第二百六十六話 それぞれの思惑 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
茶色い土の上に転がる無数の石、ジグザグと生え伸びる草むらの枝、太い木の幹に複雑に絡み合う蔦。
人の手に触れられていない自然がそこかしこに存在し、天然とは正にこういう状態なんだぞと視覚を通して私に教えてくれる。
生まれ故郷の森もいいけど、ここも静かで良い場所だなぁ。
緑と茶の大地から立ち昇る香り、森の木々が放つ澄んだ空気がちょっと疲れた私の体を癒してくれていた。
「カエデちゃん!! 涼しいね!!」
私の前をいつも通り、スタスタと無表情な足取りで進んでいるカエデちゃんの背に話し掛けた。
ここに送られてからずっと無言だもんなぁ。もうちょっと楽しそうにすればいいのに。
あ、レイドからの念話に反応したからずっとは違うか。
「えぇ、涼しいですね」
鳥の囀り声と間違う程の声量が返って来た。
え――。何か静か過ぎてつまらないなぁ。
「レイド達ともう直ぐ会えるかな!?」
「その為に進んでいるのです」
今度はもっと小さい声だ!!
「ね――。声、小さいよ??」
カエデちゃんと並び、横から顔を覗き込んでやった。
おぉ……。相変わらず可愛いなぁ。
クリっとした真ん丸お目目に、綺麗な曲線を描く睫毛。
出会った頃よりも伸びた綺麗な藍色の髪の毛を静かに揺らし、ちっちゃな御口は横一文字に閉ざされてしまっていた。
もうちょっと背が高ければなぁ。絶世の美女にも見劣りしないのに。
まぁ、それでも十分過ぎる程可愛いからずるいよね!!
「いいですか?? 私達は現在訓練中なのです。追跡者であるイスハさんは大変感覚が鋭い御方。出来る事なら足音……。いいえ、呼吸音すら発生させたくないのが本音ですね」
「呼吸しなかったら死んじゃうよ!!」
「比喩です」
「あはは!! 分かってるって――!!」
カエデちゃんの肩をポンっと叩き、前に躍り出た。
う――ん。こういう場所は狼の姿で歩きたいなぁ。
鉢巻きを付けなきゃいけない決まりだけど、狼になっちゃいけない決まりはないよね??
「狼の姿になっていいかな??」
クルリと振り返り、何故だか分からないけどちょっとだけむっとした顔をしているカエデちゃんに聞いてみた。
「駄目に決まっています。何の為に魔力を抑える魔法を掛けたと思っているのですか??」
「え――。少しくらい良いじゃん。ちゃちゃっと変身すれば魔力も出ないし??」
「その僅かな時にでも微量な魔力が放出されます。お願いしますから話を聞いて下さい」
お願いされたら仕方ないかなっ。
「は――い」
柔らかい土を軽快に踏み、ぴょんっと飛び出ている草を指で撥ね。ちょっとだけ面白くない散歩を続けていると聞き慣れた足音を私のかっこいい耳が捉えた。
「おぉ!! 近くに居るね!!」
「そうですね。間も無く合流出来そうです」
カエデちゃんはきっと魔力で感知したんだろうなぁ。
私はそういうのが苦手だから五感に頼るのですっ!!
聴覚を頼りにして背の高い草の中を突き進んで行くと。
『この辺りで感じましたけど』
『自分も感知しましたよ』
レイドとアレクシアちゃんの声が聞こえてきた。
んっふふ――。み――つけたっ!!
前方約十五メートル。
暑そうに汗を流して森の中を進んでいる二人を見つけた。
さ――って。ちょっと驚かしてあげようかな!!
周囲に生え伸びる草を揺らさない様に匍匐前進で進み。
「ん――。もうちょっと右ですかね??」
「ではそちらに進みましょうか」
こちらに向かって方向転換した二人へと獣の嘯く声を放ってやった。
「ウ゛――――……」
「きゃあ!! レ、レイドさん!! お、恐ろしい声が聞こえましたよ!!」
あはは!! アレクシアちゃんびっくりしてレイドの腕掴んじゃった。
「今の声……。ルーかな」
さっすがレイド!! 唸り声だけで私だって分かってくれたね!!
「ルーさん?? ど、どこに居るんですか!! 居たら姿を見せて下さいっ!!」
そう言われると出て行きたくなくなるなぁ。
むふふっ、もうちょっと驚かしてやろうか?? 意地悪な私が顔を覗かせワクワクした感情が湧いてしまう。
もう既に驚いているアレクシアちゃんよりも、普通の顔で私達の存在を探しているレイドを驚かす為に飛び出してやろうと考えたその瞬間。
「御二人共、こちらに居ましたか」
「あいたっ!!」
カエデちゃんが私の背中を踏んづけて進んで行ってしまった!!
「ちょっと!! 今、背中踏んだよ!?」
「あぁ、気が付きませんでした」
絶対嘘!! 背中のど真ん中踏んだし!!
「ルーさん、そこに居たんですか。驚かさないで下さいよ……」
「あはは、ごめんねぇ?? 仲良さそうだったからついつい」
草むらからピョンっと姿を現して普段通りに言ってあげた。
「仲良さそう……。そう見えました??」
良く分からないけど、ぽっと赤く染まった頬で話す。
「うん。似合っていた?? かな」
私とリューもあんな感じで歩くからね。
「えへへ。やった」
アレクシアちゃんが私でも聞き取れない程の小さな声で何かを呟き、にっこり笑顔になった。
「魔法掛けますから大人しくして」
「きゃあ!! ちょ、ちょっと!! 抓らないでください!!」
その笑顔が気に障ったのか。
カエデちゃんがアレクシアちゃんの横腹を抓っちゃった。
痛そうだな、アレ。
「カエデ、態々来て貰って済まない。助かったよ」
「いえ。私も作戦を練ろうと考えていましたから」
魔力を抑え込む魔法を掛けて貰ったレイドがカエデちゃんの前に立つ。
そして、静かに数言交わしただけで互いの考えを共有したような表情に変化する二人。
う――ん……。アレクシアちゃんには悪いけども。こっちの方が似合って見えるのは気の所為かな??
「作戦?? 俺達はこのまま身を隠すかあわよくば迎撃しようって作戦なんだけど。何か案でもあるの??」
「聞いて下さい。今、私達の凡その位置はここです」
カエデちゃんが地面に何かを描き出したのでそれを窺う為、輪に加わった。
「島の中央よりやや東よりって所だな」
「恐らく先程の魔法で先生達に居場所がばれてしまいましたので。今からここに罠を張ります」
「「「罠??」」」
カエデちゃん以外が綺麗に声を揃える。
「私達の相手はイスハさん。そしてレイド達の相手は先生です。幸か不幸か、追跡者である御二人は大変険悪な仲です。そこで、敢えてここで待機して二人が揃うのを待ちます」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。二人が揃ったとしても都合良く喧嘩してくれるとは限らないだろ??」
それもそうだよね――。
喧嘩しないで仲良く襲い掛かって来て――……。それはないかな!! あの二人はマイちゃんとアオイちゃんみたいに仲悪いしっ。
「簡単ですよ。レイド、あなたが先生に色仕掛けをすればいいだけ」
「「ぶっ!!」」
今度はアレクシアとレイドだけが吹き出した。
しまった、乗り遅れちゃった。
「無理に決まってるだろ!!」
「そ、そうですよ!! ずるいです!!」
ずるい、はちょっと違うんじゃないかな。
「言葉だけでも十分ですよ。短気な御二人ですからね。効果は期待出来ます」
「気が乗らないなぁ……」
作戦的には良いと思うんだけど。
レイドが話した通り、仲良く喧嘩してくれるとは限らないんだよなぁ。
皆がアレコレと相談している中、ふと妙な匂いが漂って来た。
ん?? こんな匂いの花って近くにあったっけ??
クンクンと鼻を動かしていると、私の心臓が口から飛び出てしまった!!
「――――。随分と楽しそうな作戦じゃなぁ」
「びゃっ!!」
「ぴぃっ!?」
私とアレクシアちゃんが同時に飛び上がり。
「師匠!!」
「っ!!」
レイドとカエデちゃんは数舜の内に迎撃態勢を整えた。
「ふっふ――。腐れ脂肪より早く見つけてやったぞ。さぁって……。一番目の脱落者は……。お主達じゃな!!」
イスハさんが構えると同時に風より速く私の額目掛けて手を伸ばして来た!!
「ぎゃあ!! ちょ、ちょっと!! 一番は嫌だよ!!」
襲い掛かる金色の塊に対して半身の姿勢で躱し、目の前を通過させてやった。
あ、危ない!! 見ていなかったら取られちゃったよ。
「ほぉ。良く避けたな」
「へへっ。イスハさんの動きはレイドとそっくりだからね!!」
見慣れた動きだから咄嗟に体が反応したと言えばいいのかな??
レイドとの組手でじっくりと観察した成果が出たなぁ。
「そっくり?? ふふ。俺も上達したのかな……」
イスハさんの直ぐ後ろ。
レイドが何だか嬉しそうに頭を掻くと。
「馬鹿者。お主の動きより数倍速く、そして鋭いじゃろうが」
二本の尻尾が彼の頭をポコンと叩いた。
「いたっ!! 師匠!! 俺達の追跡者じゃ無いんですから、手を出さないでくださいよ!!」
「そんなもの関係ないわ」
「関係無いと仰いましたね??」
レイドがにぃっと口角を上げてイスハさんと私の間に割って入る。
何をするつもりなのかな??
「カエデ!! ルー!! 俺が師匠の邪魔をする!! 時を稼いでいる間に逃げろ!!」
おぉ!! そういう事か!!
「作戦変更という奴ですか。先生が来るまで時間はありそうですのでその作戦に乗りましょう」
「分かったよ!!」
ありがとう!! レイド!!
カエデちゃんと一緒に歩き出そうとすると……。
「――――。んふっ。柔らかい果実み――っけっ」
「きゃあ!?!?」
粘着質な声と同時にカエデちゃんの驚愕した声が森の中に響き渡った。
「な、な、何をするんですか!!」
音も無く突如として現れたエルザードさんがカエデちゃんのおっぱいを楽しそうに揉みしだいていた。
そして、それを真っ赤な顔で叩き落とす。
良い音したなぁ、今。
「あんっ。こらぁ、駄目だぞぉ?? 先生の手を叩くなんて」
「許可無く人の胸を触る方がどうかしているんですよ!!」
「許可無く?? じゃあ、申請しようかなぁ――」
ワキワキと楽しそうに十本の指を動かし、カエデちゃんの双丘に手を伸ばすが。
「絶対許可しません!!」
速攻で迎撃されてしまった。
「エルザード!? いつの間に来たんだ!?」
レイドが驚く声を放ち、本来の敵である彼女と対峙した。
「今よ――。んふふ――。どっちから鉢巻き奪っちゃおうかなぁ??」
色っぽい顔を浮かべ、カエデちゃんの隣を素通りしようとするけど。
憤りが溜まりに溜まったカエデちゃんがそれを見逃す筈が無かった。
「待って下さい。先生はちょっと自身の行動を鑑みるべきです」
エルザードさんの右腕をきゅっと掴んで進行を阻んだ。
「鑑みる??」
「はい。先生の立場はお分かりですよね?? 私達を指導し、手本となるべき存在なのです。それがどうですか。師事する者の胸を触り、ふしだらな言動と目も当てられない生活態度。私は真面目ですからそれを反面教師にして糧にしますけど、私以外の者が先生の生活態度を参考にしたらどうするんですか?? 果ては……」
あ――あ。始まっちゃった。
カエデちゃんの説教って長いんだよなぁ……。
「ふぅん。ふんふんっ」
エルザードさんは一応聞くふりをしているけど、横着な事を思いついたのか。
ニヤニヤと悪い笑みを浮かべていた。
「――――。お分かりだと思いますが、私達は九祖の血を受け継ぐ者です。御先祖様に申し訳無いと思いませんか??」
「思わないな――」
「そうですか。では、御両親について……」
「んふふっ。頬っぺたも――らいっ」
エルザードさんがカエデちゃんのモチモチで柔らかそうな頬に、淫らな液体で濡れる唇をむちゅっとくっつけてしまった!!
「あはは!! カエデ――。顔、真っ赤だゾ?? レイドの前だからかなぁ??」
わぁ、本当に真っ赤だ。
西に沈む太陽もうわっ!! と驚く真っ赤な顔を浮かべ、頭から立ち昇る湯気は豪華な温泉も頷いてしまう量であった。
「い、一度猛省して下さいっ!!!!!!」
流石のカエデちゃんも大激怒しちゃうよね。
怒りに任せて平手打ちをエルザードさんに放つが。
「おっそ」
するりと躱され、代わりに。
「あぶちっ!?!?」
いつの間にやらエルザードさんの直ぐ近くにいたレイドに直撃してしまった。
何でそこに居たの??
「あ!! ご、ごめんなさい!!」
随分と遠くに吹き飛んでしまったレイドに謝意を述べる。
あはは、飛んだな――。カエデちゃん意外と力持ちだね??
「ひ、ひえ。大丈夫れす……」
レイドが真っ赤に腫れた頬を抑え、情けない声を出しながら立つ。
「うっわ、痛そ――。ってか、本気で打ったわね??」
「当り前です!! 先生相手に遠慮はいりませんからね!!」
こっちはこっちで五月蠅いし。
「馬鹿者!! 気配を殺して接近しろと言うたじゃろうが!!」
「消しましたよ!! 後少しで鉢巻き取れたのに!!」
向こうは向こうで喧しい。
レイドがエルザードさんの後方に居たのはその為だったのか――。
「何か……。このまま見学していた方が良さそうですね」
「だね――。一旦収まるまで休憩しようか」
「賛成ですっ!!」
元気な声を出すアレクシアちゃんと仲良く地面の上に座り、藍色と桜色。そして、黒色と金色の仲睦まじい喧嘩をのんびりと観戦した。
ふわぁぁ――……。出来る事ならこのまま明日の夜までずぅっと喧嘩していてくれないかな。
顎を外す勢いで欠伸を放ち、目に浮かぶ涙をそっと拭いつつ叶いそうで叶わない願い事を心の中で唱えてやった。
お疲れ様でした。
本来であれば強面狼さんと爆乳牛娘さんのペアも書こうとしたのですが、体力の限界を迎えた為にここで一旦区切らせて頂きました。
明日の帰宅後、編集作業を終えた後に投稿させて頂きます。
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それでは皆様、お休みなさいませ。