第二百一話 彼女が浮かべた笑み その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
暗い闇の中に確かに存在する恐るべき殺意。
されど眼前には普遍的な景色が映し出され、黒き感情を持つ者は見当たらない。
視覚は恐怖を覚えぬが、心は冷たい圧を受け止めて一刻も早くここから脱出しろと叫んでいた。
それが出来たらとっくにやっているわよ!!
全く……。骨が折れる相手よね!!
「―――。カエデッ!! 私の右上!!」
静かに閉じていた瞳をガバッ!! と開き。背中合わせの彼女へと向かって指示を出す。
「分かりました!!」
カエデが自身の継承召喚に魔力を注ぎ込み、素晴らしい魔力を錬成すると指示通りの場所へと光りの矢を放つ。
「ちぃっ!!」
桁外れの力を持った傑物が虚無の空間から現れたと同時に分厚い結界を展開。
賢い海竜ちゃんが放った矢を受け止め、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべて舌打ちを放った。
「はっは――!! どうよ?? どうさ――!? 私の野性的な勘は!!」
宙から地面へと下り、悔しさと憎悪に塗れた顔へと向かって言い放ってやる。
カエデと共闘を開始してからというものの。
クレヴィス擬きの連続空間転移を『ほぼ』 完璧に見切った私が奴の現れるであろう場所を特定してカエデへと指示を出し続けていた。
ま、まぁ。ほぼといったのは完璧に見切った訳じゃなくて。
たまぁ――に外しちゃうのよね。
外した時は背中でハァハァと可愛い吐息を荒げているカエデが得意の魔力探知でそれを補い。私がそこへと向かって攻撃を加える。
つまり、傍若無人で史上最強な龍と賢い海竜ちゃんの共闘を以て形勢は此方へ傾きつつあるのだ!!
やっぱり総大将である私が出張らないとこの隊はシャキっとしないわよねぇ。
コイツを一刻も早くぶっ飛ばして他の友人達の下へ向かおう。
あ、勿論蜘蛛は一番最後ね??
ゼツにはあの蜘蛛の胴体をプッツリと両断して貰わないと困るのさ。
「魔力探知は生まれたての赤子以下なのに対しそれを野性の獣を超える直感で補う。素人以下の直感力に対し魔力探知に関しては並程度の力。あべこべの御二人ですが中々に相性が良いのかも知れませんね」
ふぅっと溜息を漏らし、さぞ面倒くさそうに前髪を搔き上げる。
「はぁぁん――?? 負け惜しみでちゅか――?? ププッ!! そうよねぇ、超!! 余裕ブチかましていたのに今は攻撃を仕掛けるのにも一杯一杯だもんねぇ!!」
口では悪態を付くが、この時も警戒心を一切解かずにいる。
野郎の殺気を読むのにはべらぼうな集中力がいる訳なのよ。私の体力とカエデの魔力を加味して、可能であれば短期決戦を望みたい。
つまり、こうして相手を挑発しているのは組み伏し易くする為なのさ。
「あら?? そう見えます?? これでも手加減しているのですけど」
「はい!! 嘘――!! さっきまで浮かべていなかった汗を額に浮かべてますからね――!!」
クレヴィス擬きが前髪を搔き上げた時に映った雫を指差してやる。
「勘も良ければ目も良い。ふぅ――……。凡そ、知識に力を割かずに身体能力だけに力を割いた為に驚くべき馬鹿に成長してしまったのでしょうね」
「誰が脳筋体力馬鹿だこのやろぉぉおお――!!」
拳に力をぎゅっと籠めて立ち向かおうとするが。
「マイ。挑発に乗らない」
カエデが私の服をきゅっと摘まみ、この場に留めた。
「ちぃっ……」
「挑発を促したものの、逆に挑発に乗る。正に走尸行肉ですよねぇ。あ!! ごめんなさい!! この単語の意味も分からないですよね!?」
ぶ、ぶ、ぶち殺してぇぇ……・
両手を口元に当ててケラケラ笑う姿が恐ろしい程に横着な私の感情を逆撫でしてしまう。
だ、だが。ここで向って行こうものならとんでもねぇしっぺ返しを叩き込まれてしまう可能性がべらぼうに高い。
指を咥えて野郎の出方を伺うしか抗う術がないのが大変歯痒いっ!!
「し、知っているし。ちょ、超簡単な言葉じゃん」
「あらっ、意外。じゃあ言葉の意味を答えて下さる??」
そ、そうしこうにくだろ?? 肉という言葉が付く以上。美味しい物関連の筈。
「美味過ぎる肉を求めに頑張って走る人の事……よ」
私が考えに考えた言葉を放つと。
「ぶっ!! あはは!! そういう意味もありそうですよねぇ!!」
正面の女は変なツボを押されてかのように大笑いし。
「ふぅ――。マイ、緊張感が消失してしまうのでこれ以上会話を続けないでください」
背からは呆れた溜息が漏れてしまった。
「人が頑張って答えたのに笑うんじゃねぇ!! 後、カエデ!! 正解は何!?」
「何の役にも立たない人の事を指します」
惜しいどころか全然掠ってもないじゃん。
あ、いや。結局美味しい肉を手に入れられ無かったら役に立たないから強ち間違っていないかもっ。
「はぁ――……。うんっ、やっと収まった」
「そりゃ結構。おら、さっさと掛かってこいや」
羞恥によって若干熱い顔のままクレヴィス擬きに向かって指をクイクイっと折り曲げてやった。
「多数に無勢、参りましたねぇ。私、負けてしまうかもぉ」
「かも、じゃなくて。負けるのよ。たぁくさんの暴力の塊を尻へぶつけてやるから、待っていなさいよ!!」
「――――まっ。それは叶わぬ願いですけどね」
彼女がニイィっと歪に口元を曲げると同時に何か大きな塊がこちらへと転がって来た。
「ユ、ユウ!?」
「へ、へへ。ただいま――っと……」
体中至る所に打撃を受けた跡、衣服が破れアレが零れてしまいそうになっているのはさて置き。
私が大好きな朗らかな顔が受けた攻撃によって腫れてしまい痛々しさに拍車を掛けていた。
後で替えのシャツを着る様に助言しておこう……。
ってか、何ソレ?? 指先一つでも胸元に触れたらパァァンッ!! って衣服が弾け飛びそうじゃん。
ユウの場合衣服はお洒落、肌を守る云々よりも忌むべき存在を外に出さない為の拘束具って感じよね。
「い、いてて……」
肩を抑え、足に力を籠めて何んとか立ち上がるが傍から見てもそれはもう限界を超えていた。
震える両足、整っていない呼吸音。
ユウがここまで傷つくなんて……。
「ユウ、だいじょ……。うぐぶぇっ!?!?」
随分と頼りない背中に声を掛けようとすると。これまた柔らかい何かがこちらへ飛翔し、私のきゃわいい顔へと見事な着地を決めやがった。
「いたたぁ……。もぅ……。強過ぎだよぉ」
この声色とお惚けた感じ、そしてポニポニした柔らかさ。
「ルー!! ふぉけ!!!!」
「びゃっ!! マイちゃん、ありがとうね!! 助かったよ!!」
私が叫んでもこの尻は言う事を聞かずそれ処か、体をだらぁんっと弛緩させこちらへ体を預けるではないか。
「ふぁばった訳ふぁないの」
「へ?? そうなの??」
「いいふぁら!! ふぉけっ!!!!」
良い感じの柔らかさを持つ尻へ向かって平手打つ。
「痛いっ!! もう。御嫁さんにいけなくなったらどうしてくれるの??」
「ぷはっ。あんたを嫁に貰う酔狂な旦那なんてこの世に居るのかしら。甚だ疑問だわ」
上体を起こし、新鮮な空気を吸い込んで言ってやった。
「酷いよ!? 居るもん!!」
はいはい。
そりゃ世の中広いし、探せばいるかもね。
「それより、リューヴは??」
「まだあのこわぁいワンちゃん達と戦ってい……。あ――――……。来たね」
天井へと向けたルーに視線を合わせ、顔を上に向けると。
「どぶぐぅっ!?!?」
この部屋に来てから数えるのも面倒な程の柔らかい衝撃が顔面を襲った。
「ちっ……。ここまで吹き飛んでしまったか……」
「よ、よぅ。そっちも苦戦したみたいだな??」
尻に視界を塞がれ真っ暗闇の中、力無いユウの声が響く。
「二人で立ち向かって行ったけどさぁ。ことごとく弾き飛ばされちゃってね?? 大苦戦してたんだ」
「あの力、父上達に匹敵するやもしれんぞ……。ユウの相手はどうだ??」
「あ――……。うん。力自体は大した事無いんだけどさ。速過ぎて手に負えん。しかも、クニャクニャに柔らかい体であたしの攻撃を躱すんだよ」
ほぅ。
あの猫野郎は見た目通り、俊敏且柔軟だったのか。
「ユウちゃんじゃあちょっと相性悪いかもねぇ。んぅ?? アオイちゃんが 『降って』 来たね!!」
ルーの不吉な予感を覚えさせる言葉が聞こえるとその数秒後。
私の腹部に衝撃が走り地面へと突き抜けて行った。
「んぐぶっ!!」
「――――はぁ。全く……。馬鹿げた力です事……」
「アオイちゃん!! お帰り――」
「どうも」
不機嫌な蜘蛛の声が更に私を不快な気分にさせる。
「アオイちゃんの相手はどうだった!?」
「どうもこうも……。広い間合いと、馬鹿げた力で私の編んだ糸と魔法を一刀両断。やり難い相手と認めざるを得ないでしょうね」
「そっかぁ。何だかんだ言って、皆大苦戦だねぇ」
縁側で温かい御茶を飲んで雑談を交わす様に、しみじみと話す声がやけに苛つくわね。
「い……」
「ん?? どうしたの?? マイちゃん」
「いい加減、ふぉけやあぁああぁ!!!!」
顔に覆いかぶさるリューヴの体目がけ拳を振り抜いて叫ぶが。
残念な事に拳は空を切り。
蹴り飛ばそうとした蜘蛛もいつの間にか私の体の上から退散してしまっていた。
何??
あんたら私の体に何か怨みでもあるの??
全員仲良く尻をぶつけやがって。
「怒っちゃ駄目だよ――??」
「そりゃ何度も尻が降ってくれば誰だって怒るでしょうが……」
体に付着した土埃を払いつつ立ち上がった。
「…………喜劇はもうお終い、ですか??」
「好き好んでやった訳じゃねぇ!!!!」
溜息混じりに話すクレヴィス擬きを睨みつけ、心に浮かんだ言葉そのものをぶつけてやる。
「そうなのですか。楽しそうに繰り広げていましたので、もう暫く眺めていたかったのですけどね」
勘弁して下さい。これ以上尻が降って来るのはもうごめんよ。
微妙に痛む首の筋を解す為左右に首を傾けていると、恐ろしい圧を纏った傑物共が静かにやって来た。
「――――。おぉ、ここに居たか。西瓜お化け」
「ふわぁぁ……。あぁ、ねっむ。お前さんの力が弱過ぎてここまでしか吹き飛ばなかったよ」
「蜘蛛、お前は弱過ぎ」
「良く動く口ですこと。もう少し、お淑やかに出来ませんの??」
「リューヴ、ルー。さぁ、続きだぞ……」
「いぃ!? あ、あはは。私はも、もういいかなぁって」
「望むところだ。貴様とは雌雄を決せねばならん!!」
私の友人達が対峙していた滅魔が一堂に会し私達と対峙する。
奴さん達は多少傷付いているものの、依然元気一杯って感じ。
それに対し、こちらは立ち向かう元気さえ残っていない程にボロボロ。
この戦力差は正直不味い。
『カエデ。一旦退却する??』
クレヴィス擬きへと熱い視線を送り続けている海竜さんへ、今し方思いついた提案を念話で送る。
『本意ではありませんけど、それはやむを得ない決断ですね。戦力差は目に見えています』
戦力差ねぇ。
気合で何んとか出来る状況じゃないのは確かだ。尻尾捲って逃げるのはこっちになっちゃったか
ここは恥を忍んで撤退すべきだろう。命あっての物種さ。
私は戦闘態勢を継続しつつ、静かにそして明確な殺意を此方に向け続ける滅魔達と相対していた。
お疲れ様でした。
後半部分は現在編集作業中ですので、次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




