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第二百五十七話 不死身の酔っ払い 爆誕

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 鼻の奥を強く刺す強烈な酒の香が頭の中に入り込み意識を混濁させて深い眠りの世界へと誘い、体が宙に浮かんでいる様な心地良いフワフワとした感覚が眠りを至極のものへと昇華させる。


 誰からも痛めつけられる事の無い平和が蔓延る夢の世界に居る俺の意識と体は、柔らかく可愛い形を模った雲の上に寝そべり楽しい空中浮遊を享受していた。



 理不尽に殴られて空に舞った経験は何度もあるが、痛みを気にせず空に浮く事がこうも心地良いとは思わなかった。



 生憎俺の背中に翼は生えていませんので、こうして空を飛ぶ事は叶わないが。アレクシアさん達ハーピーの皆さんはこんな気持ちの良い空中散歩を毎日楽しんでいるのだろう。



 いいよぁ。俺も自分の想いのまま空を散歩したいなぁ。


 雲のベッドの上でコロンっと寝返りを打ち、空の中から何気なく更に上空を見上げていると。



『だったら、私と一緒にお散歩しますか??』



 一人の美女が白き翼を羽ばたかせて俺の目の前に降臨した。



 微風で揺らぐ薄い桜色の髪が視覚を喜ばせ、小さな唇から零れる微かな呼吸音が聴覚を刺激。そしてアレクシアさんが俺の右手を取ると手の触覚が歓喜乱舞してしまった。


 五感のほぼ全てを魅了してしまう美貌を持つ空の女王様とのお散歩は楽しいのだろうが……。


 彼女は飛翔するだけで大地に住む者共に多大なる影響を与える程の力を有している。


 このまま手を取っても良いのだろうか??


 中途半端な位置に手を置き躊躇していると。



『ほら、行きますよ!!』



 ま、待って下さい!!


 夢の中のアレクシアさんはお淑やかな現実世界とは違い少々強引な御様子で?? 有無を言わさず俺の手を取り大空へと飛び発ってしまった。



 遥か彼方に見下ろす大地の景色が目まぐるしく移り変わり後方へと刹那に流れ、正面の雲が俺達の速度を見るとぎょっと目を見開いて俺達の通り道を作り、前方から襲い来る強烈な風が頬を刺す。


 これが、アレクシアさんがいつも見ている光景か。



『どうですか?? 空のお散歩は』


 最高ですね。


 いつまでもこうして飛んでいたいですよ。


『ふふっ。良かった!! レイドさんさえよければずっと飛んでいてもいいんですよ??』



 ずっと、か。


 疑似的に空を飛翔している訳だが少なくとも空を飛ぶ経験は貴重だ。


 二本の足で大地を捉えて進む事はいつでも可能であるのでここは一つ。彼女の誘いに乗るべきかな。


 嬉しいお誘いを受けるべきかどうか。それとも任務を優先する為にやんわりと御断りすべきか。


 大変悩ましい決断に唸っているともう何度も聞いた事がある声色が微かに頭の中に響いた。



『…………イド』



 ん?? 誰か呼んだ??


 左右へ顔を動かしても見えて来るのは端整な顔で笑みを浮かべるアレクシアさんと、大空の青のみ。


 俺達以外空には誰も居ない。正に独占状態って奴だな。



『どうしたんですか?? レイドさん』


 いや、誰かの声が聞こえたような……。


『気の所為ですよ!! ほら、もっと前へ進みましょう』



 気の所為かなぁ。


 心の中にいつまでも残り、温かな感情を与えてくれる声色っぽかったんだけど……。



『……イド。起き…………い』



 ほら、また聞こえた!!


 幻聴じゃないぞ。



『その声に気付いちゃ嫌です。レイドさんは……。私の物なのですから』



 はい??


 アレクシアさんは絶対そんな事を言わないし並びにこんな大胆な事をしない筈。


 だが、ここは夢又は妄想の世界なのだ。有り得ない出来事があってもおかしくない。


 彼女が力強く翼を羽ばたかせて更に上昇すると俺の体を両の手でしっかりと捉え、美しい瞳が俺の体を魅了した。



『ふふふ。ハーピーはこうして空の中で抱き合い求愛行動を取るのですよ』



 は、はぁ……。


 他種族の求愛行動を見られて光栄?? です。



『そして、あなたは……。私のお婿さんになるのです』


 お婿さん、ねぇ。


 こんな美人な奥さんを貰えたらさぞかし幸せに過ごせるのでしょう。


『嬉しい……。美人って言って貰えた。んっ……』



 大きな瞳を閉じて潤いを帯びた唇を重ねようと近付ける。


 えぇっと……。


 これは、その。口付けを交わせという事なのだろうか。


 向こうから迫り来る且拒絶の意思を明確にしない。これが指し示すのは恐らくそういう事なのだ。


 夢の中だから……。別に、いいよね??


 彼女の細い腰をきゅっと両腕で抱くと。



『あっ……』



 こちらの力を感じ取った彼女が小さな声を漏らす。


 その声が俺の何かを多大に刺激してしまった。



『……』



 互いの息のかかる距離に顔を近付けると彼女は意を決して静かに瞳を閉じた。


 俺は彼女の意思を叶える為、震える手を必死に御し。アレクシアさんのか細い肩を抱き寄せて空の中でハーピーの求愛行動を開始したのだった。



『い、いい加減に…………。起きて下さぁああああああ――――いッ!!!!!!』


「ぎぃやぁああああ――――ッ!!」



 頭の中に稲光と共に大地を切り裂く雷鳴が轟き、その衝撃と痛みで飛び起きてしまった。



「は、はれぇ?? ここは??」



 二度瞬きして現在の状況を確認する。


 床に無造作に転がっている酒瓶、ほとんどの料理が消失した机の上、そしてまるで夏の嵐が過ぎ去ったかの様に大変散らかった室内。



 この状況から察するに、えぇっとぉ……。


 あぁ!! そうそう!!


 食事会の途中だったんだ!!


 只、覚えている範囲では楽し気な会話が繰り広げられていたのだが……。トア達は意識を失う前と違い、机の上に突っ伏して気持ち良さそうな寝息を漏らしていた。



 んぅ??


 皆、俺を差し置いて先に寝ちゃったのかぁ!!


 そうかそうか。


 話し相手が寝ちゃったんだから俺も眠っていいよね??


 腹の奥から体全体から今も酒の匂いが立ち込め、何故か分からぬがシャツが半分開きズボンは中途半端な位置まで下がり。俺の上着はロティさんが着ちゃっているし。


 色々元通りに直すのが面倒なんだよねぇ――。


 はぁ、おやすみぃ。


 コロンと横になって目を瞑ると、またあの声が俺の眠りを妨げた。



『レイドぉ!!!! 置いて行きますよ!!!!!!』


 ぎゃあ!!


 この思わず背筋を正してしまう恐ろしい声って……。


『カ、カエデさん??』


『や、やっと起きましたね!! さぁ、荷物を持って早くそこから移動を開始するのです!!!!』



 気持ちの良い夢から現実に引き戻したのはカエデだったのか。


 も――。折角、一年に一回か二回。あるかないかの楽しい夢だったのにぃ!!



『カエデ』


『何ですか!!』


『楽しい夢を邪魔しちゃ駄目なんだよ??』


『はぁっ??』



 全く。困ったちゃんめ。



『あなたが楽しい夢を見たかどうかはこの際関係ありません!! ここでもう何時間も待っていて飽きたんです!!』



 何時間もかぁ。


 そりゃお疲れ様ですっ。


 重い首を動かして壁付近に設置されている時計を見ると。



「わぁ。もう十時だ」



 気持ち良く寝る前は確か夕方だったからぁ。


 五時間は気を失っていたんだねぇ。


 だから体力が回復したんだっ!! 訓練では沢山走ったし?? 疲れていたんだよね――。



『カエデ――』


『何!?』


『今、十時だよ??』



 現在時刻を端的に説明してあげた。



『星の位置から凡その時間は把握出来ます!! いいから早く移動して!!』


 そんな事も出来るんだっ!!


『あはは――。カエデは凄いなぁ。カッコいいなぁ』


『どうでもいいです!! そこから移動しないのなら……。こちらから赴いて、家を滅却します!! もう我慢の限界ですからね!!』



 おっとぉ。それは困るなぁ。


 大尉に怒られちゃうもん。



『はいは――い!! じゃあ移動しますねぇ――』


『嘘付かないでよ!? 感知魔法で位置を常に特定しますからね!!!!』



 そこまで怒る事ないのにぃ――。


 でもまぁ……。約束を反故にしたのは俺だし?? 移動しましょうかねぇ。



「よっと。あ、あらら……。足が言う事を聞かないや」



 真っ直ぐ進もうとしても右に傾き、持ち直そうとしてもあらぬ方向へ足が進み行く。


 参ったなぁ……。どうやって前に進むんだっけ??


 困った両足と格闘を続け、取り敢えず最初の目的地に到着した。



「ロティさ――ん。上着、返してね――」


 彼女の細い体を器用に動かして大切な軍服の上着を入手。


「あっ……」



 途中、何だか柔らかい場所に触れちゃったけど。


 まぁ気にしないかなぁ。


 これでぇ、上着は手に入れました。


 お次は家の戸締りに関してです!!



「大尉――。鍵、借りますね――」


 確か、右の胸ポケットの中にある筈。


「んっ……」



 ポケットの中に指を突っ込みどこに行ったのかと指を巧みに扱いながら探していると、硬い鉄の感触を捉えた。


 あはは!! あったあった!!


 戸締りはちゃあんとしないと。物騒だもんね。


 鍵を閉めて、扉の下から鍵を戻せば完了ですっ!! 後はぁ、背嚢を背負って移動を開始すればいいんだよね??


 部屋の隅に置かれている俺の荷物を背負い立つが。



「重いぃ……」



 只でさえ覚束ない足元だってのに、こんな重たい荷物を運んでも大丈夫なのかしらねぇ……。


 でもぉ、早く行かないとカエデに怒られるからなぁ。


 仕方が無い……。俺の疲れを気にしない困ったちゃんと合流しに行きますか。


 こんもりと膨れ上がった背嚢と共に扉へと向かう。その道中、ふと気になる存在を捉えた。



「あ、トアだ」



 そっかぁ、俺が寝ていた位置からだと死角になって見えなかったんだ。


 そこに居たんだねぇ。


 足を止めて一路反転。彼女の下へと進みぐっすり眠っている姿をじぃっと見下ろす。



「すぅ……。すぅ……」



 あんらまぁ。気持ち良さそうに寝ちゃって。



「軽装だと風邪を引くぞ――」



 椅子に掛けてあるトアの軍服を肩に掛け、大きく頷いた。


 これでこいつなら大丈夫!! 体が丈夫だから風邪は引きません!!



「ハックシ!! うぅ……。何で髪が濡れてんだ??」



 今になって気付く方もおかしいけど。まぁ移動中に乾くから大丈夫だろう。


 さてと!! 五月蠅い……。違いますぅ――!!


 怖い海竜ちゃんが待ち構えているので移動しましょうか。


 では、では!! 休暇前の最後のお別れの挨拶を!!



「トア。今年一年、お世話になったよ。また来年も宜しくね」



 こちらを誘う柔らかそうな頬に優しく唇を接して扉へと向かった。



「ははっ。トアの頬って柔らかいんだなぁ――。おやすみぃ――」



 皆に手を振り別れの挨拶を済ませると外の冷涼な空気の下へと躍り出た。



 おっとぉ――。


 こりゃあ寒い?? のかな。お酒の所為で体全部が熱いから良く分かんないや!!


 扉の下の僅かな空間から鍵を器用に部屋の中へと滑り込ませ、ちょっとだけ言う事を聞いてくれるようになった足を引きずりつつ移動を開始した。











 ――――。




 お酒の所為で熱かった体が室内の空気によってちょっとだけ冷え、無意識の内にする身震いが起こると目が覚めてしまう。



 ん……。いつの間にか寝ちゃってたか。


 眠ってからどれ位経ったんだろう??


 体を起こそうと思っても全く言う事を聞いてくれないので、薄目を開きつつ無口な扉を見つめていた。


 すると。



「あ、トアだ」



 普段の顔とはかけ離れた、だらしない顔のレイドがぬっと現れた。



 うっそ。あんた起きたの??


 あんな強いお酒を飲んでぶっ倒れたから明日まで絶対起きないと思ったのに。


 でも、酔ったレイドって珍しいな。


 起きていると悟られない様に薄目を開けて、彼の様子を眺めながら小さな寝息を吐き続けた。



「軽装だと風邪を引くぞ――」



 こ、こういうさり気ない行動って妙に嬉しいわよね。


 私の身を案じてか。情けない足取り且、かっこ悪い手の動きで上着を肩から掛けてくれる。


 もう帰っちゃうんだ。


 明日から三十日も会えないんだよね??


 寂しいなぁ。


 私の我儘かも知れないけど、ずっとその顔見ていたいんだよね。



「ハックシッ!!!!」



 情けないくしゃみを放ち、ずずっと鼻を啜る。


 あはっ、風邪を引くのはあんたよ。頑丈な体でも病気には勝てないからね。


 さて、休暇前最後のレイドの顔を見納め、再び眠りに就こうとすると彼が本当に優しい目で私を見つめてくれた。



「トア。今年一年、お世話になったよ。また来年も宜しくな」



 くっそう!!


 滅茶苦茶嬉しい言葉掛けてくれてまぁ!! 私が起きている時にそういう言葉を掛けなさいよね!!



 だけど、多分恥ずかしくて手を出しちゃうかな??



『こっちこそ宜しくぅ!!』



 とか言いつつ肩をポンと殴るんだ。


 うん……。また会おうね??


 休暇が明けて時間が出来たら二人でどこかお出掛けしたいな。


 今日の買い出しみたいに二人で仲良く肩を並べて街を練り歩き。美味しい御飯に舌鼓を打ち、下らない話に花を咲かせて馬鹿みたいに口を開けて笑い合うんだ。



 彼との理想の楽しいお出掛けを妄想していると、優しい顔がずいぃっと近付いて来た。



 ありぃ??


 まだ夢の途中なのかなぁ??


 何でレイドが近付いて来るのよ。私が接近するのなら分かるんだけど……。


 机の下にある拳をぎゅっと握り、これから起こる何かに備えた。



「ははっ。トアの頬って柔らかいんだなぁ――。おやすみぃ――」

「ッ!?」



 う、嘘ぉ……。今、頬に……、したの??


 温かく柔らかい何かが接着した後、レイドが扉から出て行ってしまった。



 え……。えぇ――――ッ!?!?


 現実!? 今、現実なの!?


 扉の下から滑り込んで入って来た鍵を見つつもこれが今一現実であるのかどうか信じられずにいた。



 た、多分現実だから……。


 えへへ。やったぁあああ――――!!


 最後の最後に一番良い貰い物貰っちゃったぁ!!


 椅子に座ったまま込み上げて来る嬉しさを誤魔化す為、ブンブンっと勢い良く両足を振ると。



『調子に乗るなッ!!』


「ぎぃえっ!!」



 成程、今は現実ね。机の脚さんにお叱りの声を受けちゃったし。


 机の脚に己の足の小指を襲った衝撃が体に迸り、ここが現実世界であると痛みを通して私に教えてくれた。


 今度は頬じゃ無くて唇に宜しく!!


 嬉しさからか、それとも痛みからなのか良く分からない目に浮かぶ涙を拭きつつそう願った。






















 ◇




 吐く息は白く、薄い光の球体の淡い光に当てられると形容し難い形となって宙を漂う。


 晩冬の大地は冷涼な空気を大量に吸い込み相当程度の冷涼さを保ち、己の寒さを誤魔化そうとして生物から熱を奪おうと画策し続けていた。


 大地は目を持たぬがその気配が方々に感じられる。


 そして木の幹に背を預けて地面に座る私の臀部に標的を定めたのか、お肉を通して私の体温を美味しそうに咀嚼していた。



 このお尻を襲う大地の冷たさが腹立たしい。



 薄い結界を張り、周囲から確知出来ない様に炎の力で空間を温めているが大地までは温める事は叶わないのです。


 大体、迎えに来いと頼まれたから来たんですよ??


 一時間、二時間程度の誤差なら致し方ありません。彼も彼で立場上付き合わなくてはならない付き合いがあるので。


 だけど!! 我慢強く、滅多に怒らない私でも我慢の限界があるんですよ。



『ほら!! そこで立ち止まらない!!』



 彼がこちらに向かって来る様子は感知魔法で容易に捉える事が出来た。


 今は……。西門近くで歩き疲れたのか立ち止まっていますね。



 恐らく念話の口調からして酔っているのだろうけど。もう帰りたい一心の私は何の遠慮も無しに彼へと手厳しい言葉を浴びせ続けていた。



 強く言わないと我儘な酔っ払いさんは動きませんからね。


 立ち止まるのならまだしも。右と左の区別さえ付いていない事には憤りを覚えましたよ。



『えぇ――。だって、荷物が重いんだもん』


『言い訳無用!! 早く動かないと燃やしますよ!!』


『も――。そんな怒らないでよ――』



 うん、やっぱり相当酔っ払ってる。


 普段の真面目な口調からは正反対のお調子者の口調を放ち、そして何故か知りませんが。



『いつもの優しくて可愛いカエデがいいなぁ――』



 妙に甘えるというか……。


 通常時では絶対口にしない事を先程から永遠と零し続けている。


 これが私の怒りを増長させる一つの要因なのです。



『今も十分優しいです!! あなたの存在がこの世に残っているのですからね!!』


『んまっ。ふふっ。怖いんだっ』



 今、彼が目の前に居たら確実に手が出ていたでしょうね。



『ほら!! 早くそこの丘を越えて下さい!!』



 漸く、そこまで到着しましたか。


 感知魔法を使用せずとも丘の向こう側に彼の存在を確認出来た。



 苛立ちが募る反面。彼がどれだけ酔っているのかを見てみたいのもまた事実。


 彼が酔う事自体が本当に珍しいですからね。


 前回は……。あぁ、リューヴ達の実家でネイトさんに無理矢理お酒を付き合わされて酔っていたか。


 二日酔いの威力を超える三日酔いの状態で出発しようとしたら大瀑布も真っ青な量の液体を森に与えていましたね。


 あれは本当に辛そうだった……。



『はいはい――』


『返事は一回!!!!』



 ごめんね?? 本当はもっと優しく言葉を伝えたいけど、強く言うのは頑張って移動して貰いたいからなんだよ??


 それから数十秒後、夜空から降り注ぐ月の柔らかい青い光が彼の姿を照らし出した。



「あ――!! 居た居たぁ!!」



 そんなに大きな声を出さない!! もう夜中ですので、他の人に聞こえちゃいますよ!!



 丘の頂点から下って来る彼のいつもの優しい顔はだらしなく溶け落ち意図不明の笑みを常に浮かべている。


 顔全体は赤く染まり、剰え耳まで真っ赤。


 本当に酔っ払っているんですね。


 丘を下る足元が見ていて非常に不安になってくる。



「ごめんねぇ?? 遅れちゃって――」


「構いません。ちゃんと足元を確認しながら下りて来て下さい」


「分かっているって――。カエデは細かいんだからっ」



 くそう。遠いのが残念です。


 いつもは掠りもしないのに、今の状態のレイドになら確実に横っ面に平手を食らわせられるのに。


 小鴨の足取りにヤキモキする親鴨の心を胸に抱き、彼が私が待つ場所まで後少しの所まで下って来た。



「もう少しですよ。頑張って下さい」


「よっ、ほっ……。えへへ。上手いもんだ……。おわぁああ!!」



 ほら、転んだ。


 前のめりに倒れ、面白い回り方で私の足元まで転がって来る。



「お帰りなさい、レイド」


 冷たい大地の上に俯せの状態で倒れる彼の前にしゃがみ込み、土に汚れた服をつんっと突く。


「…………」



 あれ?? 動かないな。


 頭を打って気を失っちゃったのかな??


 暫く様子を窺っていると。



「んふっ。つ――かまえたっ!!」



 罠を張る狡猾な獣の如く、レイドが私のお腹目掛け飛び込んで来た!!



「え?? きゃあ!!」



 勢い余って尻餅をついてしまう。


 これは……。お仕置き、かな??



「も――。遠かったんだぞ?? ここまで」


「知りません。空間転移の準備をしたいので退いて頂けますか??」



 氷よりも冷たい声で話す。



「嫌!! このまま移動する!!」


「無理言わないで下さい。こんな姿勢だと集中出来ません!!」



 我儘な子をあやす様に、後頭部をぴしゃりと叩いてやった。


 うんっ、良い音。



「い――や――だ――!! このままが良い!!」


「ちょ、ちょっと!!」



 私のお腹へと顔を埋め、嫌々と顔を横に振る。


 何んと言いますか……。嗜虐心をそそる体勢と態度ですね??



「レイド??」


「ん――?? ふぁに??」



 私の服の中からくぐもった返事が届く。



「言う事聞かないと……。私、どこか遠くに行っちゃうよ??」



 さぁ私の意地悪に対して、どういう反応を見せてくれるんでしょうかね。



「それはもっと嫌だ!! 俺を置いて遠くに行くのなら、この腕。ぜぇぇったい放さないぞ!!」


「きゃああ!! 分かった!! 嘘です!! 嘘ですから放して!!」



 お腹が千切れちゃう!!



「何だぁ。嘘かぁ……。良かった」



 私のお腹からポンっと顔を外して、妙に眩い笑みを浮かべてこちらを見上げた。


 目は赤く充血し、髪の毛も蓬髪気味という言葉では足りない位にくちゃくちゃ。湾曲する口元と髪の毛からは思わず顔を顰めてしまう程の強い酒の香が放たれている。



「どれだけ飲んだの??」


「え?? ん――……。覚えていない」



 でしょうね。


 お酒の所為で記憶が定まらないのが酔っ払いの特徴です。


 これがまた厄介なんですよねぇ……。意思能力が皆無なのですから。



「そう。じゃあ、移動するから退いて」


「はいっ!! あ、でも……」


「何??」



 母親にじゃれつく幼い子の様にニッコリと笑みを浮かべ、再び私のお腹へ顔を埋めてしまった。



「あはは。やっぱりいいなぁ……」


「だから、何」


 くぐもった声に問いかける。


「ん――?? スンスンッ……。カエデの匂い。大好きだからさ」


「ッ!!!!!!!!」



 こ、、こ、こ、この人はぁ!!



「止めて下さいっ!!」


「ぎいぃいいやぁあああ――――ッ!!!!」



 どこぞの狼さん達宜しく雷の力を放出して愚か者を成敗してやった。


 散々人を待たせておいて……。しかも!! 私の許可を得ないで匂いを嗅ぐなんて!!


 いや、例え申請されても許可なんて絶対しませんけどね!!



「最低です!! そこで黒焦げになって反省して下さい!!」


「ゥゥ……」



 ブスブスと焦げた匂いを放つ黒き物体へ言ってやった。


 はぁ……。これでやっと帰れる。


 死へと至る三歩手前の放電量ですから、彼なら大丈夫でしょう。


 ざわついた心を鎮めて魔力を高めていく。



 俺を置いて遠くに行くのなら絶対この腕を放さないぞ、か。



 酔った状態じゃなくて、普通の時に言って欲しかった……のかな。


 自分でもよく分からない程に顔と体が熱いのは多分、羞恥から訪れる精神状態が体に影響を与えているのでしょう。



 えぇっと……。イスハさんの場所はもっと向こうだったな。



 空間転移の先を捉え、いざ魔力を開放しようとすると。



「えへへ――。だ――め。まだ行かないよ――!!」


「は、はぁっ!?」



 黒焦げになって動けない筈の横着者さんに後方から抱き締められてしまった。



 な、何で起きられるの!?


 あの威力を食らって直ぐに動ける筈なんてないのに!!



「カエデはずるいぞ――。魔法を使って攻撃するなんてぇ」


「放して下さい!! 早く帰らないとイスハさんに怒られますよ!!」



 私の力では酩酊状態である彼を御せる自信は無い。


 彼女の名前を出せばあの恐ろしい顔を想像してこの愚行を躊躇するでしょう。そして、その隙に乗じてもう一度痺れさせてやろう。



「んぅ?? ししょ――??」


「そ、そうです!! イスハさんから御怒りを食らいたくないですよね??」



 いいですよ。その調子で離れて下さい。



「困るけどぉ……。ここに居ないからいいや!!」


「だ、駄目っ!! んっ……!!」



 彼の顔が首の根本に密着し、その接着面から私の抵抗力を奪う謎の吐息が体の中に注入されてしまう。


 な、に。これ……。全然動けない……。



「スンスンッ……。ふふ、やっぱりカエデの匂い。大好きだなぁ」


「駄目っ……。やめ、て??」



 力無くカクンっと膝が折れても彼は放してはくれなかった。


 寧ろ。私が倒れないように更に強く拘束をする。



「駄目――。もうちょっと嗅ぐからね――」


「あっ……。んんっ!!」



 形容し難い温かい感情が湧き、この感情に流され彼に身を委ねてもいいと思う自分。


 僅かに残った理性にしがみ付き彼を突き跳ねようとしている自分。


 二人の自分が私の中でせめぎ合い、もう頭がどうにかなりそうだった。



「柔らかくてぇ。良い香り……」


「お、ねがい。止め……。て??」


 彼へ、最後の懇願と警告を放つ。


「やだ!! このままがいいの!!」


「ゃっ!!」



 男の人に力強く抱き締められると力が抜けるんですね。一つ勉強になりました。


 ですが……。


 あなたは少々お遊びが過ぎたようですねっ!!!!



「いい加減にぃ……。しなさ――――いっ!!」


「アババゥ!! ギィィィイアァアアアァ!!!!」



 先程の雷撃より三倍。


 つまり、死へと至る一歩手前の力を盛大に解き放った。


 青き稲妻が彼の体を縦横無尽に駆け巡ると壊れた玩具の様に激しく震え始め、激痛に耐えらなくなった足が変な角度で折れ曲がった後にやっと地面に倒れてくれた。



 稲妻の力の放出を止めると黒焦げた死体擬きから白き蒸気が立ち昇り、焦げ臭い香りが周囲に漂う。



 普通の人間なら確実に消失している量の魔力を与えても彼の心臓は今も元気良く活動しており、何かきっかけがあればムクっと立ち上がって来そうだ。



「はぁ……。はぁ……。もう嫌……」



 私は後でいいや。


 先ずはこの不死身の男を先に送りましょう。


 起きる気配もありませんし。


 全身余すところなく白い蒸気を放つ男を空間転移で目的地へと送ってやった。



「つ、疲れたぁ……」



 百体以上のオークを相手にしていた方がよっぽど楽と思える戦いに辛くも勝利すると、冷たい地面の上にペタンと座り込んでしまう。


 どうして送迎だけでこんなに疲れなきゃいけないんだろう……。


 冷たい大地と空気が彼から謎の力を注入されてしまい沸騰してどうにかなりそうな私の体温を求めて迫って来る。



 この火照った体に丁度良い冷たさですね。


 向こうに居る人達に悟られない為にも冷静な体と思考を取り戻してから空間転移をしましょう。



 私は人の存在が一切確認出来ない暗く寂しい場所で疲労と羞恥を籠めた吐息を吐きつつ、ぽぅっとした頭のままで夜空に浮かぶ美しい星達を眺めていた。


お疲れ様でした!!


本話から魔物側の御話が始まりました!!


新年に相応しい始まりをと考えていましたが……。可もなく不可もない始まり方、といった感じですかね。



そして、明日は初売りですよ!!


家電やら服やら靴やら……。買い物ついでに色々見て来ようかと考えております!!


勿論、羽目を外し過ぎないように注意します。新年早々風邪を引いたら洒落になりませんからね。


空気も乾燥していますし皆様も体調管理には気を付けて下さいね??



それでは皆様、お休みなさいませ。

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