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第二百三十六話 一回戦の始まり

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 目の前で繰り広げられている互いの力をぶつけ合う徒手格闘戦が分隊の緊張感を高めていく。


 それは時間が経過するにつれて火にくべた鍋の中の水の如く、沸々と温まって行くのを肌でそして全身で感じ取っていた。


 戦いの場である四角の枠外。


 分隊の待機場所で我が八十八分隊はその時を心急く思いで待ち、各々が来たるべき戦いの為に備え体の柔軟や精神の集中力を高めていた。



 その中で俺は特に何かをするという訳でも無く、四角の枠内で汗を流す彼等を只々漫然と見つめていた。



 う――ん……。


 相手の懐に一瞬で侵入する踏み込みの速さも無ければ、身の毛もよだつ鋭い拳も見られない。


 どこぞの深紅の龍が見たら。



『はっ、何よアレ。生まれたての小鹿同士の喧嘩じゃないんだからもっとしゃきっと殴り合え!!』



 等と相手の気持ちを逆撫でする声を上げる事だろうさ。


 可愛い小鹿ちゃん同士の喧嘩、までとは言わないが魂が震える程の熱波を発生して貰いたいのが素直な気持ちかな??



 刹那の瞬きと同時に相手が目の前に現れ、天を切り裂く威力の攻撃を俺の体に向かって何の遠慮も無しに解き放つ。


 背筋が凍る攻撃に戦々恐々しつつも高く聳え立つ壁に向かって勇気を振る絞って立ち向かう。


 それこそ俺が望む本当の戦いなのだが……。



「たぁっ!!」


「きゃあ!! 危ないじゃない!! 当たったらどうするのよ!?」


「「ははは!! いいぞ――!!」」



 現在繰り広げられているのは二十二期生達の遊戯大会なので発奮の材料には程遠く。真剣に稽古に打ち込む彼女達には申し訳無いが欠伸を噛み殺して眺めていた。



「ふぁっ……」



 目の端で零れ落ちそうになる雫を手の甲で拭う。


 今朝は早かったし、厩舎で相棒の腹を背に二度寝をしたけどまだ眠いや。


 訓練が終わったら何も考えず、日が昇り沈む時まで寝ていようかな。



 まぁ……。五月蠅い連中が大人しく寝させてくれやしないと思うがね。



 その連中の面倒を一手に担っているカエデは大丈夫かな……。病み上がりという事もあり厄介事を一任したのは早計だったかしら??


 今頃きっと藍色の目と整った眉、果ては頭蓋骨に存在する眼窩を鋭角に尖らせて彼女達を叱りつけているのだろうさ。


 骨の形を変形させてまでの怒りの表情を露わにしてもあの騒ぎが鎮まるのは一瞬の出来事だ。


 傷に障って倒れていなきゃいいけど……。



「レイド先輩」


「ん?? どうした、リネア」



 彼女の声を受けると恐ろしい姿の海竜さんの姿を消失させ、だらけていた気持ちを引き締めて振り返る。



「一回戦へ出場する順番を決めたいと思います」


「あぁ、了解。決めようか」



 遊戯会から踵を返し、少し後方で待機する分隊の下へと歩み始めた。


 今回行われる大会は勝ち抜き戦、つまり仲間の内誰か一人でも相手全員を打ち倒せば二回戦へと進出出来る。


 出場する順番って結構大事だよな??


 あわよくば俺まで回って来ない可能性もあるんだし。それに分隊員達の体力の事もある。



「お待たせ。じゃあ、順番を決めようか」



 各々が待つ場所へと辿り着き第一声を上げた。



「はいっ!! レイド先輩が先鋒を務めたら良いと思います!!」



 言うと思ったよ。


 右手を素早くピンっと伸ばしてミュントさんが話す。



「ごめんね?? 分隊長は大将を務めなきゃいけないんだって」



 先程、この模擬戦に付いて軽い説明が行われた。



『いい?? 分隊長は大将を務め、他の分隊員の出場の順番は自由よ。全員が負けた時点でその分隊の敗北が決定、勝利した分隊は二回戦へ進出出来るわ。模擬戦の取り決めは至極簡単。先に有効打を与えた方の勝利。徒手格闘、投げ技は許可されているけど、寝技と締め技は禁止。以上よ』



 この間、僅か約十秒。


 スレイン教官の意外な特技である早口で模擬戦についての取り決めが発表されて今に至る。


 良くもまぁ一度も噛まずに言えたなと感心してしまった。


 一回戦に赴く分隊へ向けて何回も同じ説明をしなければいけないんだし、良い飽きてしまう前に言ってしまえと考えたのでしょうが。出来る事ならもう少しゆっくり聞きたかったです。



「え――。そうなんですか??」


 そんなに頬を膨らませても俺に取り決めを変える権限はありません。


「俺の出番は最後で固定されているけど、皆は好きな順番で出場していいから」


「よし。それなら俺が先鋒だな」



 アッシュが拳を合わせ、気合の入った声を放つ。


 おっ、アッシュなら何人か抜いてくれそうだな。実際、彼の力は人の領域という範囲内では中々の実力だし。



「待って。私が先鋒を務めるわ」



 それに待ったの声を掛けたのがレンカさんだ。


 うん?? どうしたんだろう。



「は?? 俺が先鋒を務めるのが不安なのかよ」



「そういう意味じゃない。分隊の体力の事を考えての発言よ。模擬戦は一回戦だけじゃないの。組み合わせ表で確認したけど、この区画で優勝する為に私達の隊は五回勝たなきゃいけない。アッシュの実力は買ってるけど、今から体力を消耗するのは得策じゃないと判断したのよ」



 おぉ!!


 先を見据えての判断だったのか。


 いいぞ、レンカさん。良く考えているじゃないか。



「俺もレンカさんの意見に賛成かな?? どちからと言えば、アッシュは無駄に体力を消耗しそうだし」


 彼女の意見にウンウンと頷きながら話す。


「ちっ。仕方がねぇなぁ……。一回戦は先鋒を譲ってやるよ」


「分かった」


「ちょ――っと待ったぁ!!」



 今度はミュントさんが待ったの声を出す。


 忙しいね?? 君達。




「私が蚊帳の外ってのは頂けないなぁ。レンカが先鋒を務めなきゃいけない理由は何でよ」


「私なら相手の行動を誘い、例え負けたとしても待機している分隊員に多くの情報を与えられるからよ」


「それなら私でも出来るじゃん。私を置いて勝手に決めないで」


「別に置いている訳じゃない。ミュントが黙っていたからよ。意見がある時は発言して」


「今してるじゃない。大体ねぇ、負けを想定して先鋒を務めようなんて情けないのよ。全員を倒す位の気持ちで向かわないと勝てないの」


「想定する事は悪い事じゃない。私の勝敗によって分隊員には最善の結果に辿り着こうとする多岐にわたる選択肢が生まれる。それが悪い事なの??」


「実戦で負けを意味するのは……。死じゃない。そういう気持ちが良くないって意味よ」



 こりゃいかん。


 順番を決める云々より、隊全体の空気が悪くなりそうだ。



「はい、二人共そこまで」


 睨み合う両者の間に割って話す。


「二人の意見はどちらも間違っていないし、相手を想う気持ちは十分に伝わって来たよ」



「「…………」」



 まだこの話合いに納得がいかないのか。



『お?? こら、やんのか??』


『あ?? 何見てんだテメェ』



 散歩の途中で偶然鉢会った二頭の可愛い飼い犬さんが御主人様の体越しに睨み合っていた。



「もう間も無く模擬戦の開始だ。順番を決めないと俺が御咎めを食らうから……。一回戦の先鋒はレンカさん。そして、二回戦の先鋒はミュントさん。交互に務める感じでどうかな??」



 これなら文句は無いでしょう。



「えぇ、了解しました」

「いいですよ」



 ほっ、良かった。



「じゃあ、一回戦の先鋒はレンカさんにお願いしよう。いいね??」



 彼女の方へ体を向けて話す。



「任せて下さい」



 俺の目をしっかりと捉え、芯の通った力強い声色を放つ。


 うん、良い気合だ。


 俺とは雲泥の差だよ。



「じゃあ、私が次鋒で出ます!! シフォム、あんたはその次よ」


「は――い」



「じゃあ俺はその次だな」


「レイド先輩、私が副将を務めます」



 順番は。


 レンカ、ミュント、シフォム、アッシュ、リネアか。


 二十二期生の有望株が前を務め、俺とリネアがその後ろに立つ。


 ふぅむ、悪くない采配だな。


 この順番なら俺まで出番は回って来なさそうだし。



「うん、この順番で行こう。二回戦、三回戦に至っては怪我若しくは体力次第で変えて行こう。いいね??」


「了解しました」


「分かりましたっ!!」



 どうやら可愛いわんちゃん同士の喧嘩は収まったようだね。


 俺の言葉に二人が了承の合図を送ってくれた。



「一本、そこまでよ」


「うっし!! 今日は俺の勝ちだな!!」


「はぁ……。やられたよ」



 勝利を告げたスレイン教官の声が背後から届く。


 どうやら決着が着いたようだな。


 先輩方が硬い握手を交わし、整列を滞りなく終え、互いに一礼をして解散した。



「ほら、次の……。そうか、次はあなた達の分隊ね」



 俺の顔を見つけると、何となく退屈そうだった教官の顔に明かりが灯る。


 そんなに退屈でした??



「宜しくお願いします」


「私にじゃなくて彼等に。でしょ??」



 スレイン教官が顎で向こう側を指す。



「スレイン教官、早く始めて下さいよ。僕は退屈で仕方が無いのですから」



 シャルト先輩、スレイン教官に生意気だという理由で横っ面を叩かれても知りませんからね??


 実際、何度か訓練所で叩かれている姿を見付けた事があるし。


 いつもの余計な一言が心臓に悪いですよ。



「言われなくてもそうするわ。ほら、整列しなさい」


「よし、皆行こうか」



 彼女に促され、互いの分隊員達が四角の枠内で対峙した。



「「「……」」」



 言葉は無い。だが、互いの闘志を既にぶつけ合っている。


 十二の瞳が赤の炎を迸らせ、十二の瞳が青の炎で迎え撃ち空気が温められていく。


 シャルト先輩の列との間は凡そ一メートル。この短い距離の間には言葉では表せない熱き空気の塊が存在していた。



 おぉ……。皆さんやる気十分ですな。


 俺の真正面、大将であられるシャルト先輩も周りの熱気にあてられたのか。


 いつもとは違う真剣な眼差しで俺の目を睨んでいた。



「取り決めは先程説明した通り。お互い最善を尽くして戦いなさい。いいわね??」


「「「「はいっ!!!!」」」」


「宜しい、では互いに礼」


「「「「お願いします!!!!」」」」



 正面、そして審判を務めるスレイン教官へ一礼を交わし自分達の陣地へと戻る。



「レイド先輩!! ワクワクして来ましたね!!」


 体の中から込み上げて来る形容し難い感情を抑えようとしているが、どうにも抑えきれていないミュントさんが話す。


「そうだね」



 上昇していく分隊全体の士気とは反比例して俺の気持ちは徐々に下降しつつある。


 目立ちたくない一心ってのも辛いよ……。


 俺だって出来る事なら自分の力をこれでもかと解放して立ち向かって行きたいですよ??


 そんな事してみろ、翌日には新聞の見出しに。



『軍の訓練中に死亡事故が発生。訓練生の死因は驚愕すべき理由だった!?』



 等と、大勢の目に留まり俺は裁判を受け牢獄の中で一生を過ごさなきゃいけないんだ。


 ふぅ……。参ったね。



「あれ?? 高揚していませんね??」


 俺のお腹を人差し指でツンツンと突くので。


「してるよ?? 秘めたる闘志って奴かな」



 その指を優しく離して言ってあげた。



「成程……。強い人にしか分からないって奴ですね」


 ほうほうと頷く様がまた似合う事で。


「では、先鋒。前へ」



 おっと、そんな下らない事をしている場合では無かった。



「レンカさん!! 頑張れよ!!」



 先鋒を務める彼女の背に向かい我ながら大袈裟だとは思うが可能な限りの大きな声量を放った。


 頼むぞ、本当に。


 俺まで出番が回って来ませんように!!



「わっ、びっくりした。急に大きな声を出さないで下さいよ」


「分隊員が戦いに赴くんだ。ここで声を出さなきゃいつ出すんだよ。ほら、シフォムさんも。ミュントさんも声を出す!! 頑張れよ――!!」



「仕方がありませんね。レンカ!! 頑張りなさいよ!!」


「程々にね――」



 いやいや。そこは程々じゃ困るんですけど??



「準備はいいわね??」


「「…………」」



 レンカさんと、そして彼女と対峙した男性が大きく頷く。


 もう既にその視線は相手しか捉えていない。


 ここからでも分かる集中力だ。



「レンカさんの相手ってさ。同期の人だよね??」


「そうですよ。名前はタッツって言います」


「因みに、実力の程は如何程で??」


「ん――……。う――ん……?? 全然話さないし、目立った事もしない。これといった特徴が無い人かな??」


「強くもなければ、弱くも無い。そんな感じか」


「そうですね。あ、でも……」



 でも??


 続きを聞こうとすると、こちらの予想よりも早く戦いの火蓋が切って落とされた。



「行きます!! せぇい!!」


「くっ!!」



 タッツと呼ばれた訓練生が己の顔面へと向けられたレンカさんの鋭い拳を紙一重で躱す。


 訓練生程度の実力なら貰っても不思議では無い拳速を躱すのか。


 いいね、気を切っていない証拠だ。



「強いて言うのなら、あの人は見に回る事が多いかな。ほら、相手の隙を狙って一撃を放つ奴ですよ」



 可愛い拳を真っ直ぐに放って言う。



「ほお。受けに回る型か」


「ですね。レンカもどちらかと言えば、受けに回る方が多いんですけど……」



 あれが受け、ねぇ。


 彼女が取る方は静寂なる受けの型かそれとも猛火を携えた激烈な攻めの型かと問われたら恐らく、武に身を置かない者でも後者と答えよう。



「はっ!! だぁあああ!!」


 相手の防御を崩す為に基本の左を連打し。


「はぁっ!!」


 相手が刹那に隙を見せたら右の大攻撃が襲い来る。


「くっ……。ちっ!!」



 同じ受けの型同士と高を括ったタッツ君の作戦負けかな。


 皮一枚、ギリギリの所で我慢しているが……。



「見えた!! そこ!!!!」


「うぐっ!?」



 レンカさんの攻撃に堪らず反撃に出た所を狙い打たれた。


 美しく弧を描く拳が綺麗に顎を打ち抜き、彼は耐えきれずにがくりと膝を落としてしまった。



「一本。そこまで」


「ふぅ……。ありがとうございました」


「あ、あぁ。こちらこそ……」



 うへぇ、痛そう。


 真面に顎を打ち抜かれたんだ、立ち上がって握手を交わすだけでも称賛ものですよ。



「では、そちらの分隊。次鋒を」


「分かりました。ほら、君。行って来なさい」


「は、はい!!」



 シャルト先輩に促され、一人の男性がレンカの前へと躍り出る。


 恐らく、出で立ちと放つ雰囲気から察して……。



「あの人も同期でしょ??」


「はい。えっと、名前は……。何だっけ??」



 ちょっと?? しっかりしよう??



「思い出しました!!」



 そりゃようございましたね。


 年相応の女性らしくぴょんと一つ跳ねて話す。



「モアナです!! はぁ――。すっきりした」


 胸のつっかえが取れたのか、人よりも少し高く盛り上がった胸部を抑えて仰々しく息を吐いた。


「彼はどんな型なの??」


「さぁ??」

「さぁ!?」



 大方予想の予想に反し、呑気に言葉を返されてしまったので声を荒げずにはいられなかった。



「だって違う組でしかも存在感が薄い人ですから」


「そりゃ仕方が無い、か」



 模擬戦が始まれば分かるでしょう。



「それでは、始め」


 レンカさんとモアナ君が対峙し、再び枠内に熱気が巻き起こるかと思いきや……。


「「……」」



 両者一歩も動かず。澄んだ水面の様にしんっと静まり返っていた。



「あ、受けの型みたいですね」



 見れば分かりますよ――っと。


 先に動いた方が不利になる。


 それは分かっているのだが勝利を決する為にどちらかが先に動かねばならぬ。


 攻めようにも攻められないじり貧が刻一刻と心の体力を削る。



「ふぅ――……」



 レンカさんが大きく息を吐くと、この消耗戦を嫌ってか。構えを解いて無防備のまま彼の下へゆっくりと近付いて行く。



 へぇ、そういう事か。



「ちょ、ちょっと!! 何考えてんのよ!! 構えなさいよ!!」


「いや、あれでいいんだよ」


「へ??」



 きょとんとした顔でこちらを窺う。



「レンカさんは長丁場の戦いを嫌った。いずれにせよ動かないとスレイン教官から指導を受けるから動かざるを得ない。それならいっその事、そう考えたんだよ」


「それは分かりますけど、無防備ってのはちょっと……」



 ミュントさんにはそう見えるのか。



「よぉく見て御覧?? あれでもレンカさんは構えているんだよ」


「良く?? ん――……」



 前のめりになり、きゅぅっと目を細める。



「上半身の力を虚脱しているけど、下半身の力は抜かれていないよね」


「そう、ですね」


「つまり、多角的な攻撃に備えている証拠なんだ。もう既に相手の間合いに入った。後は……。モアナ君がどう出るか。その点に注視するといいよ」



 多分俺の予想だとこの緊張感に堪え切れなくて先に手を出すでしょう。



「…………。ちっ!! はぁっ!!」



 そら、来たぞ!!!!


 最短距離を直進する拳がレンカさんの顔を襲う。



「ふっ!!!!」


 彼女は相手の攻撃の起こりを察知して襲い来る拳を屈んで躱し。


「はぁっ!!」


 モアナ君の拳が戻る前に、腹部へ気持の良い拳を捻じ込んだ。


「がぁっ!?」



 あらまぁ……。あれも痛そうだな。


 無防備の状態で食らったんだ。地面に膝を着けても致し方あるまい。



「一本」


「ふぅ……。ありがとうございました」


「お、おぉ」



 何んとか立ち上がり、見ていて心配になる姿勢で礼を交わすとシャルト先輩の分隊へと戻って行った。



「ちょっと、君。もう少し何んとかならなかったの??」


「も、申し訳ありませんでした……」



 隊長を務めているんだから戦いの苦労を労う声の一つや二つ、掛けてあげればいいのに。


 どんと腰を据えて後方で待機する隊長も居ますけどね?? あなたはその器じゃないんですよ。



「参ったなぁ……。一人も倒せていないじゃないか」



 いいぞぉ、レンカさん。


 その調子で相手を打倒し続けてくれ。


 シャルト先輩の悔しがる顔に、後輩としては抱いてはいけない気持ちを覚えていると。



「シャルト様。私が出ます」



 はいっ!? もう、ですか??


 後方で静かに佇んでいたミック先輩が名乗りを上げ、足音を立てずにレンカさんの前へと移動を開始した。



「ミック、宜しく。適当に片付けておいて」


「了承しました」



 ま、不味いぞ。


 ここでミック先輩が出て来るとは思わなかった。精々、シャルト先輩の前だと予想していたが……。



「……」


 ミック先輩がレンカさんの前に立ち、特に呼吸を荒げる事も無く沈黙を守り続けて。


「……っ」


 対する彼女は彼の圧に押されたのか、集中力が僅かに揺らぎ大きな呼吸を繰り返していた。


 始まる前から嫌な予感がする雰囲気だな。



「スレイン教官、始めの合図を」


「あぁ、分かっている」



 待てよ。


 ミック先輩が早く出て貰った方が体力の消耗の事も考えられるし、レンカさんが彼の実力を存分に引き出してくれれば分隊全員の参考にもなる。


 これは僥倖と捉えるべきなのか??



「レンカさん!! 十分注意するんだ!! その人は強い!!」



 分かっているとは思うけど、叫ばずにはいられなかった。


 ミック先輩は首席卒業も狙えた逸材。


 人体の造形に詳しく、筋力の動き一つで相手がどの様に攻撃を加えようか看破してしまう。


 正確無比な軌道の拳、一切の無駄のない足運び。


 正直な話、シャルト先輩なんかより強さは数倍上だ。



「分かっています。十分、気を付けます」



 俺の声を受けると強張っていた肩の力を抜き戦いに備えてくれる。


 頼むぞ、レンカさん。勝てとまでは言わないけど、せめて一矢を報いてくれ。



「では、始め」



 スレイン教官の合図と共に、レンカさんが後方へと下がりミック先輩と距離を取った。


 よし!! いいぞ!!


 腕の立つ者に無策で向かって行くのは得策では無い。


 先ずは一旦距離を置いてじっくり様子を窺いつつ……。



「賢い選択です。ですが、それは織り込み済みですので」

「っ!!」



 見に回るべきだと彼女も考えたのだろうが。


 ミック先輩の鋭い踏み込みで、折角構築した距離を一瞬で消されてしまった。



「こ、この!!」



 あっという間に目の前に現れた彼の体へ向けてお手本の様な拳を放つ。


 しかし。



「良い拳です。良く鍛えている証拠ですね」


 彼の体に到達する事は叶わなかった。


「うっぐ!?」



 武を志す者にとってお手本の様な拳は左手で弾かれ、代わりに彼の拳がミュントさんの腹部へ深々と突き刺さった。



「一本、それまでよ」


「あ、ありがとうございました」


 腹部を抑えつつ、レンカさんがこちらへと弱々しい足取りで帰って来る。


「レンカさん!! 大丈夫??」



 あれだけ強く打たれたんだ。


 幾ら丈夫だとしても怪我の一つや二つ負っているかもしれない。



「は、い。大丈夫です」


「そっか。無理は良くない、横になっててもいいから休んでて」


「分かりました」



 小さくぽつりと言葉を漏らし、その足のまま俺達の少し後方へと移動し腰を下ろした。


 本当に大丈夫かな……。


 痛みと共に敗戦の悔しさもあるだろうし、労う声でも掛けるべきだろうか。



「レンカの仇は、私が取ります!!」



 落ち込む彼女の様子を見たミュントさんが己を鼓舞し、ミック先輩が待つ戦いの場へと足を進める。



「レンカさん。聞いた?? ミュントさんが仇を取ってくれるってさ」


「……。えぇ、はっきりと聞きました」


「他の誰でも無い、レンカさんの為に戦ってくれるんだ。仲間が戦う姿を目に焼き付けよう」


「分かりました。――――。ミュント、頑張って!!」



 レンカさんが今日一番の声を上げると。



「…………。うん!! 頑張るよ!!」



 これまた今日一番の笑みを浮かべてミュントさんが振り返り彼女の声援に応えた。


 いいぞ!! 気負っていない。


 良い気合のノリだ。



「あはは。無駄だよ――。君達じゃあミックに勝てないから」


「やってみないと分からないじゃないですか!!」



 そうだ、ガツンと言ってやれ!!



「無駄な努力ご苦労さん。さ、スレイン教官始めて下さい」


「両者、構え。……、始め」



「行きます!! でやぁ!!!!」



 開始の合図と同時に利き足で大地を蹴り、一筋の鋭い線となって屈強な壁へと向かって行く。


 頼むぞ、ミュントさん。


 レンカさんの仇を取ってやれ。そして、後ろでニヤケた面を浮かべている彼をぎゃふんと言わせてやるんだ!!


 頼もしい彼女の背を見つめ、祈りに酷似した懇願を心の中で唱え続けていた。




お疲れ様でした。


本日も冬らしい寒さで辛かったですね。間も無く訪れる年末年始に備えて着々と巣ごもりの準備を始めているのですが読者様達のお薦めの御菓子、若しくは御飯はありますでしょうか。


私のお薦めは、そうですね。超絶無難な所で柿ピーでしょうか。


ピリっとした辛さのおかき、塩気が効いたピーナッツの相性たるや。光る画面に向かって文字を打ち込んでいる最中にポリポリと摘まんでいるといつの間にか消失していますからね。


辛い物を食べたら甘い物が食べたくなる。


その例に従って冷凍庫をパカっと開き、市販のチョコミントのアイスを温かい部屋で食し。シメは勿論ブラックコーヒーです!!


この最強の組み合わせの牙城は早々崩せませんよ??


最強の輪廻で年末年始を過ごす予定です。


はいはい、分かったからさっさとプロットを書きやがれと。読者様達の辛辣な御声が光る画面越しに届きましたのでプロット執筆に戻りますね。



そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


執筆活動の嬉しい励みとなります!!



それでは皆様、お休みなさいませ。

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