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第二百十八話 直ぐそこにある命の危機 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 狭いとも広いとも捉えられる空間の中に満ちる冬特有の乾いた空気。


 その乾いた空気には伊草の香りと若干の埃が混ざり合い、それが鼻腔から体の中に侵入すると人の気持ちを容易く溶かしてしまう効能が認められる。


 そんな空気に肖ってか、それとも背上の男から与えられる刺激によるものなのか。


 一人の女性が体の芯から溶け落ちてしまいそうな甘い声を漏らして空気を微かに震わせていた。



「はぁぁぁ……。最高じゃぁ……」



 美しい金の髪を後ろに纏めて背に流し、男の性を多大に刺激する丸みを帯びた背を堂々と男へ向ける。



「はぁっ……。はぁっ……」



 男は女の上に跨り荒々しい雄の吐息を吐き続け、彼女の背に流れる美しき金を捉えると生温かい唾液を喉の奥へと流し込む。



 そして女の柔肉を指先で優しく食むと春の夜に吹く風の如く。


 そっと優しく呟いた。



「そう……。ですか。ここは、どうです??」



 彼女の細く女性らしい丸みを帯びた体に男の猛々しい手が添えられると一際甲高い声が部屋の空気を小さく揺らす。



「んっ!! 良いぞ、その調子じゃぁ……。もっと、もっとじゃ……」



 女の性を刺激してしまう男の手付きが彼女のナニかを刺激。


 男は彼女の声に促されるまま十指の先から手の平の方へ徐々に力を籠め、最上級の肉の汁を舌の上で転がす様に女の柔肉を堪能した。



「それでは、失礼します」



 彼が美味そうな肉の部位を見定めて優しく手を添えると。



「ひゃんっ!! し、尻尾の付け根は駄目じゃよ?? もっと上じゃ……」


 女が嬌声を放ち、朱に染まった顔から甘い吐息が漏れた。


「はっ……。はっ」



 雄の宿命に従い上下運動を継続させる男。



「はぁ……。んんっ!! はぁぁ――……」



 新しき命を腹に宿す女性の甘い吐息。


 二人の熱く甘い吐息、そして灼熱の心が宿る体から放たれる熱が部屋の空気に充満するとそこは正に性の坩堝と化し。その空気に突き動かされるが如く雄と雌は体を一つに重ねていた。




「――――――――。師匠、そろそろ自分の仕事に戻っても構いませんかね??」



 師匠の体から手をパっと放し、畳の上にきちんと正座をしてから静々と口を開く。



「何じゃぁ。もうお終いか??」



 俯せの姿勢のまま少しだけ蒸気した顔を此方に向け、まだまだ遊び足りない子供の様に残念感が満載された瞳を浮かべてしまった。



「もうって。この部屋に上がってからかれこれ小一時間程経っていますよ」


「仕方があるまい。ほれ、儂の机を自由に使っても構わんぞ」


「ありがとうございます」



 ふわふわの尻尾が二度左右に振られるのを見届け、漸く整体から解放された。


 大体、あっちじゃ五月蠅い馬鹿者共が居て仕事にならないからって。ここへ誘ったのは師匠なのですよ??


 まぁ、師匠の静かな御部屋を使用させてくれるのならこれくらいお安いものですが……。



 時刻は朝と昼との間。



 いつも師匠が使用している縁側を仕切る障子から微かに柔らかい光が室内に差し込み温かな雰囲気が室内に籠っている。


 部屋の隅に置かれた年季の入った箪笥と化粧台。奥の襖の向こう側には恐らくお布団が仕舞われていると思いますが。


 女性の部屋を好き勝手に物色するのは御法度。もしも箪笥を開けて中身を漁ろうものなら……。



「んはぁ――……。心地良かったのぉ」



 甘い吐息を吐いて畳の上で溶き卵の様に溶け落ちている師匠が刹那に立ち上がり、悪鬼羅刹の如く俺の体を恐ろしい拳で穿つであろう。


 まぁそんな事はしませんけどね。大人の常識ですよ。


 部屋の壁際に置かれている小さなちゃぶ台へと移動を果たし、座布団に胡坐をかいて座ると。



「痛てて……」



 臀部に羽毛の柔らかい感触が伝わると同時に腰に小さな痛みが発生した。


 くそう。


 マイとユウめ、俺の体を滅茶苦茶にして……。



 激しい痛みの所為で気絶してしまったので、何が原因でこうなったのか。予期せぬ二度寝から目覚めた後にアオイから聞かされた。


 聞けば。


 俺の体は獲れたて新鮮の海老も真っ青になる程に反りその後、怪力無双も口をポカンと開けて呆れてしまう馬鹿力で腰をこれでもかと虐めてしまったそうな。



 二度寝していたお陰でその常軌を逸した痛みを感じなかった事に感謝すべきなのか。


 それとも人の体を面白半分で壊しては駄目だと日が暮れるまで説教してやるべきなのか。


 俺は当然後者だと考えるのだが……。色々と己自身に後ろめたさがある事に憤りを隠せないでいた。



 この何とも言えない気分の原因の始まりは昨晩、マイへの説教だ。



 皆が寝静まる一歩手前まで仲間の大切さを説き、日頃の怠惰な私生活を叱り、放漫な態度を咎めてやった。


 その長時間の説教の間。



『ガルルゥゥゥ……ッ!!!!』



 猛犬もペタンと腰を抜かしてしまう恐ろしい顔を浮かべるが、彼女の母の名をチラつかせると途端に大人しくなるのは此方に多分に笑いを誘った。



 俺もそしてマイもいい加減疲れて来たのか。カエデの容体が心配だという声もあって、皆で一つの部屋で就寝した。



 うん、ここまでは俺に非は無い。問題はここからなのですよっと。



 季節は冬。


 ここは山腹もあってか。闇夜に包まれる時間は体に悪影響を及ぼす凶悪で冷涼な空気が満ちるのです。


 端的に言えば冬らしい寒い夜って事。


 九祖の血を引き継ぐ彼女達とは違い俺の体はそこまで丈夫……。まぁ、人に比べれば丈夫だとは思うんだけど。


 皮膚、又は体温調節機能までは鍛えられないので毛布一枚では心許ないのは自明の理さ。



 微睡みを与える睡魔と体の保温調節が体内でせめぎ合っていると急に春の陽気に包まれた感覚が訪れた。



 強張っていた体が途端に弛緩し、朗らかな季節の到来に笑みを漏らして小春日和の中。心地良い散歩をしていると突如として後頭部に激痛が走った。



 それが切っ掛けで目を覚ますと……。



 一人の美少女が俺の胸元にすっぽりと収まりとても穏やかな寝顔で睡眠を頂戴していのだ。


 後頭部に走った痛みと、胸元の藍色。


 訳の分からない状況に頭の中がしっちゃかめっちゃかになっていた所。



『はぁ――いっ。死刑執行を執り行う処刑場は此方で御座いま――すっ』


『は?? や、止めろ!! 何で引っ張るんだよ!!』


『罪人に情状酌量の余地無しなのであしからず――』


『ば、馬鹿!! 人の体を……。んぎやぁぁあああ――ッ!!!!』



 半ば強制的に大部屋へと引きずり出されあの常軌を逸した痛みを頂戴する事になったのだ。



 ユウ達が噓八百の妄言を吐かなければ、俺は理不尽な痛みを感じる事はなかったし。


 カエデの件も……。


 ま、まぁ。あれはカエデが仕方なく布団を分けてくれたと言っていたし?? 寒かったし?? 物凄くフニフニしてて柔らかったたし?? 致し方ないと思う訳なのですよ、えぇ。



 俺は悪く無い!!



 畳の上でのたうち回って無罪放免を咆哮したいのは山々だが過ぎてしまった事、起こってしまった事案を虚無へと還すのは不可能なので仕方なくこの身で処罰を受けざるを得なかったのだ。



 はぁ――……。ぼやいていても忌々しい紙が消失する訳でも無いし、始めますか。



 痛む腰をぽんっと一つ叩き、ちゃぶ台の上に聳え立つ山の頂上から一枚の紙を手元に置き早速作業を開始した。


 右手に持つ羽筆が紙の上を走ると乾いた音が小さく耳に届く。


 乾燥している空気もあってか、暑い季節とはまた違った音が徐々に荒ぶる精神を落ち着かせてくれる。



 おっと、墨が切れてしまった。



 羽筆の先を硝子の陶器の中にとっぷりと浸からせ墨を纏わす。そして再び紙の上を走らせる。


 仕事が多いとつべこべこ文句を言うのではなく、只々無心でこの作業を繰り返していけば踏破への偉業へと繋がるのさ。


 積もり積もった行き場の無い己への憤り、中々小さくならない紙の山の姿に大きく息を漏らすと右太ももに温かい体温を感じてしまった。



「のぉ――。そんな紙なんか放っておいて、儂の腰を揉め」



 ちゃぶ台と、腕と腕の狭い隙間。


 その狭い空間の右側からにゅっと金色の髪が生えてこちらを見上げる。



「師匠。先程終えたばかりじゃないですか」



 仕事は仕事、稽古は稽古。


 師弟関係を結んでいるとはいえ優先順序を履き違えてはいけません。これはこれで優先して片付けなければいけないのです。


 一番弟子としてあるまじき態度かと思われるが膝元の師匠へ視線を送らずにそう答えた。




お疲れ様でした。


現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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