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第二百四十六話 第四分隊緊急招集指令

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 昼食時に良く似合う爽快に晴れ渡った空模様の下。



「「「うぉぉおおおお――――ッ!!!!」」



 随分と遠い位置から戦士達の雄叫びが鳴り響いた。位置的に第一区画の方角であろう。その声に従い視線を動かすと俺の予想通り、大勢の人だかりから熱き歓声が空へと立ち昇っていた。


 ほぉ、第一区画の勝者も決まったのか。


 どの分隊が勝利を掴んだのかは分かりませんが取り敢えず賛辞を送りましょうかね。



「お――。向こうもどうやら決まった様ですね」


「そうだね。取り敢えずおめでとうの言葉を……」



 隣で俺と同じ方向へ顔を向けているミュントさんに言葉を返そうとすると腹の奥から卑しい音が鳴り響き俺の口を閉ざしてしまう。



「ふふっ。もう少しで皆帰って来ますからね――」


 そりゃ誰だって腹ペコの時に食欲をグイグイと引っ張り出す匂いを嗅がされたら腹の音の一つや二つ鳴るでしょうよ。


「申し訳ない……」



 忸怩たる思いを乗せた手で後頭部をガシガシと掻く。


 人間の本能に従い、我慢せずとも目の前に置かれたお弁当にかぶりつけば良いのだが皆の手前それは流石に憚れる。


 訓練中とはいえ肩書は分隊長なのだ。全員が揃うまでぐっと堪えるべき。


 口内にジャブジャブと湧き続ける生唾を喉の奥へと流し込んで食欲を誤魔化し続けていると待ち望んでいた声と足音が響いた。



「レイド先輩、お待たせしました!!」


「すいやせ――ん。混んでたんで遅れました」



 リネアとアッシュが木のお盆の上にこんもりと乗せられたパンを運んで来る。



「シフォム――。何でここまで遅くなったのよ」


 二人の後ろからのんびりと歩いて来たシフォムさんへミュントさんが問う。


「あ――。可愛い受付の人が居て、それに群がる男共の所為で遅れたの」



 看板娘さんの素敵な笑みで心をヤラレてしまった男性は果たして一体何人いるのやら。今日の出会いでお店が男だらけにならなきゃいいけど……。



 それにしても、相変わらずいい匂いだな。


 小麦色にこんがり焼かれ拳大の大きな膨らみを持った可愛らしい丸み、生地が焼かれた固い香りの中にほんのりと混ざる甘い匂い。


 作りは至極単純なパンなのだが随所に職人の技が光る。一つのパン、されどこのパンには職人の培われた技と熱き魂が籠められていた。


 全く、大したもんだよ。


 いつか機会があればその技を拝見させて頂きたいものさ。



「大変だったね??」



 分隊の待機所で形成された人の輪の中央に木のお盆を置くシフォムさんへ労いの言葉を送ってあげた。


 俺の大好物のアレはあるのかなぁ……。


 配給してくれたパンの中にお目当ての品が居ないか、卑しいとは思いますけど視線が右往左往してしまう。



 う――ん。残念、クルミパンは配給されなかったようだ。


 どれも小麦を使用した王道のパンのみ。これだけでも十分贅沢だけどね。



「兎に角、昼休みも残り半分程度だ。早く食べちゃおう!! 皆、お弁当は行き渡ったね??」



 天幕の前に陣取り、輪を形成した分隊員の手元を確認した。



「おうよ。早く食っちまおうぜ」


「慌てるなって。じゃあ、頂きます!!」


「「「頂きますっ!!!!」」」



 全員で食事にそして料理人に感謝を述べて少し遅めの昼食が始まった。



 さて!! 先ずは根菜を頂こうかね。


 お弁当の隅っこで寂しそうにこちらを見上げている牛蒡さんを摘まみ、ひょいと口に放り込む。


 んっ。


 芯までしっかり味が染み込んで、噛めば噛むほど舌の上に味が零れて来る。


 牛蒡特有の渋みも無く主役を引き立てる脇役の務めをしっかりと果たしていた。


 奥歯で脇役さんの有難さを噛み締めながら、俺が主役だと言わんばかりにお弁当の中でどんっと腰を据えている鶏肉さんへと視線を移す。



 塩と胡椒だけの味付け。単調な分、料理人の腕が試される品だ。


 どれどれぇ……。早速賞味させて頂きましょうか!!


 一口大に分けられている鶏肉を頬張り前歯で裁断。


 すると。



「んっ!! んまい!!」



 塩気を含んだ肉汁がじゅわぁっと口の中に溢れ出して食欲を増し、塩とピリっと辛みのある胡椒が早く次を寄越せと頭に命令を送る。



 凄いぞ、これ。


 肉の質が良いのもそうだが、焼き方にも細心の注意が払われている。


 鶏肉の皮はカリっと仕上げ。そして肝心要の肉の部分は肉汁を逃さぬ様に焼かれ、且敢えて焦げ目を入れて見た目にも気を遣っている。


 店で食べたらきっと相応の値段を請求されるだろうなぁ……。



「美味しいっ!!」


「えぇ、素晴らしい味付けです」



 ミュントさんとレンカさんも御満悦の様で、大好物を頬張る子供の様に目を輝かせて咀嚼を続けていた。



「うっめぇ!! あそこの食堂の飯が不味く感じるぞ」


「はは、アッシュ。食堂のおばちゃん達に失礼だぞ」



 この味を訓練所の食堂で提供しろと言われたら財政はあっという間に破綻だな。



「本当、美味しい……」



 リネアに至っては手に持つ箸を止め、目を閉じて味に没頭していた。


 空腹は最高のおかずとは良く言ったものだ。


 輪の中で交わされる言葉の端には必ず陽性な感情が含まている。



「レイド先輩、お水いりますか??」


「あぁ、有難うね」



「うっめぇ。こりゃ幾らでも入りそうだ」


「シフォム、その牛蒡頂戴」


「嫌――。コリコリしてて美味しいもん」



 食を共にして絆を深めていく。こうした時間も大切なのかもな。


 只単に体を鍛えるだけでは無く、素晴らしい食事を片手に会話を交わし想いを重ねて信頼が構築されるのだ。


 態々分隊を結成させたのはこの事を見越したのかも知れない。


 ビッグス教官の考えかどうかは伺え知れぬが、訓練内容を構築した者の画策が上手く嵌ったな。



 ココナッツのパンを手に取り、様々な角度から美しい形を観察。そして馨しい香りに魅了されているとこの楽しい時間の終了を告げる悲しい声が到着してしまった。



「お――い、そこの駄犬」


「……。何??」



 友に向ける目としては余り宜しくない目付きで振り返る。



「お?? 何?? 私の事睨んで只で済むと思ってんの??」


 いいえ。思っていません。


「今食事中なんだ。用があるのなら後にしてくれないか」


「ごめんね、レイド。私達とあなたに召集命令が下ってるのよ」



 無粋な態度醸し出す友人の後ろからイリア准尉が現れて申し訳なさそうな表情で仰る。



「召集命令、ですか」


「そう、今からあそこ。監視台に向かうわよ」



 准尉が顎でくいっと彼方の地を指した。


 はぁぁ……。やっと飯を食えると思ったのに。何でこんな時に呼ぶのかね。



「了解しました。リネア、申し訳ない。分隊の面倒を見てやってくれ」


「分かりました」


「それと……。俺の御飯を残しておいてね??」



 地面から立ち上がり、臀部に付着した土を払いながら話す。



「ふふっ、分かっています。誰も取りませんよ??」


「あ、うん。そう、だな」



 しまった。これじゃあ食いしん坊だと認めているようなものじゃないか。


 卑しい奴だと思われたのかも。クスリと笑う彼女の視線が痛い。



「おら、早くしなさいよ」


「いてぇっ!! 耳を引っ張るなって!!」


「あんたはこうでもしないと、いつまでも食事に気を取られて動こうとしないからね」



 あぁ、畜生。御馳走が遠ざかって行く……。


 後ろ髪……、じゃあ無いな。徐々に矮小になりつつある御馳走の姿を、耳を引かれる思いで見送ってあげた。



「――――。ここまで来ればもう逃げ出さないわね」


「そりゃどうも。所で、何で俺達が召集されたんだ」



 痛む左耳を抑えつつ理不尽な暴虐の限りを尽くす彼女へと問う。



「分からないわよ。いきなりあれは……、顔も名前も知らなかったし多分二十二期生の子かな?? ルズ大尉、私とイリア先輩、んであんたに召集命令が下ったから向かえって伝えに来てくれたのよ」


「えっ!? ルズ大尉も居るの!?」



 同期から何気なく発せられた単語に思わず目を見開く。



「あれ?? 言ってなかったっけ??」


「あぁ、初耳だぞ」



 あっけらかんとして話すトアを一つ睨んでやる。



「ほら、任務中に負傷したから前線基地で治療していたでしょ?? それで帰還が遅れて……」



 トアが話すには、ルズ大尉は俺達が去った後も前線基地で治療を続けていたが軍人気質が発動してしまい治療もそこそこに帰還を始めてしまったらしい。


 急ぐ理由。


 それは恐らく先の任務の詳細の報告だろうとの事。


 上官へ直接報告するのは重要ですが怪我の再発は恐ろしいのでゆっくりと治療に専念すれば良かったのに……。


 真面目な大尉らしい行動だよな。



「ってな訳で。私達は楽しい食事の時間を割いて訳も分からずに呼び出しを食らったのよ」


「お前さんの機嫌が悪いのは、俺同様飯の途中で呼び出しを食らったから。そうだろ??」


 その唇の尖らせ具合はそういう事でしょう。


「そ、正解。あんたと一緒で急いで半分程胃袋に詰めて来たの」



 ほら!! やっぱりそうだった。


 コイツの苛立ち加減の大小は唇の膨らみ方で理解出来るようになってきた。



「准尉も大変ですね。腹ペコのコイツの面倒を見るのは大変でしょう」


「もう慣れたわよ。逆にツンケンが無いと寂しいと思っちゃうし」



 はは、そうなんだ。



「御二方?? もぉ――し訳ないんだけどぉ。至高の時間を閉ざされた私は大変怒りを覚えているのであって、コレの加減の塩梅が分からないのであしからず」



 怒りを籠めた右の拳を握り、俺達へ分かり易い位置に置く。



「そう怒るなって。大尉が分隊の代表として質問に答えてくれる筈だ。俺達はお偉さん方の前で直立不動を貫いていればあっと言う間に終了さ」



 多分、ね。



「でも、それだと私達が呼ばれた理由に矛盾しない?? 質問があるのなら大尉だけを召集すればいい訳だし」


「そうそう。あんたの考えは見当違いなのよ」



 話していて何んとなくそんな気がしましたけれども、そこまで冷たく言う事は無いんじゃないかしらね。



「恐らく……。違うな、十中八九特殊作戦課の任務についての召集理由だと思うんだけど。大体、こっちは訓練中の身なんだぞ?? 大人しく訓練に集中させるのが上に立つ者の使命だとは思わないか??」



 特殊作戦課の任務に発った俺達第四分隊全員の召集だ。


 思い当たる節は自ずとこれに到達してしまう。


 任務の報告が気になるのか、それともあそこで見た光景の口封じする為か。


 口封じの場合、他人に言う訳ないだろ。悪戯に混乱を招くだけだし。


 違うな、正確に言えば。



『言える筈が無い』 だ。



 甘く見繕っても彼我兵力差は三対一であり分が悪過ぎる。いいや、傍から見ても戦力差は絶望的だ。


 絶望という名の絶壁が諸悪の根源へと続く道を塞ぎ、立ち向かう人類の勇気さえも容易に断つ。


 一矢報いてやる。


 あの大群を捉えたら、そう考える奴はこの中でも極僅かだろうさ。


 俺の場合は……。そうだな。


 一矢報うというより、俺の心臓が止まるその時まで殺して、殺して……。殺戮の限りを尽くし、あいつらの死体であるドスグロイ土で大地を覆い尽くしてやる。


 例え仲間が倒れ一人戦地に取り残されたとしても一体でも多く道ずれにしてやるからな……。



「それはそう思うけど。私達は軍属である限り上の命令には従う必要があるのよ」


「先輩?? それ、ちょくちょく破っている人に言われてもあまり説得力がありませんよ??」


「あ――、うん。ほ、ほら反面教師って奴よ!! 上官である私が手本を示す事で部下は育つの!!」



 胸を張って仰っていますけどね。


 トアが話す通り説得力の欠片も感じないのは気の所為だろうか。


 まっ。イリア准尉はレナード大佐の命令に限って破っているし。その点に付いては分別付いているだろうさ。



「はぁ――。早くお弁当食べたい」


「大賛成だ。あの味は早々お目に掛れないからな」


「味は良いけど、ちょっと足りないよね。ほらまた今度あのお店に連れて行ってよ」


「男飯?? 店の場所は知っているんだから自分の足で行けよ」


「馬鹿ねぇ。あんたの財布を破綻させる為じゃん」


「相変わらず仲良しねぇ……」



 あれこれと下らない会話を続けている内にやっと監視台へと続く階段下へと到着した。


 遠くから見ると近く感じるけど、こうして歩いて来ると距離感が誤っている事に気付くよな。



「――――。あなた達、遅いわよ」



 俺達と変わらぬ運動着を身に纏い、少し伸びた黒髪が太陽の光を浴びると煌びやかに輝き運動着と相俟ってこの場に酷く誂えた様に映る。


 負傷が癒えぬ為、やむを得ず前線基地で別ったが以前と変わらぬ凛とした姿は健在だ。



「「ルズ大尉!!!!」」



 俺とトアがほぼ同時に彼女の名を呼んで駆け出すものだから驚いてしまったみたいだ。


 黒の瞳がきゅっと見開かれてしまった。



「元気そうで何より」



 言葉は淡泊、だが心の空模様をこちらに悟られぬ様。表情は崩さないと心に決めて頑張っていた。


 相変わらず感情を表に出すのが苦手なんですね。



「大尉、御怪我の具合は如何ですか??」



 大尉と正常な距離感を保ち尋ねる。



「お陰様で完治したわ」



 右、そして左の肩をぐるりと回して仰る。


 良かった。どこも異常は無さそうだ。


 顔色も大変良く、今直ぐにでも地の果てへと駆け出せそうな健康的な肌の色合いにほっと胸を撫で下ろす。



「召集の理由は分かりますか??」



 俺と変わらぬ位置からトアが問う。



「凡その理由は任務について、だと思う。それ以外は……。直接聞いてみないと分からないわ」



 大尉も知らされていないのか。まさかとは思うけど……。



「訓練を離れ、このまま次の任務地へと発て。と言われませんかね??」



 そう、こういった事態も想定出来てしまう。



「安心して。それは無いわ」


「どうして分かるのです??」


「特殊作戦課の任務はその都度召集された者で編制されるの。隊長の選抜試験然り、隊員然り」


 それは初耳だな。


「じゃあ……。もう大尉の下で任務を遂行出来ないのですか??」


 折角信頼と呼べる関係が構築されたのに、勿体無い。


「それを決めるのは上層部の者よ。私には決定権が無いの」



 冷たい言葉でこちらを突き放そうとするが……。ど――頑張っても僅かに口角が上がってしまうようだ。


 眉をきゅっと顰めつつも口元は込み上げて来る陽性な何かに耐え、微かに波打つようにくにゃくにゃと震えていた。


 表情を保つ事に疲れませんか?? 素直に笑えば良いのに。



「この際、私達第四分隊だけ特殊作戦課に残してくれればいいのに」


「先輩。私達は本来違う隊に属しているんですよ?? 正規の任務と認められない任務を行う課へ、正式に配属されるのは難しいですって」



 この場合はトアの言う通りかな。


 所属する隊から離れる又は転属願いを希望する場合。直属の上官の承認と許可が必要で、それに付随する形で正式な書類を上層部へと送付し認可を受け……。


 兎に角。


 隊の配置転換には面倒な手続きと、上官の許可が必要なのだ。


 俺の場合、必然的にレフ少尉からのお許しを受けなければならない。つまり、転属願いは一切合切了承されない訳。


 言っていたもんなぁ。絶対させないって。



「それに、頻繁に任務を与えられる訳じゃない。血気盛んな事は喜ばしいけどね。さ、無駄な話はお終い。行くわよ」



 そう仰ると俺達に背を向け、なだらかに頂点へと続く階段を上って行った。



「血気盛んか。トアの事じゃないの?? 似合っているわよ??」



 大尉の背を追い、階段を上りつつイリア准尉が揶揄う。


 俺もそう言おうと考えたが……。


 これ以上の痛みを受けたくないと考え思い留まったのです。



「ちょっと当て嵌まっていますけど」



 自覚症状はあるんだ。



「もっと格好良い呼び方が……。 そう!! 燃え滾る熱意を胸に秘め、沸き起こる闘志を剣に乗せ悪鬼羅刹を叩き切る最強の兵士!! という呼び名が良いですね」



「「長い」」



 喋っている途中で余程突っ込んでやろうかと口を開きそうになったが。


 渾名を一生懸命考えている最中に腰を折るのも憚れると至り、トアが言い終えた刹那に准尉と口を揃えてきっぱりと折ってやった。



「え?? もっと捻った方が良い??」


「複雑に絡み合った木の蔦みたいに捻っているからもう充分だよ」



 俺の数段後ろの階段を上っている同期へ振り向かずに話す。



「そうかしらねぇ。もっと……、そう来たか!! ってな感じで頷いて貰いたいんだけど」



 どんな感じだよ。


 体を捻ってそう言ってやろうかと考えていると頂上に辿り着きそして。



「「「……」」」



 好奇心に満ちた目又は珍妙な物を見て驚きを隠せない。そんな意図として汲み取れる多数の瞳が俺達を捉えた。



 何んと言いますか……。この場では俺達の格好は酷く浮いた存在だと思い知らされるな。



 例えるのなら薄暗い路地裏で井戸端会議を開いている野良猫達の中にポカンと口を開いて混ざっている犬。


 海の恵みを受けた獲れ立て新鮮な魚の大市場の中に佇む草臥れた野菜等々。


 高価な服に身を包む者達の前に突如としてド庶民の服装を身に纏った者達が現れたら誰だって目を丸くするだろう。



「っと……。大尉、俺達はこれからどうすればいいんですか??」


 彼等の視線から隠れる様に大尉の背に立ち、矮小な声量で言葉を漏らす。


「さぁ??」



「「「さぁ??」」」



 大尉の言葉に図らずとも全員で声を合わせてしまった。



「だって聞いていないもの。ここへ来るように指令を受けただけ、だから」



 まぁそうは言いますけどね??


 こちらとしては上官である大尉なら召集指令を発した者の一人や二人、知っていると思うのですよ。


 居たたまれない気持ちを胸に抱き、視線をどこに置こうか考えているとけたたましい足音が近付いて来た。



「お――!! 来た来た!! 待っていたぞ――っ!!」



 俺達同様、この場に似合わない惚けた声と足音だな。


 黒を基調とした指導教官の服で身を包んだビッグス教官が陽性な笑みを浮かべ、大地を蹴り弾む様に向かって来た。


 もう少し謙遜した態度と足取りで向かって来て下さいよ。一応、お偉いさん達の前なのですから。



「はっ、申し訳ありません。滞りなくこちらへと足を運ぼうと考えたのですが。伝達系統が乱れ遅れてしまいました」



 ルズ大尉がビッグス教官に対して直立不動の姿勢で答える。



「気にするな!! 俺だって召集命令が下った事を知ったのはついさっきだし」


「そうなのですか??」


「あぁ、何でも……。ほら、あそこに見えるだろ?? デカイ天幕が」



 彼が指差したのは高貴な方々が思い思いの時間を過ごす空間の遥か奥に聳え立つ白が目に痛い天幕だ。


 高さは……。凡その目測で二階建ての建物程度か。


 俺達分隊が使用する天幕とは素材も、そして広さも掛け離れた天幕を視界に捉えると息を付く。


 あれだけの物、一体幾ら出せば手に入るんだ??


 買えたとしても使用する機会に恵まれる事はないから倉庫の片隅で埃を被りそうですよね。



「あの中にマークス総司令、並びにお偉いさん方が待機して居られる。お前達はこれから総司令の下へと足を運べ」


「あ、あのビッグス教官。突然の召集にこちらとしては若干混乱を来していまして……。矮小でもいいのでどういった用件かを教えて頂けますか??」



 ルズ大尉の背中越しに問う。



「いや、だから俺も知らないんだって。美味い昼飯を食っていたら突然、こちらへ向かって来る四名を天幕まで案内しろって命令されたんだから」


「そうですか」



 ふぅむ。教官達にも知られたくない用件なのだろうか。



「お前、何かやったのか??」



 ビッグス教官が猜疑心に塗れた瞳の色でじぃっと俺の目を見て話す。



「どうして自分を名指しするので??」


 四名も居るってのに。全く、心外だよ。


「お前さんしか厄介事をしでかす者はいないからな!!」



 腕を組んで鼻息を荒げる姿が……。まぁ腹が立つ事で。



「あはは、ビッグス教官。それ、的を射ていますよ」


「だろ!?」


「トア、言い過ぎだぞ……」


「お前は俺の指導要項を木端微塵に砕いた責任があるからな。これくらい揶揄っても罰はあたらん」



 あぁ、腕立て伏せの件か。



「折角足腰が立てなくなるまで程鍛えてやろうと考えていたのに。台無しだよ!!」



 俺に当たられても困るのが本音ですね。



「総司令、政治家、軍の上層部。普段お目に掛かれない方々が待機して居られるんだ。粗相は御法度だぞ?? 気を引き締めて向かえ」


「「「了解しました」」」



「うむっ。では、こっちだ」



 意気揚々と高価な天幕へ進むビッグス教官の後を追い、高級な服達の合間を縫って行く。


 申し訳ありませんね、質素な服で。


 いや、何も高価な服にヘコヘコする理由は無いよ??


 だが……。


 如何せん、庶民のうだつが上がらない生活の陰りに身を落とすこちらとしては銭勘定には逆らえないのです。


 貧乏気質。端的に言い現せばそうとも捉えられるな。



 この先に待ち構えているのはそんな高価な服よりもっと価値を持っている方々なのだ。


 はぁ……。それを想像すると今からもう既に胃が痛む思いだ。


 頼むから穏便に事が運んでくれますように!! そして厄介な事件が舞い込んで来ませんように!!


 居もしない自分に都合の良い神様へと届かぬ祈りを叫び。この場に留まろうとする横着で重い足を引きずりつつ、目的地へと確実に近付いて行くルズ大尉の頼もしい背に続いて行った。




最後まで御覧頂き有難う御座いました。


さて、先の御話の会話で出て来たトア伍長達のお泊り会なのですが。番外編にて掲載する予定ですので御安心下さい。



今日も寒かったですよね……。


週末も寒くなるとの予報で少々気が滅入ってしまいます。体調はほぼ完治したのですがまた風邪を引かないように注意しませんといけませんね。


そしてブックマークをして頂き本当に有難う御座いました!!


読者様達の温かな応援のお陰で連載を続ける事が出来ています!!



それでは皆様、体調管理に気を付けてお休みなさいませ。

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