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第二百二十九話 懐かしき友人達との再会 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿なります。




 巨大な街の中に整然と敷き詰められている石畳を食む馬車の車輪の小気味良い音が耳を楽しませ、その音と合わせる様に一頭の馬が軽やかな足取りで前へと流れて行く。


 今の蹄の音。中々調子が良いと窺えるな。


 馬の四つの足が等間隔で鳴り響き足首が返る時、元気良く跳ね返る小石の音がそれを物語っていた。


 きっと軽くなった馬車に御満悦なのだろう。


 陽性な感情を丸出しにした尻尾の動きの直ぐ後ろには、ぽっかりと空白が目立つ馬車が彼に連れられて小さくなって行く。


 俺が馬だったら今追い抜いて行った奴より大きく尻尾を揺れ動かす自信がある。友人達との再会を胸に秘めた今、それだけ陽性な感情を抱いているのだ。


 きっと御主人様もヤレヤレと呆れる程、左右にはち切れんばかりに振っているだろうさ。



 まぁ……。馬になった事が無いからどうやってアレを動かすのか分かりませんがね。


 今度ルーに聞いてみるか??


 リューヴに聞こうものなら下らないと一蹴されちゃいそうだし。


 恐らく、臀部を細かく左右に揺れ動かす感覚で合っているでしょう。



『全然違うよ!!』



 等とお惚け狼から叱られても適当に流してしまおう。知ったとしても揺れ動かす機会がないので……。


 狼、馬の尻尾の扱い方は一旦置いておこう。これから懐かしき仲間と共に汗を流すのだから。



 皆元気にしているかな。


 トアの奴は兎も角。同室だった連中の様子が気になってしょうがない。


 厳しい前線で受けた戦闘と上官から受け賜わった指導の数々で成長しているのか、将又馬鹿四天王と揶揄されていた頃と変わっていないのか。


 兵士、仲間としては前者である事を願うが。友人としては後者を望んでしまう。


 そりゃあ……。


 苦労を分かち合った者同士なのだから、成長を願うのは当然だろうさ。


 しかし、歯を剥き出しにして下らない事で笑い合ったあの大切な日々を大切にしている身としては変わっていて欲しくないと考えてしまうのですよっと。



 あいつらの性格からして、恐らく後者だろうなぁ。


 馬鹿な事をして、馬鹿な真似をして、馬鹿みたいに飯を食う。そしてついでに俺を巻き込んで馬鹿四天王っと。


 よく考えたら酷い揶揄い方だよな?? 馬鹿だぞ?? 馬鹿。


 もっと優しい言い方ってものがあるとは思う。


 例えば……。陽気な四人組、とか??


 いかん。これじゃあ大差ないじゃないか。


 意外と難しいんだな、人に渾名をつけるのって。トアはそういう才能に恵まれているのかも知れない。


 もう少し真面な才能を身に付けろと言えば激烈な痛みが顎を襲うので言いませんけどね。


 体全体に負荷を掛ける背嚢の紐をぎゅっと握って背負い直し、下らない考えを浮かべつつ石畳から視線を正面の西門へと向けるとその奥には慣れ親しんだ制服の数々が蠢いていた。



「「「……」」」



 うっわぁ。凄い人だな……。


 流石に出入口を塞いでは不味いので、街道の奥まった位置で待機しているけど。


 すれ違う人達は何事かと考え、目を丸めて彼等の出で立ちを見つつ目的地へと足を運んでいた。



 十九期生から現在も訓練所で汗を流している二十二期生まで。


 総勢何名で合同訓練を受けるのだろう。


 レナード大佐からは人数まで伺わなかったからなぁ。



「ふぅ――。よしっ、行きますか」



 すぅっと大きく息を吸い込んで気持ちを整え、四列横隊で蠢く同じ服の集団へと足を運んで行った。



「「「お疲れ様です!! レイド先輩!!!!」」」


「あ、あぁ。お疲れ様です……」



 びっくりしたぁ。


 西門近くには俺達の後輩にあたる二十一期、並びに二十二期生達が待機していたので俺の顔を見つけるなり腹の奥が痛くなる程の熱烈な挨拶を真正面から浴びてしまった。



 先日の指導のお陰で顔を覚えられてしまったのだろう。


 精一杯の愛想笑いを浮かべつつ、誰とも無しに小さく会釈を続けながら同期の顔を探しつつ畦道を進んでいると。



「ちょっと!! そこ退いてよ!!」



 野太い声に混じり、聞き覚えのある女性の声が聞こえて来た。


 この声は……。



「ん――!! 退けぇ!! ――――。あぁ!!!! 居たぁ!! レイドせんぱ――いっ!!」



 野原に突如として築き上げられた四列横隊の肉の壁。


 その僅かな狭い空間に体を無理矢理捻じ込み、濃い金色の髪を揺らしつつ老舗下着屋の娘さんが太陽も尻尾を巻いて逃げ出してしまう明るい笑みを浮かべて飛び掛かって来た。



「うぉっと……。久しぶりだね?? ミュントさん」


「はいっ!! お久しぶりです!!」



 親しい友へ向ける陽性な笑みを浮かべて俺を見上げるのはいいんだけど……。


 皆の手前。


 出来るだけそういった態度を控えて頂けると幸いです、はい。



「レイド先輩も訓練を受けるんですね!! 知りませんでしたよ」


「先日、任務から帰って来て。今回の訓練を聞かされたんだ。よいしょっと」



 彼女の細い肩を掴み、健全な男女間の距離を構築しつつ話した。



「むっ。どうして距離を取るんですか??」


 適度な距離が築かれた事に対して眉をきゅっと顰める。


「どうしてって。一応、俺が上官だからね。示しが付かないだろ??」


「そういうもんですかねぇ」



 そういうものなのですよっと。



「シフォムさんとレンカさんは??」


「居ますよ。もうちょっと奥ですけどね」


「ふぅん、そっか。二人共元気??」


「もう元気一杯ですよ!! この前なんかですねぇ……」



 得意気に目を瞑り、聞いてもいないのに近況報告を始めてしまう。



 しまった。聞くんじゃなかった。


 女性は話す事が大変好きな生き物なのだ。


 一度口を開くと中々閉まらないのが特徴。対となる雄はそれをうんざりとしつつも、聞かねば酷い仕打ちが待ち構えているので黙って頷き、時折気の無い返事を返してご機嫌を取る。


 更にこれが友人という関係から夫婦という関係に昇格すると、気の無い返事をしようもならとんでもない暴力が雨の様に降り注ぐのです。


 単純な力では男性の方がどう考えても上、しかし女性はそれを上回る何かを生まれながらに装備。その目に見えぬ力を以てして男性を凌駕しているのだ。



 こうして黙って頷いている間にもその関係が構築されてしまいそうだ。



「――――。それで、ですね」


「あ、ごめん!! そろそろ行かなきゃいけないから!!」



 素早くシュっと右手を上げて、長く続く列の先へと足早に向かい始めた。



「ちょっとぉ!! まだ話の途中ですよ!!」


「後で聞くから――!!」



 栗鼠みたいに頬を膨らませる彼女をその場へと置き窮地を脱してやった。



 合流して早々にこれかよ。先が思いやられるな……。



「レイド先輩っ!! お疲れ様です!!」


「お勤め御苦労様です!!」


「お時間があれば是非とも御手合せを願いますッ!!!!」



「あ、あはは。どうも……」



 威勢の良い挨拶を方々から浴びせられ御用伺いの笑みを浮かべつつ歩いていると、これまた聞き覚えのある声が耳に届いた。



「あ、レイド先輩」


「ん?? おぉ!! リネアか!!」



 一期後輩の真面目な黒髪の女性。


 前回見た時よりも少々伸びた髪は後ろに纏められいつもより表情が良く見える。


 すっと流れる顎の線、丸い目の上にはこれまた綺麗な曲線が描かれた眉が乗っており明るく爽快な印象を与えてくれた。


 ん――……。何か、以前よりも綺麗になった気がするのは俺だけでしょうかね。



「お疲れ様です。レイド先輩が来るとは知りませんでしたよ」


「あはは。俺も最近聞かされたからね」


「そう言えば先日ビッグス教官から……」


「あぁ、はいはい。徒手格闘の技術ね。あの人は……」



 一昔前の記憶が蘇り足を止め彼女と取り留めのない会話を開始した。



 最近覚えた徒手格闘の技、正射必中を志す澄んだ精神。


 彼女の口からは向上心溢れる数々の単語が零れ、訓練生とは本来こういう姿であるべきだと俺に再認識させてくれる。


 相変わらず真面目だね。


 常に上を目指す。こうした精神は俺も見習うべきだな。



 朗らかな気持ちを浮かべつつ、会話を続けているとふとある出来事を思い出した。



「そうそう。これ、大切に使用させて貰っているよ」


 制服の内ポケットから彼女から受け取った御守りを取り出し、すっと前に差し出す。


「あ、そ、そうなんですね。効果はありましたか??」



 効果か。


 まぁ、命がこうして続いている訳だし……。



「そりゃあ勿論。今もこうしてピンピンしているのが良い証拠さ」



 ムンっと腕を曲げ、力瘤を作る所作をしてお道化てやった。



「良かった。御無事で何よりです」



 ふふっと小さく息を漏らし、温かい笑みを浮かべてくれる。


 俺の身を案じての事なんだろうけど……。


 その、何んと言うか。妙に笑みが眩しいのは気の所為かしら??


 真正面の温かい太陽から地面のありきたりな小石に視線を移すと、後頭部と両肩に衝撃が走った。



「よぉぉおお――――っ!! レイドぉ!!」


「久々じゃねぇか!!」


「元気にしてたか――??」



「ハ、ハドソン!! それにタスカー、ウェイルズ!!」



 同期達の心温まる熱烈な歓迎を受け、体がぐっと地面へと近付く。



「この野郎!! 来て早々イチャイチャしやがって!!」


「てめぇだけズルイんだよ!! 俺にもイチャイチャさせろ!!」


「そ、そんな訳ないだろ!! 只の挨拶だよ!! 挨拶!!」



 髪を滅茶苦茶に荒らされ、人の体の上に圧し掛かり好き勝手に暴れる。


 俺は乗り物じゃないぞ!!



「リネア!! レイドといちゃつくのなら、俺の許可を取ってからにしろ!!」


「え?? ハドソン先輩のですか??」


「おうよ!! こいつと俺は相思相愛なんだ。つまり!! この関係をぶち壊そうとする奴には……」


「誰がお前と相思相愛だってぇ!?」



 圧し掛かる三人を自慢の脚力で跳ね除けてやった。


 全く、会って直ぐこれだもんな。


 変わっていない事に陽性な気持ちが湧きつつもほんの僅かに呆れてしまう。


 もう少し軍人らしく規律を重んじなさいよっと。



「っとぉ。お――お――。大の男三人を容易く跳ね退けるなんて。流石、伍長殿ですなぁ」


「五月蠅いぞタスカー。階級の事を弄るのならお前さんは俺のより下の階級だ。上官に対してあるまじき行為だぞ??」


「うはっ。階級が上がると口調も偉くなるのかねぇ」


「うっせ」



 腕を組み、馬鹿面を浮かべて俺を揶揄うタスカーに言い放ってやった。



 明るい茶の短髪、背は俺達の中で一番大きく成績も優秀で教官達はトアかタスカーを首席卒業と睨んでいた様だが……。


 コイツは向上心がまるで見られず、更には私生活での怠惰や度重なる謹慎等々。素行不良の所為で首席卒業とはならなかった。


 だが、そんな悪い奴に一定数の女性は惹かれる様で?? 同期の女性そして後輩の女性からもコイツに密かなる想いを寄せている話を度々聞いたのだ。


 タスカーの性格を端的に言い表すと、どちらかと言えば優等生というよりも場を明るくしてくれる感じの良い存在かな。


 こうして良く揶揄って来るのだが仲間を想う力は人一倍強く、指導で上手くいかない事があると物言わずとも。



『レーイ―ドちゃん。なぁにか考え事かい??』



 と、明るい声と表情と共に相談を持ち掛けてくれるのだ。


 決して口は出さないけどコイツとの会話で幾度か心が救われたのは確かだ。



「久々に見たらさぁ。首席卒業のトアと一緒に仲良く昇進してるもんなぁ――」



 頭の後ろにのんびりと手を組んでハドソンが話す。



「その点については俺も不思議なんだよ。俺みたいな箸にも棒にも掛からぬ存在が昇進しちゃってもいいのか、ってね」


「ふぅん。――――。お前、トアと何かあったのか??」


「はぁ?? それ、どういう意味だよ」


「そう言う意味だってぇ。聞いたぜぇ?? トアと一緒に護衛任務に就いたんだろ??」



 あぁ、シエルさんを護衛した任務の事か。


 トアの奴め……。任務の詳細は例え仲間内だとしても守秘義務が課せられている事を忘れたのか??



「イル教の皇聖さんを目的地まで護衛した任務だな」


「その時にぃ……。やっちゃったのか」


「ぶっ!!」



 こ、こいつはぁ!!


 よくもまぁ公の場で、卑猥な事を言えるな!!


 でも、馬鹿な事を良く話すハドソンにはお誂え向きかも。同室で近くのベッドで共に過ごした為か、コイツとは誰よりも長く会話を交わした。



 やれどの子が可愛いだ――、とか。やれあいつとあいつはやった――、とか。


 会話の内容は主に訓練、座学以外。真面な会話は指で数える程度しか記憶にない。


 でも、下らなくて他愛も無い会話で疲弊した心が潤ったのは良い思い出だよ。


 黒みがかった金の髪を揺らし、吹き出した俺の様子を見てニヤニヤと笑みを浮かべていた。



「やってねぇ!!」


「本当ぉか??」



 じぃっと下から覗き込む様に俺の顔を窺う。



「断じてない!! 俺とトアはそんな関係じゃないんだよ。本人に聞いてみれば分かる筈だ」


「ふぅん。ウェイルズ、お前トアと同じ前線基地配属だっただろ?? 何か聞いていないのか??」



 ハドソンがウェイルズの大きな肩を軽快にポンっと叩く。



「さぁ?? 特に変わった様子は無かったけどな」


「どうせお前の事だ。色恋沙汰なんかより飯の事にしか興味無かったんだろ」


「良く分かったな。トアの飯を食おうとしたら殺されそうになったんだ」



 それは自殺行為だぞ。


 ウェイルズの発言に同意をせざるを得なかった。



 こいつも変わっていなくて良かったのやら、良くないやら。


 俺達と同い年で背は俺と同じ位。


 軍に入隊しようとした志望動機は……。なんと、たらふく飯が食えると考えての事だそうだ。


 よくもまぁそんなどうでもいい志望理由で合格出来たなと考えたが、面接時にはこの事は胸に秘めていたらしい。


 そりゃそうだ。


 面接の時に。



『御飯を沢山食べたいからです』



 何て言ってみろ。即刻門前払いを食らっちまうだろうさ。


 少し蓬髪気味の黒の短髪の角ばった頭をポリポリと掻き、食い損ねたトアの飯を考えているのだろうか。


 ちょっとだけ口をモゴモゴと動かしつつ笑みを浮かべていた。



「「あははは!!!! ちげぇねぇ!!」」



 ウェイルズの発言に腹を抱えて笑う二人。


 後輩達の手前。


 我慢しようとしていたが、彼等の笑みを誘う空気につられ。ついつい口角が上昇して陽気な笑い声を澄み渡る空へと放ってやった。




お疲れ様でした。


現在後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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