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第二百五十四話 恐怖の宴の準備 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 空に浮かぶ太陽の明るさに煽られる様に人々は柔らかい表情を浮かべて思い思いの時間を過ごしている。


 誰かとの待ち合わせなのか期待に胸を膨らませ、軽快な歩調で北へと向かって行く若い女性、ちょっと買い過ぎじゃないですかと心配になる膨らみを見せる鞄を担いで力強く歩く青年。


 お年を召した風貌にも関わらず若い者にはまだまだ負けてはいられないとして大股で進んで行く御婆ちゃん。


 時刻は昼を過ぎ夕暮れとの間の刻。


 人間が活発に活動する時間に相応しい景色が王都の南大通りには広がっていた。



 本来であれば俺も彼等に倣い朗らかな笑みを浮かべて訓練の疲れを癒し、次なる猛特訓に備え好きに行動したいのだが。上官命令、並びに傍若無人の同期の所為でそれは叶わない。


 たった数時間の自由も許されないのは流石に酷過ぎるのではないのか??


 断固抗議の声を叫ぼうが、徒党を組んで労働時間の是正並びに改善を訴えようが所詮は公僕の身。


 滅私奉公がお前の務めであり義務であるのだと一蹴されちまうのさ。



 至る所に大変羨ましい明るさが光り輝く中、ちょいと沈んだ歩調と所作で南へと下って行く。



 この如何ともし難い負の感情の原因は右耳と顔の接着部分の僅かばかりの違和感と痛み、そして自由を制限されてしまった憤りからなのだろうさ。


 この痛みと違和感はきっと……。


 いいや、違うな。推定では無くこれは確定事項なのだ。軽快な足取りで意気揚々と隣を歩く馬鹿者へと声を掛けた。



「なぁ」


「んっ??」



 俺の沈んた心の空模様とは裏腹に、妙に機嫌が良い返事ですね。



「俺の耳、ちゃんとくっついてる??」


「勿論。ぴったりと、しっかりと密着しているわよ」



 あら?? そう??


 おかしいな。剥がれて落ちてしまいそうな痛みなんですけどね。


 まぁいい……、いや良くないだろ。


 こいつにはいつか、そう!! いつかはっきりと真正面を向いて抗議してやろう。


 例え友人であっても、やって良い事とイケナイ事の区別をつけろと。


 今は随分とご機嫌な様なのでこの勢いを保って口を開こうとしたが、彼女が機嫌を損ねてしまい再びあの痛みを食らうのは了承出来ないので口をムっと閉じて大人しくトアの歩調に合わせて歩いていた。



 訓練を終えて王都へと到着し、獰猛な獣達に攫われた後。俺は我が部隊の本部へと足を運ばせて頂く事を懇願した。


 何で一々了承を得なきゃいけないのか甚だ疑問が残るけど。上官であるレフ少尉に訓練終了の報告をしなければならなかったのです。


 普遍的な家屋の軋む扉を開けると随分と機嫌の良いレフ少尉が迎えてくれた。



『よ――!! お帰りぃ!!』


『只今戻りました……』


『何だ、その……。うわっ!! この人珍しく機嫌が良いからおっかなぁい!! って顔は』



 恐らく、上官にもなると読心術の一つや二つを嗜むのだろう。


 そうでなければ心に想う事を当てられる筈無いし。



『微塵も考えていませんよ?? 訓練は無事終了。予定通り本日から三十日の休暇を頂きます。少尉、確か……。訓練中に様子を窺いに来ると仰っていましたけど。姿を見かけませんでしたが??』



 報告ついでにふと気になった疑問を問うてみた。



『あ――。お前さんが見付けられない様に、ビッグスの裏に隠れて窺っていたんだよ』



 通りで見つからない訳だ。



『それでさぁ。アイツ……。ぷっ、ククク。私がアイツを育てたんだって言ったらさ』



 いや、鍛えてくれたのは大変お強くて可愛い狐の魔物です。



『お、俺の指導力がお前より劣るとでも言うのか!? ってあわあわと口を開いて慌てる姿が実に心地良かった!!』



 だから機嫌が良かったのか。


 訂正して機嫌を損ねてもらっても困るし、ここは沈黙の一手だ。



『それだけじゃないぞ??』


『まだ何かあるので??』


『ほら、監視台の上にはお偉いさん達が大勢居ただろ??』


『えぇ、俺達の様子を見逃すまいと注視していましたね』



 その所為で集中出来ない時間が発生してしまったのも事実なのですよね。


 詳しい理由は分かりませんが、邪魔だけはして欲しく無かったのが本音です。


 特に!! シエルさんが最たる例ですよ。


 こちとら苦しい思いで腕を曲げているっていうのに、ちょっかいを出してくるもんだから悪魔の要らぬ怒りを買ってしまったし。


 だけど……。あの下着、凄い綺麗だったな……。


 い、いやいやいやいや!!


 一瞬だったからね!? 見ようと思って見た訳じゃないから!! 偶々見えちゃったの!!


 誰に言い訳をする訳でもないのに一人勝手に恥ずかしがっていると、レフ少尉が続け様に口を開いた。



『お偉いさんの中で、えぇっと……。上院議員で、渋い顔が素敵な……』


『ベイス議員ですか??』


『そうそう!! その人がさ、お前の直属の上司である私に是非といった感じで握手を求めて来たんだよ。それからあれよあれよと偉い方々に囲まれ質問攻めさ』



 それが嬉しいのだろうか??


 俺だったら辟易しちゃいそうだけど。



『少尉のお名前は――、だとか。所属している部隊はどこだ――、とか』


『まさか教えた訳じゃないですよね??』



 これ以上厄介事に巻き込まれるのは勘弁して欲しいのですけど。



『うん、教えたよ??』


『いやいや!! レフ少尉!! 駄目じゃないですか!! 軍部の者なら兎も角、得体の知れない人達に教えるのなんて!!』



 全く、何を考えているんだよ!! この人は!!



『ば――かっ。私が一切の利益を得ないでこちらの情報を与えると思うのか??』



 いいえ、微塵も思いません。


 相互扶助みたいな感じで俺と少尉が所属する部隊を教えたのだろう。



『軍に伝手がある奴らはどうとでもなるだろうが、それを一切持たない者も居る。そいつらから得になる情報を引き出す代わりに…………。お前さんの個人情報を提供してやったんだよ』


『な、尚更駄目じゃないですか!!!!』



 お、俺の個人情報は保護されるべきじゃないのか!?


 これは由々しき事態だ。今から本部へと乗り込んで密告してやろうかな!?



『五月蠅いなぁ……』


 両耳を塞ぐ様が憤りを募らせてしまう。


『だが、良い情報を得たんだ。聞くか??』


『自分の!!!! 個人情報と取引した情報ですからね!! 当然、自分には聞く権利があります!!』



 外まで漏れる声で話してやった。



『もう少し静かに話せ。おほんっ。では……。先ずおまえさんが先の任務で入手した敵の情報だが。それを元に大規模な反抗作戦が行われようとしている』


『大規模と仰いましたけど……。具体的にどれ程の規模なのでしょうか』


『数万……。いいや、数十万規模の人員をこの大陸中から集める予定だそうだ』


『しょ、正気ですか!?!?』




 数十万の兵力ともなると統率力が真面に機能するのかどうかさえ怪しいし、それに数十万の人員を召集させる為には一体どれだけの資金が必要になるんだ??


 考えただけで頭が痛くなる。


 ベイスさんが仰っていた事は真実であり、俺がマークス総司令に提言した机上の空論にも似た理想論がよもや現実実を帯びてくるとは……。



『正気だそうだ。今、それを現実の物とする為に法案を提出しようとしているんだってさ。いや――。良い情報を貰っちゃったなぁ――』



 誰のお陰ですかと声を大にして言ってやりたかった。



『その中には当然、俺達も含まれていますよね??』


『そりゃそうだろ。私達が主戦力になる事は確実だ。血気盛んな傭兵さんやら力仕事に務める者共、果ては農夫の方々等。十八歳以上で健康体であれば誰でも参加可能だって』


『戦う事に慣れていない人々が戦場で役に立ちますかね??』



 そう、問題の焦点はそこに当てられる。


 あの醜い豚共を見ても戦意を失わず武器を手に取り立ち向かえるかどうか。最悪、敵前逃亡もありえるだろうし。



『役に立つだろ』


『何故それが分かるのですか??』


『ちょいと考えれば分かるって。役に立ちそうにない者は重装備を渡して最前列に立たせる、それが意味する事は――?? はい、レイド伍長』


 人の顔に指を差さない。


『肉の壁になれと??』


『肉じゃない、鉄の装備で固めてあるから鉄の壁だ』



 どっちも一緒の意味じゃないですか。



『それかまぁ……。妥当に後方支援だろうなぁ』


『逃げだしたらどうするんです??』


『そうさせない為にも訓練を施したり。愛国心を試される時が来た――!! とか。この国を取り戻す為、平和を勝ち取るんだ――!! とか。こそばゆい言葉で世論を誘導して国民の士気を高める等々。幾らでもヤリ方はあるさ』


『まぁ……。そこに至る以前に兵力が集まるかどうかが問題ですよね』



 好きで死にに行く人はそういまい。


 居るとしたら余程酔狂な方でしょう。それか真にこの国を愛する者かだ。



『愛国心で集まらないのなら、お次は金だろ。現に、召集に応じた者には前金として幾らか渡されるみたいだし』


『そこまで深い情報を得たんですか??』



 俺の個人情報様々じゃないですか。



『うんにゃ。これはぁ……。なぁんか高価な天幕からぁ。自然とぉ。漏れて来た声を拾って得た情報だよん』


『と、と、と、盗聴じゃないですか!!!!』



 この人はいつか罰せられるべきだ!!


 士官として相応の行いをして下さいといつも言っているのに聞きやしない!!



『違うよ?? ほら、晴れていて暑かったから日陰を探していたらね?? おっきぃ天幕がぁ見えたからぁ。そこの裏手で腰を下ろしていたら超偶発的に聞こえちゃったのぉ』



 頬に両手を添え、イヤイヤと顔を横に振る様がまぁわざとらしく映る事で。



『いつか捕まりますからね!?』


『捕まったらお前も道連れだ。情報を捏造してやる。そして仲良く刑務所に行こうね――??』


『断固拒否させて頂きます!! それじゃあ、自分はこれで失礼しますね!!!!』



 下ろしていた背嚢を背負い、声を荒げた。



『ん――。三十日後、ここで待っているぞ――』


『少尉は捕まって牢屋に入っているかも知れませんよ!!』


『心配するな。幾らでも逃げ道は確保してある。お前さんが考えている以上に私は狡猾なんだよ。狡猾な上官とクソ真面目な部下。いい部隊だとは思わないかね??』


『まっっっったく思いませんっ!!!! 失礼します!!』



 にやけ面の少尉へ捨て台詞を吐き捨てて、今に至る訳なのです。



 大体!! 部下の個人情報を横流しするってどうなの!?


 如何ともし難い気持ちが渦巻き、眉を顰めていると。



「どしたの?? さっきからむっと眉を寄せているけど」



 トアが小首を傾げて俺の顔を覗き込んだ。



「あぁ、いやね?? 勝手気ままに行動する上官を持つって大変だなぁと思っている訳ですよ」


「さっき何か言われたの??」


「ちょっと聞いてくれよ。実は……」



 同意を求めようと先程の一部始終を話し終えると、トアが俺と同じ様に難しい顔へと変貌した。



「ふぅん。つまり、あんたの上官は個人情報を売り渡す代わりにその大規模な作戦の情報を入手した訳か」


「そういう事。大体さぁ、人の情報を他人に漏らすって立派な軍規違反じゃない??」


「あんたのやっすい情報でその情報を得られたんだからお安いものじゃん」



 あっれ。


 俺の個人情報って道端に転がっている石みたいに安価な額なの??



「あんたの上官かなり優秀ね。あの手この手を使って他所から情報を得るなんて早々出来ないわよ」


「例えそうでも軍規違反は了承出来んだろ」


「そんな御堅い頭してるから先を見通せないのよ。その情報を元手に更に次の情報を得る。う――ん。切れるなぁ……」



 そこまで唸る大それた事はしていない気がするけどね。


 君は直接被害を受けていないからそう言えるのだ。


 レフ少尉は指令書又は俺宛ての手紙を乱雑に扱い。挙句の果てには上官の部屋に侵入して情報を掠め盗る始末。


 いつか本当に逮捕されて軍法会議にかけられるぞ。


 人の往来で賑わう午後の南大通りを進みつつ、軍法会議で証人として出廷する己の姿を想像していた。



「ね?? これからどこ行こうか」


「ん――。イリア准尉はルズ大尉の手伝いに行ったんだろ??」



 俺が軍規違反を常習している上官へ報告している間、トアとイリア准尉は西大通りの一角で待機してもらう事にして頂いた。


 待機時間が長引くと更に恐ろしい始末が待っていると考えに至り、颯爽と報告し終えて戻って来ると准尉の姿は無く、トア一人が待っていた。


 同期に聞けば。



『先輩はルズ大尉のお手伝いに出掛けたわよ』



 大尉一人では片付けが出来るかどうか心配らしく?? 最悪の場合、食事会が行えない可能性も考慮されるとの事。


 大尉は家事が苦手だからなぁ……。


 包丁捌きは頷くものがあったけど、料理はからっきし。家の掃除も殆ど手を付けていないときている。


 当の本人曰く。



『軍人として最低限の行動を覚えておけばいい』



 その最低限の尺度がですね……、えぇ。もうちょっと引き上げて欲しいと思った訳なのですよ。



「そうそう。大尉一人じゃ心配だわ!! ってな感じでね」



 仲が良い事もあって真似、上手いね。



「じゃあ俺達は食料補給か。屋台群で気に入った物を買うだろ?? そして、お酒は……」



 どこで売っているのか見当もつかない。


 勿論酒は酒屋に売っているのは知っていますよ?? 問題なのはその酒屋がどこにあるかが分からないのだ。



「大尉の家にある程度の量は置いてあるらしいから、買うのはちょっと足す程度の量ね」


「じゃあ、先ずは酒屋に向かうか」


「うんっ!!」


 っと。溌剌とした返事ですね。


「ふふ――ん。ふふんっ」



 どうしてそんなに機嫌が良いのだろう??


 遊びに出掛ける子供の様に両手を大きく振り、時折見掛ける服屋に後ろ髪を引かれつつも何んとか堪えて直進。


 そして、偶に目が合うと。



「ん――?? 何??」


 きゅっと口角を上げてこちらを見上げる。


「何か……。良い事あった??」


 多分、そういう事だと思うけど。


「別に?? 無いよ??」


「そうか」



 では、恐らく。こうして賑やかな街の中を歩くのが楽しいのだろう。女性と言う生き物は買わない買い物が好きらしいし。


 買わないのに買い物とは言わないだろう。それは買い物では無くて鑑賞又は観察だと言いたい。



「あっ!! レイド、見て!!」


 俺の右腕をきゅっと掴んで引き留める。


「どうした??」


「ほら!! 可愛い服!!」



 あぁ、機能性も見当たらない服の事か。


 季節はまだまだ寒さが残る晩冬だというのに、もう春を意識した薄手の服が服屋の前に置かれていた。あ、いや。三ノ月だから一か月強先の春を見越してだから問題は無いのか。


 彼女がお気に召した服は一繋ぎの服であり、膝丈程度のヒラヒラのスカートでは足が露出してしまい保温効果は期待出来ず、無駄に開かれた胸部は卑しい男の視線を否応なしに集める。


 役に立たない服を購入しても無意味だろう。俺が着る訳では無いから個人の自由ですけども。



「綺麗な桜色……。どうしよう、買っちゃおうかなぁ」


「止めておけ。そんな服じゃ乾燥から身を守れないぞ」


 端的に服の感想言ってやった。


「あのねぇ。女の子はそういう目的で服を買わないの」


「それ、聞いた事があるぞ」



 傍若無人で世の美女も羨む美貌を持つ淫魔の女王様、エルザードもそんな事言っていたし。



「可愛い服を着込んで小物でお洒落して……。何もしなくてもいいの。街を歩くだけで楽しくなるんだからさ」



 目的を持っていないのに街中を歩く??


 凡そ想像出来ないな。目的地があるから人はそこへ向かって動くんじゃないか。


 男と女は別種の生き物。


 服の感想一つでさえこうしてきっぱりと意見が別つのだから。



「うっわ、安い!! 買い時よねぇ……」


「大尉と准尉が待っているんだ。置いて行くぞ」


 聞き分けの無い同期を置いてズカズカと歩き始めた。


「あ――、もう待ってよ!!」


「帰りに買えばいいじゃん」


 こちらに追いついたトアへ言ってやる。


「あれ、可愛いから明日には売れてそう」



 まだ服の存在が気になるのか。


 時折振り返り、桜色がまだその場に存在するのかを確かめている。



「早々売れる訳ないって」


「あの可愛さで五千ゴールドよ?? 破格の安さだもん」


「五千……。それだけあれば好きな物を沢山食べられるじゃないか」



 お肉にお米、パンにチーズ。


 軽く見繕っても三食二日分は贅沢に過ごせそうだ。



「それを我慢しても可愛い服を買いたいのよ、女の子は。よし!! お酒買った帰りに買おうっと!!」



 優柔不断な思いに別れを告げたのか。


 ぎゅっと拳を握り、確固たる意志を固めた。



「それで?? お前さんが行こうとしている酒屋は……」


「見えて来たよ!!」



 何処にあるのだと聞く前に彼女が軽快な声を放ち件の建物へ指を差した。



「あそこが酒屋さんか」



 南大通り沿いにズラっと並ぶ木造二階建ての建物と然程変わらぬ普遍的な出で立ち。


 軒下には大量の木箱が詰まれ、開けられた一つの木箱の中からは綺麗に陳列された酒の瓶が覗いている。


 赤い液体から察するに、赤のワインって所か。



「どれにしようかなぁ……」



 トアが早速木箱の中から一本を手に取り、もう味を想像しているのか。


 煌びやかな瞳で深紅の液体を見つめていた。



「どれでも一緒だろ」



 味の違いが分かる者は多々存在するだろうが、此方は偶に飲む程度なので違いが分からない。


 どれが上物でどれが陳腐な物か。


 見極めが出来ないのですよっと。



「これが違うんだよな――。風味、舌触り、コク。醸造された月日の違いもあるし。意外と深いのよ??」


 ふぅん、そうなんだ。


 何とも無しに彼女に倣って瓶を手に取っていると、こちらの様子に気が付いた割腹の良い店主が声を掛けてくれた。



「いらっしゃい!! 何かお探しで??」


「えっと。今日これから酒盛りを始めようとしている酒豪達を満足させて、尚且つ財布に優しいお酒を下さい」



 ニッコニコの笑みを浮かべる彼に対して素晴らしく的を射た注文をする。



「あはは、それは難しい注文だねぇ。そうなると……。これなんかどうだい??」


 彼が一つの木箱の箱を開き、トアが持っているワインと然程変わりのないワインをこちらに掲げた。


「トア、あれでいい??」


 店主のお薦めならそれでいいだろ。


「ん――。試飲って出来ます??」


「勿論!! ちょっと待ってね……。よっと!!」



 前掛けのポケットに手を入れ、栓抜きを取り出すと硝子の瓶の封を手際よく抜いた。


 おっ、果実の良い香りだ。


 微かな果実の香りが空気に乗って鼻腔を擽る。



「はい、どうぞ」


 そして木箱の上に置かれていたコップに僅かばかりの液体を注ぎ、トアへと渡した。


「頂きます。――――、ふぅむ。香りはいいわね」


「そうだろ?? 葡萄の風味がしっかり出ているんだ」


「でも、ちょっと威力が足りない感じかなぁ」



 威力って。


 拳の破壊力じゃないんだから。



「白もあります??」


「勿論!! これなんか…………」



 何だろう……。この置いてけぼり感は。


 酒好きには堪らない会話なんだろうけど生憎俺には全く興味が湧いてこない。



「ちょっと中見て来るから」


「いってらっしゃ――い」



 手持ち無沙汰になり、暇を潰す為に店内へ足を踏み入れた。



「へぇ、沢山あるなぁ……」



 木箱の中に大量に積まれた店先の瓶とは違い、店内の酒瓶はそれなりの値段がするのか。木の棚にしっかりと保持されて陳列されている。


 木の香りに染み付いた果実酒の匂いが鼻を楽しませ、美しい木目の棚の中の酒瓶が視覚を潤す。


 綺麗に陳列されている中から何気無く一本を手に取り、酒瓶に刻まれている年数を確認した。


 これは……。今から二十三年前に作られたのか。


 俺とトアと同い年だな。



「いらっしゃい」


 じぃっと酒瓶を観察していると中年の女性が声を掛けて来た。


 店主さんの奥さんだろうか。柔和な笑みが好印象を与えてくれる。


「あ、どうも」


 軽く会釈を交わすと、俺の手元へ視線を移す。


「それ、買うのかい??」


「え?? あぁ、いえ。綺麗な色だなぁっと思って見ていただけなんですよ」



 店先の赤より更に奥行きのある赤と言えばいいのか。


 熟成によって構築された色味が酒に疎い俺でも美しいと認識させてくれる。



「それにこの赤ワイン、俺とあそこで店主さんとやりとりを繰り広げている彼女と同い年なんですよ」


 店先を指差す。


「そうなの?? じゃあ、彼女に贈ってあげたら?? お酒好きなら喜ぶわよ」



 先の任務で得た褒賞金も全く手を付けていないし。訓練生時代に大変世話になったお礼として贈るべきなのだろうか??


 ん――……。


 値段と要相談だな。



「お幾らですか??」


「それは……。五千ゴールドね」



 たっか!! 酒瓶一本に五千!?



「これでも割引後の値段よ。あの子、うちの旦那と楽しそうにお酒の話しているでしょ??」



「これも良いけどさ――……。濃い味の割にちょっと高く無い??」


「南の果樹園で獲れた葡萄を使用しているからその値段が妥当なのさ」


「じゃあもっとさっぱりした風味の奴ってあります??」


「そりゃ勿論!! ただ、お値段がちょいと張っちゃうけど……」



 やれこれは酒の度合いがキツイだ。やれあれは果実の味が濃すぎるだとか。


 値段交渉に至っては、お互い細心の注意を払って鎬を削っていますね。



「お酒が好きな子には持って来いの贈り物よ」


「割引しなかったら幾らです??」


「一万二千かな」



 半額以下ですと!?



「分かりました。では、購入します」


「毎度あり。木箱に詰めるから待っててね」



 そう話すと、酒瓶を手に取り店の奥へと姿を消してしまった。


 参った。


 半額以下という言葉を受けてついつい飛びついてしまったぞ。


 少々値が張る品だけど先程の服を購入するよりかは有意義なお金の使用方法だろうさ。



「お待たせ!!」


 女性店員さんが整った木目の木箱を持ち戻って来る。


「では……。はい、どうぞ」


 御釣りの無い様に現金を渡し。


「毎度あり!!」



 代わりに件の木箱を受け取った。


 勢いで買っちゃったけど……。本当に良かったのかな??



「レイド――!! 買ったから行くわよ――!!」


「分かった」



 そんな大声で呼ばなくてもお父さんはちゃんと聞こえますからね――。


 十本程度の酒瓶を誇らし気に指差す彼女の下へと歩み出した。



「えへへ!! 結構割引して貰っちゃった」


 今からもう飲むのが楽しみなのか。


 嬉しそうな笑みを浮かべつつ、購入した酒瓶を地面へ置いた背嚢へと仕舞う。


「そっか。俺も割引して貰ったぞ」


「はぁ?? 酒を控えているあんたが酒を買ってどうすんのよ」



 訝し気な表情を浮かべこちらを睨む。



「君はもうちょっと言葉使いに気を付けなさい。ほら、これ」


 手に持つ木箱をトアへと差し出す。


「え??」



 意外。


 そんな驚きの意味を含ませた瞳が俺を捉えた。



「なんかさ、店内を見て回っていたらね?? 俺達と同い年のワインさんがあってさ。購入して頂けるのなら半額以下にしますよ――って説明されてね。訓練生時代のお礼をまだしていないから、それを兼ねて。そんな感じだ」


「そう、なんだ。開けてもいい??」


「どうぞ」



「――――。わぁ、すっごい綺麗」




 木箱から酒瓶を取り出し、太陽の光に翳すと美しい赤が彼女の端整な顔を照らした。




「あ、ありがとう。大事にするわ、ね??」


「どうしたしまして。ほら、次は食料の買い出しだろ?? 急ぐぞ」


「待ってよ!! 未だ仕舞っていないから!!」



 木箱の蓋を閉じ、大事に背嚢の中へとしまうトアを置いて先に進む。


 今のトアの顔……。何と言うか……。明るい笑みが凄く似合っていた。


 こちらのこそばゆい想いを悟られるのは了承しかねると考えての先行なのですよ。


 端整な顔には赤が似合う。多分こういう事なのだろう。


 火照った顔の熱を冷ます為、そして羞恥の赤を捉えられぬ様。



「こらぁ――――!! 置いて行くな――!!」



 ギャアギャアと騒ぐ彼女を置き去りにして早足で北上を開始した。



お疲れ様でした。


現在後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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