第六十三話 微睡の中の強制誘引
皆様、おはようございます。
本日の投稿になります!!
朝の余韻を楽しみつつ御覧下さい。
硬くも無く、柔らかくも無い。丁度俺好みの硬さの布団の中で寝返りを打つ。
夜も明けきらぬ山の空気は初夏と言えども大変冷たいのです。
布団から覗く顔は冷たい空気に晒されるものの、首から下は心安らぐ温もりに包まれ。この温かい空気が眠りを昇華。
体の芯に残る疲労が溶け落ちるまで心地良い空気に浸からせてやろう。
現実と虚構の狭間の意識を持つ体はそう判断して体をきゅっと丸め、夢現な意識で微睡を楽しんでいた。
最高ですよ、最高……。
このままずぅっとこの温かい空気に包まれていたいですね。
「――――。起きて……。さい」
数時間後には痛烈に、そして痛感出来てしまう叶わぬ願いを唱えていると。清涼な空気に混じって女性の声が響いた。
ん??
誰か……。俺の事を呼んだ??
小鳥の囀りにも劣る大変小さな音が鼓膜を震わせるものの。
起床時間は大分先だし、それに。今の声が現実である確証も無い。
瞳をきゅっと瞑ったまま、枕に横顔を乗せつつ引き続き微睡を楽しんだ。
「起きて、下さい……」
うぅむ……。
残念ながら、この声は現実の物のようだ。
小さな手が俺の肩を掴み、ユサユサと揺らしていますからね。
「ん……。何か……。用??」
不承不承ながら瞼を開けるとそこには……。
本日も大変素晴らしい角度で四方八方へと寝癖を放つ藍色の髪の女性がちょこんと座っていた。
こんな朝も早く……。
いいや。
まだ夜と判断しても差し支えない時間帯だ。
こんな時間に起床を促すのは余程の火急の件でなければ有り得ない。
しかし。
彼女の顔を見る限り焦燥感に苛まれている事も無ければ、切羽詰まった感じも見受けられない。
今も眠たそうにグシグシと目元を擦っていますからね。
「起きて下さい」
俺が動こうとしない事に苛立ちを募らせたのか。
むぅぅっと眉を顰めて再び肩を食む。
いや、ちょっと待って。
「いきなり起きてって……。まだ日が昇っていないよ??」
首だけを器用に動かし、窓の外を確認するが。
朝の来訪を伝える鳥達も木々の枝でぐっすりと熟睡を続ける時間であった。
「本日の模擬戦に備え、確認しておきたい事があるから」
「えぇ……。後にしてよ……。こんな早い時間から何も……。ふわぁぁ……。起きる事無いじゃないか」
寝返りを打ち、カエデに背を向けて話す。
この起きているのか、眠っているのかが判断出来ない微睡が堪らなく心地良いのですよっと。
「――――。朝の稽古が始まり、朝ご飯が始まります」
えぇ、そうですね。
足音を一切立てず、再び俺の目の前に現れた彼女に対して一つ頷く。
「腹を抑え、阿鼻叫喚の地獄絵図が始まってしまっては時間が足りませんし。何より、レイドの体力がもちません。その考えに至り、こうして朝の稽古の前の時間を頂きに参った次第です」
「――――。事情は分かったけど……。一体全体何を俺にさせる気なの??」
こんな早い時間から組手とか勘弁して下さいよ??
「これの効果を試したいのです」
そう話し。
此方の頭上の枕元から抗魔の弓を持ち上げた。
いつの間にそこに置いたのですか??
「弓の効果??」
「はい。先日、大変素晴らしい威力を拝見したのですが。あの威力は結界に通用するのかどうかを確認していなかったので。その効果を確認する為にお願いしているのです」
ふぅん。そうなんだ。
流石は隊長殿で御座います。小隊員である自分は貴女の様な勤勉な姿を見習うべきだと、常々考えております。
しかし。
自分は大変疲れておりますので、はいそうですかと一つ返事で起床出来る体では無いのですよ。
「それ、ちょっと引くだけでも物凄く疲れるんだ……。寝起きで引けって言われても……。ねぇ……」
温かい布団の中へと潜り、くぐもった声でそう話す。
「ですから。体力が万全であるこの時間帯に態々起こしたのですよ??」
早く起きなさい、と。
出勤前の朝。
今日はちょっと風邪っぽいなぁっと丸見えの嘘を吐き。仕事に出掛けたく無いと、布団の中へ潜り込んで最後の最後まで粘る夫の布団を引っぺがす恐妻家の如く。
俺の布団を掴み、体全体を冷たい空気へと晒そうとする。
「か、勘弁して下さいよぉ……。朝の稽古を終えたらやりますからぁ……」
ひしと布団にしがみつくものの。
寝起きな所為で力が全く入らん。
それに??
彼女の憤りはそれ相応に募っているのか。何処にこんな力が宿っているのだろうかと疑問になる強さで布団をグイグイと引っ張ってしまう。
「体力の消耗を加味して、それでは十分な効用が得られません。いい加減……。起きて!!」
「いやぁぁっ!!」
布団が宙に舞い、体温で温めた素敵な空気が瞬時に霧散。
嘘丸出しの夫の体は山の冷たい空気に晒されてしまったとさ。
「さっむ……」
ダンゴムシさんもコクコクと頷く丸みを体で描き。
精一杯の抵抗を敷布団の上で行うものの。
「起きないと体に穴が空きますよ??」
魔法陣から放たれる眩い光が上下左右から放射されてしまい、丸みを解除。
「はぁ………。分かった、降参だ」
後頭部をガシガシと掻き、大変冷たい空気の中で上体を起こした。
やれやれ……。
隊長殿は一度決めたら中々折れませんからねぇ。
仕方がない。起きるとしましょうか。
「やっと起きましたね」
「人並みに疲れているし、それにこんな……。ふわぁぁぁぁ……。早い時間だからね。じゃあ、行きましょうか」
上半身をグンっと伸ばし。
我儘な体に覚醒を促して立ち上がった。
「弓、持つよ」
「有難う御座います。では、私に続いて下さい」
は――い、はいはい。
隊長殿の指令通りに動きますよ――っと。
大部屋へと続く仕切りを開け、本日も女の香が溢れる大部屋へと足を踏み入れた。
「すぅ……。すぅ……」
ユウがキチンとお行儀良く布団の中で妬ましい程溶けきった表情を浮かべて眠り続ければ。
「んん……」
朝も朝から淫靡な声を漏らしてアオイが寝返りを打つ。
そして、最後。
君は一体どうしたらそんな寝相になるのだい?? と。
問いたくなる彼女の姿を捉えてしまった。
「バルル……。ふにゃらぁあ……」
なだらかな傾斜が気に入ったのか。龍の姿で頭を坂の下、足は坂の上。
絶対に寝にくいだろうと問いたくなる仰向けの姿勢で枕の上に転がり、粘度の高い唾液をこれでもかと口から零す。
透明な液体がもう間も無く枕に垂れ落ちてしまう。
その刹那。
「ジュビッ!!!!」
大量の空気を吸い込むと共に、うどんを啜る要領で唾液を一気に口の中へと吸収。
そして。
「ンガァァラァ……」
鼾を搔き始めると唾液が溢れ始めた。
唾液が枕にくっつきそうで、くっつかない。
何だかモヤモヤした感覚が心を包み込んだ。
「あれ、凄い寝相だよな」
無音歩行を続けつつ大部屋の中を移動しながらカエデに話す。
「もう私は慣れました」
そうですか。
俺は何度見ても慣れる気がしませんよ……。
しっちゃかめっちゃかな寝癖の彼女に続き、大変寒い空の下へと躍り出た。
「ふぅぅ……。さっむっ!!!!」
頑丈な訓練着を寝間着にしていますけども、それでも冷涼な山の空気が体を包み。体の芯から冷やしてやろう、そんな横着な薄い霧が漂う空気が皮膚から侵入してしまった。
体を擦り、摩擦熱を発生させる要領で温め続けながら丘を下り。
薄暗く、ぽかんと開いた訓練場の中央に到着した。
「それで?? 俺は何処を弓で穿てばいいのかな??」
遠くに見える朝霧に霞んだ木か。
それともその奥に見える子供の大きさ程度の岩か。
隊長殿の御言葉を待ち、体が冷えぬ様に摩擦を続けていると。
「この結界を狙って下さい」
カエデが俺の真正面に結界の壁を構築し、細い指で指した。
「結界を?? またどうして」
「その弓の名は抗魔の弓。魔に抗う弓、と解釈出来ますよね??」
そりゃあ、まぁ……。
そう呼ばれていますからねぇ。
経年劣化した灰色の木製の弓へと視線を落とす。
「つまり、私達魔物に対して有効な手段であると考察できます。フォレインさんもそう仰っていましたよね??」
「確かに……。そう仰っていたな」
少し前の記憶を手繰り寄せて思い出す。
確か……。
『魔力を持つ者に大変有効な攻撃を与える事が出来る』
又。
『矢が対象に突き刺さると相手の魔力を抑制させ、抵抗力を奪う』
と、仰っていたな。
全文はまだ覚醒に至っていないこの体では思い出せませんのであしからず。
「魔物に対して有効であるのならば、その魔物が作り出した結界にも効果があるとの考えに至りました。 淫魔の女王は大変強力な結界を構築出来ます。その対抗策、つまり弓が効果的であると確証を得たいが為。こうして朝早くに呼び出したのですよ」
ふぅむ。成程ね。
不確実な事を頼りに作戦を練るのは憚れる。
作戦を確実に勝利へと導く為にこうして中々起きない横着者の尻を叩いた訳ですか。
「分かった。じゃあ、一射だけ試してみるよ」
「宜しくお願いします」
カエデがちょこんと頭を下げ、結界から数歩離れた位置へと移動した。
さてと……。
カエデの魔力で作られた結界だからそれ相応に強力な筈。
此方もある程度の力を籠めて穿たないとな。
「ふぅ…………」
体の奥から息を吐き。
「ん……」
温かい吐息が冷涼な空気に触れると形容し難い白の形を模り。
その霞を揺らめかせながら弓を構えた。
威力は……。
三割程度で射ってみましょう。
全力で解き放ったらこの前は気絶してしまいましたし。
弦に指を掛け、筋力を動員して強く引くと朱の矢が現れた。
「今現在、力はどれ位籠めていますか??」
「三割程度だよ」
ふむっと。
小さくコクンと頷いたのを合図と捉え。
「行くぞ!! はぁっ!!!!」
正面。
約十メートル先の堅牢な壁へと矢を放った。
朱の矢が朝霧を切り裂き、甲高い音と共に壁に突き刺さると。
「「おぉっ!!!!」」
着弾箇所から亀裂が四方へと伸び、堅牢な壁が崩れ落ちてしまった。
すげぇ。
この弓にこんな効果があったなんて……。
「カエデ!! 砕けたぞ!!」
「その様ですね。お見事です」
小さな御手手を合わせて柏手を打って頂けるのですけども……。
「はぁ――…………。つっかれた……」
虚脱感が体を急襲。
疲弊した上半身の指示通りに膝へ手を置いてしまった。
こ、これがキツイんだよ。
効果は覿面な一方。
体に襲い掛かる返礼の品が大き過ぎますって……。
「疲れました??」
「そりゃあ朝も早くから叩き起こされて全力疾走したら誰だって疲れるよね??」
此方の様子を満足気に眺める体長殿をちょいと睨んでやる。
「ふふ、そうだね」
でも、何んと言いますか……。
この笑みで苦労が報われた気がするよ。
さて!!
布団に戻って二度寝を楽しもうかな!!
弓を手に持ち、平屋へと進もうとするが。
「じゃあ、引き続き今度は此方の壁に向かって射って下さい」
隊長が有無を言わさずに再び壁を構築してしまった。
「え、ちょっと待って。まだ試すの??」
「どの程度の厚さまで対応出来るのか、私が把握しておかなければなりませんので」
それが当然ですよね?? と。
何か間違っていますかと首を傾げてしまった。
この隊の隊長は大変手厳しいですねぇ……。
「はぁ――……。それでは、指示をどうぞ。隊長殿」
「隊長の指示は絶対ですからね」
漸く太陽が昇り始め彼女の背後から後光が射す。
今日も初夏に相応しい暑さになりそうだと理解出来る太陽の光。
その光と比例した輝かしい笑みがカエデに顔に表れた。
しかし、何んと言いますか……。
お可愛い顔とは裏腹に、四方八方に伸びる寝癖が大変可笑しな影を大地に作ってしまっている事が残念であります。
隊長の若干恐ろしい声色の指示に従い、予想だにしなかった朝稽古前、朝稽古を開始したのだった。
◇
早朝前の隊長の指示。並びに朝の階段稽古に師匠から授かった大変ありがたぁい指導。
極めつけは筋疲労が蓄積された体に常軌を逸した量の食物を捻じ込まれたら人体はどのような反応を見せてくれるのか。
それは、至極簡単です。
「ふぁぁ……」
意図せずとも顎間接が最大限まで稼働し、いい加減に休めと此方に合図を送ってくれるのです。
本日も嬉しいやら憎たらしいやら。
馬鹿みたいに晴れ渡った空から降り注ぐ強い陽射しの下でも欠伸が出るわ出るわ……。
「「ふわぁっ……」」
俺に釣られてか。
マイとユウも大欠伸を解き放ち、ムニャムニャと口元を波打つ。
欠伸って、何だか移っちゃうよね??
「レイド様、眠たいのですか??」
「あぁ、それはもう……。ワインでビチャビチャになった床でも良いから横になって明け方まで何の不都合も無く安眠を享受したいね」
「お疲れの様で御座いますわねぇ。宜しければ、私の膝をお貸ししますわよ??」
女性らしい丸みを帯びた太腿さんをポンっと叩きつつ話す。
「いや、それは結構です」
そんな所で眠ったら安眠処か。
「…………ちっ」
永眠してしまいますよっと。
此方の様子を横目で窺う彼女が大変分かり易い憤りを籠めて舌打ちを放つと。
「待たせたな!!」
師匠が軽快な声を上げると共に。
「何だぁ?? 随分と良い感じに草臥れてきたじゃないか」
「うふふ。これは食事の量を見直す必要がありそうでうねぇ……」
お世話役のメアさんとモアさんを引き連れて訓練場へと下って来た。
「ん?? どうしたのよ、二人共」
マイが二人へと視線を送る。
「これから始まる訓練に、私達も参加するのですよ」
モアさんは桃色を基調とした浴衣に身を包み。
そして、今日も目元は半月も手本にしたいとの声を放つ程に湾曲している。
「そ――そ――。詳しくはイスハ様から聞きな」
一方。
メアさんは涼し気な青色の浴衣に袖を通し、女性らしい双丘が奥に住まわれる襟付近を指で掴んで。
「あっつ――……」
新鮮な空気を山の谷へと送っていた。
うん、所作に気を付けましょうね。
昨晩、師匠が模擬戦を行うと仰っていたからその手伝いだろうか??
何はともあれ、先ずは師匠から指示を頂きましょうか。
一列横隊に並ぶ此方の前。
口角を上げ続ける師匠へと視線を送った。
「では、昼からの稽古の内容を発表する。昨日話した通り、お主達には対淫魔を想定した模擬戦を行うのじゃが。これ……」
そこまで仰ると師匠の後方に控えていたモアさんを促す。
「先ずはこれを……。レイド、カエデが受け取れ」
「どちらの色を選ばれますか??」
モアさんが差し出したのは赤と白の鉢巻きだ。
「カエデ、どっちの色を選ぶ??」
俺的にはどちらでも構わないけどね。
「カエデ!! 赤よ、赤!! 白なんてぜってぇ有り得ないわ!!」
「白を選びなさい!! 卑猥な赤など言語道断です!!」
「あぁ!?」
何でこんな下らない事であなた達は喧嘩を始めようとするのですか??
「では……」
カエデがすっと手を伸ばし、赤の鉢巻きを手に取った。
「はっは――!! 流石カエデ!! いい感覚じゃない!!」
「ちぃっ……」
「それで、師匠。この二本の赤の鉢巻きをどうすれば??」
恐ろしい瞳を浮かべ、カエデの手元へ視線を送るアオイを尻目に鉢巻きを受け取り問うた。
「それを額に結べ」
了解です。
指示通りに額へとキツク結び、再び師匠へと御顔を向けた。
「よし!! では、説明を開始する!! お主達五名は今からモア、メアと相対して模擬戦を行う。勝敗はこうじゃ!! レイド、カエデ。この両名の鉢巻きを奪取されたらお主達の負け。勝利条件は……」
「私の鉢巻きを奪ったら勝ちですよ――」
ちょっとだけくすんだ白の鉢巻きを額に巻くモアさんがそう話す。
「えっと……。では、俺達は五人掛かりでモアさんの鉢巻きを奪えば宜しいのですね??」
「正解じゃ。制限時間は日が暮れるまで。それまでに鉢巻きを奪えば本日の稽古は終了じゃ。早く奪えばそれだけ休める時間が増える。精々、気を張る事じゃな!!」
「何だ!! 余裕じゃん!!」
「だといいのじゃがなぁ…………」
師匠のあの笑みはきっとこう仰っているのだろう。
『やれるものならやってみろ』 と。
あの二人の実力は未知数なので、余裕だと叫んだ彼女の台詞は反面教師にしましょう。
「継承召喚は禁止。詠唱可能なのは付与魔法のみとする」
「じゃあ何だ?? メア達は普通に魔法をしようするって事??」
ユウが腕を組みつつ話す。
「そうじゃ。流石に五人相手は手厳しいからのぉ」
彼我兵力差は二倍以上なのだ。
超朝から受けた海竜さんからの指示、並びに恐ろしい狐さんから頂いた稽古のお陰で体が限界を迎えているのです。
モアさんの鉢巻きを奪えば昼寝が出来る!!!!
この倦怠感から逃れられるのだ!!
そう考えると、俄然やる気が出て来たぞ。
「早く奪えば、早く休める……。皆!!!! 分かっているとは思うけど、気合を入れて勝つぞ!!」
「「おうよ!!!!」」
俺の覇気ある声にマイとユウが答え。
「では、左右に別れて作戦を練ろ」
「分かりました!!」
師匠の指示通りにモアさん達とは正反対の位置へと移動し始めた。
ふふ…………。
師匠、俺達の力を侮ってはいけませんよ??
何せ。
大好物を目の前にぶら下げられた馬みたいに、我武者羅に駆け始めますので。
この場所で初めて与えられたご褒美に陽性な感情が湧き、それを引っ提げて移動を開始した。
最後まで御覧頂き、有難う御座いました!!
引き続き、休日を御楽しみ下さいね。