第百九十八話 お帰りなさい。楽しい危険と恐ろしい冒険が待ち構えている現実世界へ その二
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
まるで空気と同化する様に静かに佇むも強烈な魔力を体から滲ませて私達と対峙する二体の滅魔。
槍の柄を掴む手に汗がじわぁっと浮かぶのは恐らく彼女達の放つ圧迫感と威圧感からくるものであろう。
一部の隙も見つからぬ立ち姿、此方の微かな動きも見逃すまいとして鋭い目付きが闇の中に輝く。
有耶無耶に突っ込んだら脳天を穿たれて戦死は免れず、耐え難い圧から背を見せて逃亡を画策すれば非情の刃が腹を貫く。
母さん達はよくもまぁこんなべらぼうな相手に戦いを挑もうと思ったわね。改めて尊敬すると共に、恐怖心という危機管理能力が欠如しているのではないかと考えてしまった。
誰だって惨たらしい死を彷彿させる相手に向かって行こうとは思わないでしょ??
それは当然私にも当て嵌り……。ません!!!! 史上最強の私がビビる訳が無いのさ!!
我が親友は恐怖に飲まれず勝手にドンパチ始めた様に、相手に気圧されるのは了承出来んのだ!!
「さて、と。丁度二対二だし?? 私達も始めるとしますか??」
ゼツとシャンの前に堂々たる立ち姿で構えいつもの調子で話し掛けてやった。
「私は今、気分が良い。遊び程度なら付き合ってやろう」
「遊びぃ?? 私を相手に遊び程度で済むと思ってんの??」
黒髪の目付きのわりぃ姉ちゃんが腕を組んで私とカエデを交互に見つめ、特に興味無さげな雰囲気を醸し出して話す。
随分と余裕な態度じゃない。
その余裕を、あっ!! っという間に崩してやろうかしらねぇ!!
「あぁ。そうだ」
「んのやろう……。その横っ面に拳、捻じ込んで……。グェッ」
売られた喧嘩はすべからく、ぜぇんぶ買う!!
意気揚々と進み出したのは良いがカエデの手が私の襟を掴むものだから喉が詰まってしまい、少しの段差で躓いた間抜けなアヒルみたいな声を出してしまった。
「ちょっと!! 何すんのよ!!」
「無策で戦闘を始めるのは得策ではありませんよ。あのシャンって人。何やら不思議な気配がするんです」
「不思議な気配??」
「何んと言うか……。複数の人が重なっている様な感じです」
樫の杖を右手に持ち、最大限の警戒心を抱きつつ二人から視線を放さずに話す。
あら?? いつの間に継承召喚を??
「ほぅ、魔力に長けた魔物のようだな。初見で私の力を看破するとは」
「魔力を垂れ流す方が悪い」
「はは、ゼツの言う通りだ。看破した褒美に……。もう二人の私を紹介してやろう」
二人?? それと、私??
こいつは一体何を言っているんだ。
恐らく他人から見たら怪訝だと思われるであろう顔を浮かべて、シャンの体をじっと見つめていると。
「お、おいおい。嘘でしょ……」
黒髪姉ちゃんの体が朧に揺れ始め、時間が経つに連れてその揺れ幅が大きくなっていく。
「ふぅぅ……。すまない、待たせたな」
霞み揺れる体が収まると私達の目の前には三人に増えたシャンが立っていた。
正確に言えば、瓜二つの顔が二つ増えたと言うべきか……。
「久々の外だぁ!! ん――!! 気持ちいいっ!!」
「なぁなぁ――。あいつ、ぶっ殺していいのかぁ??」
陽性な性格っぽい姉ちゃんは楽し気に体を解し始め、更に目付きと態度が悪くなってしまった姉ちゃんは私に堂々とガンをぶっ放す。
顔は瓜二つでも性格は全く異なる。
うちで飼っている狼二頭とそっくりじゃん。
「も――。メイロスぅ駄目だよぉ?? 沢山楽しむ為にゆっくりいたぶらないとぉ」
「マールもそう思うか!? でもなぁ。生意気な口調の奴って直ぐぶん殴りたくないか??」
「その意見には大賛成よ。おら、くっちゃべっていないで。さっさと掛かって来いや」
切れ味の鋭い剣も驚く程に目を尖らせて疲れないのか?? と。呆れた口調で問いたくなるメイロスという奴に向かってクイクイっと指を折り曲げてやる。
「はぁ――?? お前ぇ、誰に話し掛けてるんだ??」
「あんたよ、あんた。目付きがもの凄ぉく悪い女によ」
さぁって!! これでどう出てくるかしらね。
直情型なら挑発に乗って一直線に向かって来る筈。
似た物同士なら組み伏せ易いし戦闘方法もある程度は掴める。
問題は……。
三人に分裂、いや。均等に魔力を分け与えて三つに増えたのにも関わらず、私と同等の力を有している点ね。
今の状態で倒せば纏まって向かって来られるより多少は楽になるでしょう。
「殺すぞてめぇ!!」
はっは――!! そうそう!!
大変良――い感じに頭に血が昇って来てんじゃない。激情に身を任せて向かって来なさいよっと。
浅く腰を落とし、口から凶悪な吐息を漏らして今にも飛び掛かって来そうなメイロスに対して迎撃態勢を整えた。
「メイロス、気を鎮めろ。お前の悪い癖だぞ」
「あぁ!? 気に食わねぇ奴をぶちのめして何が悪いんだよ!!」
ちぃっ。余計な事を。
隊長格であろうシャンが大きな溜息と共に漏らした言葉が彼女の突撃に待ったを掛けた。
特に言葉を交わさずに意思の疎通を図る。
これもリューヴとルーにそっくりじゃん。
「倒すのは構わん。だが、冷静になれと言っているんだ」
「へいへい、わ――ったよ。おい、胸が小さい女」
「あぁああんッ!?」
『……ぁぁ!?』
何処からともなく届いた小さなクレプトの声と合わせて睨む。
「楽に殺してやるから安心して祈りやがれ」
「お生憎様。祈りを捧げる相手がいないから祈る必要もないのよ」
「ちっ。口だけは、達者な様だな!!!!」
メイロスが軽く弾み、体を解し終えると。
「ッ!?」
私との距離を瞬き一つの合間に縮めた。
うぉぉっ!! あっぶねぇ!!
顔面に襲い掛かる殺意の塊を間一髪躱してやった。
「はっ!! やっるぅ!!」
「遅過ぎて暇過ぎたわ。あんたの拳が届く間に苺大福が三つ食べられるわよ」
「あぁ?? 何だ、そりゃ」
あんな美味しい食べ物も知らないのか。
可哀想な奴め。
「いつか食べさせてやるわ……よっ!!」
私の間合いに入ったまま対峙し続けるメイロスの腹のド真ん中へ向かって槍の穂先を素敵な速度で穿ってやるが。
「おっとぉ!! いいじゃねぇか。私を堂々と殺そうとするその気迫。気にいったぜぇ」
黄金の槍の穂先の先端を確実に目線で追い、半身の姿勢で躱されてしまった。
まっ、様子見で打った一撃だし。躱すとは思っていたけどね。
「さぁ……。続きだぁ!!」
目付きがわりぃ女が腰を深く落として両足に力を籠めた刹那。
獰猛な野獣の突撃態勢を彷彿させる前傾姿勢を取り、鋭い牙を剥き出しにして私の首を刈り取ろうと恐ろしい圧を纏う。
来る!!
奴の体から昂る魔力を一早く察知して黄金の槍を中段に構え。常軌を逸した殺意の塊と対峙した。
「――――マイ。そいつの相手は私が貰った!!」
懐かしき我が友人の声が広い部屋に静かに響くと同時。
「なっ!? ぐぅ!?!?」
灰色の強襲を受けた黒き野獣が後方へと一直線に吹き飛んで行ってしまった。
「リューヴ!!!!」
「ふっ、待たせたな」
「遅いって!!」
軽い笑みを浮かべて右手をすっと上げる彼女に手を合わせてやった。
珍しいわね、リューヴがこんな仕草取るなんて。
べらぼうに強い敵と対峙して微かに高まっている緊張感を解す為に彼女は敢えてこの行動を取ったのだろう。
ありがとうね。お陰様で普段通りに戦えそうですよっと。
そして、彼女が現れたということは。
「と――!! リューヴだけじゃないよ!?」
「ルー、あんたも元気そうじゃない」
「えへへ。まぁね!!」
当然、もう一頭の狼も登場する訳さ。
いつも通りちょいと口角を上げて楽しそうに左右に尻尾を振りながらお惚け狼が私の足元に現れた。
「あらあら。化け物級の力を感じて来てみれば……。何やら、面白そうな祭りが始まろうとしているではありませんか」
はぁい、蜘蛛はどうでもいいので無視無視っと。
丁度良い緊張感を持った面持ちでカエデと肩を並べ、立ち塞がる四名を注視していやがった。
けっ、澄ました顔を浮かべやがって。
気持ち良く殴られちまえ。
「ってか。ここに来る間にユウ達見なかった??」
「つ、強そうだなぁ……」
滅魔達の強さを捉え、先程までフッサフサと揺れ動いていた尻尾の動きが完全停止してしまった足元の狼に問う。
「あ――……。加勢しようかって言ったら。『邪魔すんなっ!!』 って、一蹴されちゃったからこっちに来たの」
「そ、そう」
さり気なく背後へ振り返ると、未だ激しい戦いは継続中の様で??
『くたばりやがれぇぇええ――!!!!』
『おせぇんだよ!! クソ野郎が!!』
何かが弾け飛ぶ音と、大変硬い石が木っ端微塵に砕け散る轟音が大気を振るわせていた。
御二人さん、暴れ過ぎるとこの部屋が崩壊してしまう恐れがあるので程々にお願いしますよっと。
「アイツ等……。私達と似た体質の様だな」
「そうよ。一番奥で堂々と構えている奴が隊長格ね。目付きがすげぇ悪い女が戦闘狂で。んで、あそこで御主人様と楽しい散歩を心待ちにして座っている黒い犬が天真爛漫って感じ」
ン゛ッ!? 犬ぅ!?
あの野郎、いつの間に変身しやがった!?
普通の犬より三回り程デカイ犬の姿に変わり、私達を黄色の瞳で捉え続けていた。
「わぁ――。犬だっ!!」
「そっちは狼だね!!」
「そうだよ!! 私の名前はルーっていうんだ。お姉さんのお名前は??」
「マール!!」
一頭の灰色の狼と黒犬が鼻頭を合わせて仲良く犬流?? の挨拶を交わしていた。
お惚け狼と天真爛漫犬。
頭が陽性な者同士、意外と波長があるのかしらねぇ……。
「おいぃ。てめぇ、私の体を吹き飛ばしておいて只で済むと思ってるのか??」
「あぁ、済まない。隙だらけだったものだからな。ついつい蹴り飛ばしてしまった」
「ふ……。はははは!! メイロス!! 気を抜くなよ??」
「うっせぇぞ!! シャン!! 予定変更だ。てめぇら、狼の喉笛を噛み千切ってやるよぉ!!」
来たぁ!!
今度は風の魔力を付与させ、激しい突風を余裕で超える速さでリューヴへと突撃を開始した。
「だぁああああ――!!!!」
「速さは正直目を見張る物がある。しかし私を捉えようとするのなら、もう二回り程速さが欲しいな」
上下左右から襲い掛かる拳と烈脚の雨を丁寧に一つずつ躱しつつ口を開く。
すっげ。良くもまぁ喋りながら避けられるわねぇ。
「その内そうするよ!!!!」
「それは……。楽しみだな!!!!」
「うおっ!? へへ――!! いいじゃねぇか!! もっと戦おうぜぇっ!!!!」
殴り合いが楽しくて仕方が無い。
互いにそんな陽性な感情を抱き拳を交えつつ戦闘が始まってしまった。
私の相手だったのに……。横取りされちった。
「ルー!! 尻尾噛ませてよ!!」
「いやっ!! こっち来ないで!!」
黒い犬に追われる灰色の狼がキャンキャンと情けない声を出しながら部屋を駆け回って行く。
あんたはもうちょっとしゃんとしなさい。
「…………おまえ。あの女に似ている」
おう?? 何だ??
ジト目のゼツの声がポツリと漏れたのでそちらに視線を送る。
「あなたが私の母親に敗れた弱小の滅魔ですか。申し遅れました。私は大魔が一人フォレインの娘。アオイと申しますわ」
わざとらしく、そして仰々しく丁寧に頭を下げる姿が……。
まぁ――無性に腹が立つわね。
「その声。聞きたくないから黙って」
「あらぁ?? 鶯も思わず恍惚の表情を浮かべるこの清涼とした声が気に食わないので??」
「性格もそっくり。シャン、こいつ。私が貰う」
じっとりとした目に若干の殺気が湧く。
ダブダブの服の袖を揺らしつつ、蜘蛛へと接近して行った。
「好きにやれ。私は今暫く戦闘を傍観させて貰うぞ」
「分かった。――――死ね」
おぉ!! 良い踏み込みじゃない!!
気怠そうな雰囲気を滲ませているがいざ戦闘となると一転。
宙を舞う燕が描く軌道を模して蜘蛛の懐へと数舜で潜り込み。手元に隠していた短刀で切り掛かった。
蜘蛛の顔面を切り裂くか!? 漸くアイツの端整……。じゃない!!
普通――の顔に傷が付くかと思いきや。
「くっ!!」
寸での所で上半身を反らして回避してしまった。
「おい!! ちっこい女!! ちゃんと当てろやぁ!!」
蜘蛛の頬を掠めて行く短刀を睨みつつ叫ぶ。
「まな板!! 黙りなさい!!」
「……まな板。私の味方??」
短刀を引っ込め、じっとりとした目をこちらに向ける。
「おう!! そいつは避けるのが異常に上手い!! しっかりと狙ってがっつりとぶちのめしてやれ!!」
「分かった」
「ちぃ!!!! ここは狭いですわ!! こっちに来なさい、根暗女!!」
短刀の一閃を躱しつつ移動を開始。私の背後の薄暗い闇の中へと二人が消えて行ってしまった。
何よぉ。折角だったら蜘蛛がガツンとやられる姿を見たかったのになぁ。
コイツが強過ぎて私では相手になりませ――ん!! マイ様、どうか私めに御助力下さい!! と。
眼に涙を浮かべて私に命乞いをしてきたら助けてやろうと思ったのに。
あ、いや。そんな風に懇願されても助けないかも。こういう時にこそ普段の善行が問われるのよねぇ……。
「――――ん?? どした、カエデ」
ピィピィ泣き喚く蜘蛛の姿を想像しているとカエデが無言で私の袖をクイクイっと引っ張る。
「クレヴィスさんを飲み込んだアレが開きます」
「は??」
カエデの目線を追い憎たらしい円筒状の物体を見つめると。
「……」
徐々に、本当にゆるりとした速さで扉が開きつつあり。そして、こちらに一抹の不安を与える形容し難い光が隙間から漏れていた。
クレヴィスを取り込んで全く新しい個体が現れるのか?? それとも無残な遺体となってアイツが現れるのか。
どんな化け物が出て来ても即座に対応出来る様に槍をぎゅっと握り締め、緊張感を継続させて待ち構えるが……。
私の予想は良い方向に裏切られる事となった。
「……」
扉が完全に開くと一人の女性が力無く前のめりに倒れる。
「クレヴィス!! あんた、大丈夫なの??」
な、なんだ。漆黒に取り込まれたかと思ったけど、気を失っただけか。
デカ尻女の体から感じる強い魔力にほっと胸を撫で下ろした。
「――――。お待たせしましたね、皆さん」
私の言葉に反応したデカ尻女が徐にに立ち上がり、アホな頭に似合わない叮嚀な言葉を漏らす。
「貴様……。初めて見るが、名は??」
「お初にお目にかかります。創造主様から頂いた名は、フレイア=フォースターウェインです。皆様よりも後の時代に生まれたので知らないのは当然かと」
はい?? 一体全体あのデカ尻女は何を言ってるのかしら。
恐怖で頭がヤラれちまったのか??
「ふむ……。そうか。それならば皆へ名を知らせておけ」
「他の先輩方はお取込み中ですのでそうした方が得策ですね」
私の後方に視線を移して微弱な魔力を放つ。
恐らく私達が使用する念話に近い形で意思伝達を図っているのだろう。
だが、何んと言いますか……。
黒に飲み込まれる前と後で雰囲気が変わり過ぎて瓜二つの別人が出て来たんじゃないかという錯覚に陥ってしまうわね。
「クレヴィス。あんた、頭でも打った??」
「クレヴィス……。そう言えば、もう一人の私はそう名乗っていましたね」
もう一人の私??
「は?? 何言ってんの、あんた」
私に尻を叩かれ過ぎて元の人格が破壊され、代わりに別人格が現れたとでもいうのだろうか。
「元の姿に戻ったと言えば、あなたの空っぽな頭でも理解出来ますか??」
「あぁ!?!? 誰に物を言ってんのよ!!」
折角助けてやろうとしてやったのにその態度はどうかと思うわよ!!
未完の芸術作品を完成させる為、荒々しく袖を捲り強烈な折檻に向かおうとすると。
「貴女にですよ。非力な龍……」
デカ尻女が私に向かって右手を前に翳した。
「あ?? うぉっ!?」
深紅の光が放たれたと感じた刹那。腹の奥まで響く呆れた衝撃が目の前で弾けた。
「…………。知り合いに向ける力ではありませんね」
「カ、カエデ。助かったわ」
い、今のは危なかった。
カエデの結界が無かったら無詠唱で飛来した火球が直撃していた筈。
「へぇ。弱い魔法使いの割には真面な結界を張るんですね??」
目の前を覆っていた濃い爆煙が晴れると、人を見下す瞳を浮かべたクレヴィスが大変鼻に付く態度でこちらを見つめていた。
んの野郎……。何か知らねぇけど、ちょいと強くなったくらいで良い気になりやがって。
「弱い、ですか。これでも人並以上だと自負しているのですがね」
「それは主観でしょう。客観的に判断すると……。ふふ。いえ、ごめんなさい。世の中を知らない人には判断材料が足りないですよね。だから、そうやって己の力を誇示するのでしょう」
負けず嫌いの海竜ちゃんをあんまり挑発しなさんな。
どうなっても知らないわよ。
「誇示している訳ではありません。あなたの力が足りないから、私の結界を貫けなかったのです」
「様子見でしたからね。では……。物は試しといきますか」
クレヴィスの足元に巨大な魔法陣が浮かび上がり、澄んだ水面に落ちた一滴の雫が放つ波紋の様に地面を覆い尽くす面積へと広がって行く。
体の芯にズンっと重く圧し掛かる魔力の波動、そして肌がピリピリと刺激される空気の振動に思わず身構えてしまった。
ちょ、ちょぉっとこれは不味いんじゃなぁい??
「地を這う矮小な愚者よ、天から降り注ぐ神の怒りを思い知れ……。審判の矢」
「……っ!!」
上空から無慈悲に降り注ぐ雷の散撃に対し、カエデが右手に持つ樫の杖を翳して結界を張って防御態勢を整えた。
鼓膜をブチ破る強烈な轟音が響き、白き閃光が迸ると石畳の上に大きな穴が開く。一発の威力は並以上でありそれが広範囲に渡って何度も雨あられの様に降り注ぐ。
「あっぶねぇええ!!」
雷より速く動ける自信はあるけど!! こ、この量は洒落にならん!!
私の可愛いあんよちゃん達に風の魔法を付与し、雷鳴を轟かせて無数に降り注ぐ雷の範囲から脱却してやった。
「如何ですか?? 上位の存在からの攻撃は。まぁ、生きては……」
「――――。ふむっ。苛烈且的確な位置に攻撃を加える。大変勉強になりました」
雷が結界を焼き焦がして発生した白き蒸気が微かな空気の流れによって晴れると、いつも通りの冷静な彼女の姿が現れ。余裕な態度で白のローブに付着した土埃を払っていた。
すげぇ……。あの連続の雷を食らっても全然綻んでいないじゃん……。
「やるじゃん!! カエデ!!」
「どうも」
こちらに向かってコクンと頷く。
互いに余裕が見てとれるが……。私の直感ではクレヴィス擬きはまだまだ底を見せていない感じだ。
そして、その底は計り知れない程に深い。
実力を遺憾なく発揮する前に叩くべきだと思うんだけど、海竜ちゃんはワクワク感全開の顔で奴を捉えているし。
横槍を入れようものなら二人から邪魔するなと、恐ろしいまでのとばっちりが飛んでくる恐れがあるので此処は一つ静観を決め込みましょう。
「ふぅむ。防御自体は中程度ですか。まぁ、敢えて威力を落とした訳ですけどね」
「能書きはもういいです。良く回る舌を切り落としましょうか??」
「ふ……。あはは、面白い冗談を言う人ですね。いいでしょう。相手になってあげますよ。……。雑種の搾り滓」
「ッ!!!!」
「ぎぃゃあっ!!」
二人が放った雷が互いの中間地点で混ざり合って弾けると耳をつんざく轟音が響き、私の可愛い体が衝突の余波で吹き飛ばされてしまった。
「よ、他所でやれぇぇええ――ッ!!」
ちょいと冷たい地面に綺麗なお尻を乗せ、大分離れた位置で今も互いに睨み合う二人へ向かって叫んでやった。
「ですって?? ここではお互いに本気を出せないでしょう」
「そうですね。では、あちらへ向かいましょうか」
両者の視線と視線が衝突すると雷も慄く稲光が生じてしまう。互いに牽制しつつ広い場所を求め歩いて行ってしまった。
ったく!! 人の事も考えなさいよね。
馬鹿みたいな威力を持った魔法を好き勝手にぶっ放したら近くに居る人が大迷惑するっつ――の!!
当たり前の文句を垂れつつ立ち上がり、私のお尻ちゃんにギュッしがみ付いている土埃を払う。
さってと!! どうやら私の相手はあのシャンって奴になりそうね。
奴は三体の犬の隊長格だし、よっぽど気合を入れないと倒せそうにない。
気合を入れまくって、全身全霊の力を以て撃滅させてやろう!!
拳にギュッと力と決意を籠めて振り返るが。
「リューヴとやら。私も混ぜて貰おうか!!」
「シャン!! 邪魔すんなぁ!!」
「くっ!! 良いだろう!! 二人同時に倒して見せよう!!」
強面狼と戦闘狂犬の楽し気な様子に痺れを切らしたのか、私の存在を無視してリューヴと拳を交わし始めてしまった。
「ルー!! 待ってよぉ!!」
「向こうに行ってよ!! 止めてって言ってるのにぃ!!」
あっちはあっちで別の意味で楽しそうなかけっこしてるし。
『避けんなぁぁああ!! この微乳の猫野郎がぁああああ!!』
『テメェがノロマなんだよ!! 阿保乳!!』
『いい加減に死ね』
『まぁまぁ……。顔も悪ければ口も悪い。全く不憫で仕方がありませんわ』
『へぇ――……。雑種の滓のわりには中々の魔力ですね』
『お尻が大きくて動き辛くありませんか?? 見て居て心配になりますよっ』
周囲に渦巻く熱き戦地の熱気。
互いに持つ力の限りを激しく衝突させ、戦地には心地良い熱気が渦巻いていた。
そこに身を置くと見た事も嗅いだ事も、そして食べた事も無い料理を目の前にした時に訪れる高揚感が自ずと湧いてくるのですが……。
「すぅ――……。う、うん。置いてけぼりね」
私はたった一人だけ熱き感情が入り混じる戦地の真っ只中にポツンと取り残され、目をぱちくりさせて只々茫然と過激過ぎる衝突音を耳に取り込んでいた。
あ、あれぇ……?? 私の相手はぁ??
行き場の無いこの有り余った力はどうすればいいのかしら。
えぇっと……。う、うん!!
取り敢えず適当に参加してみようかしらね!! ほら、一人だけ戦わないと後で何を言われるか分かったもんじゃないし!?
「あはは!! 待ってよ――!!」
「いやぁぁああ――!! 尻尾食べないでぇぇええ――!!」
戦地の中を激しく駆け回る二頭の獣を尻目に、私は黄金の槍をよっこらせっと呑気に肩に担ぎ。
適当な相手を探しに大変素晴らしい力を放出し続ける彼女達の下へと向かって行ったのだった。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
さて、皆さん。いよいよ始まりますよ……。
そう!! 『孤独のグルメシーズン10』です!!
読者様達から何だ、本編の話じゃないのかよと総ツッコミを食らいそうですがそれだけ楽しみにしていたのです。
松重豊さんが演じる井之頭五郎。一人のナイスなおじさまがひたすら御飯を食べるだけのドラマなのですが。これがまぁ面白いのなんの。
特に!! 焼肉回には外れが無いのでいつも腹を空かせて見ていますね。
今週の金曜日の深夜から放送が始まるので今からワクワクが止まりません。
お前さんの心情を聞きに来たんじゃないのよねと読者様達から大変冷たい視線が光る画面越しに届きましたのでプロット執筆に戻ります。
ブックマークをして頂き有難う御座います!!
この御使いが佳境に差し掛かる中、執筆活動の嬉しい励みとなりました!!!!
それでは皆様、お休みなさいませ。




