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第二百二話 美しき悔恨の涙

お疲れ様です。


本日の投稿になります。話を区切ると流れが悪くなる恐れがありましたので、長文になっております。


予めご了承下さい。




 昂った感情のまま糞ったれな結界を叩き付けると痛んだ拳から鮮血が飛び散り顔を朱に染めていく。


 自分でもこの行為がほぼ無意味である事は理解出来てしまうが……。それでも拳を止める事は不可能であった。



 窮地に陥った友人を救う為、そして仇を取る為。



 ただそれだけの為に両の拳が砕けても構わない勢いで叩き付ける。


 カエデが私に向けてくれたあの笑みが頭の中にこびり付いて離れない。きっと彼女は自分がこれからどうなるかを理解していた筈。


 それなのに恐怖で顔を歪めなかったのは私達の士気を気に掛けたのだろう。



 何もしてやれなかった自分が情けねぇ。弱い自分が心底憎いっ!!



 何が何でもコイツ等全員張り倒して、全員無事に帰還してやる!! その為なら両手を失っても構わんっ!!



「おらぁぁああ――!! さっさと砕けろ――ッ!!」



 憎悪、憤怒、義憤。


 己が黒き感情を籠めた拳で目の前に聳え立つ壁を叩き付けてやった。



「あらあら……。もう既に付与魔法も解けた素手なのによくやりますねぇ。皮膚が裂け、もう少しで骨が見えてしまいますよ??」



 結界の向こう側からクレヴィス擬きが癪に障る笑みを浮かべて話す。



「それがどうした!! 例え拳が砕けようが、心臓が止まろうが、魂がこの世のに残る限り私は抗ってやる!!」



 己の出血で真っ赤に染まった結界に拳を叩き込むが、血で拳が滑ってしまい態勢を崩してしまう。



「ぜぇ……。ぜぇ……」


「枯れかけた魔力、限界に近い体。ふふっ、正に満身創痍ですね。それに他の方々も間も無く事切れてしまうでしょう」



 激しく肩を上下に動かして荒々しい呼吸を続ける私から視線を逸らして周囲を見渡す。



「ハハハハ!! どうした!? リューヴ!! ルー!! 雷狼の力はこの程度のものか!?」


「ちぃっ!! まだまだぁぁああ!!」

「リュ、リュー!! 待ってよ!! 一人で行っちゃ駄目だって!!」



「早く死ね。弱い蜘蛛」


「生憎私は諦めの悪い女でして。私に止めを刺せない貴方こそ弱いのでは??」



「ちぃ……。テメェ、本気マジで頑丈過ぎるだろ」


「へ、へへへ……。褒めてくれて有難うよ。おら、どうした。あたしはまだ立っているぞ?? 倒したければ腰の入った一撃を打って来い!!!!」



 クレヴィス擬きが言う通り、他の面々は辛うじて相対する滅魔に食らいついている感じだ。


 恐らく、このままでは全滅は免れない。


 冷たい地面に倒れたまま身動き一つ取らないカエデを救出して、誰かが突破口を開かなければならない。そして殿を務めて友の背を守る。



 それは……。総大将である私の役目だ。



 私を除く全員を助けてやる。こんなしみったれた暗い部屋に別れを告げ、再び青い空の下へと出してやる。


 友人達を守る為に命を張るのは全く苦にならない。


 だが、心残りが無いと言えば嘘になるわね。



『ったく……。しょうがないな。それを食ったら片付けをしろよ??』



 アイツのはにかんだ笑みを見たい。



『いやいや!! 俺の分まで食べたの!?』



 アイツの驚いた顔を見たい。



『はは!! ユウの近くで寝るお前さんが悪いんだよ』



 燦々に光り輝く夏の太陽の明かりを放つアイツの笑みがもう一度だけ見たい。



 それだけが心残りだが……。私の願いは彼女達が叶えてくれるでしょう。


 うん……。それで大丈夫。


 私はアイツを此方側に引き込んだ愚か者だからその権利は無い。


 まっ!! 私がそこに居なくても皆が笑っていればいいや!!



「そ、それがどうした。おら、私の心臓はまだピンピン動いてんだよ。その中から出て来てトドメを刺せや」



 女々しい自分に別れを告げ、悪態を付いてクレヴィス擬きを憎悪に塗れた瞳で睨んでやる。



「それも楽しそうですけど。直ぐに止めを刺すのはあまり面白く……」



 尻デカ野郎が途中で言葉を切ると私の背後に広がる闇の中へと視線を送った。






























「――――。あらあら、増援の御登場ですね」


「「……」」



 輝く七つの金色の尻尾をふっさふさと揺らし、そして桜色の美しい髪を靡かせる美しい外見とは対照的な顔を浮かべた二人の女性が闇の中から現れ。普段通りの歩みで戦場を横切って行く。


 ボロボロになったカエデの体の下ですっと膝を着き、込み上げる何かを我慢しながら彼女の様子を窺い始めた。



「カエデ。大丈夫か??」


「…………イスハ、さん??」



 カエデが今にも途切れてしまいそうな意識を必死に繋ぎ止め、柔らかい表情を浮かべる狐の大魔を見上げた。


 よ、よ、良かった!!


 全然動かなかったから本当に心配だったけど、まだ意識はあったんだ。



「よくぞ……。よくぞ儂達が来るまで持ち堪えたな。そこでゆるりと休んでおれ」



 強張っていた肩を解き解してくれる、万人がそう思うであろう柔らかい笑みを浮かべて彼女へと語り掛ける。



「そうそう。無理は駄目よ??」



 エルザードが弱り切った彼女を抱き起し、左手に浮かぶ魔法陣から放たれる優しい光で治療を開始した。



「せ、先生……。わ、私……。何も出来ませんでした……」


「もう喋らなくていいわ」


「ご、ごめんなさい。先生の御顔にど、泥を塗る真似をして……。ゴフッ!! はぁ……。はぁ……。してしまって」



 紺碧よりも美しい藍色の瞳から一滴の悔恨の雫が零れ落ちる。


 柔らかい曲線を描く頬を伝い、石造りの地面にポトリと落下。冷たい石畳の上にとても小さな痕跡を残した。



 初めて見たわ。カエデが悔し涙を流す姿なんて……。


 いつもは私達の喧噪を叱り、収拾が付かなくなった暴動を一言で鎮めている彼女だが。



 良く考えればまだ十六の子じゃない。本来であれば私達が引っ張っていかなければならないのに……。



 気丈に振る舞う子を泣かせてしまう程に私の実力は滅魔共に及ばない。


 それが……。堪らなく悔しかった。情けなかった。


 後悔の念を籠めて拳を痛い程握り締め、痛々しい体に変わり果ててしまったカエデから視線を外せずにいた。



「あいつら相手に生きていた事。それがどれだけ大変だって分からない貴女じゃないでしょ??」


「で、ですが。は、歯が立ちませんでした。一矢報いようとも叶わず。それが、それが。グスッ……。く、悔しくて。情けなくて……」



「ふふ。カエデ?? 敗戦は決して悪い事じゃないのよ?? 一番いけないのが負けた要因を知ろうとしない事なの。若い頃の私なんか、貴女より不真面目で勉強不足でね。よく皆の足を引っ張っていたもんよ」



 涙の痕跡に細く白い指を這わせ、彼女の悔恨をそっと拭い去る。



「足だけじゃなかろう。いい迷惑じゃったわ」


「ちっ。……聞いたでしょ?? 大切な事は敗戦を糧にする事なのよ」


「だ、だけど。だけど……!! グフッ!!」



 喉の奥から声を振り絞った所為か。


 真っ赤な血を吐き出してエルザードの手元を深紅に染める。



「あははっ。それ以上喋ったら死んじゃうかもしれませんよ――。まっ、死んでも構わないですね。雑魚さんは」



「「……」」



 クレヴィス擬きの陽性な声を受けると、狐と淫魔の大魔の雰囲気がガラリと変わった。


 柔らかい雰囲気は一瞬にして霧散。殺意と憎悪にも似た感情が二つの背から伝わって来る。



 こ、こ、こえぇぇ……。


 あの二人、本気マジでブチっと切れてんじゃん……。



「先生ぇ、ヒグッ。ご、ごめんなさい……。負けてしまって。皆に迷惑を掛けて。先生に恥を掻かせて。それが悔しい……。堪らなく悔しいです……」



 血と涙で汚れた悲壮な顔からもう途切れてしまいそうな声が届く。



「その想いを忘れない事。今、私から教えられる事はそれだけよ。後は……………………。私達に任せなさい」



 カエデの悔し涙を拭うとエルザードの細い体から大気を震わせる程の魔力が放出された。


 頭部から額にかけて山羊の角にも似た白い角が二本現れ、背と腰の間に蝙蝠の翼が生え。服の隙間から覗く白く美しい肌の表面には紅の紋様が浮かび上がった。



 あ、あ、あれがエルザードの本気か。


 化け物と認めざるを得ないわね。放つ魔力だけで体が金縛りにあったの様に全く動かなくなってしまった。



「それが……。先生の本当の、姿」


「そうよ。力が強過ぎて他の生物に悪影響を及ぼすから地上じゃ滅多に見せないのよ??」


「こんな間近で見られて光栄です」


「どういたしまして」



 母性溢れる笑みでカエデの顔を覗き込む。



「その笑みは卑怯です。男性には絶対見せないで下さいね」


「やぁよ。男性に見させたくなかったら、私より強くならないと駄目よ??」


「そ、それは気が遠くなる話……。ですね……」



 カエデの瞬きが長くなり、意識が朦朧としたままで彼女を見上げる。



「安心しなさい。ずっと、この高みで貴女を待っていてあげるから。さ、もう休みなさい。傷に障るわ」


「私はま……。まだ……」



 エルザードが震える声を無視して右手をそっとカエデの顔に掲げると手の平から一際強い光が放たれる。


 どうやら意識を失った様だ。


 カエデが体を弛緩させ、彼女の腕の中にすっぽりと収まった。



「本当に……。本当に良く頑張ったわよ」


「そうじゃなぁ」



 壊れやすい物をそっと静かに置く様に。カエデの細い体を地面に寝かせて徐に立つ。



「狐の大魔……。イスハぁぁああ!!!! この時をどれだけ待った事か!!!!」


「シャン、私も加勢するぜぇ。丁度良機会だ。あの二人の大魔の首を刎ねてやろうぜ!!」



「淫魔、か。蜘蛛じゃないけど。ここで殺しておく」


「弱小の者を指導する御方とお見受けしましたが。その程度の魔力で私達滅魔の相手を務まると御思いですか??」



 あの二人の実力を軽視した四体の滅魔が二人一組で各々の獲物へと歩んで行く。



 し、し――らないっと!!


 ぶち切れた二人の実力は見た事無いけど、多分この部屋が崩壊する程に暴れ回るんじゃない??


 今にも弾けようとしている大魔達の史上最大級の憤怒からさり気なぁく距離を置いた。



「き、貴様らぁぁ…………。儂の大事な教え子達に、何をしとるんじゃああぁああぁあああああ――――ッ!!」


「「「「っ!!!!」」」」



 十を超える本数が背から現れ、常軌を逸した光量の金色の魔力が爆ぜた。


 怒りからか肩が微かに震え。


 拳には臨界点をとうに超えた魔力が籠められ漆黒の闇を打ち払う光を放つ。



「そこの滅魔。あんた、私の大切な生徒に手を出したわね」



 エルザードが真っ赤に染まった瞳でクレヴィス擬きを捉える。



「手は出していませんよ?? あ、攻撃魔法は与えましたけどね」



 パチンと指を鳴らし、怒りに震える淫魔へと指を向ける。


 あんた。


 それ、絶対にやっちゃいけない奴よ。



「そう……。先に謝っておくわ」


「謝る?? 何をですか??」



 細い首を傾げてドスケベ姉ちゃんを見つめる。



「この状態では手加減出来ないし。それに……。こんなに、こんなに怒りを感じたのは。あの人達を失った時以来だから。制御出来ないからね」



 あの人達??


 ドスケベ姉ちゃん達が師事していた人の事かな。


 もう見る事が叶わぬ人達の事をアレコレと想像していると……。


 エルザードの目から強烈な光が発せられると同時に、私達の目の前の空間が弾け飛んだ。



 そう。


 弾け飛んだ。



「あわばっ!!!!」



 突如として発生した訳の分からない魔力の波動を受け取ると面白い様に地面をコロコロと転がり始めてしまう。


 それは当然、我が友人達にも当て嵌まる訳であって。



「いてて……。全く、おっぱじめるのなら言ってくれればいいのに」



 私の隣で痛む腰を押さえ、ぶつくさと文句を垂れる我が親友がヤレヤレといった感じで吐息を漏らした。



「はぁ――。びっくりしたなぁ。ユウちゃんの言う通りだよ。もう少し遠くでやってくれればいいのにさぁ」


「文句を言うな。カエデの為に手助けをしてくれるのだ」



 私の直ぐ後ろから疲労感が隠せないルーとリューヴの声色が届く。



「あの魔力の中にカエデを放置しても……。あら??」



 普段は無視をする蜘蛛の声だが。


 もう何百回と感じて、体に染み付いて親しみのある魔力を感じたので振り返った。



「カエデ!!」



 蜘蛛の両手に収まる小さな体を見付けて思わず声を出してしまう。



『カエデを預けるわ。あんた達はそこで待っていなさい』



 エルザードから念話が届く。


 あ、一応は真面な感情は残っているのね。



 化け物じみた……。


 いやいや。


 正真正銘、紛うことなき本当の怪物がおっそろしい魔力を放っているもんだから、もうとっくに普通の感情はどこか遠くの地平線の彼方へ吹き飛んだかと思ってたし。



「初めましてえぇっと……。大魔の誰かさん??」


「そいつは淫魔の大魔」


「そうなんですか。流石ゼツ先輩っ。良く知っていますね」


「蜘蛛の仲間だから」


「あぁ。そう言えば、先輩は蜘蛛の大魔に負けて眠りに就いたんですよね」



 クレヴィス擬きがそう話すと、じっとりとした目が鋭角に尖る。



「怒っても駄目ですよ――。真実ですからね」


「分かっている。手加減無用だから」


「そうのようですねぇ。私と同じ位強い魔力を持っていますから」



 エルザードの前に対峙した二人が警戒を強め、構えを取る。


 それに対し彼女は特に警戒を強める事も無く。



 不敗神話を確立させた絶対王者に挑もうとする無謀な者を見つめる、そんな憐れみにも似た瞳を浮かべて只々静かに両者の姿を見つめていた。



 魔法に精通したカエデや器用貧乏な蜘蛛を困らせた両者に対して構えないのかしらね。



「その目。止めろ」


「気に食わない目ですね。私達を見下した、そんな感じです」



「私。弱い者虐めは好きじゃないの。でも……今日だけは別。お前は大罪を犯したの。その身を以ても償いきれない大罪をね」



 普段より数段低い声が静かに響き、クレヴィス擬きを冷酷な瞳で捉えた。



「お前ですか。酷いなぁ、私にはちゃんと名前があるんですよ?? フレイアという……」



 クレヴィス擬きが名前を告げようとした刹那。


 エルザードが彼女の口を閉ざす様に右手の手の平を差し出す。



「名前は言わなくて結構」


「あら?? どうしてです??」


「死に行く人の名前を聞いてもどうせ無駄だから」


「ふ……。あはは!! あ――ははははッ!! 私達二人に勝つ気ですかぁ?? 冗談は程々にして下さいよ」



 口を大きく上げてこの場に相応しくない乾いた笑い声を上げる。


 しかし。


 彼女の声は数舜の内に、淫魔の女王が放つ途方も無い魔力の渦の中に消え去る事になった。



「ごめん。今は冗談を言える状態じゃないから。カエデ……。貴女の魔法、借りるわね」



 エルザードが体の前で静かに両手を広げるとこの広い部屋全てを覆い尽くす魔法陣が空高く浮かぶ。



 円の縁が見えない程巨大なソレは美しい光を放ち見て居る者を全て魅了してしまうだろうが……。あの光りから放たれる魔力の波動は全身の肌を泡立たせ、喉の奥をひり付かせる程の出力が確認出来た。



 私がクレヴィス擬きの立場だったら……。



 一か八か、運に任せて魔法陣の範囲外へ向けて全力で駆けて行くか。それとも死を覚悟して全身全霊の力を籠めて抗うか。


 この二者択一を迫られるであろう。



「お、おいおい。あの威力の魔法をここでぶっ放すつもりなの??」



 馬鹿みたいに口をぽかんと開けて眩い光を放つ魔法陣を見上げて言葉を漏らす。



「そうみたいだな。マイ、一応。防御態勢取っておくか??」


「ん――……。一応、カエデに当たらないようにしましょうか」


「了解」



 ユウと共にカエデの治療を続ける蜘蛛の前に立つ。


 た、多分ここには当てないわよね?? ってか、流れ弾程度も勘弁して下さい。こちとら想像以上に満身創痍なんですよっと。


 祈りにも似た感情を抱き、今にも爆ぜそうな魔力に肝を冷やしながら様子を窺った。



「光り輝く恒星。悠久の時を過ごす我等を守護する星の神々よ。今、ここにその力を示しなさい……。星屑煌雨流星願スターダストレインアンリミテッド



「「ッ!?」」



 げ、げげぇっ!?!?



 カエデの得意な魔法に酷似した広域殲滅魔法なんだけど……。


 威力そのものがべらぼうに違う。


 天高く広がる魔法陣の中から、太陽の光にも負けない輝きを放つ光の矢が降り注ぎ周囲の地形を変えて行く。


 一発の矢が地面に突き刺さると轟音が鳴り響き硬い石を深く抉り取り、常軌を逸した威力の矢が夏の大雨の如く絶え間なく降り注ぐ。


 至る所から轟音と炸裂音が私達の鼓膜を破ろうと躍起になり、矢の着弾によって爆散した大量の細かい石礫が肌を裂き、眼前に立ち込める爆炎で鼻の奥が焼け付く。



「ちょ、ちょっとぉ!! これ、大丈夫なのぉ!!!!」



 呆れた衝撃の余波から身を守る為に防御態勢を取り、誰かに届けと爆音の音量に負けないように声を張り上げて叫ぶ。



「分かんないって!! でも、こっちには届きそうにないぞぉ!!」



 直ぐ近くのユウには届いたようね。


 この常軌を逸した音量の中でも声を張り上げて答えてくれた。



「…………っ!!」



 未曾有の危機的な状況下でもゼツは炎の力を付与した野太刀で上空から降り注ぐ光の矢を切り落とし。



「ゼツ先輩!! もっと攻撃の手を速めて下さいよ!!」



 クレビス擬きは己の前にだけ極厚の結界を張り何んとか攻撃を凌いでいた。


 ってかアイツ等……。あの攻撃を防ぐのかよ。



「これで、精一杯」


「魔法が苦手な人は大変ですね」


「こっちにも結界」


「あ、それは無理です。魔力を割くとこの結界は一瞬で壊れちゃいますから」



 口調は余裕を装うがその実、防戦一方って感じか。


 まぁ、そりゃそうでしょうよ。


 一本の光の矢が地面に着弾すると石造りの地面が爆ぜて土塊が宙へと舞い上がり。


 彼女達の周囲は雨上がりの悪路の様に凸凹が目立ち、二人が立つ地面の周囲だけが原型を留めていた。



「それにしても、がっかりだなぁ。もっと強い魔法が見られると思ったのに」


「前菜はこれ位でいいでしょう。あんたには恐怖ってのを味わって貰わないと」



 光の矢の豪雨が止み微かな風の流れによって爆炎が晴れる。


 その中から現れた一人の女性はいつも見るお茶らけてドスケベな色っぽさを振り撒く淫魔では無く。



 正真正銘、九祖の血を引く傑物の姿であった。



 深紅の魔力が空間を侵食して朧に空気が揺れ、二つの目からは憎悪の炎が赤く浮かび上がり対峙する者を気圧するには余りある圧を纏っていた。



「あなたに出来ますか?? あの程度の雑魚を教えている人ですから、期待は……」


「うっさいわね。そこのあんた、処刑の邪魔だからすっこんでなさい」



 エルザードの右手から人程の大きさの漆黒の闇の球体が浮かび上がりゼツへと放出される。



「この程度。私の斬撃で……。ぐっ!?!?」



 球体を切り落とそうと一閃を放つが美しい剣筋は闇を通り抜け、球体がゼツを取り込み宙へ漂う。



「へぇ。闇の拘束魔法ですか。こんな強烈な拘束魔法は初めて見ましたねぇ。物理効果は薄く……。拘束を解くにはかなりの力と魔力が必要そうですね」



 クレヴィス擬きがふむふむと言った感じで顎に指をあてがい、じっくりと黒き球体を観察する。



「あんたには使用しないわ」


「どういたしまして。では、お返しとして。こちらの魔法を味わって下さい!!」



 出た!!


 私の可愛い拳を痛めた無数の光の球体がクレヴィス擬きの周囲に出現し、目を疑う速さで彼女の周りを取り巻く。



「軽そうに見えて、苛烈ですからお気をつけ…………て!!!!」



 両手前に翳すと同時に、光の球体がドスケベ姉ちゃんに襲い掛かる。



 あ、あの――。


 防御の姿勢は取らないの??


 まるで頑是ない子供が頑張って作った訳の分からん玩具を見つめる様に、気怠い吐息を漏らすと静かに右手を前に翳す。



「地の奥底から這い寄る混沌。我が身を糧として煉獄の業火を纏い。現世に災いを齎せ……。人身御供スケープゴート



 漆黒の魔法陣から出現した深い紫と黒の煙がエルザードの周囲で絡み合い、そして彼女の体と混ざり合うと……。



 ドスケベ姉ちゃんの体が微かに震え出した。



 え、えぇっと。アレは一体どういう仕組みなのでしょうか??


 水面に映っていた己の姿が波紋で歪む様に、ドスケベ姉ちゃんの体と影がブレまくって本体が確知出来ないんだけど??



 無数の光球はエルザードを確かに捉えようとして上下左右から襲い掛かっている。


 しかし。


 彼女の体に痛烈な衝撃を与えるのは叶わず、周囲のドス黒い靄に触れると同時にその存在自体が消え失せてしまった。



「あ、呆れた魔法ですね……。魔法そのものを無力化、それ処か。こちらの魔法を吸収するなんて」



 今も攻撃を継続しているクレビス擬きから驚愕の声が届く。



「あんたみたいなクソ雑魚蛆虫には勿体ない魔法よ。この特殊な結界は己の膨大な魔力を犠牲にする代わりに発動するの。あんたは吸収って解釈したけどね?? それは誤解だ」



 成程。そういう仕組みだったのか。


 一応意識が残っているエルザードの言葉に一つ頷く。


 只、誤解って何かしら。



「誤解、ですか」



 これ以上の攻撃は無駄と考えたのか。


 分厚い結界を維持したまま攻撃の手を止める。



「そう。吸収なんてしないわよ。消失した魔法は…………。こうして利用するのよ」



 あ、あはは。な、何?? アレ。


 エルザードの周りに漆黒と深紅の光球が現れ形容し難い動きで宙を蠢き出す。



「っ!?!?」



 私と同じ気持ちなのか。


 己の目の前で突如として現れた不可思議な事象にクレヴィス擬きが目を見開き呆気に取られていた。



「数倍にも膨れ上がった自分自身の魔法で踊り狂って死ね」



 エルザードが纏う闇から現れた無数の殺意の塊がクレヴィス擬きの体を食い散らかそうとして一斉に襲い始めた。



「くっ、くそぉおおおおおぉ――ッ!!!!」



 漆黒と深紅が急襲すると分厚い結界が一瞬の内に爆炎で見えなくなる。


 分厚い木の板で生肉をブッ叩く音が響かないって事はまだ結界は健在なのだろう。


 だが、これだけの威力だ。そう長くはもたないでしょうね。



「――――隙、あり」



 うぉ!? いつの間に!?


 闇の拘束魔法とやらを抜け出したゼツが鋭い踏み込みでエルザードの左後方から切りかかる。



「隙?? わざと作ったのよ。あんたが手を出し易い様にね」



 右手に張った結界で彼女の野太刀を軽く受け止め。



「吹き飛べ」



 真っ赤な魔法陣が浮かぶ左手をゼツの腹部に向けた。



「ぐぅっ!!」



 深紅の魔法陣から放出された火球が腹部に直撃。


 ゼツの小さな体は面白い様に後方へと吹き飛ばされてしまった。



「あ、あれがエルザードの実力か」



 ユウがポカンと口を開けて話す。



「私達が手を焼いた相手を子供扱いよ?? 驚愕を通り越して、呆れちゃうわ」



 私もきっとユウと似た顔なんだろう。


 今しがた発言した通り只呆れるといった感情しか湧いてこなかった。



「くっ……。やりますね」



 ドスケベ姉ちゃんのとんでもねぇ仕返しの爆炎が晴れると綺麗な薄紫色の髪が煤に塗れ、至る箇所に軽度の火傷を負ったクレヴィス擬きが現れ。



「コホッ。ふ、む。強い」



 火球の直撃を食らったゼツが口の端から血を零して戦場へと舞い戻った。



「さぁ……。処刑の時間はまだ始まったばかりよ?? 残酷な痛みで悪魔を魅了する呻き声を上げろ、死よりも酷い苦痛に足掻いて喚け。そして淫魔の女王の逆鱗に触れた事を後悔して死ね」



 こ、今度からドスケベ姉ちゃんを揶揄うのは止めようかな……。


 本気で切れたら私なんて一瞬で消し炭にされそうだしっ。



 戦闘が始まって初めて負傷した滅魔の二人を余裕の態度で迎え、そして只でさえべらぼうに強力な魔力を更に高めてしまう。


 神をも慄かさせる魔力から放たれる魔法はこの部屋を跡形も無く吹き飛ばしてしまうのでは無いだろうか??


 そしてその余波を受けた私達は……。



 淫魔の女王様と対峙する二体の滅魔。


 この世の頂上決戦がまだまだ続く事に一抹の不安を覚え、岩の硬さを持ってしまった唾をゴックンと飲み込んで行く末を見守っていた。




お疲れ様でした。


私がつい先日風邪を引いたように、季節が移り変わる時は風邪を引き易いと言われております。


一旦治った風邪に余裕をかましていた所為か、本日再び風邪を引いてしまい。絶賛大不調で御座います……。


おいおい、何してんだよ。その所為で投稿が遅れたら分かってるよなぁ?? と。読者様達の痛烈で冷酷な瞳が光る画面越しにヒシヒシと伝わってきます。


風邪薬、ポカリスエット、のどぬーるスプレー。この三種の神器を使用して一早く風邪を治しますね。



評価して頂き有難う御座いました!! 本当に嬉しいです!!


これからも精進させて頂きます!!


この勢いでプロットを書くぞ!! と意気込みたいのですが。本日は気力も体力も底を付いていますのでこのまま眠りに就きますね。



それでは皆様、くれぐれも体調管理に気を付けて下さい。


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