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第二百六十一話 御品書きの魔力

お疲れ様です。


本日の投稿なります。




 大地を遍く照らす太陽はとっくに床へと就き、頭上に浮かぶ空は澄み渡った青から星の瞬きが良く似合う漆黒の黒へと変容している。


 冬の季節は日が短いからなぁ。


 夏の今頃はまだもう少し……、と。太陽も出来るだけ俺達を照らそうと眠い目を擦って起きているんだけど。残念ながら晩冬の寒い時期にはそれは叶わぬようだ。


 太陽もきっと今頃温かい布団に包まって大欠伸を放ち、明日に備えて早めに眠っているのだろうさ。


 ふぅっと息を吐くと白い靄が宙へと漂い空気に乗って何処かへと向かって行く。


 頬に当たる風が冷たく、髪を撫でて通り過ぎていく横着な突風が憎らしい。



『マイさん達、遅いですね』



 この寒さが堪えたのか。


 隣のアレクシアさんが僅かながらに肩を震わせてポツリと漏らす。



『明日からに備えた買い物って言っていましたからね。きっと有り得ない量を買って帰って来ますよ』


『見ていないのに分かるんですか??』


 不思議そうにパチパチと瞬きをしながら此方を見上げる。


『もう何度も経験しましたからね。有り金全部つぎ込んで、両手一杯に戦利品を抱えて戻って来る筈です』


『あはは。何となく想像出来ちゃいました』



 そりゃ結構ですね。


 彼女に倣い軽い笑みを浮かべ、再び南大通り通りへと視線を戻した。


 今から遡る事、約二時間前。南門近くのお店で甘味を享受していたら。



『御馳走様でした!! ユウ!! ルー!! 買い物に行くわよ!!』



 と、深紅の龍が突如として立ち上がり渋る両名を無理矢理引き連れて店を出ていってしまった。


 聞けば。


 南の島では口が甘味を欲するだろうと考えに至ったようで?? そんな寂しい想いを口にさせる訳にはいかんとの事。


 精神と肉体を鍛える為に向かうのだから必要最低限の荷物にしろと声を大にして言ってやりたいが……。どうせ俺が言っても聞きやしないし、しつこく言おうものなら恐ろしい龍の牙若しくは爪がこの体を裂いてしまう。


 戒告、程度に留めておくのが最良なのです。



『マイ。今、どこですか??』


 カエデの冷たい声色が頭の中に響くと。


『後二分で到着する――!! もう直ぐ大通りに出るわよ!!』


 直ぐに陽気な声が返って来た。


 時間通りに行動しないのは由々しき事態だが、今は訓練中でも作戦行動中でも無い。多少のおいたは水に流しましょう。


 それよりも……。腹ペコ龍の喜々とした声を聞かされたら仕方が無いと思ってしまうんだよね。


 まっ、御菓子程度なら目を瞑ろう。甘みは疲労を拭い去る効果もあると聞いた事があるし。



 マイ達は買い物へ向かい。夕食会までまだ時間が大いにあるので、俺達はその時間まで各自自由行動となった。


 カエデとアレクシアさんは人混みを避け本屋へ。


 俺は携帯用の砥石を購入する為に、けしからん格好の店員が接客を行う武器屋へと足を向けた。



『いらっしゃいませぇ――!! お客様ぁ。何かぁ、お探しですかぁ??』


 男一人の来店では無意味にきゃあきゃあと騒ぎつつ、要らぬ物を勧めてくるのだが。


「「…………」」


『ご、ごめんなさい。ひ、引き続きお買い物を楽しんで下さいね……』



 強面狼さんと冷酷な蜘蛛さんの両名のありがたぁい護衛のお陰でそれには至らなかった。


 特にリューヴの眼力は強烈過ぎたらしく。俺に声を掛けてくれた女性店員さんはおっかなびっくり店の奥に引っ込んで行ったんだよね。


 もうちょっと穏便に済ませて欲しいと思った次第です。


 そうして滞りなく買い物を済ませ雑談を繰り広げながら時間を潰し、本日の夕食を済ます予定の店の近くで待ち惚けを食らっているのだ。


 アイツ等……。一体どこまで買いに行ったんだよ。



『カエデ。今何時位から分かる??』


 大通りを照らす松明の灯りの近くに佇む彼女に伺う。


『――――。凡そ八時、前後ですね』


 空を仰ぎ見、そして俺の顔を正面に捉えて話した。


『先に入る?? もう予約の時間だし』



 予約時間は午後八時。


 その時間になっても現れないとなると、席を片付けられてしまう恐れがあるのだ。



『そう、ですね。もう間も無く到着すると言っていましたから……』


『――――。悪い悪い!!!! 遅れちゃったぁ!!』



 マイが嬉しそうに肩で呼吸をし、俺の想像の二個上を行く大きさの紙袋を両手一杯に抱えてこちらへと合流を果たした。



『いやぁ!! 走ったぁ走った!! 時間に遅れると御飯が食べられないからね!!』



 ふ――っ!! と。


 額に浮かぶ汗を満足気に手の甲で拭う。



『おい。それ、何が入っているんだ??』


 飯云々の前に、その確認を取らないと。


『あ?? これ?? んっふふ――。聞いて驚くなかれ』


 いや、多分驚かないと思うよ。


『御贔屓にしてくれるから安く売ってくれてさぁ!! 通常の二割……。いや!! 三割引きになっていたのよ!!』


『だから値段じゃ無くて。中身を聞いているんだ』


 話、聞こう??


『中身は当然……。御菓子よ!!』


『それ全部御菓子なんですか!?』



 アレクシアさんの驚嘆の声が響く。



『え?? うん。そうだけど……』


『さ、流石に買い過ぎじゃないですか??』


『クッキー、一日飴、焼き菓子その他諸々。選り取り見取りの大祭りなんだから!! 適量よ、適量!!』


 お前さんの適量とこちらの適量の差を考えてみろよ。


 その差は歴然で御座いましょう??


『所で、ユウとルーは??』



 二人の姿が見えないのでやれこれはいい匂いだ、やれこれは新商品だと聞いてもいないのに嬉しそうな声色で解説を続けている龍へ問うた。



『あり?? もう着いているんじゃないの??』


 キョロキョロと周囲を窺う。


『――――。お――い!! 馬鹿野郎!! あたし達を置いていくなぁ!!』


『そ、そうだよ!! 急に走り出すから迷っちゃったじゃん!!』


『あはは――。わりぃわりぃ、足が言う事を聞かなくてさ』



 慌てて南側から駆けて来た二人へ悪びれる様子もなく謝意擬きを放った。



『ユウ達は随分と真面な量だな??』


『はぁ……。はぁ……。こいつに合わせていたらあっと言う間に破産しちまうからね』


 ユウが呼吸を整え、俺の問いに答えてくれる。


『失礼ねぇ。分を弁えた量にしたじゃない』


 それで、ですか??


『ほら!! さっさと店に入りましょう!! お腹ペコペコよ!!』


 俺達の冷ややかな視線を無視し、堂々たる足で店へと向かう。


『待て』



 言葉が通じないって言うのに何でお前さんが先頭で入店するんだよ。


 あわてんぼうさんの襟を掴んでやった。



『ぐぇっ。何すんのよ!!』


 あっぶねぇ!!


『当たったらどうするつもりだ!!』


 地面から生えて来た拳を寸での所で躱して叫んでやる。


『当てるつもりだったのよ!!』


『俺が予約をしたんだ。お前さんが先頭で入っても、人相手には話が通じないだろ??』


『あぁ――。そう言えばそうだった』



 熊も慄く恐ろしい表情から一転。


 水辺で佇む蛙が我々と同類だと勘違いしてしまう程に、ケロっと惚けた表情を浮かべた。



『はぁ――……。レイド様。心労祟ってお倒れになられないで下さいね??』


 邪な感情を持つ女性が左腕に絡もうと体をすっと寄せて来るが。


『気をつける事にするよ』


 素早く体一つ分距離を空けて話す。


 油断も隙もありませんね。


『あんっ。もぅ――。寒そうでしたのでアオイが温めてあげようと思ったのです』


『もう直ぐ温かい店に入るからね。その心配は無いかな??』


『んふっ。辛辣ですわね』


 そんな怪しい瞳で見つめないの。


『さて!! それじゃあ全員揃ったし、お店に入ろうか!!』



 気分一新。


 陽性な声を上げ、仰々しく。そしてワザとらしく両手を広げて言った。


 これから楽しい食事の始まりなのです。間も無く始まる訓練に備えて英気を養う意味での会だ。


 ちょっと大袈裟位が丁度いいんだよね。



『は――い!! ちょっと走ったからお腹空いちゃった!!』



 ルーが元気良く右手を挙手し、軽快な声を上げる。


 彼女の陽気な声と雰囲気が酷くこの場に合う。俺達は陽気な狼さんの声を皮切りに人の営みが盛大に漏れている扉を開き店内へと足を運んだ。



「いらっしゃいませ!! ペイトリオッツへようこそ!! お客様は何名様ですか!!」



 机と机の合間をすり抜け、額に忙しそうな汗を浮かべている男性店員が軽い小走りで向かって来る。



「本日の午後八時から予約をしているレイド=ヘンリクセンと申します」


「予約のお客様ですね!! 少々お待ちを……」



 背の高い木の机の下。


 会計所であろう場所から予約表を取り出し、ふむふむと頷きながら確認を取り始めた。



「あはは!! もっと飲めよ!!」


「もう飲めないって!!」


「このお肉美味しい!!」


「一口頂戴よ――」



 あらまぁ……。予想よりも随分と御盛況ですねぇ。


 南大通り沿いで立地状況が良いとは言え、少々混み過ぎじゃないですか??


 数多くの机の上には食欲を多大に刺激する魅惑の品々が並べられ、お客さん達は舌鼓を打ち幸せな一時を過ごしている。


 焼き目が美しくしっかりと塩味が効いた肉。冬の実りを感じさせてくれる根菜類が入った汁物。


 そして……。



「くぅ!! やっぱこれだよなぁ!!」



 くぃぃっと赤色の液体を喉の奥へと流し込んだ男性が嬉しい悲鳴を上げた。


 酒、か。馨しい料理の香りの中に酒類特有の香りが混じっている。


 昨日の今日で同じ過ちを行う訳にはいかん。


 断じて口にしないぞ。



「お待たせしました!! レイド=ヘンリクセン様ですね?? 個室の予約で御座いますので案内致します」


「ありがとうございます」



 前回と同じ部屋を予約してあるので要領は理解している。


 奥の部屋へと進む彼の背を追って移動を開始した。



『良いお店ですね!!』


 アレクシアさんの嬉しそうな念話が届く。


『雰囲気もそうですが、味も中々ですよ??』



 味、量、そして値段。


 三者揃った店はそうそう見つからない。


 俺達に誂えた様なお店さ。



『わ、わぁ……。あれも、これも……。全部食べるぅ』


『全部は無理に決まってんだろ』


『ユウ!! 駄目よ!? 明日から私達は僻地送りにされるのよ?? それに備えて腹がはち切れるまで詰め込まなきゃ駄目なんだから!!』


『安心しろって。向こうでも馬鹿みたいに食わされる筈だからさ』



 だろうなぁ。


 量はなんとか凌げるとして、問題は……。アレ、だな。


 まぁ南方に位置するので流石に出て来ないとは思いますけれども。


 モアさん達も俺達に帯同するのかしら?? そこが懸念材料ですよねぇ……。



「では、お入り下さい」



 あ、どうも。


 軽快な笑みが良く似合う男性店員に促され前回と同じ個室へと入室を果たした。


 部屋に入る前の扉の大きさから想像出来る部屋の広さより一段広い面積がこちらを迎えてくれる。


 中央には丸い木の机がどっしりと腰を下ろし、それを囲む形で十の椅子が置かれていた。



「私はここ!!」



 マイが一番奥の席に位置を陣取り、颯爽と品書きを開く。


 別に仲間内だから構わないんだけどさ。も――、少し慎みというか、雰囲気に合った行動を取って貰いたいですねぇ。



「んじゃ、あたしはここだな」


「ユウちゃんの隣――!!」



 ふむ、前回と同じ位置に座るようですね。


 俺は店員さんに注文を伝えなきゃいけないから扉に一番近い椅子に座るか。


 荷物を床に置き、普遍的な椅子に腰を掛けた。



「レイド様っ。隣、失礼しますね」


「いいよ」



 右隣りにアオイが腰掛け。



「カエデさん。お薦めの料理は何ですか??」


「まだ品書きを見ていないので何とも言えませんね」


「あはっ。そうでした!!」



 左隣りにカエデ、そのもう一つ隣はアレクシアさんが着席した。



「先ず料理を決めようか。んで、注文が決まったら教えて。部屋を出て注文を伝えて来るから」



 前回と同じ流れで構わないでしょう。魔物と人間は言葉が通じないので通訳が必要なのです。



「あいよ――。マイ、このパンは美味そうじゃない??」


「それね!! 私も気になっていたんだけど……。保留していたのよ」


「リュー!! お肉どれにする!?」


「まだ考え中だ!! 私の品書きを覗き込むな!!」


「カエデさんはどれにします??」


「空腹具合で決めます」



 あはは、皆嬉しそうに笑みを零しているな。


 もう味を想像しているのか、各々の口角は自然と上向きに曲がり。料理が来ていないのにも関わらず陽性な空気が漂う。


 いいよねぇ、こういう雰囲気。


 仲間と何ら気にする事も無く和気藹々と口を開き、舌鼓を打つ。


 英気を養うのには持って来いの雰囲気だ。



「レイド様は如何なさいます??」



 おっと、見ているだけじゃ料理は決まらない。


 俺も決めなきゃな。


 品書きは机の上に五つある。つまり、二人一組で見る形になるんですけども……。



「この肉料理は如何でしょうか?? 塩と胡椒の単純な味付けですが、良い素材を使用しているようですので期待出来ますわ」


「アオイ」


「あぁ、そうそう!! レイド様は沢山召し上がりますのでこれだけでは足りませんわよね。もう一つが……」


「アオイ!!」


「はい?? どうされました??」


 距離感を間違った顔がきゅっと傾く。


「近い」


「まぁっ!! ふふふ、私とした事が……」



 柔和な笑みを浮かべ、右腕からやっと温かく柔らかいお肉を退けてくれた。


 全く。御飯前によしなさいよね……。


 ――――。


 食後でも駄目だけど。


 彼女との間に品書きを置き、雑談と味の想像を膨らませながら互いの料理を決めていく。


 アオイが好きな味はどちらかと言えば辛みとか香りが強い料理が好きなんだよね。



「この前は、この……。鶏肉の料理を食べたね」



 品書きの文字を指して話す。


 そうそう、美味しそうに食べていたよな。


 鶏も美味ければこの店は牛肉の一枚肉も美味い。只、同じ料理ってのも何だか味気ないし今度は違う料理を注文してみようかな。



「アオイの好みを覚えて下さって嬉しいですわ」


 俺の手に白く細い手を添え、甘い口調で漏らす。


「そ、そりゃあ長い事共に行動しているからね。自ずと覚えるさ」


 慌てて手を外して品書きの紙を捲る。


 アオイの手って柔らかいんだな。


 温かくて白い、触ったら傷付いてしまうんじゃないかと思われる肌だからそんな気はしていましたけど。


「んふっ。恥ずかしがらなくても宜しいのですよ??」


「別にそういうのじゃないよ。ん?? これどんな料理だと思う??」



 恥ずかしさを誤魔化しつつ文字の羅列に視線を泳がせていると、一つの料理名に視線が留まった。


 そこには。


『鶏肉と野菜の油揚げ』


 と、簡素な文字で書かれていた。


 揚げ物、なのかな??


 でもそれならそれで揚げ物と書けばいいだけだ。


 定石通りに攻めるのも手だけど、偶には奇策を講じるのも一考だ。



「失礼します。お水をお持ち致しました」


 木の扉から乾いた音が響くと同時に女性店員さんが人数分のコップを盆に乗せ入室して来る。


 丁度いいや、彼女に聞いてみよう。


「失礼しますね」


 俺の前コップを丁寧に置いてくれる。


「あの、すいません」


「はい、どうしました??」


「この……。鶏肉と野菜の油揚げって料理なんですけど。どういった料理なんですか??」



 品書きの一点を指して問う。



「これくらいの……。鉄の鍋にですね熱した油を注ぎます」


 両手で鍋の可愛い大きさを表し。


「その油の中に鶏肉と野菜を入れて、油の熱で中まで火を通して頂く料理ですよ。味付けは香草と大蒜と塩です。美味しいですよ??」



 そして、話し終えると気持ちの良い笑みを送ってくれた。



「どうも」


「いえ。では、失礼します」



 ふぅむ。


 姿形は何となく想像出来たけど、味が今一想像出来ないな。


 素揚げなのは理解出来たけどね。



「注文されたら如何です?? あの女性が言っていた感じでは味も保障されていますので」


「そう、だね。初見に億劫になっていたら美味しい料理は発見出来ないし」



 アオイの後押しもあり、一つ目の料理が決まった。


 さて、お次はっと……。


 腹具合では量を求めていないので、軽めの料理にしようかな??


 取捨選択を繰り返し、軽く唸っていると耳を疑う声が聞こえて来た。



「迷うわねぇ……。いっその事、全部??」


「頼む。それだけは止めてくれ」



 机の対面で苦悶の表情を浮かべているマイへと懇願を放つ。


 アイツの事だ。俺の粗相を理由に全部注文しかねない。



「わ――ってるわよ。さっきの姉ちゃんの話、聞いていたんだけど。結構美味そうじゃない?? 油揚げって奴」


「あぁ、俺はそれを頼むよ。問題はもう一品なんだよねぇ……」



 肉ときたらパンか御米さんなんだけど。


 数時間前に甘味を頂いたからそこまで腹が減っていないのが問題だ。



「レイド様??」


「ん――??」


「宜しければ、私と料理を折半致します??」



 その手があったか!!



「じゃあそうしようかな。アオイが食べたい物を頼んでいいよ。俺はその半分を頂くから」


 アオイの提案に乗り、ふぅっと肩の力を抜いた。


「畏まりましたわ。では、吟味を始めます」



 宜しくお願いします。


 品書きを彼女に渡し、コップの水を口に含んだ。


 皆もそろそろ決まりそうな雰囲気だな。


 只、俺と同じく最終判断に迷いを見せている。



「ん――……。パンねぇ……」


 ユウは腕を組んで唸り。


「揚げ物はさっき食べたからなぁ。この御肉さんも美味しそうだしぃ……」


「肉は決定事項だ。後は量か……」



 ルーは難しい顔を浮かべているリューヴの肩に頭を乗せ、込み上げて来る涎を抑えて品書きを覗き込み。



「野菜中心にします?? それともこのお肉さんですか??」


「……っ」



 アレクシアさんは初めてのお店で要領を得ないのか。カエデに質問を続けていた。


 はは、カエデさん?? ちょぉ――っと御顔が怖いですよ――っと。


 同意、又は質問攻めで自分の料理を決められないのか。むすっと眉を顰めていた。



「んぎぎぃ……。決まったぁ!! 初手はこれにしたわ!!」


 びっくりした。


「急に声を上げるなよ」


 顔のしこりが溶け、晴れ渡った表情を浮かべるマイへ話す。


「いやぁ――。迷った、迷った!! 初陣を飾るのに相応しい兵を選りすぐっていたら時間掛かっちゃった」


「ふぅん。因みに、どんな布陣なので??」



 聞きたいような、聞きたくないような……。


 初手って言っていたし、二手目もあるのでしょう。



「あんたが注文する時に言うわ。文句言われても組み替える気は無いからね!!!!」



 はいはいっと。


 どうせ馬鹿みたいに量が多いんだろうさ。



「よし。皆、そろそろ決まったかな??」



 皆の表情を窺い、頃合いだと考え声を上げた。



「決まったよ――!!」


「長きに渡る苦しい戦いであったが。決まったぞ」


 狼二頭さんがコクリと頷き。


「こっちも大丈夫だぞ」


「決まりましたよ!! ね?? カエデさんっ」


「殆ど私に一任された気がしましたけどね」



 ユウ、そしてカエデの組も決まったね。



「アオイは??」


 右隣りへ顔を向けて問う。


「決まりましたわ」


「そっか。じゃあ店員さんに伝えるから各自の料理は念話で俺に伝えてね」



 席を立ち、その足で扉へと向かう。



「宜しくね――!!」



 ルーの威勢の良い声を背に受けて部屋を出た。



 さて、店員さんはどこかな……。


 周囲の様子を窺い、顔を左右に動かしているとこちらの様子に気が付いたのか。


 先程水を運んで来てくれた女性店員さんがパタパタと何だか気の抜ける足音を立てて向かって来た。



「ご注文はお決まりですか??」


「えぇ。決まりました」


「では、御伺い致します!!」


『いいぞ、伝えてくれ』



 背後で待つ皆へと念話を送った。



『私は大盛パンの盛り合わせと、牛肉の一枚肉!! んで、大蒜のパスタ!!』


『あたしは、冬の実りが入ったカボチャのスープ。それとパンに鶏肉と野菜の油揚げだな』


『私はね!! ……』



 一人一人の料理を店員さんへと丁寧に伝えていく。


 俺の言葉に合わせ、忙しなく紙に文字を書いているんだけど……。


 量が多過ぎてなんだか申し訳なくなってきた。


 すいませんね、多くて。



『鶏肉と野菜の油揚げ。そして、唐辛子と大蒜のパスタでお願いしますわ』

『了解』


「――――。以上ですね」


「……、はい。畏まりました!!」



 これにてお役目御免。


 そう考えて踵を返そうとしたのだが。



「お待たせしました!!」


「おおぉぉ!! すっごい!! 何コレ!!」



 机の一角で歓声が上がり、多大に興味を引く声色が俺の足を自然と止めた。


 歓声の正体を確かめようと視線を送ると。



 な、何?? あれ。


 男性店員が重そうに巨大な円盤状の物体を運び、そしてそれを机の上に置く場面であった。


 机の上に置かれたのは薄いパンの上にチーズと具材を乗せて焼いた物だ。食べた事もあるし見た事もある。


 だが……。あれはこちらの想定する大きさを大幅に上回っていた。


 机に並べられていた料理を隅に置いてもなお乗らない。


 こんがり焼かれた美しい焦げ目の淵が机の端から零れそうになり苦しそうな表情を浮かべている。


 遠目からでも大きさが分かる直径って……。



「あははは!! ここまで来たらもう冗談だよな!!」


「これ全部食うのかよ!?」



 四名の男性達がおっかなびっくり綺麗に切り取って口に運び出した。



「あの」


「っと。はい?? どうされました??」



 急に呼び止めてすいませんね。



「あそこの馬鹿デカイ物体は何ですか??」



 きゃあきゃあと可愛い声を上げている男性四名の席を指して話す。



「あれですか。ふふ、気になります??」



 手で口元を隠しながら話す。


 気になるから伺っているのです。



「この季節にしか提供しないピコピスタ!! 知る人ぞ知るこの店の裏看板料理なんです。パン生地にたっぷりチーズを乗せ、玉葱、お肉……。様々な具材を乗せてこんがりと焼き上げています。大味に見えますがその実、満足頂ける味になっていますよ」


 ふぅむ。


 偶にはマイ達にも喜ばれる驚きを提供してみようか??


「因みに、提供までどれ位かかります?? 後、お値段も如何程かと」


「提供まで……、そうですね。一時間もあれば出来ます。お値段は……」


 こちらに耳打ちする仕草を見せるので、彼女へと右耳を傾けた。


『本当は言っちゃいけないんですけど。お値段は五千ゴールドですよ』



 品書きにも乗せられていないから、値段も伏せているのかしらね。


 そして大きさに比例して値段もまぁまぁですね。



「ありがとうございます。では、あの常軌を逸した物体を追加で注文させて頂いても宜しいですか??」


「はいっ!! 承りました!!」


 すっと顔を外し、満点の接客態度で答えてくれた。


「では、伝えて参りますね!!」


「宜しくお願いします」



 こちらも彼女に倣い、柔らかく口角を上げて見送った。


 値段は少々張るけど喜んで貰えれば良しとしよう。只、一つの懸念が湧く。



「うっぷ。やっべぇ……。もう腹一杯……」


「酒で流し込め!! 残すと追加料金が発生するんだよ!!」


「「はぁ!?」」



 そう、食べ残しという懸念が湧くんだけども。



 食に関しては最強の存在が居るから大丈夫だろう。


 追加料金の心配もしなくていいし、見方を変えれば五千ゴールドで追加注文を伝えなくても、その追加料理に掛かる金額も心配する必要が無いのだ。


 皆が喜び、俺の財布も御満悦。正に一石二鳥じゃないか。


 良い注文しちゃったな。


 部屋を出た時よりも高揚した足取りで踵を返し、扉越しでも陽性な感情を感じ取れる個室へと向かって行った。



お疲れ様でした。


本日は正月分のストックがあるので編集作業後にそちらも投稿させて頂きます。今暫くお待ち下さいませ。

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