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第二百十二話 まだまだ気が休まらない英雄達 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 まるで真夏の空を彷彿とさせる青く澄み渡った空の下に建ち並ぶ格式高い建築物、整然と並べられた石畳。物静かにそして気品ある所作で歩く人達の姿を捉えると漸く平和な場所に帰って来たんだと自覚させてくれる。


 黒き憎悪の塊に包囲されるのではなく人が生み出した文化に囲まれると自ずと肩の力も抜けようさ。


 しかし、正確に言えばまだ帰還の途中なんだけどね。



「こら、レイド。ぼ――っとして歩いてんじゃないわよ」


「え?? あぁ、すまん」



 普段余り目に出来ない高級な街並み、蹄の音を高らかに鳴らして去り行く馬車達に目を奪われてしまっていたようだ。


 先を行くトアとイリア准尉が歩みを続けながら俺に注意を促す。



「トア、もうちょっと口調を改めたら??」


「あぁいう馬鹿犬にはこうやって口喧しく言わなきゃ駄目なんですよ。立ち寄った街の宿屋で泊まった時、私達の部屋に寝惚けて入って来そうだったじゃないですか!! 大体ですね……」



 誰だって一度や二度なら失敗する事だってあるだろう。


 お前さんは自分の事を棚に上げて俺を攻め立てるのかい??



「ふふ。そういうあなたも寝惚けて彼の天幕に忍び込んだじゃない」


「っ!! あ、あれは、ですねぇ!!!!」



 そうです、准尉。


 上官として彼女にきついお灸を据えてやってください。



 前を行く明るい二人の後ろ姿を見ているとルズ大尉の存在がここに無い事に寂しさを覚えてしまう。



 大尉の怪我は思っていたよりも酷く、一日休めば出発出来る程では無かった。向こうで怪我の治療を施して体力が回復したら帰還するとの事であった。



 それならば俺達も、と。



 分隊で生まれた絆じゃないけど、大尉の怪我が癒えるまで前線の任に就こうと考えていたが……。


 ルズ大尉を前線基地に残して早急に帰還するようにとの指令が伝令鳥で送られてきた。しかも、レナード大佐直々に。


 上官命令ならば従うのは当然だけど、どうせだったら前線の任に就いてみたかったな。


 元々志願した任務だったし。


 レンクィストへの帰還命令が下された事を大尉へ報告すると。



『分かったわ。分隊長はイリア准尉が引き継ぎなさい。私はここでもう二日三日休んだら帰還するから』



 ベッドの上で少しだけ寂しそうな表情を浮かべて俺達を見送ってくれた。



 それからウマ子を引取り、平穏過ぎる長い行程を経てつい先程お高く留まった街。レンクィストに到着したのです。



 南大通りを北へ向かって疲れない歩みの速さで進んでいると。楽しそうに会話を続けている二人があたかも高そうな店の前でふと両の足を止めた。



「あっ。ここのお店、美味しいわよ??」


「え――……。でも、凄く高そうじゃないですか??」


「ん――。まぁ、普通のお店の値段が背伸びした位よ」



 イリア准尉の背伸びと俺達庶民の背伸び。


 その高低差は一体どれ程でしょうかねぇ。



「そうだ!! 先輩!! 大尉が帰って来たらこのお店に来ましょうよ」


「いいわね!! 値段良し、味良しのお店だからお薦めなのよね。あ――、でも。王都の店も捨て難いなぁ」



 大尉……。お疲れ様です。


 ルズ大尉の財布が高らかに悲鳴を上げる様を想像してしまうと、労いの言葉が浮かんで来てしまった。



「やぁ、イリアさん。御父様はお元気ですか??」



 再び歩み始めた俺達の正面から一組の夫婦がこちらに向かって挨拶を交わす。


 正確に言えば准尉に、ですけど。



「あ、どうも。いえ、最近は会っていないので分かりませんね」


「まぁ……。またお仕事の関係で??」


「はいっ。詳しい事は軍規で申せませんが…………」



 ふぅむ。


 こうして改めて見ると准尉って良家の生まれって感じがするな。


 任務中には感じなかったけどこのレンクィストの街で零す落ち着いた笑みと叮嚀な言葉使いがそう感じせる。



「はぁ――。私達に向けられる目は相変わらずですけど。先輩に向けられる目はちょっと違うわよね??」



 右隣り。


 向こうで交わされている日常会話に飽きたのか、相変わらずの唇を引っ提げて来たトアが俺を見つめる。



「片や庶民。片や良家のお嬢さん。比べる迄も無いだろ」


「そりゃそうだけどさぁ。同じ人間だってのに比べるって事自体が間違いだと思う訳なのよ」



「ん――――。それは、貨幣経済の宿命だろ。貧富の差が生まれ、富を持つ者は力を得る。民は、富を持つ者に従い賃金を得てパンを買う。パン屋の御主人は売り上げのお金を使い、新たなパンを開発して更なる売り上げ向上を画策。幾つもの枝分かれしたお金の元を辿って行くと、行き着く先は必ず富を持つ者になるって訳さ」



「お金なんて、アイツらがここに攻めて来たら何の役にも立たないじゃない」



 むっとした表情で俺を睨む。



「何故睨む?? 役に立たない事は無いだろ。ほら、兵達の装備も食料もお金が無いと賄えないし」


「ふんっ。馬鹿犬の癖に賢しいわね」



 褒め言葉の前に馬鹿犬って言葉がなければ素直に喜んだのに。



「と言うか、任務を開始してからずっと俺の事犬扱いしているよな??」



 食事を作る時も。



『さっさと御主人様に飯を持ってこ――いっ!!』



 質素な宿に宿泊する時も。



『え――っと……。犬を繋ぐ柱はどこかなぁっと』



 何をするにも御主人様を気取って接してくるので、俺達の間にはいつの間にか主従関係が構築されたのではないかと嫌な錯覚に陥りそうになってしまった。



「え?? 駄目??」


 きょとんとした顔で俺を捉える。


「駄目に決まってんだろ。俺はれっきとした人間なの」


「うっそ。尻尾生えてるのに??」



 快活な笑みを浮かべて俺の臀部へと視線を送る。



「生えていません」



 思わず顔を埋めたくなるモコモコでふわふわの尻尾を沢山生やしている人は知っていますけどね。


 師匠達は無事に帰還出来たのだろうか??


 出発した時は一ノ月の後半。今はもうニノ月の終わり。マイ達が滞りなく調査を終えたのなら、もう何十日も前に滅魔達の調査は終えている筈だし。



 あ――。気になるなぁ……。



「では、御機嫌よう」


「あ、はい。失礼します」



 体の前で腕を組み、師匠達の快活な姿を思い浮かべながら宙を睨んでいると。漸く世間話が終わりを告げたようだ。


 イリア准尉が申し訳なさそうな顔を浮かべてこちらに向かい小走りでやって来た。



「ごめんなさいね。知り合いと久々に会ったものだから」


「いえ、お気になさらず」


「あ――。待ち惚けしたから、お腹が空いちゃったな――」



 全く。こいつと来たら……。



「トア。仲が良いと言っても礼儀を弁えろ。上官に対して失礼だろ」


 指先で額を突いてやる。


「いった。別にいいですよね――?? 先輩??」


「ふふ。えぇ、構わないわよ?? 彼女にはある程度の無礼を許してあるから気にしないで」



 その程度ってのが問題なんですよっと。



「それじゃあ!! 後で御飯奢って下さいよ!!」



 トアが歩み出した准尉の右腕を取り、気持ちの良い笑みで彼女の顔色を窺う。


 己は飼い主の足元に絡みついて餌を強請る調子の良い猫か。



「それじゃあ、の理由が分からん。准尉、そいつの言う事は無視しても構いませんからね」


「まぁまぁ。いいわよ?? 久々の帰郷だし、私もお腹ペコペコだもん」


「やったぁ!! レイド!! あんたも付いて来なさいよ!?」


「え??」



 これからやる事が山積しているのに和気藹々と飯を食っている時間は無いのだ。



 先ずはレシェットさんに帰還の一報の手紙を送らなきゃいけないだろ?? 約束しちゃったし。


 んで、王都に帰還してからはレフ少尉に帰還報告。それから、いつもの小高い丘でカエデの帰還を待機しつつ報告書の草案を書いて……。


 時間がありそうで無いのですよっと。



「あん?? 私の飯が食えないっての??」


「お前さんが奢るんじゃない、准尉が奢るんだ。履き違えるなって」


「あんたは強制参加よ!! 首根っこ掴んで無理矢理にでも連れて行くからね!!」



 はいはいっと。


 まぁ、腹に何かを詰め込んでおきたいのは確かだな。栄養が無ければ満足のいく仕事は出来ませんし。



「ほら、ぼぅっとしてると馬に轢かれるわよ??」


「そこまで注意散漫じゃない」



 馬車の往来が激しい街の中央交差に差し掛り、交通の途切れを待って通りを横断。


 そして、レナード大佐の屋敷へと続く東通りをのんびりとした歩調で進む。



「あぁ!! この服可愛くないですか!?」


「どれどれぇ?? お――。冬らしい色合いねぇ」



 前を進んでいた二人が服屋の前でピタリと足を止め、窓硝子越しに服を眺め出す。



 また立ち止まって……。


 お嬢さん達?? 今は買い物のお時間では無くて任務中なのですよ――っと。


 絶対言わないけどね。どうせ、あれこれ文句を付けられて俺が悪いって風になるし。



 やれ、この服が可愛い。


 やれ、あっちの方がもっと可愛い。


 女性物の服を前にしてキャイキャイ騒ぐ二人の若き女性を見つめていると、年頃のお嬢さんを持つお父さんの気持ちが大いに理解出来てしまいますよ。


 はぁ――……。こんな所で道草を食って。


 早く大佐の所へ行きたいのに……。



「厚手の布地におしゃれな色合い。気になるのはお値段でしてぇ――。何々?? …………。ろ、六万ゴールド!?」


「はぁ??」



 トアの発した呆れた値段に思わず声を上げてしまった。


 たかが服一着に六万も出す人は居るのだろうか??


 売れなきゃ作らない訳だし居る人は居るだろうが……。



「ふぅん。まぁ、手頃な価格ね」


「「はい??」」



 准尉の惚けた発言に俺とトアが食いつく。



「え?? 違うの??」


 きょとんとした顔で細かい瞬きをして俺達を見つめる。


「はい。庶民感覚で言わせて頂くと、六万は少々……。いえ、手を出し難い価格です」


「そうそう!! 先輩、やっぱり金銭感覚狂ってますよ??」


「そうかな――?? まっ。もっと安くなったら買おうかしらね!! ほら、行くわよ」


「あ、待って下さいよ――」



 やっぱり生まれが違うと金銭感覚も違うものなのかねぇ。


 生まれが違うと言えば……。レシェットさんの金銭感覚はどうなんだろう??


 出生の違いという単語でついつい彼女の端整な顔が頭の中に浮かんでしまった。



 服は勿論お洒落なのだが、気品溢れる出で立ちが服を凌駕しているとでも言うべきか。


 高価な服や輝く宝石がおまけで、レシェットさんの端麗な顔や立ち姿についつい目を奪われてしまうと申しますか。



 丁度、この辺りでグレイスに派手に呼び止められて出会ったんだよな……。



 朧に浮かんでくる彼女の姿を頭の中で思い描いてちょいと見惚れていると、この街に不釣り合いな言葉が飛んで来た。



「わんちゃん――。曲がるわよ――」


「分かった!! 後!! 犬って言うな!!」



 いけない……。集中、集中!!


 現在は任務中なのだ。


 可笑しな妄想を膨らまそうとした己を戒め、既に左折を済ませて姿を消した二人を慌てて追い始めた。




お疲れ様でした。


これから食事を済ましてから後半部分の編集に取り掛かります。


次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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