第二百五十六話 人間の皮を被ったケダモノ達 その一
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
あ――あ。拗ねちゃった。
折角私が楽しませてあげようと思って遊んであげたのにぃ。
まぁでも?? 誰だって汚い雑巾の絞った水を飲めば怒るでしょうねぇ……。
その飲ませた張本人は。
「レイドさん大丈夫かなぁ……」
「厩舎から散歩に出す時の馬みたいな歩調だったし、大丈夫でしょ」
「そ、そうですよね!! ルンルンなほちょ――だったから大丈夫ですよね!!」
一応心配する素振を見せていたが、調教師の首を傾げたくなる台詞を受けるとケロっとした顔で再び食と酒の共演に酔いしれていた。
馬と人を比較したら駄目でしょうに。だが、それはちょっと分かる気がする。
あいつは馬よりも頑丈な足と体だからなぁ……。
むすっとした顔で裏庭へと出て行った彼の姿を見送り、酒の力によって覚束ない視線をスイスイと泳がせていると台所の下段の棚に視点が止まった。
ん――?? どうしてここで視点が止まったの??
椅子から徐に立ち上がり、台所の下にしゃがみ込むと木製の棚を御開帳してやった。
「トアさんどうしたんです――??」
「え――?? なにかぁ。面白そうな物があるのかなぁって」
いつもより舌っ足らずのロティに答えてやる。
何々ぃ?? 鍋にまな板に新品同然の包丁。
どの家庭でも見られる普通の調理器具しか見当たらないなぁ……。
「あはは!! トアさ――ん。お尻振って、どうしたんです?? 誘っているんですか――??」
「女を誘ってどうすんのよぉ――」
アホな調教師め、これは後でお仕置きだな。
可愛い双丘を鷲掴みにして捏ね繰り回して。逃げるようならがっちりと拘束して身ぐるみ剥いでぇ……。
普遍的な調理器具達の中に手を突っ込みあちこちに触れていると、やたら馴染み深い感覚を捉えた。
「おぉッ!?」
わ、私の第六感が掴み取ったのはこれの事かぁ!!
早速妙に手に馴染む瓶を右手に持ちお尻を振りながら明るい場所へと体を戻した。
「う――ん……??」
多分、酒瓶だと思う。
どうしてかって?? いつも見ている形と飲み口を塞いでいる栓、そして瓶の側面に貼られている紙からの考察でそう至ったんだけど……。
紙は経年劣化によって黒ずみボロボロになっていて何年前に作られたか分からないのよねぇ……。
取り敢えず得た戦利品を手に取り元居た席へと舞い戻った。
「大尉――。これ、何か出てきたんですけど??」
随分と料理が減った机の上に例の品を置く。
「あぁ、それ?? この家に住む前からあったみたいで。私はお酒を飲まないから棚の奥に置いておいたのよ」
ほほぅ、やはりお酒だったのか。
「ぷはっ!! 大尉ってこの家に住む様になってどれ位経つんですか??」
コップのワインをペロリと飲み終えた先輩が口を開く。
「今年で……。確か五年目ね」
「偉くなると家も買えるんですね――。んぎぎぃ!! 開かない!!」
指で栓を摘まんで抜こうとしてもびくともしなかった。
剣があれば先端を叩き切ってやるのに!!
「栓抜きを使いなさい。ほら」
あ、どうも!!
先輩が机の上に置いてあった栓抜きをこちらに渡してくれる。
「んふふ――。可愛い中身ちゃんはどんなのかなぁ……」
栓の中心へと鋭く尖った鉄の先端を突き刺し、クルクルと回す。
この瞬間が堪らないのよねぇ。
ちょっと苦労して開けるのがお酒をより美味く感じさせると思うのよ。速攻でぽんっと抜けたら味気ないし??
「ん――!! てやっ!!」
心地良い音が部屋に響き渡り、困ったちゃんの香りが一気に噴き出した。
「うぅっ!! すっごい匂い!!」
鼻の奥に何か鋭い物を突き刺された様な強い酒の香が襲い、思わず顔を背けてしまう。
「ちょっと、トアさん。それ本当にお酒??」
右隣りのルピナスが怪訝な顔を浮かべる。
「た、多分。ちょっと注いでみようか」
空のコップにトクトクと注いでいくと。
「「「おぉ…………」」」
真っ赤な宝石よりも赤い色を持った液体が御目見えした。
色は満点じゃない!! ただ、ちょぉっと匂いがきつすぎるのが不安だ。
「トア、飲んでみなさいよ」
悪戯心を満載にした顔で先輩が話す。
「嫌ですよ。先ずは毒見……。おぉ!! そうだそうだ!!」
いるじゃない!! 何をしても絶対死なないうってつけの野郎が!!
「お――い!! 馬鹿レイド――!! こっち来て――!!」
裏庭に消えた駄犬を呼ぶ。
ほら、御主人様が呼んだのよ?? 早く帰って来い!!
美しい赤の液体を注いだコップを手に持ち、扉の側へと移動を始めた。
「呼んだか??」
「これ!! これ飲んで!!」
吐いてすっきりしたのか、それとも新鮮なお水を飲んで回復したのか。
先程とは打って変わって機嫌を取り戻したレイドが入って来た。
ふふふ――。
こ奴ならある程度の毒物を摂取しても大丈夫だろう。馬鹿みたいに体が頑丈だし!!
「いや、もう帰ろうかと考えていたんだけど」
ちっ、そうきましたか。
世の中は自分が思う様に物事が上手く行かない事をこのトア様が直々に教えてやらにゃ。
「駄目――!! これ、飲んでから帰りなさい!!」
明るい空も目を細めてしまう明るい笑みを浮かべて謎の液体を差し出す。
「レイド、私からの命令よ。それを飲んだら帰っていいわ」
さっすが先輩!!
私の考えはお見通しってね!!
「准尉まで……。了解しました。では、これを飲み終えたら失礼しますね」
う、う――む。
いよいよか。
私達は固唾を飲み込み息を殺し、レイドが手に持つコップを注視した。
「「「「…………」」」」
「なぁ」
あれ??
そこで止めちゃう??
口に一旦付けたコップを放してから話す。
「ん――??」
こういう時は優しいトアさんの笑みで誤魔化す!!
きゅっと口角を上げて惚ける。
「これ、本当に飲んで大丈夫??」
「も、も、も、勿論よ!! ほら、酒屋で買った奴だからさ!!」
「そっか。じゃあ……」
本当にだ、大丈夫かな??
「わっ。そんな一気に飲んだら……」
お酒はもっと味わって飲むものなのに。
いや、今はそういう事じゃないわね。ソレが本当に飲めるかどうかの確認だった。
レイドの男らしい喉仏がコックンと上下に大きく動き、赤き液体を完全に飲み終えるとふぅと息を漏らす。
う――?? 大丈夫そうね??
だが、謎の液体を飲み終えて数秒後。
「何だよ。別にどうも……。ウグェッ!?!?!?」
操り人形の糸が切れた様にレイドの体がぐしゃりと床の上に崩れ落ちてしまった。
う、嘘でしょ!? そんなに強烈なお酒だったの!?
「あっちゃ――……。コレ、相当に強いお酒だったかぁ」
先輩が酒瓶を手に取り眉を顰める。
「レ、レイドさん!! しっかりして下さい!!」
ロティが野郎に駆け寄り肩を揺さぶるが。
「……」
薄汚い人形は動く気配を見せず、只々彼女の手の動きに合わせて揺れ動いていただけであった。
「イリア准尉、ちょっとそれ飲ませて」
「大尉、大丈夫ですか??」
「お酒には強いから」
「で、では……」
大尉が液体の効果を確認する為、先輩から酒を受け取りコップにトクトクと注いでいくそして。
「……」
きゅぅぅっとコップの中の液体を飲み干してしまった。
「どう、です??」
私は恐る恐る大尉へ問うた。
「そうね……。これは、うっ!? ふぅぅぅ。お酒が弱い人は決して口にしてはいけない代物よ」
ここへ来てからずっとお酒を口にしていてもケロっとしていた大尉の顔が瞬時に燃え上がる。
酒豪の胃袋を容易く撃破する強さか。
それじゃあ酒に慣れていない雑魚の胃袋をお持ちのこいつじゃあ耐えられない訳だ。
「ど、どうしましょう!? レイドさん気絶したままですよ!?」
「ロティ、そんなに揺らしたらもっと悪くなるよ。こういう時は服を脱がして、楽な格好で横たわらせるのが一番なの」
ルピナスが席を立ちつつ話す。
「服、ですか。で、では!! 先ず上着ですよね!? よいしょ、よいしょっと……」
ほっほ――??
そこのお嬢さん、妙に楽しそうに脱がしますね??
まるで着せ替え人形の服を脱がす頑是ない子供みたいな表情を浮かべ、レイドの上着を脱がしそして。
「えへへ。ぶかぶかです――」
脱がした上着に袖を通し、空白が目立つ袖口をフラフラと揺らした。
「じゃあ私はもうちょっと脱がそうかな」
いやいや、お嬢さん達??
もう宜しいのでは??
「ル、ルピナス。も、もう大丈夫じゃない??」
「いやいやぁ。ついで……。オホン。ほら、まだ暑そうな顔していますのでぇ」
調教師さんが話す通り。我が同期の顔は時間が経つに連れて真っ赤に染まり、今は耳の先まで朱に染まっていた。
「一つずつ外していってぇ――っと」
「ルピナスちゃん!! わ、私も参加するわっ!!」
はい、ここで厄介な人の登場です。
大好物を目の前にした腹ペコの犬の様に先輩が鼻息を荒げ、意気揚々と乱痴気騒ぎに参戦した。
「いいですよ――。ほら、下から外していって下さい」
「勿論よ!! 着慣れたシャツだから外すのはお手の物ってね!!」
私達に支給されたシャツが徐々に開かれて行き、横着者の二人が息を合わせ。
「「せ――のっ!! 御開帳――!!!!」」
男らしい体が白日の下、じゃあないな。薄暗くなった部屋の蝋燭の下へと出現した。
「「「…………」」」
誰かのゴクリと生唾を飲む生々しい音。
驚きを隠せないひゅっと息を飲む音。
そして、恍惚に身を委ねるべきかと躊躇する艶めかしい吐息が響く。
私も多分、第三者から観察されていたらきっと変な息を漏らしていたと言われるのだろう。
それ程にこの体は女達の何かを刺激する物を放っていた。
腹の中央に目立つ痛々しい傷跡、男らしい厚い胸板、屈強な男も思わず唸る鋼の肉体が私達の視線を釘付けにする。
薄暗い部屋に揺らぐ怪しい蝋燭の橙と雄の力強い香りが私達のイケナイ気持ちを増長さているのでしょうね。
「レイドさんって、凄い傷跡をお持ちなんですね」
「今日の明け方、着替えついでに見ちゃいましたけど……。こうして改めて見ると凄い、ですね」
ルピナスとロティが正直な感想を述べる。
「正面も凄いけど背中も凄いのよ??」
「せ、先輩!! 動かしたら不味いですよ!!」
普段のこういう悪ノリは好きなんだけど。
そのぉ、何んと言いますか。
やはり好いた男の体を他の女性に見られるのは余り気分が良いものじゃないのよねぇ。
「気にしない気にしない!! ほぉらぁ……。どうぉ??」
先輩がクルリと彼の体を反対に向けると。
「「わぁ……」」
パン屋の娘と馬の調教師が感嘆の吐息を漏らした。
腰付近の大きな傷跡に、無数の矢傷、そして激しい訓練又は敵から受けた傷跡が男らしい背中を装飾していた。
これだけの傷を負ってよく生きているなと思うのが素直な感想で。
本当の私の気持ちは……。
お願い、どうか……。私が想いを伝えるまでその温かい命を散らさないで欲しい。
これが心の奥底に眠っていつまでも伝えられない想いだな。
まぁ、一度は言っちゃいましたけど。寝言と捉えられちゃったし?? 今度は正面でしっかりと顔を捉えて伝えよう。
そこまでの勇気があれば、の話だけどね。
「せ、背中もいいですけど。やっぱり正面がいいですね!!」
「そう?? よいしょっと」
ロティの懇願を受け、再び先輩が仰向けの姿勢にする。
「わぁっ。男の人の体ってやっぱり硬いですよね……」
細い指で胸筋をツンツンと突く。
こ奴が気絶していると思って……。随分と大胆ですねぇ?? ロティさん??
「本当だ。私的には……。ここがいいかなぁ??」
ルピナスは肩付近の筋肉か。
「ふふ、甘いわね二人共。やっぱりぃ、私はぁ……。こぉこっ!!」
だらしなく放り出している左腕に己の頭を乗せる愚か……、基。
職権濫用を問い正したくなる我が上官。
「あぁ!! いいなぁ!!」
いやいや。良くないですよ?? パン屋の店員さん??
ここは大人しく寝かせるのが正しい大人の対応なのだ。
私が一言注意を放ってやろうとするがそれを聞く前に獣達が獲物に襲い掛かった。
「じゃあ私はここ――」
ルピナスが胸に頭を乗せ。
「わっわっ!! もう場所が無くなっちゃ……。あ、えへへ。ありました」
体を預けられる空間が無くなって行く事に若干狼狽えていたが、余った右腕に収まりロティがほっと息を付いた。
「おぉ――。心臓の音が聞こえる」
「どんな音です??」
「トクンッ……。トクンッ……。って気持ちの良い音ね」
「むぅぅ。ルピナスさんっ!! 交代です!!」
「まだ味わっていたいから無理」
「えぇっ!? ず、ずるいですぅ!!」
好き勝手に悪戯するこの人達に罰を与えねば……。
拳をぎゅっと握り、肉に群がる獣共を追い払う準備を整えていると先輩が私のイケナイ心を誘う声を上げた。
「トア――。上半身、空いているわよ??」
むむっ。そう言えば、確かに……。
私の体に向かって。
『ここ、空いているぜ!?』 と。
ニッ!! と満面の笑みを浮かべて問いかけている様だった。
勿論、そう聞こえるだけであってお酒の力による幻聴だという事は未だに認識出来ていた。
ん――。でもぉ、私も参戦していいのだろうか。只でさえ三体の獣に囲まれて暑そうに顔を歪め始めたし。
体は躊躇をしているが、心は後一押しで決壊してしまう。越えてはいけない一線の狭間に身を置いて考えていると。
「トアさんも乗っちゃって下さい」
「そうそう。勢いが大事ですって」
我が友人の二人が大変力強い後押しをしてくれた。
だ、だ、だよねぇ!! こんな機会滅多に無いもんねぇ!!
「わ、分かったわ!! で、でもちょぉっと待って!! お酒の所為にしないといけないから……」
普通の酒瓶を手に取り、飲み口に直接口をつけて一気に胃袋へと酒を流し込んだ。
「――――、うっぷ。よろぉし。準備かんりょう!!」
体が燃える様に熱い……。
視界が若干ぼやけ、正常な思考も判断も出来ているかどうか怪しい。
だけど……。レイドの体だけははっきりと両目が捉えて離さなかった。
んふふ――。お酒の力って偉大よねぇ。
さっきまで躊躇していたのにぃ。もう理性がどっか行っちゃったし!!
「よいしょっと。おぉ――。良い眺めねぇ……」
腹の上に跨り、レイドの顔を見下ろす。
「…………」
鍛えられた肉体とは正反対の優しい顔がまた……。女の性をソソルのよねぇ。
これだけでもう一杯飲めそう。
腹の傷跡にそっと手を添える。
うん、温かい。生きている証拠だ。嬉しいなぁ、元気に生きてくれて。
手元からふと視線を顔に動かす。
「……」
気持ち良さそう……、なのかな。
兎に角。
小さく開いた口から漏れる吐息が私の情熱に火を点けてしまった。
それ、誘っているんだよね?? 私を受け入れてくれる、んだよね??
レイドの顔が徐々に近付いて来た。
あれ??
私が近付いているのかな。
でも、いいや。
もっとあなたの顔を近くで見せて??
「あら?? トア、食べちゃうの??」
「――――。うん、頂きます」
先輩の声に素直な気持ちを解き放つ。
「いいわよ?? でも、その次は私達だからね??」
「はい……」
もう、どうにでもなっちゃえ。
互いの唇を重ねる為。
私は見えない糸によって誰かに操られる様にそして抗う事の出来ない魅力を放つ彼の顔へ吸い込まれる様に接近していった。
お疲れ様でした。
本日はもう一話投稿する予定です。今現在そちらの編集作業中ですので今暫くお待ち下さい。