第二百三十七話 猛犬×狼 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿なります。
お、お腹が痛い……。
表面の肌とかじゃなくて腹筋の奥がじわぁっと熱を持って燃えている感じだ。
同期の仇を取る為に意気揚々と出て行ったのは良いが、何も出来ずに敗北を喫してしまった。
瞬き一つする間に受けたびっくりするくらいの一撃。
そう、たった一撃で負けてここまでの痛手を負った経験は初めて。訓練所でも受けた事が無い衝撃の強さだった。
真面目そうに見えてとんでもない攻撃を加えてくるんだもん。驚きを通り越して呆気に取られちゃうよ。
大人しそうな顔を浮かべてはいるけどその実、静かに研いでいた鋭い牙を一気苛烈に打ち込む。
あの人は人間の皮を被った獰猛な猛犬って感じだな。
猛犬さんに挑むものの、誰しもが実力不足であると判断出来る素晴らしい負けっぷりを惜し気も無く披露。
憐れな子犬ちゃんは力及ばず分隊の待機所で残り二名となった隊員達へ視線を送っていた。
「リネア!! 頼む!! 頑張ってくれ!!」
レイド先輩はいつの間にか自分の事の様に熱中しちゃってるし。
その熱い視線を独占したかったなぁ。
速攻で負けちゃったのを今更後悔しても時既に遅し。本当は……。
『ミュントさん!! 凄いじゃないか!!』
そうそう、勝利を収めた私の体をカッコイイ腕でぎゅっと抱き締めてくれるんだ。
『ふ、普通ですよ。普通!!』
本当は物凄く嬉しいんだけど、照れ隠しでちょっとそっぽを向いちゃうの。
レイド先輩も恥ずかしがり屋さんですからね、勢いで抱き着いたのはいいんだけど私と同じで。
『あ……。ご、ごめん』
ぱっと手を離しちゃうんだよね。
でもぉ、独り占めしたいから離すのは許しませんっ。
『ちょ、ちょっと!!』
男らしい胸の中にポスンと顔を埋め、体の中一杯に彼の香りを閉じ込めるんだ。
ツンっと男らしい香りと女心を擽る汗の香りが私のイケナイ心を刺激してしまう。
その香りだけじゃ我慢出来なくなって潤んだ瞳で彼を見上げると。
『……』
私の瞳の魔力に魅入られてぼ――としちゃうの。
そして、そしてぇっ!! 見つめ合う二人はそっと唇を合わせ……。
「うぁっ!!」
「一本よ、それまで」
女性の苦しそうな呻き声によって明後日の方向へと向かって行く妄想が現実に帰って来てしまった。
あらあら……。リネア先輩も負けちゃいましたか……。痛そうに顎を抑えて右膝を地面に着けちゃってるし。
凄いなぁ、あの人。たった一人で五人抜きだもんね。
流石、現役の兵士さんとでも言いましょうか。
「レイド先輩、申し訳ありませんでした」
「大丈夫。俺が皆の仇を取るよ」
そうそう!! 我ら八十八分隊にはレイド先輩が居るのだ!!
あぁんな優しそうな顔をしていも中身は別人なんです。
対峙する真面目そうな人が猛犬なら、レイド先輩は神をも噛み殺す獰猛な牙を持つ狼さんだ。
犬が狼に勝てぬようにレイド先輩には誰にも勝てないんですからね!!
「いってぇ……」
戦いの場へと向かって行く凛々しい背中をうっとりとして見つめていると、情けない男の声が背から響く。
「アッシュ、完敗だったもんね。意気揚々と出て行ったのはいいけどさ――。無防備な横っ面に思いっきり受けたじゃん」
「うっせぇなぁ、ミュント。見切った筈だったんだよ」
「筈じゃあ困りますなぁ――。確実に見切って頂かないと」
「お前らだって速攻で負けただろ!!」
うっ……。痛い所を突いて来るわね。
私も、そしてシフォムも僅か数手であの人に負けちゃった。
猛犬さんと戦った正直な感想としては……。
何をされたか分からぬ内に敗北を喫した、かな。しかも、一分以内に!! いや、分かりますよ?? 殴られて負けた事くらいは。分からないのはその過程と言えばいいのか。
真っ直ぐ倒しに向かって行ったら攻撃を躱され、猛犬さんの姿が消えたと思ったらお腹に途轍もない衝撃が走ったのだ。
女の子のお腹殴るなんて、何考えてるの!!
と、一般の御方なら叫ぶでしょうが。私達は軍属の者なのでそれは出来ない。
偶に思うのよねぇ。何で殴られて礼を言わなきゃいけないのかって。
それがお前達の仕事だ!! って意味不明な事を叫ぶビッグス教官の怒号も聞き飽きちゃったし。
時間があったらレイド先輩に聞いてみようかな??
今日は偶然にも天幕が隣同士だし、アッシュの阿保をどうにかして遠ざければ……。
んふふぅ……。夜這いを考えるなんて、今日の私はちょっと大胆ね!!
勢いそのままレイド先輩と結ばれちゃったりして!?
大人の階段へと繋がる道を模索していると、四角の枠内でレイド先輩と猛犬さんが対峙した。
「宜しくお願いします、ミック先輩」
「あぁ、宜しく……」
うわぁ。二人共、凄い集中力だ。
両者共に静かに佇むも漲る闘志が双肩から放たれ微かに空気を揺らす、そして瞳には勝利を渇望する明確な意志が確認出来た。
「レイド、あなたが負ければ分隊の敗北が決定する。分かっているわね??」
「えぇ、分かっています」
スレイン教官の問い掛けも程々に猛犬さんから一切目を離さず、彼の瞳の奥をじぃっと覗き込んでいた。
うぅむ、敵とはいえレイド先輩に見つめられる猛犬さんが大変羨ましい。
私もあぁんなキリっとした瞳で見つめられていたいものだ。
「おぉ、間に合った!!」
「ちょっと。置いて行かないでよ」
「へへ、先輩。ごめんなさい」
ん?? 何かしら??
熱き男達から妙に耳に残る女性の声がした方に視線を向けると。
明るい茶の髪の人が両手を合わせ、黒みがかった茶の髪の女性へと詫びている姿を捉えた。
あぁ――!!!! あの人達だ!!
た、確か一人はレイド先輩の同期でもう一人は良く知らないけど何か仲良さげな人だ!!
徒手格闘戦が行われる四角で囲まれた外側。
丁度、スレイン教官の真後ろに陣取って二人の様子を真面目な視線で見つめていた。
む、むぅぅ。あの様子からして恐らく偵察かしら??
確か剽軽な感じのする人がトア先輩?? でしたっけ。そしてもう一人がイリア……、えっと少尉??
階級は良く知らないけど兎に角偉い人だった筈。
先に試合を終えたから観戦、若しくは偵察に来たんだ。
ずるいですよねぇ。自分達は悠々とレイド先輩の戦い方を目に焼き付ける事が出来るんですから。
ここは一つ……。分隊の事を考えて私が行動せねばっ。
「ん――?? ミュント――。どこ行くの――??」
「ちょっとそこまで!!」
「あ――、成程。森の奥の方でしなさいよ――。覗かれても知らないから――」
「そっちじゃない!!!!」
ばっかじゃないの!? 人前でそんな恥ずかしい事を言うな!!
燃える様な熱を帯びてしまった顔のまま悪友の背をちょこんと蹴ると、群衆に紛れつつ静かに目的地へと向かって足を運び始めた。
お疲れ様でした。
後半部分が長くなる為、先ずは前半部分を投稿させて頂きました。後半部分については現在編集作業中ですので次の投稿まで暫くお待ち下さいませ。




