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第二百三十話 伍長殿には分相応な立ち位置

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 白き綿雲の存在を見付ける方が難しい晴れた空の下に蠢く数多多くの人々。


 彼等の爪先又は踵が平穏そのものの空気を味わっていた小石をあらぬ方向へと転がせてしまい、予想だにしなかった攻撃を受けた小石は抗議の為に移動させた張本人をジロリと睨む。


 しかし、人間達は天然自然の物体の言葉を理解出来ないので彼若しくは彼女の無言の抗議を無視して長い列に倣って行軍を続けていた。


 周知の通り人間には二本の足が生えている。それが数百人ともなれば鼓膜を存分に震わせる事は造作も無いみたいだ。


 二本の足が奏でる音が等間隔に鳴り響き、体の上下運動と共に周囲の空気そして大地を盛大に振動させていた。



 街道沿いの木々の枝で翼を休ませていた鳥も何事かと思い、心地良い午前の微睡を邪魔されて些か不機嫌な顔を浮かべつつ空高い晴天の海へと向かって羽ばたいて行く。



 申し訳ありませんね、喧しくて。


 今し方飛び発って行った鳥の背に向かい心の中で呟いてやった。



「ふぁ――。ねっむ……」


 隣で行軍を続ける同期且友人のハドソンも先程飛び発った鳥さんと同じく随分と眠たそうな顔を浮かべている。


「寝不足なのか??」


「まぁなぁ。昨日の夜はタスカーとウェイルズと飲んでいたんだよ」


「おいおい。感心しないな」



 訓練に向けて栄養をしっかりと摂り、早めの就寝を心掛け、万全の体勢で迎えるべきなのに。



「俺は早く寝ようって言ったんだぜ?? なぁ、御二人共」



 前を歩くタスカーとウェイルズの肩を突く。



「そうだっけ??」


 タスカーが振り返り訝し気に首を傾げれば。


「さぁ?? でも、飯が美味かった事は覚えているなぁ」



 当然ウェイルズも彼に倣って首を傾げるのだ。


 何度も見た光景に呆れるどころか陽性な感情さえ湧いてしまうさ。



「どこの店で食べていたんだよ」


 続け様に問う。


「えぇっと……。南大通り沿いからちょっと入った薄汚い店だな。店構えは心配になる程だったけど味は絶品でしかも、値段も良心的ときたもんだ」



 ほぉ、安い美味いの二拍子揃いの店か。そりゃお得な店だな。汚さに目を瞑れば、の話ですけど。



「店名は覚えている??」


「ん――。ちょっと待て。今思い出すから……」



 ハドソンが腕を組み、頭のずぅっと奥に仕舞い込んだ記憶を探る為に唸り出す。


 時折首を傾げ、そしてパチクリと瞼を閉じては開く。


 こいつが何かを思い出す時の仕草ってどこか間抜けだよな。本人には失礼かと思って伝えていないけど、いつかその癖を直すように伝えねば。



「ここまで出てるんだけどなぁ」


 喉元へ己の手をあてがう。


「さっさと思い出せよ。昨日の出来事なんだろ??」


「素面だったら覚えているんだよ。どこぞの馬鹿がもう呑めないってのに飲ませるからまだ微妙に頭が痛いんだよ、っとぉ!!」



 ハドソンが前を歩くタスカーの臀部へと茶々を入れる。



「いって。残念ながら記憶に御座いませんのであしからず」


「ちっ。おめぇはいつもそうやって煙に巻くんだから」


「はは、そうそう。ハドソンはそうやって悪態付いているのがお似合いさ」


「うっせぇ!!」



 懐古に浸る訳じゃないけど、さ。


 こうして再び顔を合わせて下らない事を話し合うってのも良いもんだよな。


 他人から見ればどうでも良い事も命の危険と隣り合わせの仕事に携わる身としては大変ありがたいのです。


 願わくば。


 この下らない時間がいつまでも続く様にと心の中で強く願った。



「駄目だぁ。思い出せねぇ」



 がっくりと項垂れ、遂に思い出す事を諦めてしまった。



「まぁいいよ。散歩がてら探してみるからさ。南大通りを裏路地へ入った所だろ??」


「そうそう。俺もなぁ安い店じゃ無くてさ。東大通り沿いのお高い店に入って肉汁滴る肉にかぶりつきてぇよ」



 東大通りねぇ。


 確かに値段に相応しい味を提供してくれるお店は多々ある。


 相応しい、それはつまり庶民が出費に億劫になる値段という訳だ。



 リラアレトの店で食べた肉は美味かったなぁ。


 噛めばじゅわりと肉汁が零れて舌が目を白黒してピリッと効いた塩胡椒がまた良い塩梅で……。


 いかん。想像したら腹が空いてしまう。


 昼までもう少し時間があるので想像上のお肉は頭の奥に仕舞いましょう。


 それに。



『んまぁっ!! レイドちゃんっ!! 今日は私に会いにくれたの!?』



 あのお店を想像していると、リラアレトの店長であるモリュルンさんの豪胆で豪快な巨体が嫋やかにクネクネと曲がりながら襲い来たのでちょっと鳥肌が立ってしまった。


 お店の味は完璧なのですが、それを求めて来店しようものなら己自身の肉体を捕食されてしまう蓋然性がいぜんせいがあるのだ。


 怖いもの見たさで来店する人も多いでしょうが、俺の場合は命の消失を危惧しつつ。緊急脱出用の退路を確保して来店せねばならない。


 まぁそれでも一庶民である俺が来店していいような店じゃないからまず訪れる事は無いのですけどね。



「おっ。曲がるぞ」



 頭の中に浮かんでしまった世の理を越えた超生物の姿を消失させ、タスカーの声を受けて前方に視線を移すと。


 彼の話す通り先頭を行く者共は街道を逸れて真北へと続く道へ進んでいた。



「曲がるって事はもう到着かぁ。はぁ……。気が重いぜ」


「溜息付くなよ。二日間の訓練なんてあっと言う間だって」



 ハドソンの肩をポンっと叩き分かり易い励ましを与えてやった。



 合同訓練が行われるのは、王都から北西方向に大分外れた位置に存在する大規模な訓練場だ。


 外周約一キロのだだっ広い訓練場の周囲は木々に覆われ、訓練場の奥には一段上がった空間が存在する。


 俺達が働き蟻の如く訓練を行っているかどうかを見易くする為に造られた空間だ。言わば監視台と決めつけても構わないだろう。


 大規模な訓練場とそれに比べて小さな監視台。


 たった二つの存在だがこれだけの人数を収容するのは容易いであろう。



「あっれ――……。あの店の名前何だっけ……」



 隣で唸っている彼から道すがら聞いたのだが。今回訓練に参加するのは約六百名だそうな。



 どういった訓練内容なのかは伺い知れないけど、六百名もの猛者が一堂に会す。ビッグス教官の事だ。この絶好の機会を見逃す訳がないからよからぬ事を考えている筈……。


 ハドソン程落胆する訳じゃないけど、得も言われぬ高揚感と砂粒程度の不安感が入り混じり。複雑な感情のまま街道よりも随分と細くなった畦道を進む。



「飯って、俺達が用意するのか??」


「さぁ?? ってか、ウェイルズ。今から飯の心配かよ」


「そりゃあ、腹が減ったら訓練処じゃないし」



「二人共、聞いてないのか??」



 前から聞こえて来たタスカーとウェイルズの会話に首を突っ込む。



「あぁ。前線基地で慎ましく行動していたらよぉ。合同訓練があるから戻って来いって命令を受けたんだ。んで、帰って来たら今日この時間に集合場所へ向かえってだけの指令を受けた訳」



 訓練の内容は敢えて伏せておいたのだろうか。


 内容位は教えてくれてもいいのに。



「本部から出て何んとなぁく時間を潰そうと街をブラついていたらハドソンとウェイルズと会って。仲良しこよしと洒落込んで本日に至るって事さ」


「そっか。悪いな、説明して貰って」


「いいって事よ。他でもないレイドちゃんの可愛い質問だし??」



 一々お道化ないと気が済まないのかね。


 君は。



「喧しい」



 ちょっとだけ口角を上げながらタスカーに言ってやった。


 訓練の内容は俺も聞かされていないし、こいつらも聞かされていない。


 何だろう……。この絶妙な杞憂を湧かせてしまう感情は。たかが訓練と高を括るのは早計かな??


 ちょいとばかしきな臭い雰囲気が漂って来たぞ。



 砂粒程度の不安感が小石大に膨れ上がって明るい高揚感を侵食し始めると、この働き蟻の列の先頭からざわつく声が空気に乗って聞こえて来た。



「げぇ――。もう着いちゃった」



 ハドソンが明らかに嫌そうな声で話す。


 なだらかに下がる畦道の先には大きな空間がぽっかりと口を開き、働き蟻達を続々と飲み込んでいる。


 周囲の木々は夏の力強い緑は鳴りを潜め茶が目立ち遠くに見える一段昇った空間にはもう既に天幕が張られ、数名の人物がこちらの様子を静かに佇んで見守っていた。



 誰だろう??


 遠過ぎて顔が良く分からないが、どうやら男性数名と女性数名らしい。


 体格と着ている服装で何んとなくそれは理解出来た。


 そして、此方から向かって右側。


 訓練場の端の方では白の料理着に身を包んだ方々が今も煙を吐いている石窯に向かって汗を流している。


 並べられた長机には旬の野菜や新鮮な肉が置かれ、見事な包丁捌きで美しく形を整えられていた。



 へぇ、態々俺達の為に用意してくれたんだ。


 てっきり食材だけを渡されて自分達の食う物は自分達で用意しろと言われるかと思ったよ。


 列の流れに乗って歩き続け、列の合間から微かに見えて来る料理人さん達の様子を窺っていた。



「うっひょ――!! 此処からでも良い匂いがしやがる!!」



 右隣りのハドソンが舌なめずりを始める。



「あぁ、堪らんぞ。これは……。匂いからして……。ふぅむ。高級な食材を使用しているな」


「お、おいおい。ウェイルズ。匂いだけで分かるのか??」



 呆気に取られたタスカーが言う。



「そりゃそうだ。俺はちょいと食材には五月蠅いんでね」


「お前の場合、ちょっと処じゃないだろ」



 ウェイルズの背をちょこんと突いてやる。



「無きにしも非ず、とでも言っておこうか」


「でも、これで飯の心配はしなくて良いってのが助かるな。後は……。あそこで俺達を待ち構えている懐かしき教官殿の采配次第って事で」



 タスカーの声を受け、少し顎を上げて前方を窺うと。



「遅いぞ――!! お前らぁ!!!! 走って来んかぁぁああ――――ッ!!」



 ビッグス教官が遥か彼方にまで美しい音色が響く狼の遠吠えよりも更に巨大な雄叫びを放ち俺達へと発破を掛けていた。



 うっは、相も変わらず元気そうで何よりです。ですがそんなに力を入れて叫びますと頭に血が昇って倒れてしまいますよ??


 適度な声量で叫んで頂ければ幸いです。



「馬鹿者共がぁ!! 冬眠している熊でももっと早く走るぞぉおお――ッ!!!!」



 いや、スヤスヤと冬眠している熊が走っている姿を見た事が無いので今一その姿を想像出来ません。


 これ以上彼を元気溌剌な状態にしていたら訓練が始まる前なのに倒れてしまう恐れがあった為、列の前から順に駆け足で移動を開始。



「十九期生はそっちだ!! 後は降順、二列横隊で並べ!!!!」



 はいはいっと。


 指導教官の御命令とあらば動かねばならぬ。


 素早くそして一糸乱れぬ二列横隊を作り上げ彼の命令通りに隊を完成させた。


 こうして隊を滞りなく完成させるのは流石、軍属の者共といった所か。


 左側に十九期生の先輩方の列、そして右側にはニ十期生と二十一期生が形成された。


 こうして見ると、俺達の人数が圧倒的に少ないんだな……。


 訓練生達は一期約二百、それが二期生分で約四百人。


 対するこちらの列はざっと見繕って後輩達の半分の長さ。つまり、この広い空間には今現在約六百名もの兵が揃っている事となる。


 上から見ればこの軍人達の列はさぞかし圧巻に映るであろうさ。


 現に。



「ふぅむ……。まぁまぁだな」



 滞りなく組み終えた俺達の列を満足気な表情を浮かべて見下ろしていますからね。


 腕を組み、大きく頷いているビッグス教官の顔を窺いつつ次の言葉を待った。



「良く聞けぇ!! ひよっこ共ぉおお!!」



 うるさっ!!


 訓練生時代に幾度となく聞かされた大声が周囲の空気を揺らす。



「察しの通り、血反吐を吐き散らかすまで鍛え上げる訓練がここで始まる!! 涙が涸れ果てる迄、血の一滴も体の中に残さない程に搾り上げてやるからなぁ!! 覚悟しろ!!」



『うぇ。来るんじゃなかったぜ』


 ハドソンが蚊の羽音にも劣る声でぼやく。


『静かにしてろ。聞こえちまうぞ』



 俺の右側に若干だるそうに立つハドソンへ言ってやった。


 血の一滴も残らぬ訓練と聞かされたら誰だって尻窄むでしょう。


 だが……。俺は妙な高揚感に包まれていた。


 共に切磋琢磨を続けて来た仲間達と再び汗を流せるのだ。ここで尻窄んでいるようでは男が廃るのだよ。



「詳細を話す!! 耳の穴をかっぽじって聞け!!」



 ビッグス教官が話し終えると上段から大きな立て看板が下りて来た。


 勿論、看板に足が生えた訳ではない。


 看板の両脇を人が支え、訓練場に下り切ると俺達の真正面にどんっと下ろし。その看板には何やら小さな文字が山ほど記入された紙が貼り着けてあった。



 あれは、一体??



「はっはっは――ッ!! どうだ!! 俺が心血を注いで作成した紙は!?」



 両隣に立つ教官達の身長を加味して目測で縦四メートル、横幅四メートルの正方形。


 あれだけの大きな紙の上に文字を記入したのだ。そりゃちょいと自慢したくなる気持ちは分からないでもないですけど……。


 随分と遠い位置に立っているので全然読めませんよっと。



「そこには貴様らの名前が記入してある!!」



 嘘!?


 あの胡麻粒みたいなのが全部人の名前なの!?



「今回の訓練に参加する十九期生の名前が左上に記入してある。そこから下がる毎に二十、二十一と繋がっている。自分達の名前を見つけたら、名前の右側に注目しろ!!!!」



 右側に何が書いてあるのだろう。


 目をぎゅうっと細めて見つめても、文字の大きさは胡麻粒から西瓜の種には変わらなかった。



「名前の右側には番号が記入済みだ!! それは、貴様達が配属される分隊の番号を示している。そして更に番号の右側に星印が記入してある者は分隊長を務めろ!!」



 あぁ、成程。


 これだけの人数を一斉に動かすのでは無くて。一度、分隊に分けるのか。


 そっちの方が勝手が良いかも。良く考えてありますね、ビッグス教官。



「ここに集いしひよっこ共は総勢約六百名。分隊は百に分けてある。そしてぇ!! 左を見ろ!!」



 ビッグス教官の号令と共に六百の頭が一斉に左を向く。



「訓練場の外側の地面には一から百までの番号が記されてある。そこが分隊の待機場所だ。必要な荷物、そして天幕が用意してあるので荷物はそこに纏めて置け!!」



 ふむ。休憩、並びに待機場所はあそこか。


 大きな楕円形の訓練場の外れ。外周の森との境目にこんもりと盛り上がった何かを確認出来た。


 看板といい、待機場所といい。遠過ぎて分かり難いのが何かと辛いな。



「次は右後方を見ろぉ!!」



 彼の怒号に倣って今度は逆へ首を振る。



「あそこでは大変素晴らしい料理人の方々が腕を揮ってくれている!! 市井の方々が態々貴様らの為に大変素晴らしい食事を提供してくれるのだ!! 昼食時には分隊毎にあちらへ移動して食事を摂れ。目に涙を浮かべ、頭を垂れつつ感謝の言葉を絞り出して礼を述べろよ!? いいな!?」



「「「「はいっ!!!!」」」」



 六百の口が一斉に開き、ビッグス教官へ肯定を伝えた。


 訓練所の食堂で働く方々かと思ったけど違うんだ。


 俺達の為にこんな何も無い所まで出張って。しかも、お店又は家庭の仕事を放ってまで来てくれた。


 こりゃ感謝しつつ食べないと本当に罰が当たるぞ。



「では、早速行動を開始する!! 先ずは十九期生!! 十名ずつ看板前に移動し己の分隊を確認。確認したら素早く分隊の待機所へ移動しろ!! いいな!?」



「「「了解です!!!!」」」



「そして、分隊長は隊員が揃い次第、午前の訓練の説明をするから看板の前に戻って来い!! 説明は以上!! 行動開始!!!!」



 十名ずつ、か。


 先輩方は百名程だし、あっという間に番が回って来そうだな。先輩方の列の先頭が慌ただしく移動開始したのを見つめていた。



「一緒の分隊だといいな」



 右隣りのハドソンが小さく呟く。



「ん?? そうだな」



 何気なくポツリと漏らした言葉なのだろうが……。


 そのたった数言が心をじわりと温めてくれた。



「んだよ。俺と一緒だと嬉しくないのか??」


「良く考えてみろよ。ビッグス教官だぜ?? 俺達を一緒の分隊に組むと思うのか」



 訝し気な表情でこちらを見つめる彼に言ってやる。



「むっ……。それもそうだな」


「だろ?? 俺達の事を良く知っているんだ。万に一つも考えられないね。それに、人数の比率を考えると俺達が分隊を纏める役目を担うかもしれんぞ」



 一期先輩にあたる十九期生と俺達二十期生、そして二十一期生と二十二期生。


 単純計算で比率は一対二。つまり一人で二人の後輩の面倒を見なきゃいけないのだ。


 単純に訓練に励むと思いきや、思わぬ苦労も味わいそうだな。



「はぁ?? 何で一々後輩の世話を焼かなきゃいけないんだよ」


「それも訓練の内だと思って諦めるんだな」



 彼の憤りを抑える様に肩をポンっと叩いてやる。



「あ――……。早く飯食べてぇ……」


「お――い。ウェイルズちゃ――ん?? 帰っておいで――」



 心ここにあらず。


 前方の看板よりウェイルズはもう既に昼食へと的を絞ったようだ。


 爪先立ちになり、後輩達の隙間から覗く料理人の方々へ煌びやかな視線を送っていた。そしてそれをいつもの様にタスカーが宥める。


 直ぐ前は前で随分と気が抜けた行為をしているし。今からもう前途多難な様相が醸し出されていますね。


 大きな溜息を吐き出し、彼等の行為の後始末がこの身に降り注ぐ事がありませんようにと心の中で小さな願い事を呟いた。



「んおっ。俺達の番だぜ!!」


「行きますか」



 ウェイルズ、そしてタスカーが移動を開始したのを確認して俺とハドソンも移動を始める。


 そして駆け足で巨大な立て看板へと向かって両の足を忙しなく動かし始めた。



「え――っと……。俺の名前は……」



 立て看板前に着いたのはいいが……。


 デカ過ぎて自分の名前がどこにあるのか見当もつなかない。


 目玉を上下左右、右往左往しつつ睨めっこを続ける。



「――――。あった!!」



 あんな所に書いてあったぞ。


 左の列から約一メートル右へ移動し、頂点に近い位置に俺の名前が記してあった。



「どこだ??」


「あそこ。ほら……」



 隣でポカンとだらしなく口を開けて上を向いているハドソンへ俺の名前の位置を指差してやった。


 もう少し真面な顔をしろよ。後輩達と教官達の前なんだぞ??



「おぉ!! って事はあの周辺に俺の名前が書いてあるんだな。よしよし……」



 阿保面な友人は放っておいて俺の分隊の番号を確認しましょうかね。


 名前の文字を右へ辿って行き、分隊の番号を探す。



 えっとぉ……、何々??



「――――。はぁっ!?!?」


「っとぉ。どした?? 急に」



 ハドソンが俺の声に驚きビクリと肩を動かす。



「いやいやいやいや!!!! 分隊長なんて聞いていないんですけど!?」



 番号の隣。


 そこには小さくそして肩身を窄めた様に星印が記入してあった。



「はっは――。ご愁傷様!!」


「冗談じゃないって……」



 今度は俺の肩を軽快に叩くハドソンへ言ってやる。


 これはきっとビッグス教官の悪巧みに違いない。どうせ。



『そう言えば……。あいつは任務で指南をしに来たな。ふぅむ。まぁ、分隊長でいいか!!』



 等と簡潔に決断したに違いない。


 大体!! 俺が分隊長なんておかしいんですよ!!


 先輩方が百名も居るので彼等に隊を任せるべきなんですって。



 ここでうじうじしていてもしょうがない。


 任命されたからには、任を全うしますよ。それが俺達の仕事ですからね。


 誰に言う事も叶わない愚痴を心の中で呟きつつ、巨大な立て看板の前から分隊の待機場所へと向かい体を向けた。



「お――い!! 置いて行くなよ」


「あ――。悪い」



 軽快な足取りでハドソン達が俺に追いつく。



「レイドは何分隊だったんだ??」


「俺?? 八十八分隊だよ。後、重いから腕を退けろ」



 俺の肩に男らしく腕を乗せて来るタスカーに言ってやった。



「いいじゃねぇか、俺とお前の仲だし。ふぅん、八十八か。俺とは随分と遠くなりそうだな」


「お前達の配属された小隊は??」


「俺が十六分隊。ウェイルズが二十五、んで大馬鹿ハドソンが六十九分隊だよ」



 番号にも結構ばらつきがあるな。


 やっぱり俺達は纏めて配置させないぞというビッグス教官の意図が感じ取れてしまった。


 別に良いと思うんだけどねぇ、偶にしか会えないんだし。



「誰が大馬鹿だ!!」


「いでっ!! 尻を蹴るな!!」



 似た者同士、やはり馬が合うのだろう。


 タスカーが俺の肩に絡みつく腕を解き、ハドソンと他愛の無い絡みを始めた。



「昼飯、まだかな……」


「ウェイルズ、頼むぞ?? 飯を食いたいが為に分隊の規律を乱すなよ??」



 訓練場から分隊の待機場所へと足は向いているのだが、肝心要の頭は料理人達へと注がれている。


 器用に歩くね??



「努力する」


「努力じゃなくて、絶対にしろ。俺達が尻拭いをするのは御免だからな」


「へいへい。どこぞの誰かと同じで手厳しい事ですなぁ」



 どこぞの誰か??



「それ、誰の事だよ」


「トア伍長だよ。前線基地で俺が飯を食いたいと言ってもおいそれとは許可が下りなかったし。こぉんな厳しい目付きで叱るんだぜ??」



 両手の指で目尻を引っ張り、吊り上がった目付きになって話す。


 知らないぞ?? 揶揄った姿を見られて俺の様に酷い仕打ちを受ける破目になっても。



「仕事と私生活の分別を付けたんだろ。あいつだって本心では怒ろうとは思わない筈さ」



 隊長としての責務、そして与えられた任務の完遂。


 隊員の弛んだ隙で隊全体に危険が及ぶ恐れも懸念しなければならないし、隊員の安全も確保せねばならない。


 たった数名の分隊だが、分隊長には責務を全うするという圧が重く双肩に圧し掛かるのだ。日々行う任務で蓄積されていく鬱憤も隊を担う者の宿命なのだが……。




 それを盛大に晴らす為に先輩を派手に投げ飛ばすのは了承出来ませんよね。



 先日行われた特殊作戦課の任務の移動中、その愚痴を飽きるまで聞いていたのだが……。いい加減聞き飽きた等と言おうものなら一生柔らかい物しか食べられない顎になってしまうので右から左に聞き流しつつ、適宜返事を返していた。



 大体、一軍属の者が先輩にあたる人をぶん投げようと思うか?? 甚だ疑問が残る処世術ですよ。



「おぉ?? 随分とアイツの肩を持つな??」


「そうか?? 客観的に判断したまでだけど」



 にっと意味深な笑みを浮かべるウェイルズに言ってやる。



「ふぅん。まぁ、いっか。じゃあ俺はこっちだから!!」



 軽快な笑みを浮かべるとぱっと手を上げ、俺から向かって右の分隊の待機場所へと向かって行った。



「俺達もあっちだから!!」


「しっかりとお勤めを果たせよ!! 分隊長殿!!」



「うっせ。早く行けよ」



 あからさまに辟易した顔を浮かべ、二度素早く手を振ってあしらってやった。


 全く……。どいつもこいつも。


 やれやれといった感じで溜息を付くも、全く嫌な気はしないのが不思議でしょうがない。


 これが竹馬の友って奴かね。


 それでも多少なりに礼儀ってのが必要だとは思わないかい??


 礼儀と無礼。


 全く異なる意味であり対比される言葉であるがその実、表裏一体であるかも知れない。



「ハドソンちゃ――んっ。昨日聞きそびれたけどぉ――。あの子とはヤレたの――??」


「絶対に教えんっ!!!!」


「あっそう。ウェイルズ、いい加減前を向かないと首が捻じ切れるぞ」


「あ、あぁ……。そうだったな」



 後頭部をガシガシとぶっきらぼうに掻き、遠目でも直ぐに看破出来てしまう未だじゃれ合っている三名の燥ぐ姿を何とも無しに見送り、己の待機場所へと歩みを進めて行った。




お疲れ様でした。


私が住む地域では本日は雨模様でして、日が当たらず中々に寒い一日でした。


天気予報では今週末から冬が強まり、本格的な寒さが始まるとの事で今から少々億劫になっております。


寒さに弱いので体調管理に気を付けないと直ぐに風邪を引いてしまいますのでより一層気を付けようかと考えております。


読者様達も体調管理には気を付けて下さいね。


投稿した時に気付いたのですが、何んとユニーク数が本日を以て五万件を超える事が出来ました!!!!


自分が考えている以上にこの作品を読んで下さっている方がいるのだと改めて痛感しました。


これからも彼等の冒険を温かい目で見守って頂けたら幸いです!!!!




それでは皆様、お休みなさいませ。

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