



「やぁぁああああっ!!」


「貴様も戯けじゃああ――!!」



 回転する力を利用した右足の踵でルーのヴァイスラーゼンを地面へ叩きつけた。


 白き雷を宿す鉤爪と付与魔法で強化した肉体が衝突して腹の奥を揺るがす強力な衝撃波が発生。


 迸る力の波により地上が揺れ動き僅かばかりに波打つ。



 全く……。恐るべき体術ですね。



 私の魔法を火の属性を籠めた蹴りで打ち消し、更に襲い来る雷を宿した武器を叩き落とす。


 大地を揺るがす剛の力と清流の如く清らかに流れる水の力。


 二つの相対する力を織り交ぜ、流れる様な一連の動きに思わず唸ってしまう。


 瞬き一つの間に実行出来るのは世界広しと言えども彼女位なものでしょうね……。



「いったぁい!! ちょっとイスハさん!! 手加減してよ!!」


 こちら側に吹き飛んで来たルーが受け身を取って叫ぶ。


「なはは!! お主ら相手に加減は要らぬ!! お主らも死ぬ気で掛かってこい!! さもなければ、この鉢巻きは奪えぬぞ!!」



 イスハさんが額に巻く朱の鉢巻きを指差す。



「だ、そうです」


「むぅぅ!! 絶対勝とうね!! カエデちゃん!!」


「当然です。勝ちに拘るのは悪くないですからね」



 ルーの興奮した声が私の心に熱い想いを抱かせてくれる。


 高揚した心、冷静な思考。相対する物が反発する事無く心に心地良い闘志を生んでくれる。



 うん……。悪くない状態です。


 輝かしい勝利を手中に収め朱の鉢巻きを誇らしく掲げて皆の下へと帰ろう。


 最大限に集中力を高めたまま、私と彼女は遥か高みで私達を悠然と見下ろす傑物に対して真っ向から果敢に挑んで行った。




最後まで御覧頂き有難う御座いました。


今日はこのまま執筆を続けるのですが、体力があれば続きを投稿させて頂きますね。

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