第六十一話 拳者の資性
お疲れ様です!!
遅い時間の投稿になってしまい申し訳ありませんでした!!
それでは御覧下さい。
辛くも朝食という名の激戦を終え。
柔和な伊草の香りが漂う大部屋はその優しい香りとは裏腹に、地獄の亡者も踵を返すであろう歪な唸り声が犇めき合っていた
今、泣きたい程辛いのは後の勝利の余韻を楽しむ為。
臥薪嘗胆の思いで馬鹿げた量を食したのだ。
聞こえは大変宜しいですが、いざ自分が経験するとこれ程までに辛いのかと思った次第であります……。
それから数時間後。
こうして再び大地に立っているのだから人体というのは不思議ですね。
呆れる位に頑丈に作られているのだから。
「うむっ。では、これから始める稽古の内容を伝える」
雲一つ無く晴れ渡った空から光が降り注ぐ訓練場の中央。
呆れた量の食事の御蔭様で多少の体力は戻ったものの。
疲れの余韻を多大に残す此方とは正反対の元気一杯な笑みの師匠が俺達の前に立ち、堂々たる姿で仰った。
「今から昼過ぎまで儂と組手を行う。昼飯を食った後も同内容で組手を行う」
「つまり、日が暮れるまで師匠と対峙し続けるのですね??」
恐らく、こういう事でしょう。
「その通りじゃ」
簡単に言いますけども……。
俺達の体が終了の声を聞き取れる事は果たして可能なのだろうか??
先日、マイの腹部に与えた一撃。
あの衝撃的な光景が頭の中に浮かぶと背筋がゾクリと泡立ってしまいますよ。
「は――い」
質問がある時はもっとシャキっと挙手しなさい!!
随分と間延びした声でマイがだらしなく手を上げた。
「何じゃ、マイ」
「組手をする時は素手?? それとも付与魔法とかは使用してもいいの??」
「儂は素の力で相対してやる。お主らは自由にせい」
「つまり、我々は魔法の使用も可能なのですね??」
カエデがお上品な声で尋ねる。
「うむっ。儂は弱い者虐めは嫌いじゃ。手加減してやるから、好きな様に掛かって来い」
『手加減』
「「「「…………」」」」
この単語を受けた刹那、大変恐ろしい力を持つ四名の女性達の顔が豹変した。
あの顔は……。
『舐めやがって』
恐らくはそんな意味でしょう。
「で、では!! 自分が一番手を務めさせて頂きます!!」
このままじゃあ殺し合いに発展しかねない。
先ずは俺が場の空気を和ませる為、分かり易く負けましょう。
――――――――。
勝負を始める前に負けると決めつけるのもアレですけども。
「じゃあ私達は向こうで観戦しているわね――」
「レイド!! 派手に負けろよ――!!」
「お、お――……」
ユウさん。
そこはせめて、善戦しろ!! が正解じゃないかしらね??
なだらかな丘の麓へと移動を開始した女性達を見送り。
「ふふん。お主が相手か。良かろう……」
訓練場の中央。
これから始まる稽古という名の愉快なシゴキを想像してしまったのか。恐ろしい笑みを浮かべてしまっている師匠と相対した。
「このままじゃお主の力を往なすのは少々不憫じゃな。どれ、ちょいと力を解放するか」
腰の位置へと両の拳を置き、集中する構えを取ると。師匠の体全体から金色の光が漏れ始めた。
「師匠は素の力で此方に対抗するのでは??」
今更魔法を使用するとかは勘弁して下さいね??
「勿論そうじゃよ。元の体に戻るだけじゃて」
元の体??
何を仰っているのかと引き続き問おうとした刹那。
「はぁっ!!!!」
金色の光が霧散すると共に、眩い光の中から大人の女性が現れた。
少女の面影は消失し、代わり女性の本質を表す美麗さが面に浮かび。
体躯も大人と変わらぬ背へと変化。
大人の女性に発育した体。それ相応に育った双丘が白衣を内側から押し上げ、背後に揺れ動くモフモフの尻尾が…………。
五本!?
三本から二本増えちゃった……。
「え、えぇ!? そ、それが師匠の……。本来の姿なのですか!?」
「なはは!! そうじゃ!! 驚いたか!?」
驚くも何も。
齢十五、六の女性から。突然二十代後半の姿に変わったら誰でも驚きますよ。
呆気に取られ、ぼぅっと師匠の御顔を眺めていると。
「ふふん?? 美しさに声も出ぬか」
どうだ?? と言わんばかりに腕を組んだ。
「えぇ、お綺麗だと思いますよ」
瞳の中に浮かぶ向日葵さんは相も変わらず美しく咲き誇り。
すっと真っ直ぐ伸びた鼻筋の下には小さな唇。
端整で完成された大人の女性の顔だと思いますので。
俺がそう話すと。
「……っ」
何故か頬を染め、眉をぎゅうっと顰めて睨まれてしまった。
「おらぁ――!! ずるいぞ――!! イスハも私側でしょ――!!」
ずるい??
何が??
「喧しいわぁあああ!! 元々、儂はこの体なのじゃ!!」
師匠がはた目から見てもだらしないぞと呼べる姿で寛ぐマイへ向かって叫ぶ。
「では何故、普段は少女の姿で??」
「そっちの方が楽じゃからな!! この姿になるとど――も窮屈でなぁ」
どうして楽なのかを御伺いしたかったのですがね。
そう仰ると、白衣の裾を指で摘まんでふわりと動かす。
ふぅむ??
多分……、だけど。
服が窮屈なのだろうか??
アノ御方の前では絶対口にしてはいけませんが。大人になった姿は三本の時とは違って発育状況が大変宜しいので。
窮屈そうにパタパタと裾を動かす指先に視線を送っていると。
「――――。中身が気になるのか??」
「い、いえ!! 滅相も御座いません!!」
慌てて視線を外し、師匠の御顔へと刹那に戻した。
哀しい男の性って奴ですね……。
「ふふ、初心な奴じゃのぉ。儂に勝てたら好きにしてもいいのじゃぞ??」
「勝てる気がしませんので。では!! 宜しくお願いします!!」
キチンと腰を折って頭を垂れ。
両手をすっと上げて相対した。
「これ、何じゃ。その構えは」
「え?? 訓練所で習った構えですけど……」
徒手格闘の指導訓練で習った構えだけど……。何かおかしいのかな。
両手を上げ、体の正面を相手に向ける。敵の多角的な攻撃に対応出来る様に重心は左右の足に均等に置く。
攻守、そのどちらにも咄嗟に対応出来る構えです。
「お主は儂の弟子じゃ。今日からはこの構えを取れ。先ず、体は斜に構えろ!!」
師匠が右足をすっと引き、左肩を前に構える。
こう、かな??
「そして、左手を顎下。右手も同じ位置!!」
「はいっ!!」
「左の握りは敵の攻撃に対処出来る様甘く握り、右の握りは左よりも強く!!」
言われた通りに構えるものの。
何だか窮屈だな……。
「最初は馴染まないかも知れぬが、いずれは慣れる。敵に体の真正面を見せるなど言語道断じゃ」
「分かりました。では、改めて宜しくお願いします!!」
「うむっ!! 掛かって来い!!」
初めて師匠と対峙しますけど……。
何んと言いますか。
何処にも隙と呼べる隙が見当たらないのですよ。
「どうした?? 掛かって来ぬのか??」
斜に構えたまま、五本の尻尾を嬉しそうに揺れ動かす。
ええい!! 考えても無駄だ!!
叩きのめされるのなら、全力でぶつかって砕け散ろう!!
「すぅぅ……。ふぅぅ……」
体の中央から力の欠片を右手に搔き集め。
「はぁっ!!!!」
御教示して頂いた師匠の構えを取り続け、龍の力を解放した。
良し!!
今日も上手く発動出来たぞ!!
最初はこの力に戸惑っていたけど……。随分と慣れて来たな!!
右の拳に熱き魂を籠め、その時を待つ。
「ふぅむ。威圧感、気合……。悪くは無い……」
此方の爪先から頭の天辺まで品定めするかの様に視線を送り。
「ふふ……。少しは楽しめそうじゃのぉ……」
嬉しさを滲ませた五本の尻尾がいつもよりも大きく揺れ始めた。
落胆させない様、全力でぶつからせて頂きます!!!!
「ふっ!!!!」
右足に全身全霊の力を籠めて拳が届く範囲へと一気苛烈に踏み込み。
「であぁっ!!!!」
大変打ち易い位置に置いてある己が左の拳を一直線に師匠の御顔へと打ち込んだ!!
貰った!!
直撃すると拳が、そして体が判断したが。
「ふっ」
此方の左拳を、いとも容易く見切り。
「せぁっ!!!!」
生温い拳を打つな!! そう言わんばかりに常軌を逸した速度で右の拳が飛んで来た!!
この速さは不味い!!
「くっ!!」
上半身を仰け反り、間一髪躱す。
あ、危なかった……。
「ほう?? 儂の攻撃を避けたか。じゃが!! 一つ避けた位で胸を撫で下ろすな!! 馬鹿弟子がぁあああ!!」
「ちょ、ちょっと!! 待ってくだ……。さいよ!!!!」
左右の拳の連打が空気を切り裂きつつ襲来。
「だぁあああ!!」
紙一重で恐ろしい攻撃を躱し続ける最中。人の首等一撃でへし折るであろうと容易に判断出来る上段蹴りが放たれた。
「あっぶ…………」
んっ!?
今の攻撃の後、一瞬だけ隙が出来た様な……。
上段蹴りが空振りに終わり。地面に足を着けた時、ほんの僅か。
そう。一秒にも満たない時間だが、微かに重心が揺らいだのだ。
よぉし……。その隙を狙い打てば……。
「ふっ!! はぁっ!!」
速過ぎる左の烈拳は敢えて、受ける!!
「ぐぅっ……」
確実に防御した筈の攻撃が肉で止まらずに骨まで貫通。
骨から嫌な音が奏でられるが、此処は我慢だ!!
あの隙を待つ!!
「だぁっ!!」
右は受けちゃ駄目です!!
先と同様に必死の思いで上体を反らし、右の空振りを誘い。
「ふんっっ!!!!」
此方の体を叩きのめそうとする右上段蹴りが再び放たれた!!
待っていましたよ!? 師匠!!!!
この後筋力がどうなっても構わない勢いで両足を半歩、刹那に後方へと移動させ。
此方の狙い通り……。右足を通過させた。
「っ!?」
遂に熱望し、待望したその時が訪れた。
此処だ!! 此処しかない!!!!
行くぞっ!!
「だぁああああ!!」
右手に真っ赤に燃える闘志を籠め、師匠が右足を地面に着けると同時に解き放つ。
貰いましたよ!? 師匠!!
右の拳、そして俺の頭も勝利を確信した。
だが……。
そこにあった筈の体が音も無く消失し右の拳が虚しく空を切ってしまった。
えっ!? ど、何処に消えたの!?
「――――――――――――。惜しかったのぉ」
地面付近から師匠の声が届く。
恐る恐る地面付近へと視線を落とすと…………。
「…………」
五本の尻尾を支えに。
地上スレスレの状態で、地面と平行に横たわっている師匠の姿を捉えてしまった。
いぃっ!?
な、何ですか!? その姿勢は!! ず、ずるいですよ!!
「…………っ!!!!」
金色の前髪の合間から覗く向日葵の花が強烈に迸り、此方の視線と空中で正面衝突すると。
心が、あの目を持つ者は危険だと咄嗟に判断した。
や、やべぇ!!!!
拳を突き出した姿勢じゃ防御は間に合わん!!
た、耐えろぉおおおお!!
奥歯をガッチリ噛み締め、丹田にこれでもかと気合を注入し。これから襲い掛かるであろう衝撃に備えた。
「耐えられる物なら、耐えてみせい!!!!」
「がぁっ!!!!」
師匠の爪先が半月を描いて俺の顎を打ち抜き。
「そぉれ!! もう一つ!!!!」
ピンっ!! 伸びきってしまった死に体の腹部に止めだ!! そう言わんばかりの一撃を与え。
「ぐぁぁぁああああああ!!!!!!」
この情けない体は地面と平行に飛翔を始めてしまった。
「この馬鹿弟子がぁ!! 分かり易い誘いにみすみすと引っ掛かりおって!!!! 戦いではその一撃が死に繋がるのじゃ!! そこで猛省しておれ!!」
大変硬い地面の上を一度、二度跳ね。
頑是ない子供が遊ぶ独楽の様に、面白い回転で大地の上を転げ回り。
「よっと……。大丈夫か??」
「あ、あぁ……。な、何んとか……。生きているよ……」
ユウが優しく此方を受け止め、やっと回転が収まってくれた。
硬い地面に叩きつけられ、敗北の鉄の味が口内にじわりと広がる。
く、くそう……。
か、確実に捉えたと思ったのに!!!!
「途中までは良かったじゃん。そこでぇ……。指咥えて私の活躍を見てろ!!」
「マ、マイ……。嘗めてかかるととんでもない目に遭うぞ??」
萎びた体から矮小な声を絞り出して話す。
「あんたのお陰である程度の速さは掴めた。なぁに、あの端整な顔に一発捻じ込んでやるわ」
良くやった。
そんな労いの笑みを此方に送り。
「おっしゃあああ!! 派手に行くわよ!!」
「掛かって来い!! 横着者めっ!!」
大変恐ろしい狐の師匠へと向かって行った。
「レイド様!! 大丈夫で御座いますか!?」
「あ、あぁ。何んとかね……」
必死に上体を起こし、アオイの言葉に応える。
「怪我をお見せに…………。まぁっ!!」
俺の訓練着を捲ると彼女の顔がサっと青ざめた。
「一発貰っただけだし、大袈裟……」
じゃなかった!!!!
右脇腹に青黒い痣が刻まれ、その下の筋線維が破壊し尽くされた事を物言わずとも証明。
そして、その更に奥深くに存在する堅牢な骨も痛みに屈服してしまっていた。
い、息をするだけで痛むぞ……。
こりゃいかん。
骨が逝ったかな……。
「レイド、治療しようか??」
カエデが隣にちょこんと座り。
痛そ――っと。
ちょっとだけ顔を顰めて傷口を眺めていた。
「後で良いよ。どうせ、これから何発も貰うんだし」
「あぁ、おいたわしやレイド様。今宵は私が誠心誠意……。真心を籠めて私の地肌で傷ついた体を癒して差し上げますからね……」
それは結構です。
余計な傷を負う確率が跳ね上がりますので。
「おらぁっ!! 食らえやぁああ!!」
「愚直過ぎるわっ!! 戯けが!!」
師匠の拳がマイの下腹部を穿ち。
「あぶぐっ!? ――――――。こ、このぉ!! 子供が産めない体になったらどうしてくれるのよ!!」
腹を抑えて倒れるかと思いきや、何んと!! 打ち返すじゃあありませんか!!
呆れた腹筋だな……。
「何じゃあ?? 産む予定でもあるのか??」
「知らんっ!!!! いい加減、当たれや!! おらぁああああ!!」
凄いな……。師匠。
アイツの攻撃はとてもじゃないけど接近戦では避けられる気がしないのに。
それをいとも容易く躱すなんて……。
訓練場の真上で繰り広げられている素晴らしい戦いの一部始終。
その一挙手一投足を見逃すまいと誓い、鷹の様な鋭い瞳で華麗に舞う五本の尻尾を追い続けていた。
最後まで御覧頂き有難うございました。
そして!! ブックマークをして頂き有難う御座います!!
季節の変わり目。
私の不注意の所為か、風邪を引いてしまったこの情けない体にも活力が漲りました!!




