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第二百四十四話 未知との再会 その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。




 こちらから向かって一番向こうの右の列。


「うふぅん。あなたはぁ……。四点――。ん――、あなたはぁ。ざあぁんねんっ、二点ねぇ」


「あぁ?? 誰に点数つけてんだ?? でけぇ野郎さんよぉ」



 先頭に立つ男性兵の前に巨木がずんっと聳え立ち、無駄にデカくて光る両目で先頭の彼の体を見下ろしていた。



 あ、あの――……。


 その人にそういった態度は宜しくありませんよ??



 彼との出会いは記憶の片隅に残り思い出すのも困難な出来事では無く。


 記憶の中枢にドッシリと腰を据えて鎮座し、無理矢理忘れようとしても嫌でも思い出してしまう程の衝撃的な出会いであった。


 王都の東大通りに構える大変お上品なお店、リラアレト。


 気品溢れるお店の店長であるモリュルンさんが丸太の様な腕を組み、宜しく無い意図を含めた瞳の色で彼を見つめている。



「むぅぅッフゥゥン……」



 隙あらば食ってやろうか。それとも大胆に手を出してやろうか。だが皆の手前それは了承出来ない。



 猛烈に込み上げて来るイケナイ感情と戦う思春期真っ盛りの瞳を浮かべていますね。


 ですが、食べては駄目ですよ?? 


 物理的には勿論の事、性的に食べても確実に罪に問われますから。



「あなたよ、ひよこちゃんっ」


「はぁ?? 気持ち悪い声出すなよ。ほら、分隊の番号書いたぞ。飯、持って来てくれよ。賄いさん」



 彼の命運は今決した。


 せめて彼が痛みを知らないまま逝きますようにと願ってあげた。



「ふぅぅん。そういう態度、取るのね??」



 巨大なサザエみたいな顎に指を置き。


 さてどうやって料理してやろうかと、彼の体全体をルンルンとした瞳を浮かべて見下ろす。



「不細工な面を見せんなって言ってんの。どうせなら可愛い子を受付に置いとけよ」


「ブサイク??」



 上空に浮かぶ巨大な顔が変な角度に曲がる。



「何度でも言ってやるよ、不細工ってな」


「あのね?? ひよこちゃん。ここの教官ちゃん達からこうやって言伝を得ているの。もしも生意気な態度を取る輩が居る場合、煮るなり焼くなりお好きな様に料理してやって下さいって」



 げぇっ!! 本当かよ、それ!!


 彼に待ち受けているのは地獄の業火も生温いと感じてしまう過酷な試練であると確定した。


 死すら生温い苛烈で猛烈なお仕置きが待ち構ているので今の内に謝った方が宜しいですよ??


 だが、彼は謝意を示す処か。あからさまな敵意を剥き出しにして答えた。



「それがどうしたって言うんだよ。俺がてめぇみたいな図体だけの変態に負けるかって」


「あらっ、じゃあ試して……。見る??」



 畳一畳分の広さかと見間違えてしまう右手が上空から降り注ぎ、彼の闘志を誘う位置に置く。



「握力勝負?? はっ、いいぜ。前線で鍛えた俺の力、みせてやる!! はぁっ!!!!」



 漲る闘志を力に、そして覇気に変えてモリュルンさんの畳……。基。


 男らしい手を掴んで奥歯を粉砕する勢いで噛み締めて握るが。



「んぅ――。ふぁ――……」



 前線で鍛えた筋力を以てしても一切動じずそれ処か。豪華な屋敷の玄関かと見間違うデカイ口を開いて大欠伸を放出する。



「くっ……。でやぁああああ――――ッ!!」


「あっ、ごめんなさい。勝負の途中だったわね?? ちょぉぉっと力籠めるけど。壊れないでね??」



 て、店長!! それは流石にお止めください!!


 彼はまだ訓練中の身ですよ!?


 俺の懇願虚しく店長の両目が猛烈に強く光り輝くと……。



「うんぬぅぅぅうううッ!!」



 店長の右の肩口付近の服が弾けた。そう……。弾け飛んだのだ。


 体の大きさを加味せず服の大きさの塩梅を多大に間違えたピチピチの小ささ。やたら可愛らしいフリフリした白のシャツだから破けた訳では無い。


 可愛い服でも、服は服。


 生地である布を破裂させるのには内側から常軌を逸した圧力が必要なのだ。



「あ、あはは。相変わらずだなぁ……」



 俺と同じ光景を見ていたミュントさんが呆れた声色でポツリと漏らす。



「ぎぃぃやぁぁああああ――――ッ!!」



 彼の手が小さく纏められると同時。激痛から逃れる為、店長に左の拳を捻じ込むが。



「んっ。丁度凝っていた場所よ。なぁに?? 解きほぐしてくれるのぉ??」


「ち、違う!! は、放せ!! バケモンがぁ!!」


「化け物ねぇ。私より強い子は……。まぁ、殆ど居ないけど。中には居るのよ、そういう猛者が。彼に比べたら私なんて可愛いものよ」


「そんな奴居るか!!」



 申し訳ありません。


 近くに居ます。



「兎に角放せ!! 手が砕ける!!」


「え――?? なぁにぃ?? こういう時に話す言葉があるんじゃなぁい??」


「し、知るか!! 化け物相手に何を言っても無駄だろぅが!!」


「あっそ。他の子達に迷惑だし、その口ぃ。閉ざして、あ、げ、る……」



 い、いやいや。まさかとは思いますけども……。



 平和的な空模様の下で行われているあの惨状をこの場に居る全員が固唾を飲み込み注目していた。


 掴んでいる彼の右手をグイっと引き寄せ、空いている左の腕で彼の体を決して逃さぬ様にがっしりと拘束。


 そして、そして……。



「い、嫌だ!! 止めろ!!!!」


 刻一刻と断罪の時が迫る。


「あなたの顔、結構好みなのよねぇ。腕の傷跡、微妙に抜けていない甘さ、そしてぇ。傷がついたお、か、お……」


 モリュルンさんがじぃぃっと彼の顔を覗き込み距離を縮めると拘束された彼は肩を震わせ、まるで世界最悪の悪魔を見る様な怯えた目付きで見上げていた。



「ご、ごめんなさい!! もうしませんから放して下さい!!」


「遅いわ……。一度燃え上がった私の炎は早々鎮火しないの」


「や、やめて……。お願いします……」


「じゃあ……。もぎたて新鮮な果実を……。頂きますっ」


「ぎ、ぎぃぃいいやあぁああぁああぁあああ――ッ!! んぐぅ!?」


「んぅ――――っ」



 う、うわぁ……。酷い絵面だな。


 彼の顔をほぼ覆い尽くす巨大な口がキュポっと被さると、葡萄の皮を唇で吸い出す様に徐々に顔の形が変わっていく。


 その吸引力の凄まじさときたら……。


 瞼、頬、果ては額。


 顔面のありとあらゆる皮膚がモニュルンさんの口内へと吸い込まれて行ってしまう。



「ンンッ!? ン――――!!!!」


 彼の断末魔の叫び声が店長の『口内』 から虚しく響くが。


「ズゾゾゾォォッ!!!!」



 その声を受けてイケナイ何かを刺激されてしまったモリュルンさんが更に吸引力を高めてしまう。


 このままでは顔処か、上半身全部があの馬鹿げた大きさの口に吸い込まれてしまうのではないか??



「「「……っ」」」



 身の毛もよだつ恐怖現象よりも恐ろしい姿を想像してしまったほぼ全員が地面へサっと視線を落としてしまった。



 だ、駄目だ!! これ以上直視出来ない!!!!


 己の正気度を保つ為、俺も皆に倣って瞼の筋力を全開放して目を瞑った。


 その約三十秒後。



「ん――――ッ……。ン゛ン゛ゥ゛ッ!!!! プッ、ハァァッ」



 キュポンっと。固く閉ざされたワインの栓を力強く抜く音が豪快に響き渡った。


 何、今の音……。



「フウ゛ゥゥ……。御馳走様でしたっ。ほらぁ、皆ぁ!! お行儀良く並ばないと彼みたいになっちゃうからねぇ――」


「「「は、はいっ!!!!」」」



 下手な教官の叱咤よりもモリュルンさんの発言の方が効くだろうなぁ。



「あ……。うぁぁ……」



 皆一様に怯えた目を浮かべ、彼の亡骸……。いいや、魂が抜け落ち顔面の顔が変形してしまった彼の姿を捉えると背筋を伸ばし、清く正しい所作で整列を開始した。



「ちょ、ちょっと!! 何で店長が居るんですか!!」


「俺に聞かれても知らないよ!! 兎に角、ここは端の列だ。バレない様に、慎ましく食事を受け取ったら退散しよう!!」


「賛成です!!」



 猛った店長を鎮める術を知らぬ身としては非常に不味いのですよ。



「うぅっ……」



 地面に横たわり口から泡を吐き出し、白目を向いて失神している彼の様に顔を変形させられたくないのでね。



「お次の方、どうぞ!!」


「は、はいっ!!」



 列の先頭に立ち、受付の男性の声を受けた途端に駆け出した。



「こちらに……。分隊の番号を記入して頂けますか??」


 彼から差し出された紙の中央に囲まれた線が描かれているので。


「了解しました!!」



 脱兎も驚く速さで羽筆を受け取り、颯爽と番号を記入しようとするが……。筆先が俺の希望を叶える事は無かった。



「も、申し訳ありません!! 墨が切れて書けません!!」


 何でこんな時に墨が切れるんだよ!!


「あぁ、はいはい……」



 俺の逸る気持ちとは裏腹に受付の男性が机の下に手をのんびりと伸ばす。


 お願いしますから早くして下さい!!



「はい、どうぞ」


「あ、ありがとうございます!!」



 硝子の蓋を開け、筆の先をとっぷりと浸からせ書く態勢が漸く整う。


 そして、筆先を紙に接着させた刹那。


 太陽の光を塞ぐ不穏な影がぬぅっと紙の上に出現した。



「四点――。はぁぁ、三点……。う、うふふふふ……。二億点、み――つけた――――っ」


「あ、あはは。ど、どうも。店長……」



 カタカタと震える筆を止め、恐る恐る顔を上げ……。



「お久しぶりねぇっ!!」

「距離感っ!!!!」



 丁寧に話そうと考えたが思わず心に浮かんだ言葉が口から飛び出してしまった。


 そりゃそうだろう。


 目の前に突如としてこんなデカイ顔が接近して来たら誰だって慌てるだろうさ。


 大接近されて気付いたのだが……。


 遠目に見ると恐ろしいまでに猛った瞳なのですが、近くで見ると乙女の様に煌びやかに光り輝き。そしてその上の睫毛は可愛くキュルンっと上向きに生え揃っていた。


 別に必要のない情報だから頭の中から消去してやりたいが、この情報も記憶の中枢にしっかりと腰を据えてしまったので俺が生を終えるその時まで消える事は無いのだろう。 



「あらっ、ごめんなさいっ。ちょっと猛っちゃっててねぇ」



 でしょうね。


 じゅるりと何かを思い出す様に口元を手の甲で拭いていますからね。



「お元気そうで何よりです」



 えぇっと……。これ位、かな。


 モリュルンさんの体に合わせて微妙に手を上げ、キチンと距離感を測り正常な距離を保つ。


 真夜中に浮かぶ満月ってやたら大きく見えるけど、多分それは周りに対象物の大きさを測る比較対象物が無い為に大きく見えるのだろう。


 それはあくまでも天然自然の物に対する事象なのであり。人間に対して行うのはお門違い。いいや、お門違い処か使う方が可笑しいのだ。



「あら?? 遠近法??」


「い、いえいえ!! ちょっと筋肉が痛んでいますので柔軟しようかなぁって。アハハ……」



 取り敢えず当たり障りの無い笑みを浮かべ、ちょっと無理がある言い訳を添えておいた。



「まぁ何はともあれレイドちゃんもお元気そうねっ。それにぃ、ミュントちゃん。レンカちゃん、こっちに来なさいっ」


「は、はぁ――い。ほら、レンカ。怯えていないで行くわよ」


「わ、分かった」



 レンカさんの声が聞こえないと思ったら……。怯えていたんだ。



「え、ええと。お久ぶりです。店長……」


「ごっほぉぉんっ!!」



 一般人が店長の所作を行えば咳払いなのだろうが。


 生憎、規格外の大きさを誇る店長が行うと野獣の雄叫びに聞こえてしまいます。



「ルンさん……」



 ミュントさんが恥ずかしそうに頬を朱に染め、その数秒後に正答を述べた。



「んぅっ!! 良く出来ましたっ!! それよりぃ、見ていたわよぉ?? レイドちゃんの訓練内容」


「お仕事はどうしたんですか??」



 その為にここへと来ているのに。


 それに俺の訓練姿を見ても面白くないだろう。



「そんな事、後でも構わないわ」



 後じゃ駄目でしょ。



「凄かったじゃない。腕立て伏せに、模擬戦。並みの戦士じゃあそこまで活躍出来ないわよ??」



 模擬戦の時は凄い人だかりが出来ていたから見れない……。あ、いや。標高差を加味すれば余裕じゃないか。


 人間山脈の頂上から映った俺の姿に満足して頂けた様ですね。



「日頃の鍛錬の賜物ですよ」



 思わず目を細めてしまう程の光量を放つ巨大な二つの目に対して模範解答を述べる。



「ふぅん。それだけ激しく運動しているのねぇ。もしかしてぇ、ベッドの上……」


「オホン!!」



 今度はこちらが一般人の咳払いをして彼の口を止めてあげた。



「冗談よ。でも……」

『私と交わした約束。守ってくれてるみたいで嬉しいわ』



 ミュントさんへと視線を送り、そしてこちらを再び捉えて静かに話す。



『今回は偶々分隊が同じですからね。それで、ですよ』



 俺もモリュルンさんに倣い小声で返した。



『それでも十分過ぎる程だと思うわよ。きゃあきゃあと絡みついて来ても邪険にして払わないし』



 そこまで見ていたなんて……。こりゃより一層気を抜けなくなっちまったぞ。


 何か気に入らない事があの巨大な吸引口に吸い込まれちまうし……。



「ま、まぁ……。約束を反故にするのは男として情けないですからね」


「レイドちゃんの温かい男気って奴ね。嬉しいっ」



 体をくねらせないで下さい……。


 過剰積載かと思われる筋肉の装甲で覆われた巨体を、軟体動物の様に柔らかく動かす様が心をざわつかせた。



「長話しもここまでにしようかしらね。お腹、空いているでしょ??」


「はい、存分に」



 店長の姿格好は一先ず置いておき、このお店の味は大変宜しいのですよ。


 それを見越してか。空腹が早く栄養を寄越せと五月蠅いのです。



「それを聞けて安心したわ。飢えた者共の胃袋を満たす為に知り合いの料理人と店を尋ねてね?? お店からがっぽりと攫って来たのよ」



 誘拐犯ですか??



「私達市井の料理人が今何を出来るのか。そう考えて計画したのよ」


「店長が計画したんですか?? 今回の催しは」



「そっ。それでね?? あそこのパン屋さんのご主人とは顔見知りで、ついでに誘ったら一つ返事で了承してくれたの。俺達が今出来るのは、戦う者達の胃袋を満たすだけだってさ!! もぅ――。一々カッコいいから子宮がキュンキュンしちゃったの!!」



 絶対付いていないですよね??


 前歯の裏まで出掛かった言葉を必死の思いで御した。



「食材代、料理人の出張料。得られる利益は極僅か。でも、私はここに来られて嬉しいの」


「何故です??」


「戦士達の弾ける筋肉!! 飛び散る汗!! 揺れる胸筋っ!! 出来る事なら、邪魔な服を引っぺがして、生まれたまま……」


「おほんっ!!」



 それ以上は了承しかねます。


 この場に酷く合った咳払いを放ち、モリュルンさんの狼藉を食い止める。



「冗談よ。本当はね?? ミュントちゃんもそうなんだけど。ちゃんと戦いに向けて鍛えているのか。それを確認したかったの」


「自分達が給料に似合った働きをしているのかをそのデ……。コホン。目に入れたかったのですね」


「正解っ。――――。ほら、良くない噂も聞くからさ」



 一段……。じゃあない。


 一般人の声量よりも二十段ほど落とした声量で話す。



「噂??」



 何だろう。



「西のオーク達、今は大人しくしているけど……。何か良からぬことを考えて計画しているんじゃないかぁって。小耳……」


 十分デカイですよ?? 背の高い栗鼠位ありますから。


「……に挟んだから気になってさ」


「誰から伺いました??」



 まさかとは思うけど、先日行われた特殊作戦課の任務の結果を知っているのか??



「女には秘密の引き出しが幾つもあるの。詮索する男は嫌われるわよ??」


「は、はぁ……」



 顔と体と比例する様にモリュルンさんの人脈も広いって事かね。


 東大通り沿いに店を構えているんだし。高価なお店には高貴なお客様が足を運ばれ、そこで培った伝手。恐らくこういう事でしょう。


 あれこれと詮索したいのは山々なんですけど、これ以上巨大なサザエの接近を許す訳にはいかぬ。


 二歩離れた位置から相槌を放った。



「今回の御話しはここまでっ!! さっ、たぁんと召し上がれ!!」



 やっと料理のお出ましですか。


 モリュルンさんが仰々しく両手を広げると、馨しい香りと共に待ち望んでいた品が登場してくれた。



「「「おぉ!!」」」



 大きなお盆の上には六つの大きな木箱が乗せられている。


 美しい四角形の中には白い蒸気を放つ炊き立てのお米さん、肉汁がじゅわりと滴り赤と黒の色彩が食欲をそそるお肉。


 大地の恵みをこれでもかと吸い取った根菜類達が横たわり俺の視界を独占してしまっていた。



 もう既に美味さが口の中一杯に広がっている。


 こりゃあ贅沢過ぎるお弁当だな。


 これだけの品を毎日提供してくれる女性なら二つ返事で結婚を思わず了承してしまうであろう。


 俗に言う、胃袋をがっつり掴まれたって奴。



「御飯大盛で乗せておいたからねっ。沢山食べて、午後からに備えなさい!!」


「ありがとうございます!! ミュントさん、レンカさん。受け取って戻ろうか」


「そうですね!!」


「了解しました」



 先ず俺がお盆を受け取り、次にレンカさんが受け取る。


 そして、最後にミュントさんがお盆を受け取るとモリュルンさんが彼女のか細い手をきゅっと掴んだ。



「わっ。どうしました??」



 慌てるミュントさんに馬鹿デカイ顔が近付き、そっと耳打ちを始めた。



『んふっ、ミュントちゃんっ。今日は絶好の機会よ』


『はい??』


『も――。おま――せさんっ。二日間、ここで過ごすのよ?? つまり、夜も一緒に過ごすって事。彼、奥手だからこっちからズンズン攻めないと駄目よ』


『そ、そんな!! 今は訓練中ですよ!?』



 何話しているんだろう??


 ニヤニヤと笑みを浮かべるサザエに対し、ミュントさんは心配になる程に顔が真っ赤に染まっている。



『そぉんなの関係ありませんっ。夜、機会を見計らってぱくっと食べちゃいなさい』


『無理ですよぉ!! 夜這いじゃないですか!!』


『他の女の子に取られちゃってもいいのぉ?? ここに来てからレイドちゃんの様子を窺っていたんだけどね?? 彼、私の予想以上にモテちゃってるのよ。私の算段ではぁ……』



 彼女からデカイ顔を放し、何処かへ向かって数える様に指を指していく。


 何を数えているんだろう。今まで食べた男の人の……。そんな訳ないか。



『ざっと見繕って……。五人は居るわよ』


『ご、五人も!?』



 赤から青へ。


 ミュントさんも大変だなぁ。


 きっとあれこれと説教を説かれているのだろうさ。


 あの顔で説教されたら堪えそうだもん。



『不味いでしょ?? しかもぉ……。ほら、あそこに居るレイドちゃんの頭叩いた子』


『えっと……。トア先輩ですね』


『そんな名前なんだ。あの子、もうレイドちゃんに完全にホの字よ』


『うっそ!?』


『女には分かるのよ。きっと、ううん。絶対、過去にレイドちゃんと何かあった筈。しかもぉ。レイドちゃんはトアちゃんに対して完全に気を許しているしぃ。もし、トアちゃんが獣の如く襲い掛かったら体を預けちゃうだろうなぁ』



「…………」



 ん?? 俺の顔に何か付いているのか??


 ミュントさんが鋭い目付きでこちらをじぃっと注視する。



「お――い!! 早く行くぞぉ!!」



 これ以上ここで御飯のお預けを食らうのは体に堪えます。


 早く食べたいのですよっと。



「分かりました!! てん……。ルンさんっ!! で、出来る限りの事はしてみせます!!」


「うんっ!! それこそ狩人よ!! 狩って狩って狩りまくりなさい!!」


「は、はいっ!!」



 狩る??


 狩猟の誘いでも受けたのかな。


 お盆を持つ反対の手でぎゅっと拳を握りしめ、彼女の倍以上もあるモリュルンさんの無駄にデカ過ぎる拳とコツンと合わせた。



「それじゃあ行って来ます!!」



「いってらっしゃい。――――。あら、あなた中々美味しそうな体付きしているわねっ!!」

「近いっ!!!!」



 あ、あはは。あまり好き勝手に好物を貪ってお偉いさん方から御咎めを食らっても知りませんからね。



「もぅ――。恥ずかしがり屋さんなんだからっ。後そこのお嬢ちゃん、遠くに居る様に見えて実は結構近くに居るから手を下ろしなさい」



 右手を前方に翳し、遠そうに見えて実は結構近くに存在する山との正確な距離を測っていた女性に睨みを利かせた。



「ご、ごめんなさい!!」



 巨大な顔から注意を受け取ると慌てて右手を下ろし、姿勢を正して謝意を表す。


 まぁ彼女の気持ちは分からないでもない。俺もついつい距離を測ってしまいますもの。



 この世の理から外れた超生物の射程圏外に身を置き、安全安心が確保された場所からさり気なく距離を測るが……。



 うん、まだ意外と近くに居ましたね。


 モリュルンさんの体格なら数歩で息の掛かる距離に到達する事でしょう。



「お待たせしました!!」


「気にしていないよ。所で……。店長と何を話していたの??」


 軽い足取りでやって来たミュントさんを迎え、分隊の待機所へと進みながら問う。


「え?? え――っと。女同士の会話ですよ!!」



 女同士……。


 その点に付いて多大に疑問は残るけど。



「そっか。それじゃあ男の俺は首を突っ込む訳にはいかないね」


「そうです!! はぁ――。緊張するなぁ……」



 初めての狩猟は緊張すると聞いた事があるし。



「初めてだと緊張する??」


 特に気を遣う事も無く、何とも無しに尋ねた。


「へ?? え、えぇ。そりゃあ、まぁ……」



 狩人の心得は無いが、いつかリューヴから狩猟の話を聞いた事がある。鼻高々と話す訳では無いけど、初めての狩猟の何かの役に立てば良いと考え口を開いた。



「獲物に逃げられたら慌てず慎重に追いかけるんだ」


「ほ、ほう」


「音を立てずに忍び寄り、殺気を消す。そして獲物に向けて渾身の気持ちを籠めて穿つんだ」



 弓を構える手が震えるだろうけど、そこは初経験だから致し方ないでしょう。


 例え外したとしてもモリュルンさんが穿ってくれるさ。



「う、穿つんですか!?」



 え?? そんなに驚く事??



「そりゃそうでしょ。逃げられたら駄目だし」


「え、え――……。上ですか?? それとも、その……。下ですか??」



 もじもじするとお盆を落としますよっと。



「ん――。まぁ、下かな」



 獲物の頭を狙うよりも体の方が圧倒的に的が大きいし。



「し、下ぁ!?」


「うん。奥まで確実に穿つのがコツだぞ」



 命を粗末にしない為にも確実に射殺すのには急所を穿つ。そして生を感謝しつつ命を頂くのだ。



「奥……、ですか」


「そうだ。躊躇う必要は無い、中途半端な気持ちは相手に失礼だからな」


「苦痛に悶える姿を浮かべても??」


「あぁ、楽にしてやるんだ」



 絶命に至る攻撃を与えても必死に生き永らえようとする命の輝きを断つ事は狩人に与えられた使命。


 そうして命の尊厳を実感して、大切に頂くのです。



「で、出来るかなぁ……」


「最初はおっかなびっくりになると思うけど、要は慣れだよ」


「慣れそうにありませんけど??」


「回数を熟すんだ。震える手を御し渾身の一撃を、心を籠めて穿つ。反芻すれば自ずと体が応えてくれるさ」


「分かりましたっ!! 頑張って先輩の御要望に応えてみせますね!!」



 俺の??


 モリュルンさんとの狩りの事じゃないのかな??


 まぁ、別にいいか。女同士の会話に首を突っ込む訳にはいけないし。


 迷いが晴れたミュントさんの顔に多少の疑問を覚えつつも空腹には勝る事は無く。その腹に催促される様に足を忙しなく動かしながら待機所へと向かって行った。




お疲れ様でした。


帰宅とほぼ同時に投稿をさせて頂きました。投稿時間が遅れた事をお詫び申し上げます。



さて、私事ですが昨晩の夜の番組で『細かすぎて伝わらないモノマネ』 を鑑賞していたのですが……。


妙に嵌ってしまったネタが多過ぎて腹筋がつりそうになってしまいましたよ。


ひょんな事から女の部分が出てしまうネタでしたり。


課金して三連ガチャを引くものの弱いキャラが出て来てしまった。等々。大いに笑わさせて頂きました。


タイミング良く 「弱―ーいっ!!!!」 と叫ぶシーンで飲んでいたお茶を吹き出しそうになってしまいましたもの。 



そして、ブックマークをして頂き有難う御座います!!


プロット執筆の嬉しい励みとなりました!!!!



それでは皆様、お休みなさいませ。


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