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第二百十七話 贅沢な目覚め その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿なります。




 彼の温もりと素敵な香りに包まれ、深い眠りに落ちてから何時間経ったであろうか。


 朧な意識の中に誰かの呻き声……。じゃないな。


 苦痛から生じる苦悶の叫び声が私の意識を現実の世界へと引き戻した。



「ぎぃぃぃやぁぁああああ――――ッ!!!!」


「お――お――。良い声で鳴くじゃあないかぁ?? えぇ??」



 どうしてあんな事になったのだろう??


 私が眠っているのは夜中に起きた時と変わらないいつもはレイドが一人で使用している奥の部屋だ。


 そしてこの恐怖の叫び声の主は大粒の汗を額に浮かべ、苦しそうに大部屋の畳を掻きむしっていた。



 何故、苦悶の叫び声を上げているのか。それは恐らくあの姿勢が原因なのでしょう。



「あっそ――っれ。まだまだ行くわよ――っと」



 マイが俯せの状態の彼の背中の上に跨り、そして彼の両足を両脇に抱えて背中側へとググ――っと持ち上げ。


 曲げてはいけない方向に曲げていますからね。



「や、止めろ!! それ以上両足を曲げたら腰が砕ける!!」


「安心しなさい。ちゃあんと、折れない様に手加減してやるから……。さっ!!」


「がぎぃぃ!! な、何か鳴っちゃいけない音が鳴ったんだけど!?」



 両腕に力を入れ、更に角度を付けると彼の体が痛みから逃れる為に激しく揺れ動く。



「はがっ!?」


「おぅ?? 動くと余計に痛むわよ??」



 彼女の言う通り、海老反りの姿勢で動くのは危険極まりないでしょうね。


 腰の骨、更に背骨が砕かれてしまう恐れがありますから。



「ふふ――ん?? レイドぉ。降参かなぁ??」



 俯せの姿勢の彼の目の前に一頭の狼が尻尾を楽しそうに揺らしながら四つん這いで座る。



「ルー!! 話す暇があるのなら助けてくれよ!!」


「え――。だって、レイドが悪いんじゃん。カエデちゃんを抱き締めて寝ちゃっていたんだし??」


「っ」



 何気無く放ったルーの一言で私の体温が二度程上昇してしまった。


 参りましたね。私の我儘を皆さんに見られてしまうとは……。



「だ、だから!! あれは不可抗力であってだなぁ!!」


「ん、マイ」



 レイドが言い訳?? を説明しようとすると。


 随分と寛いだ姿勢のユウがムスっとした顔で静かに言葉を漏らす。



「あいよ――」


「がぬあぁっ!!」



 その言葉を皮切りにレイドの腰がふわりと浮き上がり。


 彼の体が海で元気良く泳ぐ海老も真っ青になってしまう程の海老反りの角度に進んでいった。



「あはは!! いいね――!! ほら!! ついでだ!!」


「うぶ!?!? や、やめろ!! ルー!!」



 両の前足でレイドの頭をがっちりと固定し、粘度の高い液体を絡ませた舌で彼の顔を舐め回す。


 アレ、結構堪えるんですよね。何とも言えない獣臭が鼻腔に侵入して……。



「ほれほれほれ――!!」


「も、ヴぉう。かんヴぇんしてくらさい!!」


「えへへ――。や――」


「…………、よぉ。そこのお惚け狼」


「へ?? 何、マイちゃん??」



 ルーが一旦口撃を止め、ひょいと顔を上げる。



「楽しそうにしているけどなぁ。こいつを始末したら、次はあんたの番よ」


「始末とか恐ろしい事を言うな!!」


「アァ?? 誰が喋って良いって言った」


「ぐぇぇぇぇ……」



 抵抗は許さん。


 口では言わなくても、分かり易い角度で表した。



「ちょ、ちょっと待ってよ!! 何で私が!?」


「ハハ。しらばっくれてくれるじゃあないか。いい?? あんたは私が二個しか食べていないお土産の御菓子を四つも食べた。そうよね??」


「うん!! パクパクって美味しかったよ!!」



 えへへと口角を上げて快活な笑みを浮かべる。



「つまり、だ。私には四つ以上食べる権利があったのにあんたはそれを奪ったのよ。その罪は非常に重たいの。お分かり??」


「ううん??」



 金色の瞳を宿した狼さんがフルフルと顔を横に振る。



「だって、マイちゃんレイドに説教されてたもん。だったら別に食べてもいいかなぁって!!」


「良くねぇ!! ボケナスがあんた達の噓八百に易々と引っ掛かり、私は聞きたくも無い説教を夜中まで聞かされて。獣くせぇ匂いで目を覚ましたら……」


「ちょっと!?」



 獣臭い。


 その単語でピンっと尻尾と耳が立つ。



「あぁ、わりぃわりぃ。まぁまぁ臭い獣臭に顔を顰めて起きたら……。こ、こ、こいつがぁ。カエデとぉ……。仲良しこよしで眠っているじゃあありませんかぁ。そりゃあ罪状は重たいですわなぁ??」



「だから!! 眠っていたら、その……。何んと言うか……。温かくて物凄く良い匂いだなぁって思って。それで、ずっとこのまま温かい何かに包まれて眠っていられていたらなぁって考えていた訳でも無く、そう思った訳でも無い事も無い。つまり俺が言いたいのは不可抗力も無きにしも非ず。更に俺に帰責事由は無いと考えるからであって……」



「――――。マイ」


 レイドの回りくどい言い訳にむすっと眉を顰めたリューヴが指を差す。


「う――い」


「や、やめろ!! 軽々しく人の腰に攻撃を……。ヴァガゥ!!!!」



 男性の脚力を物ともせず、彼女はまるで軽作業の如く彼の足を円に近い形に変容させた。



「お、お、おのれぇ!! レイド様の腰が砕かれてしまったら私のお腹に命を注ぎ込む事が不可能になってしまいますわ!!」



 アオイの顔が見当たらないと思っていたら丁度彼女の声が頭上から降りて来た。


 あ、私の治療を続けていてくれたんだ。


 微かに視線を上方に逸らすと。



「はっ!! 例え砕かれたとしても私が上で頑張れば何も問題は無い……。訳ありませんわ!! やはり初夜はレイド様の御腰を最大限に活用して頂きたいのです!!」



 私の顔の上には訳の分からない言葉を言い放って一人で肯定と否定を繰り返しているアオイの顔があった。


 整った顎で奥歯をぎゅっと噛み締め今にも向こうの乱痴気騒ぎに参戦しようとしている。



「あはは!! ほら、お代わりですよ――!!」


「や、止めろ!! く、くさ……。うぶぅ!?!?」



 体をキチンと折り曲げられ、抵抗できない事を良い事に顔面に涎を塗りたくられる。


 正に地獄絵図ですね……。


 それもこれも全て私の所為だし。そろそろ皆さんに目覚めた事を告げましょうか。


 彼の体が使い物にならなくなる前に止めてあげないと。


 すぅっと息を吸い込み。


 そして、静かに空気を細かく揺らした。




「――――。マイ、その辺でいいのでは??」



「「「カエデ!?!?」」」



 処刑人、刑の執行見届け人の方々が私の顔へと一斉に視線を向ける。


 彼女達が私の状態に気付いたと言う事は当然、彼も気付きますよね。



「カエデ!!!! 起きたのか!!」



 私の体を大いに気遣ってくれる声を上げてこちらへ振り向こうとする。


 勿論、彼女を背に乗せたままで。



「あ!! 馬鹿!!!! 急に動くと…………」



 それ以上曲がってはイケナイ角度、人体の限界を優に超えた角度で振り向こうとしたのだ。


 恐らくマイは越えてはいけない丁度良い塩梅の角度で止めていた筈。


 それが動けばどうなるか、図らずとも結果は目に見えていた。



「ニャギィ!!!! ――――…………」



 腕の高さから生肉を地面に落とすと聞こえる湿った肉の爆ぜる音、乾いた木を真っ二つに折ると軽快に響く乾いた音が同時に鳴り響く。


 甲高い叫び声を刹那に上げると彼は一切生を感じさせる動きを見せる事はなかった。



「あ、あはは。やっちゃった……」



 マイが彼に跨ったままポリポリと頭を掻く。



「まっ!! 寝れば治る!! それより……。カエデ!! やっと起きたのね!!」



 見ていて気持ちの良い笑みを浮かべ、マイがこちらへと軽快な足取りで向かって来てくれる。


 そして、それを皮切りに私の友人達が労いの声々を掛けてくれた。



「カエデちゃん!! 心配だったんだよ!?」


「体が全回復するまで横になっていて休んでいるが良い」


「あたしはな――んにも心配していなかったからな!! カエデは絶対良くなると思っていたし!!」


「ふふ。良く眠れましたか?? カエデ」



 私の目覚めを待っていてくれた。


 それだけでも十二分に嬉しいのに、寝起きと同時にこんな素敵な笑みを与えてくれるなんて……。


 私は、なんと贅沢なのでしょうか。



「――――。皆さん、おはようございます」



 ちょっとの恥ずかしさ、むず痒い嬉しさを誤魔化しながらいつも通りの挨拶を送った。


 彼に感じた温かさとはまた別の嬉しい気持ちですね。


 これもまた大好きな感情の一つです。



「ん――。所々痣が残っているけど……。まぁ、沢山食べて温泉に浸かればあっと言う間に治るわね!!」


 マイが腕を組み、嬉しそうにウンウンと頷く。


「私の体はそこまで便利に出来ていませんよ。それより、私が気を失ってからどれだけの時間が経過しましたか??」



 あのクレヴィス擬きに敗れてからの時間の経過が気になる。



「奈落の遺産を脱出してから現在の時刻に換算しますと……。六日ですわ」



 アオイが外の日を優しい瞳で見て答えた。



「む、六日も??」



 時間に換算すると百四十四時間もの間、私は夢の中で過ごしていた。


 その事実に驚きを隠せないでいた。


 長時間の睡眠の所為で未だ体の節々に鈍痛は残り。頭の中もぼぅっとする。


 長く寝たのに完治には程遠いですね……。



「では……。カエデが目覚めた事ですし。私はレイド様の治療をさせて頂きますわぁ。レイド様ぁ!! 今からアオイが行きますよ――!! 受け止めて下さいまし――!!」



 アオイが恋人に向ける様な明るい笑みを浮かべると細かく痙攣を続けている彼の背中へと満点の着地を決めた。



「なぁにが、受け止めて下さいましぃだ。気色わりぃ」


「誰の所為であぁなったんだと思うんだよ」



 ユウが背後の惨状を親指でくいっと差す。



「さぁ??」



 それに対し、片方の眉とクイっと上げていつも通りに惚けるマイ。


 普段の明るい日常の光景が彼女から受けた敗北の暗さをちょっとだけ払拭してくれた。



「まぁ!! こんなにも体が凝ってしまわれているのですね?? アオイが誠心誠意、真心を籠めて治療させて頂きますわ!!」



 アオイがレイドの背に可愛いお尻を乗せて両手に力を籠める。


 整体でも始めるのかな??



「お、それならあたしに任せてくれよ。昔は父上の腰を良く揉んだものさ」



 ユウがニコニコと快活な笑みを浮かべ、肩をぐるりと回してレイドの太もも辺りにちょこんと座る。


 何故でしょうかね。


 もう既に嫌な予感しかしません。



「ユウ!! あなたの馬鹿力で押したらレイド様の大切な御体が壊れかねません!! お止めなさい!!」



 うん、私もアオイの意見に賛成かな。


 だが、彼女は聞く耳を持たずにさっそく彼の腰へと手を当ててしまった。



「さぁって…………。いきますかぁ!!!! ふんぬぅ!!!!」

「ぅっ!?!?!?」



 ユウが力を籠めた刹那、畳を通してここまで衝撃が伝わって来た。


 物体が完全に崩壊した時に発生する乾いた音が彼の体内から発生し、レイドは小さく呻き声を上げると白目を向いてそれ以来、糸の切れた操り人形の如く動かなくなってしまった。



 死んじゃった??



「あ、違ったかな?? もうちょい上だっけ??」


「レイド様!? お気を確かに!! ユウ!! これ以上はもう……」


「どっせぇぇぇぇええ――――いッ!!」



 ユウの乾坤一擲が彼の体内に注入されると肉が豪快に弾け飛ぶ音が虚しく響いた。



 レイド、目を覚ましたのなら私より先に湯に浸かって下さい。


 きっと……。


 うぅん。絶対、腰が可笑しい事になっちゃっていると思いますからね。


 一人の男性の上で片や慌てふためき、片や軽快な笑みを浮かべて今も常軌を逸した方法で腰の治療を続ける女性を見つめながらそんな事を考えていたのだった。




お疲れ様でした。


第三章最終の御使いは海竜さんの目覚めから始まりました。


負けず嫌いな彼女、そして負ける事がもっと嫌いな彼女達がどのような力を付けるのかが課題ですよね。


そのプロットをヒィヒィ言いながら執筆している次第であります。もう既に方向性は見出したのですが、各個人の細かい内容が困難を極めている。そんな感じですかね。


あ、それと……。本編でも登場した逆海老固めですが、本当に危ない技なので絶対に使用しないで下さいね??



それでは皆様、お休みなさいませ。


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