第二百六十四話 常夏の島 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
「フィ、……。フィロさん!? それにフォレインさんも!!!!」
そう。
師匠と肩を並べる実力者二人が柔和な笑みを浮かべてこちらを迎えれば驚きの声を出さずにはいられないだろうさ。
彼女達と血が繋がっていない俺が驚くのだ。血縁者である二人の反応は当然。
「うげぇっ!?!? か、か、か、母さん!?」
「母様!?」
アオイがこれでもかと目を見開いて驚きを表現し、マイに至っては右手に持っている菓子で膨れた紙袋を手放してしまう。
アイツが飯関係の物を手放すなんて、相当の衝撃だったんだろうなぁ。
「驚いておるな。儂らだけでは手を焼くと考えてな?? 急遽助っ人として呼んだのじゃよ」
心構えが必要なので一言添えて頂けたら幸いでしたのに。
「久々ね、マイちゃん?? 後、最初のうげぇってナニ??」
「さ、さぁ??」
フィロさんがにっこり笑みを浮かべ、愛娘と感激の再会を果たす。
その様に見えるのはフィロさんの本性を知らない人だけであり、俺達からしてみれば。
『迷惑掛けていないよな??』
と、脅しにも近い形に見えるのだ。
フィロさんの意味深な視線を受け取るとマイがふっと視線を逸らした。
「あらぁ?? 肉親との感激の再会なのに、どうして顔を背けるの?? 私に何か……。隠しているのかなぁ??」
「そ、そんな事していないわよ!! ね、ねぇ!! そうでしょ!! ユウ!!」
何やら意味深な笑みを浮かべている彼女へ向かって振り返る。
「ん――?? さぁ?? 自分の胸に聞いてみな」
「はぁっ!? ルー!! 私はちゃぁぁああんと!! 慎ましい生活を送っていたわよね!? ねっ!!」
そして今度はきょとんとした顔の狼さんへと問うた。
「ん――……。慎ましい、かぁ」
器用に前足を動かして体の前で腕を組む。
どうやってやるの?? その姿勢。
「たった一言言えばいいのよ!! マイ様は路傍の石も頷く程に慎ましい生活を送っていたって!! あんたの空っぽの頭でもそれ位は言えるでしょ!?」
取り繕う姿がまぁ――、愉快な事で。
額そして頭皮から湧き出る大量の変な汗が頬を伝い、しっちゃかめっちゃかに振る腕が滑稽に映る。慎ましい生活を送っている人はそんな風に取り繕いません。
態度で表しているんだよ、お前さんは。
「おらぁ!! 早く言えや!!」
「えっとね、フィロさん!!」
「はい、何でしょう??」
ルーの前で前屈みになっているフィロさんへ、くいっと顎先を向けた。
「マイちゃんは私達の御飯、御菓子を全部食べて。レイドから貰ったお金もぜぇんぶ食べ物に使っています!! そして、私は良くぶたれます!!」
ルーの発言を受け、俺達は。
『良く言った!!!!』
そんな感じで大きく頷いた。
「ふぅん……。そっかぁ……」
「本当なんだよ?? レイドの任務に付いて北へ向かった時なんか食料全部食べちゃって……。皆がひもじい思いをしたんだ」
「それは、大変だったわねぇ……」
狼の頭をよしよしと撫でる。
その姿はこれから始まる惨劇の序章に見えてしまうのは俺だけでしょうか??
と、言うか。物凄い魔力が漏れていますよ??
そして流石、彼女の娘と言うべきか。一早く不穏な空気を察知した彼女は。
「さらばだっ!!!!」
荷物を放り捨て、龍の姿へと変わり一目散にこの場から脱出を図った。
「――――――――。待て」
「ぎぃぃぇっ!!」
フィロさんの体から途轍もない魔力が刹那に弾けると、風よりも速く移動したマイのそれを遥かに上回る速度で行く手を阻んだ。
いやいやいやいや。
何?? 今の速さ。瞬きしたら存在が消失していたんですけど……。
突如として現れた母親の存在の驚きを現す様に深紅の翼がピンっと開く。
「今の話は事実。よね??」
「い、いやぁ――。違うと思うな――。ほ、ほら。母さんは私達と行動していないから真相は分からないでしょ??」
分かり易い嘘を付きますね、あなたは。
「フィロさ――ん!! あたしも良く殴られます――!!」
「私は食料を横取りされたな」
「御菓子を食べられました!!」
「心地良い睡眠及び読書の時間を妨げられましたね」
これに便乗するべきだ。
そう考えた友人達がここぞとばかりにこれまで犯してきた彼女の罪を告発する。
「はぁ!? あんたら嘘付いてんじゃないわよ!!」
「私は、それはもう酷い仕打ちを受けましたわぁ。この体はレイド様の所有物なのに、酷い傷を受け……。クスン。お嫁にいけないですわ」
「いや、アオイの体はアオイのだからね?? 後、暑いからくっつかない」
右腕に感じるむにゅりと如何わしい柔らかさを誇る双丘から離れてから話す。
「んふっ。これが夫婦の営みなのですわ」
「てめぇら!! 便乗してんじゃ……。にぃ!?!?」
にぃ??
形容し難い悲鳴を受け、美しい白から視線を外してそちらの方を窺うと。
「てめぇ?? まぁまぁ困った子ねぇ。私が目を離したら口まで悪くなっちゃってぇ……」
背中越しだからフィロさんの顔を窺えませんが……。
恐らく、アノ顔で迫っているのだろうさ。
龍の肩がカタカタと小刻みに震え、それが尻尾の先まで伝達。情けなく項垂れて宙に浮いていた。
「イスハ」
「何じゃ??」
「ちょ――――っと、家族会議を開いて来るわね」
「ん――。早う戻って来るのじゃぞ」
「分かってるわ。さ……。イクわよ」
「は、は、放せぇぇええっ!! ってか誰でもいいから助ける素振くらい見せやがれ――!!!!」
マイの首根っこを掴み、恐ろしい悪魔が深い森の中へと消えて行ってしまった。
たっぷり絞られ、普段の行いを猛省しなさい。
ちっとも残念とは思わない視線で見送ると背後から透き通った声を掛けられた。
「ご機嫌如何ですか?? レイドさん」
「フォレインさん。えぇ、お陰様で」
白雪もそして白鳥の翼もきっと彼女の髪には嫉妬を覚えずにはいられないだろう。
アオイよりも長い白の髪を簪で纏め、この暑さに似合った薄手の青の着物を着用していた。
この立ち姿を一言で言い表せば……。野に咲く一輪の百合の花。
聡明で美しい姿は以前と全く変わっていなかった。
「娘がいつもお世話になっております」
静々と頭を下げて礼を述べて下さる。
「あ、頭を上げて下さい!! 自分なんか……。アオイさんには本当に助けられているんです」
「まぁ、そうですの??」
頭を上げ、柔和な笑みで俺の顔を見てくれる。
「はい。任務の移動中には率先して食事の用意を手伝って頂き、自分の不甲斐ない所為で負傷した時には治療も施して頂いております。彼女無しでは不安さえ覚える。それだけ俺達にとっては重要な存在なんです」
敵に対して率先して向かって行く者達が多いですからね。
そんな血気盛んな連中の中でも絶えず冷静さを保ち、俯瞰して戦況を理解出来るアオイの存在は本当に大きい。
戦いにおいては遠近距離双方どちらもこなし、中間距離も得意とする。
どこからでも敵を殲滅出来る戦法はまさに金城鉄壁とも呼べよう。
正面からアオイを崩せる敵は早々いやしまい。
「レイド様ぁ!!」
「っと。どうしたの?? 血相を変えて」
背後からの強襲に思わず前のめりになってしまった。
「アオイは嬉しゅう御座います!! 私の存在がレイド様の中でそれ程に大きくなっていたなんて!!」
「あ、うん。アオイだけじゃなくて、皆大切な存在だからね??」
ここで特別扱いをしようものなら要らぬ怪我を負う恐れがある。
はっきりと明言しておかないとね。
だが、彼女の耳は都合良く出来ている様だ。
「た、大切ですって!? これはもう、夫婦の宣言と同義と捉えても構いませんわよね!?」
いやいや、お嬢さん?? 俺の話を聞いて下さいよ。
「ふふ、孫の顔を見る日もそう遠くはありませんねぇ」
フォレインさんが嬉しそうに己の頬に右手を当て、俺達を温かい眼差しで見つめる。
それはまるで新しく出来た家族に向ける慈愛に満ちた瞳であった。
「下らない事はその辺りにせい」
「いでっ!!」
いつの間にか五本の尻尾に増えてしまった師匠の尻尾の一本が俺の頭を盛大に叩く。
「師匠。何も叩かなくても……」
ってか、アオイは良く避けたな。
天辺から襲い来る軌道だと俺と同じ様に食らう筈なのに。
ちらりと背後を窺うと。
「んふっ。如何為されました??」
満面の笑みを浮かべている彼女を捉えた。
どこぞの龍にもその笑みを向けてやって下さい。そうすれば下らない乱痴気騒ぎは発生しませんので。
「まだここの説明をしておらんじゃろうが」
「はい……。申し訳ありません」
「オホンッ。良く聞け、小童共!! お主らの寝所はあそこのデカイ天幕じゃ」
師匠が広い空間の中でその存在感を放つ天幕を指差す。
「食事はあそこの長机で摂る。食事はモアとメアが作るので心配は要らん」
師匠が中央の長机を指差すと同時に入り口方面から右奥へと視線を送る。
「みなさ――ん!! 宜しくお願いしますね――!!」
「吐くまで食わせるからなぁ!! 覚悟しておけよ――!!」
今も、もうもうと煙を吐いている窯の前で料理を続けていた二人がこちらに振り返り。明るい笑みと共に手を振ってくれた。
元気そうで何よりです。
というか……。
その馬鹿げた食材はどういう事ですかね。
彼女達の背後には氷で出来た巨大な四角い直方体が置かれ、無色透明の箱の壁からは色とりどりの食材が鮮明に映されていた。
お肉に魚、旬の野菜までより取り見取りだな。
「は――い!! イスハさん!! 質問です!!」
ルーが元気良く前足を上げる。
「何じゃ??」
「あそこに置いてある五つのベッドは何ですか!!」
あそこ??
ルーの視線を追うと……。開けた空間の円の外周寄りに五つのベッドが横並びに置かれていた。
「あそこは儂らの寝所じゃよ」
「じゃあ五つも……。あっ……」
ルーがそこまで言うと。
『しまった』
そんな感じで口を閉じてしまった。
「まっ、そういう事じゃよ」
この島は師匠達がその昔使用した拠点だ。つまり、ミルフレアさんがあそこにある一つのベッドを使用していた筈。
五つの内の四つは新調したのか。真新しい木目が目立つ木製の木枠で大地の上に立っているが、残りの一つは海風や雨に晒されボロボロに朽ち果ててしまっていた。
真新しい中に混ざる一つの経年劣化。それが何処か物悲し気に映った。
欠けた仲間の存在を痛烈に知らしめているようだな。
師匠がふっと悲し気な瞳に変わり、ベッドから視線を外した。
「お、おぉ!! 皆見てみろよ!! 食材の宝庫だぞ!!」
ちょっと沈んだ空気を払拭する為、ワザとらしい声色且大きめの声を出しつつ氷の箱へと歩んだ。
暗い空気のまま訓練に臨むのはちょっと、ね。
「ほぅ。これは美味そうだ」
リューヴがもう味を想像したのか。肉の塊を見下ろして大きく息を漏らし。
「魚も種類が豊富ですね」
南の海特有の明るい色が目立つ魚を見た海竜さんが太鼓判を押した。
「これだけ集めるのは大変だったんだぞ??」
メアさんがこれでもかと青が目立つ魚の尻尾を掴み、大きく掲げる。
「有り難う御座います。どこぞの横着者の腹を満たすのは大変だと思いますけど、宜しくお願いしますね??」
包んで話すがこの場に居る者ならその人物は直ぐに特定できるさ。
まぁ……。今は何処かへと連行されてこっぴどく絞られているだろうけど。
「はは!! 任せろよ!!」
メアさんが快活な笑みをにっと浮かべる。
頼もしい笑みだな。沢山の食料を前で慎ましい雑談を交わしていると。
「メア――。ちょっと代わって――」
最初の挨拶を交わしてからずぅっとこちらに背を向けていたモアさんから声が上がった。
「お――。ちょいと交代して来るね」
「あ、はい……」
メアさんが軽い足取りで踵を返して窯の前へと戻る。そしてルンルンっと陽性な感情を籠めた足取りであの方が参られた。
「ど――もっ。朝のおにぎりは如何でしたかぁ??」
「大変美味しかったです」
「良かったですぅ。も――。昨晩急に拵えてくれって頼まれたから大変だったんですよぉ??」
「申し訳ありません。アイツが無理を言ったみたい、で」
ニッコニコの笑みを浮かべる彼女から視線を氷箱へ反らす。
「ん――?? あはっ。どうしたんですかぁ?? 『御二人共っ』 」
「「……」」
御二人。
つまり、アノ存在を知っている俺とカエデの事を指すのだろう。
「この肉は……。豚と、鹿。ほぅ、牛も混ざっているな。鮮度も良好だ」
「へぇ――……。お肉も美味しそうだけど、お魚さんも美味しそうだねぇ」
「ルー、涎掛けるなよ??」
「酷いよユウちゃん!! 私そこまで食いしん坊じゃないもん!!」
「ふふっ、ルーさんは食いしん坊なんですねっ」
他にも嬉々とした瞳で氷箱を見下ろしている人物がいるのにどうして俺達に的を絞ったのだろうか??
「あ――。もしかしてぇ。探していますぅ??」
右手に持つ包丁の切っ先が俺の顎下にピタリと止まる。
「いっ!! いいえ!! 決してその様な事は!!」
どうやら俺の視線の意味を履き違えたんだな。
この包丁の切っ先がそれを物語っている。
「安心して下さい。あの子達はぁ、寂しがり屋さんですからねぇ。縄張りから出すつもりはありません」
な、縄張りですか。
まるで生きているみたいな扱いですね。
「カエデさんも安心しましたぁ??」
「最初から不安を抱いていません。御二人の料理は大変美味しいですからね」
冷静を保っているつもりだろうが。
若干声が上擦っていますよ?? カエデさん。
「褒めて頂いて光栄ですぅ」
「「はぁ……」」
何で俺達だけに聞こえる様に小声で話すのだろうか。
恐らく、アノ存在を悟られたくないのが本命でしょうね。
やっと退いてくれた包丁の切っ先に胸を撫で下ろしていると師匠のお叱りの声が届いた。
「これぇ――!! いつまで見ておるのじゃ!! 荷物を置いて先へ進むぞ!!」
「「「は――い」」」
「伸ばすなぁ!!」
いつものやり取りが始まり、一同が師匠達の下へと足を向けた。
先へと仰いましたが、まだ他にもここに似た空間があるのだろうか??
高揚感にも似た感情を胸に抱いて進んでいると何やらこの場に相応しくない音が聞こえて来た。
え?? 何、この音……。
シャリ……。シャリ……。っと。一定間隔で鳴り響くのは聞き覚えがある。
砥石で金属を研ぐ音だと直ぐに理解出来たが振り向く勇気がこれっぽっちも沸いて来ない。
『カエデ』
右隣りを歩く彼女に小声で話し掛ける。
『何ですか??』
『振り向いてこの音を奏でる人の表情を窺って欲しいんだ』
俺は呪われたくないので出来る限り向こうへは視線は送りたくないのです。
『絶対嫌です。レイドが確認するべき』
えぇ……。俺ぇ??
『一瞬だけだったら大丈夫かな??』
怖い物見たさじゃないけど、気になるのは事実だ。
『お薦めはしませんよ。では、私は先を急ぎますので』
あ、行っちゃった。
呪いの音から逃げる様に誰よりも先に踊り出て行ってしまった。
「カエデちゃん!! 待ってよ――!!」
それに続く面々の後方に一人残り、そ――っと。恐る恐る振り返った。
「…………」
う、うわぁぁ……。み、見るんじゃなかった。
砥石の上で等間隔に手を動かし、愛用の包丁の刃先を鋭く細かく研いでいる。まるで呪物に己の怨念を籠めている様に見えるのは俺だけか??
普通は砥具合を確認しながら行う作業なのだが、何故だか理解出来ぬが彼女は生気が失われた瞳で俺の目をじぃぃっと見つめながら行っていた。
そしてあの瞳はこう語っていた。
『秘密を漏らしたら……。分かっていますよね』
誰にも言う必要は無いし、言える勇気も無い。
誰だって自分の命が大切だからね。
「あ、レイドさんも早足ですね」
「さ、先を急いでいますので」
アレクシアさんには悪いけど、最低限の言葉だけを残して森の合間へと消えゆく師匠の姿を追った。
正気度を保てなくなる恐れがあるので、あれ以上あの目を見ていちゃ駄目だ。
正気を失った体は彼女が提供する呪物を何の躊躇いも無く食らい尽くしてしまうであろう。
それだけは絶対避けねばならないのだ!!
背後から俺の背に突き刺さる意図不明の不気味な視線が、温暖な気候にも関わらず冷たい汗を噴射させる。
女から逃げるなんて男として情けないと大勢の者が罵ろうが関係無い。
自分の命を最優先するのが動物の本能なのだから。
お疲れ様でした。
今日は番外編と本編の同時更新で少々疲れましたね……。肩甲骨辺りの筋肉が悲鳴を上げております。
この後、もう少しプロットを書いたら風呂に浸かってストレッチでもして筋肉を解さないと明日に響きそうですよ。
番外編のお礼を本編の後書きで申し上げるのは少々違うかと思われますが……。
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それでは皆様、お休みなさいませ。