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第二百五十五話 恐ろしき宴の始まり その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 人々が織り成す賑やかな会話の音、商人達が客を捉えようとする威勢の良い声、冬の味覚を感じさせる収穫物を満載した馬車の車輪が石畳を食む心地良い音。


 庶民に親しまれた様々な音色は人の心を豊かにしてくれると思う。



 つまり、音とは目に見えぬが確実に精神に影響及ぼす力を持っている。



 人間達の営みを感じさせる音から大分離れた場所に身を置くとそれが自ずと理解出来てしまった。


 大尉が住まわれている家は上流階級の方々が住まわれる閑静な北東区画に存在する。


 下っ端丸出しの軍服を着用した者が堂々と跋扈して良い場所では無いので、出来る事なら賑やかな場所での開催が良かったなと考える次第であります。


 背負う荷物、そして両手を塞ぐ手荷物から発せられる少々耳障りな音は物静かな道ではかなり目立ってしまう。


 只でさえこの場所では目立つ格好をしているのに更に傍迷惑な音を奏でても良いのだろうか??


 大変気まずい思いを胸に抱いて歩いていると向こう正面から一人の女性がこちらに向かって歩いて来た。


 その瞳の色は。


「…………」



 下賤な者がこの場所に何の用だろう??


 そんな上の立場から人を見下す目を浮かべて通り過ぎて行った。


 自分も酷く浮いた存在だと思いますよ??


 この道は目的地までの通過点ですのでもう暫くの間我慢して頂けると幸いです。


 やたらに重い背嚢を背負い直して間も無く到着するであろう大尉の家へ目指して突き進む。



 本来であれば単独行動では無く、同期と共に重たい荷物を運ぶ予定だったのだが……。


 こうして一人で行動出来たのはある意味僥倖なのかもしれない。


 明日の夜に向けてお店の予約も滞りなく済ませ手土産も購入。更に無理難題であった安くて腹が膨れる食材も入手出来たのだから。



「ふぅ……。おっも」



 両手に持つ紙袋を一旦地面に置き、凝り固まった両腕の筋力を解す。


 ふふ、我ながら良い買い物だったぞ。


 南大通りから一本裏に入った通り。つまり俺が良く通う商店街の道沿いのお店に顔を出した際に掘り出し物を手に入れる事が出来たのだ。



『そこのお兄さん!! ちょいと待っておくれよ!!』


 店主の溌剌とした威勢の良い声が俺の足を止める。


『お腹減っているでしょ!?』



 外見から判断したのか、それともこの軍服を見ての考察なのか。


 第一声が腹ペコと決めつけるのはどうかと思いますよ??



『そんなお兄さんにコレ!! 冬の味覚がぎゅっと詰まったジャガイモはどうだい!? 一つ食べれば小腹を誤魔化し、二つ食べれば眠気が襲い、三つ食べれば明日まで幸せ!! これだけの大きさのジャガイモは早々見つからないよ??』



 大人の拳大の大きさを誇るジャガイモは、店長が仰る通り腹ペコの者の空腹を満たすのにはうってつけの大きさを誇っていた。


 だが、それだけ大きいという事は味が心配なんだよねぇ……。



『あぁ!! 今、味が心配だって顔したね!?』



 客商売に身を置く者には読心術の心得が必要ですからね。


 的を射ていますよっと。



『御安心を!! ほら、蒸かしたジャガイモさんの試食だよ!!』



 彼が試食品として木の皿の上に乗せたジャガイモをこちらへと差し出した。


 物は試し。


 そう考え何気なく口に運んだ。



『どうだい!? 美味いだろ??』


 ホクっとした食感が舌を喜ばせ、数回咀嚼すれば中身が口内から消失。


 鼻腔から抜けていく風味も及第点を容易く超えていた。


 味、食感、共に遜色は無いな。


 後は値段か。



『へへ、お兄さんこの通りでよく見かけるからね』



 あら、良くお気付きになられましたわね??



『この店を今後御贔屓にして頂けるのなら、御一つ五十ゴールドで売っちゃうよ!! いやぁ!! おじさん困っちゃうよ!! 赤字確定だもの!!』



 甘いな。本当に赤字になるのなら自ら値段を口に出さないのだよ。底値はもっと下に存在するのさっ。


 店長!! もう一声!!


 財布を取り出し、購入する意志を明確に現してから値段の交渉へと移行した。



『えぇ……。これ以上安くするのぉ??』



 苦しい経営だと思いますが、こちらもうだつの上がらない生活を営む者なのです。


 出来る限りの御厚意を承りたいと存じております。



『ん――……。じゃあ……。四十五は??』



 困った顔を浮かべる店長が値段を提示するが、それでも俺は首を縦に振らない。


 せめて二割は引いて貰わないと。



『困るなぁ……。こっちも生活掛かっているし』



 そ、そこをなんとか!!



『じゃあぁ……。五十個買ってくれるのなら四十ゴールドでいいよ』


『買います!!』


『毎度ありぃ!!』



 店主との白熱した熱い戦いの末、俺は二千ゴールドで五十個ものジャガイモを手に入れたのだ!!



 ――――。


 よぉぉく考えれば五十個も購入する必要あったのかな……。


 ルズ大尉、イリア准尉、トアにロティさん。予定が合えばルピナスさん。


 俺を含めた計六名の腹を満たすには少々多過ぎる気がする。飢えた男共が六名ならこれで十分なんだけど……。


 余ったら持って帰ろうかしらね。マイなら容易く平らげるだろうし。



『私の胃袋はゴミ箱か!!!!』


『頑張ってゴミを集める彼等に謝りなさい』


『誰が謝るかぁぁああ―――――!!!!』



 想像の中のマイへ早々言えない台詞を吐き捨てるとそのお返しとしてとんでもない拳が飛来。


 首が曲がってはいけない方向に曲がり、地面に叩き付けられてしまった肉塊を想像して肝を冷やしていると漸く目的地である大尉の家が見えて来た。


 豪華な家に囲まれた普通のお家。


 それでも木造二階建ての一軒家とここの土地代の事を考えるとそれ相応の値段が必要なのは理解出来ます。


 しかし、何んと言うか……。


 普通過ぎるのが返って目立つんだよねぇ。


 白を基調とした家の前に立ち、さて扉を叩こうとすると。



「あはは!! 先輩!! お酒零しちゃ駄目じゃないですかぁ!!」


「あなたが押したから零れたのよ」


「ま、まぁまぁ。トアさん、落ち着いて下さい」


「そうですよ。年相応の態度を取るべきです」


「あ――!! ルピナスまでそういう事言っちゃうんだぁ!!」


「ちょ、ちょっと!! どこ触っているんですか!?」



 お、おぉう。


 約一名はもう酒を摂取しているみたいだな。


 声色、そして会話の内容からそれは我が同期であると容易く理解出来てしまった。



「……。荷物だけ置いて帰ろうかなぁ」



 入って行っても男一人で居心地悪そうだし?? アレコレと注文されて顎で使われそうだし??


 幸か不幸か、向こうはこちらの存在に気付いていない。となると……、ここが運命の分岐点だな。



 覚悟を決めて先に進んで同期の世話をするのか。又はこれから数時間後に迎えに来るカエデを待つ為、適当に街中で時間を潰すか。


 実に悩ましい選択だ。


 ジャガイモで膨れ上がった袋を持った腕を組んで悩んでいると、扉が勢い良く俺の額に元気一杯の挨拶を交わしてくれた。



「いつまでそこで突っ立っているのよ!!!! さっさと入って来いぃ!!」

「…………、正確に言うとしゃがんているのだが??」



 体を鍛えている者でも蹲る程の痛みが額に迸り、強烈な痛みを誤魔化す為に優しく撫でてやる。


 そして明確な憤りを籠めた瞳で既に出来上がっているトアを見上げてやった。



「どうしたのよ。玄関で蹲ったりして」


「どういう訳か。扉が勢い良く開いてね?? 気持の良い挨拶を俺に交わしてくれたんだよ」



 きょとんした顔の酔っ払いへと言い放つ。



「ふぅん。珍しい扉も居るのね」


「お前の所為だよ!!!!」



 いかん。由々しき事態だ。こいつは己の失態を無かった事にしようと惚けている。


 ここは厳しく叱って訂正してやらねば。



「知ってま――す!!」


 はぁい、と元気良く手を上げる様がまぁ腹立たしい事で。


「まぁいい、俺は寛大なんだ。大尉、お邪魔しますね」



 酔っ払いの脇を抜け、普通のお家へと足を踏み入れた。



 家に踏み入って先ず目に入って来たのは中央の机の上にこれでもかと乗せられた食べ物の品々だ。


 長い串に貫かれ食欲を大いに湧かせる美しい焼き目が目立つお肉。空腹のワンパク坊主を満足させる大きさと馨しい香りを放つパン。


 冬の味覚の代表格のお芋さんを挟んだクッキーに、色とりどりの飴菓子。


 酒瓶は当然ながらと言うべきか、既に数本が空になって寂しそうに机の淵でこちらを見上げていた。


 これだけの量を今から食べるのですか?? と問いたくなる量に驚きを隠せないのだが。それに加えて酒特有の強い匂いと女性の香りが混ざり合う若干淫靡な空気が鼻腔に侵入すると何とも言えない気持ちが沸々と湧いてしまう。



 う、うぅむ……。酒は遠慮した方が良いな。


 俺も男の端くれ。ある程度の性欲を持ち合わせているので何がきっかけで暴走するかも知れないのだ。



『ふぅ――……。い――い匂いじゃあないかね』



 心の奥底で頑丈な牢に閉じ込めている性欲さんが大変ご満悦になる強烈な匂いに若干顔を顰めた。




「レイド、遅かったわね」


「厄介な同期の指示に従った所為で遅れました」


 イリア准尉に端的に報告をして。


「レイドさん!! お店から余ったパンを持って来ましたよ!!」


「ありがとうございます!!」


 ロティさんには感謝を述べ。


「どうでしたか?? 訓練の方は??」


「それがもう……。クタクタになっちゃいましたよ」



 いつもの様に黒の帽子を深く被るルピナスさんには世間話を送った。


 そして……。



「待っていたわよ」


「はっ。物資を購入する為、合流に遅れました」



 ジャガイモの入った袋を床に置き、椅子に腰かけているルズ大尉に対して直立不動の姿勢で声を返した。



「構わないわ。これだけの食料じゃ心許ないから早速その……、馬鹿げた量のジャガイモを捌きなさい」


「了解しました。では、台所と……。裏手の庭の井戸を御借り致します」


「好きに使っていいわよ」



 心許ない、ねぇ。沢山食べるのは構いませんが分を弁えた量を摂取しないと体重が増えてしまいますよ??


 だが、大尉直々の御命令だ。軍人は命令に従うのが世の常ですので調理を開始させて頂きます。



「レイドさん!! 手伝いますよ!!」


「私も手伝おうかな」



 態々すいませんね。



「ありがとうございます。じゃあ、先ずジャガイモに付着した泥を落としたいので庭へと移動しましょうか」



 椅子から立ち上がってくれたロティさんとルピナスさんに礼を述べ、その足で裏庭へと続く扉を開いた。


 広いとは決して言えぬ広さの敷地。その中央にどんっと腰を据えて存在感をこちらへと知らしめる井戸の側に袋を置く。



「ふぅ……。重かった」


 肩をグルリと回し、筋力を解す。


 あそこの商店街からここまで結構な距離があるからなぁ。無駄に広い街なんだよね。


「わぁ……。凄い量ですね」


「本当。でも、これだけの量って結構値段が張ったんじゃないですか??」



 紙袋を物珍し気に見下ろしながら二人が声を出す。



「値段は聞いて驚くなかれ。それだけの量で二千ゴールドだよ」


「「やっす!!」」



 あらあら。御仲がよろしいですね??


 二人の可愛く丸まったお目目が俺を捉えた。



「南大通りの裏通りを良く通っていてね?? そこのとある店の店主に声を掛けられてつい……。そんな感じだよ」



 井戸から水を満載した桶を引っ張りつつ説明する。



「あ――、あそこですか。表通りと比べて結構安いんですよね」


「ルピナスさんも通うの??」


「えぇ、家が近いので仕事帰りに色々と買うんですよ」



 ほぉ、南東区画に家を構えているんだ。


 初耳だな。



「あ、そうそう。ごめんね?? トアの奴が急に押しかけて驚いたでしょ??」


「驚いたのは確かですけど。丁度暇を持て余していたので嬉しかったですよ」



 ふふっと柔和な口角を見せてくれる。



「ルピナスさん、ベッドの上でウマ子ちゃんみたいにぐでぇって寝てましたもんね」


「こらこらぁ。有意義に休暇を過ごす人のだらしない姿を教えて貰っちゃあ困るなぁ??」



 帽子の奥に存在する二つの瞳がきゅうっと曲がりロティさんの双丘を鷲掴みすると。



「きゃあ!! ちょ、ちょっと!! 駄目ですよ!!」



 それを受けた彼女は赤のワインよりも頬を朱に染めて後方へとぴょんっと仰け反った。



 基本的に真面目な二人が交わす可笑しな雰囲気に首を傾げてしまう。


 何か……。変な空気だな。



「あはは!! ロティ可愛い!! いや――。空きっ腹にお酒を流し込んだから酔いが早くてさ」


「え?? もう飲んでるの??」



 乾いた地面に座り一つのジャガイモを手に取って話す。



「これ位、飲んだ内には入らないんですけどね。トアさんがここへ到着するなり意気揚々とワインの栓を抜いちゃって……」


「そうそう!! 駆けつけ一杯――!! とか言って。イリアさんやルズさん。そして私達にもトクトクとワインを注いでいったんですよ!!」



 ふぅむ……。だから、か。


 二人の様子に違和感を覚えたのは酒の効果だったんだな。


 不自然に陽気だし?? 頬がぽっと桜色に染まって妙に色っぽいし??


 どうしたのかなぁっと問いただそうとしても、大尉や准尉の前で色々と詮索するのは憚られましたのでね。



「二人はほろ酔いって所か」


 背嚢の中から木製のブラシを取り出し、丁寧に汚れを落としつつ口を開く。


「あ、手伝います。木のブラシ、まだあるかなぁ……」



 俺の背嚢へ遠慮無しに手を入れつつロティさんが言葉を漏らす。



「ブラシは一本だけだよ。確か、台所の下の棚に数本あったから持って来てくれる??」


「あ、そうなんですね。ん?? これは…………」



 むっ!! このジャガイモ、芽が生えているぞ!!


 あの店主め。気付かれないと思って古い物を入れたな??


 今度赴いたら文句を言ってやろう。



「おぉ――。無難な素材、ありふれた形。服屋の片隅で見掛ける奴だね」


「で、ですよねぇ。こういうのを着用しているのかぁ……」



 ふむふむと何やら納得している二人の声が気になり振り返ると。



「ちょ、ちょっと!! 何引っ張り出しているの!!!!」



 彼女達はあろうことか、俺の男性用下着を興味津々といった感じて観察しているではありませんか!!


 慌てて取り返して背嚢の最奥へと捻じ込んでやった。



「駄目でしょ!! うら若き女性が男性用下着を観察したら!!」



 腰に両手を添えてほろ酔い気味の二人へ説教を始めてやる。



「別にいいじゃないですか。他ならぬ私とレイドさんとの間柄だし??」


 ルピナスさんが艶のある声を放ちつつ俺の胸をツンツンっと突く。


「いけませんっ!! 節度ある行動を心掛けなさい」


「レイドさんはちょっと堅物さんですっ。偶には羽目を外すって事をしても良いと思うんですよ??」



「いけません。節度ある行動が精神を正常に保たせ、清く美しい水面の様に澄んだ冷静さをもたらすのです」



 腕を組み、我が師の教えを説いてやった。



「ん――。そっかぁ。まぁ、まだ始まったばかりだし。尻上がりって事にしましょうか」


「そうですね!! ルピナスさんっ、ブラシ取って来ましょうよ!!」


「はいはい。おぉっ、形の良い桃尻だ……」


「きゃあ!? だ、駄目ですよ!! そこも触ったら!!!!」



 えぇ……。何?? 今の不穏な台詞は……。


 尻上がりって事はだよ?? 彼女達はこれから増々酔いが増して行き更なる混沌を世にもたらすんだよね??


 安全にそして安心して食事会を過ごす事に早くも暗雲が立ち込める。


 意気揚々と戻って行く二人に対して戦々恐々の想いが胸に渦巻く。


 そして表現し難い暗い感情が湧くも自分の力では今更どうする事も出来ないので、取り敢えず大尉から与えられた命令であるジャガイモの汚れを親切丁寧に落としていった。



お疲れ様でした。


現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さい。

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