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第二百二十七話 世のお父さん達は朝寝坊を望む

お疲れ様です。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。




 朝の訪れを知らせる鳥の歌声は時に非情だ。


 本人達は何のしがらみも無く勝手気ままに御自慢の喉を震わせて高らかに歌っているのだろうけど。それを聞く立場の事も少しは考慮して貰いたい。


 少々硬いながらも温かくて十分な寝心地を提供してくれる布団の中、鳥の歌声に呼応する形で小さく体を動かす。



 くそぅ。全然寝れなかったぞ。


 丼計算で……。凡そ三時間ってところか。


 憎き敵を完膚なきまで叩き潰したのは、凡そそれ位前でしょうね。



 大地に月明りが届かぬ程にどっぷりと夜が更けても拙い蝋燭の明かりを頼りに筆を走らせ。妙に頭の片隅に残る誰かさんの寝言に聞き飽きた頃、漸く完成に至った。


 一つの大仕事をやり終え目に浮かぶ感無量の涙をそっと拭い、芋虫に似た動きで布団の中へと潜り込んだ。


 布団の中に広がるひんやりと冷たい冬の空気を己の体温で温めつつ、お疲れ様でしたと自分自身に言い聞かせ眠りに就いた。


 布団の中の空気が冷たいものから小春日和と遜色無い温かさに変容したと思いきや……。これだもん。


 誰だって鳥達の歌声に文句を言い放ちたくなるものさ。


 布団の端っこをぎゅっと握ってまだ眠りを享受していたい体勢を取っていると。まだ薄暗い部屋の中に冬の澄み切った空気よりも軽い声が届いた。



「レイド。起きて」


「――――。カエデ、か」



 もそもそと布団の中から顔を覗かせると、藍色の髪の女性が枕元にちょこんと美しい正座をしてこちらを覗き込んでいた。


 お、おぅ……。相変わらず凄い寝癖だな。


 藍色の前髪は美しい半月を彷彿させる様に反り返り寝惚けている端整な御顔を露出させ、横髪は荒々しい波を想像させる程に波打っていた。


 見方によっては怪しい実験に失敗してしまった数奇なる科学者にも見えないかしらね。



「もう直ぐ出発」


「うん……」



 荷物はもう既に纏め終えている。


 朝も早くから皆を起こしては悪いと考えて小部屋の隅に纏めて置いてあるからね。


 ここから空間転移する際、向こう側で人に見つかっては不味い。至極当然の判断となり少し早めの出発をカエデに依頼したのだ。


 合同訓練が始まる前にレフ少尉へ書類を提出する時間もあるし、時間がありそうでないのだよ。


 それでも……。



「荷物は纏めてあるから。後、五分だけ……」



 着替えをさっさと済ませば五分位の余裕は出来るであろう。


 蜜よりも甘い考えを持ち温かい空気の中へと再び潜っていく。


 はぁ……、温い。まるで聖母の抱擁を受けているみたいだ。



「駄目。ちゃんと時間通りに行動しないと間に合わないよ」



 聖母の抱擁を解こうとして小悪魔の小さな手が布団を引っぺがそうと布団の端を掴む。



「お願いします。どうか、どうか……。後生ですから……」


 それに対抗する為、明確な拒絶の意思を持って布団をひしと抱きしめた。


「悪い子に育てた覚えは……。ありませんっ!!!!」


「さっむっ!!!!」



 温かい空気を留めてくれる布団が彼方へと飛翔すると同時に冬の洗礼を体全体で受け取ってしまう。


 山腹もあってか。平地のそれと比べるのも失礼な程に冷え切っていた。



「さ、起きましょうか」


「カエデ達はいいよな。まだまだ休みなんだし……」



 敷布団の上に残る僅かな温かみに体全体を出来るだけ接着させて話す。



「残り三日間ですね」



「だろ?? 俺は今日から二日間、軍の合同訓練へと行かなきゃいけないんだ。大体さぁ。休みが少な過ぎると思わない?? 毎度毎度何処かへと御使い代わりに出発させられ、帰って来たらまた次の任務の説明と呆れた量の報告書……。俺だって本当はドンっと一箇所に腰を据えて任務に勤しんでいたの。お分かり??」



 敷布団を丸め、ミノムシの如く分厚い布団を纏いつつ愚痴を零す。



「それがレイドの為すべき事ですから」


「それは分かるよ?? でもねぇ、折角の休みも口喧しい連中達の所為で満足に体力の回復をさせて貰えないし」


「そうですね。その点に関しては多少なりにも同情します」



 多少、なんだ。



「と、いう訳で。俺はもうちょっと丸まっていますので……」



 冷たくなっていた敷布団も温まって来た事だし。


 もうちょいと休める。だがこの考えは九祖の血を引く者の前では大変甘い考えだと痛感させられてしまった。



「言う事を聞かない子にはお仕置きが必要かも知れませんね」


「は?? うぉぉ!?」



 目の前で光りが爆ぜたと思いきや突如として体が宙へと舞い、柔らかい敷布団の上に尻もちを着いてしまった。



「やっと出て来ましたね」


「敷布団から引っ張り出すのに態々空間転移の魔法を使わなくてもいいじゃないか」



 ぼうっとする後頭部をガシガシと掻く。



「ふふ。駄目ですよ?? そうやってむくれても」


「はぁ――……。分かった、着替えるよ」


「はい。いい子です」



 俺は子供じゃないですよ?? でも、まぁ。傍から見たら子供じみた行動だよね。


 憐憫足る思いを振り払う様に大袈裟に立つと同時に男らしく寝間着を脱ぐ。



 うへぇ……。さっむ!!


 夏は夏で暑いと文句を垂れ、冬は冬で寒いと苦言を吐く。


 人間って生き物は一々苦言を吐きつつ生きる生物なのかもしれない。それはきっと考えて生きる者だからであろうさ。


 出来る事なら今この瞬間だけは何も考えられない単細胞生物にこの体の制御を一切に任せて、本当の自分は温かい何処か別の場所で呑気に深い眠りを味わっていたいものだ。


 叶わぬ願い。下らない妄想に耽っていると不意に背後から視線を感じた。



「――――。どした??」



 振り返るとそこには今し方俺が身に纏っていた敷布団の上にちょこんと座り、いつもよりちょっとだけ目を丸くしているカエデが居た。



「傷、増えたなぁって」


「あぁ。見ていて気持ちの良い物じゃないよな」



 傷跡を見て高揚する者はそうそう居ないだろう。


 世の中は広いし、探せば一人や二人居るかも知れませんけどね。



「それに。ちょっと広くなったね」


「広く??」


 体を捻り、背中を見ようとするが。


「そうは見えないけど……」



 視界に映るのは精々肩口の肌だ。


 筋力が増加したとは考えられないし、背も伸びているとも考え辛い。



「そういう意味じゃないよ」



 ふふっと静かな笑い声を漏らして話す。



「うん?? どういう意味??」


 要領を得んな。


「そうだね……。う――ん……。強いて言い表すのならばお父さんの背中、みたいかな」



 お父さんの背中、か。


 それは日々の仕事に疲れクタクタになって家に帰って来ても。妻の小言や愚痴、子供の遊びに付き合い疲弊しきった貧しい背中という意味でしょうかね。


 その点については誰にも負けない自信がある。


 カエデから見れば俺の背中はそこまで疲れきっているのであろう。



「お父さんって。そんなに疲れきって見える??」


「そういう意味じゃないかな」


「じゃあどういう意味なの??」



 えっと……。上着は……。


 あぁ、あったあった。


 シャツを羽織り、小部屋の隅に綺麗に折り畳まれている茶の皮の上着を見つけそちらへと移動を始めた。



「内緒」


「内緒って……。そこまで言ったのなら教えてくれてもいいじゃないか」


「直ぐに起きない悪い子には教えてあげません」


 人差し指をスっと立て、麗しい唇へと接着させて話す。


「今度、早く起きたら教えて貰うよ」


「その機会があれば良いんですけど」



 こうしてカエデと静かに二人っきりで会話を交わせるのは数週間に一度あれば良い方かもね。



「よし!! 荷物も持ったし、空間転移をお願いしてもいいかな??」



 これ以上食べられません!! と苦い表情を浮かべているこんもりと盛り上がった背嚢を背負い、肩から鞄を掛けて話す。



「うん。良いよ」



 カエデが目を瞑り、彼女の細い体の奥底から力強い魔力の鼓動を感じると同時に足元に光り輝く魔法陣が出現した。


 寝起きでしかもこの圧。鍛錬に赴く必要があるのかさえ疑問が残るよ。


 だが、それでも滅魔とやらには勝てなかったのだ。恐ろしい相手だと思うと同時に、カエデ達には些か失礼だけど。どんな相手なのだろうという怖いもの見たさが湧いて来てしまう。


 見たら見たで、見なきゃ良かったなと後悔するんだろうけど。



「準備出来たよ」


「宜しく!!」



「うん。いってらっしゃい…………。あなた」

「それらわらしのパンッ!!」



 空間転移の魔法特有の白い靄の出現と、誰かの摩訶不思議な寝言の所為で後半部分を聞き逃してしまった。


 今の寝言、マイだな。


 どうせだらしなく涎を垂らしつつ、鋭い爪で腹をガリガリと掻いているのだろうさ。


 女性らしからぬ寝姿が容易に浮かぶぞ。



「へ?? 何て言った??」


「何にも。明後日の夕方に迎えに行くからね」


「了解。そっちも五月蠅い連中を叱ってやってな」


「可能な限り努力しましょう。何か問題があったらレイドの所為だからね」



 それは聞きたくなかった。


 どんよりと沈む口調を最後に、無音と白に包まれて宙に浮く感覚に己が体を任せた。


 やっぱり何度経験しても慣れないよなぁ。


 足元がふわふわして、どこか落ち着かない感覚が暫く続くと……。ふっと視界が晴れ渡って行く。




「――――。おぉ、流石カエデだ」



 視界が捉えたのはいつもの小高い丘の背後。


 夏の元気な草々は寂しい姿に移り変わり吐く息は微かに白む。未だ日が昇ろうか昇るまいか考える暁の時刻。


 冬特有の景色がより一層寂しく見えてしまうね。


 勿論、冬は冬で美しい景色を奏でてくれるんだけど……。どうも好きじゃない季節かな。


 俺が拾われたのも真冬の寒い季節だし。きっと頭では理解していても心、若しくは体の奥底が拒絶の意思を表しているのかもしれない。



「さてと、行きますか」



 こんな何の変哲もない場所で物思いに耽っていても体は目的地へと進む訳じゃない。


 背嚢を背負い直し、己の足でなだらかな丘の傾斜を登り始めた。
























 ◇




 日が昇る前の暁の頃。一人の軍人がのっそりと丘から現れたら不自然に思われないだろうか??


 小高い丘の頂点へ到達して辺りの様子をそっと窺うが……。



「ふぅむ。人通りは少ないね」



 遥か遠く王都の西門から伸びる道にも、遠路遥々大きな街へと足を運ぶ者も疎らにしか確認出来ない。


 冬の早朝の寂しさに拍車を掛ける姿だが、今から数時間後には人の営みをこれでもかと痛感させられる姿へと変容するのだ。


 この時間だけは静かに寝かせてくれと道も考えている筈さ。


 まぁ、道に意思は無いから俺の下らない妄想だけど……。


 下らない転倒に気を付け斜面を下り終えて今もぽっかりと口を開いている西門へのんびりとした歩調で進んで行く。



 合同訓練の集合場所は西門を出た場所。


 つまり、ここになる訳なのだが。当然ながら早過ぎる時間な為その欠片さえも確認出来ない。


 皆、元気してるかな??


 ハドソン、タスカー、ウェイルズ。


 どこぞの友人は俺の事を含め馬鹿四天王と揶揄うが……。まぁ仲の良い者同士と認識されて悪い気はしない。


 実際、あの三人と仲は良い方だからね。


 馬鹿な事をして、馬鹿みたいに騒いで、馬鹿みたいに飯を食った。


 今も色褪せない思い出が頭の中に沸々と湧いては沈む。


 顔を見られなくてもいいから、存命である事を知っておきたいのが本心だ。厳しい訓練を潜り抜けて来たとは言え相手は異形の存在。


 命を散らしても誰一人として不思議には思わない。いや、寧ろ当然だと考えるであろうさ。



 殺意で醜く歪んだ黒い顔、生気を感じさせないドス黒い肌、薄汚い武器を構え無実の人々へと襲い掛かるオーク共。



 その顔を見たら一般人の方々は恐れ戦き、奴らへ背を向けて敗走を容易く決意させる。そしてその背を追い、尊い命を散らす為に武器を振り下ろす。


 人の命の明るい灯火を軽々と消失させる事に何の躊躇いも無い。



 発想の転換じゃないけど、第三者の視点から考察すれば完全無欠の兵士の姿にも見えないだろうか??



 心に湧く様々な感情や己の意思に左右されず只々命令通りに動き、純粋に指令を遂行する戦士。


 これこそ軍人の鏡足る姿だよな??


 俺もその端くれの一人だが、感情を捨てきれているかと問われれば。その答えは……。否だ。


 人は感情を持つ生物でありその感情によって行動が左右されると言っても過言じゃない。


 訓練生時代に、ビッグス教官から言われた言葉がふと過る。



『いいか!? お前達は軍属の身だ。滅私奉公。この言葉を心に刻み、行動する事!! いいな!?』


『は――い』


『誰だ!? 呑気な返事をした奴は!?』


『ハドソンです』


『またお前かぁ!! ちょっとこっちへ来い!!』



「ふふっ。そうそう。あいつ、いつも怒られていたっけ」



 懐かしき光景が陽性な感情を起こし、口から笑みが零れ落ちた。


 ビッグス教官が仰っていた滅私奉公。


 これは端的だが的を確実に射貫いている言葉だ。一人の軍人がこの大陸に及ぼす影響は砂粒よりも矮小かも知れない。


 だが、個を捨て去り。大陸の一部となって任務へと赴けばそれが伝播し、大きな成果へと繋がるのだ。


 実際。


 先の任務で得られた成果は大きいとレナード大佐も考えてくれたようで俺達に特別休暇を与えて下さった。



 私利私欲で暴利を貪る蛆虫、弱者を虐げる事に何の躊躇も無い屑。



 人の暗黒な一面も感情に左右されていると言っても過言では無い。


 どの一面も感情を起因としているのだから当然だ。


 高揚感を得たいが為に暴力を振るい、自己の金銭欲を満たしたいが為に守銭奴へと変容する。醜く顔を背けたくなる暗い一面だが、それもまた人間の一部。


 それを愛せと言われたら無理があるかも知れない。でも、それでも。悪魔的な顔を浮かべていても人間、なのだ。


 そう……。人間。


 人の皮を被った悪魔でも人間。深紅の液体で汚れた手を持っていても人間。


 俺達はそんな彼等を救う為に日々腕を磨いている。


 そう思うと何の為に俺は戦っているのだろうかと思うかもしれない。大多数の人は善を持ち、極僅かな者が悪を持つ。


 暗い面ばかりに視線を落とすのではなく、人間そのものを守る為に戦うと考えればいい。


 無理矢理にでもそう考えたいけどさ。


 どうしても暗い一面に視線が向いてしまうのだよ。


 俺の悪い癖かもしれないね。



 一人押し問答を続けていると巨大な壁がドンと腰を据え俺を悠々と見下ろし、開かれた門が俺の体を飲み込もうと大きく口を開いていた。



 おぉ――。相変わらず、大きな門ですなぁ。


 見上げれば首が痛くなる高さに惚れ惚れしてしまう。


 これだけ高ければミノタウロスの族長、ボーさんでもそう簡単に越えられないでしょう。


 いや……。越えようとはせず、拳でぶち抜くかな??



 数日振りの帰還を果たすと土の道から石畳の道へと変わり、足の裏の感覚が豹変する。


 中央の大きな道沿いに建てられた人の営みの象徴足る家々の数々、人通りは疎らで点々とその存在が確認出来る程度。


 朝早くの仕入れなのか、多くの作物を載せた馬車が小気味良い蹄の音を奏でながら中央へと向かって行った。



 中央屋台群の営業時間にはまだ早いし、普通の飲食店も閉店中。レフ少尉も当然心地良い睡眠を享受されているであろう。


 流石に早過ぎたか……。



 道端に座っていたら警察関係の方々から御咎めを食らいそうだし。どうしたものか。



「――――。あ、そうだ」



 合同訓練を終えたらウマ子と会えなくなるから今の内に可愛らしい顔をたっぷり拝んでおくとしますかね。


 時間潰しと言ったら確実に髪の毛を食まれてしまうので、賢い彼女には秘密にしておこう。


 朝霧の匂いが漂う大通りから一路人の存在が全く確認出来ない寂しい薄暗い道へと方向転換した。



 古ぼけた木の桶に溜まった水、見ていて心配になる木枠の窓。


 これぞ人の営み足る姿に目移りしつつ何となく和む光景に包まれながら歩いて行くと獣臭が鼻腔を擽る。



 そして家々に囲まれた薄暗い道を抜けると、我がパルチザン所有の厩舎の数々がこちらを出迎えてくれた。


 ルピナスさんは流石に未だ居ないかな。


 帽子を深く被り、鍬で藁を均す彼女の仕事姿を想像しながら厩舎の入り口へと足を踏み入れるが。人の気配は感知出来なかった。


 しかし、人の存在の代わりに多数の馬達が此方を迎えてくれる。



「「「…………」」」


「えっと。おはよう」



 そうか。合同訓練が行われるからいつもより馬が多いんだ。


 彼等へ向かってこの時間に相応しい挨拶を交わし、馬房の合間を進み行く。


 黒、茶、白のブチにちょっと変わった黒みがかった白。


 様々な体毛の馬達がそれぞれの時間を思いのままに過ごしている。ある者はうつらうつらと顔を上下に動かし、またある者は目をパチクリさせて俺の姿を珍しそうに見つめていた。



 この子なんか可愛いな。


 眠いのなら眠ればいいのにどうしても起きていたいのか。コクリコクリと頭を揺れ動かし、鼻頭に何かがぶつかると。



「っ!?」



 はっと目を覚まし。


 その物体を確認してからまた夢現と戻る。


 腕を組み、その様子を朗らかな気分のまま見つめていると不意に視線を感じた。



「おぉ!! リク!!」



 面白い顔の動きの隣の馬房から一頭の馬がぬっと顔を乗り出し、俺の顔を見つけると小さな嘶き声を上げる。


 合同訓練にはトアも当然参加するんだ。


 ここにリクが居ても不思議じゃないよな。



「元気か??」


 額に手を添えて優しく撫でてやる。


「…………」


 彼女は俺の手を優しく受け止め、蹄を一つ鳴らす。


「元気そうで何より。御主人様も元気なの??」


 俺がそう話すと。


 ふんっと鼻息を荒げてしまった。



「はは。そうか、元気か。アイツは元気の塊みたいなもんだからな。心配御無用だよね」



 今から数時間後にはその姿を確認出来る。


 どうせ、いつもみたいに軽快な笑い声と共に俺を揶揄うのだろうさ。



「じゃあな。ウマ子のところに行って来るよ」



 リクの頬をぽんっと優しく撫でて厩舎の奥へと向かった。



 さてさて。本日の我が愛馬の御様子は如何程でしょうか。


 まぁ、多分。というか、確実に怠惰な姿であると想像出来てしまう。


 う――ん……。横になっている方に賭けてもいいだろう。


 あいつ、どういう訳か馬房とか寛いで眠れる場所だと横になって寝るんだよね。


 大半の馬は大方立って寝るんだぞ?? 不思議を通り越して呆れちまうよ。


 馬達の興味の視線を浴びつつ、いつもの馬房の前に到着し彼女の様子をそっと窺った。



「……」



 うぉぉ……。な、なんてだらしない寝姿だ。


 藁を枕代わりに眠りこけ、楽しい夢を見ているのか時折前足をピクリと動かす。だらしなく垂れ下がった唇から覗かせる歯が怠惰な姿に拍車を掛けていた。



 背嚢と荷物を馬房の前に置き、閂の下を潜り抜け。


 さて、どうして起こしてやろうかと考えた。


 ここは一つ、男らしくビシっと言ってやった方がいいな。



「おい!! 起きないと人参を食わせるぞ!!」

『断固拒否する!!!!』



 俺の叫び声にビクリと体を動かし、大きく円らな瞳を開いた。



「よぉ、おはよう」


『あぁ』



 俺の存在を確認して安心したのか。それとも人畜無害の生物と認識しているのか。ふんっと鼻息を荒げて再びだらしない恰好へと戻ってしまう。



「あのな?? 御主人様が朝の挨拶を交わしたんだぞ。そこは馬らしく体を起こして挨拶を交わすんじゃないのか??」


『私は、私の意志で動くのだ』



 知らないね。


 そんな感じで地面の藁を一蹴りする。



「はぁ――……。どうしてお前はそうやって不躾な態度を醸し出すんだよ」


『誰だって突然起こされたらそうもなろう??』


「まぁ、そうだけども……」



 おっ。腹、空いているね。


 座り心地の良さそうな藁の上、そしてぽっかりと空いた馬の腹。


 ちょいと休ませてもらおうと考えウマ子の腹に背を預けてやった。



「よいしょっと。ん……。中々の座り心地だな」


『私の腹は背もたれでは無いぞ』



 ジロっと黒の瞳が俺の体に突き刺さる。



「いいじゃん。減るもんじゃないし。それに、こちとら早起きで……。ふわぁ――。寝不足なんだよっと」


『ふんっ。好きにしろ』



 彼女のお許しを頂けたのでそのままウマ子に倣い、だらしなく足を投げ出した。


 ふぅ、偶にはいいもんだな。


 こうして頼れる相棒と寝床を共にするってのも。



「なぁ」

『……』


「なぁ――」

『…………』


「なぁ!!」

『喧しい!! 眠らせろ!!』


「いって!!」



 しつこく呼びかけたら後ろ足で蹴られてしまった。



「暫くの間、会えなくなるんだ。だからこうして会いに来たんだ」


『用件はそれか』



 俺の言葉を受けてぶるっと厚い唇を震わせる。



「そうそう。大体、三十日位かな?? ほら、お前さんの大好きなカエデ達と厳しい鍛錬に向かうんだ」


『ほぅ』


「留守の間、寂しいか??」



 己の子を大切に撫でる様に、ウマ子の腹を優しく撫でてやる。



『寂しくは無いと言ったら嘘になるな』



 手に呼応するように、耳がピクピクと動く。


 知っているぞ。お前さんはここが弱いんだよな??



「申し訳無い。謝るのは違うかもしれないけど、一言伝えておくのが礼儀かと思ってね」


『ははっ。律儀だな』


「そりゃ……。まぁ……。お前の御主人だし……」



 ウマ子の呼吸に合わせて動く腹が一度は引っ込んだ眠気を誘い出す。


 優しい藁の香り、背に感じる温かさ。


 寝不足の身としてはこれ以上ない環境に瞼が自然と重くなる。



「帰って来たら……。また。会いに来るから……」


『首を長くして待っていよう』



 うん、悪いね。


 そう伝えようとしても俺の体は頭の命令を一切無視して口を堅く閉ざしてしまった。


 遅く、深い呼吸が思考を阻害し体の奥から湧き出る気怠さが眠気を刺激する。


 俺は考える事を一時中断して彼女へ背を預けたまま、夢の世界の入り口へと再び足を踏み入れたのだった。




お疲れ様でした。


本日の執筆の御供はいつも通りエイリアン2だったのですが、明日は買い物ついでに久し振りにレンタルショップに寄ろうかなぁっと考えております。


久しく本当に会った呪いのビデオを鑑賞していませんのでね……。



ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


週末のプロット執筆の嬉しい励みとなります!!!!



それでは皆様、良い週末をお過ごし下さいませ。

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