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第二百四十五話 友人との唐突な出会い その一

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 腹を空かせたというよりも己自身の中で沸々と煮える性欲のままに叫ぶ獣共の雄叫びが私の苛立ちを募らせてしまう。


 ここが前線基地やら戦場だったら……。



『喧しい!!』 と。



 ピーチクパーチク良く動く口を閉ざす為、言葉と同時に拳を捻じ込んでやるのだが生憎ここは訓練場。


 これからも訓練が続き更に上官たちの目も光っているので理不尽な暴力は御法度なのだ。


 あ、いや。勿論前線でも理不尽な暴力は駄目よ?? 問題なのは五月蠅さの程度なの。


 田んぼの中で鳥を驚かす仕事に精を出している案山子の様に静かに佇んでいるのに、こめかみが痛くなる五月蠅さは了承出来ないと言えば分かり易いか。


 まぁ、この馬鹿共の喧噪の唯一の救いと言えば御機嫌斜めのお腹ちゃんの音が掻き消される事ね。



 少しでも気を抜くと早く飯を寄越せ!! と。夏の夜の蛙の様にグゥグゥ鳴り。


 慎ましい量でいいから食べましょう?? と。偶に可愛くキュルリンと鳴る。



 後輩達の手前、盛大に腹の音を鳴らすのは流石の私も恥ずかしいのでひょっとしたらこの喧噪さが丁度良いのかも知れない。



「退けぇ!! 俺が誘うんだよ!!」


「あぁ!? どの面下げて言ってんだ」



 うっさいわねぇ。あんた達がそうやって叫んでいるから後ろがつかえるのよ。


 会話の内容から察するに恐らく可愛い受付の子が居るのだろう。


 飢えた獣達の中に美女が放り込まれたらそりゃこうなりますわな。



「トア」



 右隣りから先輩の声が届く。



「どうしました??」


 後輩の態度としては零点だと考えられるが、怒り心頭の状態なので先輩の方へ顔を向けずに答える。


「顔、すっごい怖いわよ??」


「そうですかね。誰だってお腹が空けば怖い顔になると思いますけど」



 あ――。もう!!


 散れ!! 鬱陶しい男共め!!



「私は慣れているけど……。ごめんねぇ?? 普段は意外と優しい顔も浮かべる子なんだけど」


「い、いえ。自分は大丈夫です」



 分隊の一人。私の二期後輩にあたる二十二期生の男性へと労いの声を掛ける。


 こういう細かい気の配りがモテる要素なのかしらねぇ……。


 模擬戦の時もやたら人気だったし。


 私もイリア先輩みたいに優しい対応を心掛ければ異性から好感を抱いて貰えるのだろうか??



 物は試し。アイツに優しい態度を取った会話を思い浮かべてみる。



『ねぇ、大丈夫?? 私が荷物を持ってあげようか??』


『お、おい。お前、変な物でも食ったのか??』



 は――い、顎を穿ちま――す。


 私の甘い優しさを受け取ると驚いて目を大きく見開き、剰え食いしん坊扱いされてしまった。


 駄目ね。やっぱり駄犬には厳しい躾が必要だ。


 モテたいとは思わないし、実際自分が異性から好意を伝えられてもびっくりして思わず一歩引いてしまうだろう。


 でも、私も女の端くれ。好いた異性に好意を抱いて欲しいのは本音なのよね。



 前でギャアギャアと蠢く鬱陶しい男共から横目でチラリと右の列を窺う。



「……」



 あっ、居た居たっ。


 相変わらずの阿保面を浮かべて私同様、心急く思いで今か今かと食事の配給を待ち望んでいた。



 どこにでも居そうな優しい顔、訓練施設を卒業した時より少し伸びた黒の髪。


 男らしく厚くなった胸板に、激務から生還を果たした傷跡の勲章が私の心の何かをチクンと刺激する。


 傷跡が好きって訳じゃないけど会う度に傷が増えて行く事が心配の種かな。


 そりゃあ、ねぇ……。



 好きな人が傷だらけで帰って来たら誰だって心配の一つや二つするでしょう。



 初めて会った時は別に何とも思わなかった。只の普通の男の人って印象を受けたわね。


 でも、馬鹿みたいな体力を駆使して馬鹿真面目な性格が功を奏したと言えばいいのか。猛者が集まるパルチザン内部でも一目を置かれる存在になってしまった。



 あ――あ。何で目立っちゃうのかな。


 これは完璧に私の我儘なんだけど……。


 出来る事なら初めて会った時の様に普通の男で居て欲しかった。同期が活躍するのは喜ばしいのだけれども、それを馬鹿正直に両手を上げて祝えない自分が妬ましい。


 あんたは強くなくてもいい。目立たなくてもいい。


 優しいままのレイドが……。



「――――。トア」


「へっ??」



 おやおや。


 横目で窺っていたつもりがいつの間にか顔全部を彼に向けてしまっていたようだ。


 先輩の声で我に返り、ぱっと振り向く。



「ど、どうしました??」


 悪戯に髪を触り己の羞恥心を誤魔化す。


「もう直ぐ私達の番だから、準備しなさいって言ったんだけど……」


「そうですか!! いやぁ!! 楽しみだなぁ!!」



 気が付けば鬱陶しい男達の群れが少なくなり、もう間も無く待ち望んだ受付が見えて来そうな場所に身を置いていた。


 あら?? いつの間に??



「受け取ったら向こうの班と合流して分隊の待機場所へ帰りましょう」


「了解です」


「――――。ねぇ」



 先輩が小声で耳打ちを始める。



「レイドお腹空いていそうだよね??」


「っ!!」


 くそう!! やはり鋭いな!!


 私が彼に向けていた視線の正解のど真ん中を射貫かれ、顔が一気に熱くなってしまった。


「ほら、良い匂いの所為で口をぽかんと開けているし」


「あ、あいつは阿保面浮かべているのが似合うんです!!」


「それも可愛いじゃない。あ、そうだ。実はさ。さっき散歩がてらにルズ大尉の分隊へお邪魔したのよ」


「大尉の所へ??」



 そう言えば小休憩時間に入った時、姿を消したわね。


 あの時か。



 ルズ大尉は任務中に受けた負傷の治療の為、私達よりも数日帰還が遅れてしまった。


 今現在行われている訓練は私達が帰還してから三日後に行われている。つまり、余程急いで前線から帰還をしたのだろう。


 急ぐ理由は恐らく先の任務の成果を上層部へ報告する為。


 伝令鳥だけでは無く己の口から真実を伝えねばならぬと、軍人らしい誠実さが彼女を突き動かしたのだ。


 もっと大人しく治療に専念すれば良かったのに。無理をして怪我が悪化したら本末転倒だし。


 まぁ、どこぞの馬鹿真面目と似て大尉は超誠実だからなぁ……。大人しくしている方が無理か。



「慎ましい挨拶を交わした後に、食事の話になってね」


「あ――。そう言えば御飯を驕ってくれるって言っていましたね」



 傷だらけの状態でボンクラと一緒に前線基地に帰還した時、頬を朱に染めて誘ってくれた。


 傍から見ても無理しているなぁ――と思っちゃうくらいに赤かったのを今でも覚えている。



「この訓練が終わった後に行きましょうと誘ったら、暫しの沈黙の後に一回だけ頷いてくれたの。任務で忙しくて年忘れも出来なかったし。それも兼ねて食べましょうって言ったら笑ってくれたんだ」


「食べるだけじゃ足りませんよね??」



 どうせだったら今まで犯してしまった失態と羞恥をお酒の力を以てして洗い落としたいのが本音だ。



「当然よ。お酒も飲みたいって言ったら、じゃあ大尉の家で飲みましょうって流れになったの」


「へぇ。確かに大尉の家なら広さも十分ですし。少々騒いでも文句言われそうにないですからね」



 流石に兵舎内で酒を持ち込んで乱痴気騒ぎを起こすのは了承出来ない。


 私でもそれくらいの分別は付く!!



「食料とお酒を買い込んでお邪魔します――って伝えておいたわ」


「了解です!! 幸い、私達はこの訓練が終わったら三十日の休暇を頂けるので。好きなだけ飲めますね!!」



 浴びる様にお酒を飲み、お腹が苦しくなるまで美味しい物を食べて、後は嫌な事を何もかも忘れて眠りに就く。


 完全完璧な休日前の夜ね。



「程々にしなさいよ?? レイドも誘うんだから」


 おっとぉ。それは想定外だった。


「あいつもですか??」


 それだと話は違う。


 酔い過ぎて吐瀉物を吐き散らす真似は流石にレイドの前では出来ないし。


「死線を共に潜った分隊ですもの、当然じゃない。それに?? 酔った彼。見たくない??」


「あ――。それは、まぁ……」



 あいつはいつも。



『酔った時の何処から湧いて来るのか分からない高揚感が苦手なんだ』 とか。


『酒は控えている』 とか。



 お前さんは真面目の代表格か!! と、思わず頭を叩きたくなる台詞を吐いているので酔っ払ったあいつがどうなるのか多大に気になるのは正直な気持ちだ。



「でしょう?? 任務中、一滴も飲まなかったし」


「ルズ大尉も飲んでいませんでしたよ」


「あ、そうか。と言う事はだよ?? 酔った二人を拝見出来る数少ない機会じゃない!! うふふ。こりゃあ楽しみだわ……」



 先輩、悪人も納得する程の悪い顔になっていますよ。



「でも、あいつ。お酒飲みますかね??」


「大尉と准尉の私が職権を振り翳せば飲むわよ」



 それは職権乱用では??


 でも、こういう時にしか飲んでくれないだろうし。そこは目を瞑りましょう。



「上官命令には従う。真面目なアイツらしいですね」



 私はそんな事をしなくても飲みますよ??


 お酒は人の心を潤してくれる素晴らしい液体ですので。



「んふふ――……。さぁって、明日の夜。酔った彼がどうなるのか。期待が溢れて今日の夜は寝られそうにないわ」


「遠出を楽しみにして眠れない子供ですか??」


「無きにしも非ず、かしら。兎も角、後で一緒に誘いましょう」



 私達二人が迫ればアイツも勢い余って首を縦に振るでしょうね。


 顔を真っ赤に染めて、嫌々ながらも酒を飲まされているボンクラの顔を想像していると聞き覚えのある女性の声がこちらに届いた。



「次の方!! どうぞ!!」



 ――――。


 うっそぉ……。こんな偶然ってあるのかしら。


 長い机のすぐ奥。


 若い女性が三角巾を可愛らしく被り明るい茶の髪を後ろに纏め、机の上に置かれている紙へと向かい難しい顔を浮かべつつ何かを筆記していた。


 私が贔屓にさせて貰っているパン屋。


 王都の街の通なら誰しもがパン屋と言えばあそこ!! と指差す店に相応しい可愛さと明るさを兼ね備えた天下無敵の店員。


 ロティがこの場に居る事に驚きを隠せないで居た。



「次の方……」



 どうやら彼女も私と同じ気持ちだったようだ。


 私の顔を見付けるなり。



「っ!!」



 太陽も満面の笑みで太鼓判を押す明るい笑みを浮かべた。



「ロティ!! 久々ね!!!!」


「トアさん!! お久しぶりですっ!!」



 二つの手を差し出し合い、お互いの十の指をがっちりと合わせて再会を祝す。


 偶然の出会いに高揚感を抱いて頬が赤いのか、それともギャアギャアと口喧しい連中の鬱陶しい誘いから発生する羞恥心で染めているのか。


 理由は不明だが兎も角、頬を朱に染めて浮かべる明るい笑みがこの場に酷く誂えた表情だと思った。



 彼女の奥には幾つもの窯が横一列に立ち並びそこから伸びた煙突からは今も温かい煙が放出されている。


 そして、その前には職人の方々が精魂を込め私達が食すパンの焼き加減の具合を確かめていた。


 普通に働いているからこうやって頬を染めているんでしょうね。


 ってか、赤く染めるのは御遠慮願いたい。


 恐らく……。というか確実にそれが野獣共のイケナイ心を刺激しているのだから。




「ルピナスさんのお家でお泊りして以来ですね!!」


「あれ?? そんな前だっけ??」



 あの日の記憶が有耶無耶な事もあるけど、見知った顔の所為か。そこまで会っていない気がするのよねぇ。


 忙し過ぎて時間の経過に気を遣う余裕も無かったのが本音かしら??


 ルピナスの家で泊まったのは確か……。そう!! 選抜試験の前々日位だ。


 そこから特殊作戦課の任務に参加して長い時間をかけて帰還。


 つまり、目の前でふぅふぅと暑そうに額から零れる汗を拭っている可愛い子ちゃんとは一か月以上会っていなかった訳ね。



「もう、そうですよ。お仕事が忙しかったのです??」


「そうそう、もう忙しいも何も。こっちは死ぬ思いで……」



 得意気に口を開き、あの任務の苦労を聞いて貰おうとすると誰かさんの爪先が私の美しい臀部を蹴りやがった。



「いたっ!! ちょっと!! 誰!?」



 猛る猪の猛突進をも余裕で止めてみせる声を放って振り向くとそこには先輩が眉を顰めて立っていた。


 私、何か悪い事でもしましたかね。



「――――、トア」



 そして静かに人差し指を立て、ぷるんと潤んだ唇に当てる。


 あ、そっか!!



「い、いや――!! ほら!! 色々忙しくててんてこ舞いだったのよ!!」



 あっぶない!!


 友人一人なら兎も角。軍人達の目の前で機密を漏らしてしまうところだった!!


 あ、いや。友達でも機密情報を漏らしたら駄目よね。


 取り繕うように捲し立て、己の醜態を誤魔化してやった。



「大変だったんですね。私も忙しくて最近は出掛ける時間も無いんですよ」


「買い物とかも行けない感じ??」


「そうなんです……。美味しい物を食べたり、可愛い装飾品を見て回りたいんですけどね」



 でしょうねぇ。


 特に欲しい物が無くても見ているだけで買い物は楽しいし。


 分かるわよ、その気持。



「あ、そうだ!!」


 おっと、どうしたのだい?? 更に光量を上げた笑みを浮かべて。


「さっき見ましたよ!!」


 見た??


「何を??」



 さっぱりと要領を得ないので首を傾げて瞬きを続けているとこれまた可愛い子がパタパタと軽快な足音を立ててやって来た。



「も――!! お姉ちゃん!! 仕事中だよ!!」


「あ、ごめん!!」


「あはは、構わないって。私の分隊にはお偉いさんが居るからだ――れも文句を言えないから。そうですよね?? イリア准尉??」


 ぱっと後ろを振り返る。


「例えそうだとしても早くしないと後ろに控えている猛犬が襲い掛かって来るわよ??」



 彼女の後ろへ視線を送ると。



「「「…………」」」



 空腹を我慢しているのか。将又新たに出現したきゃわいい女の子を標的として捉えたのか。


 幾つもの猛った目玉がこちらに向けられていた。


 性欲の塊か、己らは。



「お姉ちゃん、休憩してないでしょ??」


「そう言えば……。そうね」


「じゃあトアさんとお話しして来なよ。ここは私が受け持つからさ」


「そう?? じゃあ……。御言葉に甘えて。トアさん、こっちで話しましょうか」



 三角巾を何気なく脱いだつもりだったのだろうが。


 ロティの一つの所作が男共の何かを刺激してしまったようだ。



「「おぉぉぉ…………」」



 全貌が明らかになった可愛い御顔に周囲の男達の視線が襲い掛かった。



「さ、行きましょっ」



 彼女にとっては小さな行為。


 しかし、男達には美女がたった一枚脱いだだけでも興奮を呼び醒ましてしまう程に煌びやかに映ったのでしょうねぇ。


 くそう、どうして同じ女なのにこうも違うのかしら。


 私だってそれなりの格好をして、それなりの所作をすれば男共の性欲を大いに刺激するんだからね??


 突如として戦地に降り立った美しき女神の前へ一歩前に踏み出した。



お疲れ様でした。


現在後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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