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第百九十一話 我が親友のお茶目な横着

お疲れ様です。


本日の投稿なります。


長文となっておりますので予めご了承下さいませ。




 今にもナニかがぬぅっと顔を覗かせてしまう様なくらぁい闇が漂う通路の奥へ進むにつれて湿気を含んだ空気が肌にへばりつき、どこからともなく聞こえて来る水が滴り落ちる不吉な音が悪戯に心をざわつかせる。


 整然と敷かれた石畳の合間から不規則に生えて育つ苔が不安感を増長させてしまい、上下左右の壁に映る丸い輪郭の染みが不気味な顔に見えて来てしまう。



 う、うぅむ……。何んと言いますか。


 ドン引きする程に物凄く不気味よね!!!!


 やっぱり当初の予定通り右の道を選ぶべきだったのかしら。でも向こうの道は超絶不運な狐さんが選んだ道だしぃ。


 こっちの方が向こうよりもマシな筈なのよね。



 視界は依然と悪いけど、カエデが照らす光球が心強い。


 でも、可能であるのならば絡みつく闇を打ち払う強さを以てもっと遠くまで照らして欲しいものだ。



 べ、別に?? ビビってる訳じゃないのよ??


 史上最強の私でもほ、ほら。急にわぁっ!! と来られても対応が遅れちゃうじゃない。


 おどろおどろしい相手でも事前に。


 あ、じゃあ行きますよ――と教えてくれればこちらとしても心構えが出来て。正式に、悠然と、そして堂々と驚けるじゃん??



 心の中で恐怖という名の芽をポっと咲かせてしまった頼りなく、そして情けない感情を御しつつ。左右に忙しなく視線を動かしながら隊の中央を陣取って歩き続けていた。



「隊長――。何か見つかりましたか――??」



 ユウがこれ見よがしに馬鹿でけぇ乳を揺らしながらフワモコの尻尾を左右にピコピコと振りつつ前を行くイスハの背に問うた。



 すっごいわねぇ、ソレ。一体何が詰まってんのよ。


 西瓜五個分位の質量じゃん。



「何も見つかる訳なかろう。分岐点も無ければこれといった特徴のある目印さえ見つからないのじゃ」



 そう、隊長が仰る通り。


 私達はエルザード達と別れて小一時間程、只管この一本道を進み続けていた。


 前の部屋と変わった所は何かと問われれば、今も感じている通り。湿気が増えた事とその辺りにやたらに生える苔や石壁にへばりつく水滴ぐらいであろう。



「カエデ、何か感じる??」



 直ぐ後ろ。


 特に感情の変化を見せない冷静な面持ちで歩き続けている彼女へ振り返って問う。



「いいえ。特に変化はありませんね」



 カエデが感知しないのなら……。まぁ大丈夫でしょう。



「本当にいるのか?? その滅魔って奴」


「私も今それを考えていた所よ。これだけ進んでも見付からないって事はだよ?? もうここを出てどっかに出掛けちゃったのよ」



 若干の疲労を滲ませた吐息と共に言葉を発したユウに答えてやった。



 こぉんな暗い場所じゃ奴らも辟易しちゃうだろうし。きっと美味しい御飯とかを食べに出掛けたんでしょう。



 滅魔は食事を摂るのだろうか??


 不死に近い存在だから必要としないのは理解出来ているけども。そう考えると勿体ないわよねぇ。


 舌が蕩けるあのあまぁい砂糖の味や食欲がグングン湧いて来る大蒜の香、そして炊き立て御飯の放つ湯気に含まれた水気のあるふわぁっとした優しい香り。


 数え出したらキリが無い素敵な食事を堪能しようとしないのはちょっと可哀想かも。



「滅魔達がここを出たら先生や私が力の鼓動を感知します。その線は非常に薄いですね」


「――。だとさ」



 ユウが私の肩を『お疲れっ』 そんな感じでぽんっと置く。



「じゃ、じゃあ――。もぉっと地下深くに居るんじゃない?? あんた達が感知出来ない程にね」



 これならどうよ??



「ふむ……。それは良い線ですね」


『どうだい?? 私の考えも強ち捨て難いだろう??』



 今度は片眉をクイっと上げ、隣の親友を見上げてやった。



「当てずっぽうだろ」


「し、し、失礼ねっ!! 私の名推理が難解な問題を快刀乱麻の勢いで解いてやったっていうのに!!」



 親友のきゃわいい横顔に向かってクワッ!! と口を開いて断固抗議してやる。



「難解ねぇ。良く考えれば分かりそうな問題だけど……。うん?? どした――??」



 ユウがピタリと足を止めて話すので、私も彼女に倣って足を止めて前方を注視した。



「ここから下りじゃ。傾斜がちときついから踏ん張りながら降りるぞ」


「は?? 傾斜??」



 イスハの隣に並んでそれを確認する。



 今まで一直線だった道は私の足元から傾斜へと変容。全然、全く以て先が見えない闇の先へずぅっと下がり続けている。


 先の見えない傾斜、か。


 どこまで下っているか分からないし、足を滑らせない様に注意しなきゃねぇ。



「うぉっ。これ、どこまで下がっているんだ??」


「ちょっと確認しようかしらね」



 足元の不格好な石を拾い、傾斜目掛けてぽぉんっと放り投げてやる。



「……」



 見える範囲で石が一度、二度跳ねて綺麗な回転で転がり続けて行く。


 光の届く範囲から石が姿を消して、終着点へ到着する音を確認しようと私達は口を閉ざして聴覚を最大限に高めるが……。



「――――。聞こえないわね」



 待てど暮らせどその音は返って来なかった。



「それだけ深い位置にまで下がっているのです。イスハさんが仰った通り、注意して下りましょう」



 カエデの案には賛成だけども、この傾斜が私のイケナイ陽性な感情が沸々と湧かせてしまた。



「ねぇ、この坂。滑って行った方が楽しそうじゃない??」



 そうすれば踏ん張る余計な力も要らないし、楽しいし、一石二鳥ではないか。



「あのな?? 終わりに何があるのか分からないんだぞ??」


「止まらなくなった体程危険な事はありませんよ。先に鋭い剣山が備えてあったらどうするのですか」


「カエデの言う通りじゃ。罠が待ち構えている可能性も捨てられん」



 おおぅ。全会一致且速攻で否決されてしまった。


 六つの瞳が愚か者を見つめる様な、憐憫足る瞳を浮かべて私を見つめる。



「冗談に決まってんじゃない!! さて!! 行くわよ!!」



 足首とお腹に力を籠め、闇へと向かって永劫に続く坂へと躍り出た。



「んっと。おぉっ、慣れたら結構進みやすいもんだな」


「そうですか?? 私は苦手です」



 でしょうね。


 楽に降りる私達と比べ、カエデは一歩一歩を確実に地に着けて降りてるし。



「カエデ。腹にぐっと力を籠めなさい」


「それと足にもなぁ――」


「やっていますよ。私はマイとユウと違ってそこまで体が頑丈に出来ていないのです」



 むっと眉を寄せる。


 可愛い怒り方しちゃってぇ。



「でも、地面の石畳は湿ってるし。あたし達も気を付けた方がいいかも……。ぬぉっ!?!?」



 言った側からそれ??


 ユウの足が斜面の上をずるりと滑り、慌てて体勢を整えた。



「ったく。気を付けなさいよ」



 ユウの腕を掴んで話す。



「へへ。ありがとね」



 どういたしまして。


 そんな意味を籠め、軽く眉をくいっと上げてやった。



 しかし……。


 滅魔の連中は地下深くにいるって仮説だけど。ここまでかなり深く下って来てるわよね。



 入り口から階段で下り、そこから一本道を進み、そしてこの坂。


 心なしか耳に違和感があるのはその所為だろう。


 何て言ったっけ。この変化……。


 あ――……。ん――??


 耳障り?? これは違うわね。耳栓……、も違うしぃ。



「カエデ、耳に違和感が発生する理由って何だっけ??」



 考える事を諦めた私は前方の闇を捉えつつ、後ろで見ていて心配になる小鴨の歩みを続けている海竜ちゃんへと尋ねた。



「それは恐らく気圧ですね」



 あぁ、そうそう。ソレだ。キアツって奴だ。


 ってか、ごめん。気圧って何??



「地上に比べて微妙にですが気圧が高くなっています。多少なりにもそれを感じると言う事はそれだけ深く潜っている証拠」


「カエデ、気圧って何??」



 隣の爆乳娘が私と全く同じ考えに至ったのか。ちょいと訝し気な表情で問う。



「私達の周囲には空気があります。それは分かりますよね??」


「おう」


「その空気には目に見えませんが重さがあるのです。地上から空の高さ限界までの空気が重く体に圧し掛かっていると言えば分かり易いですか??」


「空気に重さねぇ。今一実感出来ないわね」



 手を軽く振って空気を切る仕草を取ってやる。


 これに重さなんてあるのかしら??



「それを今実感しているじゃないですか。地下に潜ればそれだけ体に圧し掛かる空気が増え。山に登ればそれだけ空気の量が減るのです」


「あぁ、あたしは理解出来たぞ。だから鼓膜が変化するのか」


「正解です。因みに高い山の頂上では地上に比べて水の沸点が低いのですよ??」



「「へぇ――」」



 若干悦に浸った声色を放つカエデに対し、私とユウが特に興味無さげに返事を返す。


 只でさえ暗い闇に包まれているってのに頭が痛くなる話はちょっと御遠慮願いたいわね。



「どうしてか、それはですね……」


「き、気圧の所為よね!! 理解したわ!!」


「――――。本当ですか??」



 私達が本当に理解したのかどうか。怪しげな瞳を以てじぃっとこちらの様子を窺う。



「あぁ!! 気圧ってのは凄いよなぁ!!」


「そうよ!! 気圧が無ければ私達は美味しい御飯を食べられないもん!!」


「そうさ!!」


「はぁ……。沸点の話は後日、改めて説明させて頂きます」



 結構ですっ!! と言いそうになるのをぐっと堪えて相変わらずの斜面を下って行く。


 カエデって説明するのが好きよねぇ。まぁ、勉強になるのは確かだけども……。



 気圧によるものなのか将又難しい話を聞いた所為なのか。


 こめかみの裏側にツキンとした痛みが生じ、それを誤魔化す為に指先で左右のこめかみを押していると。



「――――。あん?? ちょっと、これ何??」



 右足の裏に違和感を覚えて歩みを止めた。


 そして、右足を退かした場所の石畳の一部が乾いた音を立てて徐々に下がって行く。



「何だろう?? ここだけぽっかり穴が開いたな」



 ユウが話す通り、石同士が擦れ合うズズズっという摩擦音を奏でて私の拳大程の穴が坂道のド真ん中に開いてしまった。



「これ。お主、何かに触れたのか??」



 イスハがモコフワの尻尾をふさっと揺れ動かして踵を返し、私達と同じく穴を見つめて話す。



「さぁ?? 歩いていたらさ、何だか違和感があって。んで、足を退けたらこんな風になってたのよ」



 足元に指を差して端的に説明してやった。



「何か出て来る気配はありませんね」


「随分と古い遺跡だし、壊れたんじゃないのか??」


「私もユウの意見に賛成よ。ぼろっちぃ石が崩れただけじゃ…………」



 おう?? 何、この音。


 私が説明していると坂の随分と上方から、腹の奥にズンっと響く重低音が壁に乱反射して鼓膜へと届く。


 坂の上の闇の中をじぃっと見つめるが……。その正体は暗闇に塞がれて掴めないでいた。



「何だ?? この音……」


「不気味じゃのぉ……」



 ユウとイスハもこの音を捉えたのか。


 訝し気な顔を浮かべて坂の上を睨みつけている。



「カエデ。もうちょっと光量を上げてくれる??」


「分かりました」



 カエデが魔力を上昇させて強い光が闇を払うと。


 そこには呆れんばかりの轟音と共に、この通路の大半を覆い尽くす濃い影が私達に向かって猛烈な勢いを保って急降下して来やがった。



 な、何よ?? あれは…………。


 漆黒の闇の波が襲い掛かって来るとでも言えばいいのか。



 さぁ、早くその場から動かないと貴様等は闇に飲まれてしまうぞ??


 そう言わんばかりに黒が刻一刻と強まり、そして轟音もいよいよ耳をつんざく勢いへと成長してしまった。



「は、走れ!! 走るのじゃ――――ッッ!!!!」



 誰よりもいち早く、そして真っ先に危機を察知したイスハが踵を返して黒い影に見劣りしない速さで坂を駆け抜けて行く。



「ちょっ……!! 置いて行くな!!」


「待てよ!!」



 それに続けと、私とユウが小さくなった狐の尻尾目掛け駆け出した。


 躓かない様に細心の注意を払いつつ、全脚力を解放しながら恐る恐る振り返ると……。



「ぃぃいいいいッ!?!?」



 黒い影の正体は……。通路のほぼ全てを覆い尽くし、濁流の如く押し寄せる大量の水であった。


 蛇の様に複雑にうねり、水飛沫を迸らせて私達を飲み込もうと今も苛烈な勢いで襲い掛かって来やがるじゃあありませんかっ!!!!



 ふ、ふ、ふざけんな!!


 何でこんな大量の水が坂の上から流れて来たんだよ!!



「やばいやばい!!!! ユウ!! 走れ――――っ!!」



 死に物狂いで両足を前後に動かし、生涯で五指に入るであろう勢いで両腕を振り。風の壁をぶち抜く勢いで坂を下って行く。



「わ――ってるよ!!!!」



 アレに飲み込まれたらきっと藻掻き苦しんでぷっかぁっと水面に浮かんでしまうのでしょう……。


 冒険者の憐れな末路を想像すると、生命の危機を察知した体が危機回避運動に力を譲渡して自分でも驚くほどに足が速く動く。



 日常生活で足の速さは余り活かされる機会は無いけども。こういう時にこそ真価が問われるのだ。



 口から大量の空気を吸い込み、鋭利な刃物の先端で傷付けられた痛みが生じる肺へと送り。それを力に変えて全力疾走を余裕で超える大爆走で水の波から逃亡を画策。



 何んとか恐ろしい水との距離を保っていたが、それはどうやら私と先頭を大爆走している狐の女王様だけなようで??


 我が親友は顔を真っ赤にしつつ懸命に駆けているが……。



「くっ……。うぅっ!!!!」



 徐々に後方へと流れて行き、水のお口ちゃんに飲まれるまで後一歩の所まで下がってしまった。



「ユ、ユウっ!! 根性出してもっと速く走りやがれっ!!」


「わ、分かってんだよ!! で、でも!! こ、これ以上は……!!」



 彼女の踵に水が触れた刹那。



「も、もうげ……。限界……」


「諦めるな!! 腕を振れぇぇええ――――っ!!!!」


「お、お先ぃ……。うぼぶぅッ!?!?」


「ユウ――――!!!!」



 怪力爆乳娘が黒い濁流に飲み込まれてしまい視界からその存在が消えてしまった。



 だ、大丈夫かな……。体が頑丈な彼女でもあの濁流に飲み込まれてしまったら……。



 普段であれば足を止めてユウの体の捜索に取り掛かるのだが、そんな余裕は無い!!


 恐ろしい魔の手は直ぐ後ろに迫ると、踵に水飛沫が掛り項につめたぁいお水が降り注ぐ。



「お、おい――ッ!! 私達を置いて真っ先に逃げるなんて……。隊長失格なんじゃないの!?」



 ちょいと先に漸く見えて来た狐の尻尾に向かって叫んでやる。



「や、喧しい!! あんなの儂一人でどうこう出来る訳なかろうがぁ!!」



 それはごもっともですけども!! テメェは私達の引率者兼隊を纏める隊長だろう!?


 せめて少しでも他の隊員を労わる気概を見せやがれ!!



「ユウとカエデはどうした!?」


「ユウはさっき飲み込まれたわよ!! カエデは……」



 あっれ?? そう言えば、さっきから光は消えていないわね。今も通路が淡く照らされているし。


 カエデはもう既に飲み込まれてゴボゴボ泳いでいるのでは……。



「――――。御二人共。走るのが速いですね」


「カエデ!?」



 私達を食らおうとして暴れ狂う濁流の水面。


 そこから海竜の姿で気持ち良さそうに波に乗る彼女が私達に呑気に声を掛けて来た。


 そう言えば……。



「あんた、泳ぎが得意だったわね!!」


「伊達に海竜を名乗っていませんよ」



 小さな蛇みたいな体を水面下にちゃぷんと沈め、くるりと体をうねらせて再び水面に戻る。


 ち、畜生。そっちの手もあったか。


 泳ぎと走り、どちらが得意かと問われれば私は後者だ。濁流に飲まれて海竜の様に上手く泳げる自信も無い。しかし、このままではいつか水に飲み込まれてしまう。



 二者択一に悩み、苦しみ、中々決断出来ないでいると。



「こ、このままでは埒が明かん!! 水に乗って坂を下るぞ!!」



 イスハが苦しそうな呼吸を続ける中で覚悟を決めた。



「大賛成よ!!」



 互いに体力の限界を感じた私とイスハは静かに足を止め。



『いただきま――――すっ!!!!』



 全てを飲み込む腹ペコ水流に身を委ねた。




「「のわぁあぁああぁ――――っ!!!!」」



 体中に襲い掛かる水圧と冷たい水の洗礼。


 そしてどっちが上下か分からなくなる程に水の中で体が回り続ける。



 し、死ぬぅぅうう!! 水面はどっちよ!?


 取り敢えずカエデが照らしてくれる光球へと向かって死に物狂いで四肢を動かした。



「――――ぶはぁ!!」



 やっとの思いで水面に顔を出して新鮮な空気を胸一杯に閉じ込めてやる。


 あ、あぶねぇ……。溺れるかと思ったわ。



「ぷはっ!! はぁ……。災難じゃ……」



 私とほぼ同時に水面に浮上したイスハがびちゃびちゃに濡れた金の髪のままで話す。



「御二人共。御無事で何よりです」



 相変わらずの海竜の姿でカエデが私達の生還?? を迎えてくれた。



「そりゃどうも。所で、ユウは??」


「お――い!! あたしはここだぞぉ――!!」



 あぁ、いたいた。


 私達よりちょっと上で器用に泳ぎつつ、こちらに向かって来る。



「無事で結構!!」


「全く……。お主が変な所を踏むからこうなったのじゃぞ??」


「は?? 私ってなんで分かるのよ。あんたが先行してたんだし。そっちが踏んだかもしれないでしょ??」



 心外だわ。


 そんな感じでぷかぷかと浮かぶ狐に言ってやる。



「むぅ……。それもあるかも……」


「でしょ?? 何でもかんでも他人の所為にするのは良く無いと思うわ」



 水面に浮かびながらしみじみと大きく頷いてやった。



「そんな事より、これは一体いつまで続くのでしょうか??」



 首を擡げ、未だに流れつつある水の先をカエデが見渡す。



「さぁ?? もうどうにでもなれよ。案外、こっちの方が楽かもよ??」



 背嚢の所為でちょいと泳ぎにくいけども、両手両足を動かせば浮かんでいられるしっ。


 わざわざ歩かなくて良いと思うと多少なりにも心に余裕が出来るのさ。



「馬鹿みたいにテクテク歩く事も無いし。のんび――り浮かんでいれば自動的に終着点へとぉ……」



 私が蛇擬きの海竜ちゃんへそう話していると。



「ッ!?!?!?」



 ユウの表情の変化が目に飛び込んで来た。



 正体不明の化け物を捉えたかの様に目をカッと見開くと。こちらに後頭部を見せて流れに抗おうと坂の上に向かってしっちゃかめっちゃかに両手両足を動かして泳ぎ始めてしまう。



「ユウ――!! どうしたのよぉ!!」


「う、後ろを見ろぉぉおおおおおお――――――ッッ!!!!」


「はぁっ?? 後ろぉ??」



 濁流が奏でる爆音よりも更に強烈な彼女の雄叫びを受けて何気無く振り返ると。









































「あっ、おっっ……」



 暗闇の先には通路を構築する壁は確認出来ず、ある地点を境に通路がプッッツリと途切れてしまっていた。


 通路がね?? 途切れているって事はだよ??


 行き止まりがあれば水は自然と通路に溜まる訳なんだけども。それが無いから水は溜まらないで何処かへと流れ続けているのさ。


 その流れは上では無く、目に見えない『下側』 へと流れていると想像出来るっ。


 それが意味する事は、そう!! たった一つだ!!!!




「う…………。うぉぉおおおお――――っ!!!!」



 ここまで激しく両腕と両足を動かしたのは人生で初めてかも知れない。


 私は腕と足の筋肉が千切れても構わない勢いで派手に動かして流れに逆らい泳ぎ始めた。



「さ、先が見えぬ!! 滝じゃ!! 滝じゃよぉおお――――!!」


「んな事分かってるわよ!! 落ちたくなきゃ泳げ!!」



 私達よりもちょいと泳ぎが下手なのか。


 滝の方へ向かってずるずると下がって行くイスハが今にも泣きそうな顔で叫ぶ。



「皆さん、お疲れですね??」



 私達が生と死の狭間で藻掻き苦しむ中。


 藍色の鱗に覆われた体を悠々とくねらせて泳ぐカエデがこちらの様子をどこか楽し気に見つめて来た。



「あ、あんたねぇ!! 何んとかしなさいよぉ!! 落ちちゃうでしょ!!」



 や、やばい!! あ、足がツリそうだ!!


 こ、このままじゃ滝に飲み込まれて地獄へ真っ逆さまに落ちて行っちゃう!!


 私達の体を食べようとポッカリ口を開けている闇に必死に抗う。



「ユウとイスハさんは兎も角。マイは飛べるのでは??」


「…………。ほっ??」



 あ、あはは!! そ、そうじゃん!!


 何で私はこんな阿保な事をしていたんだろう……。


 この際、荷物はやむを得ない。後で回収すればいいでしょう!!



「ふんぬぅ!! いやぁ――!! あははぁっ!! 快適快適ぃっ!!!!」



 水の中で荷物を放棄し、空へ向かって素晴らしい翼をはためかせ飛び立つ。



「ず、ずるいぞ!! お主達!!」


「種族の差って奴よ。イスハも狐の姿になって泳げばぁ――??」



 水面で必死に泳ぐ涙目の狐の女王様へ呑気な声で言ってやった。


 あはっ、泣き顔も意外と可愛いじゃんっ。



「私は水の中を泳ぎつつ、滝の下へ行ってきます。下が水面では無い場合、皆さんを救出しますので御安心を。光球を渡しておきます、これに魔力を籠めれば継続して光りますので」


「ん――。いってらっさ――い」



 手の平大の光球を受け取り、のんびり手を一つ振って海竜の出発を見届けてやった。



「み、水面でも落ちる事には変わらぬでは無いか!!」


「そうねぇ」


「滝じゃから……。た、高い位置から落ちるのじゃろ!?」


「そうじゃな――い??」



 川と滝の境目で最後の悪足掻きを見せているイスハが泣き叫ぶ。



 おぉ――。さっすが馬鹿みたいに強いだけあって中々頑張るじゃない。


 でもぉ、それもここまでかしら。


 彼女の爪先が闇と光の狭間に触れているからもう間もなくすっっと――ん!! って自由落下しちゃうのよね。



「安心しなさい。死にやしないって」


「お、お主は……。飛べるからいいじゃろ!!」


「まぁぁねぇ――」


「く、く、くそおおぉおおおお!! うぬわぁアアァ――――――!!!!!!」



 はいっ。


 きゃわいい狐様一名、滝つぼまでご案内――――!!


 金色が黒に飲み込まれ、あっと言う間に見えなくなってしまった。



 さぁて。残るは一人ね!!



 春の陽射しが降り注ぐポカポカ陽気の空の中をのんびり、そして呑気にふよふよと飛ぶ様に。懸命に泳ぎ続ける親友の頭上へと移動を開始した。



「おりゃぁぁああ――――ッ!!!!」


「頑張るわねぇ」



 常軌を逸した腕力で水を切り、飛び魚もギョッと目を見張る程の豪脚で推進力を得て必死に流れに抗っているユウへ言ってやる。



「マ、マイ!? お前ずるいぞ!!」


「そ――お――?? 飛べないあんたが悪いんじゃあなぁい??」



 足を組み、受け取った光球でお手毬をしつつ話す。



「こ、このぉっ!!!!」


「あはは!! 駄目よぉ?? 動きを止めたら、あっ!!!! と言う間に滝だもんねぇ??」



 何かをしようと画策した彼女に自分が置かれた立場をのんびりと説明してやる。


 滝まで……。残り五メートルって所か。力任せの泳ぎで良くもまぁここまで速く泳げるものねぇ。


 私だったらもうとっくに滝つぼに真っ逆さまよ。



「な、なぁ。マイ……」


「ん――――??」



 荷物の中のパンはきっと水でぐしゃぐしゃだから……。


 パンさんには悪いけど諦めようか。干し肉は乾かして食べれば大丈夫かなぁ??


 ルーの母ちゃんから貰った物だから大切に食べたいのよね。



 あっ、ささくれみ――っけ。手入れしよ――っと。



「こ、こんな言葉……。知ってるか??」


「言葉ぁ??」



 荷物の中の食べ物の事を考えていると、眼下で泳ぎ続けているユウが最後の力を振り絞って何かを言い出そうと口を開いた。



「あ、あぁ。い、い……」


「い?? 無花果いちじく??」



 確か、そんな果物があると聞いた事がある。未だ食べた事ないから食べてみたいのよねぇ。



「い、一蓮托生って言葉だよ!!」


「う――ん?? 聞いた事あるような、無いような??」



 首を捻り、その言葉の意味を思い出そうとしていると。


 こ奴は何を思ったのか。



「どっせぇぇ――――いっ!!!!」



 水の上へと必死に手を伸ばし、私の可愛い体を掴むではありませんかっ!!



「うぉおおおおっ!? テ、テメェ!! 何すんのよ!!!!」



 突然の出来事に慌てふためき、水に飲み込まれない様に必死に翼を動かす。



「はは――!! いやぁ――。楽ちん楽ちん!!」


「あ、あんたは楽でしょうよ!! こっちの…………。立場を理解しろぉおお――!!」



 やっべぇ!!


 ユウ一人なら何んとかなるかも知れないけど……。


 この水の勢いは、本気マジでやばい!!



「ほれぇ――。頑張らないと――。あたしと一緒に流れ落ちちゃうぞ――」


「こ、このぉ!!」



 私の胴体を万力で掴む手に噛みつこうにも、一瞬でも気を抜いたら水に飲み込まれてしまう!!


 やばいやばい!! は、早く馬鹿野郎の拘束を解かないと!!!!



「さ、さっきの言葉の意味……。どういう意味よ!!」


「一蓮托生?? えへへっ。聞きたいっ??」


「さっさと聞かせろや!! この横着無謀馬鹿タレ乳娘がっ!!」



「どんな事があってもぉ……。運命を共にするって意味さぁ……」



 悪魔もサっと青ざめてしまう歪な角度で唇をニィっと曲げ、大変おっそろしい笑みを浮かべて私を見上げやがった。



「ひ、ひぃぇぇ……」



 コイツ!! ま、まさか!! それを狙って!?



「あ、あんたって奴はぁ……。普通!! 友達を巻き添えにしようと考える!? 逆だろ逆っ!?」


「あたしの体は頑丈だから滝つぼに落ちても。まぁ、大丈夫だろう」


「ユウは大丈夫でも私は分からないでしょ!?」



 やばい!!


 翼が……もげそう!!!!



「さぁ――…………。行こうかぁ??」



 も、もう駄目……。こ、これ以上早く翼を動かしていられないぃぃっ!!



「あんたは、どうしようも無く……。さ、さ、さ、最悪よぉおおおぉおオオオオ!!!! ブグバッ!?」



 翼の動きを止めると同時に冷たい水が私の体を飲み込み。地底深くへと誘う。


 鼓膜に侵入した水が頭の中に轟音を送り込み、その音以外は地上から消え失せてしまったかの様な錯覚に陥ってしまった。



「バゴゴゴブボ!?!?」



 上下左右に激しく揺れ動く私の小さな体。そしてキリモミ状態で落下して速度を増して行ってしまう。


 水圧の痛みと窒息感で苦しむ頭は大量の空気を欲するが大量の水に包まれ指先程度しか動かせない今、それは困難であり不可能であった。



 ち、ちくしょう!! 覚えていなさいよ!?


 テメェの育ち過ぎて手の施しようが無い呆れた大きさの乳をもぎ取って屋台で叩き売りしてやっからな!!!!



 世にも恐ろしい復讐劇を必ず遂行すると心に固く誓い。私と大馬鹿爆乳娘は文字通り一蓮托生となってふかぁぁい地底へと落下し続けて行ったのだった。




お疲れ様でした。


最近、漸く残暑が和らいで夜はクーラーをつけずに寝れる事が出来る様になりましたね。


そして暑さが引くと湧いて来るのが食欲ですよね!!


本日の夜は焼うどんをがっつり食べたのですが……。冷蔵庫の中に紅ショウガが無い事に滅茶苦茶落ち込んでしまいました。


焼肉と言えば白米、ラーメンと言えば餃子、そして焼うどんと言ったら紅ショウガだろう。


仕方なく鰹節をパラパラっと振りかけ小満足を得て執筆を続けておりました。


それでは皆様、お休みなさいませ。

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