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第二百十六話 権力者達の苦悶

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




――行政特区レンクィスト某所――




 鉛の様な重苦しい空気が広い部屋を包み込み、誰かの吐く疲労が滲み込んだ溜息がそれをより深刻なものへと変貌させる。


 日は傾き夜の香りが漂い始め、照明の蝋燭が灯されても誰一人として重い腰を上げようとはせず。只々、高価な椅子の上に身を委ねていた。


 疲労感を与える空気に長時間身を置き続けている所為か各々の表情は芳しくない。


 苦虫を嚙み潰したような顔、目を瞑り眉間に深く皺を寄せる者、中には瞬き一つせずに机上の紙の一点を注視して思考を停止させている者さえも居た。


 しかし。


 その重苦しい空気の中でも一人の女性だけは表情を曇らせようとはしていなかった。


 白の長いローブを羽織り、無表情とも陽性な表情とも言えない表情を浮かべ手元の書類に目を通し続けている。


 疲労と倦怠が渦巻く部屋の中、それは見方によっては酷く浮いた存在にも見えてしまった。




 ふふっ。本当に貴方という人は私を驚かす事が得意なのですね。


 媚び諂う鬱陶しい議員共や働き蟻にも等しい軍人達の仰々しい会議を他所に、書類の一枚に書かれた一人の男性の名前に視界を奪われ続けていた。


 たった一人の男。


 しかし、私にとっては唯一無二の男性。


 私の周りに集る有象無象の蝿共とは大違いです。



 彼等が持ち帰った情報は我々人間の勝利へと繋がる重要な事項であり、任務成功の一報を受けた数日前からこうして上院議員やら軍部の上層部ら幹部が集結して緊急会議が繰り広げられていた。


 民間人である私が出席出来ているのは大規模な作戦に掛かる資金面での助成を請う為であろう。


 幾らでも出しますよ?? この大陸から吐き気を催す悪を排除してくれるのなら。


 私は資金を、そしてそちらは……。命を差し出して下さい。



「つきまして先程議案に出された徴兵制度についてなのですが……」



 進行役である一人の男性がたどたどしく声を上げると。



「いやぁ、その法案はまず通らないでしょう。それに予定されている反抗作戦開始まで約一か月。とてもじゃないですが間に合いませんよ」



 しゃがれた声の男性が誰よりも先に難色を示した。



「その通りだ!! 一般市民を急造で武装化したとしても戦えはせん!! とてもじゃないが時間が足りないな!!」



 そしてそれに同意したのはタンドア議員、か。


 彼が持つ私兵は一個中隊から大隊を相手に出来ると噂されている。文字通り武闘派議員である彼の言葉には各々を説得させる力があった。



「では、先程議題に上がった様に分かり易い世論プロパガンダを広めてはどうだろうか。愛する国を、隣人を救う為。剣を手に取り一丸となって巨悪へと立ち向かう。強制的に戦いに参加させられるよりも自分の意思で立ち向かう方が戦意もそして士気も高まる」


「義勇兵並びに傭兵を集めて国を挙げての一大反抗作戦、ですか。悪くはありませんが多くの兵が集まった場合、そのお金は何処から??」



 何も無い所からお金は湧きませんからねぇ。


 彼等が得た情報では相手の数はパルチザンの兵士の総数よりも上回るとの報告を受けている。一人の兵士が相手に出来るのはたかが数体。しかも、長きに亘る移動の果てに戦いに臨むのだ。


 考案されている一大反抗作戦にはとてもじゃないが兵も、資金も、物資も足りない状況ですよね。



 再び重苦しい沈黙が包み込む中。



「――――。国庫は既に開く準備は出来ています。国王様の了解も既に得ていますのでその点に付いては御心配なさらずとも結構です」



 一人の男性がその空気を打ち払った。



「ほぉ……。そうなのですか?? バクスター行政長官」



「えぇ、特殊作戦課の彼等が死に物狂いで得た情報は国王様の耳にも届いており大変喜んでおられました。そして、彼はこれ以上民を苦しめるのは忍びないと考えており乾坤一擲となる作戦を望んでおります。言い方は悪いですがその為には金に糸目を付けぬ、との事です」



 高価な背広で身を包み長時間の会議であるのにも関わらず一切姿勢を崩さず。そして冷静沈着な声色でそう話した。



「国庫を開き更には王国債の発行で資金面は潤沢。金で釣る訳ではありませんが……。兵を募集する際には一律の前金を用意するのも検討すべきですよねぇ」



 しゃがれた声の男性が意味深な視線を私に向ける。



「人は目先の利益に弱いですからね。私共は発行された王国債の三分の一を既に購入済みですが、御望みであれば更なるお力添えを検討させて頂きますわ」



 あの醜い豚共を駆逐してくれるのならお金等幾らでも提供させて頂きましょう。



「――――。それは流石に頼り過ぎではありませんかね。国王様は国庫を開くと仰っているのです。これ以上シエル皇聖に御助力を請うのは余りにも失敬かと」



 私の左隣りに座る男性が小さくも人の耳に確実に残る声色でそう話す。



「ベイス議員。私共の財政を心配されているのですか?? その点に付いては御心配なく。御望みの額を申して頂ければそれを上回る資金を提供させて頂きますよ??」



「国家財政が傾くかも知れない瀬戸際ですが……。我々も身を切る覚悟を持つべき時が来たとでも申しましょうか。甘い蜜を吸い続け頭の中がそれはもう甘い香りに占領されてしまったら覚悟が薄れてしまいます。我々は断固たる決意を持ち、一致団結して敵に向かっていくべきなのでしょう」



 流石、政治家。お口が上手ですねぇ。


 我々に頼るのではなく、埒外に置いて国政に加担するのを防ぐ。


 賢いやり方だと思いますよ?? ですがそれでは戦いは出来ないと理解出来ないのでしょうか。


 国家存続の危機でも貨幣経済の宿命からは逃れられない。言い換えれば人の命、国家はお金で買える。


 とても簡単な理だとは思いませんか??



「まぁそれが良いかもしれませんね。追加補正予算案の提出期限も迫っていますし、下院へ法案を通す為にもこれ以上の民事介入は抑えるべきかなと」


「民意は剣よりも強し、ですからねぇ」



 彼の意見に賛同した者が渋々と声を上げる。


 それはそうでしょう。手を伸ばせば届く所に素敵な甘い蜜があるのに、態々苦しい思いをしてお金を捻出しなければならないのでしょうから。


 近い将来予定されている反抗作戦の概要、民を決起させる世論、そして膨大な資金。


 平和を勝ち取る為には膨大な金と大量の言葉。更に便宜を図らなければならないのか。


 権力者達の口から放たれる着飾った言葉、そして責任の所在と責任転嫁。


 見るに聞くに堪えない舌戦が繰り広げられていると。



「――――。よ、宜しいでしょうか!!」



 扉の外から乾いた音が三度響くと同時に男性の声が扉を通して部屋に響いた。



「構わん」


 一人の男性が入出の許可を出す。


「はっ!! 失礼します!!」



 慌ただしく入って来たのはパルチザンの将官の男性だ。


 普段は下士官を顎で使う立場なのだろうが、今ここに居る人物達に比べると同じ立場であるとは言えない。


 寧ろ、随分と下の存在だ。


 入室すると重苦しい空気に顔を顰め。目的の顔を見付けると長い机のずっと向こうに鎮座する白髪の男性へと早歩きで向かって行く。



「マークス指令。宜しいでしょうか??」


 軍の総司令官の横で直利不動の姿勢で問うた。


「あぁ、どうした」


「はっ。先程、特殊作戦課第四分隊の三名が帰還したとの報告を受けました」



 まぁっ。


 ふふっ、レイドさんお帰りなさい。お勤めご苦労様でした。



「そうか。特別訓練の事は伝えただろうな??」


「その様に報告を受けております」


「分かった。下がって良し」


「失礼します!!」



 指先から髪の先まで真っ直ぐに伸ばした姿勢で部屋を退出して行った。



「ふぅ――……。皆さん、今日はもう遅い事ですし。続きはまた明日で宜しいですかな??」



 マークス指令が誰とも無しに低い声で了承を求める。



「あぁ、そうしましょう。ある程度の方向性は見出せた事ですので……」


「そうですな。では、また明日」



 お年を召した男性達が順次席を立ち上がるがこの数日間の疲労からか。重い足取りで扉へと向かって行く。


 私も彼等に続こうとして書類を纏めていると机を挟んだ正面の席から興味の湧く話声が聞こえて来た。




「聞きました?? 特殊作戦課の彼等の活躍」


「あぁ、実に素晴らしい功績を届けてくれたよ。唯一生き残った第四分隊の隊員全員を私の私兵に加えたいと考えている所さ」


「またまた御冗談を……。それより、どうですか?? 彼等の様な斥候と戦闘力を兼ね備えた兵を育成する施設を建造したら」


「その資金はどこから出て来るんだい?? 施設を建造するよりも四名……。特に、この彼を軍から引き抜いて私の専属護衛に迎えたいと考えているよ」



「……っ」



『彼を引き抜く』



 一人の男性から放たれた少ない言葉が私の中の負の感情に火を灯す。



「彼?? あ――……。確かに群を抜いた活躍ですよね。先日のパルチザンの育成施設での指導も好評だと指導教官の一人から聞きました」


「ほぅ、それは聞き捨てならないな。後でマークス指令に一言伝えておくか」


「この御時世、優秀な兵は早々手放したりしませんよ」


「ははっ、そうだな。吐いて捨てる程いる兵に価値はない。私が求めているのは優秀で有能な兵だよ」



 彼は私の下に来るのよ。


 貴方の様な下衆の者に彼の髪の毛一本でも渡すものですか。



「――――。おほんっ。シエル皇聖、如何為されました??」


 左隣りから酷く冷静な声響き、胸に渦巻く負の感情を瞬時に鎮火させた。


「あらっ、ベイス議員。まだお帰りになっていませんでした??」



 強張っていた顔の力をふっと抜き、当たり障りの無い笑みを浮かべてやる。



「書類を纏めていましてね。しかし、驚きましたなぁ」


「驚いた??」



 何に、だろう。



「ほら、例の特殊作戦課ですよ」


「死地へ赴き、値千金の戦果を持ち帰る。真に素晴らしい活躍ですわね」



 これは私の本音ですね。


 出来る事なら今直ぐにでも彼を呼び出し労いの言葉を掛けてあげたい。


 そして、心行くまで傷ついた羽を休ませてあげたいです。



「全くその通りです。実はですね、彼には一度お世話になった事があるのですよ」



 私だけに聞こえる矮小な声量で話す。


 そう言えば……。愛娘の護衛としてレイテトールにあるベイス議員の屋敷へ任務で赴きましたね。


 知らない顔という訳ではないか。



「そうなのですか」



 知らない振りでもしておきましょう。


 特に興味が湧かない口調で話す。



「そして、先日レンクィストの街で彼と偶然出会いましてね。いや、本当に驚きましたよ」


「彼がレンクィストの街に??」


「何でも、特殊作戦課の指令であるレナードに会いに来たと言っていましたね。どうして彼が召集されたのか。興味が湧いたのでとある伝手を使い特殊作戦課が召集した者達の名簿を拝見させて頂きましたが……。驚く事に彼の名は記されていませんでした。不思議だと思いませんか??」



 この人……。


 一体私に何を言わせたいのかしら。


 こちらに視線を送らず、書類を纏めながら世間話を装いつつ話す。



「軍部の事には疎いですので」


「またまたご謙遜を。資金面で最大の貢献を果たしている貴女達が知らない情報は無いと存じておりますよ」



 書類を纏め上げると、惚けた瞳から瞬時に鋭い視線へと変貌してこちらを捉える。



「ふふ。全ては存じておりません。しかし、ある程度は……。ここからはそちらの考えている通りだと思いますけどね」



 机の書類を手に取り、物音を立てずに立ち上がりつつ話す。



「ふ、む……。成程」



 何かを納得したのか。それとも持ち得る情報を纏めているのか。


 私の声を受け取ると大きく頷く。



「それでは、明日も早いので失礼しますね」



 これ以上話していても無駄と考えた私は彼に一礼を送り奥に見える高価な扉へと向かい始めた。



「――――。シエル皇聖」


「はい?? 何でしょう」



 二歩程進むと彼の声が私の歩みを止める。



「民事が公的な組織に参入するのは少々分が悪いのでは?? この事実を民衆が知ったらきっと心象は良く無いでしょう」



 これ以上軍部へ足を踏み入れるな、と。警告しているのか。



「ふふ、御安心を。私は、いいえ。私達は貴方が考えている以上に強大な力を手にしていますので公的な組織に頼らずともいずれは自身の力で問題解決へと辿りつくと考えていますわ。では……」



 猜疑心を浮かべる瞳に対し満面の笑みを浮かべてその場を立ち去った。


 問題解決へと続く険しい道はこれからも続いて行く。


 しかし、私は道の途中で歩みを止める訳にはいきません。私の隣には、そう……。彼が必要だ。


 卑しい笑みを浮かべる豚共にいいように使われる為に彼は存在しているのではない。


 私の宿願を叶える為に存在しているのです。


 レイドさん?? 貴方は私だけのモノになるのですよ??


 他の誰でもない私だけの……。



 静かに扉を開き、肺を侵す鬱陶しい空気を振り振り払い。新鮮で真新しい空気を吸い込むと気分が晴れ渡って行く。



 あぁ、レイドさん。貴方も今はこんな気分を味わっているのでしょうか。


 待っていて下さいね?? 私が貴方を必ず迎えに行きますから。



「これは噂ですが……。彼の功績に王都守備隊の連中が目を付けたとか」


「なにぃ!? あの御坊ちゃま達がか!? わはは!! そんな所へは絶対いかせんぞ! あいつは俺の所へ来るべきなのだ!!」


「タンドア議員。もう少し静かに己の欲を叫んだら如何です??」


「構わん!! 実は娘も奴の事を気に入っていてな?? 俺の私兵の……」



 正に夢物語とでも申しましょうか。


 貴方達が幾ら彼を求めても決して手に入りませんよ。存在しない金銀財宝を求めて未来永劫彷徨う冒険者の様に期待に胸を膨らませ続けていなさい。



 私は背後で蠢く気持ち悪い声を背に受けると微かに笑みを零し、夜の闇が支配する廊下をいつもと変わらない速さで歩んで行ったのだった。




最後まで御覧頂き有難う御座いました!!!!


これにて、八月後半から始まった御使いは終了です!!


いやぁ……。この二か月は本当に……。本当に長かったです。自分でもそれ相応の覚悟をもって開始しましたが、まぁそれが辛いのなんの。


ほぼ休みなく連載を続ける事がこれまでキツイとは思いませんでした。


お使いの始まりから終わりまで凡そ五十万文字。



『あ?? 全然足りねぇからもっと書けや』 と。空っぽの丼を此方に向かって差し出す読者様。


片や。


『御体御自愛くださいね??』 と。天使の笑みを零す読者様達。



十五分前に本話を完成させて感無量の余り床の上でくたばっている私について、様々な感想があるかと思いますが……。この御話を読んで下さっている読者様達の大多数が前者かなぁっと考えております。


今も光る画面越しに空っぽな丼が見えますもの。



次の御使いについて、そして十一月の更新頻度について活動方向にて掲載してありますのでお時間がある御方はそちらを御覧下さい。




そして……。


私事で大変恐縮ですが、これからの活動の励みとなりますのでブックマーク。並びに評価をして頂けないでしょうか??


皆様の温かい応援をお待ちしております!!!!




それでは皆様、お休みなさいませ。




◇追記10月28日◇



評価して頂き有難う御座いました!!


温かな応援が本当に嬉しいです!!


ここで一つ報告が……。番外編にて新しい御話が始まっていますので、興味がある御方は是非覗いてやって下さいね。

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