表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
721/1227

第二百六十三話 出発の朝、静かなる決意 その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。




 春の陽気に似た温かな光に誘われ、白む世界を只一人でふらふらと散歩をしていたら綺麗な御花畑に辿り着いた。



 あら……?? ここはどこかしら。


 見渡す一面色とりどりの花が咲き乱れ、遠い彼方から風がふわっと吹くと風の波の動きに合わせて花の面が楽し気に揺らぐ。


 世の女子がこの景色を捉えたらキャアキャアと耳障りな声を上げて無意味にピョンピョン跳ねるのだろうさ。



 疲弊した心を癒す為に此処へ訪れたのかしら?? いや、でも私の記憶ではこんな綺麗な場所に一度たりとも訪れた事は無い。そして何より心を癒すのなら景色では無く、食事で癒すからここに足を着けている事自体がおかしいのだ。



 多分、これは夢の中だと思う。


 夢であると確知出来た理由は何故か??


 現実世界との記憶の相違そして……。超自然現象を拒絶する現実の世界でおにぎりは宙を舞わないからね。


 大地の恵みをたっぷり溜め込んだ三角のおにぎりさんから蝶の羽が生え、橙の美しい御花に止まり羽を休めている。



 しかも!!


 大地一杯に咲いた花の蜜に誘われ、たぁくさんのおにぎり蝶がわんさか飛んでいるではありませんか!!


 これ全部食べ放題……?? 嘘、よね??


 試しに頬を抓ってみたが痛みは感じられなかった。


 あれぇ?? 夢、かな。それとも現実??


 現実と夢の境目の境界線が理解出来ず、圧倒的光景に目をパチクリさせていると鼻頭におにぎり蝶がふわりと止まった。



 おっふぅ。あなたから捕まえて欲しいのかしら??


 驚かさぬ様、ゆるりと両手を動かし捕まえようとするが……。



『ぬぅ!! どこへ逃げるの!!』



 私の手の中からスルリと逃げ遂せてしまった。


 愛おしい三角を追い花畑の中を大疾走。


 様々な角度から攻撃を加えるがそれでもおにぎり蝶は私の追撃を見事に躱し。



『うふふ。捕まえて御覧なさい??』 と。



 生意気な言葉を放ちつつ、一切の音を立てずにヒラヒラと宙を舞い続けていた。



 ぬぎぎ!! 逃げんなぁ!!


 豪脚で大地を蹴り跳ね、しなやかな手の動きで捕獲を試みるも決してそれは叶う事は無く。


 只々疲労だけが募っていく。


 あっつぅ……。なんでこんなに暑いのよ。


 花の絨毯にお尻を着け、私を無慈悲に照らす太陽を睨む。



 あんたの所為か!!!!


 捕獲出来ない焦燥感が右足を動かし、天へ向けて放つと幾分か体温が下がった。



 ん?? おぉ、涼しい!!


 これならずっと追いかけていられそうよ!!


 体力を回復させ、可愛いお尻を上げて再びおにぎり蝶を追い始めた。



『待って!! お願い!! あなたが必要なの!!!!』



 心の中の熱い想いを放つと、それに呼応してくれたおにぎり蝶がピタリと羽を止めてくれた。



『仕方が無いわねぇ。ほら、お食べなさい』



 い、いただきまぁぁっす!!!!


 あ――んっと顎を開き、丸々とお太りになられたお米さんを噛み砕く。



『んひぃ』



 美味しくて目尻が下がっちゃうよぉ。


 程よい塩梅の塩加減、空気を含ませる様に握られた丁度良い硬さ。


 人生で一番美味しいおにぎりを食べているのよ、私は。


 だらしない顔になっても仕方が無いわよねぇ……。



 もむもむと咀嚼を続けていると空の向こう側から誰かの声が聞こえて来た。



「――――。マイ」


 ん――?? この声は……。


 言葉の端に滲む温かな感情そして鼓膜に響く心地良い振動。


 何百、数千聞いても飽きない。寧ろずぅっと聞いていたい声色に心が温まる。


 数万の人混みの中。この声で呼びかけられたら、この声の下へと必ず振り返る自信があるわ。


 何でアイツの声が聞こえてきたのかしらねぇ。


 澄み渡った空をおかずに残りのおにぎりを食もうと口に運んだが。



 な、無い!? どこいった!?


 顎が空振りに驚き、周囲を見渡すがおにぎり蝶の存在は消失してしまっていた。



 まさか……。


 アイツが奪っていったのか!?


 由々しき事態だ!! 強奪してやらねば!!



「――――。おにぎりを返せ!!」


 空を舞う燕が満場一致で満点を付けてくれる速さで上体を起こして叫ぶ。


「あ、れ?? おにぎりはぁ……??」



 ぼぅっとした頭のままで周囲を窺うが寝る前と変わらぬ静かな光景が広がっていた。


 窓から差し込む光は弱々しく、冬特有の冷たい空気が早朝であると物言わずとも告げている。



 ん――……。うん、夢だった。



 幻のおにぎりが消失した事に無念感を抱き、膝元に下がった布団を見下ろす。


 おぉ……。布団がこの位置にあるって事は、今日はちゃんと布団を被って寝ていたんだ。私の寝相も良くなってきたもんさ。


 さて、二度寝して先程の夢の続きを見ようと考えたが……。


 奴の存在がふと気になる。


 さっきの声はきっとアイツの声よね??


 上体を捻り、奥の襖へと視線を送る。



 お?? 襖が空いているわね。


 蜘蛛が横着したのか?? 誰しもが恐れ戦く鋭い目付きになりきしょい蜘蛛の布団へと顔の向きを変えた。



「すぅ……」



 ちっ、寝相が宜しくて何よりよ。


 朝一番で見たくも無い顔を見りゃ、気が滅入るってもんさ。


 じゃあ、何で開いているんだ??


 他の面々も気持ち良さそうに眠っているし。しかも、アイツの布団はこんもりと盛り上がっていた。


 ん――。ちょいと確認してみっか。


 可愛いあんよを布団から抜き、冷たい畳の上を歩いて奥の部屋へと踏み入った。



「お――い。起きてる??」



 矮小な声を出して布団を捲るとそこには……。



「んんっ……。はぁっ……」



 この世の淫靡を全て詰め込んだ妖艶な美女が心地良い眠りを享受していた。


 おいおいおいおい。


 何て寝相してんだ?? こいつは。



 股の間に両手を差し込み、込み上げる何かを我慢しながら色っぽい声を出し。甘い吐息を吐きながら淫魔の女王が悶えている。



「最高ぅ……。ほら、奥まで入れて……」



 何を?? まぁ皆まで問わない。


 頭の中まで淫靡に染まっている残念な女だが一応、私達を指導してくれる役目を担っているのだ。


 今日のところは見逃してやるわ。



 静かに布団を戻し、さてどうしようかと考えていると訓練場の方から何やら力強い鼓動を感じた。



 ほぅ、こんな朝から殊勝な心掛けですこと。


 もしかして、もしかして、だよ?? 眠る前に私が提案した早朝の走り込みをしているのだろうか。


 お腹を空かせた方が美味しく感じるものね。


 走るのだったら起こしてくれればいいのに……。いや、起こそうとして声を掛けたが。私がぐ――っすか寝ているから呆れて先に出て行ったのか??



 私の推理が正しければ、夢の中で聞いた声の正体。そして目的も一致する。



 何よ、もう。


 少し位強引に起こされても怒らないのに。



 ――――。



 いいや、ぶちのめすわね。


 飛び切り良い夢の途中だったし。


 だけど!! お腹を空かせる為に行動するのは良い傾向よ!!


 私も走ろっと!!


 大部屋の突っ切り、ぱぱっと靴を履き。一日の始まりに相応しい空の下へと躍り出た。



「お――!! 走ってる、走ってる!!」



 まだまだ眠気眼の太陽が放つ薄い明かりの中、だだっ広い大地の上に一人の男が白い息を吐き続けながら駆けている。


 微風に揺らぐ黒の前髪、規則正しくそして均等な歩幅と速度。


 真面目さが滲み出る走行よねぇ。



「おはよ――!! いい朝ね!!」



 なだらかな丘を駆け下り、丁度こちらに到着した男へと気持ち良い挨拶を交わした。



「おはよう。随分と早いんだな??」


 走るのを止め、顎から垂れる水滴を拭いながら話す。


「んっふっふ――。あんたも分かってきたじゃない」


 腕を組み、眉をクイっと上げて言う。


「分かってきた??」


「うむ。昨晩の提案を受け、私から命令せずとも実行に移す。良い傾向よ??」



 下僕として満点の行動だからねぇ。頷いてしまうのも納得出来るわ。



「いや、別にそういう訳じゃないぞ」


「は??」



 違うと申すのか。



「えっと……。何んと言うか。朝起きたら、エルザードが。ね??」


 ね??


「続けろ」



 気持ちの良い朝が台無しだ。


 目の前の男の発言が体の奥に怒りの炎がぽっと湧かせてしまった。



「あ、はい。目覚めたらエルザードが布団の中に紛れ込んでいまして」


「おう」


「健全な男女が一つの布団の中で密着するのは不味いと考え外に出ました」



 何故敬語??


 恐らく、私の怒りに触れまいとしているからであろう。



「で??」


「煩悩、又は如何わしい感情を吹き飛ばす為にこうして汗を流している次第であります」



 ふぅむ……。


 眠っていたら淫らな女王が勝手に入って来て、今もアイツの布団の中でアンアンと気色の悪い声を放ちながら眠っている訳か。


 こいつに落ち度は無い。だが、細心の注意を払っていたら防げた可能性もある。


 過失はある、のか??


 様々な要因を加味した結果、罪状は……。



「あっそ。今回は見逃してあげるわ」


 残念ながら無罪に辿り着いてしまった。


「ありがとうございます。裁判長」


「うむっ。次は無いからな??」



 私が冗談口調で話すと。



「はは。以後気を付けるよ」



 にっと笑みを浮かべてくれた。


 ちくしょう。陽性な感情を湧かせおって。


 こっちの方が、罪が重いんじゃないの?? 私にこんな感情を抱かせるのは罪なのよ。



「さて!! 私も走るわよ!!」


 心に湧いた温かい気持ちを悟られまいとコイツより先に駆け出してやった。


「どうせだったらこっちに合わせてくれよ」


 ちょいと後ろから情けない声が届く。


「仕方が無いわねぇ。とろいあんたに合わせてやるわ」



 速度を落とし、並走しながら話してやった。



 大地を捉えた両足が軽やかに前へ、前へと進み徐々に呼吸が早くなる。冬の寒さは私が発する熱に恐れをなし広い空間の片隅に縮こまっていた。



 ふぅ、良い調子ね。大分温まって来た。



「寝起きでよくそんなに速く走れるな」


「幼い頃はずっと走っていたからねぇ。慣れたもんよ」


「慣れねぇ……。どうせあれだろ?? 巨大な化け物に追っかけられた所為だろ」


「残念ながら、大正解よ」




 家を飛び出して森の中へ美味しい果実を求めフラフラと散歩気分で歩いていたら……。



『ギィィヤァァアア――――ッ!!!!』



 木造一階建ての平屋よりもドデカイ飛蝗に追っかけられたら誰だって必死こいて逃げるわよ。


 声にならぬ叫び声を放ちつつ不規則に立ち並ぶ木の幹の合間を器用に駆け抜け、直線疾走が得意な奴らの足を戸惑わせる。


 そして、奴等の縄張りから抜け出した後……。



「ジュルリ」



 っと、思い出し涎が……。


 文字通り死ぬ思いをして得た果実は絶品であった。


 木の幹に背中を預け、両手に乗るたわわに実った果実に齧り付き。はぁっ!! っと幸せな溜息を漏らす。


 カラッカラに乾いた喉を果汁で潤し、木々の合間から零れ落ちる陽射しを布団代わりにしてお昼寝をするのよ。


 うわぁ、なっつかしい。



「おい。飯はまだだぞ??」


 私の横顔を見て勘違いした大馬鹿野郎が呆れた声を漏らした。


「これは違うのよ。昔懐かしい思い出が横着な涎さんを招いてしまったの」


「ふぅん。聞かせてくれよ」



 おっ?? 何々??


 私の幼少期が気になると??



「ふふん。耳の穴をかっぽじってよぉく聞きなさい!!」


 走行中の吐息に合わせ、先程の思い出話を話してやった。


「――――。へぇ、よくもまぁ逃げ遂せたな??」



 あら。果実についてじゃないんだ。


 普通はそこに注点を置くんだけど??



「足が千切れる位に動かせば案外なんとかなるもんよ??」


「それはお前さんだけだ。普通の奴は捕まって食われちまうよ」



 あんたの普通はどの程度なのかしら。


 まぁ、私の普通とはちょいと劣りそうね。



「一度見てみたいな。その飛蝗」


「飛蝗じゃない!! 皇帝さんよ!!」



「どっちでもいいだろ。俺が傷つき、昏睡している時に森の中で会敵したんだろ?? 怖いもの見たさじゃないけどさ、興味が湧くんだよね。巨大な飛蝗、堅牢な甲殻を持つ蟹、それと物理攻撃を物ともしない熊に化け物芋虫。こっちの大陸じゃまずお目に掛かれないからさ」



 あんな猛者共がこっちの大陸に来たらドえらい事になるわよ。


 皇帝さんの鋭い顎が人間共の頭蓋を容易に噛み砕き、熊の鋭い爪が体を切り裂き、芋虫の触手が人間を捉えてずっちゅずっちゅと体内に取り込む。


 正真正銘の地獄絵図が展開される事は目に見えているからね。



「仕事が一段落ついて、時間が取れたらそっちにお邪魔していいか??」



 ほっ?? お邪魔とはどういう意味だろう??


 私の家に来るのかそれとも森に行きたいのか。



「フィロさんやグシフォスさん達に挨拶もしたいし」


 あ、挨拶?? それってぇ……。


「ほら、お世話になっていますって久しくしていなからな」


 あぁ、なんだ。そっちか。


「別にいいんじゃない??」



 ちょいと熱が上昇した顔を冷まそうとして、ちょっとだけ速度を上げて話してやった。



「あ、おい。待てよ。それにしてもさ。今日から訓練が始まるんだぞ?? ちょっと緊張しないか??」


 激しい訓練を想定して喜々としているのか、将又物怖じしているのか。ちょっとだけ呼吸が荒くなった口調で話す。


「ううん。全然??」


「ははっ。相変わらず肝が据わった奴だよ」



 振り返るとそこにはいつもより陽性な感情を滲ませているコイツの顔があった。


 物怖じしていないのは褒めてつかわそう。



「当ったり前よ。私が物怖じする理由があったら教えて欲しいくらいだわ!!」


「理由、かぁ」



 ふふん。


 無いだろう?? ほぉら、あんたの小さい頭で捻り出して御覧??



「そうだなぁ。お前さんが俺達の飯を強奪するとする」


 ふむふむ、ありふれた光景ね。


「そこへ、だ。フィロさんが颯爽と登場したら……」



 お、おぉ。


 物怖じ処か、尻尾を捲って地の果てまで逃げるわね。


 逃げられないのは自明の理だけれども、一縷の望みに賭けてという奴だ。



「脱兎の如く逃げるわ」


「はは!! おいおい。物怖じしないんじゃないのか!!」


「あ、あんたは母さんの怖さを知らないからそうやって笑っていられるのよ!! 目の前でアノ顔を見てみなさいよ!!」


「いや、遠慮しておくよ。そういう事態になる事は無さそうだし。寧ろ、知らぬまま人生を謳歌したいね」



 私も出来ればそうしたい。


 だが、奴とは血縁関係にある以上逃れらぬ運命なのだよ。



「謳歌、か。ねぇ」


「ん――??」



 間抜けな声を出すな。



「これからさ、鍛えに出発する訳じゃん」


「そうだな」


「つまりだよ?? これは、勿論アイツらに対抗する為で合っているわよね??」



 ユウ達が惜敗を喫した滅魔達に負けない力を得る為の訓練だ。


 相当厳しい内容が待ち構えていると思うと史上最強の私でもちょいと臆病風に吹かれてしまうのさ。


 ユウも悔しがっていたしなぁ。


 私は負けていないから悔しくもないんだけど……。親友達を傷付けた報いは受けて貰う。でもさ、私が手を出そうとしても、どうせ止められるだろうなぁ。



『邪魔すんな!! アイツはあたしがぶちのめす!!』



 そうそう!! その意気よ、ユウ!!


 彼女の勇猛果敢な姿が更に足を速めてしまった。



「だろうな」


 さっきから気の無い返事ばかり返しおって。


 ちらりと振り返ると。


「……」


 何やら険しい顔をして私の背を追っていた。


「顔、怖いわよ」


「え?? あぁ、ちょっと思う事があってね」


「思う事??」



 何だろう?? お昼ご飯の心配かしら。



「いや、ほら。昨日も話したけど人間達が魔女達に対して一大反抗作戦を画策しているんだよ。それが気になっててね」



 全然違った。



「昨日の夜話していた、ちっぽけな人間の力でもたくさん集めればなんとかなるって奴??」


「あぁ、その通りだよ。圧倒的物量で向かえば何んとかなると考えているらしいんだ」



 あんたらの世界の指導者の頭の中は空っぽなのかしらねぇ。


 御気の毒に……。



「例えば……。オーク一体に付き人間三名のどんぶり勘定だと。軽く見積もって三十万人の規模に膨れ上がるな」


「それだけの人間をどうやって集めるのよ」


「さぁ?? そこは俺の仕事じゃないから分からないよ」



 そりゃそうか。


 あんたの仕事は末端も末端。お偉いさん達から顎で使われる仕事だもんねぇ。



 ――――。



 ン゛ッ!? ちょっと待てよ??



「あんたは……。どうすんのよ」



 そう、こいつは軍属の身だ。


 それだけの大規模の作戦には必ず軍が参加するであろう。つまり、末端の兵のこいつにも必ず召集命令が下る筈。



「俺?? 勿論、参加せざるを得ない状況になるな」



 いやいや、そういう事を聞きたいんじゃなくてだね??



「私達と行動しないのかって聞きたいのよ」



 人間達の作戦に魔物が参加する訳にもいかん。


 私達と人間の狭間に身を置くこ奴はどっちにつくのか、その意思を確認しておきたいのだ。



「――。あ」



 やっぱり何も考えていなかった。


 きょとんとした声が背に届いた。



「師匠達も何か作戦を考案している様子だったし……。師匠達がその作戦を決行するまでは……。仲間を守ってやりたいかな」



 ふぅん。


 仲間意識が強いこいつらしい発言ね。



「つまり、イスハ達がようわからん作戦をおっぱじめるまでは人間側の作戦に参加するのね??」


「ん――。そうなるかな」


「だったらどうやって抜けて来るのよ」


「俺の勝手な想像だけどさ。師匠達の作戦が展開される事になったらきっと人間達の役目は少なくなると思うんだ」



 それは頷けるわね。


 あの馬鹿げた力を持つ大魔達が大地に降り立つのだ。


 人間達が出来る事と言えば、馬鹿みたいにぽかんと口を開けて戦況を見守る位でしょうねぇ。



「その隙に乗じて……。ってな感じかな。勿論、友人達を見捨てる訳じゃない。師匠達の側の作戦に参加して。――――。糞忌々しい魔女の命を刈り取ってやるんだ。そうすれば人間達にも勝利が訪れる事になるだろうし」



 ん??


 どした?? 急に怖い口調になって。



 再びひょいと振り返るが、そこには普段通りの顔を浮かべている男がいた。


 気の所為か。



「結局はイスハ達の作戦次第ってところね」


「そうだな」



 こいつはお人好し過ぎるのが偶に瑕。


 どうせ人間達の世話を焼き、ボロボロになって私達と合流するんだろう。


 でも、さ。


 私達と行動を共にすると、はっきりとコイツの口から言ってくれた事が妙に嬉しかった。


 口角が意図せずとも上昇するのを抑えるのに必死になってしまう。



「師匠達の作戦、か。ちょっと心配だな」


「どういう意味でよ」


「勿論信用はしているけど。ほら、聞かされない事について不安なんだよ」



 あ、そういう事。


 敵兵を前に無駄な突撃を繰り返す作戦と勘違いしているのかと思った。


 まぁ私はそういう作戦は嫌いじゃないけどね!!



「情報漏洩も懸念しなきゃいけないし。訓練が終わったら聞かせてくれるんじゃない?? そうじゃないと私達が何の為に苦労したのか分からないし」


「その点もそうだよな。師匠達はまるで、滅魔達との決戦を想定している様な考えだしさ」



 だろうなぁ。


 なぁんとなく、だけど。私もそんな気はしていた。



「あの戦場に滅魔達が来るのか……。それとも既に待ち構えているのか」


「いずれにせよ。私達はアイツらに負けない力を身に付ければいいだけの話じゃん」


「簡単に言うなよ。ユウ達が負けた相手だぞ??」


「私は負けていないもん!!」



 だが……。


 あのクレヴィス擬きだけは他の連中とはちょいと毛色が違ったわね。


 あのまま続けていたら不味かったかも。



「負ける云々より相手にされなかったんだろ?? それぞれ相手は決まっていたようだったし」


「いつの間にか決まっていた感じよ」


 血沸き肉躍る楽しい祭りに乗り遅れてしまったのだよ、私は。


「喧嘩っ早い人が多いからなぁ、うちの連中は。ユウ達はそれぞれの相手の為に対策を練る。お前さんはどうするんだ??」


「へ??」



 しまった。


 相手がいないのに鍛えても仕方が無いじゃない。



「ユウは素早過ぎる猫。ルーとリューヴは凶悪な三頭の犬。アオイは猛々しい蟷螂。カエデはクレヴィス擬き。ほら、相手がいないじゃん」


「そ、そのクレヴィス擬きよ!! 私の相手は!!」


「カエデに怒られるぞ。横取りするなって」



 うぐぐぅ……。


 猛って熱い想いはどこにぶつければいいのよ!!



「じゃあ私は魔女の首を刈ってやるわ!! そうすれば世の中は丸く収まるんでしょ?? それに敵の大将の相手は、こっちの大将が務めなきゃいけないし!!」


「いつからお前さんが大将になったんだよ」



 前からですぅ!!


 私が大将なの。あんたはずっと私の命令を聞いていればいいのよ。



「だが、魔女の首を刈る事については大賛成だ。肉が腐り落ち、白骨化するまで街中に晒してやろう。きっと……、うん。素晴らしい光景だよな」


「お――いおいおい。さっきからちょいちょい怖い口調になってんけど。どうした??」



 ピタリと足を止め、ちょっと離れた位置にいる男の到着を待つ。



「別に?? 普通だぞ」



 そうは思わないのよ。


 いつもあんたの側で声を聞き続けていた私には分かるの。



「以前、憎悪が心地良いとかぬかしていたけどさ。あんたまさかとは思うけど、あの発作に近い衝動を今も抱いている訳じゃないでしょうね??」


「そんな訳ないだろ」



 ふぅむ……。微妙な視線ねぇ。


 心の内を見透かされた驚きにも見えるし、これ以上踏み込んで来るなという拒絶にも見える。



「あんたの事はあんたにしか分からない。でもね?? 一つだけ聞いて欲しいの」


「何??」



 私は一つ呼吸を整えた後、口を開いた。



「人間側の作戦に参加する以上、私達の監視の目が行き届かなくなる。つまり、あんたが無茶をする可能性が大きくなるわ」


「……」



 ボケナスが無言のまま、私の顔をじっと見つめる。



「強敵に対峙した時、又は仲間を守る為に龍の力を発動するのは構わない。けど、あの厄介な憎悪だけは抱くな。あんたには御せない力のよ?? 私達が近くにいない以上、悪い方向に転ぶ可能性が高いの」


「十分承知しているよ。俺には過ぎた力だってな」


「それなら構わないけど。不穏な空気を感じ取ったら直ぐにでも首根っこ掴んで持ち帰るからね!?」



 こいつには手厳しく言っておかないと聞きやしないんだから。



「持ち帰るって……。俺は犬じゃないぞ」


「犬の方がまだましよ。あんたのソレは人を容易く殺める事を可能とするから十分じゃあ足りない。細心の注意を常に払っておくようにと言いたいのよ。私は」


「真摯に受け止めておくよ。ありがとうね、俺の身を案じてくれて」



 ふっと優しい瞳に変わり、私の目の奥を見つめてくれた。



「宜しい!!!!」



 ちぃっ!! 急に優しい瞳を浮かべおって!!


 ぽっと急に温かくなった頬を見られまいと、振り返りそのまま駆け出してやった。



「あ、おい。置いて行くなよ――」


 ふんっ。


 あんたはそうやって私の背を追い続けるのがお似合いなのよ。



 もし、コイツがあの不穏な力を発揮するようであれば文字通り飛んで止めに行こう。


 イスハやエルザードに止められようが、制止を振り払ってでも私は一陣の風となって向かうわ。



 あんたの優しい手を人間若しくは大切な友人の血で染めて欲しくないから。



 傷付くのは私達だけで結構なのよ。


 優しいあんたは傷付けた事を一生悔やみ続けるだろうし、そこから生まれる負の感情が更なる連鎖を生む恐れもある。


 そうなるともう……。止める手立ては消失しちゃうかも知れない。


 それだけは絶対に阻止すべきなのだ。


 コイツが欠けたら私達の輪も欠けてしまう。欠けた輪は歪に曲がり、正常に機能を果たさない。例え……、うん。私が傷ついてもいい。



 だって私がコイツをこっちの世界に引き込んでしまったから。その重い責任は私が負うべきだ。



 私の身が傷つき、心が修復不可能な位に壊れてもコイツだけは笑っていて欲しい。


 最悪な未来は私が許さん。


 私がアイツの彼の体の中に眠る最低最悪で凶悪な龍にも負けない力を付けねば……。


 冷たい大地の上を走り続け、ちょいと不機嫌な顔をして起きて来たお腹ちゃんを宥めながら一人静かに今日から始まる地獄の訓練に対する決意を固めたのだった。




お疲れ様でした。


本話でも触れたのですが、狐さん達が画策している作戦内容は第三章最終話にてこの御話の根幹となる部分と同時に発表致します。


そしてこの御話を以て日常パートが終わり、次話からは南の島での特訓編が始まります。彼等は新たなる舞台へ上がる為にもう一段階強くなる必要があるのでいつもよりかなり長めの話となっておりますので予めご了承下さい。




ここからは私事になるので大変申し訳ありませんが……。全く番外編の更新をしていませんので土日の更新は番外編を進めようかなと考えております。


平日は本編、土日は番外編。


お弁当ではありませんが、毎日本編を食べていては読者様達も飽きるのではないのかなぁっとの考えに至りまして……。


『おいおい。こちとら本編しか読んでいなんだけど??』 と。


大変冷たい瞳で私を睨みつけている読者様もいらっしゃるかと思いますが、そう!! 味変です!!


味変も時には必要なんですよ!! 少しでも多くの読者様を満足させる為にも必要なのです!!


どうか私の我儘をお許し下さい……。



そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


プロット執筆の嬉しい励みとなります!!!!



それでは皆様、良い週末をお過ごし下さいませ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ