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第二百五十三話 不吉な嵐の予感 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 晩冬らしからぬ快活な笑みを浮かべている太陽が汗を誘発させて喉の奥へと乾きを与える。


 疲労が蓄積された体には厳しい陽射しの強さだが。数多くの兵達が上空で輝く太陽の笑みに決して屈せぬと固い意志を持って、外周を齷齪走り続ける隊員達へ向かって熱き声援を送り続けていた。


 我が八十八分隊も例に漏れる事は無く、大量の汗を流し苦悶の表情を浮かべて走るリネアへと声を送り続けている。



「リネア!! 正午まで残り五分を切った!!!! ここからが正念場だぞ!!」


「は、はいっ!! 頑張ります!!」



 うむっ!! 良い返事だ!!


 自分よりも重い背嚢を背負いながらの走行は苦行であろう。


 だが、自分の足は疲労や重さでは決して止められないという明確な決意を覇気のある言葉を通してこちらに与えてくれた。


 何事もなければこのまま完走出来そうだな。


 ミュントさんが負傷するという偶発的な事故が起こったものの。分隊が完走に至りそうな結果に少々早いが胸を撫で下ろした。



「リネアせんぱ――い!! 頑張ってくださ――い!!」



 右足首に痛々しい布を巻いたミュントさんが声を上げる。



 一時はどうなる事かと思ったが、大事に至らなくて良かったよ。


 覇気のある立ち姿並びに元気一杯の姿勢が怪我の経過の良好具合を分かり易く示してくれた。



「ミュントはいいよね――。途中離脱が認められて」


「私だって本当は走りたいわよ。シフォムだって朝から三周しか走ってないじゃん」


「まぁ……。起きたら、あの状況だったし?? 棚からぼたもちって事で」


「良くない!! 何で誰も起きなかったのよ!!」


「うっせぇなぁ……。お前だってグ――すか寝ていただろ」


「うっ……。言い返せないのが辛い……」



 分隊の皆は俺の頑張りに対して負い目があるのか。気まずい思いを抱いている様だがそれに反して俺の心の空模様は爽快に晴れ渡っていた。


 この感情は長時間の走行という与えられた使命を全う出来る事も含まれているけど、分隊全員で同じ目標に向かっているこの心地良い団結感が大いに影響しているのだろう。


 まぁ、皆疲れていたし?? 俺が大量の体力を消費する事は仕方が無いとは思うのです。隊長の任に就く者は隊全体の責任を負わなければならないので。


 紆余曲折あったが概ね計算通りって奴さ!!



「レイド先輩、申し訳ありません……」



 少しばかり沈んだ輪の中からレンカさんがこちらへと歩み寄り、申し訳なさそうに声を上げた。



「気にしなくていいよ。俺が走った分、皆は休めた訳だしさ」


「それはそうですけど……。肩を負傷されたみたいなので心配なのです」


「これくらい怪我の内に入らないって。過ぎた事を詫びるより、ほら!! リネアを応援してやれ!!」



 力無く沈んだ肩をぽんっと叩き、今も重々しい汗を流している彼女へ指を差してやった。



「分かりました。リネア先輩っ!! もう終わりますよ!!」


「有難う!! 頑張るわね!!」



 リネアがレンカさんの声を受け取ると弱々しいながらも精一杯に口角を上げて答えた。


 そして間も無く彼女はあの苦痛から解き放たれるであろう。この長く苦しい訓練も残す所後……。



「「「十秒!!」」」



 おぉ!! 他の分隊も時計を睨んでいたのか。


 訓練場の内側から長きに亘る辛くて過酷な訓練の終了を告げる秒読みが始まった。



「「「三!! 二!! 一!! ――――。終了――――!!!!」」」


「「「うぉぉおお――――ッ!! 終わった――――ッ!!!!」



 訓練終了と同時に訓練生達の雄叫びが方々から放たれ、快晴に晴れ渡る空へと昇って行った。



 良し!! 俺達も見事完走を遂げたぞ!!!!


 ミュントさんが負傷した時はどうなる事かと思ったけど、こうして終了を告げられると成し遂げたという感無量の気持ちが湧いて来るな!!


 空に浮かぶ雲が光り輝く太陽を隠し、その隙間から覗く一筋の光が大地に差すように。俺の心にも訓練終了という安堵の光が差し込んだ。



「やったぁ!! 終わりましたよ!! レイド先輩!!」


「っと……。こら、足を負傷しているんだから無理をしないの」


 背中に飛びついて来たやんちゃな子に釘を差す。


「えへへ、ごめんなさい」


「全く。よっ、リネア。良くやったな!!」



 外周から息も絶え絶えの彼女がこちらへ向かって歩いて来るので労いの声で迎えてやった。



「はぁ……。はぁ……。えぇ、もう重たい荷物を運ぶのは懲り懲りですよ」



 体の前で結んでいた取っ手解除すると重たい背嚢を地面へ乱雑に廃棄。


 そして、もう二度と見たくないという憎しみを籠めた瞳で睨む。



「そう言うなって。良い訓練になっただろ?? 負傷した人を運ぶ時、こうした訓練が役に立つんだ」


「この訓練は忍耐力及び精神力を鍛える為だと考えていましたからね。そういった状況に陥った時にも対処出来るようにと、ビッグス教官からのありがたい訓示なのでしょう」



 いや、多分そこまで大それた事は考えていない筈。


 きっとあの人の事だ。



『ん――……。どうしよう?? あの馬鹿共を鍛えるのには……。おぉ!! そうだ!! 走らせればいいじゃん!!』



 と、適当に決めたのだろう。


 口が裂けても言えないけど絶対深く考えていないでしょうね。



「よぉし!! ひよっこ共!! 良く走り終えた!! 集合しろぉおお――っ!!!!」


「「「「はいっ!!」」」」



 早速当の本人からのお呼びが掛かり、何故か大変ご満悦な表情を浮かべる彼の下で六百名もの兵士達が一糸乱れぬ隊列を組み終えた。



「喜べ!! 何名か負傷して途中棄権したが完走しなかった分隊は見当たらなかった!!」



 ほぅ、だからご満悦なのですね。


 訓練中は横一文字に口をムッと閉ざしていたが、今は柔らかく湾曲していますもの。



「そしてぇ!! 訓練を始める時にも説明した通り!! 最も長い距離を走破した分隊を告げる!! えっと、紙渡して??」


「どうぞ」



 後方から静かに現れたスレイン教官が分隊の周回数を集計した紙を渡す。



「ふむ……。え?? 嘘だろ?? これ、本当??」


「それは個人記録です。二枚目が分隊の周回数です」


「あぁ、そう。ってか怖い目付きで睨まないで」



『クスっ……』



 まるで長年連れ添った夫婦のお決まりの行動に誰かが抑えた笑い声を上げる。


 こういう時こそしっかりして欲しいんだけどなぁ。まっ、それがビッグス教官の良い所という事で。


 さぁて、どの分隊が優勝するのかな??


 我が分隊が優勝する可能性は大いにあると思う。日中は他の隊と比べて周回数を稼げなかったが、その分俺が深夜に走って距離を稼いだし。


 御褒美目当てじゃないけども……。優勝した暁にはモニュルンさんのお店で食べ放題の権利が与えられる。


 共に汗を流した者達と頂く料理はきっと格別な味がするぞ。


 拳を強く握りしめ、心急く思いを誤魔化していると遂にその時が訪れた。




「おほんっ。待たせたな!! 最も長い距離を走破した分隊は…………。第七分隊だ!!」


「「「やったぁぁああああ――!!!!」」」



 おやおや、我が八十八分隊は優勝とはいきませんでしたか。


 歓喜の声が響く中、僅かばかりに悔しい想いが募っていった。



「さて!! 訓練はこれにて終了だが……。旅は家に帰るまでが旅と言われる様に、王都の西門に到着するまで気を抜くなよ?? それからの行動は所属している部隊から説明があった通りに行動しろ」



 と言う事は、俺は念願叶って長期休暇って事だね。


 単に休めるのならまだしも。マイ達との特訓が控えている身としてはこれからが本番なんですよねぇ……。


 気を抜きたいのに抜けないこのジレンマ。何んとかなりませんかね。



「分隊の待機場所で荷物を纏め、ここへ来た時の様に隊列を組んで解散地点へと向かえ!! 以上、解散!!」


「「「「はいっ!!!!」」」」



 歓喜の声が一斉に上がると同時に隊列が解かれ分隊の待機場所へと散っていく。


 俺達も彼等に倣い、荷物を纏める為に行動を開始した。



「やっと終わったぜ」


「アッシュ――。ホっとしている所悪いんだけどさ――。訓練所に帰ってからもビッグス教官が何かやるって言ってたよ――」


「おい!! シフォム!! それ本当かよ!?」


「そう。仲の良い子が言ってた――」



 あらあら可哀想に。


 訓練生である以上、指導教官の命令は絶対ですからねぇ。



「やだなぁ――。今日くらい休ませて欲しいなぁ」


「ミュント、体を鍛えるのに絶好の機会じゃないか。下を向いているばかりじゃ体は出来ないぞ??」


 右隣りで肩を落とす彼女へと言ってやる。


「足も痛いし、体もヘトヘト。これ以上詰め込んだから体が壊れちゃいますよ」


「人間の体は早々壊れない様に出来てるの。安心しなさい」


「安心って意味、知っています??」



 むぅっと頬を膨らます。



「勿論さ。敵から殺意を向けられる事も無く死を恐れる事も無い。安全な場所で安心して体を鍛えられるだろ??」


「そういう安心の意味じゃないですよ」



 今度は綺麗に口角を上げて話す。


 その、何んと言うか……。あの口の角度は訓練を完遂させた達成感によって上がっていると思われるけど……。


 妙に眩しく見える笑みだな。



「ん?? あれ――?? レイド先輩」


「どうした?? シフォムさん」


 俺とミュントさんの会話を伺い、不思議そうに首を傾げていた彼女へと問う。


「ふむっ。相分かった。ミュントとレイド先輩って昨日の夜ヤッちゃいました??」


「「ぶっ!?!?」」



 突然な、何を言うのかね!?


 君は!!



「ば、馬鹿じゃないの!?」

「訓練中にそんな事出来る訳ないだろ!!!!」



 同時に吹き出し、そして同時にシフォムさんへと猛抗議を開始した。



「だって――。一晩の間に何があったかわかりませんけど。ミュントの事、呼び捨てにしていますから」



 あぁ、何だその事か。


 全く……。違う意味で捉えるんじゃあありませんよ。



「それはね?? 昨日の夜……」


 俺が昨晩の出来事を説明しようとすると邪な声がそれを阻んだ。


「そ、そうそう!! や、や、や、ヤッちゃいましたよねぇ!? もぅ、あれは凄かったなぁ!!」


「いやいやいやいや!!!! そんな事していないから!! 完走したから呼び捨てにしろってミュン……。むぐぅ!?」


「そこまで!!」



 最後まで言わせなさい!!


 横着な両手が俺の口を塞ぐ。



『そういう事にしておきましょうよ』



 端整な顔をずいっと近付け、こちらに耳打ちを開始する。



『出来る訳無いだろ!! 事実を捻じ曲げてどうすんだよ!!』



 もしもこの噂が広がり悪魔の耳にでも届いてしまったら……。俺のたった二十三年の生涯に終止符を打たれてしまうのさ。



『だ、だってぇ!!』


『だってもありません!!』


『いたいっ!!』



 お馬鹿さんのおでこをぴしゃりと叩き改めてシフォムさんへと振り向いた。



「俺は何もしていないし、彼女も何もしていない。つまり、潔白なんだ」


「まっ。態度を見れば分かりますよ――。もし、本当に一発ヤッていたら多分ミュントはレイド先輩の顔を見られない程恥ずかしがっていますからね――」


「そ、そんな事ないもん!! ヤッてもちゃんと見るし!! ねぇ!! レイド先輩!!」



 ヤるヤらない。


 凡そ年頃の女性が口に出す台詞じゃないと思うのは俺だけかしらね??


 痛む足を庇いながらぴょんぴょん跳ねつつ親友の頭を叩こうとする横着者、それをひょいひょいと躱しながら揶揄い続ける彼女の親友。


 訓練の終わりには相応しく無いと映る光景だが……。考え様によっては、これもこれでアリと考える自分も居る。


 終わり良ければ総て良し。


 もう一人の俺は恐らくそう考えているのだろう。



「レイド先輩。早く片付けないと遅れてしまいますよ」


 彼女達の明るい姿を捉えたリネアが苦い顔のまま話す。


「辛い訓練を乗り越えたんだ。もう少しだけ騒がせてやれ」


「レイド先輩がそう仰るのなら……」



 真面目な彼女と共に肩を並べて暫くの間、心温まる光景を眺めていたのだが。



「で?? 気持ち良かった――??」


「へっ!? そ、そりゃあ……。まぁまぁ良かった、かな??」


「ふ――ん。具体的にどの姿勢が気に入ったの??」


「し、知らないしっ!! 気付いたら終わってたもん!!」


「ふ、む。レイド先輩は達するのが早いんだ」



「……」


「撤収作業開始!! 隊長命令に従いなさいっ!!!!」



 鋭い刀の切っ先にも似た痛烈な視線が隣から突き刺さったので、下らない乱痴気騒ぎを終えて今直ぐ片付けを開始しなさいと叫んでしまった。



「レイド先輩。後で私にもしっかりと説明して下さいね」


「は、はい……」



 一期後輩の彼女からお叱りにも似た口調と冷たい視線を受け背筋を正す。


 俺なんかよりもリネアの方がよっぽど隊長らしいよ……。



「初めての経験の素直な感想をどうぞ」


「へっ?? え――……っと。アッ、と思ったら終わったって感じ??」


「ほぉ……。ミュントも達するのが早いとみえた」


「み、見てないのにどうしてそんな事が分かるのよ!! 大体ねぇ……!!」



「あ――!! 早く荷物を纏めないとなぁ――!! 忙しくて参っちゃうよ!!!!」



 隊長命令を受けても尚騒ぐ両名を他所に、とても冷たい汗を流しながら一人静かに撤収作業を開始したのだった。


お疲れ様でした。


現在後半部分の編集作業中ですので、次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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