第二百五十八話 放蕩無頼の酔っ払い 相対するは戦々恐々する者共 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
話を区切ると流れが悪くなる恐れがあったので長文となっております。予めご了承下さいませ。
薄汚いボロ雑巾を前に一同が固まっていると。
「レ、レイド様ぁぁああ――!! 一体どうなさったのですか!?」
蜘蛛が誰よりも先に飛び出して死体に装着されている背嚢を外し、焦げた体を抱き起す。
「レイド様、大丈夫……。ま、まぁ!! お酒の匂い!!」
「本当だぁ!! お酒臭いぃ!!」
うえっ。
お惚け狼が前足を器用に動かして鼻を抑えると私の下にも強烈な酒の香が到着。
嗅ぎたくも無いのに鼻腔へ酒の匂いが侵入を開始した。
酒と肉が焦げる匂いが混ざり合う何とも言えない匂いが漂う。
「お気を確かに!! アオイですわよ!!」
蜘蛛がボケナスの頬を優しく一度、二度叩く。
すると。
「……」
あ、死体じゃなかった。生きていたのか。
ボケナスがゆぅぅっくりと目を開け、キョトンとした表情で周囲へと視線を泳がした。
「レイド様!! お気付きになられたのですね!!」
「あ、うん。アオイだぁ――」
「はい?? きゃぁッ!?」
いぃ!? な、何すんだこんにゃろう!!
目が覚めたと思えば人目も憚らずきしょい蜘蛛の体にひしと抱き着くでは無いか!!
真っ赤に染まった両の目、意味不明に上がる口角、そして体中から溢れ出る酒の匂い。そこから察するに野郎は酷い姿であるがまだ酔っ払っていると判断出来るわね。
そうじゃないとあのきしょい蜘蛛に抱き着こうとは思わないし……。
「レ、レ、レイド様!! い、如何為されたのですか!?」
「えへへ。アオイの髪、好きなんだぁ……」
まぁまぁデカイ胸元に顔を乗せて蜘蛛の白い髪をゆるりと撫でる。
「私の事をす、好きですって!? し、東雲!! おいでなさい!!」
耳、腐ってんのか?? 髪の毛って言っただろうが。
白い顔があり得ない程真っ赤に染まり、珍しく大変慌てた様子で奴の子分を召喚。
「アオイ様!! お呼びで御座いますか!?」
内側から見ていればこの可笑しな状況も理解出来るってか??
宙に浮かぶ眩い光を放つ魔法陣から出て来るといつもより慌てた翼の動きで蜘蛛の肩に留まった。
「あなた、確か見ている光景を記憶する事が可能になりましたわよね!?」
「は、はい!! ですが、流れる画像でありますと私の今現在の魔力では数分程しか記憶出来ません……」
「構いませんわ!! 記憶を開始しなさい!!」
「し、しかしアオイ様!! 流れる画像を記憶するとなりますと……。作品番号一、『私にだけ微笑むレイド様』 。作品番号二、『湯浴みを享受するレイド様』 。さ、更に作品番号三、『私の体を見つめて赤らむレイド様』 を消去せねばなりませんっ!!」
「な、なんですってぇ!?」
お、おいおい。あのクソ蜘蛛。自分の使い魔を利用してボケナスの顔を記憶していたのか??
能力の完全な無駄遣いじゃん。もっと真面な方向に使用すれば良いのに。
例えばぁ……。美味しい御飯の姿だったり、友人達の変な顔だったり。世の中にはアイツの顔よりも素敵な場面がそこかしこに存在しているのだから。
「何とかなりませんの!? 特に作品番号一、だけは一生記憶しなければならない名作中の名作ですのよ!?」
「私も時間を見付けては悦に浸って眺める程の名作ですが、名作があるが故に保存して留めておくのには他のどの作品よりも魔力を消費してしまうのです!!」
「で、では……。断腸の思いで……。作品番号八を消去しなさい……」
「は、八番ですか!?」
八番は一体どんな作品なのやら。
クソ烏の慌てよう、そして蜘蛛の悔しがり方からしてよっぽど珍しいボケナスの姿なのだろうさ。
「い、いや。しかし、これは珍品中の珍品で御座いまして。真正面で捉える機会は中々訪れないかも知れませんよ!?」
「私とレイド様は一生添い遂げるのです。長きに亘る年月を共に過ごして行く内に訪れるやも知れませんわ。ねっ?? レイド様っ」
蜘蛛の髪を今も優しく触るボケナスの頭をゆるりと撫でる。
「か、畏まりました。では作品番号二、及び三。そして作品番号八……」
さぁ、いよいよ作品名の発表か。
この場に居る全員が黒き烏の嘴に注目。
「『白濁の湯の中から聳え立つ私の金の延べ棒』 を消去します!!!!」
「「「ふぶっ!?」」」
そしてクソ烏の嘴から出て来た言葉にこの場に居るほぼ全員が噴き出してしまった。
「東雲ちゃん!! こっそり覗いたら駄目じゃん!!」
「そ、そうですよ!! 羨ま……。いえ!! そういう事はしちゃいけないんですよ!?」
「喧しいですわよ!! これはレイド様の正妻である私に与えられた特権なのです!! 東雲!! 記録を開始しなさい!!」
「畏まりましたぁ!!」
クソ烏から魔力が放たれると蜘蛛が一つ咳払いを放ち、ボケナスへと優しい口調で語りかけ始めた。
「こほんっ。さ、さぁ、レイド様っ。アオイの髪、お好きなのですよね??」
「そうだよ――。ほら、雪の様に白く。本当によく見ないと分からないんだけど。うすぅぅい青も混ざってて……」
蜘蛛の髪を手に取り、指でクルクルと巻く。
「それにぃ。艶々で大好きなんだぁ」
そして、まぁまぁ綺麗な髪を酒くっせぇ唇に当てた。
「ま、まぁっ!! アオイは嬉しゅう御座います!! レイド様から褒めて下さ……。へっ??」
髪を弄るのが飽きたのか、蜘蛛の髪から顔を外すと耳元へと顔を近付け。そして。
「綺麗な髪もそうだけど……。スンスンッ。やっぱり匂いも好きだなぁ」
蜘蛛の耳に唇を接着させ整った形の耳をハムっと食んだ。
「う、うぅん……。これ以上は耐えられませんわぁ……。アオイは、幸せの境地に達してしまいましたぁ……」
真っ赤に染まった蜘蛛の顔から大量の湯気がボフッと放出。そして大袈裟に額に手を当てて、後ろに倒れやがった。
そのまま一生寝てろ、色惚け女めが。
「アオイ様!! お、おめでとうございます!! これで晴れてレイド様と夫婦の仲となりましたね!!!!」
「いやいや、東雲ちゃん?? レイドは髪の毛と匂いの事しか言っていないからね??」
お惚け狼が意外且、的確な意見を述べた。
「レイド様の言質。この東雲が確かに記憶致しました!!」
「いや、聞いて?? レイドは……。な、何?? レイド……」
おっと、野郎が標的を変えたみたいだ。
酔っ払いが動かなくなってしまった蜘蛛に見切りを付けるとお惚け狼の下へと四つん這いで進んで行く。
「ルー、こっちに来なさい」
「嫌」
これ以上無い端的な言葉で拒絶を現す。
「どうして??」
「どうしてって。レイドお酒臭いもん」
「そうかなぁ?? ほら、意外と臭わないかもよ??」
上着の袖口に鼻を当て、スンスンと香りを嗅ぐ。
ど――考えてもくっせぇだろ。ここからでも匂うんだから。
「え――。本当ぉ??」
しかし、友人を信じ過ぎる事が偶に瑕の阿保狼が半信半疑のまま四つの足を動かし、酔っ払いの下へと進んで行く。
ちょろ過ぎだろ、あの狼。
「掛かったな!!」
「わぁっ!! やだっ!! 放して!!!!」
ボケナスがこれを待っていました!! と言わんばかりに大きな狼の胴体に抱き着き。
「や、止めて!! ひっくり返さないで!!」
「んふふ――。ルーは脇が弱いもんね――」
「ひ、ひぃ!! あひゃひゃひゃ!!!! 駄目――!! 脇取れちゃう――!!!!」
悪意の塊である十の指が有り得ない動きで組み伏せた狼の脇を強襲。
悶え、逃れようものなら体全身を使って組み伏される。状況が分からぬ者なら一頭の狼と一人の男の心温まる光景なのだが、事情を理解している者にとっては凄惨な光景にしか映らない。
うぉぉ……。ありゃ脇が弱くない奴でも耐えられないわね。
どうやったらあんな風に指を動かせるんだ??
「にゃ、にゃぁ……」
狼は限界を迎えるとにゃあと鳴くのか。勉強になった。
酔っ払いの指使いによって意識が混濁したルーがぐでぇっと畳の上に溶け落ち、四つの足をピクピクと痙攣させた後に動かなくなってしまった。
「ん――……。うぅん……」
もっと遊びたいのに玩具が壊れてしまい、この行き場の無い陽性な気持ちをどうしようか。
大変つまらなそうな表情を浮かべながらルーを見下ろし、そこからふと視線を上げると。
「――――っ」
新しい玩具を見つけた時の様に、ぱぁっと明るい顔になってもう一頭の狼を見つめた。
「何だ」
「リューヴー、ちょっとおいで??」
「断る」
「え――。俺とリューヴの仲だろぉ??」
スタスタと強面狼の下へ歩むが。
「それ以上近付けば……。命は無いと思うのだな!!」
姿勢を低くし、獣の嘯く声を放ちながら鼻に皺を寄せてこれ以上近付くなと警告を放った。
こっわ、その姿勢と唸り声。
「ね――。いいだろぉ?? ちょっとだけだからさぁ――」
「触れるな!!!!」
警戒を続ける雷狼の頭に触れようとした刹那。
リューヴの体から黒き雷が体から迸り、無防備な酔っ払いに直撃した。
「いでぇっ!! いつつぅ――……。こらっ!! 人にそんな危ない魔法を向けたら駄目じゃないか!!」
いやいや。直撃したのよね??
後方に吹き飛ばされてもその数秒後にはあっけらかんとして立ち上がった。
「す、すまぬ。――、ではなく!! 主は酔って正常な判断が出来ぬのだ!!」
「酔っていませんっ!! 元気です!!」
「くそぅ……。これ以上威力を上げてもいいのだろうか……」
悩む狼に対し。
「んふふ。ほらぁ、後ろは壁だぞぉ――」
何の警戒心も抱かずに歩み寄る酔っ払い。
お酒の力って怖いわよねぇ。下手したらアイツ、ここで死ぬんじゃない??
「ちっ。此れしきの事……。危機の内に入らぬ!!」
酔っ払いの脇を抜けて逃げ遂せようと画策するが。
「おっとぉ!! 駄目だよ――?? リューヴの癖は知っているんだからぁ」
「は、放せぇ!!!!」
案の定、現時点で世界最強格の酔っ払いに掴まってしまった。
「リューヴはぁ……。こぉこっ!!」
「ひっ!! や、止めろぉ!!」
後ろ足の付け根を丹念に撫でまわし、剰え美しい灰色の毛並に頬擦りを始める。
「ほらぁ。力抜ける――」
「くぅ……。あ、主。止め……、て」
くにゃりと足が曲がり抵抗出来なくなると厄介な酔っ払いの玩具に成り果ててしまった。
「――――。あぁ、そっか」
何の変哲もない平屋で行われているこの惨状を、腕を組み見守っていたユウがポツリと言葉を漏らす。
「どした??」
「いや、どうしてレイドが黒焦げで送られてきたのかが分かったんだよ」
「聞きましょう??」
「多分、というか。確実にカエデに『横着』 を働いて……。んで、怒り狂ったカエデがレイドの体を痺れさせ」
ふんふん。
良い線ね。
「面倒な奴の世話はあたし達に擦り付けた。じゃないかな??」
「擦り付けるってのは違うんじゃない?? 魔法が得意なカエデなら封殺出来そうじゃん」
「いやいや。向こうは人が住む世界だろ?? おいそれとは魔法を使用出来ないし」
あぁ、そういう事。
「リューヴの毛並ってフワフワだねぇ――」
「や、止めるのだ!! 主!!」
「カエデさんもレイドさんの餌食になったんですかね??」
私達の若干後ろに身を置き、情けなくキャンキャン叫ぶ狼の様子を恐る恐る窺う鳥姉ちゃんが口を開く。
「そうじゃないと黒焦げにされる理由がないからね」
「な、成程――」
ユウの考察は確実に的を射ているだろう。
だが、ここで一つの疑問が湧く。あの馬鹿タレはカエデにどこまでのお痛を働いたのかだ。
黒焦げにされる程の厭らしい悪戯。
こりゃあ酔いが醒めたら問い詰めないとなぁ……。
事と次第によっては前歯を全部へし折るまで殴ってやらぁ。
「んっ……。だ、駄目だぁ……」
お?? 決着??
「はぁ――。ふさふさだった……」
お惚け狼同様。力無く崩れ落ちた獣の皮が畳の上に横たわり、それを満足気な表情を浮かべて見下ろし大きく頷いた。
「あっ!! ふふ。アレクシアさんっ」
真っ赤に充血した目で怯える鳥姉ちゃんを捉える。
「や、やだ!! こっちを見ないで下さい!!」
ユウの背後に隠れ、拒絶の意思を放つ。
「んふふ。そう言えば、アレクシアさんが夢に出て来たんですよ??」
「え?? 夢、ですか」
「はいっ。楽しそうに空を散歩してぇ……。気持ち良かったなぁ……」
「そ、空。ですか」
ユウの背に体全部を隠していたが、ボケナスの甘言によって体半分を覗かせてしまった。
「そうそう。そして、二人で手を繋いで飛んでいたんですよ」
「た、楽しそうな夢ですね……」
こりゃいかん。
あいつの言葉には得体の知れない魔力が籠められている様だ。
甘い言葉に誘われる様に鳥姉ちゃんがユウの前へと歩み出そうとするので。
「っとぉ!! そこまでよ!!」
これ以上憐れな犠牲者を出す訳にはいかん!!
隊長であるはそう考え、この下らねぇ乱痴気騒ぎに終止符を打つ為二人の間に割って入ってやった。
「どうしたの?? マイ」
「いい加減にしろや。さっきから大人しく見て居れば好き勝手に暴れ回りやがってぇ」
「そうかなぁ?? あぁ!! 思い出した!!」
何を??
ぱっと踵を返し……。いやいや、リューヴの雷を食らって良くあそこまで元気良く走れるわね。
不死身過ぎる酔っ払いが背嚢の中に手を突っ込み、大きな四角形の木箱を三つ重ねて持って来た。
「何、それ」
「えへへ――。マイ達にと思って、お土産買って来たんだ」
「な、な、何ですと!?!?」
予想外の言葉を受け取ると龍の翼をピンっと開いてしまう。
お、落ち着きなさい。物欲に釣られたら駄目なんだから……。私がしっかりしないとこのままじゃ全滅してしまう恐れもあるのよ!!
「ほら、この前苺が入ったお饅頭美味しいって言っていただろ??」
「そ、そうね。ジュルリ……」
いかん!! 意図せずとも涎が出てしまう!!
「それを……。んしょ、十五個。そして、栗入りの御饅頭も十五個。更にぃ、小豆たっぷりお饅頭が十五個の計……」
「四十五個!!!!」
「正解――。ほぉぉら、美味しそうだろう??」
ボケナスが美しい木目の蓋を開けると甘い手が木箱の中から手を伸ばし、私の体をがっしりと掴んでしまった。
は、はわわ……。引き寄せられちゃうぅぅ!!
「わぁ……。白くて綺麗ぃ――」
木箱にしがみ付き、あわあわと口を開いて見下ろすと。美味しそうな白い真ん丸ちゃん達が木箱の中で仲良く肩を並べて整列していた。
「食べていいよ――」
「いいの!? じゃ、じゃあ……」
早速一番手前の御饅頭を手に取り、畳の上にお尻を付けてまじまじと見つめた。
すごぉい。皮が柔らかすぎて怖いよぉ……。
ちょっと力を入れたら破けてしまう。そんな危さがまた魅力的なのよねぇ。
「では、いただき……」
あ――んっと口を大きく開くと。
「……」
夏の太陽と肩を並べる明るい笑みを浮かべた馬鹿野郎が私の顔を見つめていた。
「何よ」
「え?? マイの食べる所見るのが好きだからさぁ。駄目??」
「駄目に決まってんだろ」
酔っ払いに背を向け、口を開くが。
「…………」
目にも止まらぬ速さで再び私の真正面へと移動を終えた。
「はぁ……。何もしないのなら見てていいわよ」
「本当!?」
「お、おぉ」
距離感間違っているっつ――の。
だが、これ以上私は食欲を抑えられそうにない。
「頂きます!!」
柔らかくて可愛い皮を鋭く尖った歯で裁断すると舌の上に甘さと甘酸っぱさが同時に広がった。
「ふまぁい……。小豆の甘さと苺の甘すっぱさが凄いよぉ……」
もちもちの食感に苺のじゅくっとした舌触りが相乗効果を生み出し、頭を瞬時に蕩けさせた。
この食感が堪らないわぁ。無限に食べていられそうだもの……。
「そうか、美味しいかぁ」
「……」
咀嚼を続けていると何故か知らんが、酔っ払いが私の頭を撫で始めた。
「噛み難いからふぁめろ」
「やだっ。マイの龍の体……。ツルツルしてて、良い触り心地なんだよねぇ――」
はい。死刑執行!!!!
「触んな!! ごらぁ!!」
しっかりと御饅頭さんを食べ終えた後、私の自慢の牙で酔っ払いの右手の甲を噛んでやった。
「いっでぇえええええ!!」
そうだろう、そうだろう?? 龍の牙は痛かろう??
骨まで達する勢いで噛んでやっているのだ。苦しんで貰わなければ……。
本当に噛み砕いてやろうかなと考えていると、痛みから逃れる為の悲鳴がふと止んだ。
あり?? どした?? 痛みで失神した??
視線だけをきょろりと動かして、ボケナスの顔を覗くとそこには……。
「うふふ……」
可愛い子犬の攻撃を優しく宥める飼い主の優しい瞳があった。
「はぁ……。慣れた」
「ふぁ!?」
慣れる訳ねぇだろ!!
血が溢れる位に噛みついているのよ!?
「マイはちょぉっと狂暴だからなぁ」
「んぎぎぎぎっ!!!!」
くそぅ!! 咬筋力を最大限に稼働させてもビクともしない!!
一体どうなってんのよこいつの痛覚は!!
「よしよし……。お利口さんだから口を外しましょうねぇ――」
「ふぁずす訳……。んぐっ!?」
頭を撫でたと思いきや、厭らしい手付きで私の至高の尻尾へと指先を這わす。
背筋がぞくっとする感触に思わず力が抜け落ち、地面へと降下していく。
うっ!? こ奴、まさか……。
「あはは!! やっぱりそうだぁ。マイ、尻尾弱いもんね――」
ちぃっ!! 気付いていたか!!
極力触らせない様にしていたが……。遂に魔の手がその感覚を捉えてしまったか!!
「や、止めなさいよ!! 龍の尻尾を触るなんて、お、烏滸がましいのよ!!」
「難しい言葉知っていますね――??」
「私は餓鬼か!! あぐっ!?」
尻尾の先端を指先でくりっと撥ね。
「ふっ……。ぐぅぅ!?」
絡みつく様に複数の指が尻尾を捏ねまわす。
やっべぇ……。腰、抜けそう。
『ユ、ユウ!! 緊急事態よ!! 私を助けなさい!!』
コイツは酔っ払っているんだ。
念話なら頭の中まで届くまい。
そう考えてユウへと救助を求めた。
『別に構わんけど……。妙にいろっぺぇ声を出しているのは何で??』
『知るか!! これ以上は……。ひゃっ!! 無理だから!! お願い!!』
『何が無理なのかなぁ??』
こ、この野郎!!
あのにぃって曲がった口元。絶対楽しんでいるだろ!!
『はいはい。怒られたら叶わんし、助け……』
やれやれ仕方が無い。そんな感じで溜息を漏らして前へと進み出そうとするが。
「―――。はい??」
私を攻撃する事に飽きたのか。
素晴らしい龍の体をいい加減に畳の上へと放り。静かにそして素早くユウの下へと移動を始めていた。
突如として目の前に酔っ払いが現れたら誰だって驚くだろうさ。ユウは、神出鬼没の酔っ払いの出現により目をパチクリさせていた。
まさか……。念話の内容を聞いていた??
「ユウ――。駄目だよ?? マイを助けようとしたら」
「「ッ!!」」
やっぱりそうだ!!
聞こえていたのか……。
だとすると、内緒話で攻撃を加える事も無理か。
「あ、あぁ。そうだな。ってか、近いって」
ユウがきゃわいい頬をぽっと朱に染め、一歩下がる。
「近い??」
彼女が一歩下がるのなら、阿保は二歩進む。
「いや、聞いてよ。近いって言っているの」
「そうかな?? 俺はもっと近くでユウを見たいんだけど……」
「へっ??」
あ!! 馬鹿!!
「隙ありぃ!!」
「おわぁああああ!! な、何すんだよ!?」
ユウに出来た刹那の隙を見逃す程、あの酔っ払いは間抜けでは無い。
普通の酔っ払いは超間抜けだけどあの酔っ払いは一線を画しているのだ。
「は、放せぇ!!」
「えへへ。嫌かな――」
畳の上でぺたんと尻餅をついたユウのお腹に顔を埋め、腰へ両手を回してぎゅうっと抱き締める。
「や、止めろ!! 恥ずかしい!!」
「俺は恥ずかしくないよ??」
「そういう事を言っているんじゃあ……。ぬぁ!?」
お、おいおい。
アイツ、死にてぇのか??
お酒の力によって赤く染まる顔を世界最高峰の山の頂にぽふんと乗せた。
「どうしたの??」
ボケナスと同じ位赤い顔のユウに問う。
「ど、どうしたもこうしたも……。どこに顔を乗せてんだ!! 怖くないのか!?」
「どこって……。あぁ、そう言えば。ユウは言っていたね」
「は??」
「ほら、あの時……」
酔っ払いがそう話すと。
「っ!!!!」
ユウの可愛い御顔が有り得ない程に赤く染まってしまった。
沸騰し過ぎて頭の天辺から蒸気出ているし。
ってか、あの時って??
「大丈夫だよ――。俺は、ユウの全部好きだからさ――」
「ふ、ふざけるのも大概に……。ひゃぁっ!?」
はい、失神確定!!
山の谷へと顔を埋めるとは自殺行為も良いところよ。
「ユウ!! 好機到来よ!! 早くその厄介な奴を失神させろ!!!!」
ぽぅっと惚けてボケナスの後頭部を見下ろしている親友へ叫ぶ。
「あ、あぁ!! おっしゃ!! レイド、悪いけど……。気を失ってもらうぞ!!」
「むぐぅ!?」
山と山が地殻変動によって密着し、空気を谷の外へと排出。
絶無の空間へと変容した谷は死地へと変貌するのだ。空気を吸って生きる生物である限り、あそこからは帰還出来ぬのさ。
「ほぉら。楽に気を失えぇ……」
有り得ない大きさと、有り得ない腕力で獲物を沈める様は何度見ても背筋が凍るわ……。
「んっ!? んんっ!!!!」
無意味にバタバタと手足を動かしてるのも後僅かかしらね。
私と同じ思いを抱いたのか、固唾を飲みこの様を見ていた鳥姉ちゃんも安堵の息を漏らす。
「はぁ。何んとか収まりそうですねぇ」
「そうね。あれを食らって平気だった奴はいない……」
そう。居ない筈なのだ。
「お、おいおい。まだ動けるのか??」
ユウが必死に沈めているのにも関わらず、あの横着者の動きは収まる事はなかった。
それ処か。
「ん――!! んふっ……」
何かを思いついたくぐもった声を出す始末。
「レ、レイド??」
ユウが恐る恐る声を掛けると。
「ふふ。ユウの……。匂いだぁ」
甘えた子猫ちゃんみたいな声を出してユウの体を優しく抱き締め直してしまった。
「わぁぁぁぁっ!! 止めて!! 嗅ぐなぁ!!」
「馬鹿!! 拘束を解くな!!」
死地から生還を果たした勇敢な愚か者がユウの顔と山の中間地点に顔を乗せ、じぃっと彼女の顔を窺う。
「ぷはっ!! 何で嫌がるんだよ――」
「誰だって嫌だろ!! 匂いを嗅がれたら!!!!」
「そう?? あぁ、カエデも嫌がっていたなぁ」
「「「…………」」」
『カエデも』
その言葉が意識を保っている者の闘志に火を点けてしまった。
「お――お――。カエデの匂いも嗅いだって言うのか?? あぁ??」
「そうだよ?? でも、ユウの匂いも好きだなぁ。こう……。スンスンっ……。すっごく優しい匂いだし」
「一生ぉぉ……。畳と添い寝してろやぁぁぁあああ――――ッ!!!!」
「え?? グベラッ!?」
ユウが勢い良く立ち上がると酔っ払いの体を万力で上空へと掴み上げ、そして常軌を逸した豪力で畳へと叩きつけた。
肉が弾ける音と骨が軋む音、更に平屋全体が震える振動がその威力を物語っていた。
あ、あはは……。すっごい馬鹿力。
頭から叩きつけて、畳を貫通させているし。
「ぜぇ……。ぜぇ……。へ、変態めぇ!!」
「どうどう――。ユウちゃぁん?? 落ち着こうねぇ――」
体が動くまでに回復したルーがユウを宥める。
「落ち着けるか!! わ、私の胸の中の……。匂いを嗅いだんだぞ!?」
「あ――、あの匂いね。ちょっと汗で蒸れていて、こうツンっ!! ってするよね!!」
「ルー。お前さんもあぁなりたいのか??」
畳から生えた立派な葱を指差す。
「ごめんなさい!!」
四つの足を綺麗に折り畳み、地面へと伏せた。
「うし、いい子だ。は――。やぁっと片付いた」
満足気に葱を見下ろし、手の甲で汗ばんだ額を拭って畳の上にドカっと座り込んだ。
「よく成敗出来たわね」
ユウの頭頂部に乗って見事な角度で畳から生える葱を見つめて口を開く。
「結構本気でぶん投げてやったからな。暫くは起きて来ないだろ」
「そうみたいね。ん?? お――。カエデも帰って来たか」
平屋からちょっと外れた位置。
何でそこなの?? と問いたくなる位置に魔力の波動を感じ取った。
そして、その数十秒後。
「――――。只今戻りました」
いつも通り至極冷静且、無表情な海竜が大部屋に姿を現した。
「カエデちゃん!! お帰り――」
「やはり、こうなっていましたか」
やはり。
その言葉がちょいと引っ掛かった。
「カエデ――。あんた、もしかして厄介払いする為にこいつをこっちへ送りつけて来たの??」
「そうです」
あらまっ。否定しないんだ。
「私一人ではとても手に負えないと判断しましたので」
「ふぅん。どこの匂い嗅がれたの??」
私がそう問うと。
「お、お腹……」
何かが爆ぜる音と共に頭の天辺から湯気が出た。
噴火しちゃったわね。
「お腹かぁ――。ユウちゃんはね?? おっぱいの間の匂いを嗅がれたんだよ!?」
「ルー、要らん事を言うな」
「いたっ!! ユウちゃん!! 頭叩いたら駄目なんだ……。なぁにぃ?? この音……」
ミシミシっと。硬い何かを動かす音が不気味に響く。
それは時間を追う毎に大きくなり、そして刺さっている葱が呼応する様に震え出す。
「ユウ」
「何だよ、カエデ」
「ちゃんと意識を断ち切ったんですよね??」
「あ、あぁ。人に使ってはいけない力でぶん投げたつもりだよ」
「つもりじゃあ駄目じゃん!! レイドは馬鹿みたいに丈夫なんだから、殺す気で投げないと!!」
「ルー、殺しては駄目ですよ?? 半分殺す程度がいいのです」
半分でも駄目だろう。アイツは頑丈過ぎるからルーが言った通り全力で殺しに行かないと止まらないのだ。
呆れにも似た視線をカエデに送っていると……。垂直に生えていた葱が自分で大地から脱却を図り復活を遂げた。
「ぷはぁっ!! あ――――。苦しかった!!」
「「不死身過ぎるんだよっ!!!!」」
有り得ない復活劇にユウと共に叫んでしまった。
いい加減くたばれ!! この超絶頑丈馬鹿野郎がぁ!!
「あっ!! えへへ、カエデ。帰って来たんだ」
カクンっと変な角度で首を曲げ、麗しの彼女を捉える。
「先程到着しました」
「ふぅぅん、そっかぁ。さっきの続き、していい??」
馬鹿タレがそう話すと。
「ぜっったい御断りです!!!!」
耳まで真っ赤に染まった顔で拒絶した。
「え――。冷たいなぁ……」
先程よりも弱々しい足取りながらも、確実にカエデとの距離を縮める。
「近寄らないで下さい!! 怒りますよ!!」
「あはは。カエデは怒らない、いい子だからね――。信用しているんだぁ」
出たよ。
くっせぇ誘い文句。
「その手には乗りません!!!! ルー!! リューヴ!! 私に合わせて!!」
「分かったよ!!」
「体が言う事を効かぬ。加減は出来んぞ!?」
「構いません!! 三方向から一気に放射します!!」
不死身の化け物を中心に三点へ別れ、友に対して向けるべきでは無い程に魔力を高めていく。
「皆、どうしたの?? 怖い顔して」
「あなたは……。もう眠っても良い頃です!!」
「眠るぅ?? あぁっ!! カエデが添い寝してくれるんだ!! ありがとうね!!」
「しません!!!! 空を穿ち、地を裂く。万雷の迸る力……。今、ここに!!!! 行きますよ!!」
カエデの声に合わせ私でもウムッ!! と頷ける強力な魔力が三方向から爆ぜた。
「ずっと眠っていなさい!!!!!」
「主!! これは、私からの手向けだ!!」
「さっきのぉ……。お返しだよおおおおお!!!!」
「ガィイイギア!!!! グァアアアアア――――ッ!?!?」
わぁ……。綺麗……。
青の雷、白の雷、黒の雷が酔っ払いの体で絡み合い思わず見惚れてしまう美しい色へと変色した。
雷の力によって体が宙に浮かび、全身余すところなく焦がされて行く。
肉の焼ける匂いが食欲を刺激してしまい、それに呼応する形でぐぅっとお腹ちゃんが声を零してしまった。
やだっ。
私ったら……。
「おい、食うなよ??」
その音を聞き取ったユウが有り得ない発言をする。
「食うか!! あっ、そうだ。小腹空いたからお饅頭食べよっと」
「そうだなぁ。寝る前にちょいと満たすか」
「ほ、本当に大丈夫なんですかぁ!? あれ!!」
平屋の中で轟く雷の咆哮に負けない声量で鳥姉ちゃんが叫ぶ。
「あぁ、多分死ぬ一歩。いや、半歩手前で止めるだろ」
「そうね。ユウ!! 今度は栗入りを食べようかと思うんだけど!?」
「どれでもいいだろ。あたしは苺入りかなぁ。前食べてすんごく美味しかったし!!」
「は、はぁ……。それなら良いんですけど……」
雷の力で肉の奥深くまで焼き尽くされた後、漸く男は解放された。
黒ずんだ皮膚に四方八方に伸びる焦げた髪。
その姿を捉えた海竜の女性はふんっと満足気に大きく鼻息を漏らし、勝利を確信した。
だが。
不死身さ故、復活を遂げて夜襲の恐れもある。
万策を練った海竜の女性は蜘蛛の女性へと指示を送り、これでもかと頑丈な糸で拘束して天井へと吊るした。
しかし、それでも何か足りないと感じた海竜の女性は目隠しと猿轡。更に、光の魔法で両手両足を非情なまでに拘束した後。漸く湧いてくれた安心の感情を胸に抱き安眠へと就いたのだった。
お疲れ様でした。
本日は様々な戦利品を得て帰宅した後、熱々のぜんざいを頂きながら執筆を続けておりました。
初売りなだけあって物凄い人でしたね……。レジに並ぶだけでも一苦労でしたよ。
明日はのんびり起きてプロットの執筆をするのですが、実は彼女達の内に存在する者共の名前を未だ決めていないのでそれを先ず決めてから執筆を開始する予定です。
登場人物の名前を決めるのは苦手な部類に入りますので難航しそうな予感が今からしますよ……。
そして、ブックマークをして頂き有難う御座います!!
読者様からお年玉を頂き、執筆活動の嬉しい励みとなりました!!
それでは皆様、お休みなさいませ。