第二百五十四話 恐怖の宴の準備 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
大勢の人の舌が降参してしまう御馳走、酒飲みの心にグっと響く魅惑の液体。
後者は既に取得した。だが、肝心要な前者は未だ決まらずにいる。酒を飲まない俺は前者を特に優先したいのでこれからは本腰を入れねばならぬ。
疲弊した精神を潤すのは酒。溜まった疲労を癒すのは食料。
間も無く迎える正念場に向けて安くて美味い食料を探し求めて北上を続けていた。
「なぁ、食料はどうする??」
夕食の買い物時に差し掛かり人の往来が激しくなりつつある為、前方に視線を向けながらトアへと話し掛けた。
「……」
おや?? 無視ですか??
「おい、聞いているのか」
いつもはいい加減にしなさいと注意しないと閉じない口が珍しく静止しているトアへと顔を向ける。
「へ?? あ、あぁ。うん、何にしようかしらね」
俺と目が合うと速攻で前方へと顔を背けてしまった。
急に首を動かすと筋を痛めるぞ。
「どこ見て歩いているんだよ。人が多いんだから、前を見ていないとぶつかるぞ」
俺の顔に何か付着しているのだろうか?? そう考え何気なく頬を触るが……。
付着している物体の存在は確認出来ず、その代わりにちょっと乾燥した肌触りを感知した。
「み、見てるわよ!!」
左様で御座いますか。
態々怒鳴らなくても近い距離に身を置いていますので聞こえますよ――っと。
「食料はどうする??」
大勢の人とすれ違いながらも普段と変わらぬ足取りを保ちつつ問う。
「そうねぇ……。大尉も先輩も良く食べるから出来るだけ安くて量が多い物にしようかな??」
トアが話した様に先の特殊作戦課の任務の移動中、食事全般を一任された俺は日々彼女達の腹を満たす為に奮闘を繰り広げていた。
上官へ不味い飯を献上する訳にはいかぬ。腹ペコ龍の胃袋を満たす事で得た経験値が大いに生かされたと言っても過言ではなかった。
目的地へと向かう途中で寄った街で食料を吟味し、取捨選択。安く得た食料でルズ大尉やイリア准尉の好みを選りすぐり、舌を唸らせ、移動で消耗した体力を回復させたのだ。
只、上達した腕前はアイツの食欲のお陰と断言出来てしまうのが素直に喜べない。
今はそれを一手に纏めているのはカエデか……。心労祟って倒れていないかな??
いつもの喧噪によって怒り心頭の表情を浮かべている彼女の端整な顔がふと浮かぶと、ちょいと背中に寒気を覚えた。
「大賛成だ。昼飯も未だ食べていないし、体に沢山の栄養を与えたいからね」
明後日から始まる猛特訓に備える為にも栄養が必要なのだ。
「あんたは肩に怪我しているから必要以上に食べるのよ??」
あれ?? 何で俺が肩を負傷しているって知っているんだ??
不思議な目を浮かべてトアを見つめる。
「いつもと背嚢を背負う位置が違うし、それに負傷した箇所に背嚢の取っ手が触れると微妙に体の芯がぶれているから分かるのよ。凡そ、あの訓練で見栄を張って。長時間走って肩の皮膚が裂けたんでしょ」
「正解だよ。実はな……」
ミュントが大当たりを引いてしまい我が分隊の完走が危ぶまれる為、孤軍奮闘を繰り広げていた事を説明してやった。
「たった一人で走り続けるなんて。責任感が強いあんたらしいわねぇ」
ふっと息を漏らし、呆れた顔を浮かべる。
「仕方が無いだろ。途中棄権しちゃうと名店の食べ放題権を得られないんだからさ」
「卑しい奴め」
右手でポンっと俺の肩を叩く。
「いって。そこ、怪我しているんだけど??」
「怪我に発奮を促しているのよ。早く治さないと、こわぁい私がもっと虐めちゃうぞぉってね!!」
そんな事で怪我が治るのなら、世の医者は失職しちまうよ。
鋭く刺す痛みを誤魔化す為に肩を労わる様に撫でていると。
「ふふっ……」
可憐な女性が満足気な笑みを浮かべ、大切に抱いている買い物袋を見下ろしつつこちらへと歩いて来た。
トアも彼女の存在に気が付いたのか、ぱぁっと明るい表情へと変容した。
「なぁ――にしているのよ!! ロティ!!」
「え?? あぁ!! トアさん!!」
「あはは!! 朝会ったのにまた会っちゃったね!!」
「本当ですねっ!!」
何で女性って生き物は会った途端にキャアキャア騒ぐのだろう……。
互いに手を取り合ってぴょんぴょん飛び跳ねる必要も無ければ、一段階大きい声で燥ぐ必要も無い。
別に?? 目障りとかでは無くその理由が気になるのですよ。
道のド真ん中で騒ぐ二輪の花を見つめながらそんな事を考えていた。
「レイドさんもご一緒なんですね」
ロティさんがこちらの存在に気付き声を掛けてくれる。
「付き添い件、荷物係とでも申しましょうかね」
どうせ重たい荷物をこの後にやたら持たされるだろうからさ。
「荷物係??」
細い首がきゅっと横に曲がる。
「そうよ。この後さ、任務で積もり積もった憂さ晴らし会兼お疲れ会を行おうとしているのよ」
俺の代わりにトアが話す。
「誰とですか??」
「上官と先輩かな。誰にも言えない鬱憤を吐き散らかし……」
吐いては駄目ですよ――。
洗い流すと言いなさい。
「吐き出した鬱憤の代わりに美味しいお酒と御飯で体を労わるのよ!!」
「いいなぁ……。楽しそうで羨ましいです」
ふんっと嬉しそうに胸を張るトアに対し、ロティさんはどこか羨まし気な表情を浮かべていた。
「ロティも来る??」
いやいや、大尉と准尉の了承も無しに勝手に人数を増やしたら不味いでしょう。
「いいんですか!?」
トアの誘いに早速食いつく。
「お、おいおい。大尉達の了承も得ていないのに大丈夫なのか??」
このままでは監督不行き届きの罰が俺に向けられてしまう。そう考えて確認を促した。
「そ、そうですよね。一般人は参加、御断り。ですよね……」
あ――……。分かり易く凹んじゃった。
「任務に赴く訳でも、作戦を練る訳でも無い!! 只の楽しい食事会なのに上官の了解を得る必要は無い!!」
成程、イリア准尉はこいつのこういう所に苦労していたんだな。
「当然、ロティも参加させるわ!! 美味しい物沢山食べようね!!」
「ありがとうございます!!」
そんな嬉しい顔をされたら断る理由もないだろうさ。
道行く人達もロティさんの笑みを見ると態々振り返って確認しているし。
「レイドさんも参加されるんですよね??」
「半ば強制する形でね。本当は男友達達と食事の予定だったんだけど……」
ロティさんから誘拐犯へと視線を移す。
「ん?? 何よ」
「あぁ、そういう事ですか」
俺の視線の意味を理解した看板娘さんが一つ大きく頷いた。
「トアさんに連行されちゃったんですね」
「そういう事」
あ、しまった。
『耳を引っ張られて』
これを付け足すのを忘れていた。
「私達はその為に先ずお酒を確保して来た所なのよ。ロティは何してたの?? すんごい笑顔浮かべていたけど」
それは俺も気になるな。可愛い顔が素敵な笑みによっていつもの数十倍に威力が増していますので。
「えへへ。実はですね、可愛い服を購入したんですよ。見てみます??」
服一つで口角がグンっと上がる。一体全体どれだけ高価な服なのだろうか。
彼女が袋の中から件の服を取り出して太陽の下へと曝け出した。
「「…………、あ」」
美しい桜色を捉えた刹那。
俺とトアは同時に声を揃えてしまった。
「綺麗な桜色ですよねぇ。それに、この形。自分への御褒美として購入しちゃいました」
更に輝きを増した笑みを浮かべ大事そうにきゅっと胸元に抱く。服もそれだけ喜んでくれたら本望だろうさ。
そう『服』 は喜ぶだろう。しかし、その服を求めていた者にとっては残酷な現実なのだ。
「あ、あぁ。へ、へぇ!! 確かに可愛いわよねぇ……」
「どうしたんですか?? 噛んじゃっていますけど」
そりゃあ彼女は真実を知らぬのだからきょとんとするだろうさ。
トアがあわあわと口を開き、羨望の眼差しで服を見つめた後。
「……ッ」
何故か理解出来ぬが俺の事をまるで親の仇を見つけた時に浮かべる憎悪に塗れた瞳で睨みつけてきた。
「睨んでも駄目だぞ」
「うっさい!!!!」
「ふふ、さっきからどうしたんです?? 御二人共」
「実はさ。その服、トアも購入しようかと考えていてね?? 買い物を優先するぞって俺が先を急がせたんだよ。んで、今しがたこいつが猛烈に恐ろしい瞳を以て俺を睨んでいる理由は物が売れ切れてしまった事に対する憤り、当てる事を叶わない憎悪の矛先が向けられブフッ!?!?」
気持ち良く口を動かしていたら頬肉に気持ちの良い衝撃が走った。
「黙れっ!!」
「いってぇ!! な、何も殴る事ないだろ!?」
目の端に涙を浮かべ、大切な頬を抑えて叫ぶ。
「あ……。ご、ごめんなさい。購入しちゃって」
「あ、あ、謝る事はないわ。先を急がせたコイツが悪いのよ」
何で俺が悪いんですか??
勿論、反論はしませんよ?? これ以上殴られたくないので。
「それにさぁ。私だとちょっと胸元が足りないかもしれないし?? ロティなら大きさもぴったり合いそうだし?? お似合いの服よ」
「ちょ、ちょっと!! レイドさんの前ですよ!?」
彼女の大きさを正確に測った訳では無いが。
ロティさんの方がトアよりも標高が高い丘であると、服の上からでも確知出来ます。
「服を買えなかった仕返しよ。レイド――」
「何だ」
トアから三歩程距離を置いて話す。
「今は殴らないから安心しなさい」
今は、なんだ。
「ロティって結構おっきいのよ?? 触った感触もモチモチのプッルプル。いつまででも触っていたい……」
「も、もう駄目です!! 怒りますよ!!」
「ふぁにをふる!!」
そりゃあ誰だって自分の恥ずかしい箇所を白昼堂々説明されたら嫌だろうさ。
トアの口を両手で塞ぎ、服の桜色が見劣りしてしまう程に顔が真っ赤に染まってしまった。
「レ、レイドさん!!」
「何です??」
頭の中にポっと湧いたロティさんの双丘の膨らみ加減を霧散させ、至極冷静を保ちつつ言葉を返す。
「今の戯言は忘れて下さい!! そうじゃないともう割引しませんからねっ!!」
「了解しました。後で硬い壁に頭を打ちつけて記憶を消去します」
出来ればの話ですけども。
「そ、そこまでしなくても結構です」
「ぷはっ!! はぁ――。苦しかった」
両手から逃れたトアが新鮮な空気を胸一杯に閉じ込め、続け様に声を出す。
「ねぇ、ついでだし。ルピナスも誘おうよ。厩舎に姿が見当たらなかったからきっと家にいる筈」
俺が待たせている間に愛馬リクの様子でも見に行ったのかな。
「いいですね!! それじゃあ彼女を誘った後、私は荷物を置いて両親に話して来ます」
「私も一緒に行くわ。そのついでに食料も買ってさ……」
完全に俺の存在を無視しつつこれからの行程を決めてしまっていますね。
「と、言う訳で。駄犬」
「何でしょうか、御主人様」
もう拒絶するのも飽きて来たので今度は肯定してみた。
「ほう!! 遂に私の事を主人と認めたのね!!」
「違います、余興ですよ」
流石にここで拒絶しないとあらぬ事実を構築されてしまうのでね。
「ちっ、まぁいい。私とロティは食料とルピナス、その他諸々揃える物があるから別行動に移るわ」
「了解。じゃあ俺は大尉の家に向かうよ」
多分先行しろって事だろう。横着な同期の声を受けて進み出そうとするが。
「はぁ?? 馬鹿言ってんじゃないわよ」
無粋な声が俺の歩みを止めてしまった。
馬鹿を付ける必要はないですよね??
「私達は女性好みの食料を揃えるから、あんたはすっごい安くて美味しくて、ついでにお腹が膨れる物を探して来なさい」
「無理難題を押し付けるな」
「これは命令よ」
「同じ階級、且同期。命令を下す権限は持っていないぞ??」
我ながらぐうの音も出ない程の正論にウンウンと頷いて話す。
「あんたに拒否権は無いのよ。ロティ!! いこっ!!」
彼女の手を強引に取り、西の区画へと続く道へと進む。
「わっ。ごめんなさい!! トアさんと行ってきます!!」
「道中、襲われない様に気を付けてね??」
猛った獣より始末が悪いのですよ、彼女は。
「私は暴漢か!!」
「ぐぇっ!?!?」
訂正しよう。市民に圧政を強いる暴君より質が悪い。
道端の石を拾い俺の額へと命中させるのだから……。
「は、早く行きなさい……」
これ以上体に負傷を与えるのは了承出来ぬ。
足元にじゃれつく子犬をあしらうように手を振って見送ってやった。
「後で治療しますからね!!」
「そんな事はしなくてもいい!! あいつの体は鉄より頑丈に出来てるのよ!!」
「えぇ!? そんな事ないですよ。大体トアさんが……」
はぁ……。やっと去ってくれた。
ジンジンと痛む額に手を添えつつ、矮小になってくうら若き女性達の背を見送ってやった。
さてと。難しい御使いの前に明日のお店の予約並びにお土産でも買っておこうか。
手ぶらで帰ったら腹ペコ龍が駄々を捏ねるだろうし先ずはお土産の確保が優先だな。その後にお店の予約そして御使いっと……。
本来であれば自由を謳歌出来る休暇中だってのに普段よりも忙しいじゃないか。
「はぁぁ――……。ぼやいていても仕方が無い。行動開始といきますか」
宙に漂う軽い空気よりも鈍重な息を吐き捨て、最初の目的地である中央屋台群へ重い足を引きずる様に向かって行った。
お疲れ様でした。
本日から休みに突入したのですが、初日は気合を入れて大掃除に取り組みました!!
まぁ埃が出るわ出るわで大変でしたよ……。
誇りに塗れた後、休憩中にYouTubeを何とも無しに眺めていたらお薦め動画に気になるのが出ていまして。何気なくクリックしたらその歌詞が一日中頭の中から離れずに大変な目に遭ってしまいました。
皆さんもそういう経験はありませんか??
大掃除を終え、物が無くなり過ぎて寂しい部屋でプロットを執筆。休憩中は地球防衛軍をプレイしたり、溜まった映画を見たりと中々に有意義な初日でした。
明日は愛車のワックス掛け並びに室内洗浄をする予定です。
それでは皆様、お休みなさいませ。