第二百二十一話 御風呂場での一悶着 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
「わぁぁ……。素敵……」
白濁の水面から立ち昇る湯気が微風に揺られ月明りに照らされるとより一層幻想的な景色へと昇華させている。
肌に纏わり付く温かい蒸気の末端が湯に浸かってもいないのにも関わらず、体の中に存在するしこりを解きほぐそうとしてくれていた。
ふふっ、お湯に入る前からこれだもんなぁ。
きっとこの陽性な感情はお湯だけじゃ無くて、マイさん達の存在も含まれているんだ。
「お――い!! 早くこっちに来て――!!」
人の姿のルーさんがお湯から立ち上がり、左手を大きく振って催促する。
「まだ体を洗い流していませんので――」
そう話すとちょっとだけ汚れが目立つ木の桶で湯を掬い体にゆっくりと馴染ませるように掛けていく。
んっ。ちょっと熱いかな??
季節は冬ですので湯の熱さに肌が驚いちゃったのかも。
「しっかし、まぁ…………。どうしてこれは浮くのかしらねぇ?? この世の謎だわ」
「湯に浸かるからだろ」
大きめの手拭いで体を洗っていると大変興味の湧く会話がこちらに届いた。
その声につられてマイさん達の方をチラリと見つめると。
「まぁまぁ良いじゃん。う、うおぉぉ……。何処までも沈んで行くわ」
「ってか、捏ね繰り回すの止めね?? くすぐったいんだけど」
嫋やかに揺れる白き蒸気の隙間から疑念と探求心の感情を惜し気も無く出すマイさんと、それをどう受け取ったらいいのか訝し気な表情を浮かべているユウさんが映し出された。
「カエデさん」
体を拭く手を一旦止め、隣でお行儀よく体を洗う彼女に問う。
「何でしょうか??」
「ユウさんのアレ。一体どうしたらあぁも巨大化するのでしょうか??」
私の疑問を受け、カエデさんが正面へと視線を移す。
「マイちゃん、ちょっと片方貸してね――。おぉ……。本当、凄いよねぇ。私のお母さんもここまでおっきくないもん」
「食べた物全部ここに収まってんじゃないの?? そうじゃなきゃ説明がつかないし……」
「あのさ、楽しそうに持ち上げているのは別に良いんだけど。流石のあたしもマジマジと見られるのは恥ずかしいんだ……、ぞっとぉ!!!!」
「「わぁっ!?!?」」
ユウさんが気合を入れ上体を揺れ動かすと、御主人様の御命令に従い胸が有り得ない上下運動をみせ二人の手を豪快に、そして苛烈に跳ね除けてしまった。
わ、わぁ……。
すんごいの見ちゃったな。
「種族特有の物です。大体、あんなに巨大な物をぶら下げている人の気が知れませんよ。肩は凝りますし嫌でも男性の目を惹き付けてしまいますので」
カエデさんがぽつりと言葉を漏らし、湯の熱さにおっかなびっくりしつつ白濁の湯に足を入れていく。
私も彼女に倣い洗い終えた体を湯へと浸からせてあげた。
「ですよねぇ。女性の私達でさえ思わず視界を奪われてしまうのですもの。男性が見たらどうなっちゃう事やら」
そう話すと、ふと一つの疑問が湧いて来る。
レイドさんはユウさんのお胸についてどう思っているんだろうか??
彼がもしも、その……。偏見ではありませんが、大きなお胸の方が好みであった場合です。
私の胸。ユウさん程におっきくないからなぁ――……。
ちょっと自信無くしちゃうかも。
「はぁっ……」
白濁の湯から覗く己が胸元を見下ろして情けない溜息を吐いてしまった。
「――――。御安心を」
「え??」
「彼は胸の大きさについて拘りは持っていないそうですよ」
「っ!?」
や、やだっ!!
そんな分かり易い顔しちゃっていたの!?
カエデさんに胸中を見事に察しされてしまい、途端に顔が熱くなってしまった。
「へ、へぇ!! ふぅん!! そうなんですか……。そっかぁ。そうなんだ」
それなら、まぁ……。
多少なりに自身持ってもいいのかな??
「大体、アレクシアさんも十分に大きいじゃないですか。私のそれと比べても全然違いますし」
優しく朗らかな顔から一転、ぎゅっと眉を顰めて話す。
「カエデさんは成長期ですからね。これからの将来性に期待してもいいのでは??」
まだ十六ですものね。
大人の入り口と、少女の出口の境目に立つ端整な御顔。
紺碧の海もカエデさんの藍色の髪には嫉妬を覚えざるを得ないでしょう。それ程に流れ行く髪には煌びやかな艶が備わり、感情を持つ者の心を惹きつけてしまうのだ。
「成長期、ですか。ふむ……。それならアレクシアさんにも、そしてあそこのお化け西瓜にも勝てる算段が持てるかも??」
「い、いやいや!! アレを目標にしていけませんよ!!」
挑もうとする者の心をいとも容易くへし折る聳え立つ巨大な壁ですよ??
歯向かおうとする心さえ烏滸がましいと抱かせるのだ。きっと、孤高の高みに鎮座して私達有象無象の者共の挑戦を、目を細めてほくそ笑むのでしょうね。
『ふふ、御苦労様。その程度の粗末な物でよく私に挑戦しようとしたわね??』
こんな感じかしら。
でも、ユウさんはそんな事絶対言わないからなぁ。
優しいのも時に残酷に映るものです。
「よぉ――。カエデ――」
湯に浸かりつつ私達が日常会話に華を咲かせていると、二つの巨岩を引っ提げたユウさんがこちらへと歩んで来る。
わぁ……。ユウさんもカエデさんと同じく体中に痣が目立つな。
でも、カエデさんのそれと比べて随分と薄くなっている気がしますね。
治りが早いのかな??
「どうしました?? ふむ……。怪我の経過は良好のようですね」
私と同じ着眼点を持ってユウさんの体をジロジロと見つめる。
「ありがとね。ちらっとさ、さっきの会話聞こえたんだけど??」
さっきの会話??
何だろう。
「会話ですか??」
「んっ。ほら、あたしの胸をお化け扱いした話さ」
あぁ、あそこか。
「確かにしましたね。ユウのソレはちょっと常軌を逸脱しておりますので」
「ふぅん、そっかぁ。あたしもそんな風に言われてちょぉ――――っと傷付いちゃったんだよね」
「そうなのですか??」
キョトンと二度瞬きして答える。
そして、その顔を見たユウさんはニヤリと笑みを浮かべるとゆぅっくりとカエデさんの背後へ回り込み。
「どうしたのです??」
「あたしは傷ついた。つまり、カエデにはぁ……。あたしの心を癒し、そして!! 詫びる必要があるんだっ!!」
「きゃああっ!?」
剛腕でカエデさんの両腕を拘束すると、白濁の湯から簡単に掬い上げてしまった。
「へへ――ん。カエデちゃぁん?? 覚悟はいいかなぁ??」
いつの間にか狼さんの姿に変わったルーさんが四本の足を器用に動かしてスイスイと泳いで来た。
狼さんってあぁやって泳ぐんだ。勉強になりますね。
「何の覚悟です??」
「んふっ。マイちゃん――。カエデちゃん、準備万全だよ――」
ルーさんの声に応え、嗜虐心が満載された笑みを浮かべる深紅の髪の女性が湯を掻き分けて歩み来る。
「おうよ。さてさて、カエデさんやい??」
「はい。どうされました??」
「ユウの話。ちゃんとその耳で聞いたかい??」
「えぇ、先程伺いましたね」
カエデさんがコクリと一つ頷く。
「うむっ。つまり、だ。親友の傷付いた心を癒す為に私はユウへ何か……。そう!! カラッカラに乾いた心を潤す御馳走を与えてあげなきゃいけないのよ。お分かり??」
「いいえ。ユウ自身の心はユウしか伺い知れません。親友であるとは言え他人です。他人の心を語弊無く完璧に分かり合えるのは不可能に近いです。他人であられるマイにそれは……」
カエデさんが御高説を唱える間。
「ほぉん?? ほうほう」
マイさんは腕を組んで小さく何度か頷き。
「ん――?? へぇへぇ」
ルーさんは聞く耳を持っていないのか、それとも全く聞く気がないのか。
大好物である肉を差し出された犬の様に、カエデさんの美しい体を見つめ舌なめずりを始めてしまっていた。
な、なぁんか嫌な予感がします。
「――――。つまり、心は己の精神と同義と解釈され。一個人のそれは確立された……」
「耳が飽きた!!!! お惚け狼!! やっておしまい!!!!」
「りょうか――いっ!! カエデちゃ――ん!! いっただきま――っす!!」
「へ?? きゃ、きゃあぁああ――――ッ!?!?」
ルーさんが、ガバっ!! と立ち上がるとその勢いを保ったままか弱い女性へと飛び付いた。
「ふんふんふんふんっ!! おぉ!! すべすべだぁ!!」
「あ、あはははは!! ちょ、ちょっとぉ!! 止めて下さい!!!!」
粘度の高い液体が纏わりつく長い舌を上下左右、ありとあらゆる方向へ素早く這わせ。時には一点を責めたり、円を描いたりしてカエデさんの美味しそうな体にむしゃぶり付く。
凄い舌捌きですよねぇ。
あれはまるで口から飛び出た別種の生物の様に素早く動く卑猥な液体を纏った赤き軟体生物……。
カエデさんの体を己に挿げ替えるだけで何だか背筋がゴワゴワしてしまった。
「ユウちゃんの事お化け扱いしたもんねぇ。その罪だよぉ!!」
「ル、ルー!! や、止めてっ!!」
「おうおう、お嬢ちゃん。舌だけで済むと思ってんのかぁ?? えぇ??」
マイさんが十の指を楽しそうにワチャワチャと形容し難い動きを見せつつ彼女へ迫る。
「い、いや!! やめ……。あ、ふふ!!!! 駄目です――!!」
「おらおらぁ!! 脇取ってやんよぉ!!」
「こっちの脇、も――らいっ!!」
カエデさんがじたばた暴れようものなら。
「っとぉ!! 暴れるのは無駄な抵抗だぞ?? あたしの力から逃れる事は出来ないさっ」
ユウさんにがっちりと拘束され。
身を捩って逃れようとするものなら。
「カエデちゃん!! 逃げたらもっと舐めちゃうよ!?」
「おうよ。おら、ルー。そっちの腰もいっとけ」
「腰かぁ!! 考えてなかったよ!!」
「きゃ、きゃああぁぁッ!?」
可笑しな十の指の動きと粘度の高い唾液を纏う長い舌の餌食になる。
あのカエデさんがこんな風に笑うなんて。
ふふ、友人とはいいものですねぇ。
「ちょ、ちょっと!! アレクシアさん!! わ、きゃはは!! 笑っていないで……。ふぁ!? 助けてくだ……。んっ……。さい!!」
「気の置ける友人達との触れ合いではありませんか。こうして常日頃から友人達と信頼を深めているのですね。うんうん。良い事じゃないですか」
羨ましい……。とは思いませんが。
これも友人達と交わす一つの形だと思うと朗らかな感情が湧くのは事実です。
「腰ほっそ!! ちょっとあんた。もっと飯を食べなさいよね」
「ふぉうふぉう。腰も細いふぇど……。おっひょう!! お尻も柔らかそうだね!! ユウちゃん。ちょっと腰邪魔」
「おぉ、悪い悪い」
さ、流石にやり過ぎじゃないかな。
カエデさんもぐったりしちゃって来たし。
「さてさてぇ。桃みたいなお尻ちゃんにぃ……。突撃しちゃおう!!」
ルーさんがはち切れんばかりに尻尾を振り、いざ攻撃を始めようした刹那。
「い、いい加減に……。して下さいッ!!!!」
周囲の空気が凍った。
勿論、これは比喩ではありせん。現実に湯と空気が凍ってしまったのです。
「ぎぃぇ!? ちょ、ちょっと!! あんた何すんのよ!!」
「さっむ!! おい、カエデ!! 足が動かせん!!」
「尻尾取れちゃう!!」
分厚い氷で足をガッチリ拘束された三名が威勢良く叫ぶと。
「さ、先程から黙っていれば……。よくもまぁ、好き勝手に私の体を痛め付けてくれましたね??」
凍った空気も肩を強張らせてしまう程低く、ドスの利いた声がカエデさんの口から零れて来た。
「そ、それはだな!! 体が痛そうだったから、あたし達が解してやろうと思っていたんだよ!!」
「そ、そうそう!! ユウの言う通りよ!!」
「へぇ……。そうなのですか」
「う、うん!! そうだよ!! じゃあ……。そう言う訳でぇ。桃に齧り付きますね――」
「「ば、馬鹿っ!! 止めろぉっ!!」」
肝の冷えた二人が叫ぶと同時に……。
「魂までも凍てつく冷涼な息吹きよ。今、我の前に集え!!!! 氷塊拘束!!!!」
「「「ぎにゃあぁああぁ!?!?」」」
三名の女性の悲壮な叫び声が平和な温泉の中に響いた。
「そのまま一生そこで凍っていて下さい。さ、長湯はかえって毒ですから皆さん上がりましょうか」
えぇ……。あれを放置したまま上がるの??
大人の女性を閉じ込める事を可能とした大きな四角形の氷塊に閉じ込められたままの三人へ驚きの視線を送ってしまう。
大丈夫なのかな。カチコチに凍ったままだと風邪を引いてしまうかも知れませんし……。
「案ずるな。あそこに居る馬鹿共はあれしきの事で倒れたりはせぬ」
「そうですわ。煮え切ってしまった下らない思考を冷やす為、丁度良い罰ですのよ??」
そ、そうなんだ。
リューヴさんとアオイさんがスタスタと脱衣所へ進んで行くカエデさんの後を何の躊躇いも無く続いて行く。
「分かりました。で、では。先に上がりますね――」
私がそう声を掛けると。
「「「……ッ!!!!」
氷塊の中から獰猛な六つの瞳が私を捉えた。
「か、風邪を引かない様に気を付けて下さいねっ」
氷の中から目だけを此方にギロッと向ける三名へ申し訳なさそうに静々と声を上げて湯から上がり、長時間湯に浸かってほっこりと温まった体を携え。
冬らしい冷たい空気が漂う中、私はポカポカの蒸気を体から放ちながらのんびりとした歩調でカエデさん達の後に続いて行ったのだった。
お疲れ様でした。
この後も、もう少し日常パートが続きますので予めご了承下さい。
忙しいのも今週いっぱいの予定なので来週からは以前と変わりないペースで投稿出来そうです。
冬の色も日々強まり夏の無理がモロに直撃する季節ですので皆さんも体調管理には気を付けて下さいね??
そして、いいねをして頂き有難う御座いました!!
それでは皆様、お休みなさいませ。
11/17日追記
ブックマークをして頂き有難う御座いました!!
この後、番外編を更新しますので興味がある御方は是非ご覧下さい。




