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第二百五十五話 恐ろしき宴の始まり その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿なります。




 裏庭での作業を終えて戻ると既に宴会場は興奮の坩堝と化していた。



「あはは!! せんぱ――い!! もっとグッ!! 飲め飲め!!」


「飲んでるわよ――。ってか、さり気なく上官に対して命令したでしょ」


「ルピナスさんっ!! この飴美味しいですよ!!」


「本当だ……。味変にはもって来いだね」


「ふぅ――……。美味しいわね」



 晩酌には早過ぎる時間帯だってのに五名の女性はお酒の魔力に酔いしれ、料理に舌鼓を打ち、陽性な感情を惜しみも無く放つ。


 そんな中、素面である俺はうら若き女性達の軽快な声を他所に一人台所へ向かって体の前で腕を組んでいた。


 木目の美しいまな板の上に並べられた大量のジャガイモさん達がこれから私達をどう料理してくれるのかと溌剌とした表情で俺を見上げていた。



 そう慌てなさんな。ちゃあんと美味しく調理してあげますからね。


 そしてお嬢さん達、もう少し声量を抑え尚且つ着衣の乱れに気を付けなさい。


 酔いの所為で気付いていないのだろうが、大袈裟な動きを見せる度にちょいと大胆に胸元が開け始めていますので……。



 男の何かを刺激してしまう膨らみから無理矢理視線を逸らし。宝物と言っても過言では無いストースの街で購入した包丁を右手に持ち頭の中で調理の行程を思い描く。



 ふぅむ……。先ずはお酒に合う食感と沢山食べても飽きない味を提供すべきだな。



「レイド――。まだぁ――!!!!」



 ちっ。五月蠅い酔っ払いめ。



「まだ手を付けていないんだ。もう少し待て」


「早くしろぉ!!」



 先程まで御肉がくっついていた串が投擲され俺の後頭部に直撃する。


 落ち着けよぉ、俺。


 ここで怒ろうものなら今度は短剣が襲い掛かってくるんだ。



「完成までもう暫くお待ち下さい……」



 怒りの塊をグッと飲み込み、鉄の鍋へと油を注いでいく。



 簡単且お酒に合う料理と言えばこれでしょう!!


 三日月型にジャガイモを切り分け、からっと揚げて塩をパラパラっと振り掛ければ……。


 あら不思議。大変美味しいおつまみが出来るではありませんか!!


 五月蠅い酔っ払いを鎮めるのは良く動く口を料理で塞げば良いのだ。うむっ、この手に限る。


 そう考え、早速ジャガイモを丁寧に切り分けていった。



「――――。へぇ……。レイドさん、包丁捌き上手ですねぇ」


「そう??」



 右隣り。


 距離感をちょっとだけ間違ったロティさんがまな板の上の三日月をひょいと摘まむ。



「ロティちゃん。レイドはね?? 任務中ずっと私達の食事を作ってくれたのよ。量も然ることながら、味も良くてねぇ……。助かっちゃった」


「へぇ!! そうなんですか!!」



 ロティさんがイリア准尉の補足説明に大きくウンウンと頷く。



「大袈裟ですよ。料理の一つや二つ、誰でも出来ますって」



 そろそろ頃合いかしらね??


 窯にくべた薪の炎が鍋を温め、中の油の温度が丁度良い塩梅に上昇。プツプツと泡を発生し始めていた。


 美しき三日月に小麦粉を塗してっと。試しに油の中へ一つ落としてみる。


 すると。



「「「「おぉ――!!」」」」



 油の跳ねる小気味良い音が女性陣達の何かを大きく刺激した。



「良い音ですねぇ!! お腹が空いてきましたよ!!」


「ロティさんってまだ御飯食べていないの??」



 油の温度が下がらない様に切り分けたジャガイモを順序良く投入しつつ口を開く。



「沢山食べましたよ??」


「では、その……。沢山食べてもまだ満腹には至らないと??」


「えぇ。楽しい時ってついつい食べちゃいますからね!!」



 そして、翌日又は数日後に増えたお腹のお肉に青ざめるのだろうさ。



 ジャガイモが食欲を湧かせる小麦色へと変色し始めたので菜箸で取り上げ、乾いた布でしっかりと油を吸い取らせてから塩を振り掛けた。


 揚げたてのジャガイモから白き蒸気が私の手を取りなさいと誘う様に揺らめき、強烈な誘惑に負けた口内には大量の唾液が分泌されてしまう。


 小麦色に焼けた肌の上にさっと降りかかった矮小な白が更に食欲を増幅させていた。



 ほらほら、食べていないのにもう美味しそう。



「わぁ……。美味しそうですねぇ」


 ロティさんも羨望の眼差しで三日月を見つめているし。


 自画自賛じゃ無いけど中々の出来栄えだな。


「味見してみます??」


「いいんですか!? あ――ん…………」



 親鳥から餌を強請る雛鳥の如く口を大きく開けた。



 ――――。


 あっ、口に放れって事ね。



「火傷しない様に気を付けて下さいね。どうぞ」


 柔らかそうな唇に当てない様に細心の注意を払い、揚げたてのジャガイモさんを食べさせてあげる。


「はつっ!! はふっ……。ふぅん!!」



 熱さに目を白黒させつつも咀嚼は絶やさない。つまり味は良いとの証拠にも映る。


 だけど……。もうちょっと冷ませば良かったかな。


 熱さを堪える為に可愛らしくぴょんぴょんと跳ねていますもの。



「うんっ!! 美味しいですっ!!」


 熱さに屈せず咀嚼を終えると満点の評価を頂いた。


「良かった。ココナッツの店員さんに合格点を頂けて幸いです」


「ふふ、味だけじゃなくてレイドさんが作ってくれたから美味しいんですよ」



 普通に揚げて塩を塗しただけなのにね。


 まぁ人に作って貰う料理はすべからく美味しいと言われていますので、きっとその所為でしょう。



「ほらぁ!! こっちにも早く持って来てよ――!!」



 聞こえていますから叫ばなくても結構ですよ――。


 大人しい雛鳥さんから、自己主張が激し過ぎる雛鳥の下へ木の皿に移した三日月のジャガイモを置いてやった。



「わぁ!! 美味しそうじゃない!!」


「先輩、美味しそうじゃなくて。美味しいんですよ!! 頂きます!!」



 どうぞ、召し上がれ。


 引き続き料理を続けながら心の中で呟く。



「んぅっ!! 美味しい!! やるじゃない!!」


「そりゃどうも。トアも食ってばかりじゃなくて、大尉達に酒を注いだり食事の提供をしなさい」



 おっと。


 同じ味ばかりだと飽きるだろうし、今度は味を変えるか。



「馬鹿ねぇ。こういう時はぶれいろうなのよ!!」


 無礼講、ね。


「噛んでいるわよ?? レイド、トアが言ったように私達は友人同士として過ごしているの。あなたも料理は程々にして食事を始めなさい」


「そうしたいのは山々なんですけどね。これだけの量を捌かないといけませんので……」



 上官に対して些か失礼かと思うがイリア准尉へ背を向け、料理を続けつつ口を開いた。



「相変わらず真面目ねぇ」


「それが取り柄なんですよ」


「レイドさん!! 私も揚げます!!」



 いつもより数段声量が大きいロティさんが挙手をする。



「やってみます??」


「はいっ!! あ、えっと。油が跳ねて服が汚れるといけないのでレイドさんの前掛け御借りしてもいいですか??」


 白を基調とした服に汚れは目立ちますからねぇ。


「いいですよ。――、はい。どうぞ」


 前掛けを外して彼女へと手渡す。


「あ、あの。出来れば結んで頂けます?? ちょっと酔っ払っちゃって手元が怪しいので」



 その怪しい手元で料理を始めようとしている事自体が不安なんですけど??


 危ないと判断したら隣から手を貸そうかね。



「了解です。では、後ろを向いて下さい」


「は、はいっ」



 ロティさんが受け取った前掛けを前にあてがい、そしてうなじへと紐を誘う。


 結ぶ時に髪が邪魔と考えたのか。美の女神も羨む可憐な髪を横へ流すと肌理の細かい首元が現れた。



「……」



 何んと言いますか……。普段お目に掛れない女性の項は大変お綺麗に映ると思う訳なのですよ。



『俺様もそう思う!!!! だからさり気なぁく指先で撫でてやろうぜっ!!』



 邪な性欲の声を無視して、出来るだけ項へと視線を送らずに紐を結び終えた。



「ありがとうございますっ」


 どういたしまして。


「えぇっと……。これから揚げちゃおうかなぁ」



 若干不安な指先で菜箸を扱い、今も美味しそうな音をパチパチと奏でている油の中へと投入していく。



「うんっ。中々手際が良いですね」



 完成間近のジャガイモをクルリとひっくり返し、表面に焦げ目を器用に付けていく。


 流石、有名店の店員さんというべきか。



「普通ですよ、普通。偶に料理を任される事がありますので」


「お店のパンは作らないんですか??」


「手伝い程度ですかね。本焼きや生地は父が担当しています。まだまだ未熟者ですのでお店に並べる品には至っていません」



 ふぅん、そうなんだ。


 差し入れてくれたパンは物凄く美味しかったのに……。その道の達人に言わせてみればまだまだ未熟だと。首を縦に振ってはくれないのかな。



「あ、でも。暖簾分け、じゃあないですけどいつか違う街でお店を出店してみたいなぁという小さな夢があるんですよ」


「出店の際には是非お呼び下さい。必ず足を運びますので」



 これでもかと店のパンを購入して腹が悲鳴を上げる量を食らってやる。


 お店の売り上げにも貢献して且美味しいパンで腹を満たす。


 一石二鳥じゃあないか。



「今の腕ですと随分遠い未来の話ですけどね。はいっ、揚がりましたよ」



 菜箸でジャガイモを取り出して隣に敷いてある布の上に置く。



「有難う御座います」



 温かい蒸気を放つ三日月に唐辛子の粉末、塩を同配分になるように振りかけてやった。


 塩気と辛み。


 お酒に合うと思うんだけど、どうだろうか??



「大尉、お待たせしました。今度は味を変えてみたのですが……」


 木の皿に移し、お酒の所為でちょっとだけ顔が赤い彼女の前へと差し出した。


「ありがとう。じゃあ……」



 一番手前のジャガイモを指で摘まんで御口へと運ぶ。


 頼むぞぉ、大尉の機嫌を損なう味ではありませんように。


 咀嚼が終わるその時まで気が気では無かった。



「んっ……。美味しい」



 はぁぁぁ。良かったぁ。


 揚げたジャガイモの味によって目尻がトロンっと下がり、まだまだ食い足りないとして顎が忙しなく動いている。


 どうやら合格点を頂けたようですね。



「辛さと塩気が良い塩梅でジャガイモと絡み合って、多大に食欲を湧かせるわね。お酒にも合うし」


「良かったです、御口に合って」



 不味い料理で折角の食事会を台無しにしたくはないのが本音だ。



「レイドさん、私も食べていいですか??」



 ルピナスさんがこちらを見上げる。


 あら、随分と目が充血していますね??


 帽子の最奥から覗くその瞳は赤みを帯び、それと比例する様に端整な顔も全体的に赤かった。



「勿論。味は保証しませんけどね」


「頂きま――す。――、んっまい!! レイドさん、美味しいじゃないですかっ」



 二人続けての合格点、か。


 失敗しなくて良かった。



「お酒にも合うしっ。んっんっ……。はぁぁぁ。最高っ」



 ジャガイモを口に含み、そして彼女達にとっては魅惑的に映る液体で喉の奥へと流して行く。


 えぇっと……。


 まだ始まったばかりなのにそんなに急いで飲んで大丈夫なのかしらね?? 体の許容量を越えなければ良いのだが……。


 僅かにぽっと湧いた不安感を持ったまま周囲の様子を窺う。



「あはは!! れんぱい!! 口からワインが零れていますよ――」


「うふふ……。トア達が買って来てくれたワイン、すんごい飲み易いからどんどん入っていっちゃう」



「ルピナスさんっ。はい、お代わりですよ――」


「ど――も。ロティも飲んで飲んで」


「えへへ、これでもう三杯目ですからねぇ。明日はお店休みですので、体の事を気にしないで飲めるのがいいですね!!」



 いや、そこは気にして下さい。二日酔いになって辛い思いをしても知りませんよ??


 トアとイリア准尉は軍服の上着を脱ぎ、ルピナスさん達も随分と軽装に移り変わっていた。


 参ったな……。目の置き場所に困るし、このまま台所にずっと向かって料理を続けていようか。


 続々と減り続ける料理と酒。台所前からその様子を静かに見守っていると。



「レイド」


「あ、はい」



 大尉の声を受けて着衣の乱れが目立つ彼女達から視線を戻した。



「ずっと立ちっぱなしじゃない。あなたも座って何か口にしなさい」


「了解しました」



 良かった。


 大尉は普段と変わらずキチンと軍服を着用している。酔い難い性質なのかな??


 しかし、座れと言われてもどこに座っていいのやら。



 こちらから向かって机の右側の椅子にはイリア准尉とルズ大尉。


 そして左側には酒乱の同期、パン屋の看板娘さんと凄腕の調教師さんが並ぶ。


 立場的には当然左側だ。だが、並べられている椅子は三つなので座る席が無い。


 と、なると……。



「イリア准尉。隣、失礼しますね」


 准尉の右側に腰を下ろし、酒乱の同期を真正面に迎える席へと着いた。


「どうぞ。なぁに?? レイド。私の隣に座りたかったのぉ??」


「いえ。ここしか席が空いていませんでしたので」



 冷めてちょっとだけ固くなった肉の串焼きを手に取って話す。


 思えば未だ昼食を摂っていなかったな。


 店の予約に料理等々。次々と襲い掛かって来る忙しさで自分でも空腹に気が付かなかったよ。



「頂きますっ!!」



 豪快に肉を頬張り、串から外して咀嚼を始める。


 うんっ!! 冷めても美味しいじゃないか。


 塩気と肉本来の旨味が混ざり合い、お腹がもっと寄越せと強請り始めた。



「もぉ……。冷たいなぁ。私とぉレイドの仲じゃない」


 俺の左肩に顔を乗せて妙に甘い声を漏らす。


「准尉、酔っています??」



 上官に対して少々不躾だとは思うが、左手で優しく顔を元の位置へと戻してあげた。



「酔って?? ん――。多分、酔っているかな??」



 イリア准尉が回り難い舌を懸命に動かして腕を組んで唸る。



「良く考えないと理解出来ない。それはつまり酔っている証拠ですよ。翌日に響く恐れがありますので相応の量で満足すべきだと思います」



 おぉ!! ジャガイモうまっ!!


 自分で作った料理って妙に美味く感じるよね。



「あんたは一々細かいのよ!! そんな事を考えていたら酒なんて飲めないの!!」



 お嬢さん?? そんなに叫ばなくてもちゃんと聞こえますよ??



「おまえさんも飲み過ぎだ。二日酔いになっても知らないぞ」


「おまえぇ!? 誰に物を言ってんのよ!!」



 お酒が大好きなトアさんですよ――っと。



「こら!! こっち来い!!」


 真っ赤な顔で仰々しく手招きを始める。


「あのな?? 今座って漸く食事を始めた所なんだ。それに、そっちに座る席は無いだろう」



 このパン……。絶品だぁ。口に広がる優しい味付けと独特の風味はココナッツで作られた物だと容易に分かってしまう。


 このパンはどの店で作られたと、目隠しをされて問われても正答出来る自信があるぞ。



「来いって言ってんでしょ!!」


「いってぇええ――――ッ!!」



 木製のコップならまだ許せる。だが、陶磁器は駄目だろう!!!! 割れちゃいますからね!!


 これ以上物を投げられては叶わん。そう考えて席を立った。



「そこ!! そこに座って!!」



 はいはい……。


 床の上にキチンと足を折り畳んで美しい正座をする。



「うんうんっ!! 良い眺めね!!」


「それで?? 俺は何をすればいいのかね??」



 この体勢で出来る事と言えば……。


 三つ指付いての土下座だろうか?? 何も悪い事をしていないのに土下座をさせられると思い至った己の考えが憎い。



「んっふふ――。優しいぃトア様らぁ……」


 狂暴、の間違いでは??


「あんたが作ったこれをぉ、食べさせてあげるっ!!」


「はぁ」


 右手で三日月を摘まみ、俺の前に晒して左右にゆぅっくりと振り出す。


「ほぉら。美味しそうでしょう??」


「食べ物で遊ぶなと教わらなかったのか??」


「黙れぇっ!!!!」


「うぶぐぅっ!!」



 トアの右足の爪先が顎を捉え、強制的に視界が天井へと向く。



「ら、あんたは!! 私の言う事を聞けばいいのぉ!!」



 も、もういや。誰か助けてくれ……。この絶体絶命の窮地からの救助を請う視線をロティさんとルピナスさんに向けるが。



「あはは!! レイドさん、楽しそうですねぇ!!」


「そうそう。酔ったトアさんの相手は大変ですもんねぇ――」



 いやいや。助けて下さいよ、御二人様。


 ロティさんとルピナスさんは俺の視線の意味を理解せず、口角をきゅっと上げて俺を見下ろしていた。


 これはきっとお酒の力の所為だな。通常時なら二人はきっと俺に救いの手を差し伸べてくれる筈なのに……。


 だから嫌なんだよ!! 酔っ払いの相手は!!



「早く口を開けてよ!!」


「わ、分かったからもう蹴るな!!」



 ぎゅぅぅっと眉を顰めて再び俺の顎を捉えようとしている彼女を必死に宥める。



「うんっ!! はい、あ――んっ」


 随分と高い位置からジャガイモを投下しようとして思いっきり腕を上げた。


「は??」


「一発で上手く口の中に入れられたら解放してあげるっ」


「あぁ、そういう事ね。――――。いいふぉ――」



 ズキズキと痛む顎に喝を入れ、可動域を最大限に広げた口でその時を待つ。



「ん――……?? ここかなぁ?? とりゃ!!」


「いてっ」



 コイツ……。口に入れる処か、俺の額に当てやがった。


 簡単な作業も苦労するって事は相当酔っ払ってるな。



「どこに投下してんだよ」


「失敗しちゃった。ごめんねぇ??」



 詫びるのならそれ相応の態度と表情を浮かべて貰いたい。


 ニヤニヤと口元を歪に曲げ、床に落ちているジャガイを見下ろしていた。



「はい、じゃあ――。拾って食べなさいっ」



 こ、この野郎ぉ。


 大人しいお父さんでも我慢の限界ってもんがあるんだぞ!?


 だが、食べ物を粗末にしてはいけないと俺は習った。



「はいはい。食べればいいんだろ??」



 床の上で寂しそうに横たわっている三日月をひょいと拾い上げてそのまま口へと放り込んでやった。



「あ、レイドさん。床に落ちた物食べたらお腹壊しますよ??」


「大丈夫ですよ、ルピナスさん。直ぐ拾ったんで」


「そのぉ。言い難いんですけど……。私が今履いている靴、いつも厩舎内で使用している奴なんですよ」



 おっとぉ。


 それはよくないですねぇ。



「あはははは!! 馬糞食ったね!!」


「喧しいぞ!! トア!! お前が食えって言ったんだろ!!」



 威勢よく手を叩いて笑う仕草が腹立たしい!!



「レ、レイドさん!! お水……。あぁ、これでいいかな?? どうぞ!!」


「ど、どうも!!」



 悪鬼羅刹が跋扈する地獄にも救いの女神様はいるもんだなぁ。


 ロティさんが持って来てくれたお水を飲み終え、ふぅと安堵の息を漏らそうとしたのだが……。



「あ、ロティちゃん。それ雑巾を絞った水よ??」

「ブブッッフゥ!!!!」



 准尉の言葉を受け、まだ口内の端っこに残る雑巾の搾り滓を盛大に噴射してやった。



「や、やだ!!!! ごめんなさい!!!!」


「だ、大丈夫です」


「そ――そ――!! こいつのお腹は早々壊れやしないのよ!!」



 ちくしょう。いつか覚えていろよ??


 必ずやこの怨みを晴らしてやる。



「ちょっと裏庭に行って来ます……」



 新鮮な井戸の水を飲んで胃の中を洗おう。


 今、この場に居る全員は誰一人として信用出来ない。唯一信頼出来るのは己のみだ。



「はいは――い!! 吐いたらちゃんと埋めるのよ――!!」


「吐くか!!!!」



 横着な同期へ乱雑に言葉を吐き捨てて裏庭に出ると、空に浮かぶ美しい茜色を捉えた。



 あらぁ……。もうこんな時間か。


 酔っ払いの相手をしていると時間の経過も早く感じるのかしらね。



 井戸から桶を掬い上げ、確実に新鮮であると確知出来る水を大量に摂取していると頭の中に聞き慣れた声が鳴り響いた。




『レイド、今どこ??』


 カエデだ!!!!


『お疲れ様!!!! 今は……』


『その位置だと……。北東区画に居るね』



 俺の力を感知したのか。


 こちらの言葉より早く位置を特定されてしまった。



『その通り。実はね……』



 食事会の概要、そしてこの場に上官も居る事を伝えて去り難い状況を端的に説明した。



『成程。上司が居るので中々帰り辛い、そういう事ですね』


『察しが早くて助かるよ』


『今私は王都の中央付近にいます。近くの本屋さんで探したい本がありますからゆっくり過ごしても良いですよ』


『そう?? でも、出来るだけ早く帰る様に伝えるから』



 上官相手にどう切り出すのかが問題だな。


 はっきりと帰る意志を明確に伝える事が出来るだろうか……。酔っ払い且、狂暴な方達だからなぁ。



『期待せずに待っているね』


『あ、あはは……。申し訳無い』



 これも見透かされたな。



『じゃあ、西門から出て暫く進んだ丘の裏。いつもの場所で待っているね??』


『了解』



 彼女に返事を返すといつもよりちょっとだけ高揚したカエデの念話が届かなくなってしまった。



 さて、と。仲間を待たせる訳にはいかん。


 そろそろお暇しましょうかね。



「お――い!! 馬鹿レイド――!! こっち来て――!!」



 だからそんなに叫ばなくても聞こえますから。


 扉越しにトアの乱暴な声が届く。



「呼んだか??」


「これ!! これ飲んで!!」



 これ??


 扉を開けると同時にトアが満面の笑みを浮かべて一杯の酒をこちらに差し出す。


 小さなコップの中に映る水面は血の様に赤く、そしていつの間にか灯された蝋燭の光が水面に怪しく反射していた。



「いや、もう帰ろうかと考えていたんだけど」


「駄目――!! これ、飲んでから帰りなさい!!」



 えぇ――……。酒類は控えているってのに。



「レイド、私からの命令よ。それを飲んだら帰っていいわ」


「准尉まで……。了解しました。では、これを飲み終えたら失礼しますね」



 トアからコップを受け取ると。



「「「「…………」」」」



 この場に居る全員が俺の様子を窺う様に息を顰めた。



「なぁ」

「ん――??」


「これ、本当に飲んで大丈夫??」


「も、も、も、勿論よ!! ほら、酒屋で買った奴だからさ!!」



 その噛みまくっている口調と左右へ激しく飛び回る瞳……。怪し過ぎる。


 だけどこれを飲まないと帰れないし。



「そっか。じゃあ……」



 警戒心を強めたまま深紅の液体を一気に喉の奥へと流し込んだ。



「わっ。そんな一気に飲んだら……」


「何だよ。ちょっと強い酒だけど別にどうも……」



 赤き液体を飲み終えて数秒後。



「ウグェッ!?!?!?!?」



 喉の奥に真っ赤に燃える炎を捻じ込まれた様な痛みと、腹の奥に焼けた石を放り込まれた様な常軌を逸した熱が発生した。



 か、辛っ!! そ、そして腹の奥が煮え滾る様に熱い!!!!


 な、な、なんだよこれ!! 生物が飲んじゃいけない飲み物……。



「ウ゛ッ……」



 自然反射的に胃袋が拒絶反応を示して異物を吐き出そうとするが、木製である筈の床が突如として空に浮かぶ雲の様な柔らかさを持つ物質へと変化。


 自重を支えきれなくなってしまった体はそのまま前のめりとなり倒れ込んでしまう。



 だ、駄目だ……。これ以上意識を保つ事が出来ない……。



 徐々に白む視界、そして宙に浮く様な感覚が体を包み込む。


 そして、これ以上の痛みは生死に関わると体が無意識に判断したのか。


 起き上がって早くカエデと合流しようとする俺の意思とは無関係に瞼が強制的に下ろされ、猛烈な眠気に誘われる様に意識が霞みの中へと消失してしまったのだった。




お疲れ様でした。


次の御話はちょいと生々しい場面が登場しますのでそれが苦手な御方は飛ばして下さっても構いません。勿論、超オブラートに包んで執筆しますけど……。



さて、今年も残す所後一日で御座います。


皆さんにとって今年はどの様な一年になりましたか?? 良い事もあったし、悪い事もあった。様々な出来事を迎えた事でしょう。来年も素敵な一年にして下さいね。


そして、来年も引き続き連載を続けていきますので引き続き彼等の冒険を楽しんで頂ければ幸いで御座います。



誤字脱字の報告有難う御座いました。ご指摘の箇所を加筆修正させて頂きました。



それでは皆様、お休みなさいませ。


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