第二百五十六話 人間の皮を被ったケダモノ達 その二
新年明けましておめでとう御座います。
今年も一年何卒宜しくお願い致します。
新年一発目の投稿は長文となっておりますので予めご了承下さいませ。
彼の鼻頭と私の鼻頭がちょんっと接触した刹那。
「…………。うぅんっ」
「わぁっ!?」
突如としてお腹がポンっと跳ね上がり、私のか弱い体が床へと放りだされてしまった。
あいたた……。急に動いたらズルイじゃん。
折角決意を固めたってのに。
むすっとした顔を浮かべて上体を起こす。
「うわぁ。レイドさん、凄く暑そうですよ??」
ロティが彼の額に優しく手を添えて言う。
むっ!! それは私のだから気安く触らないで貰いたいわね!!
「私達がくっついていた所為ね。冷ましてあげたいけどこれ以上脱がす服は…………」
先輩??
何ですか?? その。
『おっとぉ!! まだ脱がす服があるじゃないですかぁ!!』
って、変な所に気が付いちゃった目は。
剥き身の上半身から、しっかりと履いているズボンへと視線を移した。
「あるわ、よね??」
「そ、そうですねぇ」
一応、理性の最終防衛線は上手く機能しているようだ。
先輩とロティは一応の躊躇を見せてくれる。
「ふ――……。いやいや、御二人共。これはあくまでも『治療及び看護』 なんですよ?? 患者は暑そうにうなされており、私達はその熱から解放させる義務があるのですっ!!」
都合の良い解釈ね?? ルピナス。
いつの間にか手にしている酒瓶をラッパ飲みにして大きく息を吐きつつ意見を述べた。
「「な、な、成程ぉ!!」」
これに賛同するお医者さんもどうかと思うな。
でもぉ!!
私も大賛成なのよね!!!!
「んっふふ――。お宝はどこかしらねぇ――??」
先輩がワキワキと指を動かしつつベルトに手を掛ける。
だが、何を考えたのか。
その横着な手をふと止めて勢い良くシュッと立ち上がった。
「あ、そうだ。おほんっ。ルル大尉!!」
「何?? それと私の名前はルズよ」
「噛みましたっ!! この場に居る最高責任者は大尉であります!! 彼が苦しそうに喘いでいるので、介抱する為に下半身に装着している装備を外す許可を頂けないでしょうか!!」
か、考えましたね!!
成程ぉ……。
大尉の許可を頂ければ、大手を振って脱がせるって算段か。
もしもレイドが途中で気が付いても大尉の命令には逆らえない。軍属の者にとって上官の命令は絶対なのだっ!!
「許可……?? あぁ、いいわよ。私も興味があるから」
そう話すと手元のコップを机の上に置き、椅子の上で足を組みつつレイドの下半身へと視線を落とす。
うぉぉ。色っぽい姿勢ねぇ。
私も数年経ったら大尉みたいに色気を醸し出す事が出来るのだろうか??
「はっ。ありらとうございますっ!! さてっと!! これで許可と御命令を頂けましたし?? 堂々と脱がせるわね!!」
駆け出す前の猪の様に荒い鼻息をふんっと漏らし、絶妙に慣れていない手付きでベルト外す。
金属の擦れる音が彼女の何かを刺激したのか。
「はぁっ……。はぁっ……」
先輩の口からはあまぁい吐息が漏れ出し、周囲の空気を侵食し始めた。
「わっ、わっ。いいんですか!? 脱がしちゃって!?」
興味津々だが、まだ理性の欠片が残る表情でロティが確認を取る。
「いいのよ。私達は上官命令には従う必要があるんだから。そうですよね?? 大尉」
「そうよ。ほら、早く脱がしてあげなさい。暑そうじゃない」
「了解しやしたぁ!! それぇええ!!!!」
鼻息を大きく荒げた先輩がズボンを剥ぎ取ると。
「「「…………っ!!」」」
生まれたままの姿に下着一枚だけを装備したレイドの体が現れ、私達は大きく息を飲み込んでしまった。
服屋の片隅置かれた纏め売りされている下着を履いているのだが……。
下着の価値以上の何かが私の悪い心をキュンっと刺激する。
な、何んと言うか。
すんごいソソルわよね。
グビグビと酒を飲み、微かに残った理性を追い出そうと躍起になっていると大尉が声を出した。
「准尉、まだ残っているわよ」
「え、えぇっ!? これも、ですか??」
先輩がきゅっと目を見開きありふれた黒の下着を見つめる。
「私は暑そうだから脱がしてあげなさいって言ったのよ?? それに一枚だけ残しても意味が無いわ。ここまで来たんだもの、どうせだったら全部見た……。コホン。介抱してあげなさい」
大尉、相当酔っ払っていますね。
だが……。
大尉の仰る事は大いに理解出来てしまった。
そう!! あの布の向こう側には未開の大地が待ち構えているのだ。私達は冒険心を胸に秘め、お宝を探し求める探検者達。
豪華な宝箱が出現したってのに開けない道理は無い。
うん!!
そうよ、そうじゃない!!
「先輩っ!! 宝箱を開けましょう!!」
「宝箱って……。でもまぁ、確かに興味をそそる宝箱よねぇ……」
「ま、待って下さい!! とんでもない罠が待ち構えているかも知れませんよ!?」
ロティが私と先輩に最終確認を促す。
「罠……。うふふ。私達の飽くなき果てぬ探検心はちっぽけな罠じゃ止められないわ!!」
「ち、ちっぽけって。イリアさん!! まだ見ていないのに決めつけたらレイドさんが可哀想ですよ!!」
――――。
あっ、そういう意味か。
「なぁにぃ?? ロティ。レイドのアレが小さいって決めつけたの――??」
ウリウリとたわわに実った双丘を突いてやる。
「ち、違います!! きっと!! 多分……。まぁ、それ相応のお宝をお持ちであると思いますが……」
これ以上沸騰したら頭が破壊し尽くされてしまうだろう。
それ程にロティの顔は真っ赤に染まっていた。
「ルピナスちゃんも賛成よね??」
「当然です。お宝を見逃す手はありませんからね」
おっしゃあ!!
空けたら最後、未来永劫呪われてしまう呪物であろうが。一生頭の中にこびりついてしまう悲壮感丸出しの絵画だろうが。
皆で見れば怖くない!!
「い、いい?? 開ける、わよ??」
「「「……」」」
先輩の舌足らずの言葉を受け、私達は固い生唾をゴックンと飲み込んで静かに大きく頷いた。
「もう、後戻りは出来ないからね??」
「せ、先輩。早く開けて下さいよ」
「最終確認よ。じゃあ……。お宝よ!! 私達の前に姿を現し賜ぇええええ――――ッ!!!!」
意を決した先輩が勢い良くレイドの下着を剥ぎ取り宙へ放ると……。
突如として恐ろしい魔物が出現した!!!!
な、な、な、何よ!!
アレ!!
男って、あんな物騒な物をぶら下げて歩いているの!? ちょっとした武器じゃん!!
「わっ!! わっ!! 駄目ですぅ!! 見てはいけませんよ!!」
ロティは両手で顔を隠すが、その隙間からハッキリと魔物を捉え。
「すっごい。レイドさんって立派な物をお持ちなんですねぇ」
ルピナスは馬のアレを想像したのか。
中々の品だといった感じでふむふむと頷いている。
「成程、それが男性器ね。勉強になったわ」
大尉は然程表情を変えずに魔物を見下ろし。
「はぁ――…………。ありがたやありがたや……」
先輩に至っては有難そうに両手を合わせ、拝み手をしながら何やら唱えていた。
私はと言うと……。衝撃過ぎて言葉が出てこなかった。
優しい顔を浮かべていても下半身には恐ろしい魔物が住んでいるのだ。
そりゃあ声何か出ないでしょう。
だが、動揺を悟られるのも癪だし。隣のルピナスへ平静を装って声を掛けた。
「ル、ルピナス。随分と落ち着いているけどぉ。他にもコレ、見た事あるの??」
「ありますよ」
「「えぇ!?」」
私とロティが驚きの声を仲良く合わせて放つ。
って事は!! 性体験は既に済んでいるって事!?
「幼い頃に父と御風呂に入った時、それと兄のを見た事があります」
「「な、なぁんだ」」
ふぅっと安堵の息を漏らすが。
「レイドさんので『三本目』 ですねぇ」
「た、単位で言うな!!!!」
アホな調教師さんから出て来た言葉に速攻で突っ込んでやった。
せめて三人目でしょ!? そこは!!
「だって他にあります?? コレの単位って」
「あるわよ!! 三人目って言いなさい!!」
「あ、そっか。そういう数え方もありますね。でも……。いやぁ……。しかし、御立派ですねぇ」
立派かどうか。比較対象が無いから比べようが無いけど。
私も父さんのアレを見た事があるが……。それと比べても大きい気がするのよね。
幼い頃に見たきりだからはっきりとした大きさは覚えていないんだけど。
「せ、先輩!! 先輩はどう思います!?」
どうせだったら経験者、又は最近コレを見た事があると思しき人に尋ねてみたい。
そう考え声を上げた。
「どうって……。父以外でこんなマジマジと見たのは初めてだから分からないわよ」
未だにキチンと手を合わせたままで言葉を返す。
コレを神格化しているのかどうか知りませんが、いい加減手を合わすのを止めません??
「大尉!! 大尉はどうです!?」
「これが一本目よ」
「ぶふっ!? で、ですから!! 本数で数えるの止めて下さい!!」
と言う事は、この中に居る人物は最新の比較対象を見た事が無い訳だ。
刹那に安堵したのだが、うら若き女性がそれでもいいのかという懸念が湧いてしまった。
「こ、これってそのぉ。確か、今の大きさより大きくなるんですよ、ね??」
おいおい。
さらっと恐ろしい事を言いますねぇ?? ロティさん。
「そうね。性行為の時には通常時より遥かに巨大化して硬化。そして私達の体を貫くのよ」
「た、大尉。恐ろしい事言わないで下さいよ……」
その過程は既に周知の事実だ。だがこうして目の前に改めて現れると……。
よくもまぁ受け入れる気になるなと思ってしまう。
私の母、そして祖母や曾祖母もこれを受け入れたのよね??
勇気あるなぁ……。
只でさえちょっとした武器なのにこれが巨大化して硬化したら完全完璧な凶器じゃん。勢い良く横っ面叩かれたら失神する事は免れないであろう。
「何事も慣れ、そう母親は言っていましたよ??」
「ルピナス。あんた、コレ。慣れると思うの??」
帽子の鍔の奥の瞳を直視して、魔物を指差してやる。
「ん――……。追々って奴じゃないです?? それに、恋人のだったら受け止めるべきだと思うんですよ。そうして互いに愛を育み、子供がこの世に生を受けるのです」
「「「成程ぉ……」」」
先輩とロティそして私が大きく頷いた。
「慣れ、か。そうよね!! 慣れよね!!」
先輩が何を思ったのか。
ぎゅっと拳を握り、意を決した仕草を見せる。
「どうしたんですか??」
「いや、ほら。来たるべきに備え、慣れ……。というか練習!! そう練習よ!! それを兼ねてちょっと上に乗ってみようかなぁって」
「はぁ!?」
こ、この人は何て事を言い出すんだ!!
「安心して!! 服は着たまま跨るから!!」
「あ、当り前ですよ!! 脱いだ瞬間、本気で殴りますからね!?」
絶対!! それだけは了承出来ないもん!!!!
「こっわ。で、では?? ちょぉっと失礼しますねぇ……」
はぁはぁと厭らしい吐息を漏らしつつ、レイドの魔物を隠す様に跨る。
「どう、です??」
「ん――……。何だろう。別にこれといって感じる物は無いわね」
そうなんだ。
「強いて言うのなら。股に違和感を覚えるかしらね??」
そりゃあ股の下に魔物が居るんだ。
違和感処の騒ぎじゃないだろうさ。
「じゃ、じゃあ!! 次!! 私も練習したいです!!」
「いいわよ。はいっ、交代っ」
先輩の次はロティか。
「えへへ。し、失礼しますねぇ……」
ニコニコと笑みを浮かべ、おっかなびっくり跨る。
「お、おぉ――。温かいですねぇ」
「ソレって熱を帯びるの??」
レイドの腹の上に手を添える彼女へ問う。
「お肉で出来ていますからね。熱を持って当然です」
ふむ……。勉強になるわ。
「ロティ」
「はい?? 何です?? ルピナスさん」
「そのまま腰を前後に振って見て」
「え……。こう、です??」
密着した腰を大きく、そしてゆぅっくりと前後へ揺らす。
「んっしょ。よいしょ……」
丹念に揺らす様はどこか淫靡に映るのは気の所為かしら……。
布が擦れるなまめかしい音が静かな部屋に響き。
「はっ……。は……。んっ……」
女の厭らしい呼吸音そして上下に弾む双丘を眺めていると本当に行為に及んでいるのではと錯覚させる。
いつまで不埒な行為を続けているのだと、いつ突っ込んでやろうかと考えていると。
「きゃあ!?」
ロティが驚いてやらしい腰の動きを止めてしまった。
「どうしたの!?」
「な、な、何かぁ……。下にいます……」
下ぁ??
「ロティ、ちょっと腰上げて??」
「は、はい……」
彼女が腰をふっと浮かすが。
「やっ!! まだ居ます!!」
それでも正体不明の何かは彼女の可愛い股から離れないみたいだ。
ロティの美味しそうな足と、レイドの体の間に生まれた空間からそいつの正体を確認する為にそ――っと覗き込む。
一体何が居るのよ……。そこには。
酒の影響を受け、ぼやける視界を必死に定めようと目を凝らすと……。
「――――。な、何。コレ」
あの魔物はいつの間にか姿を消失し。
代わりに……。
大魔王様が怒り心頭の面持ちで暗闇の中に直立不動で立っていた!!!!
その目は怒りで真っ赤に染まり私達の愚行を決して許さんぞと表情一つで察知出来てしまう程だ。
う、嘘でしょ!? コレってこんな風に成長するの!?
「トアさん!! どうしたんですか!?」
「そのまま!! 動かないで!!」
慌てふためく彼女を置き、部屋の隅に寝そべっている男性用下着を手に取り颯爽と戻る。
荒ぶる大魔王様。
どうか私達が行った数々の愚行をお許し下さいませ……。
これは世に解き放ってはいけない代物であった。私達が御せる物じゃなかったのよ……。
手早く下着を被せ、天へ向かって伸びる大魔王の御身を隠してあげた。
「ふぅ――!! うん!! これでもう離れても大丈夫よ」
手の甲で額の脂汗を拭い、ふぅっと息をつく。
封印完了!! これにて一件落着ね!!
苦労の果てに世界を滅ぼそうとする魔王を封印した勇者の気持ちがちょっと理解出来た瞬間であった。
「何があった…………。わぁっ!!」
ロティが腰を上げ、すっと立ち上がると大魔王の影を見下ろし驚愕の表情を浮かべた。
「すっご。噂では聞いていたけど、男性のソレってそんなに大きくなるんだ」
「ルピナス、それ何処で聞いたのよ」
「え?? 仕事仲間の下らない会話が流れて来た時にかな??」
男連中はその手の会話が好きだからねぇ。
「こ、こんな大きくなっていたんだ」
「ロティ、喜んでいいよ??」
「へ?? どうして??」
むふふと意味深な笑みを浮かべ、ルピナスが続け様に口を開く。
「男の人って。性的興奮を受けるとそうなるんだって」
「え?? それって……」
「そ。ロティの腰使いが気に入ったからあぁなったの」
「い、いやぁあああ――――ッ!!」
途轍もない羞恥が体全身を襲って瞬時に体が燃え上がり、両手で顔を隠してその場にしゃがんでしまった。
そりゃあ誰だって恥ずかしいだろう。自分の行為が大魔王様を世に招いたのだから。
「つまり!! その理論からすると、もっと刺激を与えれば巨大化し続ける訳よね!?」
どんな理論ですか?? 先輩。
物には限度ってのもんがあるんですよ。
「よぉし、物は試しよ!! レイド伍長!! 准尉である私があなたの行き場の無い困った憤りを溶かしてあげるわ!!」
お馬鹿な上官が右手に酒瓶を持ち、再び跨ろうとする。
そうはさせません!!
「駄目です!! アレはこれ以上刺激してはいけないんです!!」
「放しなさい!! だってずるいもん!! 私もレイドに満足して貰うんだからぁ!!」
いやいや。
そういう事を言っているんじゃないですよ。
「兎に角!! 駄目なものは駄目!!」
「放せ――!!」
大魔王の頭上で押し問答を繰り広げていると、先輩が持つ酒瓶が勢い余って宙へと飛び出してしまった。
宙で赤い液体を漏らし、行き場の無い瓶は彼の体の上で一度着地。
そして重力に引かれる様に床へと静かに横たわった。
「あっちゃ――。レイドさんに掛かっちゃいましたねぇ」
「先輩が暴れるからですよ!?」
「ふんっ。トアが悪いんだもん。勿体無いから……。んっ、美味しい……」
彼の腹の上に残る液体に指を這わせて器用に掬い上げたワインを口に運ぶ。
「ちょっとしょっぱいけど、うん!! アリね!!」
「無いです!! もう!! 先輩は降りて下さい!!!!」
大魔王の近くに腰を下ろしている先輩の上半身を押す。
「嫌よ!! ここは私が独占するんだもんっ!!」
「素が出ていますよ!! もう怒った!! 上官だからってやって良い事と悪い事があるんですからね!?」
「それはあなたにも当て嵌まる事よ!!」
「「んぎぎぎぎィィッ!!!!」」
四つで手を組み、大魔王様の頭上で力と力を衝突し合う。
くっそう!! 馬鹿力めぇ!!
全然動かない!!
「じゃ、私は美味しい所取りって事で……。レイドさん?? 頂きますね……」
帽子を外し、可愛い顔が露わになったルピナスの唇が腹に残る液体へと進む。
「「見逃すかぁ!!」」
絶対触れさせないんだから!!
先輩と二人で横着な調教師の頭をぴしゃりと叩いてやった。
「痛い!! ちょっとぉ、御二人共。私は一般人なんですよ?? もう少し手加減すべきでは??」
「あんたが悪いのよ!!」
「そうよ!! 抜け駆けは許さないわよ!?」
「ふぅん。じゃあこっちなら構わない、と??」
厭らしい笑みを浮かべ、レイドの口元へと己の唇を移動させた。
「ば、ばっかじゃないの!? そっちの方がもっと無理よ!!」
「え――。さっきトアさんしそうだったじゃん」
「あれとこれは別なの!!」
「うふふ……。鬼の居ぬ間に……」
「だぁ――!! アホ上官!! 目を離した隙に指を這わすなぁ!!」
「では、私も……」
「ルピナスもいい加減にしなさぁぁああ――い!!!!」
前後に出現した敵に悪戦苦闘を開始。
押し、跳ね除け、吹き飛ばし。襲い来る敵を撃退し続けるも増援が来る見込みも無い私は孤軍奮闘を展開した。
こいつの無垢な体は私が守るんだから!!
あんたの体を触っても、壊してもいいのは私だけなんだからね!!
お酒が体から頭の中に侵入して意識が混濁し始める中。
頭の命令を聞かずとも動いてくれる体に呆れながらも思わず頷く。きっと、こういう時の為に苦しい訓練を受けて来たんだよね。
きゃあきゃあと騒ぐ花達の襲来を跳ね除けつつ、私は確信に至った。
閑静な地域に建つ普遍的な家から漏れて来るうら若き女性達の叫び声。
それを捉えた通行人達は皆一様に怪訝な顔を浮かべ一度足を止めるのだが。
『いい加減に退け――ッ!!』
『あなたの方から先に降りなさいよ!!』
『二人共レイドさんが壊れてしまいますよ!?』
『じゃあこっちは頂くって事で……』
『『させるかぁぁああ――――ッ!!!!』』
酔っ払い達の声だと認識した彼等は空気よりも比重の重い溜め息をその場で吐き尽くし、茜色に染まる空の下に相応しい大変静かな所作で家路へと向かって行ったのだった。
おまけ。
読んでも読んでも終わりが見えてこない文字の列に目を泳がせ。指紋が消失しちゃうのでは無いかと有り得ない想像を膨らませる量の文字を書いても私に与えられた仕事は終わりが見えてこない。
朝から晩まで……。ずぅぅううううっと!! 机の前に座り続けていたら。
「お尻が痛くなるのよ!! この忌々しい紙め!!!!」
取り敢えず一番手元にある紙を乱雑に取り上げ、クシャクシャに丸めて思いっきりブン投げてやった。
く、くそう……。疲れ過ぎて全然飛ばなかったじゃない。
広い部屋の隅には私が投擲した幾つかの紙が既に横たわっており、そこへ届かぬ己の疲弊した腕力が恨めしい。
「はぁ――。丁度良いや、休憩しよ――っと」
机の上に羽根筆を放り、引き出しを開けて宝物を取り出した。
『拝啓。レシェット様へ。
早春の候、ご健勝で御座いましょうか。ベイスさんのお仕事を手伝っていると聞きましたが御体の方は如何ですか。
父上のお仕事はこの国の根幹に携わるものであり、一筋縄ではいかぬ難解な仕事であります。彼はレシェットさんが思う以上に優れた人物です。父上の仕事に携わる事が将来、レシェットさんの為になりそしてこの国の為になるのです。
今は苦しく感じるかと思いますが、それは御自分の為であると理解出来て頂けたら幸いです。
さて、話は変わりますが。先日は屋敷で昼食を提供して頂き有難う御座いました。
その後に行われた選抜試験に合格し、任務へと赴き。先程帰還したのでこうして筆を執った次第であります。
長きに亘る移動距離、自分が想像していた以上の過酷な任務。
レシェットさんが屋敷で自分に辞退しろと仰った理由が任務を通して理解出来てしまいました。ですが死地から得た成果は大きいものでした。
自分は戦地で己の務めを果たし、レシェットさんは己の戦場で務めを果たす。それがより良い未来へと繋がる事になるでしょう。
それでは季節柄くれぐれもご自愛ください。 敬具』
「ぷっ!! あはは……。本当、馬鹿真面目な文面だな」
私とレイドの仲なんだからもっと柔らかく書いてもいいのに。
でも、真面目な彼の事だ。
『親しき中にも礼儀あり!!』 とか考えて。疲れた体に鞭を打って、必死に文面を考えて送ってくれたのでしょう。
「……っ」
今も頑張っているんだよね?? 私も頑張っているから今度会った時はしっかり甘えさせて貰うからね。
彼が走らせた筆跡に己の指を添え、心の中で静かに近況報告を果たした。
「――――。レシェット様、宜しいでしょうか」
アイシャだ。
「なに――??」
自室の扉が開く前に机の中に手紙を大切に仕舞い、そして彼女を迎える。
いつも通り静かに扉が開き、第三者へ足音を確知させない物静かな所作で入室を果たすと彼女の口から待ちに待った言葉が放たれた。
「失礼します。ベイス様が帰宅されました」
や、やっと帰って来たか!!!! 私がどれだけこの時を待ち侘びた事か!!
「今どこに居る!?」
「屋敷の玄関口で荷物の搬入をしておりますが」
「あ、そう!!」
アイシャの言葉を受けると同時に椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がり、屈強な戦士でさえも慄いて道を譲るであろう歩みで部屋を出た。
「――――。レシェット様。椅子が壊れてしまいますのでもう少しお淑やかに立ち上がって下さい」
「大人しくしていられないの!!」
肩で風を切って廊下を進む私に追いついた彼女へそう言ってやる。
静かに歩きたいのは山々なんだけど、心に轟々と燃え滾る烈火の感情がそうさせてはくれなかった。
私がここまで怒り心頭になった出来事は今から約十日前、父とのとあるきっかけが発端だ。
『今日から十日程家を空けるから。その間に先日行われた公聴会の資料を纏めておいてくれ』
『別にそれは良いけど……。何処へ行くの?? 次の会議までまだ時間あるじゃない』
『仲の良い友人と話し合いをしに行くんだ』
『ふぅん……』
あの時はそこまで気にも留めなかった。だって父さんの交友関係にまで口を出すのは何かお門違いって感じだったし。
いつもより元気良く屋敷を去って行った父を見送り、与えられた仕事を熟しているとアイシャから耳を疑う発言を捉えてしまった。
『精が出ますね』
『これが今、私が出来る仕事だからさ。ねぇ、アイシャ。父さんが何処へ向かったのか知らない??』
『ベイス様はパルチザンの訓練の視察、並びに次回提出する法案の会議が行われる為。王都の北西地域へと出立されましたよ』
『――――。はっ?? パルチザンって事はレイドが居るじゃん』
後半部分を一切合切無視して前半だけに食いついて言葉を返すと。
『ベイス様は恐らくレシェット様が帯同すると彼の為にならないと考えたのでしょう。ほら、情けも過ぐれば仇となると言いますし』
『わ、わ、私が付いて行くのが余計なお節介だとても言うの!?!?』
『訓練とは心と体を鍛える為に行うものです。横から突かれては彼も困惑してしまいますからね』
『私はそこまで餓鬼じゃない!!!!』
そこからアイシャと下らない小競り合いを行うものの、これ以上の体力の消費は無駄であると確信。
臥薪嘗胆の心を持ち今日まで大人しく仕事を熟していたのだ。
さぁ――……。娘を自宅に放置して自分一人だけ楽しい思いをしてきた父へ噛みつきましょうかね!!!!
廊下を突き抜け玄関口に到着すると。
「ただいま。今到着したよ」
私の燃える心とは裏腹に、爽快な笑みを浮かべる父の顔を捉えた。
「ちょっと!! 父さん!! 聞きたい事があるんだけど!?」
「こらこら。父親が帰って来たのにその言葉は無いだろ??」
燃え滾る私の勢いを風に揺れる柳の様に受け流す。
ちぃっ……。流石上院議員なだけはあるわね。私程度の怒りを後方へ流すのはお手の物って訳か。
「おかえりっ!! はい、じゃあどうして私を置いてレイドの訓練を視察に行ったのか説明しなさい!!」
荷物の搬入を続ける使用人達の驚く顔を無視して問う。
「あはは、アイシャから聞いたのか。まぁ察しの通りお前を連れて行くと彼の為にならないと考えたんだよ」
うっっわ!! アイシャもそして父さんも私の事をまだ子供扱いするのね!?
「そんな事しないし!! 大体!! 私の飼い犬が命令に大人しく従っているのかを確かめるのが飼い主の務めでしょ!?」
今にも噛みつきそうな勢いで叫ぶと。
「フフッ……」
荷物を搬入を続ける使用人の一人が小さな笑みを零した。
はい、後で説教ね。
「飼い犬って……。彼は私達の所有物でもなければ犬でもないよ??」
「いつかそうなるの!! 早く説明してっ!!」
「はぁ――……。帰って来て早々噛みついて来るとは思っていたけど。いいかい?? 私は仕事で彼等の様子を見に行ったんだ。この国を守る兵士の姿を直にこの目で確かめる為にね」
「レイドはどうだった!?」
「彼は……。そうだなぁ。強いて言うなれば桁が違うとでも言えばいいのか。六百を超える兵達を集め、先ずは腕立て伏せから始まったのだが……」
父さんが言うには、六百もの回数を与えられたがそれを易々と達成し。その後に行われた模擬戦では並み居る強豪を容易く撃破。更に!! 重たい荷物を背負ってほぼ一日行われた長距離走行の訓練では全兵士の中で一番の距離数を叩き出したらしい。
その様子を見守っていたのは父さんだけでは無く、当然他の偉い人達にも目が留まる。
彼の所属している部隊、並びに出身地等を問われて辟易した様だ。
「――――。彼等の訓練を見届け、そしてほぼ徒労に終わった会議を経て帰って来たのさ」
「はぁ――……。良いわよねぇ。父さんはレイドの勇姿を見れて」
いつもより瞳に輝きを増しているのはきっと彼の姿がそうさせたのだろう。
誰にでも分かり易い疲労を籠めた重たい溜息を吐き尽くしてやった。
「おや?? 疲れているのかい??」
「父さんが出掛けている間、ず――っと仕事をしてたからね」
これで疲れない奴が居たら見てみたいわよ。
「そうか……。じゃあその御駄賃じゃないけど。これをあげよう」
「え?? わっ、すっごい綺麗……」
父さんが懐に手を入れて、私に差し出したのは美しい銀色の賞牌であった。
断崖絶壁の上に凛々しい狼が立ち、天に浮かぶ月へと向かって激しい雄叫びを上げている。材質もさながら狼の毛を丁寧に彫ってある職人の技に思わず唸ってしまう。
「ふむ……。中々に素晴らしい造形で御座いますね。流石、銀狼勲章です」
私の横から賞牌を眺めていたアイシャがそう話す。
「銀狼勲章??」
聞いた事が無い単語に思わず首を傾げる。
「適性戦力との戦闘に対して勇猛果敢に挑み、素晴らしい戦果を挙げた兵士に送られる誉で御座います」
「何で知ってるのよ」
「アーリースター家の使用人となるのならばその程度の知識は周知の事実で御座います」
「それで?? 何で私にこれを贈ってくれたの??」
私は西に居る敵と戦った訳では無い。憎たらしい紙と戦ったのだから。
「実はね?? その勲章を贈られたのはレイド君なんだよ」
「レイドが!?!?」
父さんの言葉を受け思わず声を荒げてしまう。
「前回の任務で得た情報が素晴らしい戦果だと判断されてね。彼がそれを受け取り、その後に彼と話す機会が出来て……。その時。お前に贈ってやりたいとして彼から勲章を預かったんだ」
「へっ?? 私に……??」
「そう、いつも私の仕事を手伝ってくれているだろ?? その報酬じゃないけど。そうやって彼は笑っていたさ」
へ、へぇ――!! ふぅん!!
か、飼い犬のくせに中々洒落た真似するじゃん!!
「そ、そうなんだ。ちょ、ちょっと用事を思い出したから部屋に帰るわね!!」
彼から贈られた賞牌を大事に胸の中に抱き踵を返した。
「――――。分かり易過ぎる反応だね」
「レイド様はレシェット様の憤りを予感して贈ってくれたのでは??」
「まさか。彼は本心で娘に贈ってくれたのさ」
「ふ、む……。つまり御二人の式用にレシェット様のドレスを新調すべきだと」
「いやいや、そうなるのかは分からないよ。だが……。私は父親として、そして一人の男として彼を認めている。彼が娘婿になるのは喜ばしい事だけどさ」
「すっごい綺麗よね……」
廊下を進みつつ手元の銀色の賞牌を見下ろすと陽性な感情がジャブジャブと溢れ出て来てしまう。
彼は死ぬ思いでこれを勝ち取った。そしてそれを他の誰でも無い私に贈ってくれた。この事実が私の顔の筋肉をふにゃふにゃに緩めてしまった。
だ、駄目だ!! 嬉し過ぎて顔の形が崩れちゃう!!
このだらしない顔を悟られぬ様、出て来た時よりも更に速く廊下を駆けて行く。
そして部屋に入るなりベッドへ飛び込み今日は仕事を放棄して、日がな一日ずぅっとこの賞牌を眺めて居ようと心に誓ったのだった。
お疲れ様でした。
まず初めに……。評価して頂き有難う御座いました!! 嬉しい知らせに執筆活動の励みとなりました!!
おまけ部分の執筆や色々とドタバタしてい為、深夜の投稿になってしまいました。
おまけは完全な蛇足にも映ったでしょうが私から皆様へのお年玉として受け取って下さい。
さて、長きに亘る人間側の訓練もこの御話を以て終了。次話からはいよいよ魔物側での特訓が開始されます。ですが……。
彼等は長い間南の島に滞在する予定ですので、英気を養う為に日常パートを挟みます。
特訓が開始されるのは日常パート終了後となりますので御了承下さいませ。
次話から始まる自分でもドン引きする程長い特訓に向けてではありませんが……。
評価そしてブックマークをして頂けないでしょうか??
散々待たせておいて図々しい奴めと思われますでしょうが、宜しくお願い致します。
それでは皆様、良い初夢を見て下さいね。