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第二百四十話 第五区画決勝戦の開始 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 鍛え抜かれた腕から迸る汗、熱い魂から放たれる闘志の熱量、そして戦う両者の闘気に当てられた観衆の熱気の相乗効果によりこの区画だけが異常な盛り上がりを見せていた。


 空気を震わす男性の野太い声が響くと戦士の闘志の火を炎へと昇華させ、歓声が地に轟くと拳の鋭さが増し、大勢の戦士達の雄叫びが天へと昇り戦いを司る女神の口角を柔らかく曲げる。


 ここは敵味方両軍入り乱れる戦場かと錯覚させる空気の中、二名の戦士達が決勝戦に相応しい戦いを繰り広げていた。



「アッシュ――!! もう少しで二人抜きだぞ――!!」


「レンカを見習いやがれ!!」


「気合入れろやぁ!! 雑魚野郎!!」


「誰が雑魚だぁ!! てめぇ、後でぶん殴ってやるからなぁ!?」



 いやいや、集中しましょうよ。この区画の優勝を決める大事な決勝戦ですからね。



 大勢の観衆の中から響いた声の通り。


 先鋒のレンカさんが二つ。次鋒であるアッシュが二つの勝利を我が分隊へと届けてくれようとしている。


 そして、間も無く四つ目の勝利の吉報が届く頃だ。



「おらぁっ!!」


「うぶっ!?」



 うわっ、痛そう。


 アッシュの右の拳が相手の防御を突き破り腹部に深く突き刺さると、相対する彼の体は苦しそうに折れ曲がり地面へと両膝を着けてしまった。



「一本、そこまで」


「ぜぇ……。ぜぇ……。て、手こずらせやがって」



 イリア准尉とトアの隊は戦力の均衡を考えられていた為か、彼女達二名以外は二十二期生のみで編制されていた。


 そりゃそうだよな。これで俺達ニ十期生や一期先輩達が編制されていたら流石に抗議の声を上げるだろう。


 あの分隊だけ卑怯です!! ってね。


 大将はイリア准尉、副将は我が同期。


 その前に待ち構える前衛四名をアッシュとレンカさん二人で倒してしまった訳だ。



「お――。アッシュ、やるじゃ――ん」


「褒めてつかわす!!」


「お前ら何様だぁ!!」



 陽気なシフォムさんとミュントさんに掠れた声で応えた。



 あの枯れた声色……。流石に決勝戦まで勝ち残ると体力的に厳しいか。だが、これで向こうの大半の戦力を削いだ事になる。後は残り二名。


 その二名が途轍もなく厄介なんだよねぇ……。



「よしっ!! 先輩っ、行ってきます!!」


「いってらっしゃい。優しく相手してあげなさいよ――」


「分かっていますよ。相手は訓練生だから手加減しますって」


「…………」



 トアとイリア准尉の日常会話に腹を立てたアッシュの目が険しくなる。


 そりゃそうだろうなぁ。


 今から戦うってのに、呑気な声で会話を続けられたら男として看過出来ぬであろうさ。



「よっ、お待たせ」


「宜しくです、先輩」



 おぅ?? 俺に対する接し方とはまた随分違うね??


 トアに対しては誠意とも憧れとも受け取れる言葉と態度を使用していた。



「二人共、準備はいい??」



 スレイン教官が静かに闘志を燃やす二人に問う。



「構いませんよ」


「あぁ、準備万端だぜ」


「よし。では、始めっ」



 合図の開始と同時にアッシュが一歩、いや二歩程後退してトアから距離を取った。


 先ずは様子見。


 そう考えての行為なのだろうが……。



「あ……。馬鹿!!」



 その行為を見た俺はつい声を荒げてしまった。


 三度の飯よりも怒涛の攻めが大好きな彼女が大人しく指を咥えて後退を見逃す筈は無い。



 後ろ足加重の体となったアッシュへ容赦の無い攻めが降り注ぐ。



「そりゃぁぁああああ!!!!」


「くっ……」



 一歩出遅れた体にトアの連打はさぞかし速くそして苛烈に見えるだろう。


 左右の連打を両腕で防ぎ、防ぎきれぬと考えた攻撃は身のこなしで躱す。



「ほほぉ!! 私の攻撃を見ても物怖じしないのは褒めてあげるわ!!」


「そりゃ、どうも!!」



 相手の攻撃に目が慣れて来たのかそれとも絶え間ない攻撃の連続で彼女の攻撃に精細が欠けたのか、口を開く余裕を持ってトアに返事を返す。



 う――ん……。いかんなぁ。


 その余裕を与えるのがその攻撃の目的なんですよっと。


 俺の予想なら……。



「ふっ!!」



 そうそう、この左だ。


 トアが連打の合間に放った一見隙がある様に見える左の拳。実はコレ、非常に厄介な誘いなんですよ。


 必死に躱し続ける攻撃の連打の中に偶発的に生まれた幸運の一発。


 恐らくアッシュには堪らなく美味しそうな攻撃に見える事でしょう。



「っ!!」



 案の定、トアの誘いの左を捉えたアッシュは煌びやかな瞳を浮かべてしまった。


 その瞳は。



『しめた!!』



 確実にそう言っていた。


 あぁ……。誘われちまった……。


 後は相手をどう料理するか。ここからはもうトアの独壇場だ。恐らく彼女の頭の中には相手を美味しそうに仕留める料理方法が見えている事でしょう。



「貰ったぁ!!」



 トアの誘いの左を弾き、人間としては素晴らしい踏み込み速度で彼女の必殺の間合いへ自ら飛び込んで行くと。



「――――。はいっ、お疲れ」

「うぶっ!?」



 これを待っていました。


 そう言わんばかりの右の拳がアッシュの顎を跳ね上げてしまった。



「そこまでよ、一本」


「「「うぉおおおおお――――ッ!!!!」」」



 トアが見せた動きに観衆が沸き立ち彼女の勝利を鮮やかに彩った。


 くそぅ。


 あわよくば勝利してくれると思ったが……。己の願望が蜜よりも甘いものだと痛烈に感じてしまった。


 俺にまで出番が回って来て欲しくないのです。


 この区画に集まった異常に多い観衆の中。



「「「……」」」



 彼等とは相容れぬ存在の方々が俺達に向けて熱い視線を送っているのでね。


 戦士達の中に浮かぶ沢山の瞳はまるで骨董品の競売に参加した者達が品定めする様に厳しく光り決勝戦に臨んでいる俺達に突き刺さっている。そして時折数名が耳打ちして情報の共有を図っていた。



 お偉いさん達がこの区画に沢山集まっている理由は伺い知れぬが、その中でも特に異彩を放つ人物に思わず目が留まる。



 あの人は一体誰だろう??


 シエルさんは勿論知っていますよ?? 何度もお会いした事がありますので。


 俺の瞳と彼女の瞳が刹那に触れると。



「……っ」



 シエルさんが本当によく見ないと分からない程に口角を上げた。


 それに小恥ずかしさを覚え慌てて視線を外し、気を取り直して彼女の後方へと視線を送る。



 件の男性がお偉いさんなのは立っている位置、そして着用している高価な服で察する事が出来る。


 背丈は俺と然程変わらぬが、真摯な服が苦しそうに悲鳴を上げる程盛り上がった胸筋。端整で紳士な顔と落ち着いた出で立ち。彼が醸し出す高貴な雰囲気に良く似合う整った黒みがかった茶の短髪。


 年齢的には三十代半頃といったところかな。


 お年を召した地位の高い者達の中に若い世代が。しかも一人だけその場に相応しくない筋力を装備していれば嫌でも目立つでしょう。



「なぁ、リネア。あの人知ってる??」



 俺の右隣り。


 トアの動きを見逃すまいと注視していた彼女に問う。



「あの人??」


 こちらの声を受けて俺の視線の先を追う。


「ほら、あそこで浮いている存在の男の人だよ」


「えっと……。申し訳ありません。分からないです」


「そっか。気にならない?? お年を召した人達の中に一人だけ若い人が居たら」


「気にならないです。今はトア先輩の動きだけに集中していましたので」


「あ、ごめん」



 戦いへ赴こうとしている人の気を断つのは宜しく無いですよね。


 ポツリと謝意を述べたが。



「……」



 彼女はこちらへ一切視線を送る事無く、件の彼女へと視線を注ぎ続けていた。


 そんなに勝ちたいのかな。


 集中するのは良い事だけど、今からそんなに気を張っていたら疲れちゃうよ??



「では、次の者。前へ」


「いてぇ……」



 トアに敗北を喫したアッシュが腹を抑えて戻り、次なる対戦者をスレイン教官が催促する。


 次は予定通りならシフォムさんだ。


 頼むぞ――……。一矢報いろとまでは言わないが、次に控える者達の為により多くの体力を削ってくれ!!



「ほいじゃ行って来るね――」


「シフォム!! 絶対油断するんじゃないわよ!?」



 ミュントさんが友人の背に覇気ある声を送ると戦いの場で待つトアが驚くべき発言を発した。



「スレイン教官。二人同時に相手を務めても構いませんか??」


「それはどういう意味」


「次に控えるのはミュントと……。ごめんね?? 名前知らないや」



 シフォムさんへ視線を送って話す。



「あ、シフォムっていいます」


「ありがとっ。昼休みまでの時間が押していますのでミュントとシフォムを同時に相手にしたいと考えています。時短、という感じでどうですか??」


「「……」」



 二人同時。


 その言葉にちょっとだけ怒りを滲ませた二人がトアを睨む。



「別に私は構わないわ。二人同時に相手をしてはいけないという取り決めは無いからね。シフォム、ミュント。どうする??」



 教官が二人へチラリと視線を送った。



「勿論了承しますよ!!」

「賛成――」



 でしょうね。


 一対一より二人掛かりの方が勝算は高い。何よりあの高くなった鼻を折ってやりたい気持ちが強いのだろうさ。


 二人が珍しく闘志を籠めた瞳でスレイン教官へそう答えた。



「宜しい、では二人共。前へ」


「トア先輩!! 後悔しても知りませんからね!?」


「そ――そ――。私達、二十二期生の中では結構やる方なんですからね――」



 鼻息を荒げ、腕の筋力を慣らしつつ話す。



「はいはい。軽く揉んであげるから掛かって来なさい」



 あの挑発に乗らなきゃいいけど……。



「さ、さっきの仕返しをしてやります!!」


「あぁ……。あんたって色々と柔らかいよね。まだ横着な指が満足していないのか。ほら、その美味そうな脇腹のお肉を求めて私の十指が飢えているもん」



 トアが両手を前に翳し、十の指をワチャワチャと動かす。



「こ、後輩に対しては優しく接するのが先輩の役割なのですよ!?」


「あ、それ分かります。私も隙を見付けるとついつい触っちゃいますもの」



 一人プンスカと怒るミュントさんの脇腹をシフォムさんが指で摘まむ。



「ちょ!! 人前で止めてよね!!」


「あ、ずっる。私も参加させてよ」


「駄目ですっ!! トア先輩が参加したら私失神しちゃいますから!!!!」



「「「あはははっ!!!!」」」



 何やってんだか……。戦いの前だってのに気を抜くのは了承出来ませんよ。


 観衆から立ち昇る愉快な笑い声に微かな羞恥が生まれてしまい、やれやれといった感じで大きな溜息を吐き出してしまった。




お疲れ様でした。


現在後半部分の編集作業中ですので今暫くお待ち下さいませ。

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